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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
157/181

囮の二体 1

 ―――ざっと見ただけでも、数十は下らないだろう。


 チラッと見ただけでもこんなにある。UAVのマップリンクをもっと広範囲にすると、その外縁にはこっちに向かってくる数多の敵ロボットの数がいる。味方であったはずのロボットがクラウドすり替えによって乗っ取られてそこそこの時間が経ったはずなのに、電源切れを起こしてもいい頃のはずなのに、まだ大量にいる。

 どこかで電源を充電でもしているのだろうが、にしたって、これだけの量を未だに賄えているのはどうかしている。東京都内、少なくとも中央区は、ほぼ電源は通っていないはずなのに。ドでかい自家発電装置でも持ってるんだろうか。それとも電池変えたのだろうか。


 何れにせよ、これが数的に急減少することはないだろう。奥にまだずらりと並んでやがる。今機動戦闘車が影から一瞬だけ出て発砲してみたりしたが、最前列に着弾し相当数が破片に帰したにせよ、そのお返しは無数の銃弾の線。たまらず陰にまた隠れた。装甲を持った戦闘車でもこんなのは無茶だ。どうしようもない。しかも、こいつは今後の撤退に絶対使う護衛戦力だ。置いてはいけない。


 ……その次に装甲を持ってて、高火力なモノ。この二つの条件を持っているのは、ラヴでも、ATMを持った歩兵でもない。



「……やり合う気か。あのロボットの大群と」



 人型で、そこそこの装甲を持って、俊敏すぎる動きとそこそこ火力を持つ、ロボットである。



「……最適だとは思わないか?」


 冗談だろう? 瞬時に俺が返した言葉に、彼女は小さく笑って見せた。


「冗談を言っている余裕は私にはない。時間もないしな」


「待て待て待て、お前、相手どんだけいるかわかってるか? お前の優秀なアイカメラでよ~く見てみろ? 人間の目ですらたぶん30は数えられるが、お前のカメラだったらもっと正確に数えられるだろ?」


「んー……。最前列には大体50弱はいた」


「後ろはもっと居るぞ。最悪三桁は超えるんじゃねえか? そんな奴を相手取って勝てるのアメリカ映画に出てくる主人公ぐらいのもんだ」


 尤も、こいつはそのアメリカ人製だが。


「あんまりおススメできんなぁ。こんな数を足止めってのは一人じゃきついぞ妹ちゃん。足止めできたら奇跡ってレベルだ」


 二澤さんも影から敵情を見つつ苦言を呈した。すぐに無線を使ってベルツリー4-5に指示を出している。定期的に聞こえる機動戦闘車の発砲音から察するに、戦果確認と状況報告だろう。


「着弾確認。最前列ドンピシャだ」


『これで何体目だ? そろそろ弾もキツイ。早目に離脱しないとマズいぞ』


「もう数えるのはやめたぞ。戦果ならUAVのログ使って後で確認しろ。たぶん大戦果だ」


『クソッたれめ、こんな大量にロボット送り込んだのはどこのバカだ。ベルツリー4-5より16各車、相互の残弾数に注意。残弾少ないやつは多いやつに射撃機会を譲れ。できるだけ相互残弾を均等にしろ』


『4-3より4-5。こっちはもう間もなく残り10発を切ります。そろそろ引きこもってもいいですか?』


『よし、お前は天照よろしく陰に隠れてろ。外がドンパチ騒がしくなったら出て来い』


『既に騒がしいですよ』


『今以上にだ』


 こんな時にも冗談言い合えるその精神。司令部の連中、中々タフな野郎をこっちに送り付けてきたものだ。

 最前線は何とか持ちこたえている。機動戦闘車が頑張って注意をを引いていた。しかし、徐々にロボット群も数に任せて押してきている。また、固まらず、広い道路を最大限活用しばらけて動いているため、一発一発の攻撃力の高い砲弾を放っても、返ってくる効果が少なくなってきていた。向こうも学習する。まるで、旧日本海軍の戦艦が放った三式弾に対して、米海軍の航空隊は、一ヵ所に固まらず広範囲に散会して対処したように。


「(残弾もない……このままじゃ押される……)」


 恐れを知らないロボットは、牽制射撃すら効かない。命中を狙った射撃は被弾のリスクを伴うが、かといって撃たないわけにはいかない。牽制と命中重視の両方を取ろうとして中途半端な射撃になり、逆に効果が限定的となっていた。長くはもつまい。既にこちらは、尻に火が付いた状態だといっても過言ではないのだ。


「(……クソッ……)」


 博打が必要な時が来たのかもしれない。だが、だからって、一人ここに残せっていうのか?

