囮の二体 3
前方と後方。それぞれから接近する敵。後ろは人間あり。
頼りのグレネード砲弾は前にしか飛ばず、前方の敵は数は少ないながらも、散り散りの場所に点在しているために、効果が薄くなってきていた。3発撃ったところでたぶんどうとも変わらない。残り3発、適当な場所に撃ってあとはさっさと場所移動をするつもりだったのに。
後ろからの大群。たぶん、両隣にあるビル群に入ったところで、罠というわけではなく単に落ちてただけの袋に自ら入るネズミみたいな状態になる。隣り合っているビルを伝っていくやり方も可能だけど、リスキーだなぁ、それはそれで……落ちたら一巻の終わりだし……。それに、屋上にいるのは間違いないので、もしうまい具合に飛び移れない建物があったら、そこでもう詰んだも同然になる。敵にバレるかバレないかの瀬戸際を演じないといけない。
「クソッ、起き上がり始めた、もう近いぞ!」
メリアの3割ぐらい悲鳴も入っているその叫声を耳に入れながら、私は自分の思考をずっと巡らせ続けていた。
残り3発のグレネード砲弾と、自衛ぐらいにしか使えない、いや、もしかしたらそれをするにしても力不足かもしれないぐらい少数の小銃弾で、一体何をどうすればいいのか。
後方の敵……もう400mは切っただろうか。300mももうすぐ切るか。時間が全然ない。今すぐに手を打たねば、次の瞬間銃弾で穴をあけられるか、破片にされるのはこっちだった。
「(どこか、どこかに何かない!?)」
周囲をとにかく振り向き、何かないか探す。しかし、あるものといったら既に破壊されたロボットらの残骸。ビル。最初爆発させてしまおうと思っていたもう一体のタイタンだったもの。可愛い妹。それ以外何もない。
……ない。何を使えっていうのか。何もわからない。
「(うわぁ、今すぐに使えそうなものが何もない……)」
迫りくる敵に焦燥感を抱きながらも必死に探す。何かあるでしょ、何か。そう願いながらありとあらゆる方向に視線を向けた。
横から鳴り響く銃声。ついでに同じ方向からくる催促。隣に佇んでいる上半身だけのタイタン。これを使って何を……。
「(砲弾、どうせなら何かに使えないかな……)」
ビルの方向に撃って何かしら崩れてくるのを期待しようか?そんな望み薄なことを考えていた時、
「……、ん?」
……待てよ?
何かに当てるにしても、一直線に当たるわけではなく、放物線を描く。距離が延びれば伸びる程、若干ながら放物線を描いて目標に当たる。物理法則のみならず、砲弾には重力というものも加わる。
放物線……といえば……、
「……ロフテッド……」
その瞬間、自分の中枢AIが「ひらめいた!」とばかりに一つのアイディアを導き出した。自身のスペックでもどうにかなる程度の内容で、尚且つ、仮に実行するなら、今すぐにやらないといけない程、時間がないものだった。
「……やるしかない」
覚悟を決めた。すぐに実行に移る。
メリアに10秒だけ耐えるよう言った。返事を待たずに、タイタンの搭載する砲弾のデータをすべて引っ張り出し、重量や形状などの詳細をコピー。同時に、グレネード砲そのものの発射エネルギーの算出から、現在の風光、風速、その後の風の状況をすべて引っ張り出して弾道計算の方程式に突っ込んだ。
余計なことはせず、できる限りのリソースを計算処理に注いだ結果、5秒と経たずに計算完了。そこから、砲身の角度を割り出す。結構な高角度ではあれど、これ以外何もない。
射撃データ入力完了。あとは、自動的に砲身を変えて勝手に弾を撃ってくれる。同時に、今後風が極端に変わらないよう、全力で祈った。
「よし、OK!」
全て準備できた。あとは、
「メリア、私の合図ですぐに走り出して。短時間だから耐えられるはずだよ」
「走るってどこに?」
「教えてる暇ない。ついてくればいいから」
「はぁ?」
メリアの疑念の声を無視し、敵の進撃速度を算出。さっきと移動速度がほぼ変わらないと仮定すれば……。もう、1分と経たずに有効射程内に入る。さっきから、当たることを考慮せず牽制目的であろう銃撃を散発的に撃ってきている。
