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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
21/181

動作試験:ハンドボール投げ・走り幅跳び

 割と本気で自分の目と耳の異常をこれでもかというほど疑った。


『人型のロボットが200mを約70km/hの速度でたったの10.35で走破』


 ……はて、これをありのままに受け止めれるやつがこの世に何人いるだろうか。

 ちっこいお子様なら「わーおねーちゃんすごーい!」で済むだろうね。実際に生で見ても、そのすごさをいまいち理解できずただ感嘆の声を上げて終わりだろう。


 ……だが、それはお子様だけの話だ。


 俺たち大人からすれば、この事実が一体どれほどヤバいものかをこれでもかと理解できる。ロボット工学やロボット関連に精通している人ならなおさらだ。


 人間の人体構造の面からすれば今一想像しがたい出来事だ。どこの誰がこんな速度を出すと予測したのか。さっきの和弥のジョークでさえ精々60km/hの話だった。だが、これは70km/h台の話である。


 念のため確認しておこう。これを成し遂げたのは、戦闘用とはいえ“ただの人型ロボット”である。……このフレーズ、なんとなく前にも言ったような気がする。

 そんでもって、ロボットにとってはとても難しい2足歩行を見事に成し遂げた奴である。ロボットの二足歩行がどれほど難しいかはさっき説明したとおりだが、当然走るとなるとあれより高度な姿勢制御が必要となるのは言うまでもない。

 体格上そうでなくても不安定な体勢からその立っている姿勢を保ちつつ、今の速度を維持しながら、さらに次の足をどのように出して走るか、などなど、これらの演算を“高速力走中のクソ不安定な状態”でやるのである。

 人間であれば何のことはない。いつもやってることだから余裕のよっちゃんだ。


 ……人間なら、の話だが。


 機械にこれをやらせてみよう。俺のついさっきまでのイメージなら演算が追いつかず即行で転ぶか、そもそもそんな速度を出す人工筋肉の出力がないから出せない。そう思っていた。いや、これが今のこの世に生きる人間のロボットに対する“常識”だった。世間に出回っている人型ロボットも、一応は知ることはできなくはないが、そんな人間が本気で出した時のような速度はさすがに出せない。精々、人間で言えば普通にランニングするときよりちょっと早く走れる程度でしかない。

 軍用の人型訓練用や官民共同で使う警備用ですら、走るときはこの程度のスペックだ。それも、足の裏の面積を少し広めに設計したりなどで、人型を保ちつつもある程度走りやすいように配慮してもこれしか出せないのである。いや、むしろ人によっては「ロボットなのにこんなに早く走れるんだ」と感嘆するほどだった。それが、俺たちの間での常識だった。


 ……だが、その常識は、立った今ベルリンの壁の如く崩壊した。


 これは、そんな今どきのロボットがそこそこの速度で走って喜ぶとか、そういった次元の話じゃない。もっとこう……、いろいろとぶっ飛んだものの話だった。


 予想外すぎる結果に、俺たちはただ呆然とした。

 すでにユイは立ち上がり、摩擦からの保護のために使っていた手袋をとって、パンパンッと、ついさっきまでおかしな速度を出した自分の自慢の足にあてて埃を払っている。


 俺たちはそれにすらも驚愕の念を抱いた。


 ただ単に、走った後だというのに人間みたいに息切れを起こさないとかそういう話ではない。いや、正確にはそっちにも驚いたには驚いたのだが、その驚愕の念の先はそっちより……


「(……なんであんな余裕ぶっこいてられんだよ……)」


 その、70km/hで走った後だというのに“疲れるどころかむしろ涼しそうにしている顔”に向いていた。

 これくらいの姿勢演算など余裕だったのだろうか。息切れはもちろんせず、当然汗もかかず、そして、疲れた様子もない。

 もう、完全に「まあこんくらい楽勝ですわはっはっは」とでもドヤ顔で言いそうなほど何ともないような余裕ぶっこいた顔だった。

 疲れたわけでもなく、息切れするわけでもなく、ただただ、“平然とした涼しい顔”を俺たちに見せていた。

 何ならその清々しい顔で「ご希望ならもう一度走りますよ?」と平気で言ってきそうな顔だった。仮に本当に向こうから言ってきても俺たちは即行、かつ全力で断らせてもらう。これ以上はいろんな意味で勘弁願いたい。


