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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
終章 ~エピローグ~
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空を見上げて


 ―――今日も空は青い。


 雪がやっと消えた。そんな日に、俺たちはいつも通りの日常を過ごしていた。


 何もない。普通の日だった。それが、何より一番なのだということを、今なら自信をもって言えるだろう。


 出番がないのは良いことだ。俺たちはこうして“無駄な時間”を過ごすことができる。それこそが、一番の“平和”だ。


 それは、新たな争いとの間にある一時の代物でしかないかもしれない。だが、それでも、自分はそれをいつまでも眺めていたい。少しでも長い、一時の平和を。



 それこそが、平和を祈る、ということなのだろう……。







[2031年4月24日(木) PM12:02 日本国山梨県]




「―――GO!」


 刹那、一気に4人が部屋に雪崩れ込んで行った。

 そして、今まさに射撃しようとしていたロボット2体に照準を向け射撃。すぐさま戦闘不能とする。


「ルームクリア!」


 その一言を発し、すぐさま次の行動へ。


「シノビ0-1からハチスカ。全ルームチェック。異常なし。送れ」


『シノビ0-1、こちらハチスカ0-1。了解。地下にいってくれ。そこで落ち合う。送れ』


「シノビ0-1、了解。地下へ向かう。終わり」


 端的な無線交信を終えると、全員に目線で合図を送る。俺を先頭に、すぐに階段を駆け降りて地下と向かう。

 今のうちにマガジンリロード。後ろから一人の声。


「ホームには車両が3両。たぶんそこで籠城してるんだろうな」


「車内は死角があっても薄いから貫通しまくるな。視界は?」


「電気止まってるから暗視使ったほうがいい」


「オッケー。今のうちにHMD暗視スタンバイさせておけ」


 駆け下りながらも短く指示を出していく。後ろからの異常の報告はない。全員手慣れた動きだ。もう何度となくやってきたこともあってか、体が完全に覚えている。


「地下入るぞ。敵は?」


「……ひー、10体は下らないですわこれ。後ろにもゴチャゴチャ」


「雁首そろえてお出迎えかよ、冗談きついぜ。おい、二澤さんとこは?」


「反対側だ。向こうはもうやってるっぽいな」


「そっちにある程度引き寄せられてると考えても、それでもこの数か。マジで勘弁だわ」


 誰だこんなクソみたいな訓練プログラム組んだのは。心の中で悪態をつきつつも、ここ以外に攻め入れそうな場所がないので、覚悟を決める。


「何本か柱があるからそこまで突っ走れ。手榴弾持ってるやつ?」


「3発あるぞ。私が投げるか?」


「よし、1発アイツらめがけてぶん投げろ。破裂したら一気に突進。全員一斉だ。時間もない」


「了解した。合図を」


 3秒ほど待って、合図を出す。ピンを抜き、彼女は左手で思いっきり手榴弾をぶん投げた。4秒後、ホームの床に落ちたと同時に破裂。ロボット数体の動きが鈍くなったのを合図とし、一気にホームに突撃する。

 柱等に隠れることができた5人全員が、今度は一体ずつ着実に倒しに行く。弾薬の量を鑑みて、無駄弾は当然撃つことができないのだが、車両内に結構な数が潜んでいたのか、わらわらと湧き出てくる。弾もそりゃあ足りなくなる。


「誰か持ってるやついるか? こっち少なくなってきた」


 他も似たような状態なのだが、それでもダメもとで聞いてみた。すると、意外な所から、


「じゃあ私のどうぞ」


「はい?」


 お隣さんから否応なく渡されるマガジン。いや、それお前やんけ。そんなツッコミをする時間もくれず、本人はフタゴーを背中に回して、スリングを締めて固定し、軽く体を解すと、一気に3両のうち一両のとあるドア付近に居座っていたロボット5体に突貫。


「えぇぇええええ!?」


 んなアホな!? しかし、それで終わらなかった。 


『……あ、弾切れた』


「え?」


 もう一人、おんなじ突撃バカがいた。


『しょうがない。ハンドガン使うか』


「いや、ハンドガンてなn」


 別の柱の陰に隠れていたもう“1体”は、ハンドガンを右手にユイとほぼ同じところに突貫。ユイが接近戦……いや、CQCを“派手に”実行している横を通り抜け、ユイと奥からきた敵の間に自らが盾になるように入ると、ハンドガンを両手にもって1発ずつ敵の首元を仕留めていった。