「撃つよ、衝撃注意してッ」
刹那、メリアはいったん銃撃を止め、グレネード砲身から若干離れた。
真上ではないが、ほぼ高角度にしたグレネード砲身から、砲弾が一発打ち出される。砲弾は空鷹匿いあがっていった。
「おい、一体どこに撃って―――」
「よぉし走って! ほら早く!」
「はぁ!? 今ァ!?」
すぐに自分が先頭になって一気に走った。もう一体のタイタンだったもの、の、さらに先。敵からの銃撃を、持っていた破片手榴弾をぶん投げて牽制しつつ、元タイタンの横を通り過ぎる。一瞬だけ上を見やると、思った通りのモノがいた。
そして、後方では、さらに1発自動的に砲弾が放たれた。ほぼ真上に。さらにもう一発。完全に、真上に。
「おいおい、何する気だ?」
「見てればわかるよ」
そう言い残して、近くにあった。建物の階段入口に差し掛かる。先にメリアを入れて、奥で待機させつつ、敵がどれくらい来てるか監視。そこそこの数が起き上がって向かってきていた。予定通り。ちょうどよく、最短距離を進むべく、元タイタンの横を通ろうとする。
「……5……4……3……」
小さくカウント。そして、
「来るよ、伏せて!」
そう叫びつつ、耳をふさいで目も閉じた。同時に、
「―――ッヒィ!」
すぐ近くで爆発。ちょうどそこにあったのは……
「……タイタンに当たった?」
「元ってつけてあげなさい」
元タイタンだった。中にあった弾薬もろとも爆発四散。その威力は絶大だったらしく、周辺が一気に吹き飛んだ。当然ながら、近くにいたロボットらはどっかに吹き飛ばされて何かしらにぶち当たって大破。壁なり、床なり、電柱なり、同じロボット同士なり。
一気に“死骸”ばかりとかした空間になり、足場も中々ひどくなろうというもの。今まで対抗してきた包囲網のロボット群はこれでほぼ殲滅したといっていい。
「……そうか、ロフテッド軌道か」
メリアが後ろからそう呟いた。
ロフテッド軌道。日本語で『高く打ち上げた軌道』と訳される打ち方で、弾道ミサイルがよくやるやり方。基本的には、野球で言うところの外野からホームへの返球で投げるときのパワーを使って、もっと高い角度にして投げる、そんな感じのイメージで考えればわかりやすい。これを使うことで、通常長距離を飛ぶ弾道ミサイルをもっと手前の目標に着弾させることができる上、通常弾道時より迎撃が難しくなるという、シンプルなれど防御側からすれば中々厄介な軌道を描くことができる。
でもこれは、弾道ミサイルだけで使えないわけではないはず。そう考えた結果が、これだった。
結局、弾道を描くのは弾道ミサイルの弾頭なんだし、グレネードの砲弾が描いても何も問題はないよね。そんな安直な発想から生まれた結末が、今目の前にあった。
「……うまくいくときはうまくいく」
「旧北朝鮮が似たようなことやってたような」
「懐かしい昔話だね」
でも実際アレからヒントを得たようなものなので、何も間違った事ではなかったりする。
「よし、じゃあ今のうちに上に行くよ。まだ2回落ちてくるから」
「上に行ってどうするんだ? 屋上まで上ってそこから屋根伝いか?」
「いや、それだとちょっとハイリスキーだから、ちょっと別の方法をね」
「?」
そういうと、すぐに私はメリアを背中におぶった。即行で階段を上る。
「……待ってくれないか」
「何?」
後ろからの声。唖然と呆れを半々にした顔をしたメリアが唐突に聞いてきた。
「なぜおぶる」
「足を少しは休ませないとね。階段ちょっと上るぐらいなんてことは」
「さすがに歩くが」
「歩いてる暇ない」
「ちょっとなら走っても」
「ムリは禁物」
「降ろす気はないんだな」
「ない」
「本音は?」
「一度おぶってみたかった」
「だろうと思った……」
自分に正直になることに何も瑕疵はない。そう自分に言い聞かせ、後ろからの苦情を無視して階段を上った。