 ……この様子なら、いるかわからないけど念のため持ってきた汗拭きタオルも全然必要なさそうだった。

 いくら汗知らずなロボットといえど、今みたいな高度な制御演算などで内部に溜まった熱が、演算動作を終えて一気に中から冷えた時、皮膚のすぐ上でとどまっていた水蒸気、ないし湿気がそれに呼応して少しばかり水滴を出すんじゃないかと思っていたのだが、これほどの演算をしても全然それが起きそうにないならもうこれはお役御免だろう。

 ロボットの皮膚なので当たり前だが、この通りあいつは全然汗をかかない。汗だくが当たり前な人間としては本当に羨ましい限りだ。


 しかも、今のを見てもわかる通り、全然疲れない。スタミナという言葉があいつの辞書にはないようだった。


 前に何度かハイポートで数十kmぶっ続けでマラソンするっていうもう俺たちを殺す気満々だろうと叫びたいぐらい過酷な訓練があった。ハイポートでは実際に銃をもって走るのだが、これがまた銃自体が重いので、持ってるだけでも体力をつかうのにこれまた走るという動作も追加なので、入ったばかりの新人あたりはこれで何人かほぼ必ず倒れる。しかも毎年だ。俺も軍に入って数年になるが、毎年倒れる奴を見てきたし、そんでもって俺も実際に倒れた。その次の日は当直に頼んで休ませてもらったほどだ。

 しかも、今時期の空挺団では銃を持って走ることだけをハイポートとは呼んでくれない。銃のほかに、弾創2、満水の水筒1、等銃以外の装具(荷物)などなど、まさに実戦時さながらの状態で走ってやっとハイポートと呼んでくれる。これを、数十kmである。厳密にどれくらい走るかはその時の訓練教官の気分次第。時には「じゃあとりあえず午後はずっと走ってようか」なんてことを真顔で言ってのけることもあった。その日はさすがに死ぬと思った。割と本気で。


 つい最近では4日前にハイポート訓練を行った。先にも言ったように完全武装。しかもその日はなんと20km弱である。俺は空挺団に入って少し経ったのである程度離れたとはいえ、それでもキツイことには違いない。少しして、早くも俺を含め周りがヒーヒー悲鳴を上げ始めた。しかし、もちろん無慈悲な教官はそんなことは意にも留めない。20km弱走るまで延々と演習場敷地内の外周を回りまくる。いくら精強に鍛え上げられた軍人だとはいえ、もろに体が悲鳴を上げていた。そして、それをもろに外に出している。顔の表情などでだ。


 ……だが、それは人間だけの話だったらしい。いや、ある程度予測はついていたのだが、生で見てみるとこれまた驚かされてしまう。

 ユイも俺の隣で皆と同じペースで走っていたはずなのだが、何度かチラ見した限りでは、こいつは“全然苦しそうでないどころか、むしろ終始涼しい顔で走り切ってやがる”。それこそ、今のユイと同じようにだ。

 明らかに疲れた顔をしていない。顔の表情が全然変わっていない。もちろん、走って入るので呼吸は若干早くなってはいるが、ただそれだけである。

 それに、その呼吸ペースの上昇といっても、それはあくまで走っていることによる姿勢制御演算をひっきりなしに行い、それによっていつもより多めに発生した内部機器の熱を取っ払う排熱呼吸を、いつもより高頻度に行っているからそうなるだけだ。それくらいのことはよくあるので、はっきりいって人間で言う“疲れる”という分類に入らない。これくらい本人にとっては日常茶飯事だからだ。

 ましてやユイは、試験機(といっても後に制式機になるが)とはいえ仮にも戦闘用。激しい運動には十分耐えれる設計になっている。俺たちにとっては20km弱“も”走らなければならないが、ユイに言わせれば“たったの”20kmなのである。


 当然、周りもそれに気づく。少し時間をおいて、皆がヒーヒー悲鳴あげつつもその視線を各々でユイに向け始めた。俺の前を走っていた和弥と新澤さんも、何度かチラッと後ろを見ていた。だが、もちろんユイはその視線に対してもいつも通り無反応。というか、たぶん気づいていないだろう。

