形見
―――いきなりこんな難題を突き付けられたとて、はてどうしたものかとなるのが普通である。
事の全ては上層部にも送られた。ユイとメリアが実はロボットでした、という件については最初信じてもらえなかったらしく、説明に苦労したが、何とか強引に納得してもらうことに成功した。思ったよりパニックは起きなかったらしく、むしろ「本当だろうな……?」と無理やり納得してみている状態であったらしい。
CIAの一件は首相官邸にも渡されたようであった。中身が中身である。アメリカに通知するかどうかで紛糾することになるだろう。しなかったらしなかったで、その資金ルートはそのまま残り、何れ誰かが彼に成り代わるだけで事態は一向に解決しない。だが、したら今度は、どこかしらで一般に漏れて「アメリカはテロに加担した」という非難を浴びるリスクを孕む。
……どう判断するか、そこは政府レベルの判断事項だ。あの人に任せるほかあるまい。
その他、多くの情報は司令部にとって有益なものとして受け入れられた。彼女の齎した数多ものデータには、最新の警備状況は武装に関しての情報も、大なり小なり入っていた。これにより、再奪還部隊の編成に若干の変更が加えられることとなった。進撃ルートも更新され、敵の最新の動向に柔軟に対応できるようになったことで、作戦の成功率もあがったのは間違いない。これだけでも、アイツの挙げた功績は大きいといっていいだろう。大戦果である。
……それで、終わればよかったのだ。
「……ケラウノス……、雷霆か……」
司令部も、この事実に大きく頭を悩ませることとなった。
アメリカが、独自の宇宙ゴミ対策として打ち出したSDD計画。複数の衛星を用いて物理的に宇宙ゴミを"掃討"してしまおうというこの計画は、あってはならない形で悪用されようとしていた。タングステン・ロッドなる物理的相当手段を、全世界の原発、原子力関連施設に直撃させようという魂胆なのである。
日本は、3.11の影響もあり反原発運動が高まったこともあり、未だに再稼働している原発は5基ぐらいである。だが、動いていようが止まっていようが、内部には核燃料棒がぎっしり詰まっているのは間違いない。止まっている間も、発熱し続ける燃料棒を冷却するべく水は投入され続けているのであり、冷温機能が損失すれば、稼働していようがしていまいが、その先にあるのはメルトダウンという最悪の未来である。
今回の件は政府にも通達された。しかし、仮に政府がこれを受けて、電力会社を通じて全ての原発を即時停止させ、従業員をできる限り安全な区画に退避させたとしても、結局、直撃するか、若しくは冷温機能を奪われたら意味がないのだ。
原子炉への直撃はもちろんのこと、運よく外れたとしても、冷温設備やそれらを動かす電源設備が破壊されてしまった場合、迅速な代替手段が用意出来なければ、福島第一原発の二の舞が発生する。3.11で一回経験したのに、あれ以上のことをもう一回経験するわけにはいかなかった。
だが、これを止めるにしても問題がある。
まず、これを制御している場所である。これほどの計画をしているということは、例のケラウノスのコードとやらを手に入れ、それを入力し制御を奪っているのであろう。しかし、そのアクセス及びコントロールに使用しているはずの端末がある場所がわからない。
衛星との通信を探知することで、そこから経路を割り出し端末の存在を特定できないか試してみたものの、通信に使用している周波数がそもそもわからない。元より、外部からのハッキングを恐れたNASA及び米政府が、通信に使う周波数などの諸データを公開していない。政府に頼んで、SDD衛星の通信に使用している周波数を教えてもらうか、若しくはそれがダメならそっちから端末の場所が割り出せないか聞いてみることになったが、回答が来るまで時間がかかる。アメリカ政府も、自分たちの下からSDD衛星の制御が離れたことは察知しているはずなため、日を跨ぐということはないはずだが、しかし、作戦内容への対応を考慮して、できれば1時間以内に回答がほしかった。
