二人の囮 4
―――輸送任務を終えたのはたったの5分弱前。
中継ぎの部隊に要救助者を受け渡して、そのあとの輸送担当のヘリまでの移送を任せた。偶然にも、そのヘリは敦見さんらが担当していた。彼と三咲さんが操縦するブラックホークは、所定の若干開けた路上で彼らから要救出者を受け入れた後、さっさと飛び去って行く手筈となっていた。それがなされるまでに、あの二人を回収してタイミングよくさっさととんずらするだけだと、誰もがそう思っていた。
……が、
「……SOS?」
回収地点へと向かっている最中、唐突に受信されたSOS。発信元が、自分の相棒だった時の一瞬心臓が止まった感覚は、正直中々新鮮なものがあった。リアルで心臓止まったのは初めてだった。
そこに添付されてたのは一言。「見つかったんでさっさと来て」。随分と軽く言うじゃねえかチクショウとか思いながらも、俺は即行で、
「先頭! 思いっきり突っ走って! SOSきてっぞSOS!」
別に全部隊の隊長だったりするわけでもないのに、越権なのをほぼ忘れた状態で叫んでいた。だが、幸いなことに、言うと同時に先頭の16式が全速力を出し始めた。狭い道路だったのだが、路肩に放置された車などに当たろうがお構いなし。ある程度は突き飛ばしながら突進を開始した。
突っ走ればものの数分でつく。ここに来るまでに粗方の敵は薙ぎ払った。弾薬がもう残りない中なので、ちらほら見えた敵は全部スルーした。本来の回収地点もスルーし、あの二人がいる場所へと突入。無線もうまくつながらなかった中、何度となく叫んだ。
「ユイ! どこだ!?」
何度も叫んで、そして、ある時一瞬だけ、
『おっそいぞコラァ!』
慣れ親しんだ、その声に思わず破顔する。やっと返答しやがったかこの野郎。
「無事か相棒? 遅れたっぽいな」
『こちとらもう絶賛真後ろから撃たれまくりなんですよ! どこに出ればいいですか!? はよ教えてくださいもうハチの巣か何かになる1分くらい前なんです!』
「1分もありゃ充分だ。そのまま西に行け。元のでっかい道路に出て北に突っ走るんだ。その先で出迎えてやる」
『先に敵が出迎えたりしないですよね!?』
「させねえよ。MCVがお待ちかねだ」
とはいえ、その16式が残弾数が3台総数でも10発前後という大ピンチ。主砲弾がなくなったら今度は車載機関銃でも使うしかないが、こちらはどちらかというと自衛用火器である故、弾数もそこまで豊富とは言えない。限界がある。
あまり無用な心配はさせたくないため、敢えて黙ってはいたが、アイツのことだ。言わずともたぶんわかってるだろうな。
『ベルツリー4-5より4-4、もうちょい速度出せねえか? これじゃ遅刻だぞ』
『出したいのはやまやまですけどね、目の前が誰かさんが乗り捨てた車で埋まってるんですよ。蹴り飛ばしちゃっていいですよね、邪魔臭いんで』
『損害の補填なら市ヶ谷なり霞が関なりが出すから問題ない。さっさと突っ走れ』
『了解。じゃ、遠慮なく道空けますよ』
そのあと、戦闘の16式の方から「ガッシャンッ」なり「ドシャッ」なり、鳴っていいのかわからない金属音がどんどんと聞こえてきていた。脇を見ると、明らかにタイヤに踏みつぶされたか蹴とばされた跡ができている車があるが……これ、全部補填するのか。国債また刷らないといけなさそうだ。
「もうすぐ出るぞ。ユイさんたちはどこだ?」
「ユイ! こっちはもう出るぞ! 今どこだ!?」
『あと3分待ってください! それで出てきますので! ポイントFG-486!』
「了解! 和弥、ポイントFG-486をマーク。そこから出るぞ」
「オッケー」
「シノビ0-1よりベルツリー4-5。ポイントFG-486、うちんとこの頭のおかしな女が突っ込んできますんで備えて下さい」
『了解。……頭がおかしい呼ばわりされる相方さんとは一体……』
「聞こえてまっせ」
『おいバカマイク切れバカ』