 そして、全員が思っただろう。いや、視線が訴えていた。「そのスタミナを俺にくれ!」と。

 ……大いに同意させてもらおう。俺もほしいよその電気というエネルギーがある限り補給いらずの無限スタミナ。


 ……しかし、それは今みたいな長距離の話だけではなく、どうやらこれは短距離にも適応されるようだった。

 その無限にあるスタミナなら、こんだけの高速を出してもあんな平然としていられるもの一応は納得できる。疲労する要素が全然ない。


 ……人間にしてみれば信じがたい話だが。


「お、おいおい……。ユイさんほんとに人型かよ……」


 少しの沈黙の後やっと和弥が絞り出した言葉がそれだった。

 それにつられて、俺もやっと呆然自失の状態から回復する。


「200mを10秒弱か……。予想以上だな……」


「予想以上どころの話じゃねえよ……。70km/hって、どんな速度だこれ……早すぎて全然わかりやすいので想像できなんわ……」


 そう言っている顔もまだ強張っていた。

 俺も俺で、まだ顔が固い。どこで緩めればいいかまだタイミングが分からない。


 ……そんな俺たちの驚嘆、というか呆然などどこ吹く風。走り終えたユイは“涼しい顔で”俺たちのもとに戻ってきた。

 とてもではないが70km/h出した後とは思えない顔だった。今この顔だけを見れば、とてもではないが想像できないだろう。ついさっき人型の物体が出す速度としては世界記録を優に飛び越えたということを。

 ちょうどそのタイミングで新澤さんも戻ってきた。もちろん、こちらも顔の表情は固い。俺たちとほぼ同じだった。


「お、お疲れ……」


「お疲れ様でーす」


 そう一声かけるが、帰ってくる声もまた疲労とかを感じない普段の声だった。走った後とは到底思えない。

 それにすらも呆れてしまう俺たちなど無視し、さらにユイは聞いた。


「それで、何キロ出ました?」


「あ、いや……えっと……」


 すぐに答えれなかった俺に代わって和弥がおもむろに言った。


「200mを10.35だったから……、大体70km/hですな」


「あぁ、70ですか」


 まあそんなもんすね、とでも言いたげな顔だった。

 案の定のこの余裕の表情。やはり、本人にとってもこれくらいは当たり前だったか……。このユイの返答と表情に思わず苦笑いが出てしまう中……



「……まあ、前はもっと出たんですけどね」



「「「………………はい?」」」


 ……はて、俺は何を聞き間違えたのか。

「前はもっと出た」? いや、これはさすがに何かを聞き間違えたんだろう。それはナイナイ。

 俺も相当疲れているらしい。訓練を真面目にやりすぎたか。変な幻聴を聞いているようだ。

 自分の変な幻聴に自分で軽く笑った。ユイ以外のほかの2人も同じく笑ったあたり、同じような幻聴でも聞いたんだろう。変な偶然もあったもんだ。

 そんなことを思いつつ、もう一度聞いた。


「……あ、すまん。もう一度いってくれ」


「え? ですから、前はもっと出たって……」


「……は?」


「いや、ですから、前はもっと速度が出たって……言ったんですけど……」


「…………」





「…………マジで?」


「はい」





 やっと緩みかけた顔がまた固まった。俺だけじゃない。他二人も同じだった。元陸上系女子だった新澤さんに至ってはもう一瞬フラッと倒れかけた。走る、ということを本職にしていたからこそわかるこのヤバさ。尤も、そうでなくてもこの速度はさすがに嫌でも理解できる。


 俺はさらに恐る恐る聞いた。


「……さ、最高で、どんくらい?」


「えっと……。前に動作試験したときで……」




「大体、75km/hですね」


「お前ほんとに人型か!?」




 そろそろショックで気絶するんじゃないかと本気で覚悟した。そしてついに新澤さんは倒れかけたが、和弥がすぐに反応して体を抑える。自分がまさに一瞬フラッとしかけたのを耐えながら。

 そう考えると、まだ倒れたりしていない俺はまだ耐性はあるということなのだろうか。……この場合は、全然嬉しくないが。


 しかし、その様子を見ても今一どういうことなのか理解していないのが……。


 ……まあ、言うまでもない。本人である。ちょっと首を傾げて「え? なにこの反応?」とでも言わんばかりに怪訝な表情で俺たちを見ていた。


 そんなユイを横目に和弥が聞いた。


「な、なあ、75km/hって……どんな速度だ?」


「えっと……、グレイハウンドって知ってるか?」


「あぁ、あのクソ足が速いやつか?」


「そう、それ」


『グレイハウンド』。

 ウサギなどの小動物の狩猟のために、イギリスで人工的に作り出された視覚特化型狩猟犬種サイトハウンドの一種で、世界的にも有名な“世界最速の犬”として知られている。

 とにかくステータスを速度に全振りしたような犬で、その全体的にほっそりとした体格もそれに特化した要因の一つともいえる。あの細く長い足を思いっきり蹴り上げることによって、比類なきスプリンター犬としての威力を発揮しているのだ。

