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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第9章 ~終末~
179/181

東の空

 ―――0.5秒ほどだったであろうか。


 連続した銃声音は室内に響き渡り、その後、残響と共に一瞬の静けさへと変わる。最後のほうに、一発デカい銃声も響いていた。




 銃声が鳴り終わると同時に、ユイは倒れた。




 後ろに。




 銃を力なく手放し、一瞬仰向けになった後、体が向かって左を向くように転倒。





 ……動かない。完全に凍った世界となる。




「……へ……」



 後ろからの声。誰のものかがわからない。たぶん和弥あたりだろうが、余りに小さすぎた。


 動揺を通り越して完全に唖然としているはずだ。


 撃ったのだ。俺は、相棒を撃った。


「……マジ……?」


 ようやく、和弥の声と認識できるようになった。撃った後から、これっぽっちも動かない俺を見ての言葉だろう。そして、それは「相棒を撃った相手に対する目線」でもある。

 怒りも何もない。ただただ、困惑しかない声が若干ながら響いてくる。俺がそんなことするとも思っていない人にとって、今目にしている光景は、下手すれば幻覚かとも思えるほどのものだったであろう。


「え、ちょ、まま、まって、マジで? マジでうったんすか?」


 和弥、幾ら慌ててるからってなぜ親友に敬語なんだ。そんなツッコミを心の中でするも、俺はじっと撃った姿勢を維持したままユイをじっと見ていた。

 あることを願いながら、ずっとその相棒の姿を見ている。


 数秒たった。




 ……よし、“動いた”。



 

「ちょ、ささ、篠山、お前ほんとにうt―――」


 俺は左手に拳を作りスッとあげて制止を促す。

 それ以上は言わなくていい。もう言う必要もなくなった。


「……な、なんだ、どうした?」


 二澤さんが困惑しながら聞いてきた。俺は小さな安堵感と共に、静かに言った。


「……勝ちました」


「へ?」


「だから、勝ちましたよ。この勝負、俺らが」


 ……何言ってるんだお前という小さな声が聞こえてきた。誰の者かはわからない。俺はその時、姿勢を崩して、さらに言った。


「……安心してください。アイツは生きてます」


「え」


 俺はそう言って、ユイの方を指さした。


 その時だった。



 それに反応するように、ユイのだらんと床に垂れている右手が、ピクリと動いた。



「ッ!」


「ユイさん!?」


 動く箇所は増えていく。両手、両腕、両足、太ももまで。そして、最後に、


「……」


 目をゆっくりと開け、こっちに目線を送って、


「…………」


 小さく、ニヤリと口元を歪めながら、右手でピースサインを送るユイがいた。


 「してやったり」。つられた俺もにやっと笑ってピースサインを返した。


「ユイさん!!」


 和弥の声が響いた。すぐにユイの下に駆け寄る。後ろには新澤さんを含め大量の人影。俺も歩いてユイの方に向かう。


「アイツは!」


 そして、もっと前の方を見た。彼は一体どうなったのか。


「……なッ!」


 皆が驚愕した。その先にいるはずの彼は、



「……撃たれてる……!?」



 右手にあったデザートイーグルを床に落とし、撃たれた肺からの流血を手で押さえて立ち尽くしている、彼の姿があった。



「まさか、祥樹が!?」


「バカな、ユイさんが間に立っていたはずじゃ!」


 あたかも、俺の撃った銃弾がユイを素通りして彼に命中したかのような状況。どんなマジックを使ったんだ。特察隊の面々だけではなく、誰でもない彼が、口からも血を流しながら、俺に驚愕と怒りを込めた目線を向けていた。


「……ありがとな」


「ッ……?」


 彼は何かを言いたそうだったが、激痛がそれを邪魔し言葉を発することができない。しかし、俺は構わずつづけた。


「助かったぜ。アンタがデザートイーグルを使ってくれてな。お陰ででっかい“穴”ができた」


「穴……?」


「ユイの胴体よく見てみろ。空いてるだろ、でっかい穴」


 皆がユイの胴体を一斉に見る。すると、確かに空いているのである。


 “大きな穴”だ。全員が、俺が何をしたのか一瞬で理解した。


「……まさか、これに、銃弾を通した?」


「ご名答」


 新澤さんの答えが正解である。


 デザートイーグルによって開いた、というより、デザートイーグルでしか開けることができない穴。大きくはっきりしており、その貫通力は、ユイ程度の腹部動体ならば余裕で貫通してしまう。

