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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第1章 ~平穏~
18/181

式典

[1週間後 5月1日(水) AM10:10 日本国千葉県習志野駐屯地]




 ものの見事に御誂え向きな天候となり、雲量3ほどの雲の隙間からうららかな春の日差しが地上に万遍なく照らされる中、今日から5月に突入する。

 農村では、そろそろ水引くか、と爺様婆様が重い腰を上げて田んぼを耕しているこの季節。

 本当は周りは桜の木でいっぱいであり、春なので満開にピンク色の花びらを見せてもいい頃なのだが、残念ながら5月になるとその満開時期も過ぎてしまう。

 桜も力尽きてきたようだ。残念ながらその木はピンク色一色というわけではなく、所々に緑色が混じってきている。

 だが、それもそれで愛嬌がある。そこから散る桜というのもまた楽しむのが日本人だ。ほんとに、日本人というのは桜がとても大好きな民族だ。

 桜が散る、というのが、日本が昔から持っていた“死の美学”などの思想によく似ているからとか、思想をかぶせているからとか言われているが、それ以前に、やっぱり見た感じ綺麗だからっていうのもあるだろう。


 習志野駐屯地の周りはその桜の木がびっしり敷かれており、時期が来ればそれはそれは見事な満開の桜がお見受けできる。昔から、ここでは毎年4月初旬に『習志野駐屯地創立記念行事・桜祭り』と題して、この駐屯地を一般開放して桜を楽しんだり、屋台を楽しんだり、陸軍装備・訓練展示の見学をしたりという催し物が開催されており、それは今でもずっと続いている。今年分もすでに行われていて、俺もその時は展示物の監視役に回された。

 この桜祭りは題名通り習志野駐屯地の創立記念式典と同日で開催されることが恒例なため、来賓の方々の参加も相まってここにくる人の数ってのはそれなりにいる。『第1空挺団降下訓練始め』や夏におこなれる『納涼夏祭り』と共に、習志野で催される三大イベントの一つとなっている。

 ……が、今回はちょっと違っている。



 ……そんな、桜に囲まれたこの習志野駐屯地敷地内の広場。

 目の前には紅白色に塗られた降下訓練タワーが聳え立ち、さらにその前にはビニールの天井が張られ、そして同じく紅白幕が垂らされている来賓席に、その中心には演壇がある。

 さらにその後ろには一般席があり、そこには例年としては少し異例にもほぼ満席の観衆がビッシリと座られていた。来賓席は当然満席だが。


 その大量の観衆が見守る中、向かって右手から幌を外された73式小型トラックが入場。後部荷台には白い布地に金色の桜星と桜蕾おうらいが描かれた団長旗が風に忙しく靡かれている掲げられている。

 そのトラックは、来賓席の前にある演台の前でとまり、完全制服姿の団長がその団長旗と共に降りてきた。


 司会からの団長の紹介を耳にしながら、団長はそのまま演壇の上に上がり、俺たちを真剣なまなざしで見下ろした。


『執行者に、栄誉礼』


「捧げ銃ーッ!」


「捧げー、銃ッ!」


 司会の命と共に全体指揮官が捧げ銃を号令すると、各部隊指揮官でハモる大音量の復唱と共に、全体で今度は捧げ銃をした。

 しかし、俺とその周りの一部はその銃を持っていないため、団長のいる右側を向いて挙手の敬礼を行う。よくある、右手をあげて人さし指を帽のひさしの右斜め前部にあてる敬礼だ。

 俺の後ろに並んでいる3人も同じく挙手の敬礼を行う。


 同時に全体の隊列の右端にいたラッパ隊による栄誉礼「冠譜」の短い奏楽が行われ、元ネタより少しテンポが速い演奏が広場一面に響き渡った。


 執行者である団長も挙手の敬礼を行い、そのまま右から左へゆっくりと自分の部下たちの整列姿を見据えていた。

 団長は、今回のこれの執行者である。団長が敬礼を解くとそのまま俺たちも敬礼を解いた。

 そして、国旗掲揚の後、演台を降りるとまた先ほどのトラックの、今度は助手席に乗り、右から巡閲をしていった。

 近くを通るたびに部隊単位で敬礼をしていく。



 ……そう、これらを見てお察しの通り、今日は式典の日なのである。




『習志野駐屯地・第1空挺団創立記念行事 兼 第1空挺団特殊偵察隊新編記念行事』




 それが、今日執り行われる記念式典の名称であった。


 本来なら毎年桜祭りと同日に行われる創立記念行事なのだが、今年に限ってはこの新設部隊の新編に伴う記念行事もすぐ近い時期にあるということで、まあはっきり言ってしまえば、上層部が「じゃあ一緒にまとめてやっちゃうか」ということで計画したのがこれだ。