 冗談じゃない。本来は、こいつだって保護対象なのだ。保護対象を、なぜ“囮”に転用せねばならない? そんなバカな話があってたまるか。


「必要でないときまで自己犠牲で他人のためになんてのは弱者が考えることだ。他人との連携とかを考えないただのエゴだ。お前は弱くない。お前がそこまでする必要がどこにあるのか?」


「例外など幾らでもあろう。既に対象となる状況は目の前にある」


「自分を犠牲にすることを躊躇わないな?」


「元々、こういう用途だろ? ロボットっていうのは」


「最後の手段としてって意味で言われてるだけだ。今はまだ……」


「既にその最後の手段を使わざるを得ない段階なのは、アンタが一番知ってるだろ。違うか?」


「……」


 言い返せなかった。事実であったのだ。相互の距離は、既に200mを切りそうであった。銃火器の射程内にすらある。機動戦闘車も残弾がない。すぐに動きたいと、何度も指示を求めている。ヘリはない。来るのに少し時間がかかる。ラヴがいてもどうしようもない。こっちもこっちで、弾がもうほとんど残っていない。


 ……選択肢がないのはわかっていた。


「……どうしても、行くのか?」


 彼女はすぐには答えなかった。数秒して、小さく語るように言った。


「……助けられたんだ。お返しぐらいはさせてくれ」


「自己犠牲のお返しなんて求めてないぞ」


「それしか選択肢がないんだ。……私はお前ら人間ほど賢くはない。バカな私にはこれぐらいしか思いつかん」


「恩返しのつもりか?」


「自分勝手なのは重々理解している。だが、自分が役立つ場面がやっときたんだ。……頼む。やらせてくれ」


 その目は本気だった。これは、俺に断れてもたぶん行くだろう。そう予感させるぐらいには、その本気度を俺に対する視線を以って示していた。


「……」


 誰も何も答えない。刻々と狭まる相互の距離。前進してくる敵前線。とっくに交代の時は過ぎていた。ロボット群が後方に回り込み、挟み撃ちにするのも時間の問題である。いや、とっくにやっているかもしれない。前後からの攻撃が始まる時は近い。決断に要する時間はあまりに少ない。


「(……クソがッ……)」


 誰に向けるわけでもなく心の中で悪態をついた。

 また、こういう流れか。何度同じ光景を見ればいいんだ。何度誰かを見捨てればいいんだ。ふざけんじゃねえよ。そんな事をするために軍に入ったわけじゃないはずだ。だのになぜだ? なぜ俺に課せられる選択肢は、こんなクソみてえなものばかりなんだ?


 だが、憤激しても仕方がなかった。時間も、選択肢もないのは事実だ。要救助者の命に代えることはできなかった。

 俺は肩を落とし、彼女の提案に同意しようとした。


「……はぁ、わk「なら」……、え?」


 俺の発言は最後までなされなかった。それを遮ったのは、先ほどまで相手していた彼女と、ほぼほぼ同じ声質を持つ、アイツの声だった。


「……ユイ?」


 そして、俺を見て言い放った。




「……私も、残ります」




 …………、は?


