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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第9章 ~終末~
169/181

突入

 ―――軍に行こうとしたのはそのあとだ。


 どうもあのVTRの軍人さんが頭から離れなくてな。実際は教師からどうせいくなら防大行けと勧められたんだが、それでも俺は普通の下士官として入隊した。今必要なのは、上より現場だってあの戦争のとき学んだものでな。


 自殺未遂はかろうじてすんでのところで避けられた。今もこうして生きてる。

 窮地から救ったいろんな奴らに感謝してもしきれない。和弥はもちろんだが、何より、妹には後に謝りもした。

 地元の墓に行ったあと、頭を下げた。せっかく助けてくれたのに自分から死のうとしたところだった。これでは助けた意味が何もない。自分の命を削って救ったという部分をすっかり忘れさせてしまうぐらい、俺にはショッキングすぎる出来事であったといえば言い訳に聞こえるが、少なくとも、当時の俺はそうだったのだ。


 ……同時に、俺はあの言葉を思い出した。実は、俺がさっき持ってた紙にも書いてある。



Léspoirレスポワール faitフェ vivreヴィーヴル



 医者志望だったアイツがよく言っていた言葉だ。フランスの諺なんだがな、「命ある限り希望はある」って意味だ。日本で言う「命あっての物種」ってのとほぼ似てるな。

 命あっての人生だって、生きる事を特に重視してた。その紙見てもわかるだろうが、文字がぐちゃぐちゃだ。フランス語で書いたんだうけども、判読が若干難しくなってるぐらいには、文字の形が崩れてる。聞けば、佐世保の海軍病院に搬送後、奇跡的に意識がほんの少しだけ戻った一瞬のうちに書いたらしい。

 長く色々書きたかっただろうが、最後の最後になぜこの言葉をあえて選んだのか。俺を生かしたうえで、なおこの言葉を紙に書いて渡した。しかも、渡した和弥曰く、爺さんは「俺に何かあったときに渡せ」と医師経由で妹から言われたらしい。本当なら自殺しかけてる時に渡せばよかったのだろうが、爺さんには相談を全くしていなかった。渡すタイミングを逃したのだろう。


 もしかしたら、アイツは俺が自殺を考えることを予期していたのかもしれない。感受性が高いやつで、俺の考えを一瞬で読み解くことはざらにあった。兄妹だからっていうのもあるのだろうが、本当に俺の考えていることを察するのに長けていたのは間違いない。

 ダメージを受けた脳を精一杯使って、俺のこの後を予期したのだろう。単純に「さようなら」でも「またね」でも、「生きて」でもなく、わざわざフランス語で、よく自分が口にしていたあの諺を持ってきた。

 回りくどいやり口には理由がある。「命ある限り、希望はある」という言葉を敢えて選んだのは、「死んだら何もなくなるよ」という示唆だったのかもしれない。勝手な想像だが、アイツならやりかねない。俺が死ぬってなったら、妹の考えとしては、爺さん経由でこれを渡して、目を覚まさせるつもりだったのだろう。

 ……まあ、俺が何の相談もしてなかった結果渡らず、代わりに和弥がその代役を務めることとなったけどな。



 だが、妹のおかげで俺は第二の人生を得た。一度死んだような命を、最愛の人に助けられたのは間違いなかった。

 俺にとってこれは贖罪の意味合いもある。助かったかもしれない命を半ば捨てさせてしまった。例えそれが本人にとっては何のことはない善意であっても、形はそうなったのだ。少しでもアイツの分まで生きることで、せめてもの罪滅ぼしをするのは、俺にとっての義務みたいなものだ。仮にそれが自己満足だったとしてもかまわない。半分は俺のためにやってるようなものだ。


 そろそろ、空は若干ながら明るくなってきた。そんな話をしていれば、結局的にほとんど会うことなく出入口付近までやってきた。ほとんど走って歩いてを繰り返してのものだった。昔話もこれで終わり。


