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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第9章 ~終末~
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小さな紙

 ―――行くにしても、土台は固めておく必要がある。


 俺はすぐにアイツの下に行った。せめて、アイツにだけは事を伝えておかねばならない。俺とユイだけいなくなったことに関して、アイツまでパニックになられたらマズい。アイツには別の仕事がある。迷惑をかけ過ぎるわけにはいかなかった。


 ……その意図をもって、場所を変えて人影のいない通路に来ていた。


「……それ、俺につたえてよかったのか?」


 第一声がそれである。呆れ半分、「お前らしい」と、半ば納得半分といったような、そんな笑みを浮かべていた。


「言ったろ、土台は固めるって」


「俺に何をさせるつもりで?」


「ちょっとでいい。時間稼いでくれないか。俺らがいないのを適当に理由づけるだけでいい。何も知らないふりしてろ。俺もそれに合わせる」


「おいおい、俺を連れて行かねえのか? 新澤さんもさ」


 口角を釣り上げてそう言った。いつも、何かあったらともにいた仲であるし、それを本人も自称していた。今回も連れていけと、直球で言ってきている。

 ……だが、いつもなら軽口言いながら同意する俺も、今回は首を振った。


「いつもならそうしたが、今回ばかりはそう単純じゃない。今からやるのは明らかな命令違反だ。よくて降格、悪くて懲戒免職だ。お前らまで巻き込んでられるか」


「軽くそれまがいのこと今までしてきた気もするが」


「程度が違うってことだ。それに、お前はまだ部隊内での情報分析という重要な役割が残ってる。新澤さんだって、取りまとめ役としては必要だ。……今までがうまくいきすぎていただけだよ」


「そういうもんか?」


「そういうもんだよ」


 相当行きたそうな顔をしている。無理もない。元々、性格的には突撃隊長が一番似合っている奴なのだ。裏でこそこそと情報収集やら分析やらをしているよりは、前面に出てヒャッハーするほうが似合っているために、本当は今の立場に疑問がないわけではない。

 だが、アイツは情報を取り扱うのが好きであるがゆえに、それを抑えて、敢えて裏方に回っている。曰く、「メインが栄えるのはサブのおかげ」と。まあ、わからなくはない。


 アイツは、それが好きなのだ。今は裏方にいるが、隙さえあればすぐに前面に出張るだろう。今この瞬間が、そうなのだ。


「とにかく、裏工作は頼んだ。……どうも、あの場所には縁がありそうだしな」


「縁なら俺だってなぁ……」


「さっき言った事忘れたとは言わせねえぞ」


「わかったわかった。……しゃーない、今回は本当に裏方に回るよ」


「新澤さんの方は大丈夫だ。もう言ってる」


「ん」


 和弥も諦めたようだ。手をひらひらさせ、同意の意思を示した。

 ……有り難いことではあるが、内心複雑なものがあった。思わず目を細める。


「……悪いな。お前には、わがまま聞いてもらってばっかだ」


「何を今更。いつものことだろ」


「だからだよ。“10年前に病院で起きた後”から、ずっとお前に頼りっきりだ」


「おいおい、そういう水臭い話はよそうぜ。ただの余計なお節介じゃないか」


「そのお節介がなかったら、俺は今頃“この世にいなかった”ぞ?」


「最初のだけで済ますつもりだったがな。まったく、早とちりな時代もあったもんだな、お前にも」


「ほんとな。……まあ、いつものわがままだ。そういうことだよ」


「へいへい。じゃ、そういうことにしとくよ」


 そう言って、和弥はこの場を離れた。右手を軽く上げて、「あとは任せとけ」とまた手をひらひらさせていた。


「あ、そうだ」


「ん?」


 すぐに、何か思い出したようにそう言って、また戻ってきた。ポケットから、一つの小さなポチ袋を取り出し、俺に手渡した。


「……なんだこれ?」


「海部田博士が、何かあったらお前に渡せってさ。さっき言われたんだよ。どうせ、この後よからぬこと考えてるだろうからって。今がまさにその時だ」


「バレてたのかよ……」


「仮にもお前の爺さんだ。抜け駆けはできないってこったな」


「参ったな……」


 爺さんにバレてたのか。彼も、ケラウノスの件については既に耳にしていただろうから、この後の大体の展開を見抜いていたんだろうな。しまった、爺さんにバレてるとあれば後からなんて言われるか……。