 全員が唖然とした。さっきまで敵前線を見ながら機動戦闘車に状況報告をしていた二澤さんたちも、思わずこっちに視線を向けた。耳はこちらの方にも向けていたようである。


「……お前、今なんて言った?」


 聞き間違いを期待したのだが、それは叶わなかった。


「ですから、私も残りますって言ったんです」


「おいおいおいおい、冗談はよしなよ。お前まで残ったら誰が要救助者を守る最後の砦になるんだよ。お前はこっちにいてくれねえと―――」


「だからってここに一人で置いていくのは間違いなく失策です。どうあがいても彼女を置いていくなら、ついでに私も残して下さい。二人いれば何とかなるでしょ」


「いや、お前さっきあのロボットの大群見てやれるか聞いたら「死ねと?」って返してたはずだが……」


 それも、即答で。


「それは一人でいるときですよ、一人でいるとき」


 そういうと、ユイは隣にいたメリアの肩を抱き寄せた。双子顔負けの瓜二つな顔立ちを並べながら、自信満々に言い放った。


「二人いれば何とかやれますよ。同じロボットですからね、向こうの考えることなんて即行でシミュレートできます」


「二人でやれる数かあれ?」


「『虎に翼』って奴ですよ。元々強いやつにさらに相応の威力が加わったら最強でしょ? 敵から見たら、間違いなくこっちは翼を得たトラの如し」


「この場合、お前が間違いなくトラだな。翼には似合わん」


「文字通り食い殺しそうだしな」


 和弥が横から笑いをこらえながらそう言った。食い殺すって、ロボットがロボットを食い殺すなんてことゾンビ映画でもないが……というか、ゾンビ映画で人型のロボットが出てきたことあっただろうか。

 和弥の言葉に若干の不満をユイは覚えたようだが、すぐに取り直す。

 

「とにかく、今は私たちを信じてください。私たちロボットの存在意義はまさしくここにあります。やらせてください」


「だが、リスクが余りに大きすぎる。ただではすまんぞ」


「おっとぉ祥樹さん、もしかして、私たちがこの後死ぬって思ってます?」


「……死ぬわけないだろって顔だな?」


「別に死にに行くわけじゃないんですよ。“生きて帰ってくる”んです」


 冗談を言っているつもりではなさそうだ。コイツは本気で帰ってこれると考えているようである。相手の力量を見誤っているわけでも何でもなく、本気で、ちゃんと俺たちの下に帰ってくる自信が伺えた。


「……どうしても、やるつもりだな?」


 最後の確認だ。もちろん、返ってくる言葉は一つだけ。


「……もちろん。“行ってきます”」


 口元をニヤリと釣り上げさせ、その自信を確固たるものにさせていた。不安など微塵にも感じさせない、その勇気。その覚悟。

 ……無碍にするのは、それもそれで失礼に値するか。


「……、わかった」


 決断した。もう時間がない。選択肢がない。クソッタレなのには変わりないが、その中にある希望に賭ける覚悟を、いよいよもたねばならないのだ。


「いいだろう、ここはお前ら二人に任せる」


「いいのか、本当に?」


「どっちにしろやるさ、こいつらは。和弥、さっき言ってた一点突破で抜けれそうな場所、まだ行けそうか?」


「えっと……」


 タブレットを用いてMAPの一部分を拡大する。敵勢力状況もマップ内に同期させ、全体からその層の厚薄を調べた。返答はすぐに返ってくる。


「……いけるな。まだ比較的薄い。だが最初より厚くなってきた、たぶんここが薄いと、敵も気づいて早めに埋めにかかってるんだろう」


「時間がない。二澤さん、全部隊に通達を」


「いいんだな? 後戻りはできんぞ?」


「やらない後悔よりやる後悔ですよ。お願いします」


「了解した。ハチスカ0-1より各部隊へ、これより―――」


 全部隊への通知が完了。案の定、たった二人を残すことに躊躇している部隊ばかりであったが、時間がないことは事実であり、また、要救助者の安全圏への移送を最優先させることとなった。

