表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第9章 ~終末~
171/181

分散コンピューティング

 ―――タイマーじゃない?


 その事実は俺らの頭を一瞬真っ白にさせた。タイマーか何かだという話だったから、それ前提で行動してきた。だが、実際はタイマーじゃない。発射時間だった。


 とんでもない事態となった。タイマーでないとすれば、5時になった瞬間空から鉄の棒が大量に降り注ぎ、全世界の原子力関連施設を直撃する。旧式の原発なんて、宇宙からの攻撃を想定しているわけがない。タングステン製のロットであろうとも、一番頑丈な格納容器を一瞬にして貫通、若しくは木っ端微塵にする威力を持っているはずだ。


 あと15分で、“世界が死ぬ”。


「……時間がない……!」


 細かいことを考えている暇はなかった。とにかく、やることは一つ。衛星を止めることであった。


「衛星を止めるコードは!? 起動コードがあったんだから逆もあるだろ!」


「やったあとは放置って可能性はありませんか!?」


「万一に備えない“天才”は存在しない! 必ずどこかにあるはずだ! なかったらシステムに強引に割り込んで直接止めるしかない!」


「無茶言いますね、やれっていうんですか!?」


「やらないとここが吹っ飛ぶだけだ!」


 身の回りで装備を整えながらユイにそう言い放った。「冗談でしょ……」と半ば絶望したような口調でそう呟いたユイは、素早い処理でシステムの解析にかかる。


 システムを解析して、衛星を止める鍵となるものが見つかるまでは、少なくともここを死守せねばならない。そろそろ警備の奴らもここの動きに感づくはずだ。今まではメリアの誘導がうまくいってバレていないようだが、その効果が切れるのも時間の問題だ。

 ハリスのクソジジイの行方も気になる。まさか、この前来た時のあの顔面ストレートでさっさとくたばったわけではあるまい。俺達がここに来たことは向こうも察知したはずだ。だが、今まで顔すら見せていない。どこにいる? どこから見張っていやがるんだ?


「メリア、お前が誘導しろ。施設の監視システムを介して敵の位置を教えてくれ。最寄りの奴からぶっ潰す」


『まるでAWACSだな』


「地上ならJ-STARSだろ」


 地上管制ならE-8だろうなぁとか思いながら、ともかくこの場を一端離れようとした。


 ……が、


「……は?」


「……え?」


 ユイが茫然としたような声を発したのを背中で受けた。しかも、力なき声ですらあった。


「どうした?」


「……ありました、コード」


「あった!?」


 あったのか!? だが、それにしては様子がおかしい。


「正確には……コードを入力するところはシステムのすぐ目の前にあったんです。でも……」


「……でも?」


「……そのコード……」



「……システムの、奥深くに記録されてる……」



「奥深く?」


 システムの奥深く。入力画面とは別に、コードそのものを別の場所に保管していたという事か。どうも数字やローマ字の組み合わせとかそんなパスワード的なものではないらしい。もっと別の、ある種の独自の記号染みたもののようである。ローマ字や数字を、そもそも入力するための文字として認識してくれないのだ。


「独自に作ったコードってことか?」


「システムの奥深くに入って取り出さないといけません。でも……」


「できるのか?」


「ムリです」


「……え?」


 すぐさまはっきりとそう言われた。一瞬固まる俺に対し、ユイはさらに続けた。


「システムが複雑すぎる上、コードがどれなのかも探らないといけません。私のスペックだけじゃ解析しきれませんよ。しかもたった15分とか勘弁してください」


「どれだけ深いんだ?」


「簡単に例えると日本海溝の一番下ぐらい」


「最新の深海探査船使わねえといけねえぞそれ」


 しかも、深さだけではなく構造自体も複雑なので、例えればその日本海溝並みの巨大な空間が全部細かい迷路になっているような状態なのだという。当然、ハリスみたいなこのシステムの運用者ならこれを使わずバイパスするか、使うとしても正規ルートを知っているような状態なので、さっさとコードにアクセスすることができるであろう。だが、こっちはそうもいかない。


 一から全部調べているのでは、とてもではないが間に合いそうにない。ましてや、ユイの演算処理スペックを持ってしても、これを全部解析しきるのはとてもではないが不可能だ。


 ……じゃあ、どうすればいいんだ?


