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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第9章 ~終末~
167/181

10年前の続き 1


 ―――いつだったか、俺が10年前の戦争で家族を亡くし、しかも、目が覚めたら妹に命を助けられていたという話をしたと思う。その後、実際にその妹の亡骸を見て哀哭したとも。


 ……だが、実はあれはあくまで全体の“前半部分”に過ぎない。まだ話してない“後半部分”がある。この際だ。お前にも話しておこう。暇つぶしにはちょうどいい。




 10月の後半。いつ頃だったかは記憶が曖昧で思い出せないが、その頃には、戦争はもう終結していた。

 終戦が9月8日。もう1ヶ月以上経っていた。俺の知らない間に、戦争が終わったのは別にいいことだ。だが、家族との思い出も終焉を迎えることになるとは、誰が予期しようか。ましてや、当時の俺の体感では、ホテルで起きてからたった数時間ぐらいの出来事でしかないのだ。


 ……世界が一変した。そんな特大過ぎる大変化と同時に、最愛の家族を失った。


 ましてや、特に大切に思っていた世界に一人だけの妹が、自分を犠牲にして俺を助けたという事実は、当時の俺の精神メンタルを思いっきり抉るには十分すぎる効果があった。


 死んだという事実そのものは比較的すんなり受け入れられた。起きてすぐに彼女の遺体を見たのである。目を逸らすことはなかった。

 同時に、俺はその時から、“おかしくなり始めていた”。



 病院の一室。肺の移植には成功したが、幾ら適合していたとはいえ、完全に俺の体に馴染むためには、少しの時間が必要である。その間は、療養期間として経過を観察するべく、暫く入院することとなった。

 だが、この入院期間が余りに孤独過ぎた。爺さんはたびたび見舞いに来てくれるが、それぐらいしかいない。ただただ、誰とも話すことがない時間だけが過ぎた。いつもなら、家族と楽しく話している時間はもう来ない。妹とバカ騒ぎする時間なんてもう体験することはない。

 わかってはいたが、だからこそ、その事実は俺の脳裏に大きな闇を抱えさせた。


「…………」


 終始無言。幸運にもいきていたスマホを使って、ゲームをしたりConnecterみてたり。タイムラインは相変わらず終結した戦争関連。戦後補填やら復興状況やら何やら。対中非難やら制裁やら何やら。色々と話題がネット上には溢れていた。

 だが、頭に何も入らない。そんなことはもう俺にはどうでもよかったのだ。心の中にぽっかり空いた穴を埋めるものは何もいない。この穴は余りに深く、そして大きかった。何をどうすればいいんだ。俺は一体何をしているんだ。そんなことをずっと考える日々だった。誰かにやらされるわけもなく、ただ、意味を見出せずにそれとなくそんなことばかり考える、一体何をしているのか自分でもよくわからない。


 その後、地元青森の大きめの病院に移された。ようやく、向こうでもある程度の受け入れ態勢が整ったということで、新青森駅近くの青い森新都市病院に移された。市内でそこそこ大きい病院で、地元なので今後はここで安静にするのが一番と言われた。俺の背景事情を考慮してか、静かに過ごせるよう専用の個室を用意してくれた。


 幸いにして、友人らが見舞いに来てくれた。俺が経験した事情は向こうにも伝わっていたらしく、家族を失ったことに関しても把握していたようだった。


 皆ここぞとばかりに元気づけてくれた。どれだけ有り難いことであったか。いきなり戦争経験して家族失って、それで精神ズタボロな状態の俺を見舞いに来る勇気を持っている奴はなかなかいない。余りに気まずすぎるのだ。


 ……ゆえに、彼の友人らの悪気はこれっぽっちもないのは間違いない。自分なりに元気づけてやろうとした、それだけに過ぎなかった。



 ……それなのに、向こうの言葉は……




“大丈夫だ、俺たちがついてる”


“元気を出せ。お前なら立ち直れるから”


“お前を信じてる。俺たちは味方だ”


“亡くなった家族も見守ってくれてるさ。お前だけでもしっかり生きるんだ”





 ……正直言って、“非常につらかった”。


 悪気なしで言っているのがそれをさらに加速させた。向こうから出てくる言葉は、励ましの言葉であったのは間違いない。だが、それは当時の俺には“プレッシャー”にしかならなかった。

