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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
22/181

射撃訓練

 その日の午後である。


 飯を食い終えた俺たちはそのまま屋内射撃訓練場に移動した。

 数年前に建て替えたばっかりらしく中身はそこそこ新しい。実弾を使うことも考慮されており、縦に無駄に広いこの空間の周りは完全にコンクリートで固められ、天井は同じくコンクリートに埋め込まれる形で均一感覚で設置されている白色LEDライトが、この室内を明るく照らしていた。

 奥のほうには人型の的が設置され、その時の訓練内容によって設置場所や設置数を細かく設定できるし、やろうと思えば左右に不規則に動かすこともできる上、実弾演習でないときは的も投影映像となってよりリアルな動きを再現させての訓練も行うことができる。ちなみに、その時は弾痕表示付きだ。

 しかも、照明の明度や色彩を変化することによって様々な時間帯を再現可能で、ついでに、巨大扇風機だか何だか使ってるのか知らんが、左右のコンクリート壁を開けると大小さまざまな風を吹き付けることもできる。何なら、真っ暗闇の中で暴風を起こしてその状態で射撃しろ、なんていう訓練もできなくはない。その時は暗視装置必須だが、何度かやっては見たものの、やはり慣れるまでに相当な苦労が必要だ。これは経験しないとわからない。


 しかし、今回はそこまで厳しいものではなく、ただ普通に伏せ撃ちの訓練だ。照明も通常明度で設定され、風もない。今回は特察隊の中にも一部新人が混じっていることもあり、難易度は緩めに設定された。的も最初は動かないように設定され、後々から教官が状況を見計らって少しずつ動かしていくという流れとなった。


 狙撃練習をするメンバーとそうでない自動小銃の練習をするメンバーに分かれたが、俺のところからは和弥のみが狙撃練習に加わった。左右半分に分かれたが、右半分を使う狙撃メンバーは、その200mの範囲を最大限使い狙撃の練習に勤しんでいる。

 対する左半分は、少し距離を縮めての練習となった。大体150m弱くらいだ。


 ……そんな状況の中、俺もさっそく射撃訓練へと勤しんだ。


 サバゲー時代で培ったわけでもないし、そもそもサバゲーの電動ガンと実銃は違うのは承知しているが、やはり単純に銃を扱った経験というのはあながちバカにできるものではなかった。

 やったらやったでまたこういう時結構使えないことはなかった。もちろん、そうなるかは人に寄るだろうが、少なくとも俺はそうだった。……ただ単に俺が特殊な場合もあるが。


 ただし、やはり細かくいくとなると実銃とは違うので結構そこになれる必要も出てくる。元より電動ガンになれた体感を実銃に変換させるというのは大変だ。運のいいことに俺は即行で慣れたが、中にはそうもいかない人もいるらしい。


 俺が今手に取っているフタゴーも、他と比べると扱いやすい部類に入るが、人によってはそう言った理由で慣れに結構な時間がかかる。


 フタゴーこと『25式5.56mm自動小銃』は、前型の89式を大幅改良したものだ。

 本当は別に後継機種だとかそういった意味で作ったわけではなく、あくまで“大幅改良”のつもりだったのだが、最終的に比べると違いが多すぎてもう分けようということで、正式採用された2025年からとって“25式”という制式名を授かった。

 89式と比べて全体的に一回りほど小さくなり、軽量化もされて取り回しやすくなったのが一番の特徴。しかも、近接戦闘(CQB)や市街地戦闘を想定し暗視効果付きのホロサイト、レーザーサイトなどの照準器と中距離専用のACOG、それを補佐するブースターなど装着可能なレールマウントが追加され、状況に応じてそれらに装着が可能となったことにより、従来のアサルトライフル能力を引き継ぎつつ、89式よりこういった近接戦闘などに特化したものとなった。

 ただし、ACOGに関しては照準線の蛍光用に使われるトリチウムは放射性物質であり規制が敷かれているため、代わりに最新のホロサイトにも使われているLEDやレーザーを光源に使用している。


 今回はその中でも最新の小型ACOGを装着しての伏せ撃ちとなった。訓練用のペイント弾だが、滅多にない実弾演習である。的は動かないのでよくよく慎重に狙えばまず外すことはない。焦らず、慎重にだ。