もう、出撃は明日の明朝5時なのである。これ以上の延期はできないというのが、政府の方針だった。そして、現在時刻は、9日の午前2時。
……もう、時間ぎりぎりなのが正直なところだった。
「場所がどこだかわからない以上、むやみやたらに探索というわけにもいかんだろうな。戦力がない」
そう漏らすのは二澤さんだった。仮眠から覚めて交代した二澤さんら1班と俺ら5班は、特察隊の待機所となる天幕の中で、司令部の判断を待っている状況だった。向こうには、二澤さんが張り詰めている。
「あれだけの性能の衛星です。制御できる人材は限られるとは思いますが……」
「場合によっては、ここじゃなくてアメリカのNASAのほうにいる分子がやってる可能性だってある。正直、そっちのほうが可能性として高いんじゃないかって思うんだが……」
実際、NASAのほうなら通信に必要な設備は大量にあるし、人材も豊富だ。何年も前から、この時のために軍に分子送っておくような奴らである。NASAにも送り込んでいる可能性は十分あるだろう。
だが、そんなわかりやすいところに置くだろうか……このSDD計画、相当厳重に行われたらしいが、身元洗い出しぐらい徹底してやっていそうなものだが……。というか、設備使ってたら余裕でバレそうなものである。
「あと、いつ撃つかもわからん……ハッキングしたときについでにタイマーセットとかしてるのか?」
「いや、事態が流動的で予測が完全に不可能な以上、最初からいつの時間にって感じでタイマーをセットするとは考えにくいかと。どうせやるなら、何かしらの事態が発生したら誰かが手動セットする、と見たほうが」
「とすると、ここで考えられるのは?」
「自分達がやられたとき、と考えるのがデフォでしょうが……ん~……」
和弥が頭を捻らせる。頭をかきながら、いつ撃つのかそれの答えを求めていた。
メリアが残したSDカードには、その肝心な部分が乗っていなかった。SDD衛星のタングステン・ロッドを使って、全世界を空爆する。それ以外の情報はゼロだった。
「場所が特定できない以上、俺たちにはどうしようもありません。司令部はなんて?」
「もし場所が日本なら、すぐに俺たちに行動に移させるらしい。日本だった場合は、十中八九この東京都内のどこかだと既に目星をつけているようでな。本拠地があるのがここなんだから、そこ以外に置くとは思えないと」
「念には念を、は必要ですよ」
「ああ。念のため全国の部隊にも通知した。東京でなかったら各地域の部隊が動く手筈だし、何も問題はない」
全国の部隊とは、国防軍も入ってはいるものの、一部地域では、それ以外にも警察にも応援を頼んでいると聞いていた。中には、大阪みたいに大きな軍の部隊が駐屯していない地域もあったりするが、そういうところは大抵代わりに警察の力が強かったりするのである。
「とりあえず、今のところは上からの情報待ちね……。どうする? 今のうちにまた仮眠でも取っておく?」
「いや、まだ交代には早いし別にいい。そっちは?」
「さっき起きたばかりなのよ。全然眠気が起きなくてね」
「じゃ、暫く暇だな……」
仮眠から覚めたばかりの俺らには、少しだけ時間がある。本来はまだ仮眠の時間。睡眠不足が少しでも長引けば大きな能率の低下を招く。まだあまり寝ていない班もあったため、そういった班は少しでも眠気を取っ払うべく仮眠に入った。
俺らはさっき起きたばかりのため、眠気が全然こなかった。少しの間は、俺らはこの場で休憩である。
「……」
……かといって、何かしらの暇つぶしということもない。もう作戦が近いのであり、正直今更何か話すかというところである。例のSDD衛星の件も気になるが、何しろ制御場所がわからなければどうしようもない。情報が来るまでは大人しくしているのが吉である。
新澤さんは二澤さんと駄弁ってるし、和弥はタブレットでなんか弄っている。それ以外何かするというわけでもない。
……俺も俺で、夜のせいか何もすることはない。
「……ん?」
少し離れたところにいる方を見る。長椅子に座って、両手に大事そうに持っているモノを、ずっと見ていた。
「……何見てんだ?」