 もちろん4月の桜祭りはちゃんとやったのだが、記念行事のスケジュールは組んでいない。さっき、今回はちょっと違う、といったのはこのことである。

 本当はこの桜祭りの時にやって、3つの催し物を一斉に消化してしまったほうが楽だったし、実際羽鳥さん曰く上層部としてはそれを狙っていたらしいのだが、どうしてもその新設部隊に関する手続きがそっちに間に合わないということで、じゃあ仕方ないということで“なぜか創立記念行事のほうが”ずれるということになった。

 ……新編行事は別に独立させてもよかったと思うのだが、そこはやはり上の都合である。俺みたいな下っ端が知ったこっちゃない。まあ、式典行事を一斉にやれるのでめんどくささは半減ではある。


 なので、近い時期に催し物が2つもできるというちょっと異例なこととなった。なので、桜祭りの時にこの式典を期待していたファンに対する救済措置の意味合いもかねて、この日も一般開放を行っている。案外、そういった式典狙いで来た人はそこそこいたようで、この日も一般客は結構やってきた。また、それでなくてもこの日新しい部隊の新編行事も行われるのでむしろそっちを狙ってきた人も大量に着たようだ。客席のこの一般客の異常な多さを見れば一目瞭然だ。

 カメラを持った人が多いのか、フラッシュが大量に瞬く。また、カメラといえば、地元マスコミなどもこの取材に訪れているらしく、同じくフラッシュを瞬かせたり、TVカメラを回して映像を記録している人までチラホラ見受けられていた。

 注目はやはり例の新設部隊の件であろう。この式典を題材に使い、その件に関する紹介記事でも書くに違いない。軍事系雑誌の編集関係者たちも相当数来ていることだろう。


 そんな人たちを目の前にしている俺たちも、今日はしっかり身なりを整えて式典に参加した。いつもの迷彩服に同じく迷彩の鉄帽。一部は銃は持たず、首には空挺団を示す白色のスカーフを巻いている。本来スカーフの色は職種によって変わるが、空挺部隊に限っては特別白が当てられる。もちろん、空挺といっても普通科やら何やらでいろいろ職種はあるのだが、簡単に言えば“空挺できる人”は例外なくこれが当てられる。

 もちろん、俺もそんな空挺部隊の一人なので首に巻くスカーフは白である。


 そして、俺と一部の人たちに限っては、先の題にもある新設部隊に充てられる構成員として、他の部隊の隊列の中心に位置し、各班や部隊ごとに縦に一列に並んでいる。まあ、新編行事という名の実質“結団式”みたいなものなので、それに対する紹介みたいなものも含まれているからだ。特殊、といっても、別に特殊作戦群みたいに機密のベールに包まれまくっているわけでもないのでそれほど構成人員を強調しても問題はそれほどない。

 ……まあ、なのでそれゆえちょっと周りより目立つ。俺も初めての事なのでちょっと緊張していた。顔も自然と固いものとなっている。



 ……そういうわけで、例年とはちょっと違った雰囲気で開催されているこの記念式典。手順自体は普通の記念式典とほぼ同じだ。


 ちょっと時間をかけた巡閲を経て、団長からの祝辞が入る。


 祝辞といった壇上での話がクソ長いのはどこも同じだった。学生時代、「おい校長話なげーよコラ」とか思っていたあの頃の自分がなんとも懐かしく、かつかわいいものに思える。こうしたときの姿勢や規律等がこういった場面でよく現れる。あの時ふざけてちゃんとしてないとか、そういったものの必要性を感じなかった人は大抵こういうところで苦労するのだろう。

 ……尤も、日本じゃ学校で集団行動とか行進とか整列とか、そういった軍隊まがいのことをめちゃくちゃ頻繁に、かつ厳しくやっているのでこういう場面での行動はお手の物である。外国から見れば結構意外なことらしいが。なお、それの成れの果てが日体大が毎年やってる集団行動なのは言うまでもない。


 そんな長い団長の祝辞も、今回は運よくある程度短く終わった。自分からの一言に来賓にいる人たちのちょっとした紹介を含めた謝辞、そしていつも通りの隊員に対する鼓舞を兼ねたコメント、などなど……。