 全ての合図はベルツリー4-5が行うことになった。敵との距離が近い。もう前線も持ちこたえられないだろう。


 全部隊、準備完了。あとは合図のみ。


『4-2より4-5、敵が移動速度を速めた。走り始めたぞ! 100mラインに迫ってる!』


『もはや一刻の猶予もないか……。仕方ない。この際だ、最強の嬢ちゃん二人に賭けてみるか』


 ベルツリー4-5の諦観も混じった言葉に耳を傾けつつ、逆の方向から、別の声も入ってきた。


「……ところでですね、一つ確認しておきたいんですけどもね」


「え?」


 唐突に飛び出たユイの問いに疑問を抱く前に、向こうからすぐさま続けて言ってきた。


「要はこれ、時間稼ぎですよね?」


「あぁ、そうだな」


「えっと……時間を稼ぐのはいいんですけど、別に、全部ぶっ壊しちゃっても構わないんですよね?」


「おい待てバカ、この流れ前にも見たぞ」


 なんつーフラグをまた立てるんだ。お前はそうやって自分で自分を追い込むから変に心配させる原因になってだな……。


「わかってないなー。そこで返ってくる言葉は一つだけでしょ? 元ネタ的にさぁ」


「えぇ……」。冗談きついぞお前。


「で、いいんでしょ? あれ、全部倒しちゃっても」


 一度やってみたかったんです、とでも言いたげに目を輝かせるのはやめてくれないか……これ、本当にやるのか……?

 はぁ、こいつのこういう癖どうにかならんものか……。


「……ああ、そうだな―――」


 そう言いつつノル俺も、相当毒されたのだろう。コイツに。


「―――遠慮はいらん。この際だ、ガツンと一発痛い目に合わせてやれ」


「そうですか。なら、期待の応えるとしましょうか……」


 絶対このやり取りやりたかっただけだろ。そんな確認をする暇もなく、時間が来た。



『ベルツリー4-5より各隊。行くぞ。走れ!』



 一瞬にして、先ほどまでその場で動かずじっとしていた者たちが、二人を除いて一斉に走り出した。ビル影から大量の人、数台のラヴに機動戦闘車。全てが広い道路上にわっと躍り出た。


『北に100m。その後右に転針するまではこちらから抑止のために射撃を行う。各車、主砲は全部後方だ』


『ランド2-7より各車。機関銃弾が残っている車両は後方の敵ロボット群に照準を向けろ。彼女たちはこっちが東進するまで出てこない。ありったけばら撒け』


 無線が響く。ユイとメリアはそのままビル影に待機していた。俺たちは二人をそこに置き、そこからは一気呵成に北進する。俺らはラヴに乗り込み、ドアを開けて牽制弾幕を張った。かなり危ないが、少しでも弾を送り二人の手助けをする。

 東進の時はすぐにやってきた。まだ包囲はここまで及んでいない。2台の機動戦闘車が東進のための入り口を確保し、さらに1台、その東進口に急カーブで突っ込む。その後ろから、2台の機動戦闘車と複数のラヴで構成された一団が次々と入り込み、最後に入口を確保していた機動戦闘車が後方を守るように入る。


