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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第9章 ~終末~
170/181

AM04:45

 ―――破壊音。そう呼ぶにふさわしい金属製のドアの甲高い“解錠”音は、内部にいる人間にとっては目覚まし時計の代わりとなったであろう。


 内部は若干暗かった。赤色灯を照らしているが、HMDを付けて少しでも明るくする。電力が余り来ていないのかどうなのかは不明だが、知ったことではない。突進するだけだ。

 中にはそこそこの数の警備がいた。先の突撃があったからか、前回よりは武装をより強化した連中を連れてきたようであった。しかも数が多い。最初からそいつらを連れてきてればまた違っていただろうに、今更になって連れてくるのか。


「おらァどいたどいた!」


 構っている暇はない。とにかく撃てる奴から撃っていった。目の前の道を塞ぐものは全部強引にどかし、殺傷より戦闘能力の損失を最優先。死んだ奴は運が悪い、死ななかった奴は運がいい。それだけである。

 経路はわかっている。しかし、前回の突入時、主に敵さんが余りに暴れまわりすぎたのか、所々天井や壁が崩れている。RPGぶっぱなして天井に外れた結果、危うく俺に破片が直撃しそうになった時もあった。


 それ故か、通れなくなっている道もある。内部構造は頭に叩き込んである。だが、全部把握していたとしても、中はそこそこ複雑になっていた。相当な改造をしたのだろう。

 銃火器も大量に持ち込んでいた。半ば要塞化させている。キャリバーまで持ってきやがったのは半分想定外だった。


「頭狙え! そこしかない!」


 狙撃が得意なユイにそのまま頭を一点直撃させる。左出てフタゴーを構えたまま、右手でホルスターからハンドガンを素早く取り出し、キャリバー持ちの敵の頭部一点に向けて単射。これがまた本当にぴったりと吸い込まれるのである。

 派手に突っ走ったりしていなければもうバンバン当てまくっているのであろう。今はそれは二の次なのだが。


「次どっちだ! 左近かったろ!」


「そっちさっき崩れたっぽいですよ! そっちから敵全然来てないですから!」


「近道が消えてんじゃねえか!」


 実際、崩れていた。どこのバカがやらかしたのかはわからないが、天井から色々と崩れている。地中の岩とかがもう丸見えじゃないか。

 しかし、妙なことにそこの周りからは煙が立ち込めていた。火元が見えないので火災が起きているわけではないらしいが、これは……。


「土埃?」


「みたいですね。これ、つい最近崩壊してます」


「崩れ始めたのか?」


「いえ、崩れ始めたにしてはタイミングが良すぎるし、もっと全体的に一気に崩落してもいいはずです。これは恐らく……」



「……自分で、崩しはじめましたね」



「自分から?」


 バカな、ここは自らの拠点であるはずなのに。だが、ユイは走りながらさらに続けた。


「今掃宙衛星と大事な通信やってる最中、どっかの突撃バカ二人がいきなり突貫かましてきたとなったら、とにかくその通信区画には絶対に入らせないようにしないといけません。道を塞ぐのが一番の手でしょう」


「対戦車兵器はこのためか!」


 天井なりを崩して道を塞いでしまえば、こっちはもう向こうにはいけなくなる。足止めどころではない。戻ろうにも、もう後ろから追手も来ているであろう。完全なる挟み撃ちというわけである。

 だが、一気に道を塞ぐことはできないでいるようであった。余りに突然の奇襲であったためか、準備と実行が遅れている。不幸中の幸いだ。


「全部塞ぎ切られる前に通信施設に行くか、破壊担当の敵を潰さなければもれなく袋のネズミになりますよ」


「冷静に言ってる場合じゃねえよ、とにかく走れ走れ!」


 しかし、そうはいっても向こうは相当数の数を拵えてきたようで、既に行きたい道のほとんどが潰されていた。中には完全にふさぎ切れておらず天井付近にかろうじて行けそうな隙間があるが、そこを強引にもぐっている時間はない。

 そうしてほかの道をたどっているうちに、どんどんと遠回りになってきていた。一体どこを通ればいいんだ。俺たちにも焦りが見え始めていた。


「こうなったら思いっきり遠回りな道を選ぶか? そっちはマークう薄いぞ」


「でもそうなったら解除の時間ほとんど消えますよ?」


「クソッ……」


 HMDにマップを表示させながら、どこに行けばいいか判断に迷う。確実に近づいてはいるはずである。だが、どこを通っても塞がっている。一体どこに行けばいい? ほかに残っている道はどこだ?