 ペイントなので、的に当たればその当たった範囲に限り色が付く。白色の人型の的に赤いペイントなので分かりやすいだろう。

 セレクターは単射モードにしているため引金をひいて放たれるのは1発のみとなる。可変倍率型で2倍から4倍まで倍率を変えることができるが、今回は3.5倍率に設定しACOGの中心に表示されたバラ色の『Λ』型のドット・レティクルの頂上を、人型の白い的の頭部に置いて照準を合わせた。


「(……よし、ここだ)」


 周りがパカパカと乾いた発砲音を轟かせ、新人たちは時折教官から懇切丁寧に指導を受ける中、俺も的を適当に選んだ一つに絞って引金を引く。

 室内ゆえ周りの射撃音が反射してうるさいのでイヤーマフを頭にかけているが、間近での射撃音はやはり頭にガンッと響いた。同時に、その反動もである。バイポットを使用しての射撃ではあるが、反動はやはりおこるものである。伏せている体の下にあるマットがその衝撃をある程度吸収してくれた。


 そして、その先にある的の命中をACOG越しに確認する。


「……あー、ちょっと外れた」


 頭部を狙ったのはいいが、狙った中心寄り若干右にずれた。というより、弾着部分の赤いペイントが右半分外側に外れてしまっているため、半ばかすったとでも判定されかねない命中だった。

 射撃時の反動に耐えれなかったがために直前で照準がずれたのだろうか。どうやら構えが甘かったようだ。

 再び構え直し、もう一度頭部を狙って何回か射撃を行う。

 先ほどよりは弾着ペイントは頭部の中心に寄った。だが、アーチェリーで言うところの赤いエリアにしか当たらない。もう少し中心に……。


 そう考えながら再びドット・レティクルの照準を的の頭部に合わせた時である。


「……ん?」


 ふと、隣からの射撃音に耳を傾けた。

 隣ではユイが同じくフタゴーの射撃中だった。イヤーマフをしながら伏せ撃ちである。

 ロボットゆえ、ある程度は外部からの音を遮断できなくはないらしいのだが、今は別にする必要もないということでイヤーマフで済ませている。

 だがまあ、その点、ロボットは人間みたいにこういった外部遮断の道具を使わなくていい。ヘッドイヤーの受音感度を極端に下げればいいだけの話である。逆に、極端に上げまくって遠くの音も聞き分けることが可能な上、一定以上の音は、暗視装置の光量増幅遮断機能のように勝手に遮断してくれるほど使い勝手がいい。それなのにわざわざイヤーマフを使うあたり、こいつも自分自身に対して贅沢だなと思う。


 先ほどから俺と同じく射撃訓練に勤しんでいるようだ。先にも言ったように、ユイにとっての射撃訓練はあくまで自身のFCSなどの射撃に際する各種機器の動作確認である。俺たちみたいに射撃能力の向上は行わない。その点に関してはすでにステータス的に言えばカンストしているようなものなのである。

 ……そのカンストしたステータス俺にも分けてくれないかな。割と本気で。


「(そういえば、コイツの射撃ってどんくらいの精度なんだろ……)」


 まあ、とはいえある程度予想はできる。結局はロボットだ。機械ゆえ、正確さはピカイチだろう。数十年前の時点で、投げたボールを百発百中でバットに当てるほどの精密さを誇っている日本である。そこに爺さんの手が加えられた日には、一体ユイに狙われた的はどうなることやら。


 どれ、どうせだしご拝見させてもらうとしよう。


「(えっと、ユイが狙ってた的は……)」


 そう思いつつユイのもつフタゴーの銃身の向く先を目で追った時である。


「……ん?」


 俺は少し怪訝な様子で目をしかめた。

 確かに、ユイが狙ったらしい的は見つかった。案外探せばすぐに見つかるものである。


 ……だが、


「(……弾着ペイントが一個だけ?)」


 頭部を狙って当てたものらしい。弾着を示す赤いペイントがあったが、見た限り一個だけだった。しかも見事にど真ん中ピッタシである。

 ACOG越しに確認すると、正確には一回弾着した時の直径より少し大きめの円が広がっている。しかし、弾着した時のペイントが広がる範囲なんてまちまちなのでこれくらいよくある大きさだった。