プツッ、と切れる音。あと数秒早ければという後悔は後の祭りということである。
仮にも車両故、こっちの方が現着が早い。大道路に出たところで、開けた空間に広がるコンクリートの地面と……
「……、え?」
そこそこな数の、“ロボットの大群”だった。
「……おい、情報とちげえぞ」
「冗談だろ? UAVはさっきまで……て、影に隠れてんじゃねえか肝心な時に!」
和弥がタブレットの画面を見ながらそう叫んだ。UAVの映像を直前まで確認していた和弥だが、UAVがビル影に隠れて大道路が見えないタイミングで、俺らとこのロボットの大群は入ってきたようだった。タイミングが悪すぎることこの上ない。しかも、こっちに思いっきり気づきやがった。
「あらー……先に俺らの方が出迎えられちゃったなぁ……」
「その発想はなかった、実現してほしくもなかった」
だが、こられたら対抗するしかない。死にたくはないのだ。
「向こうはすぐに突っ込んでくるはずだ。あの二人が来るまで1分とかからない!」
『ベルツリー4-5より全車。主砲弾はギリギリまで待て。機銃を使って応戦。単横陣展開、微速走行』
3台の16式が横一列に等間隔で並び、微速で前進しながら機関銃を乱射し始めた。さらに、俺らも車内から降車し、フタゴーを構えて銃撃を加える。パッケージ受け継ぎの際に弾薬を若干ながら融通してもらった甲斐あって、余裕をもって連射はできるようになっていた。不幸中の幸いにして、敵の火器はライフルオンリーであったため、射程面や精度面での優勢はこちらが取ることができたが、如何せん、数が余りにも多いのである。
2台ほどが1発だけ主砲弾を放ったが、それ以降は全然放たない。MP削って放つ回数制限付きの必殺技扱いになってきているが、奴らが来るまでの辛抱だ。
「そろそろ……」
と、その時だった。
「―――きたぞ! あそこだ!」
二澤さんが叫んだ。前方、16式、ロボットの大群の先には、二人の影があった。
見た目そっくりの……あの二人だ。
「きやがったぜ!」
同時に、無線も声を発した。
『ちょっとォ!? なんか勝手に出迎えられてませんかねそっち!?』
「なんか出迎える相手を間違えてるらしくてなぁ、どうすっか?」
『どうすっかじゃないですよォ! こっちもう後戻りできませんよ!? 後ろもう客来てんですから!』
「前後挟まれちゃあもうやるしかねえ。待ってろ、今道を開ける」
すぐに16式に前進を依頼した。16式は陣形そのままに速度を若干増加。機銃と主砲弾を交互に放ちながら、ロボットの大群との距離を詰めていく。当然、俺らもそのすぐ後方から後を追った。
「このままだ、このまま道を作っちまえ」
和弥がそう呟いた。
……その直後のことだった。
「―――おい、アイツら何やってんだ?」
「え?」
誰かが呟いたその一言に反応し、前方を見た。ロボットの一部が全速力で走り始めている。全部ではないが、一部、がむしゃらに突っ込み始めた。その先にあるのは、16式機動戦闘車3両。
「まさか……アイツら!」
一つの可能性を導き出し、すぐさまその突撃してくるロボットを迎撃する。しかし、弾薬数も限られる中、簡単に倒れるほど柔くはないロボットを前部迎撃することは不可能だった。一部、迎撃網をかいくぐったロボット数体が、16式のすぐ真横か、若しくは真下にくぐり込んだ。
すると、
「―――ッ!?」
それぞれが、いきなり爆発した。何かに被弾したわけではない。自ら、爆発したのだ。
「自爆!? まさか―――」
16式の方に視線を向けた。3両の16式は、全て“行動不能”に陥っていた。
ある車両は片側の車輪2輪分をはぎ取るように外れ、それ以上の装甲が不可能に。ある車両は底部で爆発したせいで、外見はそうではないが、内部がズタズタになりかけているらしく、車内から乗員が脱出してきた。すぐさま二澤さんの部隊が救助し、軽装甲機動車の中へと誘導する。