 しかし、それのおかげで内部に大きな穴ができた。ついでに、デザートイーグルの放つ銃弾は、内部構造をもきれいに抉り取り、その穴を通じてユイの後ろ側が見えるようにすらなっていた。直径も大きい、大きく、はっきりした穴。当然だが、5.56mm銃弾なら何とか通るには通れる。


 ……これしかないと感じたのだ。


「針の穴に糸を通すってことだ。しかも失敗はできない一発勝負。必ずしもまっすぐは飛ばないし、穴は起きいって言ったってこっからじゃ小さい穴だし、射撃の反動で弾道がそれることすらある。……完全に賭博だよ。アイツにも当てなきゃいけないんだからな」


「だから連射して命中率と致死率を確保しようと」


「弾を多く撃てば撃つだけ、ユイに誤射する可能性が高まる。俺が射撃をミスする可能性も格段に上がる。撃ち過ぎれば誤射してアウト。でもあまりにも撃たなすぎると、彼に致命傷を与えることはできない」


「絶妙な調整をしたうえでの、最後は運頼みの賭けというわけか」


「そういうことです」


 そして、俺がわざわざ膝撃ちをして、ユイが頑張ってつま先立ちをしたのも、この弾道が理由だった。立った状態からユイの腹の穴を通しても、銃弾は床に当たるか、よくて足に当たる。それでは意味がない。

 できれば銃弾は上向きに飛んでいくのが理想だ。ユイにとってはつらい体勢だったに違いないが、それでも耐えた。大した頑丈さだ。爺さんに後で礼を言わねばならない。

 そして、うまい事彼の胴体に命中した。当たった瞬間はまだ意識もあるし銃は撃てるので、一発ぐらいは撃つ可能性があった。しかし、まともに反動を抑えることはできず、銃弾は上向きに飛んでいくだろう。それでも、ユイに当たる可能性は十分あったので、撃たれた後はすぐに後ろに倒れるように伝えておいたのだ。

 いきなり倒れてしまったのは、あくまで俺が放った銃弾が、自分の腹部の穴を素通りしていく際の衝撃に身を任せてのものだった。つまり、意図的なものだったのである。尤も、今のユイの脚力では、どっちみちそのまま後ろ向きに倒れてしまうだろうが。


「……神業か、お前がやったのは?」


「この世にいるかわからない神に感謝を」


 二澤さんの言葉を軽く流しながら、俺はユイの顔元にしゃがみ、グータッチを交わした。相変わらずのニヤケ面。こんな状態でも、いじめっ子みたいなそのむかつく表情は健在だった。


「……まさか、こんな形でお前が“結目”になっちまうとはな」


 俺の放った銃弾を、彼に届ける上での中継点、と考えれば、こいつはまさしく両者をつなぐ“結目ゆいめ”ともいえるだろう。こじつけかもしれないが、そんな気がしてならなかった。

 この時ばかりは頭を撫でてやった。右手でわしゃわしゃと。まるで犬か猫を撫でてやるかのように。随分と幸せそうな顔してやがるあたり、たぶんこいつは犬で間違いない。性格的には完全に猫なのだが。

 首輪つけてみたらたぶんそれっぽくなるだろう。あとで提案してみよう。……尤も、下手すれば殺されるかもしれないが。


「策士策に溺れる、ってわけじゃないかもしれないが、最後は自分のやった行為に嵌ったな」


「……ッッ」


 彼は前のめりに倒れつつも、床に落ちたデザートイーグルを拾おうとした。重傷を負っても、なおの事抵抗しようとするその執念。正直感心する。世の中、それくらいの執着がなければ生きていくことができないことだってあるだろう。


「……」


 俺はゆっくりと歩み寄った。そして、彼がデザートイーグルに手をかけようとしたとき、右足でそのデザートイーグルを踏み、足裏を使って後ろに流した。


「ぐッ……」


「……もう終わりだ。アンタはロボットを信頼していたのは間違いない。この世の中を、変えようと必死だった事実は認める。だが……」


 俺はしゃがんで、彼を一直線に見た。そして、


「……10年前を経験した同志だから言わせてもらう。アンタのやり方と、その理想を望んではいない。少なくとも俺は、そんな世の中で生きるつもりはない」




「俺たちの未来を、間違った方向に導いてくれるな。そんな“改新”はいらない」




 彼は、最後まで俺を睨み付けていた。何を言いたかったのだろうか、俺には何とも理解しがたかったが、言葉に出来たとて、放つ言葉は大方今までのものの反復であろう。


 そして、デザートイーグルがあった場所に伸ばしていた彼の手は、マリオネットの糸が切れたようにガクンッと力を失い、床に倒れた。同時に、俺を睨み付けていた顔も、床に突っ伏するように倒れ、そのまま動かなくなる。