 ……だが、おかしいな。そこそこ前から射撃してたはずなのになぜ一個だけなのか。まさか、射撃時にちょっと不具合か? しかし、今さっきまでの射撃音は一体なんだったのか。


 気になった俺はACOGから目を放して、イヤーマフをとって隣に声をかけようとした。


 ……ちょうどその時である。


「……ッ?」


 一瞬、そのユイの狙ってる的に何かが当たった。単発らしい。1発だけだった。

 赤いペイントが一瞬しぶきを上げていたあたり、射撃した際の弾着ものもである。どうやら俺の懸念は杞憂だったらしい。


 ……しかし、


「……は?」


 俺はまたほかのことで顔をしかめることになった。

 ACOG越しに、改めてユイの狙っている的をよく見た。

 弾着ペイントで的に描かれた弾着後はさっきと変わっていない。いや、今さっきみたものも、同じところからしぶきが上がっていた。


「(……おいおい、まさか……)」


 そう思っているうちにまた隣から射撃音が届いた。同じく単発だ。

 ユイが狙っている的にそれによって放たれたペイント弾が当たるまでほぼ一瞬とかからない。すぐに的に弾着した。“同じところに”。


 ……間違いない。だが、俺はにわかに信じられなかった。ACOG越しに映るその光景に目を疑った。間を何度かしばたたかせるが、しかし、案の定その光景は変わるはずもなく。それどころか、そう思っている俺にお構いなくまた単発射撃が行われ、同じところに弾着してそのペイントの円を少し大きくさせていた。“綺麗な円を均等に”である。


 ……おいおい……


「(……コイツ、“寸分違わぬ正確さで同じところに”当ててやがる……)」


 これっぽっちもくるっていなかった。さっきから、ほとんど同じ場所に弾をぶち当てていたのだ。それも、頭部のど真ん中である。

 見た限り、たった数ミリの誤差もないらしい。頭部に広げられた弾着痕の赤いペイントが綺麗な円を描いているのが何よりの証拠である。少しでも誤差が起ころうものなら、俺が狙っている的のように、最小は円形でも、弾着数が多くなることによって徐々にいびつな形に形成されてしまう。俺に限らず、誰でもそうだった。いや、これが当たり前なのだ。

 しかし、コイツは違う。頭部に形成される弾着痕は綺麗な円形を形成していた。ペイントが赤いがために、まんま日本国旗の日の丸である。尤も、あの日本国旗の日の丸は正確には赤ではなく“紅”だったりするという日本人ですら知っている人が限られるトリビアがあるのだが。まあ、赤も紅も結局同じ赤系統ではあるが。

 しかも、的の下地が白なのでほんとに国旗である。あの部分だけ四角く切り取ったらいい感じに立てかけてもいいかもしれないと本気で思ってしまった。それだけ、綺麗な円形だったのである。


 だが、同時に俺は恐れおののいた。

 それだけ綺麗な円形を描けるということは、つまり必然的に射撃時のわずかな誤差さえ把握しているということにつながる。

 当たり前の話ではあるが、アサルトライフルに限らず大抵の銃というのは必ず射撃時の誤差というものがあって、完全に同じところに弾を当てるというのはまず無理な話なのだ。だから、俺たち人間にとってのこの射撃訓練は、少しでもそれに近づけるようにという意味が多く含まれる。そうすると、自然と的への命中率が上がるのだ。だが、完全に射撃時の弾着誤差を修正しきるなどというのは、まず人間が銃を扱うという時点で無理な話なのだ。

 これくらいは、言われなくても当たり前だろと言われるほど常識的なことだ。


 ……だが、残念ながらここでも「それは人間だけの話」の法則が発動してしまった。もう命名してやろうか、この状況のことは。


 確かに、世の中CIWSやらRAMなどの対空ミサイルやらといった精密攻撃兵器が存在する時点で今更な話だとは言えなくはない。だが、あれは大型である。こんな小型なロボットとなると話は別だし、それに単純な話それとこれとは話は別である。これは空でも海でもなく、陸の話なのである。