「……地獄か」


 ドアの付近で巻き起こっている2体のロボットによる無双は、相手方からすれば間違いなく地獄。ハンドガン射撃を潜り抜けたとしても、待っているのはほぼ同格のロボットによる本気のCQC。ドア付近でどんどんロボットの“死体”が積み重なっていく。ハンドガン撃ちまくってる方は良いが、CQCやってる方に関してはもう技が派手であるためか、音が「グシャン」だの「バシャン」だの、間違いなくなっちゃダメな奴がなってしまっている。損害幾らだこれ。


『……おい、人間勢出番ないぞ。どうすんだこれ』


「俺に聞くんじゃねえよ」


 親友からのその困惑の声にも、俺はこう答えるしかなかった。ロボットに無双されちゃあ、人間の立場もないっていうか、訓練にもならんっていうか。それでも、外縁にいた敵をどうにか倒し、邪魔が入らないようにする。

 そのうち、ドア付近の敵が一掃された。


『さあ、どうぞ』


 なんだその客を入れるホテルのスタッフみたいな招き方は。とはいえ、道が開けたには変わりはないので一気に車両内に流れ込む。結構荒れているが、中には数体ぐらいしかいない。


「3人は反対側から二澤さんたちを援護。ここに入らせないように止めといてくれ。お前は俺についてこい。一気に制圧する」


 3人を残し、俺は相方と共に車内を検索。狭い車内である上、たった3両なので短い。速足で進み、1両、また1両と敵を倒し、最後の車両。


「ラスト、3体」


 ハンドガンを持っていた相方がまず2体。そして、最後の1体は、俺が頂いた。というか、相方が「どうぞどうぞ」と譲ってくれた。そんな余裕があるのかお前には。コイツの妙な舐めプっぷりは相変わらずの要だ。


「……クリア」


 目標の車両は全部クリア。すぐに無線にかけた。



「CP、シノビ0-1。ターゲット制圧。エリアクリア。敵影なし」


『シノビ0-1、CP。了解。エリアクリア、確認。CPより全部隊、状況終了。繰り返す、状況終了』



 小さくだが、訓練終了のラッパが鳴り響いた。やっと終わった。一気に肩の力が抜ける。



「ふへぇ~……」


 気の抜けた声を出しながら肩を解すと、横から右手の拳を突き出し、


「……お疲れ様です」


「……うぃっす」


 自分も軽く右手で拳を作ってグータッチ。その表情はさっきとは違い緊張の解けた笑顔だった。





[同 北富士市街地演習場]





 あのテロ事件から早5ヶ月。

 俺たちは日常を取り戻した。各地で復興やら補填やら、はては残党狩りやらが行われている中、俺たちにの下には、今まで通りの日常が戻ってきた。


 今日は拠点の習志野を出て、山梨は北富士市街地演習場にある施設でのCQB訓練。地下鉄の車両がテロリストにジャックされ、とある駅で止まったものの、今度はその駅舎ごと乗っ取ってしまったという想定で行われ、要は地下鉄舞台の奪還作戦である。

 駅舎と、鉄道車両を全て制圧したら作戦成功。俺たちは駅舎を半ば制圧し、あとは別働隊に任せて一気に地下へ。先着していた二澤さんらと共にホームと、止まっていた(という想定の)車両を制圧し、無事終了した。他の班では死亡判定が何人か喰らったらしいが、幸いにしてこっちはゼロ。キル数もトップレベル。後の話だが、有り難いことにちょうど査察に来ていた団長からお褒めの言葉をいただいた。いやー、それほとでもない。


 ……というかだ。


「―――いい加減お前らは突貫癖直したらどうなんだ」


 地上へ出る途中、思わずそう呟いた。弾がなくなったらいきなり突撃してCQCすりゃいいやみたいな、そんなあんまりな筋肉思考はそろそろやめてほしいというか、むしろロボットなんだからもうちょい頭使えるはずだろと思わなくはないのだが、本人らな悪びれもしない。