そして、残りの一両に至っては、主砲の砲身に抱き着いて自爆されたがために、主砲がほぼ根っこから折れてしまった。幸いにして、主砲弾はもう使い切っていたらしいのでそこまで大した損害というわけではなかったが、至近での爆発はほぼ近くに備えていた車載機関銃にも不具合を生じさせ、実質使えなくなった。
頼りの16式は、敵の自爆攻撃によって一瞬にしてただの鉄の箱となってしまったのである。
「車輪とれただけの奴ってまだ撃てるか!?」
「撃てるがあと3発しかないらしい! とてもじゃないが数が足りない!」
「もうあの車両は使えないから撃ちきっていいと伝えろ! 何としてもこのロボットの大群の壁を壊すぞ! 一部でも穴が開きさえすればそれでいい!」
もう別の手段を待っている時間はない。二人はもうこっちに突っ走り始めている。フタゴーを撃ってこないのは、こっちに対する誤射を恐れてのものだ。こっちが的確に道を作らねば、向こうは何もできずに鉄くずと化す。
『ランド2-7より各隊、使える弾薬を全部使っていい。とにかく道を開けろ。彼女らの救助が最優先だ。急げ!』
ベルツリー部隊が行動不能となった今、すぐにランド2-7が代役を務めた。爆発する可能性を考慮して、16式からはある程度離れての射撃となったが、単横陣だったのが逆に仇となり、離れるとロボットの大群を射撃する上での死角が増えてしまった。もう少し前後で差を付けさせておくべきだった。そう考えても遅いのは承知の上。
「……アイツら遅いな、もっと早く走れないのか?」
ユイ達が遅いように思えたが、新澤さんはすぐに気付いた。
「……メリアちゃんの方、右肩やられてるみたいね」
「えッ?」
事実その通りらしかった。右肩をしきりに抑えている。また、動きも遅い。足も調子が悪い模様だった。ユイは彼女をかばいながら銃撃をしつつ、敵の銃撃をかいくぐるという離れ業同然の戦闘をしているため、どうしても遅くなっているらしかった。
「今すぐにとびかかりたいんだけどねぇ……」
「無茶って奴ですよ。このロボットの壁は超えられません」
「今だけタケコプターくれない?」
「22世紀のネコ型ロボットにでも頼んでください」
「ええぃ、畜生め」
悔しさをにじませながらフタゴーを撃ちまくる新澤さん。気持ちはわからんでもない。でも、この壁はどうしようもない。鉄のカーテンの陸上版である。ユイとメリアの姿がたまに見えなくなる。ていうか、今見えない。
「(クソッ、これじゃ道空けるのに時間かかるし、しかも向こうが持つかもわからんし……)」
迷った。これはどう打開すべきか。撃っても撃っても次から次へと出てくるので埒が明かない。頼みの台火力16式はもう使えない。3発も使い切った。他に火力はない。
……何もないのか。
「(何も……)」
フタゴーだけで何ができるっていうんだ。そう考えあぐねていた時だった。
『―――冗談でしょ!?』
「ッ?」
無線が突然叫んだ。ユイの声だ。この声質、たぶんキレてるほうの声だ。さらに彼女は続けた。
『間違いなく死ぬよ!? 今度こそ生きて帰れないよ!?』
『このまま足手まとい引っ張って二人仲良く死ぬか? なら、可能性あるほうだけでも行け』
『誰も足手まといなんて言ってないよ! お願いだから一緒にいこッ? ―――』
『自分が盾になるとかもう言わないでさぁ!』
「……、盾?」
分かれる前にも似たようなことを言っていたような記憶があるが、ここで言う盾とは、それとは意味合いが違ってくるだろう。あの状況、メリアの損害状況に、それによってユイが担っている行動。それらを総合するに……、答えは一つだ。
「……自分を見捨てていけってことかッ?」
荷物は軽くなる。ユイはまだ身体損傷はほとんどない。一瞬だけでも道を開ければ、そこを突き抜けてくる。ユイの能力をもってすれば、生存の確率は格段に上がる。だが、代わりに、メリアを置いていかなければできない。メリアを抱えていては、せっかく作った道を渡り切る前に、維持ができず崩壊する。
……妹、置いて行けってか?