「……脈もなくなった、か」


 最後の最後まで、敵を憎しみ、怒り、理解することはなかった。何が彼をここまで変えてしまったのか。10年前のあの戦争が、彼に人類社会の絶望を見せてしまったのか。俺と彼で一体どこでこんなに差がついたんだ。


 ……そういう意味では、彼もまた“被害者”だったのだろうか……。


「……そんなこと考えてる俺は、ただの偽善者かもな……」


 彼がこれを聞いていたら、相当怒っていただろうか。「憐れんでくれるな」、と。


 それでも、日本人的な感覚だろうか、俺は膝をついてしゃがんだ体勢のまま、




「……今は眠っててくれ。“ハリスさん”」




 軽く、頭を下げた。


 




 ―――その後、ようやく他の応援の部隊が到着。続々と各地を完全に占拠し、制圧は完了した。


 多くの者たちが死傷することとなった。数少ない犠牲を払ったが、それによって、衛星の対地攻撃は阻止することができた。今も、東京の空は平和である。世界の空も同様であろう。

 もう地上が戦場となることはなくなった。この地下施設の完全占拠を契機として、同時刻に、特戦群を中心とした強襲部隊が、ホテル日本橋に急行。ほとんど戦力が出払ってる上、指揮統制が完全に崩壊していた彼らは組織的抵抗を満足にすることが出来ず、あっさりと奪還することとなった。

 人質らも幸い無事だった。聞いた話によると、突入直前の段階になると、人質らは割と自由に動けていたようだった。人員がほとんどいなくなったことがあり、ホテルの外には出なかったものの、中での行動の制約がほとんどなくなっていたのだという。食糧もホテルにあったものでしっかりありつくことができ、健康状態もそこまで問題はないとのことだった。

 敵の戦力が、最後の最後で地下施設に集中したことが幸いした。


 俺らも地上へと向かう。一部は担架で運ばれていくが、俺らは徒歩だ。


「奇跡だな、俺ら。どこも重傷負ってない」


「やっぱ訓練って大事だな」


 そんなことを和弥と話す。新澤さんは、相変わらず二澤さんと今後について協議している。本当は俺の役目なのだが、「休んでろ」と、なぜか俺が隊長のはずなのに割と威圧かけながら命令されたせいで、やむなく従うこととなった。

 ……あれ、どっちが偉いのだろうか。


「しかし、彼も最後まで変わらなかったな。ロボットを余りに愛し過ぎたというか、信じすぎたというか……」


 そういう和弥の言葉は、少し物悲しそうであった。ロボットを信頼していたのは間違いなかったし、そういう意味では自分らの仲間だったのだ。だが、このような結果となってしまった。


「……彼の言う通り、もしかしたら将来、ロボットが多くの面で上に立つときは来るかもしれんな」


「祥樹?」


 不思議に思う和弥の言葉を、半ば遮るようにつづけた。


「だが、彼は勘違いしてたんだ。そもそも、上に立つ素質のあるロボットなんていないってことを。少なくとも現状は。ユイこそがその証明だ」


「ユイさんが?」


 そういって、俺に背負われているユイに目をやった。本当は担架で運んでやろうとも思ったのだが、「他の負傷者に譲ってください」と本人が希望したので、代わりに俺が運ぶことになったのだ。もう寝てろと俺は言ったのだが、まだかすかに起きていた。


「ユイの存在は、ロボットがあくまで人の都合の代物であることの証明でもある」


「というと?」


「ユイは人の上に立つ意思はない。そして、俺らに敵対するつもりもない。それは、様々な要素を学習した今でも変わらない。でもだ」


「でも?」


「それは、AIの思考ベースとなる理論やロジックも人が作ったことによるものであることも思い出さないといけない。つまり、人の価値観によって生まれた理論やロジックを、そのまま人の都合のいい形で埋め込まれているに過ぎないコイツは、人の都合の塊のような存在でもあるのだ」


「あっ……」


 そうか、と和弥はつぶやいた。

 彼の一番の勘違い、というより、見落としはそこだったのだ。何度も言ってきたつもりだったが、ついに彼の耳には届かなかった。

 ロボットは、ロボットが作るのではない。少なくとも現状はそうであるし、近い将来もそれはかわらないであろう。人間が作ったものは、基本的に人間の都合のいい形でできるものだ。それは、ロボットだって変わらない。自由意志を持たせたとて、その持っている自由は、“人間にとって都合のいい自由”なのだ。