 さっきも言ったように、俺は妹ごと家族を失って“おかしくなっている”。ただの励ましの言葉が、当時の俺の頭の中では「頑張って生きろ」と、放任的に言い放っているようにしか聞こえなかったのだ。同時に、彼らは「頑張って生きていこう」と趣旨を言っているだけなのに、俺の頭には「生きろ」と命令しているようにすら聞こえ始めてしまっていた。生きよう、という生に関するワードは、全て暗に生きることを強要されているようにすら感じるようになってしまっていた。


 俺は愛想笑いしかできなかった。俺の考えていることをそのまま正直に言うことはできない。かといって、それを真正面から受け取ることもできなかった。中途半端な笑みを浮かべて対応するしかなかった。


「妹さんも見守っている。頑張って生きよう」


 この言葉は特に言われたのだが、一番ダメージがデカかった。俺の中では、もう妹は死んでしまっている。その事実が余りにデカく印象に残りすぎていた。妹のことが出てくると、見守っているとか何とか言われても、「もう死んだよ」としか思えなくなってしまった。


 そうしていくうちに、見舞いをされるのが正直嫌にすらなってきた。毎回この言葉をかけられるのか。もちろん、本人らは悪意を持っているわけではなく、必死に元気づけようとしているに過ぎないのは理解していた。だが、俺の心は、それを「放任主義的なその場しのぎのテンプレ的な言葉」としか受け取ってくれなかった。そして、俺の中ではそれが何より重要視されてしまっていた。


 そんな中、俺は次第に思い始めたわけよ。




「……もう、死のうかな……」




 戦争によって受けた犠牲。そして、度重なる“励ましという名のプレッシャー”。ダブルのコンボを受けた俺の精神は、ただでさえズタボロだったのにいよいよ紙くず同然のモノとなってきていた。こうなればもう再生なんて簡単にできるわけがなく、俺はもう半ば決心し始めていた。





「…………、死のう」





 ……色々言いたいことはあるだろう。妹さんが生かしてくれたのにって目だな? もちろん、今となってはその思いは強くあるわけだが、何度も言うように、その当時の俺は精神的なショックが大きすぎておかしくなっているわけよ。

 全員がそうだとは思わないが、自殺を考える人は基本的には正常な思考がされていない場合がある。普通に考えて、死ぬということは途轍もない恐怖がある。死ぬことによる本能的な恐怖心は遺伝子レベルで刻み込まれている。それでも自殺を選ぶということは、その恐怖心を超える程の“ダメージ”が精神にぶち当たったことに他ならない。


 少なくとも、俺の場合はそうだった。今までは自殺なんて考えもしなかったが、こんなつらい日々を送るくらいならもう楽になったほうがいい。そんな理論が“正常”だと錯覚する程、俺はもうボロボロだったのだ。


 時は12月の前半。ある日の夕方。誕生日を過ぎて、もうそろそろ、退院も秒読みになってきたと言われていた当時、アイツが見舞いにやってきた。今では親友になった、アイツだ。


「見舞いに来たぞー。ほれ、言われてた小説」



 それが、“和弥”だった。



 当時は、まだ中学入って初めて知り合ったということもあって、そこまで深い関係というわけではなかった。友人ではあったが、まだ知り合って日が浅いこともあり、それ以上のものではない。ただ単に、趣味が合うだけの友人でしかなかった。