「……冗談はよせ。二人で帰るんじゃなかったのか?」
思わずそう呟いた声を、無線は拾ったらしい。向こうが反応した。
『……重い荷物引っ提げて帰る想定はしてないだろ?』
「誰が荷物だって言った? 前に言っただろ? 自己犠牲はむやみやたらに使うなって」
『むやみやたらでなければ使っていいんだろ?』
「最後にして最悪の手段としてって意味で言った。まだ何か方法が―――」
『現実を見てくれよ』
「なッ……」
いきなり冷徹に言われた一言に、俺らは一瞬凍りついた。
『私はもう足が限界だ。最初のうちに無理させすぎた。重量がかさむボディに対し足は元々性能不足だった。それなのに無理させた結果がこれだ。右腕も聞かない。銃のコントロールもままならない。身動き取れず、撃つこともできずで、これほどの荷物が一体どこにあるんだ?』
「だがそれは―――」
『自己犠牲は愚かなことだといった。間違いない。だが、現実を見ずに希望を見出し過ぎるのもまた愚かな行為じゃないのか? お前が一番わかってるはずだ』
「……」
……言い返せなかった。現実をよく見ろ、そうよく自分に言い聞かせていたものを、まさか向こうから再度言われるとは思わなかった。だが、事実だった。
事実として確認されている条件をすべて羅列すると、これほど厄介な“お荷物”はない。重い荷物は背中にしょっていても重いだけだ。必要でない荷物ならなおさら捨てておくに限る。
……捨てられるのか? アイツを?
「(……ここまで来て、捨てろだと……?)」
そんなことがよく平気で言える……。お前は機械だからいいかもしれないが、言われる人間の身になってみてくれ。どれほど辛いのかわかるか?
しかし、“現実”は時間を与えてくれなかった。
「クソッ、後方にいるロボットが迫ってるぞ!」
誰かが叫んだ。ユイ達の後ろにいるロボット群が迫ってきていた。これ以上、メリアを抱えていては距離が詰められるのは目に見えていた。
『……いいか?』
メリアは静かに言った。威圧感はあるが、しかし、優しさもあるような、そんな諭すような声で、ユイに言った。
『戦場で一番大事にしないといけないのは自分の命だ。ロボットだってそれは同じはずだ。私より頭のいいお前なら、それは嫌というほど理解していると信じている。……今はどっちの命が大事だ? 私の命か? お前の命か?』
『……それは……ッ』
『選択しろ。私はもういい。ここまで生きてこれたのがそもそも奇跡みたいなものだ。……もう、お前を巻き込みたくはない』
『……』
『……頼む、“姉さん”。逃げてくれ』
『ッ!』
姉さん。その一言に、ユイもついに観念したらしい。それでも、相当な葛藤があったであろう。無回答の空白の時間がそれを示していた。
『……祥樹さん』
「ああ」
深く深呼吸を入れた彼女は、暗く、呟くように言った。
『……一瞬で構いません。道を開けてください』
「……いいんだな?」
『これ以上待てないのは事実です。……やりましょう』
「……わかった」
二澤さんに目線を送った。彼も無線を聞いていた。苦虫を噛み潰したような顔をしつつも、渋々といった様子で頷いて返した。
「……ランド2-7、ご希望通りにしよう。穴をあけるポイントは所定通りでいいな?」
『構わない。……どうせなら二人連れて帰りたかったが……、仕方ない』
ランド2-7も決断した。火力を一点に集中し、一時的に穴を作る。ポイントはHMDに指定された。そこに、全ての火力を投入する。
「……姉さん」
「え?」
「これ、持っておいて」
「……SDカード? これ、もしかして前に渡した……」
「話は後だ。……絶対に無くすなよ」
「……うん。わかった」
火力投射準備よし。向こうも準備は万端か。
「合図願います」
各隊から準備完了の合図。ランド2-7の無線が響いた。
『レディ……ファイヤ!』
全ての銃火器が一斉に火を噴いた。フタゴーからキャリバーまで。一点集中によってそこの周辺のロボットを一斉に薙ぎ払う。応戦するロボットはお構いなし。