「……え?」


 俺たちは唐突に上を向いた。いきなり通路が明るくなったのである。白い白色のLEDライトに、通路は照らされた。


「なんだ、どういうことだ?」


 敵が見えやすくなったのは良いが、いきなりのことで困惑する。

 さらに、敵の攻撃をしのぐため曲がり角の影に隠れていたユイが、ふとそんな声を出した。


「……あの電光掲示板、さっきまで電気通ってましたっけ?」


「ぁあ?」


 ユイが指をさす方向を見ると、そこには通路案内に使っていたのであろう、壁に差し込まれた液晶の電光掲示板があった。今まで通ってきた通路の脇にもあったが、それらは電気が通っていないか、そもそも先ほどまでの戦闘の流れ弾が当たって壊れるかして掲示内容が表示されていなかった。

 ユイが指さしたものに関しては流れ弾を免れたのであろう。しかし、今の今まで電源ついていただろうか? しかも、その表示内容は……


「……矢印?」


「みたいですね。奥の通路を指しています」


 俺たちが行こうとしているのとは別の、奥の通路に行くよう表示する矢印が一本伸びているだけだった。ただの案内板としての表示というわけではなさそうである。それならこの奥の方だけではなく逆方向や、俺達が行こうとしている通路に向けた矢印と、その先にある区画の名前もついていないと意味がない。

 少なくとも、本来ここで作業をしていた敵に向けてのものというわけえはなさそうだった。じゃあ誰に向けてだ? まさか、俺達か?


「戻れとも言わず、俺たちが行こうとしている道に行けとも言わず、残りの選択肢のほうを選ばせようと?」


「誰がやったんです? 罠かもしれませんよ」


「……」


 ユイが罠の可能性に言及した後、また通路から迫ってくる敵と交戦をし始めた。その間に考える。

 本当に罠? でも、あからさまに俺たちに見える位置にある電光掲示板に、こうして矢印を向けて、それでどこかに誘い出す戦法を採ったとして、こんなやり方を採るか? もう少し騙しやすいやり方を採ってもいいはずだ。ユイが即行で罠を警戒するぐらいには、ド直球な罠の仕掛け方だ。


「……」


 ……もう時間がない。このままでは埒が明かないなら、少しでも賭けるときは賭けたほうがいい。


「……ユイ。作戦変更だ。奥に行くぞ」


「え、奥って、矢印の方ですか?」


「そうだ。あれを信じる」


 しかし、ユイは余り乗り気ではなさそうだった。


「でも、罠だったらどうするんです?」


「罠ならあんなあからさますぎるやり方は採らない。もっとバレないように誘導してる。あれは“逆パターン”だ」


 確信があったわけではない。だが、どうせ罠にはめるなら、もっと利口なやり方を採るはずという考えの下、俺はその判断を下した。何れにせよ、このまま向こうの破壊工作に踊らされているぐらいなら、この矢印に賭けてみるしか、他に対応の手段はないのだ。