 しかし、コイツはやり遂げてしまった。もうさっきから何度か射撃をする様子を見ていても、ずっと寸分違わぬ正確さで同じ場所にバンバン当ててくる。もちろん、全然動かない伏せ撃ちの状態だからできることだともいえるのだろうが、それでも、これは単純にすごい。逆にそうであっても同じ場所にバンバン当てれない人間って何なんだって話にすらなってしまう。


 ……だが、それだけではない。


「(……ブースターなしのホロサイト使ってこれなのかよ……)」


 そう。今のユイ、俺みたいにACOGを使わず、“ブースターなしのホロサイト”を使っている状態でこれなのである。

 ホロサイトは、いわばアイアンサイトの中でも従来から使われていたダットサイトの上位互換のようなもので、近距離戦闘でよく使われる照準器だ。

 照準器内のレンズにレーザーを直接照射することでホログラフィとしてサークルドット・レティクルを展開するタイプであり、あくまで近距離戦用なのでACOGのような倍率はないが、両目を開けた状態でより正確な射撃を行うことができるので、市街地などでの近距離戦闘を重視している最近の陸軍では急速に普及が進んでいる。

 ブースターはそれを補佐するもので、これをホロサイトの前に立てることによって倍率があがる拡大鏡としての役割を持つ。これを使うことで、仮にホロサイトでそこそこ距離を置いた戦闘をする場合でも十分に活躍することができる。


 ……しかし、先ほども言ったように、これは俺が使ってるACOGのように倍率がない。つまり、的を照準器越しに拡大して見れないので、少なくとも今の俺と比べると“そこそこ当てにくい”のである。

 だが、射撃精度自体は逆にコイツのほうがめちゃくちゃ高い。つまり……


「……どんだけ精度高いんだコイツ」


 要は、そういうことになる。

 まあ、戦闘用、と呼ばれる所以なのかもしれない。ある意味、納得はいかなくもない。

 だが、それでも少し予想以上だ。ある程度は誤差は生じると思っていたが、いくら今は射撃をする上ではとても完璧な状況であるとはいえど、そこまで当てるとは。思いっきり予想外だ。


 ……ここで、ちょっと意地悪をしてみる。


「なぁ、ユイ」


「?」


 イヤーマフを外して、隣のユイに顔を近づけて声をかけた。

 ユイも耳にかけていたイヤーマフをとる。


「なんですか?」


「ちょっとさ、ホロサイトとってアイアンサイトで射撃してみてくんね?」


「え? アイアンサイトですか?」


「そう、アイアンサイト」


「はぁ……、わかりました」


 いきなりの要望に少し疑問に思いつつも、やおらとマウントに設置していたホロサイトをとって元から備えつけられていたアイアンサイトで照準を合わせる。

 いくらロボットといえど、やはり結局のところを言えば光学の照準器の力を借りているに過ぎない。ホロサイトも見やすいし正確だしで照準器としてはいい部類だしな。

 だが、アイアンサイトではそうもいくまい。さすがに光学照準器よりは精度は落ちるし、若干見にくいという点もある。今どきでは、あくまで元の光学照準器が壊れて使えなくなった時のバックアップ用として使われている程度だ。


 これなら、いくらユイとて射撃精度は落ちるに違いない。そういうちょっとした意地悪な考えをしてしまった。


 ユイは言われた通りホロサイトを外し終えると、そのままの体勢でアイアンサイトで照準し、射撃体勢をとる。

 俺も隣でまたACOG越しにユイの狙う的を凝視した。その中でも、自然と日の丸を作ってしまった頭部のほうである。


「(フフフ、さすがにユイでもアイアンサイトなら……)」


 イヤーマフを再び耳にかけつつ、そう思い少し顔をにやけさせながらその時を待った。

 ほどなくして、隣から単発の射撃音が轟き、新たに放たれたペイント弾はユイの狙っている的に吸い込まれるように命中した。

 お見事である。これまた頭部に……


「……えッ!?」


 しかし、俺は思わずそんな声を上げた。これで何度目だろうか。自分の目をまた疑うことになった。


 ……無理もない。崩れてなかったのである。



 頭部に描かれた円形が、全然崩れていなかったのだ。


 ペイント弾は、またしてもそのど真ん中に命中していた。



「え、な、なんで!?」


 俺は理解ができなかった。

 いくらロボットでも、照準器側の補佐が少しでも減れば自ずと精度はある程度は低くなると踏んでいた。だが、どっちにしろ変わらなかった。

 ……おかしい。いくらユイが高性能なロボットであっても、これによる多少の誤差を修正し切るには見解があるはずだ。どういうことだ? なぜ寸分違わぬ正確さで当てれるんだ?


