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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
161/181

宙より

 ―――その後、別働の回収部隊が緊急招集され、俺たちは無事に危険区域を離脱した。

 アパッチ2機の護衛と共に、さらに別働隊の16式2両が来援。先ほどの大量のロボットを用いた敵は、この周辺での自軍戦力の大半を使ってしまったらしく、帰還中にそこまで大それた妨害を受けることはなかった。せいぜい、少数勢力がちょっかい出してくるぐらいで、UAVリンクとアパッチの連携で先制的に潰すことができた。

 広域防災公園に帰還するまで、“死者はゼロ”。けが人が数人でたものの、命に別状はない。データも持ち帰った。万々歳。


 ……で、終わるはずだった。


「……メリア……」


 ユイが遠目に呟いていた。その視線の先、二澤さんの部隊が、彼女の“遺体”を別の場所にもっていっていた。余り人目につかない場所にもっていき、そこで、さらなる調査を行うことになる。望み薄ではあるが、データ復旧も行うと言っていた。爺さんが、急遽出張ってきたらしい。

 あとは爺さんに託して、色々と最善を尽くしてもらうしかなかった。もう、こっちに何かできるわけではない。沈痛な心境の中、俺はユイの背中越しに、彼女を見守るしかなかった。


「……」


 なぜこうなったんだ……。助けることができなかった自分に対する怒りと、やり場のない悲しみが、俺をただただその場に立ち尽くさせていた……。








「……なぁ」


「はい?」


 二澤は、すぐ近くにいた和弥に声をかけた。何もすることがなくなった彼は、軽装甲機動車にもたれながら、ある光景を遠目で見ていた。


「……あの二人か?」


「ええ。見てらんなくて」


 その視線の先にいたのは、篠山と、ユイだった。ユイが、運ばれる自らの妹を遠目で見て、それを、篠山がさらに後ろから遠目で見て……。その二人の背中は、何とも言えない無力感が漂っていた。

 余りに近づきがたく、当然声もかけがたい雰囲気であるがゆえに、斯波はそのまま遠目で様子見していたのだ。


「彼女については本当に残念だった。あそこまで頑張ったのに、最後がアレじゃあな……」


「ええ。ですが、彼女は本当に俺らを助けまいと命を懸けた。最後のアレなんて、弁慶を思い出しましたよ」


「仁王立ちだったな……」


 二人は最後の彼女を思い浮かべていた。自分らに対して背中を見せ、たった一人で奮戦し、敵を一人で元雄さんと留まるその姿。最後の最後に力尽きて倒れるまで、何があってもそこから動かなかった彼女は、まるで、弁慶の仁王立ちの如し。彼女はロボットではあれど、人間的な倫理を持つ者として、敬意を表さずにはいられなかった。


「何があっても絶対のここは通さないって……言いたげだったな……」


「ある意味、ロボットらしいっちゃらしいんですが……いざ本当にやられると、人間って結構チキンだなぁって思えてきますね」


「そんなもんだろう。こういう点は、人間はロボットには敵わん。生まれた時から、そういう使命を持っていたとしてもな」


「ですね……」


 自己犠牲をいとわないそのやり方。篠山は否定してはいたものの、元々ロボットは時にはそういうことを厭わない存在ではあった。彼女はそれを実行した。これでよかったのかどうか……それを正しく理解できる人間は、恐らく中々いないだろう。彼らはそう考えていた。


「彼女はこの後どうなるんだ?」


「徹底的に調べて、できれば復元だそうです。司令部が彼女をどう処遇するか」


「司令部は彼女がロボットだって知っているのか? 確か、特察隊の面々しか知らなかっただろう?」


「それなんですが、さっき羽鳥さんに聞いたところ、もう話すって」


「マジか?」


「今回のメリアさんの件で、彼女が実は人間じゃないんじゃないかって疑惑は、既に上がっています。むしろ、ここまで隠し通せたのが奇跡なぐらいで。そんで、今回の撤退の際、メリアさんは人間とは思えないような状態で“機能停止”となりました。胴体が見えちゃったりとか」