 渋々ではあるが、ユイも賭けに乗った。手榴弾を一気に二発。敵のいる方向にぶん投げ、爆破と同時に敵が怯んだ隙を狙って、奥の通路に再び全力疾走し始めた。


 矢印を賭けてみたはいいものの、この先に何があるんだ? すると、今度は別の電光掲示板が、右への矢印を示した。指示通りに右へと行く。

 そこはまだ破壊工作がされていない。敵の妨害があるが、ユイが簡単に蹴散らした。


「次はどこだ! 電光掲示板探せ! 矢印あるはずだ!」


「……あ、アレですか!? 左行けって言ってますけど!」


「よっしゃ、じゃあ左だ! 右の警戒は任せろ!」


 俺がユイを追い越して先にT字路の分かれ道の右側を警戒し、軽く牽制弾幕を張った後、ユイが一気に逆の左側へコーナリング。俺を追い越す際に肩に軽くタッチしたのを合図に、俺もユイの後を追った。

 暫く、矢印の指示通りに動く。右へ左へ。時にはちょっと戻ったりと。これまでに破壊工作によって道が塞がれている箇所には一回も行きあたっていない。なのに、目的の場所へはしっかりと近づいている。時間も間に合いそうだった。


「―――次は!?」


 もう矢印を信頼している俺がいた。次の電光掲示板は左を差している。


 ……しかし、その次のT字を左に曲がると、


「……ッ! 塞がってるじゃねえか!」


 例の破壊工作だろう。天井や壁がはがれて通路を塞いでいる。天井付近の隙間もほとんどない。これでは通ることはまず不可能だ。


「おいおい、ここまで来て……」


 まさか、やっぱり罠だったのか? そんな悪い予感をしたが、あたりを見回していたユイが、何かに気づいたように俺に声をかけた。


「祥樹さん、これ、ドアじゃないですか?」


「え?」


 そういって指さしたのは、確かに一枚のドアだった。横スライド式のようで、壁に溶け込むような構造と色彩になっていたためすぐに気付かなかった。さらに探ると、そのすぐ隣には開閉操作やオートロックのめであろう電子錠がある。


「掲示板なんてあります?」


「えっと……」


 掲示板は、最初は矢印しかなかったが、今もう一回見てみると、矢印の左側の上に、少し小さくドアのアイコンが表示されていた。しかも、棒人形がそれを蹴破るモーションまでついている。


 ……要は、そういうことなのだろう。


「……お前の出番らしい」


「暗証番号教えてくれればいいのに」


「ほんとな。まあいい。やっちまえ」


「よっしゃッ!」


 そして、元気よく蹴破った。本日二度目。電子ロックがかかっていようが、こいつの足の前ではただのちょっと厚い鉄の板でしかないのである。

 中は完全に暗かった。非常灯がちょっとついているぐらいで、先がほとんど見えない。元は非常通路だったのかもしれない。すぐにHMDを起動し、暗視モードで先へと向かう。

 曲がりくねったりはしない。ほぼ一直線に、奥へ奥へと進んで行った。そのうち、別の扉に突き当たる。


「ここで道は終わりか」


「これも鍵あけてる暇ありませんから、もう蹴っちゃいますね」


「そんな簡単に言う内容かなぁ……」


 そう言っているうちに、本日三度目のドア蹴り。さっきより小さいためか威勢よく吹っ飛んだそのドアの先は、暗い室内の中で数枚の大きなモニターが一際輝く光景が広がっていた。


 ……そして、その中央のモニターには……


「……GOAL?」


 GOALとデカデカと文字が表示されていると思ったら、周りには花が咲いていた。なんだコレ。白い花が大量にある。


「ここが通信施設か?」


「というか、いつぞやのメリアちゃんがいた場所ですね。奥の」


「だな……」


 見覚えがある場所だった。こここはやはりそういう点でも重要な場所だったのだろう。そして、意味深なGOALの文字。恐らく、誰かがここに連れてきたのは間違いなさそうだが……。


「……ここまで案内してくれたガイドは誰だったんだ?」


 そう呟いたとき、


「……アルストロメリア」


「は?」


 ユイが目を見開いた。そのあとに放った言葉も早口である。


「アルストロメリアです。あの白い花、調べたらアルストロメリアの花でした!」


「アルストロメリアって……」





「…………、あ」





 この時、全てが繋がった気がした。色々と足りなかったピースがようやくはまった音が頭の中で響いた。


 アルストロメリア、白い花、花言葉、ハード……。そうか、そういうことだったのか。


「……冗談だろ?」


 だが信じられなかった。“アイツ”は死んだに近い状態だったはずである。ハードの中身は空っぽ。データが最初からなかったかの如くで、復旧も全然進まない。痕跡すらない。もう絶望的とすら言われていた。そんな状態だったはずだ。