『4-1より4-5! 合流しました!』


『よし! これより一気に包囲網を突破する。一点突破だ、それ以外は考えるな!』


『パッケージ送ったら戻ってくるからな! それまで耐えてろよ嬢ちゃんたち!』


 激励の言葉が飛ぶ中、俺はビル群に既に囲まれているはずの後方を見た。既に、向こうは始まっているだろうか。


「……」


 心配しても仕方がない。やることをやろう。なに、アイツらなら大丈夫だ。


 そう自分に言い聞かせ、俺は全速力で突撃する前方を向いた……。







「……で、だ」


 隣から自分と同じ声質の音声が聞こえてくる。ビル影からこっそりと顔を出し、こちらに目線を向けながらさらに続けた。


「結構な数がいるが、はてさて、自分で言っといてなんだが、どうやって潰すか……何か案あるか?」


 そう問いかけてくる。だけど、今はそれどころじゃなかった。


「……ん? どうした? そろそろ向こうを迎撃しないとマズいんだが―――」


「そう、マズい」


「え?」


 確かに、マズかった。いや、敵が来ているっていうのもマズいし、何より……




「あんな数の敵どうやって潰せっていうのよ!?」


「えええ!!??」




 顔を一瞬にしてこちらに向け、「ハァ!?」とでも言いそうな信じられないといった表情を向ける妹のことなど、今は考えている暇はなかった。

 いや、しかし本当にどうすればいいのだろうか。あんな数の敵を前にして、こっちはたったの二人。“たったの、二人”。


 ……現代において、数というのは質より勝ることはままあるわけで。幾らこっちが性能上だからって、限界っていうものがあるわけで。いや、マズい。非常にマズい。


「……ちょっと待て。お前、さっきまでの威勢は何だったんだ?」


「いや、メリアちゃんを一人で置いてくのはマズいからって思わず名乗り出ちゃったけど、何をどう考えたってムリじゃない! 戦力差ありすぎじゃないこんなの! バカじゃないの私!?」


「待て待て待て、倒せる自信があったから名乗り出たんじゃないのか? さっきなんて思いっきりアニメでありそうなカッコいい死亡フラグを自分から立ててたじゃないか」


「あれは一回やってみたかったからやっただけだから! ていうかそんな場合じゃないよほんとに。一体何体いるのよあれ。えっと……」


 隣から顔をひょこっと出して即行で数を数える。頭に見える奴は全部数えると、えっと、1、2、3……


 10……


 20……



 …………。




「70はいるじゃない!」



 増えてる。さっきより増えてる。しかもなんか起き上がって歩き始めた。ヤバい。さっきのMCVの射撃が効いて暫く動かなかったのに、もう復帰し始めた。早い。早すぎる。


「冗談じゃないよ! あんな数を二人でどうしろっての!? 二人で食い破りにかかってもたぶん食われて終わりよ私たち! 間違いなく集団で掴みかかって四股引きちぎられてぐしゃぐしゃ食うやつだよあれ!」


「お前、まさか完全に最初のは口から出まかせみたいなものだったのか?」


「……半分」


「えぇ……」


 呆れ顔を隠そうとしない妹に思わず視線を逸らす。実際そうだった。いやほんと、メリアちゃん一人は残せないからと思って名乗り出てしまったものの、いやいや、この数、どうしろっていうんでしょうか。無理だよね? 何をどうやったって無理だよね?

 祥樹さんたちからある程度弾を譲ってもらったとはいえ、それでも弾数には限界があるのに、これ1体につき1~2発で済まさないと絶対間に合わないだこれ。そんなん幾らなんでも無茶苦茶すぎる。


「うおおぉぉ……あの数、どうやって抑えよう……」


 影から顔を出し、砲撃の雨あられから徐々に復活しつつあるロボット群を見て戦慄した。何より数だ。数がどうにもならない。


「……なんで逃げなかったんだ、そうなる前に」


「え?」


 相変わらずのあきれ顔で、彼女はそういった。


「私を置いて逃げればよかったじゃないか。まあ、策は後で考えようって形で勝手に残るって決めた私が言えたものじゃないだろうが」


「……」


 すぐには答えられなかった。どう答えたものか。そういわれても、その時の考えは一つしかなかった。


「……残したくなかったからしょうがないでしょ」


「私を?」


「ほぼ間違いなく死ぬ状況に一人だけって……余りに、寂しすぎるから……」


 なら、せめて私だけでも力添えを……。余りに浅はかな考えかもしれない。でも、それでも躊躇なくやっていまうあたり、私も単純な性格をしているのだろう。策なんて後回し。二人でいれば何とか……、でも、その数を見て、改めて絶望しか感じられなかった。


 ……しかし、一つだけ守りたかったのは……


「……一人で寂しく死ぬなんてこと、妹にさせたくないしね」


「……」


 自分の相方が、余りに寂しい過去を経ているのを聞いてからというもの、寂しさというものに敏感になってしまったのかもしれない。彼女が、一人だけ孤軍奮闘した結果、最後死ぬ時に周りに誰も仲間がいない……。そんなのは、余りに寂しく思えてしまった。