「アレが一番楽なんで」


「楽だからな」


「おい爺さんなんでこんな筋肉バカにした」


 思わず無線で爺さんに繋げて言った。ちょうど性能確認のために爺さんとその一行も来ていたのだが、都合がいいので即行で聞いた。


『……わしに言われてもな』


 無線の向こうで軽く頭をかけている爺さんの顔が見えるようである。


「マジで某マッチョマンな変態の映画に出てくる大佐なみだぞこいつら。マジでやべーって」


「いやぁそれほどでも」


「余り褒めてくれるなよ」


「ほめてねえし照れる所でもねえわ脳内筋肉ロボットども」


 おかしい。メリアがきて以降彼女はツッコミに回ってくれるはずではなかったのか。時としてボケに回ってしまってはこっちの負担が増えるだけである。なんてことなのか……。


『まあ生き残れるならそれでいいじゃろ。CQC能力が高いのは想定通りじゃ』


「こんな突撃バカになったのも想定通りか?」


『拡張性を与えた結果ということで一つ』


「どう考えても拡張性の使い道を間違ってるんだが」


 そんなことに使うべきものではないのだが……だが、爺さんは曖昧に回答してさっさと無線を切ってしまった。チクショウ、逃げやがったかあのジジイめ。


「……おまけにCQCやってる間被弾ゼロだし……」


「当たらなければどうってことはないんですよ」


「零戦だってそうだったらしいじゃないか」


「それはどう考えても死亡フラグだし、実は零戦限定的ながら防弾関連の処置されてたんだがな」


 そんな反論をしながら、外に出た。途端に吹いてきた風が顔を撫でる。

 半ば暗い屋内にいたため、目が異常に光を吸い込んで思わず手で軽く光を塞いだが、すぐに瞳孔が閉じていき、目に入る光の量を抑えていく。


「……いい天気だ」


 そう呟いていると、後ろからまた声が。


「お疲れ。あとは昼飯だったな?」


 和弥だった。緊張から抜け出した開放感からか、いつも通りの朗らかな表情を浮かべている。


「ああ。今日は適当なところで食っていいってさ」


「全く、いつも使ってる野外炊具急遽これなくなったからなぁ。いつものミリ飯だ」


「静岡の土砂災害にいっちまったからなぁ」


 数日前に起きた季節外れの大雨により、静岡の田舎町で土砂災害が発生してしまい、陸軍にも災害派遣要請が地元自治体から出された結果、炊飯支援として野外炊具も出払ってしまった。本当はそれを使って飯を食う予定だったのだが、急遽いつも通りのミリ飯である。ちなみに、中身はカレーだった。


「まあ別にミリ飯もうめえからいいけどさぁ、久し振りに食いたかったなぁ、あの炊具の飯」


「我慢しろよ、被災地優先なんだから」


「へいへい……」


 相当楽しみにしていたのか、こういってもまだがっくりきてる和弥。どんだけ食いたかったんだよと思わなくはないが……、軍人にとって、飯はほぼ唯一の楽しみでもある。モチベーションも下がろうというものか。


「じゃあ、あとで私が飯でも作ってやるか? ん?」


 と、ニヤケ面かましながら和弥の肩を組むメリア。お前飯作ったことねえだろと。


「何か作れます?」


「フィッシュアンドチップス」


 おいこら。


「お前メシマズ嫁にでもなりたいのかよ」


 なんだその偏見。最近のイギリス料理は美味くなってるって言われてんだぞ。……ただし店を選ばないといけないが。


「まあまあ、何か作ってやるって。これでもロボットだ。少なくともレシピは即行でネットでひっかけてくれば即行だぞ」


「メリアさんや、私ゃそろそろ白い恋人が食いたいんじゃがのぉ」


「いや、あれは地元じゃないと食えないんじゃ……」


「ばあさんや、飯はまだかのぉ」


「ジジイさっき食っただろうがあと誰がばあさんだこら」


「やだこの娘さんすっごい怖い」


 何言ってだお前ら……。そんな二人は先に飯を食いに行ってしまった。いいコンビなのかどうなのか……。でもアイツ、相方持つ予定ないだろうなぁ、基本的にソロ行動が似合ってるから。