 しかし、こんなことをするのはアイツ以外いない。色々とまだ謎になっている点はある。だが、少なくとも、このガイドをやった本人は特定できた。


「……ハハハ」


 思わず笑ってしまう。軽く「ハハハ」と笑みをこぼせば、隣では嬉しさを感じつつも少し意地悪そうな笑みを浮かべていた。


「……あの、私あの時ものすっごく号泣したんですけど」


「そうだな」


「あれどうしてくれるんですかね? こうなるんだったらわざわざ泣きませんよあの場面で」


「俺だってそうなんだがな」


「これはちょっとあとでお仕置きが必要ですわ」


 そういうユイの声は若干上ずっている。アイツらしい言葉の中には、間違いなく今すぐにでも歓喜の叫び声を上げたいという、そんな気持ちが込められているであろう。今は他の優先事項があるので抑えているが、終わったらたぶん爆発するはずだ。

 ユイがすぐにコンソールを操作し、衛星との通信状況を調べ始めた。USBケーブルを使って自身と目の前のシステムとを接続し、あとは基本的にはユイの独壇場である。人間たる俺の出番はない。


 ……ので、ちょっとイジる。


「……全く、あれだけ心配させた割には、最後の最後で随分なサプライズをくれたもんだな?」


「ほんとですよ。あの後のお通夜ムード返してほしいぐらいです」


 ユイの隣でモニターを背にコンソールに軽く腰を掛けながら、俺は口元をニヤリとさせた。


「違いないな。……んで、何か弁明あるか? あるなら聞くぞ」


 首を少しだけモニターの方に向ける。これをやったということは、恐らく声は聞こえているだろう。答えてくれるかは知らないが、とりあえずそう聞いてみた。




『―――いまこうして生きてるからいいだろ?』




 ……随分と久しぶりに聞いた声だ。無線に直接か。相方とほぼ同じ声のはずだが、口調からして違いが分かるようになった。聞き覚えのある声に、思わず笑みがこぼれた。


「メリア!」


 ユイも咄嗟に叫んだ。顔には満面の笑みが浮かんでいる。耐えられなかったのだろう。


『悪いな姉さん。しばらく音信不通だったわ』


「現世から届かないところに行ったと思ったじゃないの! 無線かけれるならさっさとかけてよ!」


『しょうがないだろう、そっちの周波数にうまく入れなかったんだから』


「周波数割り込みくらいさっさとやんなさいよ! あとでシメるからねアンタ」


『ハァ!? シメるってなんだよ、いいじゃないか、私は無事なんだから』


「いいわけないでしょ! あとで覚えてなさいよ!」


『えぇー……』


 解せない、と言った表情を浮かべる様が目に浮かぶようだ。まあ、こんなこと言ってる本人の顔は完全に笑顔なので、たぶんシメるといっても歓迎を兼ねた奴であろう。物理的ではないと信じたい。うん。たぶん。

 そんな苦笑を浮かべながら、俺も無線に声をかけた。


「随分と手の込んだことしたじゃないか。あの矢印はお前だったか?」


『そういうことだ』


「大方監視カメラとかを使って俺たちの動きを監視してたんだろ? んで、ちょうどこっちにうまい事効率的に迎えるよう、電光掲示板を操って誘導した」


『電光掲示板にまだ電気が通ってたのは運がよかったよ。そっちまでは派手にぶっ壊さなかったようだったからな』


「ああ。んで、あの通路も、元々お前もここに通ってたんだし、存在ぐらいは知っていたはずだな?」


『実際に通ったわけじゃないがな。だが、あそこは元々は何かあったときのための非常通路だ。頑丈に作られているはずだから、そう簡単にぶっ壊れはしないだろうと思っていたが、うまいことあたってな』