 最初は主にヨーロッパ貴族の間で飼育されていたが、のちに世界に普及し、今ではその類まれな俊足力や瞬発力を生かして、ドックレースなどの競技用やショー用として世界的な人気を博すことになる。

 その俊足ゆえ外では活発なこの犬種ではあるが、家の中ではグテーとくつろぐ可愛らしい一面もあり、比較的おとなしく飼い主に忠実で、飼い犬としても中々の人気がある。競技から引退したグレイハウンドを愛玩犬として飼おうとする人がいるのもうなづける話であろう。

 もちろん日本でも飼育されており、グレイハウンドの中で最もポピュラーなイングリッシュ・グレイハウンドの人気はとても高い。


 ……そんな、俊足で有名なグレイハウンドだが……、


「……そいつが、本気で走った時の最高速度が」




「75km/hだよ」


「マジで!?」




 今ので理解できたらしい。そんな驚愕の声を上げた。


 そう。あのグレイハウンドが本気を出せば75km/hも出せるのだ。

 これは、車の法定速度どころか、日本が今主力としている10式戦車の70km/hより早い。犬種の中で世界最速と呼ばれる所以だ。

 実際グレイハウンドの全力力走を見てみればわかるだろう。あれだけでも、相当な速度だ。ドックレースで散々走らされるわけである。


 ……つまり、ちょっと裏を返せば、コイツは日本の主力戦車の最高速度を優に超えたどころか、世界最速の犬種と同等の速力を持っているということになる。

 比較対象のグレイハウンドがどれほど早く走るのかは、実際に見てみてくれとしか言えない。百聞は一見に如かずである。だが、見た人はその速度に驚くだろう。


 ……明らかに、人間が出せる速度ではないのだ。


 グレイハウンドに関しては新澤さんも一応は存じえていたようだ。頭の中で思い出すように目線を上にあげていた後、少し顔を青ざめていた。


 ……そして言った一言が、


「……あれ、ユイちゃん人型だっけ?」


 そんな頓珍漢なものだった。

 視線を向けられていたユイは思わず、昭和の芸人がやるようにズテッとなって言った。


「いや、見ての通り私は人型ですけど……」


「……この速度で?」


「はい」


「……75km/hを出すロボットが人型?」


「私を見れば一目瞭然かと」


「え……えっと……」





「人型の皮をかぶった何かじゃないの?」


「あの、私いったいどう見られて?」





 なんか初めてまともなボケにまともにツッコんだ気がする。まあ、全然嬉しくもなんともないが。


 新澤さんの視線はそのままユイの足に移った。

 この、少し細めのスラリとしたお世辞抜きで綺麗な肌色の足からは、とてもではないがあんな速度を出す出力を持った剛脚というイメージは全然わかない。太さも新澤さんの足と同じくらいで、そう男性みたいに極端に太いというわけではない。

 いや、それを言ったら先のグレイハウンドだって、余計な重量物積まないためなのか、極端に太いどころかむしろ細いんだが……、う~ん……。


「(……一体どこにそんな出力が……)」


 俺は思わずその足をまじまじと見つめていた。

 隣にいた和弥が思わず小声で言った。


「この足であの速度か……、すごいな」


「いや、すごいのは速度だけじゃない」


「え?」


 俺としては、その速度自体もそうだが、他の点でも注目が向いていた。


 この足の中にある人工筋肉の出力の高さが先ほどので証明されてしまったわけだが、速度だけでなくそれを実現する“出力自体と高度な姿勢制御”にもやはり目が行ってしまう。


 ユイの体重はロボットとしてはとにかく軽めに抑えられて、大体58kgほど。そこから受ける重力に抗いつつ、しかもここまでの速度を出すための人工筋肉の出力はバカでかいものだあるはずだ。


 しかも、あの200m走での力走の過程でも、そのバカでかさはさりげなく伺うことができる。


 当然、短距離走となればゴールまでの過程で、スタート⇒加速⇒速度維持⇒ラストスパート、この段階を踏んでゴールインするのは言うまでもない。

 だが、陸上競技をよくやる人はここで気づく人もいるだろう。“この過程を経ても10秒弱”なのである。

 要は、速度0の状態からスタートして加速したのち、トップスピードを維持するまでの間、“あそこまでのタイムをだす速度は出していない”のだ。

 200m全部をあのぶっ飛んだ速度でずっと突っ走っているのなら、このタイムもまだうなづけた。しかし、俺が驚いているのは、この明らかに低速度で行かざるを得ない加速過程を踏んでいながらこのタイムを出したのだ。