 そんな俺の疑念などお構いなし。ユイはアイアンサイトを用いてバンバンを頭部の中心に当てまくった。円形が崩れることはなく、ついには頭部に当たりまくったペイントが多くなったために自動的に的が倒れて代わりの新しい的が立ち上がった。今頃頭部に付着したペイント除去のための洗浄中であろう。

 しかし、当然そうなっても関係ない。また頭部にバシバシあてまくってきた。正確さが衰えた様子は、これっぽっちも見受けられなかった。


 ……おかしい。


「(……アイアンサイトでここまでの正確さって聞いたことないぞ……)」


 狼狽、といったほうがいいだろう。俺はまたもや恐れおののいた。いや、単純に「ありえない」と本気で叫んでやろうかと思った。

 そう、人間の感覚からすればこれはありえない光景なのだ。人間ならいくら頑張っても多少の誤差は出る距離のはずだった。150mはそう短い距離じゃない。確かにどちらかと言われれば近距離に分類される距離ではあるが、それでも、実際に見てみると決してすぐそこにあるという距離じゃないのだ。150mをなめてはいけない。

 150mもあれば射撃のずれを必然的におこすには十分な距離だ。たった数十メートルでもずれるときはずれる人間からすればこのちょっとのずれは当たり前である。しかも、バックアップにしかならない少し使いにくいアイアンサイトである。


 ……しかし、コイツの射撃にずれが起きているようには見えなかった。ACOG越しにみる弾着場所の中で少しでもずれた弾が全然見受けられなかった。


 少し呆然として見ていると、ふと、横目に俺を見たユイがイヤーマフをとった。


「……どうしたんですか?」


「え、あ、いや……えっと……」


 突然話しかけられたので少しおどおどしてしまう。

 少し言葉を探すように返した。


「いや、だって……射撃、全然ずれてないっていうか……その……」


「―――? まあ、ずれてないですね。自分で言うのもなんですけど」


「いや、お前、軽く言うけどこれって……」


 そこまで言って次の言葉が出てこなかった。

 軽く言うなぁおい、とこの場でツッコんでやりたかったが、なんか言ったら言ったで何か負けたような気分になるので耐えた。なぜそう思ったのかはあんまりパッとしない。


 えー、とか、あー、とか言いながら次の言葉を探していると、さすがに察したのか「はっは~ん……」といった感じでジト目になりながら少し横目気味に目を向けていった。


「……祥樹さん、アイアンサイトにしたら精度落ちるんじゃとかそんなこと思ってません?」


「ゲッ……、バレたか……」


「はぁ……やっぱり……」


 さすがにロボットでも察せれてしまったか。少しあきれた様子で小さくため息をついていた。

 俺はそれを見て少し慌てるように言った。


「いや、で、でもほら、アイアンサイト使ってここまでの精度なんて聞いたことないぞ? 一体どうやって―――」


「祥樹さん」


「ん?」


 そう途中まで言った時、また一つため息をついて自分の目を指した。そして、顔を少し俺のほうに近づける。


「……私の目、機械ですよ?」


「……え?」


「ですから、ある程度照準できるんです。この目で」


「……」





「…………、ああッ!」


「あれ、忘れられてた?」





 この一言ですべてを察した。

 固まった俺にさらに追い打ちをかけるように、面白がって「ほらほら~カメラですよカメラ~」とにやけ顔で呟きながらその目の中にあるレンズを動かしていた。このしぐさだけでもかわいいと思ってしまった俺はそろそろ末期症状に入り始めたようだ。後で診断してもらおう。


 しかし、その通りだ。考えてみればコイツの目は人間とは違う。やろうと思えば自分で照準仕掛けることも……


 ……あれ?