「……だが、これ中身は何だ? 1か月ぐらい早いお年玉でも入ってるのか?」


 それには和弥は答えなかった。代わりに、またその場を離れるべく振り返りつつ、


「……自分で見たほうがいいと思うぞ。俺が取り扱うわけにはいかん代物だ。あと、“一人で”見ろよ」


「んー……?」


 俺の疑問が尽きる前に、和弥はその場を後にした。「んじゃ、あとは俺がやっとくから」と……。そんなことを言われても、これ一体何なんだよ……爺さんめ、俺に何をくれやがったんだ。まさか本当にお年玉とかじゃないだろうな? この年になって。


 俺は中身を空ける。中には小さな四角い紙が入っているだけだった。まあ、さすがに本当に日本銀行券もといお札が入っているわけはないか。

 ……なんか書かれてる。そんなに長いわけではないが……


「…………ッ!」


 和弥が、一人で見ろといった理由を、俺はすぐに理解した……



 




「―――んで、アイツの意地っ張りに、ユイちゃんも付き合うってわけね」


 そう言って、彼女は手に持っていたペットボトルの中にあるミネラルウォーターを、一気に1/3くらい飲み込んだ。呆れ半分、諦観半分といったその苦笑いが、新澤さんなりの複雑な心境の表れなのだろう。機械ながらにそう考える。


「意地っ張りな面はありますが、あの人を責めてやらないでください。祥樹さん自身もあまり乗り気じゃないんです」


「わかってるわよ、別に責めてるわけじゃないわ。……でもいいじゃない、私連れて行っても」


「今回の件は、何をどういう風に好意的に解釈しても、命令違反の何物でもないんです。私と彼の二人でやると。他は巻き込むわけにはいかないというのが、こちらの意思です」


「こんな状況で命令もくそもなさそうだけどねぇ」


「軍隊っていう組織は命令に良くも悪くも縛られていますからね」


 束縛し過ぎると、柔軟性も何もなくなるけど。


「和弥さんのほうには祥樹さんが行っています。今頃伝わっているでしょう」


「アイツ、元々突撃マンなところがあるから即行でノッてきそうなもんだけど、今回は止めるんでしょ?」


「止めることになるかと」


「残念がるだろうね~。アイツの大好きな展開だもの。軍に背いて単独で敵地に潜入するって、映画とかじゃよくあるパターンでしょ?」


「現実はあんなに華々しくないですけどね」


「確かに」


 そう言って、また水をぐびっとのどを通す。「ぷはぁ」と一息ついた後、さらにもう一回ため息をついていった。


「……全く、またあの場所に行くことになるなんて、縁があるわね、あの場所に」


「因縁の間違いじゃないですか?」


「言葉の選択上手くなったわねユイちゃん。これも私の教育の賜物かしらね」


「いつの間に教師になったんです?」


「生まれた時から周りが全部先生みたいなもんじゃない」


「うまく返されちゃあさっきの私の返しも栄えませんよ……」


 縁がある、という話からなぜそんな言葉遊びになったんだろう……。彼女は小さく微笑みながら、まるで子供を相手にするような優しい口調で言った。


「まあ、私は今手が離せないのも事実だから、ここを止めることはできないし、たぶんしても意味ないだろうけど……」


「けど」


「ううん。……ユイちゃんも、成長したなってだけ」


「親みたいなこと言い始めましたね」


「似たようなもんでしょ」


「まあ……」


 強ち間違っていないとも言えないのが何とも言えない。特に最初はそうだった。さらに彼女は続けた。


「果敢に育ったなぁってね。幾らそれが役割だとはいえ……」


「果敢に見えますか?」


「人間としてみないと分からないと思うけど、危ないことに進んで身を投じる存在って光って見えるのよ。そして、憧れの的にもなる。なぜなら、自分より強いやつばかりだから」


「私が強いと?」


「物理的にも……、精神的にもね」


 彼女は私の胸当たりをトントンと拳で軽く叩いてそういった。心が強い、と言いたいのだろう。自覚があったわけじゃないけども、いつの間にそんな風に思われていたんだろうか。少なくとも、外からはそう思われているのだろうか。

 ……そんなに、恐怖とかがあるわけではないのに。でも、そこが人間と違うのかもしれない。私の存在理由でもあることに、わざわざ恐怖心を抱いている暇がない。そんな風に、育っても、“教えられても”いない。