 そして、今回新設される部隊に配属される、この隊列のさらに前に一列に並んでいる俺たちに対しても、激励のコメントを残した。その言葉を胸に、自分の中で決意を新たにする。


 ……その団長の祝辞も、終わりを迎える。締めを飾るように、改めてはっきりと声を張って言った。


『……終わりに、このご多忙にもかかわらず、本記念行事にご臨席賜りました皆さまに、心から感謝申し上げますとともに、今後とも引き続き、ご理解とご協力を賜りますよう重ねてお願い申し上げ、祝辞と、致します。2030年5月1日、第1空挺団長、兼ねて、習志野駐屯地司令、少将、鈴鹿潤一郎』


「気を付けぇーッ!」


「気をつけぇーーッ!!」


 団長の長い祝辞が終わり、手に持っていた原稿を畳んで制服の内ポケットにしまうと、即座にまたその野生動物の雄叫びのような号令がかかる。

 団長はそのまま後ろの来賓席に戻った。


 そのあとは、来賓に来た人から順に同じく祝辞が賜られる。

 来賓といっても、全員国会議員だ。多くは元総理だとか元国防大臣、ないし旧防衛大臣などの元国務大臣、そしてその他の地元議員さん、などなど……。

 数名が順に視界に呼ばれて演壇にたち、そのたびに整列休めの姿勢をとる。普通に学校とかでもよく教わった休めの姿勢から、顔だけを演壇のほうに向ける。ただし、顔を向ける角度は訓令で定められている45度で固定。その方向に厳密に演壇がなくてもこれで固定する。後は目線で見るしかない。


 後ろの次に話す人がつっかえているため先ほどの団長の時ほど長くはない。むしろ人によってはそれこそただの一言で終わらすこともしばしば。なので、どんどんと次に回る。そして、このたびにこれを演壇に誰か経つたびに繰り返す。正直ちょっと疲れる。もちろん、慣れればどうってことないが。

 皆表情はそれぞれだ。仕事が忙しいのか少しお疲れ気味の人もいれば、むしろ最近仕事なかったんですわとでも言わんばかりのスッキリした顔で元気溌剌にやる人もいる。

 しかし、内容自体はどこも似たようなものだ。「このたびはこの式典を無事開催でき本当に~」とか、「今回こちらにいらっしゃいます皆様に感謝を~」……とか。まあ、半ばお決まりの定型句を用いての言葉が多い。

 正直、何度も聞いてきたものなのでいい加減聞くのが疲れてきたのだが、しかしそんなことをもちろん言えるわけもなく。まあ、短く終わるというのが何とも俺としては幸いだった。


 ……少し時間を経ると、その祝辞も大分事が進んだ。


 今祝辞述べている人が終わったら次で最後だったはず。でも、たしかこの最後の人に関しては急遽入ったと聞いていた。詳しくはわからない。

 事前に和弥筋で聞いた限りでは、なんでも本人の強いご希望だとか。

 例の新設部隊に関連することだろうか……。ただの記念行事目的でっていうのは少し理由としては弱い気がするし、それくらいしか考えられない。


 だがまぁ、それであったとしても一体誰が来たんだか。この式典運営してる上層部としても、こういったいきなりの突撃参加は勘弁願いたいところのはずなのだが、それでもオーケーしたってことは、それほど大物が来たということなのだろうか……。

 しかし、俺たちにはそれほど情報が回ってこないあたり、ほんと突然のことだったのだろう。まったく、何を目的か知らんが、もう少し事前に手続きというものをなぁ……。


 ……そんな愚痴を心の中でぼやいているうちに、その祝辞を述べていた議員の方が話し終えた。

 再び気を付けの姿勢に戻ると、司会が最後にその例の突撃参加してきた人の紹介に移った。


『……ありがとうございました。それでは最後に……』


 とはいえ、どうせどっかの空気を読まない議員の方だろう、と高をくくっていた。

 急遽参加したとはいえ結局は来賓扱いだ。ここで来賓っつったら議員くらいしかいないし、たぶん、大方それ関連でやってきた奴だろう。そう軽く考えていた。


 ……その予測は、あながち間違ってはいなかった。


 間違ってはいなかったが……、その人が……、


『本日、急遽お越しいただきました……』





『国防大臣、新海和人様より、ご祝辞のほうを賜ります』





「(……え!? 現役!?)」


 俺は思わず顔を大きくしかめた。

 俺だけではない。俺の前後左右、周りが一瞬ざわついた。ただし、表情には出しても間違っても顔は動かさない。目立つからな。


 そんなこっちの動揺にはお構いなしに、当の本人は演壇に上がった。

 確かに、新海国防大臣本人だった。白いYシャツに黒いスーツを身にまとい、青色と藍色のネクタイという彼自身がいつも政治仕事中も来ている服だった。そして、そのどことなく涼しい雰囲気を出している顔を、こちらに向けている。

