平穏へ
「―――速報です。麻生内閣総理大臣は、先ほど会見を開き、東京都内の武装組織を壊滅させたと発表しました。国防省より正式に報告があったと述べています。繰り返します。東京都内の武装組織は―――」
「―――中央区を国防軍が奪還したことで、日本での武装集団のテロはほぼ鎮圧されたと政府は見解を示しています。ホテル日本橋に監禁されていた人質も、一部を除きほぼ全て救出したとされ、今後は、国防軍と警察が継続的な治安維持を行いつつ状況の経過をみることとなっており―――」
「―――世界各国の同様のテロ事件は既に沈静化に向かっています。国連安保理は、日本時間の今朝未明、世界各地で発生しているテロは同一組織のものであり、直ちに沈静化に向かうべく各種支援策を講じるとの共同声明を―――」
「―――既に今回の同時多発テロに関連する情報共有に関する緊急の協定の締結が、アメリカ政府主導で立ち上げられており、日本政府もこれに参加する見込みです。外務省は先ほど今回のテロに関する情報交換を取り仕切る専門の部署を立ち上げたと発表し―――」
「今回のテロの首謀者も逮捕されました。また、国防軍が中央区の地下より複数の武装化された実行犯の死体を確認し、中には科学者と思われる白人の老人もいたとの情報もあり、現在身元を確認中です」
[12月9日AM08:00 東京都中央区 “ホテル日本橋奪還・中央区奪還完了”]
―――実に1ヵ月弱にも及ぶ大規模テロは、ようやく終焉の時を迎えた。
日本に潜伏していた首謀者も逮捕された。後の調べでは、結局真の狙いは日本だけで、他国のテロは、日本に対する支援などができないよう注意を逸らし、各国政府の足並みを狂わせるものであったらしい。実際、日本のテロは日本単独で対処せねばならず、せいぜい在日米軍が少し後方支援をするのみとなっていた。
首謀者のイリンスキーは、例の地下施設の別の場所で発見された。あの場所で匿われていたところを、友軍の部隊が発見、即座に拘束したらしい。身柄は警察に引き渡され、引き続き厳重な監視の下、事細かに事情を聞き出すこととなるようである。
また、知ってはいたものの、ハリスはその場で死亡が確認された。彼こそがノーマン・ハリスで間違いないと、最終的に確定された。アメリカでは行方不明扱いになっていたので、身柄は一応アメリカに引き渡す方針となってはいるものの、事情が事情である。しばらくは日本に置きっぱなしとなるようである。元々、家族も10年前の戦争で失っているうえ、親戚も余りいないため、引き取り先を探すのに手間取っているようだ。どっちみち暫くは日本に留まることになるだろう。
このテロによる経済的損失は計り知れない。100億とも、1000億とも。一部では1兆円を余裕で超えるのではないかとすら言われており、当然ながら現在の日本の財政では賄いきれない規模であるため、国連が現在、世界銀行やIMF等の協力の下で検討している『2030年世界同時多発テロ支援基金』を使って、復興を行おうと考えているらしい。世界各国に対し、テロ復興に関わる資金を全面的に提供しようという試みで、既に要請が殺到中とのこと。そらまあ、自分らで賄えるわけがない規模なので殺到もしようというものだ。
被害規模は日本がダントツでトップだったこともあり、提供金額もそれに応じて増額されるであろう。復興財源案を考える日本政府としても、渡りに船というものだった。
また、この件に関して、やけにアメリカが乗り気であるという情報を彩夜さんから貰った。例のCIAの件や、首謀者の一人が、元々自分たちの国の天才科学者であったことなど、色々と複雑な事情を抱えている。
かの資金ルートの情報は、一般的なルートでの提供ではなく、JSAから直接、信頼ある機密機関へと渡すという判断を下した。少しでも一般に漏れないようにということであり、漏れたとしても、アメリカは“陰謀論”として処理するという話だ。尤も、アメリカとしてはそうせざるを得ないであろう。今回のアメリカの態度は、それに対する“恩返しか、罪滅ぼし”の意味合いもあるかもしれないと、彩夜さんは言っていた。
何れにせよ、これでアメリカは積極的に政府の自浄作用を働かせる必要が出てきた。どこまで効果があるか、今後を見守るしかない……。