同時に、ユイも意を決したように突っ走ってきた。
「よし、走れ! そのまま突っ込め!」
そう叫びつつ、ユイの後ろを見ると、メリアは一人で南の方向を向いていた。俺たちが見るのと同じ方向。
そこで、
「……やる気かッ?」
左手でフタゴーを持ち、南にいるロボット群すべてに対し、乱射を始めた。残り少ない弾薬でどこまでやれるかはわからないが、それでも、“姉さん”が脱出するまでの時間稼ぎのつもりか。
「マジかよ、無茶しやがる」
「だが、有り難いことには間違いない。不本意ではあるがな」
ユイは突っ込んできた。ロボットの大群の壁に空いた穴に突撃し、周辺のロボットに牽制の弾幕を張りながら、ついにはこっちに合流することができた。
ユイの足さえあれば何のことはない所業ではあった。だが、こんな時に使いたくはなったに違いない。
「よし、じゃあとは―――」
彼女には申し訳ないが、弾もないし脱出を……と、
「……弾、まだありました」
「え?」
……思っていたのに、まだあきらめるつもりがないやつがいた。
「敵の数は……50か。行ける」
「え、行ける?」
「ちょっと行ってきます」
「はいィ!?」
相棒はそのまま16式の上に立った。そこにあった備え付けの車載キャリバーを構えると……
「どけえそこのロボットどもおおおおおおおお!!!!!」
そんなことを叫びながら、キャリバーを乱射し始めた。ロボットは散会しているのであまり効果はないにせよ、しかし、一体ごとに確実につぶしてはいた。
……妹を諦めるつもりなど、毛頭なかったのだ。
「……そうか、最初からそのつもりか」
相棒の言いたいことを理解した。言葉でいっていないにせよ、驚くように後ろを見るメリアに対し、ユイの眼光は、一つのメッセージを突きつけていた。
「……見捨てるにしても、“最後まで足掻いてから”……ってことか」
いいだろう、“付き合うか”。
「全員、手榴弾ぶん投げろ。持ってるやつ全部使え。ロボットの大群のど真ん中狙え!」
「ハッハッハ! 悪あがきは大好きだぜ親友! やってやるか!」
「……あ、ちょうど4発も残ってた。なんでこんなに」
「ぶん投げろォ!」
「オッケエエエイイイイッ!!」
最後の悪あがき。それが功を奏するかしないかは問題じゃない。諦める前に、最後の抵抗はさせてもらおう。でなければ、納得のいく諦めを、俺たちは理解できないのだ。
周りも同調した。元々、できれば見捨てたくないという総意は形成されていたこの部隊内においては、ユイのメッセージに同調しない奴らはいなかったのだ。持てる火力を、目の前の壁を潰すために全て投じた。この後撤退もあることを理解しつつも、それを承知で、全ての弾薬を投げ打って勝負に出たのだ。
「中々倒れねえじゃねえか! 誰だこんなクソタフネスに作ったのは! 桜菱か!?」
「製品は桜菱だよ! 装甲板は大日本鉄鋼製だけどな!」
「後で訴えてやるぜその会社! 無駄に硬くし過ぎだってな!」
実際、今は本当に倒れてもらわないと困るのだ。早くしなければ、彼女は持たない。急がば回れという言葉は、この時の俺らは持ち合わせていなかった。
そのうち、本当に弾が切れ始めた。幾らさっき補充させてもらったとはいえ、自衛のための分を貰ったに過ぎなかった。ユイも、乗っていた16式のキャリバーの弾が切れたのか、隣の砲身が潰れたほうの16式のキャリバーを撃ち始めたが、そっちは元から弾がほとんどなかったらしく、すぐに使い切った。止む無く自身のフタゴーを使い始めるが、元々弾が少ない重火器を使っても満足な銃撃戦は展開できない。
「……限界か」
弾の少なさを見てそう諦め始めた。
……直後だった。
「―――ッ? ローター音?」
バラバラバラ……と響き渡るローターの音。しかも、結構地表に近い。
「……後ろか?」
後ろを振り返った瞬間だった。
左側のビルの隙間から、3、いや、4本ほどの白い白煙の線が伸びてこちらに向かってきた。それらは俺らの頭上を越え、今までお相手していたロボットの大群の方に着弾した。
今のは……対地ミサイルか!