「……でもちょっと待て。それ、自分自身に直接備わってる武器ならまだしも、そうでない外部にある銃火器の照準なんてどうやるんだ? データリンクなんてしてないよな?」


 俺はその点で新たに疑問が生まれた。

 十年前はHMDの前身ともいえるHUDシステムが導入されていた時代では、それには自分の持っている銃火器とデータリンクを結ぶことによって照準表示がなされる機能が存在したが、まだ試作段階のものを少し早めて採用させたので照準の正確さや操作等に難があり、中亜戦争でも使用された結果その使用した兵士から「使いにくいわボケ!」とダメ出し喰らってしまった。だから、その後開発された今の網膜投影型のHMDには、他の機能追加のを多数追加したこともあって全体の機器容量の確保のためにこの機能は排除されている。

 つまり、一応はデータリンクさえ結べばできないことはないのだ。人間にとってはめちゃくちゃ使いにくいが。しかし、今のユイにはその機能はないはずだ。件のアウトラインシートにもそのような機能があるとは書かれていなかったし、本人からの名言もない。そもそも、フタゴー自体そういった機能は排除されているはずだ。尤も、追加することはできなくはないらしいが。


 となると、外部の銃火器の射撃の照準など、本来はできないはずだった。できたとしても、ここまで正確なものは実現不可能だと考えていた。


 ……しかし、ユイが即答で、


「いくらか射撃してたら大体銃の姿勢や方向などから照準の予測はできますよ。何でしたら、今この段階でならアイアンサイトもなしでやっても構いませんし」


 そうサラッととんでもないことを言ってのけてしまった。


 後に詳しく聞いた限りでは、どうやら事前に照準が使えなくなった場合などを想定して、その他の要因から、つまり、この場合で言う銃の姿勢や方向、周囲の気象状況などから弾着場所を想定して照準を合わせているのだそうだ。

 そのための射撃時のデータはすでにユイの頭の中らしく、さっきまでこうもバンバンと同じ場所に当てまくっていたのは、その膨大なデータから適切な照準を行うための処理演算を施していたからだったのだ。なので、ぶっちゃけ言ってしまえば今のユイにとってはたとえこのフタゴーに照準器やその倍率があろうがなかろうが、どっちでも結果はほぼ同じなのだという。

 それでも照準器を使うのは、その照準器の情報が一番確実で、それを照準データ処理に活用することで無駄に照準修正に射撃データからの情報抽出処理をしなくて済むので、まあぶっちゃけいえば“ラク”な上に“確実”なのだそうだ。

また、その時の射撃データも常時追加され、今この間にも射撃時の周囲の状況と結果はすべて射撃データとして記録されており、今後の射撃に役立てていくことになるらしい。


 ……うん。まあ、戦闘用ってところからしてある程度は許容は出来なくはない。今の技術、そんくらいで来てなんぼだ。戦闘用はすごいなとは思う。


 ……でも、俺が驚いているのはそっちだけではなくて……


「(……そこまでこなす演算処理能力っていったい……)」


 銃の姿勢と方向などの情報だけで照準をつけるって、人間で言えば「銃はこっち向いてるからここらへんに当たるよな」っていうほとんど“感覚”だけで照準つけるようなものだ。いくら射撃時の膨大なデータをもとに照準補佐をしているとはいえ、それでもここまでの照準をつけて、しかもあそこまでの正確さで弾着修正をしてしまうほどの正確無比な演算処理っていったい何なんだと、俺は少しの間自問自答した。


 照準、と一言でいってもそう簡単なものではない。銃から放たれた砲弾自体、周りの風や湿気、気温などの気象条件に大きく左右されるうえ、それに加えて重力という問答無用の無慈悲な力も加わる。だから、一般的に銃弾は一直線に飛んでいくと思われているが、実際は若干放物線を描いているのだ。

 特に狙撃時はこれはとても重要な要素で、狙撃銃で遠くの敵を狙撃するとき、周りの風や気温などの気象条件もしっかり読んで照準をつけないといけないと言われているのは、要はそういうこともあるからだ。

 なので、照準器自体も実はちょっと下向きにつけられている。放物線を描く際の誤差を含めてそう備えつけられているのだ。一直線に飛んでいくわけではないので、その状態で照準をつけるということ自体とても難しいことがこれでもわかる。