「……そのうち食われんじゃねえかアイツ」


「面白そうなので放置で」


「ブリカス外交発揮してんぞお前」


 外交面でのイギリスどんだけ畜生だったと思ってんだお前。


「お前らが言えたことじゃねえけどな」


「はい?」


 後ろから、今度は二澤さんがやってきた。新澤さんと一緒である。


「お前もたぶん相方に食われるぞそのうち」


「どういう意味でですか」


「いや、今目の前で起こってるのまんま」


「お前なんでリアルで食おうとしてんの?」


 思いっきり俺の方にかみついてきてる相方に思わずツッコんだ。お前は俺をなんだと思っているんだ。


「まあ、それがお似合いだし良いと思うけどね、私は」


「勘弁してくださいよ、こいつ案外噛む力強いっすよ?」


「そりゃロボットだしね、仕方ないわね」


「仕方ないな」


「完全に捨てられる流れだ……」


 俺には味方がいないらしい。これほど悲しい状況はない。ロボットに食われるなんてそんな人生の最後は余りにない。どうせなら抱かれて死にたい。


「そんな死に方もどうなの……?」


 なぜこれでドン引きされるんだ。それで引くなら食われるのにもドン引きしてほしい。


「他の人たちは?」


「先に飯食いにいった。相当腹減ってたらしいな」


「ミリ飯ですけどね」


「カレーだから我慢できる」


 カレー好きらしい……。本人も相当腹減ってたのか、さっさと行こうと半ば俺たちを引っ張るように昼飯場所へと向かった。


 昼飯場所につくと、既に何人かは各々の場所で飯を食い始めていた。そこそこ長い休憩となるので、各々で好き勝手くつろいでいた。この時は静かに食べたかったので、そこから少し離れた場所で飯を取った。


「……いい風だわ」


 時折吹く程よい風。強すぎず、弱すぎず。訓練でかいた汗を拭いてくれるようでとても気持ちの良いものであった。眺めもいい。周りは軽く草原の地帯で、言ってしまえば遠足みたいな感じになっていた。地面にレジャーシートとかは敷いていないが。


「……ん、カレーうめぇ」


 事前にあっためておいたカレー飯。うまい。ミリ飯といえどやっぱり美味くなければやってられないのである。

 遠くではにぎやかな声も聞こえてきた。飯を食いながら談笑でもしているのであろう。やはり楽しそうだが。


「皆と食べないんですか?」


「ん?」


 横から近づく人影。ユイだ。飯を食う必要がないユイにとって、今の時間はただの休憩時間、という名の、暇な時間である。


「俺はこういう時は静かに食うタイプでさ。周りもわかってるから敢えて放置だよ」


「うまい飯は感想言わずにただひたすら食う的な」


「それそれ」


 うまい例えだ。そう思いながら、やはりカレーを口に運ぶ。ユイは隣に座った。

 少しの間静かな時間が流れた。さっきの話を聞いて敢えて何も言わなかったのか、それとも言うことがなかったのか。


「……そういえば、気づいてました?」


 少しして、ユイが唐突に聞いてきた。


「何がだ?」


「今日って、お互いが出会って1年ですよ」


「……あぁ、そうか。もう1年たったのか」


 1周年、というやつである。去年の今日。


 ……あんな唐突な出会いを受けて、半分くらいなし崩し的にこの関係になってしまう、全ての始まりの日。


「あれから何もかもが始まっちまったんだよなぁ。でも、もう1年か」


「時間って案外流れるの早いですね」


「時間っていうのは得てしてそういうもんだ。お前も早く感じるか?」


「何となく」


「大人な証拠だ。子供はむしろ遅く感じる」


 まあ、俺の体験が根拠なんだが。


「随分と長かったなあ。今までの一年間が余りに濃い内容だった」


「ですね」


「お前の相手は苦労したぞ。まあ、その分結構気を使わせたみたいだがな」


「逆じゃないんですか?」


「まさか。色々と気を使ってた場面があっただろ。私幌の奴とか」


「あー……」


 いつぞやの私幌市での訓練時。最初グータッチのサインを交わした当時、ユイと自身の内面的なギャップに苦しんでいた俺は、苦し紛れにグーッタッチのサインを考え、コミュニケーションのきっかけにしようとした。俺が気を使った形ではあったが、実際は逆であったのだ。