 ……でも、人間にはそれも込みで“強く”見えるのだろうか。まだまだ不思議なところだと思う。


「……二人で行ける?」


「行かないと、世界が死にます」


「お決まりの返し方ね。でも、現実がそうか」


「必ず帰ります。土台は任されてほしいと、祥樹さんが」


「承知した。……あまり気は進まないけど、そういうことならしょうがないわね」


「……随分とあっさりオッケーしてくれるんですね。そこそこ抵抗されるかと」


 そういうと、彼女は「フフッ」と、何か別の意味を含んだような小さな笑いを見せた。


「だって、止めても行くんでしょ? ユイちゃん、そういうところ相方にそっくりだからさ」


「……そんなに似てます?」


「ユイちゃんが仮に男だったら絶対兄弟か何かだろって思われるぐらいには似てる」


「来世は男になろうかな」


「どうせならこのまま美人な女の子になりなさいよ」


「今度は人で生まれよっかなー」


「そしたら来世で相方と結婚でもするの?」


「それ以上余計な事を言うと口を縫い合わしますよ」


「機内映画のアナウンスが流れてきそうなセリフね」


 あの映画見たけど、よくあんな派手にやって周りの乗客にバレないなとは思う。あ、CAさん。私某イージス艦が乗っ取られるポリティカルなアクションエンターテインメント映画が見たいんですがありますか。


「まあいいわ。とりあえず、周りは適当にあしらっておく。私らは何も知らないって事でいいのよね?」


「はい。お二人に迷惑はかけないと。何かあったら適当に言い訳しといてください。そっちに合わせます」


「はいはい。……全く、大それたこと始めちゃって。このお返しはちゃんと返させてもらうわよ?」


「2倍にして返すと伝言を受けております」


「よろしい。じゃ、私は予定があるから」


 新澤さんはそう言って、残りの水を全部飲み干して、隣にあったゴミ箱に捨ててこの場を離れた。

 伝言は伝えた。私もこの後“予定”があるのでさっさと準備を……


 ……と思ったら、




「……“予定”、楽しみにしててね」




「……はい?」


 そう聞き返した時には、彼女はもういなかった。通路を曲がる間際に言い残したのだろう。予定って、なんの予定なんだろう……。私が、その答えにたどり着くことはなかった。


 やることはやった。あとは準備しよう。もう時間がない。

 祥樹さんも和弥さんに伝え終わったはず。この通路の先で話を付けていたと思われた。


「祥樹さん、こっちおわr―――」


 ……通路を曲がってすぐに目に飛び込んだのは、


「―――は?」


 右手に握りしめた小さな紙をまっすぐ見つめながら、ただ静かに“泣いていた”。


 何が何なのか全く状況が理解できないものの、少なくとも、この場に誰も人がいなくてよかった。元々人が中々通らない場所を選んだとはいえ、誰かに診られていい風景化と言われれば絶対NOと答える場面だった。空いている左手で、瞼から流れ落ちる涙を抑えるのに必死の様子だった。


 ……これ、私が見てよかったのだろうか。


「……え、これずっとこのまま……?」


 さすがにそんなわけにもいかなかったので、一先ず声をかけた。


「あのー……」


「ん……ああ、ユイか……」


 私に気づくと、何とか強引に涙を引っ込ませたらしい。手に持っていた紙をサッと小さなポチ袋の中にしまい、ポケットにしまいつつ袖で涙を拭いていた。


「すまんすまん、恥ずかしいところを見られてしまったな」


「いや……」


 なんと返したものかわからない。とりあえず、さっきの紙が原因なのはすぐに理解できたものの、それに話をふって大丈夫なのか判断がつかなかった。私の目の前で思いっきり泣く姿を見せたのは、これで二度目。でも、最初の方は原因がはっきりしているし、私だって泣いたほどなので全く疑問も持たなかった。

 でも、今回のは……。


「えっと……何かありました?」


「いや、なんでもない……目にゴミ入っただけだから」


 いや目にゴミ入ってそんな大量に涙でるかーい! そんなツッコミを即行で出したくはなったものの、誤魔化したということは、たぶん現時点では何か知られたくない事情があるのだろう。紙のことも言っていない。