その時、外から轟音が2回鳴り響いた。最初んほうが近いのは、元タイタンと鎮座したタイタンの間に落ちたから。そこにいる敵はもちろん、ついでに最後に落ちてきた砲弾が、発射元のタイタンに真っ逆さまに落ちてきたことで、ちょうどそこを通ろうとしたであろう後方から迫ってくる敵を一気になぎ倒した。UAV映像より、それが確認できた。思わずニンマリ。
「最初からこれを狙ってたのか」
「落とし穴にはめたかったんだけどね。穴は掘れないから上から砲弾」
「そんな発想必要だったのか……?」
結果的に助かったんだし良いでしょ。そういいつつ3階に到達。この建物、どうも3階に隣との連絡通路があるらしく、そこから隣に移れる。問題は、そのあと。
「一回降りるよ」
「降りるのか? 上がるんじゃなくて」
「上がってもいいんだけど、一回降りたほうがいいと思ってね」
そのまま連絡通路を通って、隣の建物へ。そして、また1階に戻る。ここからならいいだろうということで、メリアも背中から降ろした。
「んで、こっち」
隣の道路に出ると、そこは何もない……わけでもないけども、結構ガラリとした場所だった。そこそこ狭い2車線道路に、さらに変なところに散らばっている乗り捨てられた車。
先ほどまでいた道路と、反対側の道路だった。
「碁盤の目の如くの細い道を、行ったり来たりってことか?」
「迷路に迷ったら例え大人数でも見つけるのは大変だと思うよ。しかも、3次元でこっちは逃げるからね」
「建物の高層階も使うつもりだな……」
広い道路で一騎打ちなんて、そんなバカ正直なことをする必要性はそもそもないわけで、なら細い道をうまく使うやり方のほうが手っ取り早い。しかも、死角も大量にある。
「上に下に、右に左にっていけば向こうもストレスだよ」
「人間はまだしも、そのすぐ隣にいるロボットはストレスためるかね?」
「感じられる私たちってある意味幸せ者」
「何の話だよ」
そんな世話話も一時。すぐに移動を開始。敵がいつこっちの魂胆に気づくかわからない故、さっさと場所を移動する。
狭い道なので細い。しかし、今までの首都圏地震での影響故か、崩落が結構な場所で起きていた。道は塞がってるわ、逆に建物に穴が開いて道ができているわ、建物が倒れてきたところを、隣の建物が抑えてて通りたくても通りたくないような場所まであるわ……。
まるでダンジョンみたいな道を右に左にととおっていく。時折、瓦礫を伝ってビルの2階から入ったりもした。これも技。
「よし、じゃあ腕掴んで」
そう言って右手を差し出し、メリアの右腕を引っ張った。
「―――イテッ」
そう彼女が言ったと同時に、右肩を左手で抑えた。引き上げた後も、抑える手を放そうとしない。
「どうしたの、怪我した?」
「いや、まあ……怪我っていうかなぁ……」
「ちょっと見せて」
メリアの左手をどかして、その内側にある痛みの原因を見た。
……しかし、
「……え?」
そこにあったのは、一つのかすり傷だった。防弾チョッキに覆われていなかった場所。衣服ごと、人工皮膚が一部、線上に削れている。銃弾か何かが掠ったのだろう。
でも、問題はそれじゃない。その傷跡にある皮膚が……
「……皮膚が、変色してる……?」
若干、黒ずんでいた。傷口を中心に、ほんの数ミリではあれど、元の肌色に黒みが混ざっていた。汚れまくっている証拠であると同時に、さらに中を見ると、肩部と腕部の接合部とその周辺にある電子機器類がその目で見えた。本来、人工皮膚や、薄型ではあれど装甲の間に隠れているはずのものだった。
そして、その場所……よくよく考えてみれば……
「……前に祥樹さんが言ってた……、相当前に負った傷?」
メリアがまだ私の偽物として潜伏していた当時。身バレする一週間前に、祥樹さんをかばって破片を喰らったときに出来た傷。それのおかげで、実は彼女が本物の私じゃないことを見破るきっかけになったという話は、前に祥樹さん本人から聞いたことがあった。
話にあった場所と一致する。右肩の、防弾チョッキで覆われていない場所。そして、衣服ごと削れている点。
……つまり、これは……
「……もしかして、まだ直してもらってないの?」