「まあ、アイツらの視界には入っちゃったしな」


 メリアが機能停止となった後、撤退する際、何も知らない一般の部隊にも彼女の本当の姿の一部が晒されてしまった。全てというわけではないが、それによって、彼女を人間だと思い込んでいた一般部隊の方では、彼女の正体についての疑惑が高まっていた。今までは、彼女らは単にユイの双子の姉妹ということで通っていたのだ。名前についても、外国人とのクォーターである事情からそういう形になったと、適当に理由を作っていた。


「今は一部胴体は軍が作ったサイボーグ化技術が関わってるとか、防衛装備庁が作った新型胴体補助装置の試験機の被験者になってもらってるとか、そこら辺の言い訳で時間稼ぎしてますが、とってつけたようなものなので、何れ限界が来ます。そうなる前に、いっそのこともう話してしまおうと」


「全ての部隊に?」


「いや、まずは上層部内で明かすそうです。今のタイミングで全部隊にこのことを話すと、なんだかんだで混乱が起きそうだと」


「だろうな……」


 今まで人間だと思っていた存在が、実は機械だった。これを知ったことによる衝撃は少なくはないであろう。反攻作戦前であったため、士気などに影響が出ることを懸念した司令部は、一先ず司令部内で情報を共有したのち、全てに片が付いた後、公にする方針でいた。

 今のところは、それが最善だろう……彼ら二人もその方針に同意した。何より、今は忙しいのだ。


「それでも、彼女を失ったこと自体は痛い。……データは生きてるんだろうな?」


「わかりません。SDカードは無事渡ったそうで、そっちも解析にかけられるそうですが、彼女自身の方の復元は、やってみないことには」


「そうか……」


 二澤は、いつの間にか寄り添っていた二人を遠目で見ながら、呟くように言った。


「……でも、ある意味すごいよな」


「え?」


「いや、皮肉でも何でもなくな、幾ら相手が相手とはいえ、結局はモノである彼女に、あそこまで涙流せるってのも……」


 ものや機械に対する愛着自体は理解していた。ただ、涙を流すほどだったのか……。純粋に、彼は不思議に思っていた。

 だが、斯波はあの二人、特に篠山なら十分理解できると話す。


「アイツは本気で泣いてました。表面だけではないですよ」


「どうしてわかる?」


 彼は少し間をおいて、


「アイツが感情任せにああやって強く抱きしめて泣くのは、ある時だけです」


「ある時?」


「……自分の大切なものを、“亡くした”時だけですよ」


 斯波は知っていた。彼があそこまで感情的に涙を流すときは限られることを。実際に、それを一度見ていたのだ。“彼女”が死んだとき、篠山が、先ほどと同じような状態になったことを。嘗て、その目で見たことがあったのだ。


「アイツにとって、彼女は敵だった。それが今では、自らが守るべき仲間となった。……大切な存在だったんです。あの涙はその証左ですよ」


「ロボットであろうとも、自らが大切なものと認めたモノならば流せる涙か……正直羨ましい」


「まあ、アイツもいつまでもああなってるわけじゃありません。ユイさん連れてさっさと復活するでしょう。何だかんだで、割り切りは早い方です」


「であることを祈るよ」


 二人はそんな会話を残し、建物へと戻り始めた二人を追っていった。







 ……あれから数日たって、いよいよ反攻の前日の夜となった。

 結局、あれ以来彼女はそのまま動くことはなかった。ユイにSDカードを託して以降、それで自分の役目は終わりとばかりに、何も言わない。動力部が動かなくなった彼女には、急遽外付けの電源が供給されることとなったが、これを取り付けても動かなかった。ユイとほぼ同一の設計であったため、電源供給のための外部接続規格も同じだった。ユイと同じ手順でつければ、本来なら胴体内の動力部が作動せずとも動くはずなのだが、それでも動く気配はない。電源を供給するための配線なども、全てイカれてしまったと見たほうがよさそうだった。