「……んで、感想でもある?」


「人生壮絶過ぎませんか」


「真顔で言われてもな」


 口を軽くぼけーっと開けている相棒。周辺への警戒は怠らないが、内容が内容のためすっかりビックらこけたらしい。


「自殺未遂してましたって言われた側の気持ち考えた事あります?」


「お前に関しては全然」


「相方が昔闇抱え過ぎて自殺しようとしてましたって言われたときの私の気持ち考えた事ありますか?」


「たった今考えてみたが立ったまま気絶して終わりかなと」


「すんごいなめ腐った態度本当にありがとうございます」


 肘で軽く脇腹をどついてきた。地味に痛い。


「まあ、そんな過去もあったって話だよ。今は別に違うし」


「そりゃそうでしょうけどね……」


「だからわかるんだよ」


「何がです?」


「……妹失ったとき泣いただろお前」


 一瞬ビクッとなった。人目はばからず泣いてた割には、いざ指摘されるというのはあまり都合が悪いのだろうか。


「最愛の妹だ。まだ死んだって確定したわけじゃねえけどさ、その場では普通に死んだみたいな流れだったしな」


「……」


 後ろからついてくる相棒は少しの間黙っていたが、その後、静かに口を開いていった。


「……こっちだってわかりましたよ」


「ん? 何だがだ?」


「大切な“妹”を失うのって、こんなにつらいってこと」


 さっきまでとは違い一層暗い口調だった。確かに死んだわけではないが、ほとんど失ったも同然の状況ではあった。助かる希望はほとんど残っていない。どうやって助かるのかもわからないからだ。

 ユイは半ば諦めかけていた。無責任に諦めるななんて言える状況じゃないのは俺も理解している。だから何も言えなかった。


「最初、祥樹さんの妹を戦争で亡くしたって聞いたときは、悲しみを論理的にしか理解できませんでした。感情的な面は何もわからず……。でも、アレのおかげでわかりました」


「……」


「……あの時も、こんな感じだったんですか?」


 何と答えたものか。実際どのように感じたのかは俺にはわからない。他人どころかそもそも機械じゃないのだ。俺はただの人だ。ロボットが何をどのように感じたのかを完全に理解などしきれない。

 ……が、予測はできる。


「……まあ、たぶん同じだと思うぞ」


 あんだけ泣いたのは俺も同じだった。病院で目が覚めて妹と対面した時と同じように。俺ほど激しく泣きじゃくったわけではないが、その心境は同一のものだろうことはすぐに予測がついた。

 完全に同じではないにしろ、ほぼ同一だろう。それが機械的かそうでないかはさしたる問題ではない。そいつにとってそれはそういう感情なのである。


「……そりゃ、病室で泣くでしょうね」


「お前以上にがむしゃらに泣いた記憶ならある」


「でしょうね。物心ついたときからずっと一緒だったんですから」


「まあな……」


 今頃アイツどこにいるんだろうか。天国から見てたりするんだろうか。そういえば、妹と言えばこれも言ってなかったか。


「あと知ってるか。お前のモデルって、その妹なんだぜ?」


「へー。……へ?」


「やっぱり知らなかったか」


 まあ、話してなかったからな。目を見開いてこっちをずっと一転に見る光景なシュールで笑えるものがある。


「……モデルなんですか?」


「元々アイツは13で死んだ。その当時の写真をもとに、爺さんが大体成人ぐらいになったらこんな感じだろうなぁってのを想像して作ったそうだ。その結果が今のお前の外見」


「じゃあ私ガワは成長した妹さん状態なんですか?」


「そゆこと」


「うへぇ、知らないうちに闇抱えてるぅー……」


 軽く頭を抱えていた。性格悪い事をするなぁとは確かに思う。一番最初にユイが俺の下に現れた時、爺さんに色々と問い詰めた際にこの件も聞いた記憶がある。爺さんは軽く流していたが、間違いなく確信犯な顔をしていた。その後、再度聞いたらやっぱりモデルは妹だったと知り、今のユイみたいに頭を抱える結果となった。