……今回のテロは、『2030世界同時多発テロ事件』と、正式に名前が付いた。元は、国連安保理が今回の事件を非難する声明を発表した際に使った名称であり、それに各国が追従する形になった。
東京を含め、各都市の治安は回復しつつある。戦闘の傷跡はもちろん、東京湾沿岸の都市部では、先の首都直下型地震である『東京湾北部直下地震』の傷跡も追加されている。テロのせいですっかり忘れられていたが、しかし、テロが起きて住民等は事前に避難をしていたことが幸いし、犠牲者はほとんどなかった。
幸運であったと言っていい。テロによって、地震の被害が最小限にとどまったというのは何という皮肉か。地震の被害とテロの被害の違いがよくわからないということから、政府がダメ元で「これらの復興もそっちの資金でやらせてくれませんか?」って国連にお願いしたら、“アメリカの後押し”もあって、あっけなく了承を得た。日本政府も人が悪いのか、アメリカが今の態度を崩さないうちに要求できそうなものはすべて要求してしまおうという腹である。
「こっちだって金がないんですよ~」
そんなことを言う彩夜さんだが、そうはいっても中々抜け目ないというかなんというか……。
2~3ヵ月もすれば、復興の手筈は大分整い、一気に作業が進み始めた。
東京以外は比較的小規模な銃撃事件程度で済んでいたこともあって、大きな痛手を負っているわけではない。例外として、大阪や札幌、福岡あたりがまだ大規模な銃撃戦が展開されていたこともあって、すぐには復旧できそうになさそうであった。しかし、東京に比べれば幾分もマシである。
一先ず政府機能を完全に復旧させ、指揮機能を回復させるところから始まり、それが終われば東京を中心に各地の復旧作業。災害緊急事態布告の宣言が出されることも検討されたそうだが、今回は出さなかったようである。
……んで、俺らはというと。
終わった後は色々と大変だった。帰った後しばらくは完全に体が瀕死となり、今更になって疲労がドッと押し寄せた。
本当は命令違反で勝手に敵地に入ったので上の方から雷が落ちる所なのだが、その命令違反で半ば世界を救う一助になってしまったうえ、政府もむしろ賛辞を直接送ってくるレベルであったので、怒るに怒れないという複雑な状況のようである。軍人の命令違反は、フィクションで語られるほどそんなにカッコいいものではないどころか、むしろ危険すぎるものなので、まあ軽くシボられるとは思ってはいたものの……はてさて、どうしたものか。
……その結果なのか、「命令違反」ということで“降格”されたのち、そのすぐ後に「国民の命を救う先駆けとなった」として“昇格”した。つまり、立場は何も変わらないようにしようということだった。セーフ、セーフです。
また、ユイやメリアが実はロボットでしたって話は、俺たちが作戦が終わって帰った頃には既に結構広まっていた。既に知っている特察隊のみならず、一般の部隊にまで。
総理がCONNECTORを使って、全国に生中継ですべてを話したので、まあ知っているのも当然である。処理ノードのアクセスが大量に民間からもあったのは、あれのおかげであったのと、また、あの3人組も関わっていたようだった。
「SEA GIRLsの娘らも頑張ったよな」
和弥がスマホで彼女らの画像を見てそう言っていた。
総理が生中継を流していたのを見たあの娘たちも、すぐに同じくCONNECTORを使って生放送。「自分達は彼女らに救われた」という事実を明かし、協力を求めた結果、ファンが殺到した。あとからその生中継の中身と返信コメントを見たのだが、
「ロボットとか嘘乙wwwwwwwでもやるしかないな」
「アンドロイドかどうかは知らんが、同志那佳ちゃんを救ったということは我らが同志ということでよろしいな?」
「俺の自慢の廃スぺPCの実力をようやく発揮するときが来たか」
「親と友人に伝達完了。我これより支援砲撃開始す」
「俺の嫁を救ったというのなら助けないわけにはいかない。我らが同志である」
「Ураааааааааааааааааааааааа!!!!!!」
「お前らほかの同志には伝えたな? 時間はないぞ急ぐんだ。」
「軍のネットワークを我らの蒼き海色に染めてやるのだ。同志たちよ立ち上がれ」
「奴らに我らが同志たちの力を教えてやるのだ」
「同志、何をしている。突撃だ。自分のスマホとPCをネットワークに突撃させるのだ。時間はないぞガーデルマン!」