「……ユイだけじゃどうにもならないんなら、あとは何をすればいいんだ?」


 ここにはもう高性能なPCもなければスパコンもない。事実上スパコンレベルの頭を持ってるのがこの相棒なのだ。メリアはそもそもボディがない。向こうのシステムの空間を乗っ取って、それをユイと接続して演算処理に回したとしても雀の涙にすらならない。

 どこから持ってくればいい? 処理システムとなるノードをどっから持ってくればいいんだ? 誰から借りてくる? 誰が貸してくれるんだ?


「(……どこにもないんじゃ……)」


 ほとんどユイのみで解析したところで、15分は到底間に合わない。もう詰んだも同然の状況だった。どこをどうつけたところで、“迷路”をクリアすることはできないのだ。


 ……なら、どうしろってんだ? このまま死ぬのを待ってろというのか?


 何か方法はないか? 方法を探せ俺。なんでもいい。解析をせずとも衛星を止める方法でもいい。


 システムの電源を落とす策をメリアが提案した。だが俺はそれを退けた。天才のことだ。これぐらいは想定しているはずだ。だからこそのこの迷路じみたシステム構造なのだ。

 なら、迷路の解決を諦めて、大本のシステムを止めるやり方を採るだろうことは想定しているはず。既に策を打っていると考えるのが妥当だ。電源が切れたら最後、衛星が勝手に撃つだけという可能性は否定できないし、そもそも、今はもうシステムは関与しておらず、よほどのことがない限りは現在は衛星の方で独自に動いている可能性がある。その場合、システムは衛星が正常に動いているかの監視のみをする。


 切りたくても切れない。そんなリスクは負えない。これはほんとに何もなくなった時の最後の賭けでしか使えないうえ、勝利はほとんどない。


 ほかにも、ダメ元でシステムを高速で解析してみることも考えた。だが、今現在それをしてはいるのだが、ゴールが見えない。焦りを募らせるだけだった。


「……何ができる……?」


 何ができるんだ、俺たちは。ここまで来て、何もしないわけにはいくまい。何をすればいい? こうしている間にも敵は来る。何もできないまま、敵の戦闘で消耗して、疲れ果てた状態で宇宙空間からの攻撃を受けるだけで終わるのか? そんな人生の終わり方はしたくない。だが、どうすればいい……?


「……クソッ……」


 いい案が思い浮かばなかった。もうないのかと諦め始めた。


 ……が、


『……ッ! おい、これ!』


 まだチャンスはあった。神は、チャンスを与えたのだと確信した。


「―――ッ! あれは……」


 それを見た瞬間、


「……これしかないか!」


 すぐにユイの基に駆け寄った。


「ユイ。ちょっと離れる」


「離れるってどこに?」


 解析に夢中のユイは気づいていない。だが、説明している暇はない。


「“出迎えに行ってくる”。それまでここは頼んだ。大丈夫、メリアが見張ってる」


「……わかりました」


「ユイ」


「はい?」


 俺はまた、右手で拳を作って、彼女の目の前に差し出した。


「……戻ってくる、そのまま続けてろ。死ぬなよ」


「死んでる暇ありませんよ」


「それでこそお前だ」


 軽くグータッチを交わして、すぐに部屋を飛び出した。メリアに、アイツらの場所まで即行で案内するよう指示を出す。


『UAVの映像を持ってきたんだがな、どうも銀座一丁目駅前までもう来てるぞアイツら。いつの間にここに来たんだ?』


「向こうは向こうで何かを察知したって事だろ、ありがてえことだ。無線は?」


『ECMがかかってる。たぶん残りの電子戦型が残ってたんだ』


「なら直接会いに行くべきだな!」


 俺は道中であった敵をも軽く殴り倒す勢いで突破し、メリアの道案内を聞きながら出口を目指した。最初入ってきた銀座一丁目駅。そこをめがけて一直線に走った。もう15分を切る。急がねば間に合わない。