気まずそうに彼女は眼を逸らした。反論もないということは、つまり、そういうことなのだろう。私は悪い冗談だと思った。あれから、もう何日たったと思っているのか。この傷は、相当数の日にちを超えて、放置されていたということになる。
「……ここからゴミとか水分入ったらどうするのよ……」
というより、よくよく見たら一部ゴミがかかっている。穴が小さいので、今更取り払うというわけにもいかない。というより、取り払うツールを何も持っていない。
ロボットは完全に電気で動く機械であり、そして、通電の支障となる物はすべて私たちの天敵足りえる。水が入ればショートは間違いなし。そして、ゴミも、小さなチリですらたまればそこに水分が付着。電気が流れると同時に発火する。それは、コンセント刺しっぱなしのプラグでよく起こり得ることとして周知されているもので、それと似たような現象が起きないとも限らなかった。
だから、私はそうならないように人工皮膚に傷がついても、ある程度は外気温の熱を使って皮膚そのものを変形させ、傷口が塞がるようになっていた。それも応急的なものでしかないので、あとでしっかり接合させる必要がある。それをするまでの繋ぎとしての機能だった。
……そうだった。そういえば、彼女にはこれがなかった……
「(今まで、大量に埃とか地面の塵とか受けてきたから、相当数入っちゃってるはず……)」
まさか、さっきタイタンを操作してる時の「イテッ」っていう声も……? 聞いてみたら、また目を逸らした。図星ってことらしい。
「今すぐにふさがないと」
「今更ふさいでも遅い気がするが……」
「何もしないよりはマシよ。ていうか、なんでふさがなかったの? そこら近所にある布とかなんでもいいから取ってきて巻けばよかったじゃない?」
「本物と違うってバレるからだよ。……まあ、そのあとお前たちの合流した後は単に忘れてただけなんだが……」
「忘れないでよそんな大事な事……」
半分呆れながらも、携行していた医療品から止血用のガーゼを取り出し、彼女の傷口を中心に巻いた。できるだけガッチリ。これで、これ以上のゴミや水分の流入は少しでも防げるはず。
「本当は帰るまで腕動かさないほうがいいんだけどなぁ」
「片腕戦闘しろって言いたいわけか?」
「ムリだよねぇ……」
今から逃げるっていうのに、片手だけでそれをやるっていうのも無茶な話なのはさすがに理解していた。どうしても、右腕を使わないといけない。しかも、銃を持つ方なので尚更だった。尤も、やろうと思えば左腕を中心に持つこともできるけれども、ハンドガンに関しては右太もものハンドガンケースに入れているため、若干ながら取り出しにくい。一々左手に持ち変えるよりだったら、さっさと右腕で撃った方がマシだった。
「はぁ、これくらいの傷ふさいでくれないものかなぁ……」
まあ、今の今まで気づかなかったこっちもこっちだけどさ……。
「彼はそんなことしてる余裕はないだろうさ。ちょっとの傷ならスルーだよ」
「塵も積もれば山となるって言葉を教えてやらねばなるまい」
「生きてればな」
「生きるよ。一緒にね」
そう言って、また建物内を意図的に右往左往。そこまで広い建物じゃないので、さっさと外に出ることにした。
「……そっちだと、これは直すのか?」
「え?」
外に出て、右往左往に道を変えていると、唐突にそう話を振られた。
「まあ、たぶん塞ぐんじゃない? 今まで何度か傷穴開いたことあったけど、即行で自己修復した後帰ってすぐに完全にふさいでもらったし」
「それが当たり前か」
「そりゃもう」
「いい環境だよ、羨ましい」
いまさら何を?という返事を煽りに使ってみようかと思ったが、思ったより深刻な顔をしていた。即行で取りやめる。
「……前にさ」
「ん?」
彼女がおもむろに話し出した。
「偽物とばれた後、彼のやり方に疑問を抱き始めた時……お前らの部隊が、私たちの部隊に襲撃されてるのを見たことがあってな」
「へぇ」
「それを、追っ払ってな」
「へぇ……。へぇ?」
追っ払った? え? アンタが?
