脱出 1
繋ぎのため今回は短めになります
―――その後、女性陣の怒りの矛先がどこに行ったかと言えば……
「どいて」
「ガハァッ」
通路を抜ける際、死角から飛び込んできた生き残りらしい警備兵に対し、無表情で蹴りを喰らわす我が相棒。見てくれそんなに派手な動きはしてないはずなのだが、彼は10メートルちょい前くらい吹っ飛んだ。あの勢いと落下の衝撃だ。たぶん、内臓のどこかはやられただろう。骨にひびも入っているかもしれない。
だが、彼だけではない。飛び出してきたり、攻撃してきたりした奴に対しては例外なく、銃撃ではなく蹴りのみですべてお返ししていた。普段ならさっさと銃撃で終わらせるのに、わざわざ肉弾戦に持ち込む当たり、奴は相当頭にきてしまっている。どれだけ妹貶されたの嫌だったんだよ。
「いったん戻ってもっかいぶん殴りたい……」
「落ち着いてください新澤さん、まだ任務残ってます」
そして、いまだに顔を引きつらせている我が副班長。ユイ程ではないにしろ、彼女も本気になって手を出して居ようものなら、間違いなく数メートルぐらいは飛んでいただろう。男顔負けのこの行動的性格とアクティブ、いや、アクロバティックなやり口はたぶん日本中を探してもなかなかいない。もうこの女性陣は猫か何かではなくトラである。トラっぽいな、ではない。もうトラである。
「既に二澤さんたちが出入口前で待機しているはずだ。それまで絶対に傷はつけるなよ」
「つける奴がいたら地獄に連れて行きます」
「……」
もう何を言ってもダメだろう。しばらくはこのままだ。自然鎮火するのを待つしかないようである。
通路内は電気が通っているようだが、警備兵の姿は少ない。和弥と新澤さんが頑張ったのか、それとも暗闇になってる間に同士討ちが多発したのか。何れにせよ、数が少ないのは有り難い。いい加減、こっちも弾薬に限界が来ていたところであった。
「今のうちに出来る限り弾薬とか貰っておこう。どうせ撤退するときもめっちゃ弾使うだろ」
「こいつらAK-12使ってやがるぞ。今でもロシアで現役バリバリの奴じゃねえか」
「NEWCみたいな寄せ集め装備とは思えんな」
AK-12と言えば、十数年前にロシアで正式採用されたばかりの比較的新しい自動小銃である。ロシア国内でもまだ第一線でバリばり働いているため、どう考えてもテロリストや武装組織に渡るとは思えない。渡るのは決まって第一線を退いて退役が始まった旧式ばかりなのだ。
それでもこれがあるということは、まさかロシアも関わっていたという疑惑が出てくるが……いや、ただの模造品の可能性もあるか。
「(……これ以上ややこしくしてくれるなよ)」
もう必要以上に頭をまわしたくはないのだ。CIAやらアメリカ政府やらが絡んだだけでも頭を抱える程なのに、ロシアまで入ってこられたらもう耐えられない。
落ちていたAK-12やその弾薬をある程度漁った後、そのままこの施設を脱出した。外はやはりまだ暗い。
そのまま、銀座一丁目駅のほうの出入り口から地上へ出ようとした時である。
「待て、戻れ!」
「ッ、二澤さん?」
その出入口の方から、二澤さんらが大急ぎで降りてきた。手で必死に奥の方へと促すようなそぶりを見せている。
「こっちに敵が集まり始めた! ここはやめたほうがいい!」
「なッ、もう援軍を!?」
動きが早い。銀座一丁目駅の地上への出入り口に向かう敵は、通常の武装集団のみならず、例の支配下に置いたロボットらも含まれているらしい。ある程度判明した敵の通信周波数を傍受したCPからの情報であった。
少数ながらまだ生き残っていたタイタンすら、その場所に向かう針路をとっているようだ。こちらに向かってくる理由など考える必要もない。要はそういうことだ。
「あのジジイ、呼んでやがったな?」
「それ以前に、俺らが入った時からさっさと呼んでたかもな」
いずれにせよ、正規ルートは使えなくなった。次のルート検索である。
「撤退コースBに変更する。いったん銀座一丁目駅の地下鉄駅構内に入って、線路を伝って新富町駅に行く。そこからならうまく上がれるはず」
「線路伝うんですか? 敵は?」
「いないわけではないだろう。だが、地上突っ走るよりはましだ」
そういうと、二澤さんは無線をすぐにつないだ。
「HQ、こちらハチスカ0-1。敵の終結を察知しプランを変更したい。プランB-2A」
『ハチスカ0-1、こちらHQ。了解。作戦変更。プランB-2A』
変更承認。二澤さん先頭で、今度は来た道の逆をさらに進み、ほぼほぼ真っ暗闇な通路をとにかく奥へと進む。HMDを暗視モードに設定し、敵の状況を観察。
「地震のせいで一部がぶっ壊れてる。注意しろ。さっきここに来たときはがれかけてた天井に危うく潰されるところだったからな」
「近代化ついでに耐震化したんじゃないんですか?」
「首都直下があまりにも強烈すぎたんだろうな。どれだけやっても限界はあるってことだ」
そういうもんか……。見ると、確かにいろんなところの壁や天井がはがれている。所々銃弾の跡があるのは、ここで戦闘があったのだろう。二澤さんたちがやったのかどうなのかはわからないが、誰かがここに入ったのだ。
改札“だった”ところを抜け、階段をさらに降りると駅のホームに入る。案の定の真っ暗さ。一部では車両が止まっていた。しかも、無造作に開けっ放しで。