相方の隣に座って、その手に持っているモノを見た。一個のSDカード。メリアが持って行ったものだった。そういえば、元々はこいつのものだったのだ。
「……これ」
「アイツのSDカードだろ、どうした?」
「いえ……今となっては、ただの形見だなって」
「あぁ……そういう……」
アイツは未だに起きない。ハードが壊れていないのに、なぜかデータがない。そんな矛盾した状況下の中、爺さんたちが必死に復旧を試みているが、何も起きないのだ。ユイも、その件に関しては知っていた。
死んだかどうかすらわからないのが、ある意味一番つらい……。一体どっちなのか、中途半端な状況の方が、精神的には苦痛を伴うこともある。今が、まさにそうだ。
「アイツにはまだお礼言ってないんだがなぁ……」
「前に言った、通信部隊の救援の件ですか?」
「てっきりお前だと思ってたんだよ、あの時飛び降りたの」
「それ前にも聞きました」
いつだったか。通信部隊のSOSに答えて救援に向かったら、そこにユイ"っぽいやつ"がいた件。
てっきり、俺はユイがそうだったのだと思っていた。だが、あそこにいたのはメリアのほうだったのだ。外見がそっくりなのでそりゃ見間違えるよなとは思うが、矛盾はなくなる。傷もさっさと応急処置されてたし、血の跡もなんかおかしかったし、引きずった跡っぽいのがあったのも頷けた。つまり、あの時点からもう厳密には敵とはちょっと違っていたということにすらなる。
……そういう点においては、俺らは助けられたようなものなので、一言礼を言うのが礼儀というものである。言わねばこっちの気が済まないのだ。
「アイツ、今まで黙ってやがったしなぁ」
「自分から言う必要もないってことなんでしょうね。自分のやり方の通りにしましたから」
「何だかんだで、アイツには助けられてんなぁ……。敵だったはずなんだが」
「昨日の敵は今日の友っていうやつでしょう」
「そういうこったなぁ」
アメリカの海兵隊にはこんな言葉があると聞いた。「我々には、永遠の友もいないし、永遠の敵もいない」と。要はこういうことなのだろうな。
敵がいつまでも敵である保証はないし、その逆もしかりなのだ。アイツはアイツの事情で敵になり、アイツの事情で味方になった。それだけである。
……それでも、俺らが守るには十分な理由だった。
「……なんで、今になってそのデータがないんだかなぁ……」
謎しかなかった。ハードにデータがゼロという不可思議な事実は、俺と相棒の頭を混乱させるには十分すぎた。それも、精神的に苦痛を感じている一因ですらある。
彼女はどこに行った? 疑念が尽きることがない。
「形見って言えば、アイツのヘアクリップは?」
「ありますよ、ほら」
そういって胸ポケットから一つのヘアクリップを出した。ユイの持つものと同じ桜色。だが、形が若干ユイのより整っている点で違いが判る。裏もユイのと違う。
これも、アイツが残した形見みたいなものになってしまった。
「……本当に、死んだのか? アイツ」
「まるで最初からいなかったようですしね……。もしかしたら、私たちが見てたのはただの幻覚だったとか」
「ロボット込みの集団幻覚なんて漫画やアニメでも考えねえよ」
「ですよねー」
そう苦笑気味に言って、再び胸ポケットにしまった。SDカードも、どうもすべてデータを抜き取っていらないと言われたらしく、元の場所に戻した。右耳の裏のSDスロットにしまった。そのまま、SDカードが入ったSDスロットの部分にそっと指をあてた。
「……なくすわけにはいかなくなっちゃったなぁ、ただのSDカードだったのに」
「少し前まで、アイツの一部だった奴だ。なくすなよ。もしアイツが生きてたら返してやらねえといけねえからな」
「元々私のですよ、これ」
「もうアイツので良いだろ。これで大量の情報持ってきたし、その功績を讃えるってことで」
「あとで代えの貰ってこよ……」
そう小さくため息をついた。
再び、何も言うことがなくなり、しばしお互いにぼーっとする。どこを見ているわけでもなく。どこかに焦点を合わせるわけでもなく。大型の天幕の緑色の天井を、じぃ~っと見ていた。