 階段を駆け上がり、外の明かりが見えてきた。若干ながら明るくなってきていた東京の銀座の街。人通りがほとんどないが、その代わり、遠くから乾いた射撃音と重厚な大砲の発砲音が、反響と共に鳴り響いていた。


「ここを右だな!」


 影から身を乗り出し、右側を見た。


 ……それと同タイミングだった。


「―――ッ!」


 目の前に飛び込んできたのは、メリアが指したものと同じだった。


 敵の一群。ほとんどロボットだ。かき集めたのだろう。だが、それをなぎ倒すさらなる一群もいた。


 ……アイツらだ。


「……和弥め……図ったな」


 和弥たちだった。正確には、和弥と新澤さん、そして、二澤さんの班を含む部隊の一群であった。都市型迷彩を着込んだ彼らは一直線にこっちに突っ込んできた。軽装甲機動車や16式機動戦闘車、それだけではない。10式戦車の姿もあった。後ろからは同じく16式機動戦闘車に軽装甲機動車のコンビ。上をAH-64Dアパッチヘリが通って行ったときには、周りには国防軍の部隊ばかりが揃っていた。


「おっはよーぅ! 待ってたー?」


 そんな呑気なご挨拶をしやがったのは、親友のアイツだった。軽装甲機動車から降りてきたアイツの顔と来たら、今すぐ殴り飛ばしたいぐらいにニヤニヤした顔だった。


「全く、軍隊は部隊で動くもんだって羽鳥さん言ってたじゃねえか。ハハハ」


「だが、なんでここに?」


「NASAから追加で連絡があったのさ。あれタイマーじゃないんだろ?」


「そっちにも来たか」


「5時ジャストに発射となれば部隊がまだ整ってないとかそんなん言ってらんねえわけよ。準備できた奴から順次進発させて進撃しながら部隊間で合流って手筈になった。やればできるじゃねえかってな」


 和弥が早口で経緯を説明している間にも、後ろでは銀座一丁目駅周辺を国防軍の部隊が重厚に覆い始める。装甲車で出入口は塞がれ、しかも、上にはヘリ。その上をさらに今度は、ジェット機の轟音が鳴り響いた。


「……F-2戦闘機!?」


 旧式の機体だが、対地装備ですっ飛んできたらしいF-2がすぐ上を高速で飛んで行った。元々、作戦に合わせて対地攻撃戦力の一つとして待機させていたのだという。

 だが、すっ飛んで行ったのはそれだけではない。遠くではミサイルの飛翔音が鳴り響き、幾つかの場所で着弾した。


「『やまと』が対地支援をしてる。トマホークミサイルだ」


「『やまと』が!」


 東京湾に進出している『やまと』の対地支援攻撃! トマホークで周辺の敵戦力を根こそぎ墓石にかかっているのだ。陸海空の支援が、こうも即行でできるのならなんで最初っからやらなかったのかと上の連中を問い詰めたいが、今はもうそれどころじゃない。


「和弥、例の衛星だが非常にマズい事態になった」


「ってーと、どういうことだ?」


「二澤さん! ちょっと!」


 すぐに近くで指示を出していた二澤さんも呼び寄せた。即行で、俺の言ったことをそのまんま復唱してもらうよう頼む。内容がどれだけヤバいものでも、説明は後にするので絶対に一語一句間違えないように伝えるよう念を押した。


「いいですか? 現在、衛星を止めるためのコードを解析しているが、システムが大規模かつ複雑なモノであり、こちらでの処理システム単体では時間内の解析ができない。そこで―――」



「こちらの処理システムと、スパコンや管理下にあるロボットAI、その他できる限りの演算処理可能なシステムをネットワークでつないでほしい。それで、分散コンピューティングを形成し、それぞれの処理ノードと連携して並列処理を通じて一気に解析をかけます!」


「……だ、そうです」


 途中からなんのこっちゃとなっている二澤さんがとりあえずそういったが、向こうもいきなり言われて何が何やらと言ったところであった。だが、こんなところで時間食ってる場合ではない。


「とにかく! ユイと大量のコンピューターをネットワークでつないでくれればいいんです! 軍艦とか戦車とか、そこら近所のパソコンとかなんでもいいですから! ユイとネットワークでつないで、一緒に解析処理をしてくれないと衛星を止めることができません! 国民にも協力仰いでください! 今はとにかくできる限り大量のコンピューターが必要なんです!」