「待って、アンタが追っ払っちゃったの?」
「追っ払った」
「味方でしょ? よくそんな気になったね」
「言っただろ。この時点ですでに、味方のやり方に疑問を持ってた」
彼女は続けた。そうやって撃退した後、まだ息があった部隊を応急処置したらしい。同時に、彼らが持っていたビーコンをそうあしてSOS信号を発信し、味方を引き寄せたという。そして、まだ意識がある味方の肩を担いで外壁のもたれさせて、彼らが持っていた止血帯使って更なる処置を施し、誰も来ないように見張っていたとか。途中、彼らは意識を失いはしたものの、それでも、味方に引き渡すまでここを離れなかったみたいで……
「……唐突によくやったね。そんなこと。幾ら疑問持ってたとはいえ」
「少なくとも前の私は、効率性重視だからな。ただの通信部隊をあんな大人数でリンチする光景を見るのは耐えられなかった」
「大人数?」
「二人に対して十数人だ」
「うへぇ……」
いじめに近い。彼女には耐えられなかったのだろう。さっさとワンマンプレーで全部潰しちゃったのだ。しかも、余り痕跡を残さないように、銃撃ではなく全部徒手格闘でやったという。よくやるわ……。
「そのあと、敵の遺体は適当な死角に隠した。嘗ての味方に変な勘違いをされても困るからな」
「メリアがやったって思われないように?」
「ああ、行方不明にしておいた方が都合がいい。そのあと、味方が来たのはいいんだが……」
「が?」
「寄りにも依って、お前らの相方らだ」
「ええッ!?」
相方らってことは、祥樹さんと和弥さんと、新澤さんと……。あぁ、あの3人かぁ……。
あまりにもタイミングよく来てしまったため、メリアはマズいと思ってすぐに屋上から飛び降りて逃げてしまったらしい。でも、その行動が、新しい誤解を生んだとみているようで、
「あれ、たぶん向こうから見れば完全に私が撃ったみたいに見えただろうな……思わず逃げてしまったから、余計に怪しまれた。SOSしたのも、応急措置したのも、たぶんほかの誰かがやったか、どうにかして自分たちでやったと見たに違いない」
「それ、本人に言ったの?」
「いや、言ってない」
「言ったほうがいいよ? 勘違いは不幸の元だからね」
「お前が言うと説得力あるな?」
「似たようなこと経験したしね」
誰でもない、相棒と。
「でも、その話をなんで今?」
そういうと、彼女は小さく笑みを浮かべて、静かに話した。
「……」
いったん外に出ては、また中に入っての繰り返し。それで時間を稼ぐ。
「互いが互いを助けるって概念。私は余りはっきりと教えられてないからな。SOS信号を備えていることも、医療器具をしっかり持ってることも、実際にSOSが鳴ったら即行で駆けつけることも、何もかも私にとっては新鮮なものだった。……そういう環境が、羨ましいだけだ」
「今そういう環境にいるんだからいいじゃない」
「もっと早く入りたかったってだけだ。……でもさ」
「?」
彼女は、不安げに私の方を見た。
「……今から、果たして変われるんだろうか。私は」
「変われる?」
「あぁ。……今まで、私はこことは全く逆の世界にいた。180度違う世界に入り込んで生きていけるかは不安でな」
彼女の抱いていた不安。即ち、自己を形成していた諸概念が大きく違う、全く異質な世界で生きていけるかの不安だった。自身の自己は、何かに裏打ちされた、支えられた自己と言ってもいい。周囲が、その存在を公に認め、それを支えている概念だからこそ、それを自身の自己意識に反映できる。
でも、今彼女がいる環境は、自分にとって大きく異なる概念がはびこる世界だった。日本人が、全く考え方が違う欧州やアフリカに行って、まともに長期間暮らせるかどうか。そんな感じの考え方に近いかもしれない。
「……わかるなぁ、それ」
「え?」
でも、そこの話は、私もかつて体験した話だった。
「一番最初の私なんて、見るものすべてが新しいから何が何だかわからなくてさ。最低限の知識と常識ぐらいしかなくて、あとは自分で学びなさいで放り込まれた結果が今の私よ」
「その妙にウザったい性格がか?」
「帰ったら首絞めてあげる」
「冗談だって気づけよ……」
飽きてため息をつくメリア。そうはいっても、その扱い若しくは類のジョークは今まで何度となく聞いてきたもの故、そろそろこっちとしても制裁をしなければ歯止めが効かないしね。しょうがないね。
「まあ、でもさ、色々と学ぶところから始めるってのも割と楽しいもんだよ。新鮮味もあるし」
「新鮮味ね……」
「そこまで心配する必要ないでしょ。新天地に来ただけって気楽に考えればよし。何かあったらこの頼りがいのあるお姉ちゃんを頼って、ね?」