「よくやるよ、お前も」


 結局、こいつがガイドだったってことで間違いなかったらしい。


「……ほんでさ」


 俺は、今のうちに気になったことを聞いた。


「なんでお前は無事だったんだ? あの時やられたはずだし、こっちで回収したハードには何もデータが入ってなかったぞ? どういうマジックやったんだ?」


 謎の部分。メリアは本体のハードにデータがなく、空っぽだった。その状態から、なぜここにメリアが存在するのか。コピーでもしたのか、それともデータを移したのか。もう一個予備でもあったのか。メリアは『あー……』と思い出したように話始めた。


『実はだな……あの時、確かに機体は大方やられたが、ハードはまだ生きててな?』


「ああ、知ってる。奇跡的にハードは傷がほとんどなかった」


『だが、私はあの時点でこの機体ではもうダメだと考えた。それで、その機体のデータを“削除して同期を切った”わけだ』


「……ん?」


 ……削除? 同期? どういうことだ?


『実はな、私のデータ、“二つ同期”させてるんだよ』


「……はい?」


 呆気にとられる俺だったが、つまりはこういうことのようである。


 元々、メリア本体にメリア自身のデータの全ては入ってはいたのだが、それはどちらかというと予備的なものだった。実は、全く同じものを、今俺たちがいる“ここのシステム”にも置いていたのである。


 そして、二つは連接させており、メリアが本体を使って得たデータを、同期させた状態を使って即座にこのシステムにも迅速に送れるようにしていたのだ。わざわざこうしたのも、メリア本体が何かしらの理由で破壊などされた際に、データが完全に損失するのを防ぐためにハリスが用意していたのだという。破壊されそうになってからデータを移していたのでは間に合わないという判断からだった。


 その後、彼の想定通りメリアは瀕死の状態になるが、ここでメリアは、システムの方にいるデータとの同期の通信を切ったのだ。それが、あの俺の腕の中で糸が切れた人形のように体の力が抜けてしまった状態である。接続を切ると、ハードが生きている場合は、機密保持のためにデータは全部自動的に削除される。爺さんがデータを掘り起こせなかったのも無理はない。バックアップを含む全てのファイルやシステムから、何もかもを完全に全部消して、初期化同然の状態にしてしまったのである。


 だが、それでもこの施設のシステムの側のデータは残る。しかも、本体のほうが力尽きる直前までデータは同期させていたので、最後の瞬間の記憶をそのまま持っている状態である。ゆえに、ここではデータ上の存在になりながらもなんとか生きながらえているということだった。


 ……つまり、


「……最初っからこっちのほうが“本体みたいなもん”で、別にあっちが死んでも何の問題もなかったって事か?」


『そういうことd』


「それを早く言えええええええええ!!!!???」


『ヒィッ!?』


 なぜあそこまで涙を流さねばならなかったのか。なぜあそこまで胃に穴が開くような目に合わねばならなかったのか。あの空気は完全にお通夜だったのにそれはただただ無駄であったことを知った今、その怒り……と言っていいのかはわからないが、とにかくその矛先はメリアに向いた。

 おのれ我が相棒の妹め、俺はあそこで人目もはばからず思いっきり涙を流しまくったというのに、あれはただの無駄な流水であったということになってしまうではないか。どう責任を取ってくれようか。


『し、仕方ないだろう! 私だって本来これをするつもりはなかったし、あの状態でそれを説明する余裕もないし……』


「そこは一言「別のとこに同期させてるデータがあるから死なないよ」とか言ってくれるだけでいいんだよ! それをするだけでいいんだよ! 言えよ! 言ってくれよそれだけでいいから!」


