銃弾
―――空気が凍った。
最後に面白いショーを見たいなどと口走ったので何を始めるのかと思ったら、ふざけた“遊戯”だった。
大昔の貴族の娯楽に使われそうなテーマを、思いっきりこの現代において再現しようとしている。
追い詰められた人間は、時として常人の理解を超えた行動を起こすことはある。しかし、これは余りに理解が出来なさ過ぎた。
「……なんだって?」
俺は本気で聞き間違えたりでもしたのかと思った。だが、現実は非情なり。答えは変わらない。
「撃ってみろ。お互いどっちが先に討つか“競争”だってことだ」
「……この状況でなんでそれやらせるんだ。ついに頭狂ったか?」
「元から狂ってる気がするが」
そんな和弥のつぶやきが後ろから聞こえてくる。同感だ。だが、これはそれ以上だ。
わからない。なんで自分はもう捕まるって状況で味方同士の撃ちあいが見たいなんて言い出したのか。意味があるのか? 本当に、どうせ最後ならと見たいものが見たかったのだろうか。
「……計画では、これを見るつもりだった」
「なに?」
彼はおもむろに語りだした。
「彼女の偽物を作った当初、軍の情報を受け取りながら、君たちが不用意な行動を起こした際はすぐに殺害を命じるつもりだった。だが、奴の出来が悪いせいで、その計画さえ消え去った」
「この期に及んで責任転嫁する余裕があるのか」
「欠陥品を欠陥品だと言って何が悪いのだね?」
まだ言ってやがる。
「その御託はもうこの前聞いた。彼女はマスターであるアンタにとても忠実だった。人間の道具たるロボットとしては、俺の相方に並んでこれほどの最高の出来はねえだろうが」
「裏切った事実を忘れたか」
「アンタは一つ基本的な事を勘違いをしていた。忠誠ってのは、相手が忠誠を誓うに値するからこそ、その人に忠実になれるんだ。お前はそれを途中から無くしたんだよ」
無条件な忠誠はただの判断力皆無の奴隷に過ぎない。ロボットは人間の奴隷ではあるだろうが、今は独自の判断ができ、ユイやメリアに至っては疑似的ではあれど感情を持っている。忠誠を誓わせるには人間と同じやり方が必要だったのに、それをしなかった時点で、この道は完全に外れてしまうのだ。
「……話がズレたが、要は最初っから俺を殺すことも視野に入れてたって言いたいのか?」
「そういうことだ。貴様は同志だとは思っていたが、念には念をってことだ。だが、もはや躊躇はない」
「邪魔になったか」
「貴様も道連れにする」
地獄に一緒に来いって事か。ペアチケットくれても俺は間違ってもこのクソジジイと行くつもりはないのだが……。
「(つまり、元々見ようとしていたものを今ここで見るってことかよ……)」
嫌な趣味だ。しかも、相手はメリアじゃない。ちゃんとした本物のほうだ。
……そして、
「……立ってるのがやっとじゃねえか……」
どう見ても、俺の方が優勢だった。俺は右肩を軽く負傷し、銃を持つのに不安定さがあるが、それ以外はまだ何ともない。対するユイは、さっきまでハッキング処理しっぱなしだったので内部のハードは熱を上げまくっており、動体処理がうまく追いついていない。
その状態で、デザートイーグルをぶち込まれたのである。ハードはたぶんそこそこの割合は破壊されたであろう。そういった場合でも、各胴体部にあるニューロチップを突っ込んで、万一の際のバックアップに使っていたり、それこそ頭部にあるOSをサブに使ったりできるのだが、それにしたって元の胴体部分がうまいこと動いてくれないのだ。人間みたいに死なないだけで十分なぐらいなのである。
……撃ちあってどっちが勝つかと言われれば、間違いなく俺だった。今のユイは、半ば満身創痍なのである。
「(本来なら背中に担いでさっさと後方に移して休ませるところなのに……)」
本当は、こういう時は無駄に動かしているのすらマズいのだ。それだけで熱がこもる。機械にとって熱は敵である。ハッキングによって膨大な熱を抱えた今のユイは、すぐに電源落として冷やす必要があったのである。
それなのに、これだった。
「……クソが……」
そう呟くしかなかった。ユイの後ろからは彼がデザートイーグルを向けている。歯向かうことはできない。いや、歯向かう力も何もない。普段のユイなら、デザートイーグルといえど拳銃一丁しかもっていない爺さんなど、速攻で仕留めて終わりのはずなのに。
「(……どうすればいい……?)」
当然、撃つなんてとんでもない。今の状態で本当に撃とうものなら、たかが5.56mmといえど致命傷だ。ハード自体も既にダメージを蓄積している状況下、今度こそ機能停止状態となる。最悪、人間でいうところの“死”が待っている。データは全てハードの中。メリアみたいに、バックアップで別のネットワークにデータを移すなんて機能はない。ハードが破壊されたらそれまでである。
もちろん、俺も撃たれたら当たり所によっては間違いなく死ぬ。防弾チョッキを着ているとはいえ、バカ正直にそこを撃っても意味がない。どうせ撃つなら、頭部や咽元を狙い撃つ。
防弾チョッキに撃ってまだ生きてるなんて話になったら、彼の機嫌がどうなるかはわからない。彼が見たがっているのは“味方同士の殺し合い”だ。手を抜いてどうにかできる状況とは思えなかった。
向こうだって撃ちたくないだろう。アイツの持つ銃の手は目で見えるぐらい震えている。もう声をまともに出す力すらないが、表情は一目瞭然だ。目を見開いて、実際はそうはならないはずなのに、青ざめているようにすら見える。まともに狙いを定められるわけがない。