 この70km/hという速度は、あくまで距離とタイムを割って求めた全体の均一的な速度だ。“低速域の前半過程を含めた”タイムを使ってだ。

 それでも、70km/hを出したということは、後半の追い上げで、実質、瞬間的には“70km/h以上出した”ということになる。

 先のユイの言った75km/hも、おそらくこの方法で計測したものだろう。大体5km/h差なら、スピードガンを使ってやったとは考えにくい。それならもっと出ていたはずだ。

 もしここにスピードガンあってその速度を計ったらどうなっただろうか……。爺さんたちのことだし、たぶん向こうでもスピードガン使った計測はやったはずなのだが、しかし、計測結果は聞いていない。まさかやってないのか、やってても教えないだけか。

 ……いずれにしろ、とんでもない速度が出ているのは確かだろう。

 機密、ということで詳しい数字は教えられていない。しかし、もし解禁されてその数字を見ることになったら、たぶん俺は卒倒するかもしれない。現実、ここまでの高出力を発揮されて今にもショックで倒れそうだというのに。


 それだけの速度を出す出力というのは、今後の活動の点ではとても有利に働く。


 俺が一番驚愕し、そして感心しているのはこれだった。これほどの速力を出す人工筋肉があれば、要所要所で高度な脚部負担を要するところで活躍できるようになる。

 例えば、橋が崩落したりなどで穴が開いたところ。どうしてもそこを通りたい場合、俺たち人間と、このとんでもない出力を出すユイを比べるとどうなるか。

 穴がでかすぎて、俺たち人間はギリギリ飛び越えれそうにない。足がそこまで飛ばすための力を持っていないからだ。

 だが、ユイはどうだろう。あんな速度を出すほどの出力、つまり力を備えている足を持つユイなら、ある程度助走をつければ軽々と越えられる。

 そう言った感じで、もしかしたらいろんな場面でこの脚部が人間以上の身体能力を発揮する糧となる可能性がある。そうなれば、人間がたどり着けないような高所や難所、また、逆にこのまま飛び降りたら確実に骨折してしまうんじゃないかといったところにも、その脚部に加わる負荷をすべて吸収することができるので、軽々と突破できる。そうすれば、ユイの活動領域も増えるし、戦闘時にはとても有利に働かせることが可能だ。


 足を少し強化しただけでここまで用途が増える。何気に、俺たち人間からすればとてもありがたいことだった。


 また、出力だけではない。

 これを支える姿勢制御にも注目が向いた。


 ここまでの速度を出しておきながら、重心制御や姿勢制御といった高度な姿勢制御演算が完全に成り立っているという事実は、必然的にユイ自身の各種演算処理能力の高さを物語るには十分だった。

 特にこの場合は、自身の重心の真下に位置する目標ZMPがより前方に位置しとても不安定な状態であるはずなのに、それをうまく制御するということは、その目標ZMP制御の演算処理能力は従来のロボットより高性能であることの裏付けともいえた。

 いや、むしろこの場合はこの制御を逆手にとって、体を前に倒して風の影響を最小限に抑えつつ、その前傾姿勢を利用して前に倒れる力を速度にうまく変換しているともいえる。もちろん、その高度な制御の背景には、自分の人工筋肉の力で、力任せに地面を強くけって速度を出しまくって無理やり姿勢を安定させている面もあるのだろうが。


 だが、それができるほどの制御演算をこなすことができるというのは、これまた用途がとても多いものだ。

 地盤が安定しないところでの作業などで、この姿勢制御能力の高さは威力を発揮する。先の難所飛び越えの件もあるが、それ以外の不安定な地形・地盤での行動時は、こういった制御能力は高いに越したことはない。人間ではとてもじゃないが歩けそうにない場所でも、ユイならできるという利点もある。