 前々から、他の友人に混じって見舞いに来ていた。その日は、頼んでいたSF小説を俺の代わりにかってきてもらったのだ。


「人気モノだから書店回るの大変だったわ。んじゃ、これここに置いとくぞ。あと何かほしいやつあるか?」


 何だかんだで世話焼きなところがあり、俺もそれに甘んじることはよくあった。だが、その日は全然その気が起きなかった。


「……? どうした、祥樹。いつになくローテンションじゃんか」


「……、そうだな」


「……マジでローテンションじゃんか」


 若干引いていた記憶がある。相当感情がない状態に見えてしまったのだろう。俺は、上半身を起こしながら、目の前の布団の毛布に隠れてスマホをいじっていた。


「ほら、お前の頼んでたやつだぞ? 例の護衛艦が近未来の異世界に行って外交するっていうやつ。読みたかったんだろ?」


「…………」


「おいおい、どうしちまったんだよ。今日は何時もより元気ないぞ。なんか悪い飯でも食ったか? いやまあ、病院飯の味は微妙だってのは聞いたことあるけどよ……」


 どうにかして元気づけようとしているのはわかっていた。だが、俺はそれを耳に入れず、逆に聞いてしまった。今考えても、何でこれ聞いたんだと思ったがな。


「なあ、和弥」


「あん?」


「……どっちがいいと思う?」


「どっちって、何がだよ」


「楽に死ねる方法」


「…………、は?」


 完全に呆気に取られていた。いつもの調子のいい雰囲気とはがらりと変わった。ついでに、この部屋の空気も完全に変わったように感じた。

 数秒ほど沈黙し、和弥は恐る恐る聞いてきた。


「……楽に死ねるって……何がだ?」


「首吊りがいいか飛び降りがいいか。どっちが楽に死ねるかなってさ」


「……ハハハ、何だよ、いきなり。お前ってそんなジョークいえる奴だったのか? だが、余りブラックなのは感心しな―――」


「ジョークじゃなくて、本気の奴」


「…………、は?」


 俺がいつになく冷静に、というより、何の感情も込めず言ってる点からして疑問に思っていたかもしれないが、淡々と言っている内容がジョークではないと知った時のアイツの顔は、今でも覚えている。青ざめるのと、恐怖するのと、あと、若干の“怒り”か。そこら辺がないまぜになったような表情であろう。


 和弥は慌てて止めに入ったのは、流れからすれば当然の展開だ。


「……ま、待て待て待て待て! 早まるなって! 本当にどうしたんだよ!? いつのもお前らしくないじゃねえか!」


 あの慌て様は後にも先にもないだろう。あそこまで焦燥感あふれた制止は、あのたった1回きりだった。それでも、俺は何とも思わなかった。


「自殺するって言いたいのかお前!?」


「まあ、そうなるんじゃないかな」


「そうなるじゃねえよ! なんでいきなりそんな方向に突っ走るんだ! 焦るなって、お前はまだ生きる理由があるはずだろ!」


「その理由が見つかんないんだよ」


「見つからないなら探してやるよ! 俺でいいなら幾らでも協力する! あー、ほら、あれだ。もっとやりたいこといっぱいあるだろ!? サバゲーとか最近いいモデルガン手に入ったじゃないか!」


「別にどうでもいい」


「そういうなって、まだまだやれることはたくさんあるはずだ! もう死ぬなんて勿体ないだろ!」


「俺に何が残ってるんだよ」


 そんな押し問答が少しの間続いた。俺は何を言われても淡々と。和弥は何か言われたらめっちゃ焦り口調でポジティブに。この対照的な構図は、中々お目にかかることはないだろう。


「そんなすぐに死ぬなんて言うなよ! 大体―――」


 だが、それも終わりを告げた。



「生きろって言ってくれた妹さんが悲しむだろ! お前を生かそうとしてくれたんだぜ!?」



 その時、俺は我慢の限界に来た。




「その妹はもう死んだんだよ!!!」




 ハトが豆鉄砲を喰らったような、とはこのことを言うのだろう。和弥は目を見開き、今までに見せたことがなかった俺の怒声に、完全に固まってしまった。

 向こうが何も言ってこないのをいいことに、俺は不満をここぞとばかりにぶちまけた。


「そりゃ妹は俺を生かした! それは事実だ! だが俺の最愛の妹はもう死んだ! この世にいないんだよ! 家族もいねんだよ! せっかく生かしてくれても大切なものは全部この世から消えたんだよ! 俺は一体何のために生きればいいんだ! 何を目的に生きればいいんだよ!」


「そ、そりゃ将来の夢とか―――」


「夢を追っている余裕なんざねえんだよ! 皆頑張って生きろ生きろと言う! 俺だって生きてえよ! でもこんな何もかも失った世界で生きたって何を支えにすればいいんだよ! どうやって生きろって言うんだよ! 無理なんだよ! 俺にはもう……ッ!!」


 途中から泣いていたのは記憶している。ベットの上で完全に泣き崩れていた。手に持っていたスマホを布団の中で太ももの上に落とし、俺は頭を両手で思いっきり抱えた。


「……もう……何もかも失ったんだよ……」


「……」


「俺は…………もう生きる理由がなくなっちまったんだよ……ッ!!」


 家族は俺にとっての支えだった。何もかも失った。家族を失い、最愛の妹を、“最悪の形で”失い、残ったものは自分の身だけ。そんな状態で、頑張って生きろと“キレイ事”を入れたところで、なにも俺には響かなかった。