「爺さん的には何もモデルない状態から外見を考えるのはきつかったらしくてな。そのまんまじゃなくて“成長した姿の想像”だったら別にいいだろって理屈なんだとさ」


「……それ、天国かどこかにいる妹さん聞いたらどうなるんでしょうね」


「さあね、とりあえず一発拳は入るんじゃないかな。顔面あたりに」


 幾ら死人に口なしとはいえ、許可なしでやっているのは間違いないため、たぶん今妹が目の前にいたら爺さんの所に突っ走るなり瞬間移動するなりして殴ってくるだろうと思う。どちらかというと、怒り云々より、羞恥が理由で。


「しかもなんでか知らんが、性格も今のお前みたいな感じだったのは間違いないんだよ。そこまで似ちゃうのかお前ってレベルで」


「そりゃあ兄妹ですし」


「そういうもんかね」


「つまり今の私は半分妹を演じているともいえるわけで、それは即ち私が祥樹さんの親族に入ったりするのも何も問題はないという事であって」


「ごめん、爺さんだけじゃなくお前自身にも一発拳入れると思うわ」


 仮にも自分にほぼそっくりな顔殴るだろうか、という話は別として。


「私そっくりなんですか?」


「少なくとも無駄に元気で無駄にうざいのは同じ」


「あ、妹さんの扱い大体わかってきた……」


「同志かもしれんな」


「コンビ組んで祥樹さんのその認識を打開する策を練り合いたかった」


「平行世界で、どうぞ」


 そんな世界があればいいが……。




 銀座一丁目駅に繋がる地下出入口へときた。

 周辺に敵影複数。さすがに一回襲撃されたので、ここだけは警戒が厚くなっているようであった。とはいえ、数人が周辺をうろついているだけ。戦力がほとんどないことがここでもうかがえた。一体、あの脱走者追撃にどれだけの人を割いてしまったのだろうか……。


「たった数人だ、俺の出番あるか?」


「そこで引っ込んでて大丈夫ですよ。ちょっとシメてきます」


「行ってらっしゃい」


 何とも緊張感ゼロな様子で堂々とビル影から出入口に向かったと思ったら、サイレンサーを装備して近くにいた4、5人の敵にそれぞれ1発ずつ。全て頭部をぶち抜いて射殺した。

 素早い動き。完璧ともいえるスナイプは、彼女の持つ高度なFCSから齎された当然の結果である。


 ユイが得意げな顔をして手招きをした。また誰か集まらないうちにさっさと中に入ってしまおう。そうして俺たちは出入口から地下に突入。内部にいる敵も暗視機能を持つHMDを用いてさっさと倒す。

 相変わらず、向こうは自らの肉眼を頼っている様だった。ここら辺は電気が通っていないのはもはやデフォルトなのかもしれない。電力を少しでも施設に送るためなのだろう。


「鍵、開いてるか?」


「……なわけ」


「デスヨネー」


 例の出入り口前に来たが、案の定開いているわけがなかった。今回は簡単に電子ロックも解除されないだろう。一回解除されて、セキュリティも強化されたはずである。またハッキングしてたら時間がかかりタイムオーバーだ。


「……じゃ、あれしかないわな」


「あれしかないですね」


 ユイは両足をパンパンと軽く叩く。準備はできていた。


「こっから先は何も考えずに突っ走るぞ。もう時間もねんだ」


「どっちかが倒れても……」


「構わず突っ走れ。そうなった場合は、倒れたほうは“囮”だ」


「そうならないように……」


 そういってユイは、拳を差し出して、


「……全力で」


 覚悟完了と言った顔だった。俺もそれに答えた。


「……ああ」


 拳を作って軽く突いて返した。

 大きく深呼吸し、突入準備を整える。弾薬も、装備も、防弾チョッキもよし。


 ……忘れ物なし。


「……よし、モーニングコールだ。やれ」


 合図を出した。刹那、



「ッぉラァ!」



 軽く助走をつけ、雄たけびと共に右足の裏をドアノブあたりに蹴り込んだ。瞬間、ドアノブごと扉をぶち破った。こそこそと小細工するのはもうヤメだ。堂々と真正面から殴り込みこそ迅速な行動を可能とするのだ。


 そして、これはアイサツなのである。




「いけぇ!」




 自分を鼓舞するようにそう叫び、俺とユイな内部に突入した…………

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