 ……こういった感じで、一つ短距離走で速度を検証してみても、このような用途が考えられる。

 元より、ロボット開発というのは、そういう一見無意味そうなところからいろいろと発展させてくる分野だった。これは、その延長線上ともいえるだろう。


 俺は、この自身の行動における様々な条件でいろんな用途が考えることができる、ないし出来る可能性がある、そこに一番の驚嘆の念を抱いていた。


 そして、さっき走っている時わざわざ中途半端な3番レーンを使ったのも、これを見れば納得がいった。

 1番レーンだと、力走時には速度が速度なのでカーブの時の遠心力に対抗するために体を足ごと内側に傾けねばならないが、その時万が一内側にこけそうになったとき邪魔になる。2番にしなかった理由もそこに関して余裕をつけたかったのだろう。また、そうでなくても走っている時に内側に傾けている状態だと、フィールドとの境にある縁石が足に当たりそうでこれまた邪魔になる。

 その点を考えて、ある程度離れた3番にしたのだ。さりげなく、そういった細かい判断もしているということの表れであった。


 ……やはり、ユイはとんでもないロボットだった。それを、改めて実感した。


 和弥や、新澤さんもその説明を聞くと理解したようだった。何とも言えないような、改めてユイのすごさを実感したような、そんな様子で顔をひきつらせて苦笑いしていた。


 俺はタッチペンを拾って、手元のタブレットにデータを記録しつつ呟くように言った。


「まったく……それでもこんな速度をだしちまうとか、コイツは餌を追っかけるグレイハウンドかっての」


「え、私犬ですか?」


「グレイハウンドって、性格的にはおとなしいうえに外では活発、そんでもって仲のいい人間にはそこそこなつくからなぁ……。まるでお前だ」


「え、なんですかそれ」


 すると和弥が割って入る。


「だがしかし、そのグレイハウンドはちょっと臆病な一面もあるって聞いたことがある。つまり……」


「お、それもそれでユイに似合いそうだな」


「いや似合いそうって何ですかそれ」


「臆病なユイちゃん……、あれ、これありじゃない?」


「いやいやいやいや、臆病ってそんな」


 ユイが手のひらを顔の前で左右に振って否定する。

 ……でも、割と本気で臆病なユイというのもまた一考じゃないかと本気で考えてしまった。尤も、戦闘用ロボットとしてそれはどうなのかと言われればそれまでなのだが。


「しかし、そのグレイハウンド並の速力出しちゃうその足のどこにそこまでの出力が……」


「どこにと言われましてもここにとしか……」


「ですよねぇ~……。コイツにだけは蹴られたくねぇな」


 それこそ、どっかの某大晦日番組で恒例のタイキックなんてされた日には、尾骨あたりを複雑骨折でもしかねなさそうだ。絶対されたくないなこれは。人の骨が完全金属、ないし炭素繊維で固められた上に70km/h以上の速度をだせる人工筋肉で稼働する脚部に対抗できるわけがない。


 ……実験台にはあの変態共を使おう。ドMだから喜んでやってくれるだろうし。


「だが、一発思いっきり蹴り上げたりしたらCQCではめちゃくちゃ使えそうだな」


「ケリ一つで相手沈黙したら格闘術の出しどころがないだろ……」


 自衛隊格闘術を引き継いだ国防軍格闘術の中に周り蹴りなんて項目はなかったはずなんだがな……。だが、それでも蹴り技はいろいろあったはずだから、そこで威力を発揮するかもしれないな。やられた側は絶対悶絶するだろうが……。


 ……これも、実験台はあのドMな変態共にやらせるということにしておこう。


「ユイ、足の状態は?」


「オールグリーン、問題なしです。異常はありません」


「あいよ」


 これも記録の内だ。何かするたびに機器動作負担の確認をしておけという上からのお達しである。

 といっても、半ば本人からの自己申告なのだが、どうやら問題ないらしい。あそこまで走ってよく問題ないよな、感心するわ。人間なら何度かは知っただけで即行で筋肉痛行きだというのに。都合のいい体である。


 そう考えつつ、とりあえず記録は完了した。


 200m走:タイム 10.35 推定速度 約70km/h 状態 異常なしグリーン


 ……うん、何度見てもおかしな記録である。数字の桁違ってるんじゃないか? と何度も疑問に思ってしまう。

 しかし、これが現実目の前で見せられたので仕方ない。リアルで戦車と同等の速度で出されたらどうあがいても信じざるを得ない。生で見ててよかった。あとあと本当はここにいるはずの幹部からこの報告を聞いてたら「いやもう一度やってきてくださいこんなのありえませんから」とかどうとか言って思いっきり恥かいてたところだ。