 ……だが、不思議なことが一つあった。


「……ハードが壊れてない?」


 爺さんが、作業の合間を縫って俺にそう伝えてきた。作業疲れからか、手に持っていたペットボトルのミネラルウォーターを一気に飲み干すと、さらに続けて言った。


「ああ。どうも、奇跡的にも被弾は免れたようでな。動力部は付近に弾が当たってたので損傷は大きいが、ハードはそうではない。少なくとも、メインメモリー部は生きていたようじゃ」


「じゃあ、復元できるのか!」


 ハードさえ生きていれば……そうした希望は、爺さんの一言で、若干別の形に変わった。


「いや、それがな……」


「なんだ、できないのか?」


「できないというかなぁ……“できはするんじゃよ”」


「……どういうことだ?」


 できるならなぜやらない? その疑問をよそに、さらに爺さんは続けた。


「ハード部にあるメモリー部への進入と解析には成功した。セキュリティでも張ってるかと思ったが、それらもイカれてしまったようじゃな。だが、“中身がなにもない”んじゃよ」


「何もない?」


 最初はてっきり、被弾による衝撃で、内部データが吹っ飛んだのだと思った。だが、爺さんによれば、ハードそのものに大きな損傷はなく、データ破損があったとしても、生きているデータが何もないというわけではないはずだと、そう言っていた。

 ……しかし、何もないのである。すっからかんの空き部屋状態と言えば理解しやすいか。


「まるで最初から、そこに何もなかったようにな。ハードに侵入できて、解析も実行できたということは、機能そのものは死んでないということになる。データもその分だけ生きていてもおかしくないはずなのじゃが、何もないんじゃ」


「……どういうことだ? どっかにデータを移したとか?」


「とは思うが、だとしても、相当な量じゃ。彼女の通信性能で、果たしてあそこまでの膨大なデータを一気に送信しきることができるかどうか」


「前々から少しずつ送っていたとか」


「仮にそうだったとしても、予測されている通信性能とデータ量から鑑みるに、最低でも半日以上はかかると見たほうが良い。しかも、できる限りの演算リソースを通信に回したとみてもこの時間かかるはずじゃ。まさか、半日以上前からこのことを予測して送っていたとは考えにくいし、基本戦闘などをしながらとなれば、もっとかかる」


「メリアが出て行ったのは深夜帯だ……ムリか……」


 メリアが出て行った時間帯から考えても、まだ半日すら経っていない。メリアが事情を盗み聞きして、そのあと行動に移った段階で万一に備えてデータを移送していたと仮定しても、到底間に合うわけもなく、一部データはハード内に残っているはずだった。ある段階から移送していた、とは少々考えにくい。第一、そんな機能あったっけか?

 

「少々不思議なことが多いんじゃよ。彼女、データがすっきりなくなっている。まるでなかったように。でも、今まで、中にデータがあったかのように動いていた」


「中身空っぽのゾンビが、まるで人間と同じようなふるまいをしているかのような不気味さ……ともいえるか」


「言い得て妙じゃな」


「遠隔操作は? 前にあったろ、人間そっくりのロボットを遠隔操作させて、俺たちをつけてた話」


 中央区包囲が発生する前の、人近似ロボットの件である。その後、俺らが思わず投げ飛ばしちゃった結果、内部が機械だったことで判明したこの事件。今もなお公にはされていない裏事件である。

 表には感情表現など一般的な表現手法はロボット自身がやっていると思わせておいて、実はメインとなる動作のデータは外部から送られ、遠隔操作という形で動かしていたことが爺さんの調べて明らかになっていた。あれを使ったのではないか? ハードだって、一時的なデータの保管場所には必要だろう。

 だが、爺さんが被りを振った。


「それも考えたんじゃがな。その類の通信記録が見つからなかった。通信記録そのものが破損しまくりで見つからなかっただけなんじゃろうが、相当なデータ量を通信していたはずじゃ。それが、これっぽっちも見つからぬ。それに、その仮説を採ったとすれば、あんな大容量なハードを備える必要はない。演算リソースの無駄じゃし、宝の持ち腐れじゃからな。恐らくその線はない」