……中々活気なことになっていた。あと途中からコメントが赤く染まっている気がするのだが、グループの名前からして青くならないとおかしいはずなんだよな……しかも一部は敵対してたはずのナチスドイツのネタだし。
なぜこうなってるんだ。元からこうなのか。和弥に聞いた。
「こうだぞ。那佳ちゃん軽く共産趣味持ってるからその影響で」
マジかよ。
「ていうか彼女たちのマークからして明らかにソ連を青くした感じだからな」
マジかよ。
それで、その救われた当の本人なのだが、何とか修復できる程度には生きていたため、爺さんが中心となって修理作業がなされた。
データもいきていた。ただ、母体は損傷しているほか、ハード系もハッキングの負担が大きすぎたのか結構使い物にならなくなっていたので、いっそのこと別のたらしいのに移そうということになり、ハード面はほぼ完全に新型に取り換えてしまい、母体も半分以上は新品に置き換えとなった。ついでに、今までの試験データから得られた成果をもとに、性能を上げたものを仕立てるようである。
暫くの間またユイと会えずじまいなのだが、何れにせよ今後はこの部隊で試験データ取り様としておくことになっていたので、時期が若干変わったと考えれば何ら問題ないらしい。
「つまり、私が死んでも第二第三の私が……」
お前は最弱の四天王か何かか。別れ際、そんなことをツッコまざるを得なくなった。ちょっとはしんみりさせてほしい。
また、それに先立って、今回の功績を総理が直々に褒めたたえたりしたこともあってか、一躍有名人になってしまった。
実はアンドロイドです、ということが話題になったりしたこともあってか、英雄+人型ロボットという、この現代日本において有名にならないわけがない要素が合体してしまった結果、ネット上での各SNSのトレンドワードで、ユイ関連のワードが軒並みトップを総取りし、それが暫くの間続くこととなった。
人近似ロボットを今まで隠してたんかい、という批判がないわけじゃなかったのだが、皆こういうロボットが好きだったのか、
「やっと俺の嫁ができるのか」
「遅い。いつまで待ったと思っている」
「アニメキャラがようやく現実にできるんですか? やったー!」
「↑でもめっちゃ高いじゃないですか! やだー!」
「よし、今すぐにアニメとゲームのキャラそっくりの奴作って売ってくれ。あ、性格は原作に忠実にな」
「男性ロボットも作ってくれない? 私あのキャラほしいのよ」
「セ〇レのロボット版とかもできるの? できたら俺一体ほしいな」
「↑お前それでヤッたとしても童貞卒業にはならんやろ」
「↑ヤりたくないの?」
「↑ヤりたい」
「↑ガシッ(握手)」
……と、歓喜の声が広がっていた。その歓喜の仕方ははたして正しいのだろうか。というか、なんでいつも何かを間違えた考えをする奴が周りに一定以上いるんだ。どうなってるんだ今の日本は。
しかし、日本を救った英雄、としてのイメージが一気に広まったことが幸いしたのか、大きな反発とかはなかった。政府としても一安心であろう。本当はもう少し手はずを整えてから発表するつもりだったのだ。この形になってしまったことによる反発がなかったのは、本当に幸運だっただろうと思う。
こっちとしても有り難いことだ。少なくとも誹謗中傷は今のところない。これなら何とか時間が経てば受け入れられるだろう。
そして、一般部隊でも多くの反響があった。さすがにここまで数が多くなると、ロボットに対する見方の面もあって様々な視線が向けられたが、概ね好意的だった。
……でも、なぜか、
「どこまで人なのか知りたい。抱きしめてよろしいか」
こんな要望を出す奴が後を絶たなかった。なんで俺の周りはこんな奴らばっかりなのか。発言者は一人ひとり新澤さんにシメられた。
メリアも、データが爺さんの下に移されたことで、何とか復旧が進められた。
……その結果、
「―――うひゃー、別嬪さんになったぞこりゃ」
再び俺たちの目の前に現れた時は、ユイに負けず劣らずな美人になっていた。和弥が感嘆の声を漏らす。
ユイと結構似ている外見であるが、パッと見でわかる差異として、髪が若干長くセミショートになり、後ろに小さな一本結びでまとめてある。顔も若干違し、メリアのほうが少しだけ釣り目気味か。あとは背格好はユイとそんなに変わらない。