 これでまず一発目は完了した。その後も、いくつかの種目の測定をさっさと済ませていった。時間もないので、できる限り急ぎ目である。


 ……が、そのあとも、俺たちの驚愕は続く。


 何個かあるが、ここではその中でも一部を紹介するとしよう。




『ハンドボール投げ』



 日本独自で行っている体力テスト競技の一つであるハンドボール投げ。

 一般なら大体50mを越えれればいいほうで、そいつは確実に野球なら剛腕ピッチャーかレーザービーム持ちの外野やっていけるらしい。30mを超えた時点でもうそう評価されることもしばしばだ。

 先の足の件もそうだが、さすがに腕は……、とか、


 そう、甘く思っていた時期が、俺にもあった。


「新澤さーん、準備いいっすか?」


 記録のためにフィールド内に入った俺たちは、その中でも端っこのほうに陣取り、そしてメジャーを伸ばして準備を終えた。

 新澤さんも、投げる方向のある程度離れたところでボールの飛来を待ち、準備完了の報告を俺は受け取る。


 そして、俺の合図とともにとりあえず投げたのだが……


「……ええ!?」


 何の助走もつけずにその場から思いっきり縦に腕を振り下げてボールを投げたと思ったら、そのボールは見事に飛距離が伸びやすい45度の角度で空に一直線に伸びていった。しかも、その飛翔速度もおかしい。明らかに俺の知ってるハンドボールの飛んでいく速度ではない。


 風は無風だったが、ボールもなかなか落ちない。ここから見る限り、新澤さんも自分が予測した地点よりもっと飛ぶと感じたのか、少しして急いだ様子でボールを目で追いながら奥の方向に離れて走って行った。

 やっとボールが落ちたと思ったら、その落下地点は新澤さんのダッシュする進行方向の目の前だった。少し息切れした様子でしゃがみ記録を取ると、俺に報告する。少し息切れ気味に。


『……き、記録……』





『……72m……』


「おいちょっと待てお前今投げたのハンドボールだよな?」


「いや今みてましたよね私が投げるの?」


「ハンドボールが72mも飛ぶかぁ!」


「……」





 ユイは思わず腑に落ちない様子で沈黙してしまった。

 しかし、俺の知ってるハンドボールの飛距離じゃない。学生時代の体力テストでハンドボールを投げた経験があるのでよくわかるが、ハンドボールというのは中途半端な大きさなうえ見た目以上に重いからめちゃくちゃ投げにくいのだ。俺だって最高でそこそこいって31m。和弥も元野球部でピッチャーをやっていたこともあり、35m。これでも、学生時代なら剛腕だという評価を受ける程度なのだ。なので、俺たちもこのハンドボール投げに関しては周りからも高評価を受けていたし、これを超える奴は中々いないだろうとすら思っていた。

 だが、コイツはその倍を投げてしまった。ソフトボール投げならわかる。これくらいならプロなら人によっては70m越えも十分ありえる。だが、これはハンドボールである。ソフトではないのである。

 ハンドボールで72mは日体大の記録でも聞いたことがなかった。しかも、この72という数字。明らかに狙っている。ユイは胸部が他より圧倒的に平の某歌姫アイドルを知っているというのだろうか。こんなところでもまたいじめが発生してしまう。


 ……しかし、おかしいな。ハンドボールって頑張ればここまで投げれるのか、ということもあるが、そもそもこんなに飛ぶのか。知らなかった。

 しかも、これでもまだ本気じゃないらしい。負荷耐久が高めの足とは違って、純粋に耐久などの面で少し低めに設計されており、ある程度は安全のためにリミッターをかけないといけないので、これでもまだ全力の約8割ほどなのだそうだ。もちろん全力をだせないことはないが、そうなるとちょっと負荷がかかりすぎて寿命が落ちるわ不具合が起こりやすいわでちょっと不都合なのだそうだ。

 つまり、逆を返せばやろうと思えばこれ以上の飛距離をだせるし、また、握力の面で考えても、コイツはとんでもない数値をだせるということにもなる。飛距離が伸びるということは、要は握る力も強いということだからそういうことにもなる。

 ……コイツにだけは絶対殴られたくない。何があっても。



 ハンドボール投げ:飛距離 72m 出力 安全値(最大値8割) 状態 異常なしグリーン





『走り幅跳び』



 またもや脚部関連である。これをやるって時点でもうすでに嫌な予感が満載だったのだが、案の定、やはりこれもこれでまた変な記録が出てしまった。


 記録方法はまあ他と同じだ。ルールに従って思いっきり走って飛べばいいのである。。

 ある程度後にやった記録なので、ここまで来ると俺たちも学んだ。俺たちが予測しているより気持ち分上乗せでくることを予測し、メジャーも大体3倍くらいに伸ばした。普通なら大体6m半もあれば十分なところを、今回は12m半も取った。走り幅跳びをする上では十分すぎる距離である。というより、この競技場の砂場の長さは10mなのでもうそこは砂場ではない。しかし、まあ念には念を、というやつである。