「あんなんでも助かったのか?」


「自分が変わっていくのって、案外怖いんですよ?」


「それはわかるけどさ」


「ギリギリでそれをつなぎとめるものだったんです。だから今でもやってるし」


 ユイも、どことなく今までの自分とは違い、周囲から避けられかねないことを薄々自覚していたのだ。

 だからこそ、俺がこの提案をした際にはその真意を悟り、まさに渡りに船とばかりに乗っかったのだという。


「……いつも私を見ていたってことですよね?」


「まあ、そういうことにはなるだろうが……」


「それが嬉しかったんですよ。私には」


「……さよか」


 案外、思っているよりこいつは頭を使っているのかもしれない。なして一部分に関してはクソ脳筋なのかはわからないが、真面目になるとこうなる。いつもこうだったらと何度も思う次第である。


「ギリギリ繋いだって意味では、このグータッチって結目みたいなものなのか?」


「ですね。見た目も火も結んだ時の結目とかに似てますし、私の名前ともなんか繋がり感じますね」


「そんなに似てるか……?」


 そう思い、もう一度グータッチしてみる。拳をくっつけたまま、横から眺めてみたが……。


「……本当にそう見えるか」


「見えません?」


「まあ、頑張れば見えるかもしれないが、どっちかというと握手した時の方がそう見える気がするなこれ」


「似たようなもんですしいいでしょ」


「大雑把だなぁお前……」


 軽く呆れながら、再び飯を食らう。まあ、確かに見えるには見えるので、案外象徴としては良いかもしれない。結の象徴のグータッチ。俺らってそんなに繋がってたっけ……いや、繋がってるか。もう手遅れってぐらいに。


「……名前といえば、ですけど」


「ん?」


 ふと、ユイは話題を軽く変えてきた。


「祥樹さんの名前ってなんの由来何です?」


「俺の?」


 祥樹、の名前の由来。知っているには知っているが、ユイもやはり気になるのか。


「私のはもう知られてるんですから教えてくださいよ」


「俺のねえ……」


 そういや話したことなかったなと、暇だし語ってみた。


「まず、最初の祥ってのが、縁起がいいとか、めでたいって意味がある。んで、樹が、そのまんま樹木の意味があってな。それを組み合わせた」


「ほう。で、組み合わせて?」


「んで、俺の親はこの二つを組み合わせることで、俺が将来、縁起が良かったり、めでたかったりって言う“幸運”が、まるで大樹たいじゅのように溢れるほど多く恵まれてほしい、って意味でつけたらしい」


「幸せが大量に……と?」


「そゆこと」


 人生幸せじゃないと真面に生きていけないから、ということのようだ。小学校の時に自分の名前の由来というテーマで作文を書く課題があったのだが、それで聞いたのが初めてだった。当時はそこまで深く考えていなかったのだが、今となると、とても印象深いものがある。


「……俺は確かに大量の幸運に恵まれた。だが、失ったものも余りに多くてな。幸運にも助かった命でもある」


「10年前の?」


「ああ。……最初、こんな幸運なんていらないとすら思ってた俺だが、今では違う」


 俺は賑やかな方向を見た。和弥はメリアにまだ絡まれ、新澤さんは二澤さんと仲良く談笑。他のメンツも、のびのびと、かつ賑やかに時間を過ごしていた。随分と楽しそうだ。


「……この仲間に出会えたのはまさに幸運だった。俺は幸せ者だろうな、間違いなく」


「生きてる時点で奇跡ですけどね」


「ああ、全くだ」


 命というのは、思った以上に脆いのだ。すぐに消えてしまうことだってある。理由なんて様々だ。いきなり地割れが起きて、そこに落ちて死ぬかもしれない。だが、俺は生きている。仲間にも恵まれている。