 TVではよく拝見させてもらっていたが、まさか本物を拝むことはできるとは。ちょっと驚いた。しかも、生で見るとTVで見るより少しイケメンに見える。まあ、山内外務大臣と並んでそこそこイケメンの大臣でネット内外で有名だからなぁ……。俺も、周りからの評価は悪くないんだが、あの人に勝てるかちょっと自信はない。


 しかし、まさかこんな時に乗り込んでくるとはなぁ……。


「……なるほど。地元訪問のついでだな。こりゃ」


「?」


 すぐ後ろにいた和弥が聞こえないように小声で俺に言った。


「どういうことだ?」


「新海国防大臣の地元はここ千葉県だ。今は国会はゴールデンウィークで休会中。本人はこの後ハワイに外遊に向かう予定だ。だから、たぶんその前の地元訪問だったが、ついでだからここにもってところだろう」


「ほう……」


 なるほど。そういうことね。


 確かに、今時期の政府は10年前の戦争での後始末がやっとひと段落したってことで、例年よりちょっと早めに国会休会の計画を立てて、自分たちの地元に戻ってひと時の地元住民との交流を楽しんだり、外国に外遊にいってたりしていたはずだ。和弥曰く、それはこの後のゴールデンウィークまでずっとだったはず。

 新海国防大臣は確か千葉県の船橋市出身。そして、TVで見た限りではハワイへの外遊の前にちょっと地元に行こうかなってことを示唆することを言っていた記憶がある。期間はそう長くはなかったはずだ。大方1~2日ほどだろう。


 となると、和弥の言っていたことも信憑性があるな……。そうすると、これはその地元への里帰り中に寄った、といったところか。そりゃ、現役国防大臣のお願いとなりゃそう簡単には断れんわな。

 とはいえ、現役大臣がこういった式典にくるというのは中々異例なことだな……。空挺降下はじめとかならいつも来てるからわかるが、式典になぁ……。一体何が目的だ?


『登壇者に、栄誉礼』


 大臣が演壇に立つとともに、今度は団長の時と同じように栄誉礼をする。また雄叫びの号令が響いた。気のせいか、リアルの現役国防大臣を目の前にしているだけに、さっきより号令とその復唱に気合が入っている気がする。いや、というか、これは確実に入っている。

 いつもは来賓にいるのはただの議員だったりするので普通に整列休めでいいのだが、今回ばかりは相手が現役国防大臣なので例外的に栄誉礼を適用している。

 休会中の突然の訪問といえど、さすがに役所には通しているはずだからこれは公式な訪問となる。なので、その場合はちゃんと訓令に従って栄誉礼をしなければならない。同時に、これまた団長の時と同じく「栄誉礼冠譜」と「祖国」の演奏が入った。


 団長の時と同じ手順で栄誉礼を終えると、また今度は大臣の催促と共に整列休め。


 それを確認すると、大臣は祝辞を述べ始めた。


『……今回は突然の訪問となりましたが、まず、このたびは、このような式典を無事開催できることに心よりお喜び申し上げるとともに……』


 とはいえ、言うことはやっぱり同じようなものだ。


 式典開催で来ておめでとう。今日来た皆さんに感謝を申し上げて……。もはやお決まりのフレーズである。

 しかし、今回ばかりは皆表情はいつも以上に真剣だ。まるで顔がその表情で硬く縛られるかのようだ。少しきつめに縛られている。


『近年のテロ増加に伴い、諸君の存在意義が大きく高まってきています。それによって……』


 祝辞、とはいっているが、その中身が次第に今の国際情勢の話に移行する。


 テロが多くなってきて皆さんも大変でしょうが、どうか国民のためにご尽力を……、といった感じだ。

 元より、俺たち第1空挺団は陸軍総隊の直轄部隊として、何かあったら率先して前衛で動く即応部隊の側面もある。陸軍総隊の直轄部隊が元々は中央即応集団と言われていたことにもあるとおりだ。


 それは対テロ・ゲリラ作戦でも変わらない。それだけ、彼自身としても重要視して気を引き締めていることなのだろう。

 今までの日本は、それほどテロというのは頻繁には起きなかった。しいて言うなら例の地下鉄サリン事件に筆答する一部の宗教団体がやらかしたものとかが該当するが、その時はまだ対テロに関連する明確な組織体制がとれていなかった時代だ。