「……てことは」
「来たか!」
ローター音の正体が、ビル影から姿を現した。
AH-64D“アパッチ・ロングボウ”戦闘ヘリ。弾薬補給しにいったのとは違う別働隊。2機ほど、ビル影から姿を見せたアパッチは、自慢の30mm機関砲を唸らせながら、目の前にいたロボットの大群をどんどんと鉄くずへと変えていった。当然、メリアの目の前にいたロボット群にもその照準は向き、次々と薙ぎ払っていく。
「ぃよっしゃあ! 間に合ったァ!」
周りから歓声が上がる。ほとんどが負傷しうまく身動きが取れなくなっている中、ギリギリのタイミングでやってきた救世主に対し、賛辞の声がやむことはない。彼らは、そのままロボットを粉みじんに吹き飛ばした後、そのまま滞空し始めた。警戒監視をしてくれるのだろう。
とにもかくにも、これでロボットの脅威は消え去った。援軍が、間に合ったのだ。
「メリア! 無事か! 助かったぞ!」
これでメリアも連れて帰れる。見捨てずにつれていくことができるのだ。
歓喜が混じった声で、そう無線で伝えた。
…………フラッ
「…………、え?」
彼女が、力尽きたように倒れたのはその次の瞬間だった。
ドサッ、という音がこちらまで聞こえてきた。手に持っていたフタゴーも、保持をすることなく無造作に地面に落とされた。
「……メリア?」
無線で呼びかけても応答がない。ユイも必死になって呼びかけるが、反応しなかった。
……まさか……
「……メリア!」
すぐに飛びだした。ユイと同時に、メリアのもとに一目散に駆け付けた。負傷者対応のためか、メリアの下に行けたのは俺とユイだけだった。
俺はすぐにしゃがむと、彼女を両腕で抱きかかえた。
「おい、大丈夫か!? おい!!」
幸いにして、反応はあった。が、薄い。動きが鈍い。
「……すまん、無理し過ぎた……」
「大丈夫か? まだ意識があるってことは助かるってことだな」
「いや、私は……」
「待ってろ、今すぐに連れてってや―――」
「もういい」
「……は?」
彼女はそう言い放った。力なくではあるが、俺はその言葉に思わず耳を疑った。
「……今、なんて?」
「もういいって言ったんだ。私はもう長くない……」
「何言ってんだバカ、もう敵はやられた。助かったんだ。もう帰られるんだぞ。なのになぜ―――」
「持たないんだよ」
そう言って、彼女は視線を自身の胴体に向けた。
……穴が複数開いている。軽くハチの巣状態だった。一部は導線が外に飛び出してショートを起こしている。ユイより重装甲であるはずの彼女が、ここまで弾痕を開けられた。集中砲火を受けた何よりの証拠だった。正直、ここまでやられてまだ動けるのは、奇跡に近い。動力部やメインAI作動部などが、奇跡的に被弾を免れたということか。
だが、近くに被弾したのは間違いなく、ダメージはでかい。いつまで動けるかは、俺にもわからなかった。
……持たない、というのは、そういうことか。
「ハードが大きくやられた……修復もままならないこの状態では、どうしようもないさ……」
「……」
「……もう、長くない……こんな状態なのに、ここまで抗うバカが、ここに大量にいたとはな……」
「愛すべきバカって言え」
「私はもっと愛されてもいい」
「ハハ……最後まで笑わせに来るか。姉さんらしいや」
姉さんらしく、とはいうが、そう言っていたユイの顔は全然笑っていない。せめて気分を紛らわそうとした結果に過ぎないことは、目に見えていた。
……自分が長くないことを、一番理解しているのはコイツだ。ハードがやられた。ボディがやられたから、データ持ち帰ってそれだけでも修復を……というわけにもいくまい。ハードそのものがやられているのだ。まだ、こうしてメモリーと思考演算、対話処理ができる分の性能が維持できているだけ奇跡なのだ。
……もちろん、これも長くはもつまい。何れ、限界が来る……。
「……姉さん、それ」
「?」