「……相棒にも恵まれたんだ。俺はたぶん本当に恵まれてるよ」


「感謝してくださいね、私がいることに。ハハハ」


「そんな性格してなければもっと幸運だったな」


「えぇ……」


 反論したそうな目でこちらを見ている。だが受け付ける予定はない。事実である。


「だが、名前の由来で言えば、妹の方がもっと良いよ」


「妹さんの?」


「ああ」


 愛奈である。自分の名前も確かに気に入っているが、俺はむしろ、妹の名前の方もより好きだったりするのだ。


 アイツの名前は、愛に奈良の奈と書く。愛は、人を心から好み、慈しみ、慕う意味であり、奈は、大(昔で言う木)と示から来ており、この二つから大きく成長する木を連想できる。また、奈には「カリン」という花を表す言葉でもあり、花言葉には「あなたを救う」「豊麗(ゆたかで美しい)」「優雅」「唯一の愛」がある。

 つまり、相手を思いやり、心から相ある行動ができる、または相手を思い支えることができるという意味になる。


「―――この二つから、妹には「相手を心から愛し、その人たちを自分の手で心から支えることができる存在」になってくれるよう願い、親は子の名前を授けたってわけだ。良い名前じゃないか?」


「ですね。相手を愛してほしいっていうのが名前からもわかります」


「そして、実際にアイツはその名前通りの人生を歩んできた。本人も気に入っていたようでな。自分の名前の由来を、「いろんな人たちを助ける」と解釈して、医者の道も歩んでいた。そして」


「?」


「……皮肉なことに、その名前通りのことを、俺に実践することになったわけだ」


 俺が言うのもおかしい話であるが、どうもアイツは俺のことが大好きであったらしい。ブラコン、とまではいかないだろうが、相当心の拠り所としていたようだった。事あるごとに俺に引っ付くわ、一緒に遊ぶわで正直うっとおしいレベルだったのだが、それでも、相当笑顔でいたのは間違いなかった。今となっては、それすらも懐かしい思い出だ。

 ……そんな俺相手だったからなのだろう。10、いや、11年前の戦争で、自らの命を犠牲にして、俺を助けた。

 “大好きだった兄”を、“自分の手で心から支える=救うために”自身の肺を与えて、兄の今後の人生と生きる道を陰から支え、助けていくことを選んだ。皮肉にも、その妹の肺自体はとても状態がよく、兄妹関係もあって移植による弊害はほとんどなかったため、そのあともしっかりと兄を全力で支えていくこととなった。


「妹の命は、まだ俺の胸の中にいるっていうのは、俺にとっては比喩でも何でもない。本当にまだ命があるわけだ」


「そのまんまのことが……」


「アイツは名前通りの人生を歩んだ。その結果が今の俺だ。俺を生かすことを選んだ以上、俺が無下にそれを無くすわけにはいかないんだよ。一度自殺しかけたが、今では妹に誓わないといけないんだわ。老死するまでは絶対に死なないってな」


 そう言って、俺は紙を取りだした。例の、妹の遺言だ。


「……それ、妹さんの?」


「ああ。もうお守りみたいなもんだ。誓いでもある。生きてって言われたんなら、生きないといけないわけだ。使命感に近い」


「今はどこにいるんでしょうね、その妹さん」


「上から俺らを見守ってくれてることを祈ろうぜ。まあ、今は安心してると思うぞ、アイツ」


「何でですか?」


「お前、外見もそうだけどさ、中身も似てるんだよ」


「はぇ?」


 変な声をだしたユイだが、実際似てるのだ。

 偶然なのか、爺さんが仕組んだのかはわからないが、ユイの今の性格は昔の妹の性格と結構似ている。

 相当な兄好きゆえか、先に言ったようにいつも一緒にいたし、遊んだし、暇な時間は大抵アイツと過ごしていた。兄妹、という関係であるのもそうなのだろうが、それさえ除けば、もうほとんど相棒みたいなものだったのだ。


「自分の代わりがいるし、みたいな感じでな。まあ、下手すりゃ逆に嫉妬するかもしれねえけど」


「私寝取っちゃう方ですか?」


「寝取っちゃう方だな」


「じゃあ今夜ベットで……」


「バカ野郎お前とは死んでも御免だわ」


「あのそれ仮にも女性にいいます!?」


 思いっきりキレたユイだが、いや、ほんとにお前は無理だ。もうちょい別の女探すわ。彩夜さんみたいな……あ、あの人王子様求めてるレベルの少女漫画の主人公タイプだから俺たぶん合わないな。


