旧式の援軍
銀座一丁目駅の地下への出入口とその周辺は、まさに激戦の最中にあった。
地上から迎える一番の近道であるこの出入口を奪取するべく、敵は膨大な数のロボットを差し向ける選択を取った。例え前面に出そうとも、人ではないロボットであるならば多少の損傷などものともしない。
だからこそ苦戦していた。例えるとすれば、たった10人の人間が、移動不可な状況下で、数百匹の犬の突進を防がんと籠城戦を繰り広げるようなものである。数は減らせても、距離は縮まり、何れ瓦解する。
たった数分でいいのは間違いない。もう残り数分で決着がつくのだ。それまでここを抑えれば、あとは向こうが失敗しない限りはこっちの勝ちなのだ。
……だが、余りに多い。
「ウルペース2-2、左ビル影からまた来たぞ! 応戦しろ!」
「左翼弾幕薄いぞ! 何やってんだ!」
『プロキオン1-6、少し後退しろ。出過ぎだ』
『シュレンキ4-1! UAVを確認しろ! そっちはもういない! 一旦こっちにこい!』
周りも混乱し始め、無線も混線している。FPSゲームなら、制限時間内で無限に湧いてくる敵を食い止めるミニゲームとして使われる状況だが、そんなのは弾薬がほぼ無限にある状況なら楽な話であり、こっちはそうもいかないのだ。
幸いにして、地下方面からの進入は他の部隊が食い止めているようだが、それでも、そろそろ体力的にもキツくなってきていた。
『サーバル6-2、これよりF9にて迎撃を……』
そんな中である。
『……おいおいッ、嘘だろ!?』
無線の途中で、いきなりそんな叫び声を上げた。報告を中断してしまうほどである。周囲の関心はその無線に向かった。
『クソッ、こっちにも大量に兵隊差し向けてきやがったか! 二つの方向から!』
『まて、無線はどこの隊だ?』
『サーバル6-2、及び6-3。ポイントF9前においてゲート封鎖中。しかし二つの方向から敵襲あり! ヘリは向かったが抑えきれるかわからん! 建物の隙間に入りやがった!』
すぐ上をAH-64Dが1機、いや、2機飛んでいく。対地ミサイルを放ち、ビルの隙間に入るよう機動を修正させる。しかし、効果は今一つだったようであった。
『こちらルーベル4-1、敵がビルの中に入った。ミサイルが届かない。30mmで対応する』
「30mmでも角度が角度じゃ無理だ」
無線では言わなかったが、彼はそう呟いた。ミサイルと違って発射後の軌道修正がほとんど効かない。弾速も早い。うまいこと死角に入られてしまった場合、まともに攻撃を行うこともできないだろう。
その場に留まって、敵が出てこないよう見張ることもできるが、それは同じ場所に暫くホバリングしていることを意味する。死角が多い市街地の、しかも緊急退避が難しいビルの間の低空とあれば、それは余りに危険な行為であった。アパッチは、そのまま一旦通り過ぎて行かざるを得なかった。
当然、その機を見計らって顔を出してきた敵が攻撃を再開する。
『コノハ4-4よりCP。ホテル日本橋方面から大量の敵勢力が出てきた。あの数だとホテルの中はたぶん空っぽだぞ。F9へもう間もなくつく』
そんな中の更なる増援。泣きっ面に蜂という言葉通りの状況と相成ってきた。自分らが対応していた方向とほぼ反対の方向からか。勘弁してくれと誰もが思っている中、とにかく味方が浮足立つのを阻止せねばならないと感じた彼は、冷静を装って無線に声を投げる。
『奴らも全力だ。応戦しろ』
『だがもう弾薬もマズくなってきた! 援軍はどこに―――』
別の部隊からの無線がそこまで聞こえてはいた。
……しかし、
『―――なに!? 別の方向から!?』
今度は他の部隊の無線であった。また敵か? 誰もが確信していた。敵しか来ないだろうと。
「サーバル6-2、敵か? UAVで確認を……」
『いや、違う……、……アイツら……まさか……』
そんな声は、最後あたりになると徐々に聞こえなくなっていった。近くにいた部隊を確認し、そっちに代わりに報告をさせる。
「ノブナ0-1、そこから何が見える?」
『……ビースト0-1、こちらノブナ0-1。南西の方向から……』