 人間に都合のいい自由が、人間に仇なす自由を得たとしても、“人間を支配する自由”を得ることはできない。支配するためには、人間ですら持ちきれない“力”が必要だ。その力は、魅力のあるカリスマでもあれば、単純なる暴力な時もあれば、人を身に着ける道徳心や倫理観である時さえもある。


 だが、それらをすべて持ち合わせている人間はいない。人を支配するのなら、それを全て完璧な形で持っていないといけない。人間でさえ持てないものを、ロボットが持てると考えるのは、余りに都合が良すぎるのだ。


 事実、ユイは、そこまで完璧な存在じゃない。欠点はいくらでもある。物理的なものというより、内面的なものだ。


「ロボットは人の上に立たない、いや、「立てない」んだよ。ユイがそれを証明している」


「人の上に立つような要素を、生まれながらに持っていないと」


「あくまで、名前通り「繋がる」ことしかできないってわけだ」


「随分と言い得て妙な名前を持ちましたな」


 和弥が感心したような口ぶりで言った。そう考えると、ロボットに対し、ユイ、という名前を付けるのは、中々ロボットの本質を示した、いい名前だと言えるのかもしれない。まあ、それならもっといい名前もあるかもしれないが、本人もえらく気に入っている様子なので、別にいいだろう。


「彼は有能なんだよ。ロボットを愛している点では俺たちと変わらなかった。目指すべき道を間違えただけだ」


「そして、いつしかその愛は歪んだ」


「自身の信じる愛以外は許容できなくなった。一種のヤンデレだな。だからこそ、メリアの拒絶へと至った」


 自分の娘であるはずのメリア。それを最終的に拒絶したのは、自らの信じるロボット像を愛し過ぎたに他ならない。自分のロボット像に当てはまらないロボットを、許容することをしなくなったのである。

 だが、それは全くもって利己的なものである。そのロボット像が、余りに狭い価値観に基づいて構成されたものである可能性を排除してしまった時点で、今のような展開はなるべくして起こったともいえるだろう。


「……まあ、間違える原因作ったのも、人間なんだけどな」


「まあな……」


 何がきっかけかは、今となっては本人しかわからない。しかし、彼がしきりに10年前に拘るのにはわけがあるはずである。10年前の戦争が追い打ちとなったのなら、それを起こしたのは人間だ。結局、何から何まで人間が関わり、ロボットは蚊帳の外だった。


「(……そんな世の中を支配しなきゃならんロボットも大変そうだなぁ……)」


 そんな呑気な事を考えられるだけ、今は一応平和になった。さっきまで戦争だったが。


「でもユイさん仮に支配したらどんな世界になるんだろうな」


「はい?」


 一番に反応したのがユイだった。さっきまで半分寝てるような状態だったが、一応話は聞いてたっぽいようである。


「いや、ユイさんが例えば某20世紀漫画でいう世界大統領みたいな立場になったとして、政策とかは割かし気になるっていう」


「どうやって支配しろと……」


「立場になったらですよ。例えばの話」


 もう戦闘終わったからって随分と呑気な……と、完全にブーメランなツッコミを心の中で入れる。数秒くらい考えた後、ユイが俺の背中に顔を当てた。


「……想像できません」


「無理っすか?」


「支配欲みたいなのないので」


「……やっぱり人間製だなぁ、ユイさんは」


「でしょうね。……ただ」


「?」


 すると、ユイはその続きを小さく言った。


「……私がいらなくなる世界になったらなとは思いますよ。そのほうが平和ですから」


 ……思わず小さく笑ってしまった。何ともコイツらしい。自ら用済みになることを願うロボットなんて、この世にどれくらいいるだろうか。


「ついでに、俺らも廃業になればな」


「いつ来るかは知らんが、そうなったら俺らは失業者か」


「平和を守る仕事が待ってるだろ。……って、このネタネットで見かけたんだが最初に行ったの誰だ?」


「知らん」


 和弥でも知らんのかい……。


 そんな会話中、ようやく地下を出た。外は騒がしい。ヘリは飛び交い。時折戦闘機の轟音が響く。空は明るくなってきていた。とっくに日は登っていた。東の空が光り輝いている。曇っていた空は、徐々に晴れてきていた。