 その後、どんどんと対策がなされてきたが、それが功を奏してか大規模なテロ自体は起きてこなかった。


 だが、今は違う。


 こんな世界的に見ても治安がすこぶるいい日本でも、小さな地方や人気がいない地域を中心に武装集団がチマチマと徘徊するようになってきた。

 その中身はほとんどが武装化した暴力団連中だが、大抵の関係各所が中身が全部それではないとみている。絶対に、他の外国の手も回っていると。


 いつか、日本がテロの災厄に再びまみれる日も遠くはない。それも、今までより大規模なもの。


 大臣はそれを一番憂慮している。国防を担う大臣としてそれを最大限阻止しなければならない。


 ……もしかしたら、大臣がここに来た理由の一つがこれなのかもしれない。今一度、それを再認識させるためか。

 そう考えると、やはり俺らも他人事なことではないな、と改めて思った。


『……そして、今回新設された部隊。これも、今後の日本を守るべき一つの……』


 案の定、そっちにも触れた。

 それも、これの部隊案の発案者の関係か、余計詳しく。


 それほど、この部隊新設にかけた思いがうかがえる。尤も、発案からたった半年で一つ目作っちゃうっていう異例の速さを見る限り、それほど焦っていたとも見えなくはない。


 ……そんな祝辞も、そろそろ最後になる。


『……この新設された部隊と共に、改めて、日本という国の国防を……』


 これだけ長い祝辞やっても全然涼しい顔をしている彼も相当貫禄がある。まあ、それくらいできないと大臣はやっていられないだろうが、でもそれができるというのはある意味俺としては十分すごいなと思える。というか、正直うらやましい。

 俺自身こういう長ったらしいことは苦手だ。どうしてもやることなすことが短期的になる。隊長になるんだし克服しなければ都は思うが……。


『……そして、』


「……?」


 すると、その一言を言った後一瞬こちらを見た。

 大げさにではないが、チラッと横目に見た感じだ。目立たないが、俺はそれを見逃さなかった。


 正確には俺ではない。俺の方向だが、これは……。


「(……もしかして、コイツか?)」


 俺の左にいる、ユイだ。今日は俺たちと同じ服装で挑んでいる。


 確実に彼はユイのほうを見ている。大臣だし、確かにコイツのことは知っててもおかしくはないが……。

 そして、見られている当の本人も気づいたらしい。チラッと横目に見た限りでは、どことなく怪訝な表情を浮かべている。とはいえ、式典中なうえ国防大臣の祝辞中なのでそれほど大きな表情は出さないが。


 そして、それを見た彼は少し口をニヤリとゆがませていった。


『……今年から入った、新しい仲間を皆さんで心より迎え入れ、共に、協力して、自らの任に当たってほしい。まず、私の一番の願いはそこにあります』


 そう一言言った。“ユイを見ながら”。


 ユイを見ながら、“新しい仲間”ね……。


 ……ははぁ~ん、なるほど。


「(はは、あの人……、わざわざ“これを言いに来た”な?)」


 俺は彼の本心を暗に悟った。


 大臣はこのユイを作る計画、確か“RSGプロジェクト”といったか。それの発案者の一人でもあった。

 正確には総理を始め数人いたのだが、それの中心として動いていたのか彼だったはずだ。


 そして、ユイを作るための計画の戦闘となって奔走し、そしてここにユイを送る最終的な許可を出したのも彼。

 彼自身としても思うところがあったのだろう。人類史上初めて、人間そっくりのロボットを送り出したんだ。この、人間だらけの“人間社会”に。


 本音、フィクションみたいに即行で仲良くなれるなんて言う都合のいい話はないはずだ。必ずどこかでいざこざが起きる。


 それを配慮した結果が、まさしくこれだろう……。つまりあれだ。転校生を迎えたクラスで先生が「今日からみんな仲良くしてあげてね」っていうあれだ。あれにそっくりだ。

 大臣なりの、俺たちに対する気配りと、そして、誰でもないユイに対するフォローをしたかったのだろう……。なるほど、それならわざわざ今日スケジュールを無理やり入れたのも納得がいく。


 とはいえ、式典が今日あるのは事前に知ってたはずだし、その段階で式典に参加申請を入れれなかったのかとも思ったが……。そこはまあ、本人しか知らない事情だろう。俺が一々考える必要もない。