「チクショウ、私が人だったら今頃強引にベットで……」


「知ってるか、それ下手すりゃ犯罪なんだぞ」


「ならロボットである今がチャンス」


「夜の行為を行う機能はありませんが」


「詰んでません?」


「詰む以前の問題だな」


「チクショウ……チクショウ……ッ!」


 地面をバンバン叩いている。そんなに悔しかったのか。俺はまだ童貞捨てる予定ないんだよなぁ……今の基本ソロの人生割と気に入ってるし……。


「お前とは今の関係でいいよ。それが一番だ」


「今のままですか?」


「そう、今のまま」


「そうですか……」


 数秒ぐらいじっと考えていた後、


「……じゃ、そのままでいいかな」


 そう呟いて、ニコッと笑っていた。


 その笑顔だ。その笑顔を何気なく見れる関係が今の状態なのだ。それ以上は求めない。求めすぎは禁物だ。

 その顔さえ見られればいい。その顔があって、初めて俺も笑顔になれる。俺の相棒は、その顔がベストなのだ。


「(……これでいい)」


 そうして飯を食っていると、またユイが、


「……そういえば、知ってます?」


「ん?」


 そう言って、俺の目の前に映像を空間投影し、


「……もうそろそろ、休憩終了ですよ」


「ふぇッ!?」


 時間を見た。もうあと10分前後。そろそろ準備しないとマズい。さっきまで賑やかだったところを見ると、確かにもうほとんど人がいない。道理でさっきから静かだと思った。思った以上に話に夢中になってしまったようだ。


「やっべ、さっさと食って行かんと」


 残っていた飯を一気に口に流し込み、片づけて皆に合流しようとした。


「祥樹さん」


「ん? なに?」


 立ち上がったとき、俺はユイに引き留められ、


「……さっき、妹さんにとって私は自分の代わりになるかもしれない、って言ってましたよね?」


「ああ、それが?」


 少しだけユイは俯いて、



「……私って、彼女の代わりになれるほどの、“相棒”になれてますか?」



 軽く上目遣いで、不安げな視線を向けてきた。


 思わず、「プフッ」と笑い、笑顔で返した。




「……もうなってるよ」




 ユイも笑顔で返した。これでもかというほどの、満面の笑顔だった。



 その笑顔があれば十分だ。アイツの取り得も笑顔だった。ユイもそれができる。ここまで愉快すぎる性格も相まって、これほど妹と似通った相棒はいない。



「大丈夫だ、お前は俺の、最強で、最高の相棒だよ」



 そういって、俺は皆と合流しに向かった。

 後ろからユイも後をつけて、そのまま、また他愛のない会話を交わした。



 そして、また小さく、程よい風が吹き、俺達の笑顔を撫でていく…………。


 





 ―――ふと、風が吹く。


 おもむろに、空を見上げた。


 今日の空は、まだ青い。



 平和な空。ここまで、キレイな青だったのだと、改めて気づかされた。




 こんな日常が、いつまでも、どこまでも、どんな時でも続いていくことを、





 俺は、心の底から、





 願ってやまない――――









 “あなたにめぐり逢えて本当によかった。

         一人でもいい、心からそう言ってくれる人があれば。”


                      ―――詩人・書家 相田みつを








                  ―END―

長きにわたり、お付き合いありがとうございました。当作品は、これにて完結となります。


気が付けば3年と1ヵ月弱ぐらいでしょうか。ここまでの長期連載は自身初であり、途中でストーリー上でのグダグダが目立ち始めながらも、何とか完結できたのはまさしく幸運でありました。これも、多くの読者皆様のご支援の賜物であります。この場をお借りして、深く感謝申し上げます。


この作品はこれにて完結となりますが、ぜひ何度でもお越しください。この作品世界は永遠と残ります。今後とも、この作品をよろしくお願いいたします。



―――それでは皆様、また別の作品で、お会いしましょう。


ご愛読、ありがとうございました。ではでは―――

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