「……だ、そうなので急いでください」


 まだ呑み込めていないようだが、それでも司令部の方は了承したようだった。俺はすぐにユイに無線をつないだ。


「ユイ、聞こえるか?」


『聞こえますけど何ですか?』


「国防省の中枢ネットワークにすぐに接続しろ。そっちとコンタクトが取れたらすぐに解析データの共有と解析! 大量にネットワーク接続来るから耐えてくれよ!」


『大量!?』


「おいおい、どういうことだよ?」


 和弥がたまらず聞いてきた。簡単に説明する。


「疑似的な超並列マシンだよ」


「超並列マシン?」


 超並列マシン。別名、超並列処理コンピューターとも呼ぶ。クラスターマシンや地球シミュレーターといった大規模なコンピューターが使っている計算手法で、大量のCPUを相互に接続して、一つの処理をそのCPUが同時並列的に効率よく実行することで高速な演算処理を実現させる。要は、大量のコンピューターが一緒に協力して一つの計算をやっちゃおう、というやり方である。

 大量のコンピューターを一つのネットワークに接続させる。それぞれがネットワークで接続されることで、分散コンピューティングが形成される。それぞれのコンピューターが相互に通信しながら、一つの複雑な計算などを処理していくやり方。非常に素早い演算処理が可能である。


 国防省の中枢戦術ネットワークを中心に、各部隊のできる限り使える全てのコンピューターと連接し、さらに、できるなら民間からも参加者を募る。そして、このネットワークに組み込んで解析処理に参加させる。そのデータは全て、ユイに送られるという形であった。


「それだけ、ヤバい状況なのか?」


 二澤さんが軽く青ざめた表情で聞いてきた。即答で肯定した。


「ユイのスペックだけではもう15分じゃ足りません。もうあと10分弱ぐらいですかね。もう今すぐにでも接続しないとマズいです」


「で、でもちょっと待ってくれ!」


 和弥が待ったをかけた。


「でもよ、そのネットワークを解析に組み込んで、そんでスパコンとか、民間のコンピューターとか、とにかく使える奴は全部ネットワークに参加させて解析を進めるにしてもだ。その結果は全部ユイさんに送らないといけないだろ?」


「システムと接続しているのがユイだけだからな。本当はシステムに直接送られれればいいんだが、無理っぽくてな」


「でもよ、膨大なデータなはずだぜ?」




「……ユイさん、耐えられるのか?」




 その不安は確かにあった。あのシステムの規模からして、解析を行う上で処理するデータの量も膨大なものとなる。それらを、解析そのものはネットワークも参加して行うからまだいいが、その解析結果は、逐一、システムと唯一繋がってるユイが一手に引き受けなければならない。いわば、システムとネットワークとの中継を担うことになる。


 ……ユイのスペックが、その膨大なデータのやり取りに耐えられるのか。幾らなんでも、ここまでのデータ通信を爺さんだって想定してはいなかった。


「最悪ユイさんが先にパンクしかねないぞ? ユイさん大丈夫なのか?」


 和弥が不安げな表情で聞いてきた。俺だって不安じゃないわけがない。この手法を採った際、一番最初に考えたのはユイの負担だった。スペックが耐えられるかどうかはわからない。ユイの中枢AIがそのデータ処理に耐えきれず、オーバーヒートして勝手にシャットダウンでもされたら一巻の終わりだ。再起動する前に、タイムオーバーになる。

 ここでは、完全にユイは孤独な戦いを強いられることにすらなっていた。


「……やれるよな?」


「え?」


 和弥がそう呆気にとられると、少しの間を置いて帰ってきた。



『……誰か勝手にシャットダウンしおちてたまるかってんだ』



 相棒の、静かで、かつ気迫のこもった声が聞こえてきた。返答はそれだけ。同時に、新澤さんが、内部に突入する準備ができたことを知らせてきた。

 時間がない。もう10分を切る。





「……信じるしかない」





 俺は、それに賭けるしかなかった。




 それしか、もうまともな方法がないのだ…………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