「……暇だな」
「暇ですね」
そう言って、また何も言わなくなる。そんな時間が、少しばかり続いていた。上の方から何も情報が来ない。交代にもまだ時間がある。周りは適当な暇つぶしをしている故で、俺たちで適当に暇をつぶさねばならない。
「……そういやさ」
「はい?」
「今日、天気なんだって?」
「えっと……」
ユイが今日の天気を検索した。気象庁のデータにアクセスすれば一発なので、すぐに返ってくる。
「……あら、珍しい。朝から雪らしいですよ」
「雪か。我が故郷を思い出す」
「青森でしたっけ」
「雪国の寒さに比べれば東京の寒さなど11月のはじめぐらいの寒さ」
「寒いのかどうなのかわからない江戸っ娘はこちらになります」
「お前は数字で判断するもんな」
「肌身で感じたい寒さ。あと暖かさ」
「人間の肌は温かいぞ」
「クリスマスでありがちなリア充たちみたいなことをしろと?」
「リア充なんて言葉使うようになったのかお前……」
世のリア充の皆さん。コイツに狙われたらご愁傷さまです。
「でも、東京で雪ってのもたまにはいいですね。……空から降ってくるのが雪だけだったらなぁ……」
「ロッド落ちてくるフラグを立てるの止めてくれる?」
「はは……」
そんな冗談を交わしていた時だった。
『……二澤! 二澤!! 聞こえるか!?』
唐突に無線が鳴り響いた。半分くらい叫んでいる。新澤さんとの無駄話の横からいきなり無線越しに呼ばれた二澤さんは、思わず変な声を出していた。
「ふぁっぃ!? な、なんすか!? なんすか唐突に!?」
無線機を取って声にこたえる。声からして、向こうにいるのは羽鳥さんだろう。相当お急ぎの状況らしい。
『おい、今そこに誰がいる!?』
「え、今仮眠取らせてるんで1班と5班しかいませんけど……」
『じゃあまずそこにいる奴ら全員に聞こえるようにしろ! ほかの奴らにはお前から口頭で伝えてくれ。いいな?』
「は、はい……」
漏れ聞こえの状態から、今度はちゃんとスピーカーにつなげて全員に聞こえるようにした。各々で暇をつぶしていた面々は、そのスピーカーから流れる羽鳥さんの声に耳を傾けた。
「オッケーです、どうぞ」
『ああ。……いいか、よく聞け。ついさっき、政府が例のSSD衛星の制御地点について、NASAから回答を貰った。通信に使っている周波数を伝って、発信場所の特定に成功したが、NASAの通信施設を“ハッキング”していた!』
「NASAの通信施設を!?」
二澤さんが思わず叫んだ。NASAの、SSD衛星との通信に使う制御端末が、外部からのハッキングを受けており、NASA側の操作を受け付けない状態にあるのだという。
「まさか、NASAの設備経由でSSD衛星を?」
『そういうことらしい。NASA側のほうで、通信設備そのものの電源を落としたそうだが、SSDの動きに変わりがなく、地上からの通信が途絶した際に送られる一方送信が来ないと言っている』
「つまり、まだ制御は敵側が持っていると?」
『ご名答』
冗談だろ……NASAの通信設備を踏み台にしていることがばれた時に備えて、予備を持っていたのか、それとも、ハッキング元の端末から直接通信し始めたのか。だが、何れにせよ一体どうやって止めればいい? その予備がわからない。
「場所は特定できないんですか?」
『いや、幸い場所は特定した。だが、ある意味最悪の部類かもしれない。だからお前らに伝えている』
「どこなんですか、それは?」
間髪入れず問いかける二澤さん。誰もが次の言葉を待った。羽鳥さんの、聞くからに重苦しそうな声は、その余りに重すぎる事実を伝えた。
『……NASAの施設を中継していた通信を部分的にだが解析し、大まかな場所と、計画の実行時に作動するタイマーの作動時間はわかった。場所は……、“彼女”がいた場所だ。例の、今まで偽物と呼んでいた……』
「ッ!?」
偽物と呼んでいた彼女……、って……
「(……マジ……?)」
『そして、タイマーが作動する時間が―――』
『―――午前、5時だ』
羽鳥さんの言う、“ある意味、最悪の部類”という意味が理解できた瞬間だった…………