「……こりゃ、お前に対するやつだな」


 俺は隣にいるユイに小さく声をかけた。


「私にって……、どういうことですか?」


「お前がここに来るにあたって皆新しい仲間をよろしく~ってね。……あながち、間違ってないだろ。“新しい仲間”ってね」


「私が、ですか?」


「お前以外に誰いんだよ。わざわざお前見て言ったのによ」


「はぁ……」


 とはいえ、ちょっとうまく呑み込めないといった感じだ。あとで詳しく教えてやろう。まだまだ分からないことばかりだろうし。


 しかし、大臣も言葉選びがうまい。ここで言う新しい仲間っていうのは、周りにいる来賓や一般客に対しては、


「ああ、今年から入った新人連中のことか」


 と思われるだろう。一般客や来賓までわざわざ大臣の視線の気にしたりはしない。というか、どこ見てるかは正確には実際に見られてる人くらいしかわからないし。

 だが、事情を知っている俺たち習志野駐屯地組は、


「ああ。あのロボットの事ね。ハイハイ」


 と思わせることができる。どちらも、新しい仲間だ。


 一応、この一週間のうちに習志野駐屯地内すべての人員にユイのことを伝えることには成功した。それも、水面下で、静かに、秘密裏にだ。

 詳しくはここでは述べないが、まあ結果を言えば、案の定大混乱が発生した。


 秘密裏に話をつけることに成功したとはいえ、やはり内容が内容だ。どうしてもそうなる。これはさすがに誰でも予測できていた。当然、上層部でも。

 それをどうにかこうにか切り抜けるのも一苦労だ。俺と新澤さんで話をつけて、互いにユイに人が殺到しないように交通整理したり事情を説明したり……。ここ1週間で結構な体力を使ったように感じる。

 中には、諸事情で俺の部屋に居候するって話になった時は、


「なぜ俺に来ないんだ!」


「おまえばっかりずるいぞ! 俺もその部屋に入れろ!」


 ―――と、いろいろと無茶な要求が野次の如く飛んできたりもした。もちろん、ご丁重にお断りは入れておいた。あと、これを言ってきた本人は言うまでもなくうちらの問題児野郎ばっかりです。のちに新澤さんに思いっきり制裁の蹴り入れられてこういわれたそうだ。


「そんなのこっちが言いたかったわよコラァアッ!!」


 ……その時の新澤さんの顔はもう怖いを通り越してなんかの地獄の境地を見たような絶望的、かつ激しい顔だったようだ。それも結構な涙目で。

 幾度の激しい訓練やしごきに刺激されて完全ドMに目覚めて、この蹴りすら快楽に感じてしまうもうどうしようもない男どもも、こればっかりはさすがに顔面を硬直させて苦笑いで「アッハイ」という一言で終らざるを得なかったらしい。

 その後の新澤さんはなぜか元気がなく愚痴ばっかりだったようだ。どうりで最近たまに元気がなわけである。


 ……詳しいことはあとでとさせてもらうが、とにかく事前に情報の伝達は駐屯地内ですでに完了させている。

 大臣も、おそらくそれをわかってのこの言葉選びだろう。大臣だけに、中々ウマいことをしてくれる。


 周りもなんとなく察したらしい。少なくとも、俺の左右は「あぁ……、ハイハイ」といった感じでお察しの表情だ。チラッとみただけでもこれがわかる。

 後ろにいる和弥に限っては少しウケてたのか、クスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。おいおい、今は祝辞中だってのに……。


「(……まあ、それだけ気にかけられてるってことか……)」


 いろんな意味で注目を浴びることになるだろう存在だ。そうもなる。


 ……その流れでいるうちに、大臣の祝辞も無事終えた。

 お約束の雄叫びの号令と共に、大臣を後部の来賓席に送る。団長も立ち上がって席に座る前に敬礼していた。


 ……それを眺めながら、


「……まあ、それだけ期待されるわ注目されるわってことだ。気を引き締めな」


「そんなに目立ちます、私?」


「目立つっていうか……、異質?」


「はぁ……」


 そんな小声話をバレないように交わす。

 まだユイはちょっと腑に落ちない表情。「そんなに期待されまくってんの?」とでも言わんばかりの怪訝な顔。国家機密が一体何言ってんだかね。



 その後も、ちょっとの間式典は続いた。祝辞の後は歴代団長紹介、各種表彰者紹介、観閲行進、空挺士魂太鼓展示……、などなど。

 毎年恒例の展示もののスケジュールも次々と消化していった。







 式典は、もう少し続きそうであった…………

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