……初めてだ。アイツの目が、今までにないぐらい、本気で助け舟を求めている。
「(手を狙い撃ち……は、無理だな)」
俺からはユイが間に入ってしまっていて撃てない。和弥当たりなら、もしかしたら狙い撃ちなんてできるかもしれないが、撃つ気配がない。小さく見えている彼の動きからして、相当興奮しているのか、肩で息をしている。手が動いてしまっているのだ。不規則に動かれては狙いにくい。一発必中が必要となると、これは悪条件だ。撃てない。
「(……まともに撃てるの、俺だけか……?)」
相手を刺激しないようにということを考えるとどうしてもやれることが限られる。俺しかまともに撃てる人間がいない。だが、相手は相棒だ。
……どうしろっていうんだ……
「(援軍は……こないよな……)」
各地の残党がまだ抵抗しているらしい。中々来てくれない。HMDを確認しても近くに来てくれそうなのはいなかった。こんな時に限って……。
……完全なる硬直状態。どう手を尽くせばいいのか。頭をまわしてもいい答えが思い浮かばない。
「……撃てるわけ……」
そう小さく呟いたときだった。
『……撃ちます?』
そう言ってきたのは、目の前で震えているユイだった。口が動いていないので、閉口無線か。後ろは答えてないところからして、俺のみに向けてだろう。
だが、目がさっきとは違い。何かを覚悟している。何を言いたいのか、嫌な予感を感じた。
「……まさか、俺に相方を撃つという愚行をさせるわけじゃねえよな?」
『このままじゃ硬直です。余り長くやってたら向こうもイラつく可能性が……』
「やめろ、俺はお前を撃ちたくはない」
『こっちだって』
「考えろ。なんでもいい、何か考えるんだ」
考えろ、と自分にも言い聞かせたはいいものの、それで妙案が浮かぶなら苦労はしない。
誰もまともに撃てない。俺ぐらいしか撃てない。ユイはそもそも姿勢が不安定。
覚悟完了をしてる場合ではない。撃てないのか。もう彼を言葉で説得するのは不可能だ。完全に狂ってしまっている。常人の発想ではない殺し合いをさせようとする時点で、もう強制的な措置しか手段がない。
アイツを無力化するだけでいい。できれば一発で即死に出来るやり方で。そして、ユイが死なないように。
……余りに都合が良すぎる。ユイが壁になってしまっているが、俺が不用意に動くわけにもいかない。
「(……どうしろと……)」
1分と経っていないはずだが、長いように感じる沈黙の後……。
気づいたことが、一つだけ。
「……穴……?」
その瞬間、俺とユイは同時に閃いた。だが、
「待て、言っては何だがそれだとお前下手すりゃ死ぬぞ」
『このまま待っててもどの道死にますよ。なら賭けます』
「弾は一直線に飛ばないことは知ってるはずだ。マグナス効果だってあるんだぞ」
マグナス効果。銃の種類によるが、基本的には銃弾は弾道を安定させるためにジャイロ回転をしている。右回転をする銃弾は、空気抵抗などによりどんどん右に逸れて行ってしまう。野球で言う、シュートやスライダーと似たような原理である。その修正もしなければならないが、人間の頭では限界がある。
自分で考えついていてこういうことを言える立場ではないが、余りにリスクが高すぎた。ほとんど博打だ。
「布に隠された針に糸を通すようなものだ。幾ら穴がでかいからって……」
『しかも、連射でいいんですよね?』
「単射でどうにかあするわけにもいかねえし……」
精度の関係上、単射でどうにかできるものではなかった。せめて一連射。それで1~2発、急所に当たればいいという形だ。だが、これは狙いを間違えれば、彼の言った通りの結末を実現することに他ならない。
俺はそれを承知で単射で行こうと思っていたのだが、ユイが連射を希望した。自身の命より目的の達成を優先した結果だった。優先順位としては、ユイの考えに分がある。複雑な心境だった。
「……角度は計算で来たか?」
『大丈夫です。膝撃ちしてください。こっちが若干つま先立ちします』
「お前それで耐えられるのか? 立ってるのがやっとだろ?」
『数秒なら……たぶん……』
何とも自信なさげだ。だが、もうこれ以外やりようがないと互いが知っている以上、覚悟を決めた。さっきとは違い別の覚悟。
……時間もない。余り彼を苛立たせるのは得策ではなかった。さっきから催促の声が飛んできている。
「……やろう」
『……、はい』
俺は左ひざを曲げ、膝撃ちの体勢をとる。右肩が痛い。さっきの傷がまだ痛んでいた。銃をうまく抑えきれないが、痛みをこらえとにかく固定させる。
ユイも若干のつま先立ち。見るからに辛そうだった。腹部からはまだ電気が走っている。相当負荷がかかっているのだろう。足がずっと震えている。偽装のために、銃を構える仕草のまま、それを続けるのは人間でも時につらい。
後ろから困惑の声が聞こえてくる。だが、俺は脳内からそれをシャットアウトした。
『……信じてないわけじゃないですけど……』
「ん?」
『通りますよね、これ』
今更かよ。そんな事を思いはしたが、アイツも心配なのだ。下手すりゃ自分が死ぬところで、不安にならないわけがない。俺も不安だ。下手すりゃ、相棒を殺してしまうのだ。
……だからこそ、俺は言い投げた。
「……頼む。信じろ……」
「……自分と……、俺を」
どこにいるとも知らない神様に、せめてものお助けを願いながら、
俺は、引き金を引いた…………