「ここから東に行く。俺らは右側、お前らは左側側面からサポート頼む。絶対明りは出すなよ」
「了解。全員、一列縦隊」
トンネルの両サイドから徐々に進む。幸いにして電機は通っていないため、本来電気が走るレール等に当たっても感電の心配はないが、どうあがいても躓きやすい。基本的に平らなのだが、変なところで凹凸があったりするため途轍もなく面倒くさい。
新富町駅までは大体600m前後ある。そこまで急ぐ必要性はない。急いで抜けるのも良いが、まず見つからないか、見つかってもさっさと排除できるようにするのが先決であった。
「……よし、若干曲がるな」
この先は若干左に曲がる。そこを抜ければ新富町駅であった。
……が、
「……いるじゃんか」
和弥が愚痴った。駅にきたはいいものの、そこには敵のロボットが数体ほどいたのである。ホームの上に。真っ暗闇の中に、一体何を求めてそこに留まっているのかすらわからないが。
「チッ、やっぱりそう都合よくいくまいか」
「潰しますか? あのタイプ、たぶんカワシマのNH-55Fです。アイツ旧式ですから、暗視能力なんてそんな高性能なものは持ってませんよ」
NH-55Fは、現代の普遍的な性能ベースと比べると2世代ぐらい前なうえ、コスト削減などの理由から一部機能が消されている。暗視能力を持たないのはそれが理由である。なんでこんな暗闇のところに連れてこられたのか俺にはさっぱりわからない。全然向いてない職場に放り出された新卒社員の如くである。
「ゾンビ映画とかである音出さなきゃバレないってパターンやれますかね?」
「やってみるか。撃たれてもいいように彼女の周囲は固めておけよ」
「了解」
メリアの周囲をダイヤモンドの体形で固め、どこから撃たれても最悪盾になれるようにする。そのままゆっくりをホームに上がると、彼らのすぐ隣を通って行きながらも、少しずつホームを出る階段に近づいていった。
「ゆっくりでいいからな……足音立てるな……」
誰かがそう呟いて注意を促した。周りは誰も気づいていない。聴覚機能すら旧式らしいことに感謝しつつ、階段を目の前にする。
「よし……」
と、その時だった。
「……、ゲッ」
思わずそう呟いた。その階段の方を見た瞬間、そこから……。
「……敵だ」
敵が増えた。しかも、今度は“人間”だった。
「……ん? なんだあそこ……」
しかもすぐにバレた。隠れたりなどする猶予すらなかった。敵がこっちに気づくのにそう時間がかからなかったと知るや、二澤さんは即断した。
「しょうがない、どっちにしろバレた。撃て」
即実行。先頭にいた俺とユイが即座に二人の武装した敵を射撃。無力化に成功したものの、当然の如くその音に反応するロボットたち。ざっと10体たらず。
「逃げるぞ! 援護は任せろ!」
「全員階段走れ! いくぞ!!」
5班が即行で階段を全力で駆け上がると、後ろから銃撃音が大量に聞こえる。暗闇での戦闘行為なんて想定してない旧式ロボットたちは、暗視モードになった二澤さんらの的確な射撃を前にどんどんやられていった。
階段を駆け上がり、改札へと突っ走っていく。改札付近でも敵がロボットと人間混在で待ち構えていたが、集団で固まっているのを見て機転を利かせたユイが、手榴弾を二発同時に投げて爆発させた。
勢力の半壊と同時に、そのまま一点突破を敢行。空いた穴に自ら突っ込むように突撃していったのち、残党を二澤さんたちに任せて改札を飛び越えた。
「前方、大量に出てきたわよ!」
「騒ぎをかぎつけたんだな。だが今更来たっておせんだよ!」
前方に銃撃を加えつつ、階段を駆け上がっていく。外が見えてくるうちに、外の光が漏れ見えてきていた。外はもう日の出の時間であるはずだ。薄暗い状態ではあるが、もう朝日が見えている時間帯である。
「外、誰かいるか即行で確認して来い」
「イエッサー」
ユイが先行偵察がてら出入口を飛び出す。数回銃撃音が聞こえてきたが、恐らく敵との戦闘によるものだろう。案の定、外の掃除をする羽目になったらしい。
『クリア。どうぞ』
「オッケー。今行く」
そのまま外に出た。目の前には築地橋。ここから旧築地市場に向けて移動を開始する。本来なら車両が待機しているのだが、プラン変更により合流ポイントが変わったためまだ来ていない。
「築地橋渡れ。そのまま旧築地市場にいくぞ」
「そのままあとは帰るだけでいいんですよね?」
「ああ、そうだ」
二澤さんがそう断言した。すると、無線が唐突に鳴った。
『ハチスカ0-1、こちらベルファスト1-5』
「ベルファスト1-5、こちらハチスカ0-1、どうぞ」
ベルファスト1-5。俺らと合流を予定している車両部隊だ。合流ポイントのお知らせだろうか。たぶん近くまでさっさと来ているはずだが。
「どうした? 急用か?」
若干冗談交じりで言ったつもりなのだろうが、
『あぁ、急用だ』
まさかの、あたりを引いてしまう。
「……どういうことだ?」
『さっき、HQから緊急の連絡が入った。ホテル日本橋方面を深部偵察中の部隊より報告。同ホテルより、一部の人質が……』
『脱出して、こっちに向かっているらしい。我々に、緊急の保護要請が下った』
「……脱出ッ?」
人質が脱出? 冗談だろ?
ただの独断の救出作戦が、若干変な方向に行き始めた…………