 自殺そのものは賛美しない。だが、それに対して正論やキレイ事は、相手に対する精神的な無意味どころか逆効果を与える。


 時たま、「死ぬ勇気があるなら生きろ!」という言葉を自殺志願者に言う人がいる。だがそれは死にたくなるほどの経験をしたことがない人の“キレイ事”でしかない。自殺志願者にとっては、それはむしろ「死なれたら困る」という上から目線の汚い言葉と解釈しかねない。

 本当に自殺する人は、実際にはそれほど勇気も何もない。ただただ、頭の中は真っ白で、「何も感がることができない」状態であることもある。俺は、「考えても、生きる意欲がわかない」というパターンだ。この状態は、本気で死ぬことを考えないと分からない事でもあるので、互いに悪気がなくても悪い状況を作りかねない、結構“たちの悪い”状況であったりするから、問題としてはとても難しい部類に入る。


   この状態になったら無理せず無難に精神科に連れて行ってカウンセリングを受けてもらうほうが吉なのだが、そう簡単にいかないのも事実だ。カウンセリングやってすぐに自殺したくなくなるなら、こんなに苦労することはない。

 実際は、死ぬ勇気より長期間生き続ける勇気の方が途轍もなくハードルが高い。死んでその瞬間、何もかもが無に喫する事より、生きてその意味を問い続けねばならないほうが、よっぽど「苦」である。


 自殺というのは、覚悟や勇気から生じるものではない。無気力的で、無自覚、自覚関係ない絶望感から勝手に発生する。


 俺の場合は、これ以上の生きる意味が見いだせなかったのだ。「これ以上何もかも失った状態で生きて、何をすればいいんだ?」そういった思考から、自殺を選んでいた。

 考えてみてほしい。もう家族を失った人に対して、「死んだ家族がどう思う?」とか言ったところで、その家族はもういないのだ。もちろん、それで立ち直る人は立ち直る。だが、俺みたいに本当に絶望の淵に立ってしまった人に対してそれを言ったところで、「その家族はもういないよ」と返されたらあとは何とも反論できないのだ。実際、もう家族はいない。どう思っているかとか、確認しようがないものに対して、俺はひどく無頓着になってしまった。


 はっきり言って、「そんなことはどうでもいい」のである。


 家族がどう思っているかとか、妹が終わり際に「生きろ」と言ったとか、そんなことは当時の俺にとっては非常にどうでもよいものとなっていた。実際に聞いたわけではない。医師の人が俺を元気づけるために行言った嘘かもしれない。何れにせよ、もう、家族も、妹もいない。俺は、もう失った。何もないのだ。



 ……最初も言ったが、俺はあの戦争による犠牲を受けて“おかしくなっている”。さっき言った理論がおかしいと思えば、それはある意味正常だ。実際は、自殺に関して本当に何も恐怖など何もなく、「さっさと解放されたい」と願ってばかりいたのだ。こんなに難しいことを考えてる余裕すらない。



「……祥樹……」


 唖然とする和弥を前に、俺はようやっと泣き止みながら、静かに、そして威圧を込めて言った。


「……今日はもういい……帰ってくれ」


「で、でも……」


「今日いきなり死ぬわけじゃねえからさ。だから、頼む……」




「一人にしてくれ……」




 さっきまでの怒声のせいか、もう完全に足が引け気味になっていた和弥は、そのまま後ろ髪を引っ張られるように部屋を出て行った。何度もこっちを見ては、何かもう一言いいたそうな顔を向けていたが、それでも、最終的には何も言わず、おずおずと出て行った。


 そして、俺はまた泣いた。友人に何言ってやがんだ俺は。かすかに残っていた良心は、俺に二度目の哀哭をさせた。



 夕日が部屋に差し込む中、俺は一人、孤独に泣いた。妹から貰った肺を使って、また泣いた。布団の中に隠したスマホの画面には、首吊りと投身、それぞれの自殺の方法に関する情報が表示されていた。




 ……その、大体一週間後ぐらいかな。





 俺は、もういいだろうと、屋上から身を投げる決心をした…………

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