 なら、せめて私だけでも……。当然、最初から死ぬつもりはないし、どうせなら帰ってやる。そのつもりで、志願はした。でも、現実は甘くない。


「……ハァ……」


 少々突撃バカが過ぎちゃったのだろうか。そう思い始めた時、


「……フフッ」


「?」


 彼女は、小さく笑っていた。呆れるように。


「たったそれだけを理由に、策もなくここに残ろうとしたあたりが本当にアホらしいというかなんというか」


「それ、メリアちゃんが言う?」


「事実ではあろう?」


「おのれ、生意気な……」


 間違っちゃいないけども、面と向かってアホと言われるとさすがにムカッときはする。言っていることがブーメランなのを恐れていないらしい。


「でもどうしようもないでしょ? 妹が死ぬのは絶対にみたくないんだから」


「そうはいっても、元々は敵同士だったうえ完全に義理か何かだぞ?」


「それでもよ」


 半ば遮るように、さらに続けた。


「……一度、守るって決めたのを諦めたくはないから。それがただの個人のエゴだったとしても。決めたことは忠実に守らせて。私は、守るために生まれたんだから」


「守るために?」


「仲間同士の繋がりを断ち切らせない。私は双方を結ぶ役目を持って生まれたと思ってる。そして、それを守る役目も……」


 ユイ。その言葉に込められた意味を、私は一度として忘れたことはない。

 元は新澤さんにつけられた言葉。多くの人々を結ぶ、その懸け橋になることを願ってつけられた名前。今の私が、その役目を全うしきれているかはわからない。だけど、仮に役目を果たすなら……、間違いなく、今しかない。


「私は単純なバカだからね。やるって言ったことはそのままやるしか能がないし、人間みたいに深いことを考えるのは苦手だし……愚直が私に似合う言葉よ」


「愚直か……」


「そう、愚直。利口ってわけじゃないしね、それがお似合いよ」


 常に何かにまっすぐ突っ走るか、迷うか、この極端な二つしか道の作り方を知らなかった私が、今は躊躇なくまっすぐ突っ走る道を選んだ。迷ってしまうよりマシと考えた結果が、このありさま。お似合いと言えば、お似合いかもしれない。


 ……そんな私なのに、


「……愚直、か」


「?」


 彼女は、小さく微笑んでいた。


「そのまっすぐさ加減が羨ましいよ。私は常に誰かに道を作ってもらってばっかだった。アンタみたいに、自分で突っ込む勇気がなかったんだ」


「……メリアちゃん」


 育ちの方針ということなのだろう。私とは違って、彼女の道は用意されていた。それをただただ歩くだけ。私の道の作り方が、新鮮に見えるのも無理はないかもしれない。


「私も、思い立ったらすぐに行動を起こせるような勇気がほしいよ。今のアンタみたいに」


「使いようによっては厄介なもんだけどね」


「それでもさ。……すまんな。私なんかのために」


「カワイイ妹のためならお姉ちゃん張り切っちゃうからねっていう」


「……アンタらしいな。やっぱりいつも通りだ」


 呆れ半分、関心半分、といったところなのだろうか。その微笑みに隠された意図を察するには、私の頭は少しスペック不足のようだった。もう少し、頭が良ければなぁと、あとでAIちょっと回収してもらおうかと考えていると、


「……まあ、おしゃべりの時間もなさそうだけどな」


 そう、視線を敵の前線に戻す。いよいよ、敵が起き上がり切って動き始めた。まだ動きは遅いが、何れ全力で走って包囲を狭めていくだろう。完全に移送しきる前に、包囲を摘めて突発的先頭により時間を稼ぎ、向こうに追いつくかもしれない。


「……ハァ、もうやるしかないのかぁ……」


「自分で言ったんだろ? とことん付き合ってもらうぞ」


「しょーがない、カワイイ妹のためだね」


 フタゴーのマガジンを交換。フルオートに固定。さて、敵の位置と、周辺地理を把握して……


「……そろそろやりますか。向こうも、離脱には暫くかかるだろうし」


「だな。んで、作戦は?」


「んー……」


 少しだけ考えた後、結局、出てきたのは、




「……、正面からの殴り合い」



「そうこなくっちゃな」





 愚直な私たちらしい、余りに直球なものだった………… 

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