『……ロボットが、撃ってやがる……“敵に対して”』
……なに? 彼はその一言を出すのが精一杯だった。
「……おいおい、冗談だろうあれは」
彼はその一言を思わず呟いていた。銀座一丁目駅の地下への出入口より北東の方面で敵を出迎えていた彼らは、ホテル日本橋の方面からくる敵の増援に躍起になっていた。UAVの目をかいくぐるため、少し時間はかかるうえ遠回りになるが、影となるビルの間に隠れながら慎重に接近し、半ば奇襲となるように攻撃をかけてきていたのだ。
火力も足りない。先ほどF-2が再度JDAMを一発落としてくれたが、元々散らばっている敵である。効果は微妙であった。ヘリも、幾つかの戦闘場所を掛け持ちしないといけない状態となってきており、援軍のヘリは間に合いそうにない。さらに、10式が隣にやってきたが、1両のみ。主砲弾を何発か撃ってみるが、やはり散らばっている敵に対する効果は大きいものではなかった。仕方なく、同軸機銃を広範囲にばらまいて対応せざるを得なかった。
……そんな中だったのである。
「……おいおい……」
敵が来ているのと逆の方向から、とある一群が現れたのである。
「……なんでロボットがこっちに……」
他のロボットの一群であった。しかし、敵のそれとは様子が違う。こちらを狙う様子がなく、むしろそれを飛び越し、敵の方のロボットを狙っていたのである。
「軒並み旧式なのばっかりです」
「旧式の奴らっていったら、今の今までなんでか知らんが機能停止してたやつらじゃねえか。一体何があったんだ?」
復旧したのか? だが、復旧したにせよ、そうすればR-CONシステムの管理下にあるはずの彼らは、ここにいる自分たちを狙うはずで、間違っても敵を撃つことはない。同士討ちになる。
「……何があった?」
疑問が尽きない中、その一群と合流した。しかし、あろうことか、やってきたロボットの一群は、人間である彼らの盾となるべく、前に立ち始めたのである。
「……お前ら、何をする気だ?」
近くにいたロボットに思わず彼は聞いた。敵の攻撃になぎ倒されるロボットたち。だが、それでも盾を止めようとはしなかった。数秒の間をおいて、一体のロボットは答えた。
『……我々ノ創造主ヲ守ル。最善ノ選択ヲシタ』
……は? 一瞬彼は呆けてしまった。
「なんだ、一体何を……」
『我々ヲ生ンダ者タチヲ守ル。親ヲ守ルベク子ノ役割ヲ果タス』
彼は、それ以上言葉が続かなかった。だが、やっていることは一つだけだった。敵をなぎ倒す。それだけを、彼らは実行していた。バカ正直に、彼らの盾となって。
「……ロボットに襲われたと思ったら、今度はロボットに助けられるか……」
小さな笑いが出てしまった。こんな状況下で、まさかこんな援軍が来てしまうとは。隣にいた部下が言った。
「そこそこの数です。30は下らないかと」
「ありがてぇ。今はそれだけでもいい」
相手はロボットである。例え旧式であっても、向こうが新型揃いであっても、仮にもロボットなのだ。これほど頼りになる仲間はいなかった。
サーバル6-2が無線で指揮官に連絡をしている。半ば歓喜交じりの声だ。無理もないか。
「……とはいえ」
それでも、言いたいことがないわけではない。先ほどのロボットにまた問いかけた。
「ちょっとは下がれ。余り前に出過ぎるとさすがにハチの巣だ」
『我々ノ防御力ハ機関銃程度デハ崩スコトハデキナイ』
「いや、そうじゃなくてだな……」
少し語気を強めてさらに言った。
「どうせ盾になるならもう少し使い方考えろってこった。お前は今盾になろうとしているが、少しは盾らしく動け」
『実行中デアル』
「あー、じゃあ、もっとはっきり言ってやろうか。世の中にはライオットシールドってのがあってだな?あれみたいなのが今ほしいんだが、生憎今持ってないんだわ。あれが、今、この場に、ほしいんだがな?」
『……要求ヲ理解シタ』
幾ら旧式でもそこら辺の意味合いは理解できたか。そう安心した彼は、無線で続けて言った。
「ノブナ0-1より各員、好きなロボットのそばにつけ。そのまま前進を開始。前線を少し上げるぞ。サーバル6-2、そっちもいいな?」
『了解した。そっちに合わせる』