「そういや、もう朝だったな」


 すっかり時間感覚は消え去っていた。そう考えると、少し眠気も覚えてくる。そういえば、数時間仮眠取っただけで、あとは全然寝ていないのだ。よくまあここまで戦えたものだ。結局、最後の最後で頼りになるのは根性や精神論なのか。


「天気がいいわね、今日は快晴になるわよ」


「新澤さん」


 後ろから新澤さんが声をかけてきた。


「そっちは終わったんですか」


「ええ。ここはもう応援の部隊が取り仕切るから、私たちは帰るって。あと、アンタ羽鳥さんからお呼びかかってるけど」


「首切るんですかね?」


 一応、俺は独断でこっちまで来てしまったのである。装備も勝手に持ち出してるので処分はあるだろうなぁとは思ってはいたが、思ったより早いっすね。


「……首切るだけで済めばいいわね?」


「怖いことを」


「別に。たぶん、そんな怖い展開にはならないと思うわよ?」


「え?」


 何とも意味深な事を呟いているのを耳にしたが、新澤さんはさっさと帰ろうと促す。俺もそろそろ寝たい。


「ほれ、ユイも寝てろ」


 帰りの車両に向かう前に、そろそろユイにも寝てるよう促す。もういい加減寝てないといけない時間である。本当はもう電源切ってないといけないのだ。


「……もうちょっとこのままでもいいですか?」


「おいおい、随分と起きたがるな、どうした」


「せっかく背負われてるんですよ? もう少し体感させてください」


「背負われたいならあとで幾らでも背負ってやるって」


「今お願いします」


「えー……」


 俺の背中どんだけ寝心地いいんだよと。そんなこと言われた覚えはないのだが、しかし、もうそろそろ本当に寝ても割らないと困る。バッテリー容量の問題もあるし。内部機器を本格的に休ませなければならない。


「……はぁ、しゃーない。あれ使うか……」


 正直、ワードがワードなので言いたくないんだよなぁ……。あれ、どう考えても狙いすぎてて逆に言いにくいという、ちょっとした抵抗感がある。そらまあ、文面からすると日常では間違いなく出てこないだろうが……。


「何がだ?」


「いや……。ちょっと待ってろ」


 和弥が首を傾げるのを横目に、俺はユイの頭を強引に肩の上あたりにもってきて、左耳に向けて小さく言った。


「純情な乙女よ静かに眠れ」


 すると、ユイは一瞬「ピクッ」と動いた後、力が一気に抜けたように俺の背にうなだれた。そして、全然動かなくなる。


「……なに、今の。告白か何か?」


 新澤さんがちょっと引き気味に言った。まあ、そりゃ引くよねとしか。


「前に話しませんでしたっけ。強制停止の音声コマンド」


「あぁ、そういえばしてたわね前に。今のそれ」


 何かあったときのために使う強制停止コマンドの一つ。特定のワードの音声を聞かせることで、中枢AIとは別系統の独立した電源管理システムが、強制的に電源を落とすというもの。AIがどうあがこうと、このコマンドが入力されれば即行でシャットダウンである。抵抗は無意味。ゆえに、今のユイは電源を強制的に落とされてぐっすりと眠っている。


「でも、それに使うワードよ……」


「だからあまり使いたくなかったんですよ、妙に痛いじゃないすかこれ」


「ハーレム系ラノベにありそうなフレーズだな」


 そういってけらけらと笑う和弥。地味に笑い事じゃないんだけどなぁ……言う本人が一番恥ずかしいのだが……。


「まあ、でもユイちゃんは確かに乙女ではあるわよね……しかも純情で」


「フレーズに使ってる中身は割かしあってますからね……」


 そういってユイの頭を軽く撫でてやる。息はしていないが、静かに眠っていた。今までつかれたからであろう。本当にぐっすりと寝ている。電源堕ちているから当たり前、とかそういう話ではない。表情がもう、安堵の表情であったのだ。


「……しばらく休ませましょう。ユイちゃんは今回武勲を打ち立てすぎたぐらいだし」


「あとで勲章の一個や二個くれてやりましょうや」


「彩夜さんにでも頼んでみるか。あの総理ならたぶんオッケーしてくれそうだ」


 まあ、暫くは戦後のごたごたで無理だろうけど……。



 移動の車両に乗るとき、俺は東からくる風を顔に受けた。



「……」



 空は明るい。新澤さんの言った通り、今日は快晴になりそうだった。




「……また、この空が見られた……」




 俺たちは生き残った。今も生きているのだ。






 改めてそう強く実感し、車両に乗った…………

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