「そうか……」


 じゃあ、本当に中身が抜け殻な状態で動いていたって事か? おいおい、前に彼が言っていた哲学的ゾンビまんまじゃないか。ふるまいは中身があるように見えるが、実際には中には何もない……。ポケモンでそんな感じのいたろ。ヌケニンって言ったか? 呼吸もせず、体内は空っぽなのに魂宿して生きているって奴。まさにあんな感じだったってことになるじゃないか。


「おいおい、まさかアイツお化けだったとかそういうオチはねえよな?」


「そんなオカルトあるわけなかろう。彼女は正真正銘、ユイの偽物であり、妹じゃ。それは間違いない」


「だが、中身が空っぽだったってのは割と怖いぞ……」


 想像しただけで一体何で動いてたのかがわからなくなってきた。データが入ってもいないのに、勝手に動くロボットがあるか? ルーチンワークばっかりやる旧式なロボットならまだしも、ユイのをパクったとはいえ仮にも最新鋭なロボットだ。空っぽなんてことはないはずなのに……。


「(……一気にホラーになったなぁアイツ……)」


 まぁ、これに関しては爺さんに調べてもらうしかないな……俺がどうこういったって仕方あるまいし……。


「……そういや、そっちはどうなんじゃ。SDカードの解析はそっちに任せていたじゃろ」


 爺さんが話題を変えるようにそう言った。爺さんがメリアのほうを調べている代わりに、SDカードのほうはこっちで徹底的に洗っていたのだ。


「詳しいことはまだ聞いてないが、結構なデータが入っていたらしい。どうも、彼の悪だくみが全部入っているとか」


「案の定、奴のじゃったか。一体裏で何をしておったのやら……」


「彼について何かしらないか? ヒントになるかもしれない」


「そうは言われても、結構前に学会で見た事あるぐらいで、そんなに関係があるわけじゃないんでなぁ……。彼と交流もとうかと思ったら、既に失踪した後じゃった」


「そうか……」


 爺さんですらあまり知らんとなれば、あのデータの中身が全てのカギを握ることになるだろう。彼女が命を変えてでも持ってきたあのデータ……アレの解析だけは、絶対に成功させねばならないし、あそこから出てくるメッセージをすべて読み取らねばならない。


「反攻は明日じゃろ? それまでに解析を終わらせねば、作戦に生かす時間がなくなってしまうんじゃ?」


「それはもちろん。一応、もうすぐ全てのデータ解析が終わる手はずだ。中身が暗号化されていてな。それを解くのに若干時間がかかっているみたいでな。だが、それももう終わりのはずだ。もうすぐ知らせがくるはずだが―――」


 そう言っていると、


「祥樹!」


 噂をすればなんとやら。和弥が走ってきていた。


「おぉ、和弥」


「データが、データの解析が終わったんだけどよ……」


「あぁ、ちょうどその話してたんだよ」


「あ、海部田先生も」


 和弥が爺さんに気づいた。相当急いできたのか、すぐ目の前にいるのに気づかなかったらしい。


「んで、データどうだった? なんか見つかったか?」


「……とんでもねえのが見つかったよ」


「え?」


「呑気に立ち話してる場合じゃないかもしれない。司令部があたふた浮足立ってやがる」


「そんなにッ?」


 司令部が大慌てし始めた。それほどの情報が、あのSDカードに眠っていたのか?

 息を整えた和弥は、さらに続けて、こういった。


「俺らにも、即時招集命令が出た。すぐに作戦を整えなきゃならん」


「明日反攻作戦だろ? それに合わせるのか?」


「そうなるだろうが……そう事は単純じゃない」


「一体、何のデータが見つかったんだ?」


 和弥の顔が曇った。それほどのデータなのか?


 その重い口を開き、言い放った言葉は……。






「……掃宙衛星の、ハッキングによる軍事利用だ……地上を、宇宙から攻撃する腹積もりだぞ……ッ!」






 対地宇宙兵器。SFでしか聞かないであろうと思われた、そんなワードが似合う、そんな言葉だった。





 再反攻を翌日に控えたこの日の夜。





 最後の最後に、とんでもない“爆弾”を持ってこられたようであった………… 

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