「お前自己礼賛が過ぎるって言われないか?」
「結構前に相方から似たようなこと言われたこの記憶が片隅に」
「某戦時の広島舞台の映画みたいな言い方だな」
「知ってるの?」
「彼が見てた」
「あの人実は日本映画ファンなんじゃないの?」
あんな性格とか考えとかじゃなければ、もしかしたらただの日本映画ファンの爺さんで終わってたのかもしれない。そんな世界線だったらどれだけ平和だったことか。
「まあとにかく、そんなことは心配ご無用だからさっさと帰ろう? もうさすがに足も腕も疲れてきたよ」
「疲れるときあるんだな」
「疲労の概念はさすがに私にもあるしね。そっちも、腕もそうだけど、足限界でしょ?」
「最初無理に走ったのが祟ったらしくてな。さっきからエラー吐きまくってる。普通に動きはするんだがな」
「まあ、軽く走る程度なら問題ないだろうし、ちょっと急ごうか。北の方角に行けば、一応向こうに徐々にちかづ―――」
近づく……と、最後まで言う前に、
ヒュンッ
「―――ッッ!?」
曲がり角に差し掛かった時、顔の目の前を、左から右に何かが通った。映像分析。形状……、銃弾。
「まさか!」
すぐ目の前の曲がり角の死角に入り、一瞬だけ顔を出す。そこにいたのは……
「……冗談でしょ」
ロボットだった。敵の方だった。
南側からの進入は想定していたものの、幾らなんでも包囲を狭めるのが早すぎる。こっちだって意図的にかつ不規則に右往左往して場所がわからないようにしていたはずなのに……。
「敵の数は思ったより多いのか、それとも、別方面から援軍呼んだか」
「あぁもうなんでこんな時に!」
狭い道に入ったはいいけど、一度鉢合わせたら一瞬で銃撃戦。へたすれば数秒と経たないうちに無力化される。広い道路と比べてそこが難点なこの細い道。それにしても、場所の特定が余りに早い。
「(UAVは……あぁ、ダメだ。うまく映ってくれない)」
UAVからの映像では中々いいデータが取れなかった。ビル影故、どこに何がいるかがうまく測れないらしかった。
とにかく、ここを脱出する以外ない。でも、そうなると走らないといけない。
「今走れる? 一点突破ならまdあ何とか行けるかもしれないけど」
「そう長く走るわけじゃないならな」
「10秒」
「いける」
即答だった。なら、時間をかけている暇はない。
「北の方角に一点突破。もうすぐ祥樹さんたちも終わるはずだから、それまで耐えて」
「オッケー。どんとこい」
敵の数を確認。細い道なので、そこまで大量には要れていない。3体だけ……よし、いける。
「よーい……GO!」
曲がり角の死角から一気に身を乗り出して、一直線に敵のロボットのいる場所へと突っ込んだ。
フタゴーを3発。敵の首元を狙って、胴体内にある頭部AIとの指揮電送ラインを切断。ほとんど壊れていないが、二度と動くことはなかった。
動かなくなったロボットを蹴ってどかすと、そのまま北方角へと走り出す。しかし、わらわれと依ってくるロボットに、思わず目を見開いた。
「え、ちょ、こっちに来てるってなんで知ってるの!?」
「幾ら細い路地に入ってることがわかってるとはいえ、ここまで容易に特定できるものなのか……断定が早いな」
メリアも疑問を呈した。それだけ、大量のロボットと人を投入して人海戦術を組んだということなのか、それとも、山が当たっただけなのか。何れにせよ、こんな数相手にしてられない。ただでさえ弾もないのに。
「このまま北でいいんだな!?」
「北でいい! 今SOS出したから向こうにも届いてるはず! すぐに来るの信じて!」
信じるしかなかった。祥樹さんたちが、もう人質の移送を終え、どうにかしてこっちに来ている最中だと信じるほかなかった。
しかし、待てど待てど連絡は来ない。移動場所や装甲車の所在などがバレるのを防ぐため、移動任務中はずっと私たちとの無線を閉じていたはずではあれど、もうそろそろ開いてもいいはずだった。
……来ない。より大きな焦燥感を感じ始める。
「(まだ? まだ? ……まだこないの!?)」
いつ来るのか。まだ来ないのか。そう思いながら、フタゴーを単射で撃ちまくった。そのうち、
「……ッ、イテッ!」
「ッ!」
メリアがまた右肩を抑え始めた。持っていたフタゴーを水平に構ることができない。すぐに持ち直しはすれど、肩がもう限界か。
マズい、もう彼女も限界が迫ってる。
「……祥樹さん……皆……」
願うようにつぶやいた。誰でもいい。もう誰でもいいから反応がほしい。いつまで走ればいいんだ。これ以上どこに向かえば……。
そんな時だった。
『ユイ! どこだ!?』
やっと聞きたかった。その声を聞いたとき、
私の顔は、自覚できるぐらいに破顔していた…………