胸ポケットを指さされたユイは、そこにしまっていたものを取り出した。SDカード。ユイが元々使っていたものと同じメーカー、同じ容量のものだ。昨日、メリアが独断で彼のところに向かった際、ユイに借りたモノだろう。
「それに……彼の企みが入っている……」
「このSDカードに?」
ここに記録されているのは、先のデータリンクで伝えきれなかった分の、残りのデータ全てであり、これこそが、彼の真の企みの全てが記録されているのだという。
「彼はもっと先の恐ろしいことを考えている……そのデータをもとに……、彼を…………とめ……」
動きが鈍くなった。動力が動かなくなったのだ。電気という血液が流れなければ、ロボットはすぐに人型の鉄箱と化す。
「メリア!」
ユイが思わず名前を呼んだ。何を思ったか、メリアは優しく微笑んで返していた。
「……羨ましいよ。姉さんは、仲間に恵まれた。………私も……もっと、恵まれたところに……」
「メリア……」
「しかし……後悔はない……。最後の最後に、やれることをやった…………」
本当に悔いはなさそうだった。さらに、「そうか、これが……本来のロボットの受け持つべきだった使命か……」と呟いて、天を仰いでいた。
「……すまないな、お前らには、迷惑をかけた」
「迷惑って……お前はただ、自分の親の指示に従っただけに過ぎないだろ?」
「私は、そんな親の……指示にすら従わなくなった…………欠陥品同然だな……」
自分で欠陥品とかいうな……俺は必死に首を振って否定したが、声が中々うまく出せなかった。もう、口を開こうとしたら、ついでに涙腺も開きそうだったのだ。
「……ありがとう。こんな私に、救いの手を差し伸べてくれて……」
「礼は帰ってから言ってくれ……」
「ハハ……帰れ………た……ら…………な……」
いよいよ声すら出てこなくなってきた。腕もうまく動かない。瞼も閉じかけてきた。
「メリア……ッ!」
すると、彼女は開いていた右腕を動かし、手で拳を作った。そのまま、ユイに向ける。
「……ん、これ、あいさつだったろ?」
あぁ、そういうこと……ユイはすぐに真意を察し、すぐに右手で拳を作って、こつんと合わせた。数秒そのままにして、やっと話したときには、ユイはもう泣く一歩手前だった。
そして……俺にもきた。
「……」
彼女は笑っていた。自分のやったことを、本当に後悔してはいないらしい。その清々しさ、それこそ、俺も羨ましく思う。俺だって、そういうところを、お前から学びたかった。
「……」
笑顔で振られたのに、笑顔で返さないわけにはいかない。少しでも俺は口角を上げて、少しでも笑っているように見せて、左手の拳でグータッチを交わした。
……それで、安心したのだろう。当たって5秒ぐらいした後、
彼女の腕は、糸が切れたように力なく地面に落ちた。
「……」
何も動かなくなった。瞼も閉じてしまい、声も出さない。何か動いている音も聞こえない。
……実感がない人間は、不可解な行動に出ることがある。
「……おい、どうした? おい」
俺は彼女をゆさゆさと揺らしはじめた。わかっている。こんなことしたって無駄だと。無駄だと分かってはいる。
……理性は、そう最初から判断していた。なのに、
「おい、起きろよ。どうしたんだよ。なぁ、起きろって」
感情が、それを理解し、納得するとは限らない。
何度か、無駄な抵抗をとばかりに揺らし、呼びかけた。答えるわけもない。もう、動かないのに。動くはずもないのに。
……感情が、現実を理解するのに、どれくらいかかったか。
体感では結構な時間がかかったと思っていた。目の前では、ユイが大粒の涙を流して泣いていた。すすり泣くということはないが、静かに、ただ静かに、しかし、これほどにもなく、激しく泣いていた。
「……あぁ……」
俺も、もう耐えることができなくなっていた。理性と感情のギャップを埋めねばならない。
そう理解した時、
「……ああ……ッ」
俺の感情は、ついに決壊した。
気が付けば、俺はメリアを抱きかかえ、ただ無我夢中に、“泣きまくっていた”…………