『……それもそうだったな』


「そうだったなじゃないよ君ィ!?」


 あの涙は一体何だったのだろうか。俺はあの時の行動の意味がなくなってしまったように感じた。そもそもいらなかったのである。そう考えると妙に滑稽に思えてきた。


「(そりゃあ、データの中身も空っぽになるし、余計な通信はしなくていいよなぁ……)」


 今までに取り上げた予想の中で一番近かったのは遠隔操作説だったか。爺さんが調べていたのは、あくまで“遠隔操作中の通信”であって、“データ同期の通信”ではない。同期なら本体の方にもデータがあるのは当たり前だし、常日頃から頻繁に通信しない。少なくとも、遠隔操作で使う通信システムとは違う。爺さんが気づかないのも無理はなかった。データ二つ用意してて同期させてるなんて、簡単に考えつかないだろう。


「俺はまだいいよ? でもこいつの場合そうはいかんぞ?」


『え? そうなのか?』


「帰ったら一発殴るから」


『え、こわ、ちかよらんとこ』


 そんなガチで引くか……。いやまあ、半分ぐらいは自分で種まいてるんだが……。


『ま、まあ、とにかくだ。ここから先はこっちもサポートに入る。施設の中はほとんど見渡せてる。任せてくれ』


「ん。まあ、確かにそこからなら全体を見渡しやすい。敵さんどこ?」


『姉さんが粗方潰してしまったのか、この近くにはいないな。今援軍がこっちに入ってきてるらしい』


「ユイ様々やでぇ」


「もっと褒めてもいいんですよ?」


「却下」


「えぇ……」


 そんなぁ……と言いたげな顔をして、また操作を続けた時だった。


「とりあえずだ、俺もそろそろほかの所見てくるからここの操作よr「え?」……え?」


 ユイが一気に暗い声を出した。その顔を見た時ユイの表情たるや。さっきまでの満面の笑みとは打って変わって完全に青ざめたものである。


「……おいおい、どうした?」


 問いには答えず、暫くコンソールを操作していた。メリアも状況が分かっていないらしい。SDカードを使って俺たちに情報を持ち寄ってきたように、メリア自身も衛星の件は把握していたが、向こうからはこの衛星操作は完全に別系統のようで、システムへの関与ができないようである。

 なので今のところはユイに頼るしかないのだが……そのユイが、再び静かな声で言った。


「……マズい」


「マズいって何が?」


「午前5時って、あれ衛星がロッドを発射するまでのタイマーが作動する時間だって言ってましたよね?」


「ああ、そうだが?」


『なんだ、そのタイマーが作動する時間が短かったとか?』


 メリアも問うが……


「……そのほうがまだよかったかもしれない」


『え?』


「……どういうことだ?」


 ユイは、ゆっくりと、子供に丁寧に説明するように言った。


「……結果から言うと、あれ、タイマーの作動時間じゃありません」




「ロッドを、発射する時間です」




「なッ!? 発射時間!?」


『バカなッ!』


 俺とメリアは目を見開いて驚いた。あれはタイマーの作動時間だと聞いていたが、実際はそんなことではなく、発射時間なのだと。5時になったらロッドを地上に向けて一斉に撃ち放つのだと。そういうことであった。


「だが、発射するためには衛星そのものの姿勢の転換が必要じゃ!」


「それも全部済んでるのかもしれません。姿勢制御に関するデータが全部送信されてるうえ、向こうからは“complete”の文字が返ってきてます。12基ともです」


「もうあとは撃つだけの状態だっていうのか……!?」


 てことはちょっと待て、じゃあ今すぐにでも撃とうと思えば撃てる状況で、思った以上に事態は逼迫しているってことか?


 ……今、何時だっけ?


「おい、今何時だ? 向こうは何の基準で動いてる? 一秒でもズレたらマズいから正確な奴をだな」


『確か、衛星を使った電波時計で動いていたはずだ。そっちが使ってるのと同じやつ』


「てことは俺の持ってる時計と同じか。今は……」


 咄嗟に腕時計を見た。その時間を見た時、


「……え」


 俺は背筋が凍るような感覚を覚えた。


「……ご……」






「午前、“4時45分”……ッ!?」








 もう、タイムリミットまで15分しかない…………

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