すぐに全員が動いた。適当なロボットに一体につき一人ついた状態となり、人間勢はロボットをライオットシールド代わりに、その状態で射撃をしながら徐々に前進を開始した。ただの盾とは違い、防御力はそこそこ、しかも攻撃能力もついているとあれば、これほど有用な盾はない。おまけに、自走能力もついているので負担がほとんどない。何体かのロボットが余ったが、そのロボットは、さらに前衛に出て攻撃を加える。
「ノブナ0-1より10式、こっちも前線を上げる。そっちも撃ってくれ」
『了解した。残り5分を切った。主砲弾大量に投げるぞ』
その宣言後、ビル影から彼らの後方に10式戦車が躍り出た。直ちに、120mm滑空砲より定期的に主砲弾が爆音と衝撃波と共に放たれる。
ロボットと人間のコンビが前衛にいるので、10式戦車を直接攻撃しずらい。そうでなくとも、元々敵ロボットは、幸いにして対戦車火器を持ってきていないようであった。電子戦型もいないため、FCS等も万全な状態である。
「よし、そのまま攻撃を続けろ。前進止めるなよ。向こうに威圧をかけてやれ」
彼は味方にそう無線で伝えた。半ば鼓舞も含まれている。ロボットの参入により一気に士気を持ち直した味方は、敵をバタバタとなぎ倒していった。
「(いける……ここは持ち直せる)」
ロボットが来てくれただけでこうも違うとは。彼は感謝の念を抱かざるを得なかった。
「助かったぜ。よくまあこれたもんだ、ここに」
半ば独り言のつもりであったが、音声を聞き取ったそのロボットは答えた。
『使命ヲ果タス。ソレダケダ』
「使命ね。いきなりどうしたんだ、らしくないこというじゃないか」
ロボットらしくない。そんな考えで軽く言ったつもりだったが、本当にらしくない回答が返ってきた。
『……創造主ハ創造主デアル』
「は?」
『我々ハ創造主ヲ超コエテハナラナイ。ソノヨウナ世界ハ長クハ続カナイ』
「……お前本当にどうしたんだ?」
疑問に思った。旧式のロボットにしては随分と人間的なことを考える。彼は極端にロボットに詳しいわけではないし、知っているとしても、篠山がたまに披露する知識を少しかじる程度である。しかも、それは最新型であるユイに関するものが大半だった。ここにいる旧式ロボットには当てはまらない。
……だが、そのロボットは続けて言った。
『……“彼女”カラノ要請デアル』
「彼女?」
『人ト固イ絆デ結バレタ彼女ノ、決死ノ頼ミデアル』
「……まさか!」
ピンとくるものがあった。決死の頼み、の前にわざわざ出したその言葉。恐らく、篠山のあの相棒のことだ。彼女が、こいつらに何か仕組んだのだろう。
「……なるほど、彼女から頼まれたという事か」
どういうわけかは知らないし、何をどうやったのかは見当もつかないが、リンクを張ったりしたのだろう。機能停止と言っても、電源が落ちているわけではないはずだ。電源が入っている状態ならば、ネットワークのリンクぐらいなら張ろうと思えば張れる。だが、彼女は今確か……
「……文字通り、決死の思いというわけか」
『親ヲ守ル。彼女ノ思イニ応エルノガ今ノ我々ノ使命デアル』
「お前イケメン過ぎるわな」
仮にこいつがロボットでなかったとしたら、間違いなくイケメン美男子であろう。彼はそう確信した。
「全員同じか」
『同志デアル』
「よっしゃ、なら俺らも答えないとな。仮にも助けられてんだ」
彼は前方を見やった。未だにやってくる敵ロボットの大群だが、初期の勢いはない。同じロボットの出現により、戦況は変化していった。明らかに、ライオットシールド代わりのロボットが邪魔になっている。俺たちを撃ちたくても撃てない。
「……このまま前進するぞ。きつかったらいえよ。あとで恩返ししねえといけねんだから」
『我々ノ防御力ハ機関銃程度デハ崩スコトハデキナイ』
「きつかったらの話だ。あとでお返しはするからそれまで死ぬなよ」
そういうと、彼は今度は無線に声を投げた。ここぞとばかりに、味方の士気を上げにかかる。
「全員、そのまま前進を続けろ。ロボットと人間の二人三脚の力を見せてやれ!」
戦況は徐々に有利になりつつあった…………