 もちろん、距離によっては事前にその照準器の向きを変えて照準器上の弾着位置と実際の弾着位置を一致させる作業を行う必要がある。これが、俗にいう『ゼロイン調整』というものだ。

 だが、どうやらコイツの話を聞く限りではそれすらも即行で済ませれるらしい。数発撃っただけでどこにどういくかといったことを判別でき、調整したときもデータに沿ってほぼ完璧にこなせるとか。


 さらに、これに加えて銃には“反動”というものも存在する。今どきの銃も随分と反動は抑制されてきたとはいえ、火薬を使ったものゆえまだまだ反動による振動は発生する。

 これに関してはその時によって振動の仕方や反動の仕方も随分と変わってくるのでデータの取り様がないはずだ。銃のうつ姿勢や撃ち方に限らず、この点は無視できない。だが、それでもここまでの精度を出すということは、つまりコイツはそれすら計算に入れているということになる。データの取り様がない、その時の状況によって多種多様な形を見せる反動すらをだ。


 ……今までのコイツの射撃精度の正確さは、これらの状況や情報すべてを完全に把握して“いとも簡単に”完璧な照準をして射撃しているということを意味する。人間では到底真似できないことだった。


 今までの会話などの点でのAI処理演算といい、先の姿勢制御といい、これといい……。詳しい数値は知らされてはいないが、一体どんな容量持ってんだコイツは。日本の新型ロボットは化け物か。


 そう言っている間にも、ユイは今のこの状態のままバンバンと的に当てまくった。やはり、さすがは戦闘用、というべきか。命中精度は本人もああやって豪語するほどの折り紙つきだった。

 伏せ撃ちだからこそのこの命中精度、ともいえるのかもしれないが、そう考えると今度は余計コイツとの実戦訓練が楽しみになってきた。戦闘状態だとどこまでの精度と能力を発揮するのか、考えると興味がわいてくる。


 ……尤も、目の前でこのレベルの弾着精度をガンガン見せられたら驚きを通り越して少し引いてしまいそうだが。


 あそこまでのを見せられると、隣で撃ってる俺が不本意にも劣等感を抱いてしまう。別に悪気はないのだが、やはり単純に“うまい奴”の射撃を見せられると少なからず抱いてしまうのが人間というものだ。中には負けず嫌いな性格の人ならむしろ燃える人もいるだろうが、ここまで圧倒的差だとそれも萎えてしまう。


「(……これ、隣で撃ちづらいなぁおい……)」


 そんなことを思いつつまた射撃に勤しんでいると……


「……よくまぁ当てるわよねユイちゃん」


「うぉ、新澤さん」


 同じく左隣で射撃訓練に勤しんでいた新澤さんがイヤーマフをとった顔をすぐ横に近づけてそういった。さっきまでの会話か、またはユイの射撃を見ていたらしい。その顔は、少し興味津々といった感じだ。

 またイヤーマフを耳からやおらとりながら返す。


「あれにプラスして、あとは空さえ飛べれば、まんま武装神姫ね」


「あぁ~、確かに」


 となれば、マスターが自衛官っていう軍繋がりで火器型あたりだろうかね。同じ短髪で顔立ちも少し似てるし妥当だろう。俺としては王道に天使型のほうも捨てがたいのだが。

 ……尤も、当然ながらユイは飛べないがな。もしそうなったら本気でアトムの再現になってしまう。さすがに今の技術でそれは無理だ。実現するなら俺的には大歓迎ではあるが。


「まあ、武装している少女ですし、間違ってないですね」


「でも、こっちはまた別の方向ですごい性能よね……。後で教えてもらおうかしら」


「無駄な努力だと思いますけど……」


 ロボットと人間の射撃感覚や方法が厳密に違うっていう時点でもう無理ゲーも同然だろう。こっちにはあるとすれば練習に練習を重ねてえた“感覚”なのに対して、向こうは完全なるデータだ。どうあがいても対抗できるもんじゃない。