……やっぱりパッと見じゃわからない外見である。
「……姉さんに似てるな、やっぱ」
というメリアの声も、ほんの少しだけユイとは違っていた。メリアの方が若干音程が低い。ユイの声のメリアに慣れてしまっているせいか、違和感を感じなくはないが、まあ、そのうち慣れるであろうか。
「これではれて名実ともに妹だな」
「そういうことになるな」
「型番ってどうなったんだ。そのままか?」
「いや、RSG-01Bになる」
「01B? 姉さんは01Xだろう? なんで私はB?」
B、といえば大抵はAのあとに付いたりするが、ユイは確かにX“だった”。今は違っている。
「アイツ、試験機体としての期間が終わったから、今度はボディを若干変えて正式機になるんだよ。元々その予定だったんだが、例のテロで若干遅くなったってことだな」
「今は01Aか?」
「01A。んで、お前はB」
「なるほどな」
正式機体として登録されることになったアイツの性能は、今まで以上になっている。まず、格闘では何をどうやっても勝てなくなった。修理から帰ってきたアイツだが、見た目は何も変わっていない。なのに、
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!」
「いでででででででででででd」
「待って死ぬって腕腕腕腕うががががg」
「くびいいいいいいいくびはやめてええええええええええええええええ!!!!!!!」
……屈強な男たちの悲鳴が響いていた。「新しくなったお前を試してやろう」などと適当ぬかして触りに言った男たちの末路である。正直ザマァとしか言えないのだが、これが俺にも牙をむいたから笑っていられない。
腕を軽くへし曲げられて、しかももがいてももがいてもこれっぽっちも動かない。前のボディならば少しは動いたのである。重力かけても意味がない。死ぬ。人は間違いなく死ぬ。
そして、動きがクッソ早くなった。短距離走らせようものなら近くを通り過ぎただけで少し大きめの風が発生する。トップスピードどうなってるんだ。あとで測りたいが、数字を見たらたぶんめまいがするであろう。
そんでもって、機能も改良された。無駄な鉄骨などの反応を除去するX線スキャンやら、より見やすくなった高画質(?)な空間投影技術やら、エトセトラエトセトラ……。
正直、誰もが思った。
「これ以上強くなってどないすんねん」
しかし、当の本人は気に入ってしまったのか、
「そらもう、世界を征服して私の帝国をですね?」
と、ジョークで嘗て決別したはずの思想を語り始めた。
「でも彼女の帝国ってちょっと見たくね?」
「いらんわ」
見たいと思わなくていい。その欲求はさっさと捨ててしまいなさい。
その後も、やっぱり強くなった自分が大層気に入ってしまったのか、
「かかってきなさィ!!」
……と、なぜかめっちゃ乗り気になってしまったユイなのだが、もう彼女を止めることができる人間がいなくなってしまった。
幸いにして、メリアは同じスペックのロボットなので、出力もほぼ同じなので制止に入ることができた。アイツが常識人だったのは本当に幸運としか言いようがない。彼女もうちの部隊に入るらしいので、これでツッコミ役を半分任せることができる。
……暇なら脇で姉妹漫才でもやっていればいいのだ。俺はこのままでは過労死か何かをしてしまう。いや、過労死の前に、首なり腕なりを骨折するほうがもしかしたら早いかもしれない。何れにせよ死ぬ。
「心機一転ということで、ここで一つ歌の披露でも」
つかの間の一ヶ月の特別な長期休暇の後に開かれた、復帰祝いみたいなことを駐屯地でしていたら、気を良くしたのかこんなことまで。
「お前歌うたえたっけか」
「あの3人娘の歌幾つか覚えてきました」
「ほう」
「ロボットだから完全コピペ余裕でしょ」
「もちろん。カラオケの採点できるアレ持ってきていただければ満点連発して差し上げます」
「携帯のアプリでならあるけど」
「マジっすか」
なお、満点どころか50点すらいかなかった。キレてた。理不尽。
終戦後の夜の駐屯地。ドンチャン騒ぎ……といっていいのか、どったんばったん大騒ぎなのか。何れにしろ、賑やかな日常が、ようやく戻り始めていた。
……世界は、徐々に、嘗ての平穏を取り戻しつつある。
そして、年を超え、寒い冬を超えて、
時は、暖かい春へと移っていく…………
次回、最終話