 ……深入りはしないほうがいいかもしれない。私は何も知りません。あと何も見てません。私のアイカメラのログには何も残っていません(ただしデータは消さない)。


「はぁ……随分とデカいゴミだったんですね」


 でも弄ってしまう私の悪い癖。いや、ほんとに今の場合はただただ悪い癖です。


「頑固なのが入っちまったらしくてなぁ、いやぁ、参った参った」


「目でも洗ってきたらどうです?」


「そんな時間あると思う?」


「ハハハ……」


 まあ、そうなるよね、と。結局、そのまま誤魔化されたので、そういうことにした。全てが終わったら一気に聞き出そう。





 ……装備を整え終えると、俺とユイは場所を移して人影のいない物陰に隠れていた。


「弾は持ってきた?」


「マガジン大量」


「手榴弾は?」


「腰に大量に巻いてます」


「ルートは確認したな?」


「OK」


「おやつは?」


「1000円まで。なお持ってない」


「よし、完璧だな」


 ユーモアも万全。装備も万全。あとは、ここを出て出発するのみ。


「でも、いけます? 出入口って警備が何人かいましたよね?」


「大丈夫だ。すぐに出れる」


 少し移動し、隣にあるゆりかもめ有明駅に繋がる連絡通路の階段の前に来る。元々有明駅は中央区封鎖以降使われていないため、中は誰もいない。本来ならむしろ全力稼働で緊急物資などの中継地点になるのだが、テロという性質上、もう鉄道も使ってられないという上の判断だった。

 ゆえに、電源も落ちており、中は真っ暗。連絡通路の階段の前に、警備が数人程いるだけだった。


 ……唯一、警備が手薄なのである。元々駅自体が使われていないので無理もない。


「……時間だ」


 すると、駅周辺で動きがある。

 連絡通路の階段前にいた警備が、一斉に無線を聞き、少ししてその場所を離れた。和弥だ。うまく言ったらしい。


「和弥に頼んで警備の注意を引きつかせてる。警備はすぐに戻ってくる。行くぞ」


 和弥には事前に、適当に騒いで警備を引きつかせておくよう頼んでおいた。大雑把な注文だが、和弥は快諾してくれた。「適当に騒いでおくよ」とは言っていたが、一体何を使って騒いだんだろうか。

 階段に向かって全力疾走しつつ、無線に周波数を合わせて聞いてみた。



『おい! 火災警報器鳴ったがどうした! どこだ!?』


『なあ、どこも火事起きてなくないか?』


『……ぁあ? 警報機がぶっ壊れてただァ?』


『なんでそんな都合よくぶっ壊れんだよ! てかそんなんで警備呼ぶなバカ野郎!』


『D班リーダーよりD-1。単に警報機がぶっ壊れて勝手に鳴っただけらしいからさっさと戻れ。お前らは来なくていいぞ』



 ……本当に雑な騒ぎ方だった。壊れた、という風にされているが、たぶん偽装したんだろうな。どうやって偽装したんだよ。


「……まあ、うまくいったんでいいでしょう」


「だな」


 そのまま改札を飛び越え、階段を上がってホームにつく。ほぼ真っ暗な状態のホームだが、軌条に繋がるホーム側面には、ガラス張りのフルスクリーン型ホームドアが設置されている。

 本来なら、車両入ってきてドアが開くと同時に開くものなので、電力さえあれば手動で開けることだって可能なはずだが、電源が入っていない今は、完全にただのガラスの壁になってしまっている。


「……じゃ、壊して、どうぞ」


「あぁ、そういう……」


 とはいっても、結局はただのガラスなのである。ユイが思いっきり蹴りを入れたら余裕でパリーンッとぶっ壊れた。あとは安全に通れるように周りも細かく壊していって、大人一人分通れるような大きさ広げる。


「あとは、軌条を伝って、市場前か新豊洲あたりまで行けばいい。あっちまで行けばもうほとんど人はいない」


「軌条なんて誰もみませんもんね……」


 そういうことである。しかも、高架にあるので、そんな上の方にまで監視をしているわけがない。そういう手間が増えるので、ゆりかもめの使用を取りやめたようなものなのだ。

 

「高架だからな。下覗いて落ちたりするなよ」


「私のセリフ取らないでください」


「はいはい。……んじゃ」







「時間もない。走るぞ」


「了解」








 孤立無援上等。俺らは軌条の上を北の方角に向けて走った…………

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