 ……純粋にほしいな、とは思うが。


「ロボットに負けてられないわね……。生みの親である人間も頑張らないと」


「ですね」


 そう言うと新澤さんはまたイヤーマフをかけて再び射撃に専念した。

 俺も再び姿勢を正して射撃姿勢をとるが、その時また反対に右隣から声をかけられた。


「何の話してたんです?」


「ん? あぁ、いや、こっちの話」


「私の噂ですか?」


「まぁ、噂というか、話題というか」


「ふ~ん……。あ、もしかして」


「?」





「私の射撃がうますぎてそろそろ男性陣からモテ始めるんじゃないかとかそぉ~いう?」


「お前そろそろ自重しねぇと自惚れが過ぎるっていわれるぞ?」





 さっさと諌めてまた互いに射撃に勤しみ始める。しかし、その時のコイツの顔もまた少しニヤケ顔だった。どこで覚えやがったんだそんな顔。

 自信家なのは別に悪いことではないのだが、そう若干口の先をとがらせてドヤ顔されるとちょっとムカッとくる。なぜかはわからない。だが、なぜかちょっとムカッとくる。

 というか、実際問題お前すでに男子陣から目をつけられてるんだが、あとで教えてやったほうがいいのだろうか。いや、それとも半ば察してはいるがそれでもあえてそういう発言なのか。どっちにしろ、もしこの発言が周りに知れたら、ここぞとばかりにチャンス到来と言わんばかりに行動に移す奴が大量発生するだろう。何の行動か、というのはわざわざ言うまでもない。男性、という点がミソである。

 もしそうなったら俺と新澤さんの分の胃薬をまた買ってこないといけない。なんでまた人間の体っていうのはストレス感じるだけでこうも不便なんだ。こういう時はほんとにロボットが羨ましく感じる。ユイと出会ってからというもの、人間とロボットを比べると、確かに人間が勝る点は多々あるにしろ、こういった細かい点で「やっぱロボットがなぁ……」ていう風にうらやましく思う。時には面倒な食事とか、風呂とか、疲労とか、エトセトラエトセトラ。


 まあ、互いに一長一短。自分自身の持っている身体的な意味で“隣の芝は青く見える”というやつなのだろう。でも、やっぱり羨ましく思う、23歳男性の人間である。


 ……ていうか、ちょっと待ってくれ。


「(……さっきからコイツの性格ちょっとばかし変わってねぇか?)」


 気のせいだとは思うが、さっきからちょっと言動や行動が俺たちに似始めてきた。……似始めた、というと変に思われそうだが、何というか、性格的に“軽くなった”というべきか。

 最初はおとなしかったのだが、ここ最近は積極的に発言をする機会が多くなった。さっきのしかり、今までなら自分から発言することは滅多になかった。だが、今ではこうしてどんどんと発言している。

 まあ、人間で言うところの場の空気になれたとか、そういったところなのだろう。個人的には、ユイの内面的な成長が見れてうれしい限りだが、しかし、性格的に間違った方向にいかないか心配である。ていうか、性格変化の傾向見えるの早いなオイ。


 ……というか、そもそも性格の変化と一言に言ってもどうやって変化が起きるかの俺自身基準がまだよくわからない。他人を参考にするとかそういった感じだろうか。となると、完全にターゲットは和弥に新澤さんと、あと一番は完全に俺になるな。一番身近にいるし。


 ……あれ、そうなればこれこのままいけば完全に俺みたいな性格になるわけ? いや、それともあの二人の性格も混ざるのか? あの二人のはまだしも、自分の性格といってもいざ考えるとどんな感じなのだろうかとも思えるが、もしそうなったら……


「(……う~ん、想像できない……)」


 俺たち3人の性格が合体するとかもうわかんねぇなこれ。こういう時の俺の想像力のなさである。まあ、そうはいってもそんな後の話今から気にしてたってしょうがないだろうな。

 とりあえず、ユイには今後ともこう言った成長を続けてもらって……


 ……あいつらの魔の手から守っていって……、はぁ……。


「……考えれば考えるほど結果と懸念が……」


 何か結果が出るにつれてまたほかの問題が発生する。ある意味、自然の道理みたいなものなので仕方ないとはいえ、今現在その対処のほとんどをこなすのが俺という事実。はぁ……。




 今後ともこんな感じの苦労が起きるのだろうかと思うと、


 ちょっと違う意味での嬉しさはあるが、同時に、ちょっとばかし頭を抱えそうだ…………

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