 とはいえ、まあこれはさすがに……。と、こればっかりは楽観していた。

 いくら最初にあんな速度を出したとはいえ、純粋にスピードに乗って走りっぱなしでいるのとはまたわけが違うのであって、これに関しては新澤さんも、


「ま、まあ、これくらい伸ばしとけばさすがに……」


 ―――と、ある程度は楽観していた。しかし、今までが今までだけに少し震え声である。

 踏切線上での足の踏切判定に関しては、これもまた陸上競技経験者である新澤さんに任せることにし、飛距離の記録は和弥が担当することになった。俺はその横で記録メモの準備である。

 ルール上は助走路内であればいくらでも助走距離をとっていいとのことだったのだが、今回はしっかり助走距離が定められており、きっちり20mで測定しろということだった。しかし、この時点で俺は嫌な予感がした。

 20mもあれば、今のユイにかかれば即行でトップスピードになれる。先の200m走でもあったが、トップスピードに入るための加速に入ってからトップスピードになるまで数メートルとかからなかった。もし、今またここでその加速をされたら……


「(……あれ、またここで記録がおかしいことになるんじゃ……)」


 そんな俺の懸念などお構いなしだった。ユイはすべての準備が整ったと同時に即行で助走をつけ始めた。


 ……が、


「……えぇ……」


 俺の懸念は案の定であった。

 やはり助走路ないで即行でトップスピードになり速度に完全に乗ったユイは、あっという間に踏切線に差し掛かり、そして新澤さんの目の前でしっかりその線を踏み切って、宙に舞った。


 ……そして、


「……はぁ!?」


 その体は、“10mも設けられた砂場を飛び越えて”着地し、危うくそのまま地面にぶち当たりそうになったところを、何とか無理やり受け身の姿勢をとってかわした。すぐに起き上がったあたり、一応けがとかはなさそうだったが、しかしたかが走り幅跳びでこんな危ない飛びを見るとは思わなかった。というか、ただの走り幅跳びで砂場を飛び越えるとか初めて見た。


 ……そんで、和弥が半ば躊躇しながらいった測定結果が……


「えっと……」





「……10.58……」


「おい誰だよ踏切線に隠れてロイター板置いたやつ?」


「いや置かれてませんよそんなの!?」


「10.58もとんどいてそれいうか!?」


「……」





 またもや腑に落ちない様子で沈黙するユイ。だが、そうなんじゃないかと錯覚するほどの記録なので頼むから察してくれ。お前みたいなロボット基準で考えられるとこっちが不都合すぎるんだよ。

 風は無風。それほど飛距離が伸びるような条件ではなかったはずだった。しかし、それでも問答無用でとんでもない飛距離をたたき出すユイの脚力は健在だったらしい。走り幅跳びで十桁メートルいった数字なんて見たことなかった。

 ここいら辺りで、審判やってた新澤さんが疲れた様子で床に座り込んでいたのを俺は見逃さない。



 走り幅跳び:飛距離 10.58 状態 異常なしグリーン






 ……そういった形で、次々と動作試験の記録をしていくうちに、ユイのとんでもない身体能力をまざまざと見せつけられてしまった。

 最終的に見てみると、明らかに人間がたたき出した自慢の記録の大方が塗り替えられた。しかも、ギリギリではない。“余裕で”である。


 単純にロボットと人間の身体能力を比較すること自体が間違いなのだろうが、しかし、これは明らかに予想外すぎた。あとで爺さんに「身体能力のステータス高すぎだろ! なんだこれ!?」と抗議の電話をしておかなくてはならない。


 その後、タブレットに一連の記録をした俺は、そのまま機密暗号化させて団本部のサーバーに送った。

 タブレットを返却した時点で、ちょうどよく午後の昼食の時間である。

 そのまま演習場内で昼食を軽く済ませたのち、午後からは射撃訓練となった。

 当然、先にも言ったようにユイも参加するが……




 ……戦闘用と呼ばれるゆえんかもしれない。


 ここからが、ある意味コイツの本領だった…………

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