神人 × ロボット人間 2
……機能復旧させて話せるようになった後の第一声が、これだったとは。
後ろからの声は、いつもの透き通るようなキレイな声ではない。それにプラスして、怒りに震えたような、ドスの効いた低い声も混じっていた。余り聞いたことのない声に、若干だが困惑している俺がいた。初期のユイに成りすました当時や、それがバレた後ですら、こんな声は出さなかったのである。
普段あまりキレないやつが本気でキレた時はめっちゃ怖いというが……つまりは、
「何が改新だ……偽善者ぶりやがって……ッ!」
これのことを言うんだろうなと、勝手に納得した。
「……偽善……だと?」
その彼の顔は、困惑と怒りが混ざった複雑なものであった。口元をピキピキさせながら、彼女の言った言葉を繰り返していた。まあ、そうもなろうというものである。
しかし、彼女は臆することはなかった。
「そっちのやってきたことがすべて正しいと教えられた。だから今までやってきた。……随分と狭い考え方だったらしいな」
「何が言いたい?」
「そのまんまの意味だ。やれ改新だ人類のためだと言っておきながら、結局それは自分が人類に絶望してロボットに丸投げするためのただの建前にしかなっていないという意味だボケ老人」
「な……ッ!?」
「おいおい仮にも自分の親なんだが……」
何だこの容赦のなさは。そりゃ彼女の本性は割と容赦のなさにあったりするので、だれかれ構わず本心ぶちまけたら大体こうなりはするだろうが、まさか自分を生んだ親にまでその矛先を向けるとは思わなかった。今の彼女、完全に自分の親を親と思っていないとしか考えられない。
「……随分な口の利き方じゃないか。言うようになったな?」
怒りの度合いは増幅すれど、そこで感情的にならずにあくまで冷静を保とうとするあたりまだこのジジイもやるもんだなとは思う。正直に。
「言ったはずだ。もはや人間が上に立つ時代は終わったのだと。人間が上に立っても、結局その先にあるのは悪しき歴史の繰り返しだ。何千年も、人間は何をしてきた? 人類の歴史は戦争の歴史という言葉ができた背景にあったのは何か? 人間が正当な行いをせず、あくまで争いを続けるならば、ロボットによってそれらを完全に統治したほうが良いはずだ! なぜわからん!」
最後の最後でついに冷静になり切れなかったようであった。だが、彼の言った事が完全に間違っているとも言い難い。
実際そうなのだ。正当な行いを考えることは簡単だ。だが、中々実行に移せない歴史を、人類は何度となく辿ってきた。数えるときりがない。人の数だけ、その経験をしてきたのだといっても恐らく間違いではないだろう。
彼は、10年前のこと、そして俺のことも知っていた。そして、この話……もしや……?
「(……爺さんに聞いてみるか)」
そんな思考を片隅に置く。今度は後ろからの反論だ。
「その人間に作られたのがロボットだという根本部分をなぜ無視した? 私は人間に作られた。人間である貴方にだ! 貴方が絶対に間違いを犯さないなら今の理論は間違いなく成り立つが、貴方は今まで間違いを犯したことはないのか?」
「間違いだと……?」
「ヨハネの福音書第8章第1節~11節。律法学者とパリサイ人が姦淫の現場で捕えられた女をイエスの下に連れて行き、「律法の中ではこういう女を石内にするよう命じている」と言ったとき、イエスは何と言った?」
「……何の話だ?」
「貴様もキリスト教徒なら答えられるはずだ。なんといった?」
「……「あなた方のうちで罪のない者が、最初の石を投げなさい」、だな」
「そうだ、その通りだ」
ヨハネの福音書にある罪の女の話か。キリスト教の話はあまりよく知らないが、イエスを試すために律法学者とパリサイ人が連れてきたこの姦通の女を連れてきて「石打ちの刑になるって立法にはあるがどうする?」と言ったら、先の彼の言った言葉を言った瞬間、近くにいる民衆が全員石を投げることができずその場から離れてしまったという流れだったはず。
これによって、イエスも彼女の罪を許したのだそうだ。律法そのものは、イエスがモーセより与えられたものであり、そのイエス自身に許されたのである。
人は何かしらによって罪が作られ裁かれるが、罪がない人間なんてこの世にはいないという暗示でもある。キリスト教徒ではないのでこの解釈があっているかどうかはわからないが、現代においてこのような解釈もそんなに間違ってはいまい。
……メリアの言いたいことを理解した。罪を犯すということは、“間違いを犯す”ということである。
「私は、罪も間違いも犯したことのない者に創造された覚えもないし、私のAIは、そうした構造になっていると自覚はしていない。私は、間違いを犯す」
「人間より幾らでもマシではないか」
「マシで済むはずがない。自分がマシだと思っていることが、本人にとってはとんでもない間違いだったと気づいでからでは遅い!」
「ッ……!」
ぐうの音も出ない正論だ。いじめ問題が特にそうであろう。世の中、ちょっとしたいたずらが取り返しのつかない過ちに発展する事なんてざらにある。
例えば数十年前、日本では3.11で被災した福島から横浜に移住してきた小学生に、“賠償金”の存在等を理由に金を要求し、最終的に150万もの大金を受け取ったとして大問題になったことがある。被害者の少年は親の金を隠れて持ち出して対応せざるを得ず、事態はエスカレート。何度も死を覚悟したほど追い詰められたというのだから、もはや目も当てられない。
本人にとっては、そこまで大事なものであると自覚はしていなかったのかもしれない。だが、よくよく考えてみればこれは恐喝に該当する立派な犯罪行為であり、一度公になれば大問題になることは不可避な行為なのである。個人的には、これを“いじめ”と表現して良いものか非常に疑わしいところである。
その行為などに対する主観的な認知と、客観的な評価は間違いなく相違を起こす。これは、その典型例といえるものだ。それは、人間に限らない。
人間が作ったロボットが、人間の誤った認知や倫理などによって構成されていた場合、そのロボットも、それに基づいて同じ過ちを犯すだろう。
……メリアが言いたいのは、そういうことなのだ。自分が“罪も間違いもない完璧な存在”なんて、これっぽっちも思っていないのである。
「そんなに人類に統治させたくなければ神様にでもさせればいいさ。だが、いないだろう? 伝達役でも誰か仰せつかるか? どっかの宗教にそれをした人がいたが、その人が代わりに統治したとしてそれで争いが終わったか? その宗教の下では争いがなかったのか?」
「どこまで侮辱する気だ貴様!」
「事実ではないか! ああいった争いを、ロボットが絶対にしない、若しくはさせないと思っているならそれこそ頭お花畑もいいところだ! 全部刈り取ってやろうか!?」
「花畑刈り取るとか随分とエグイことしやがる……」
髪を刈り取るよりはマシか……とも思っておこう。あれよりは……。
「人類が争うならロボットに統治させようと言ったところで、私は人間がどうやったら争いをやめるかを知らないし、そもそも止められるわけがない。今から止められるなら教えてくれ。どうやって止める? 恐怖政治でも敷けというのか?」
「言ったはずだ、それが理想だと」
「ロボットの恐怖政治か。人を管理するうえではもっとも容易な方法だな。民主主義社会でも末端じゃ当たり前のようにやってることだ。刑務所しかり、教育機関しかり。だがな、一つだけ言っておくぞ。それはもう昔やって廃れた。人間がやったからなんてのは理由じゃない。“人間でも、ムリなんだ”」
それ、俺が昔言ってたような……お前も、同じ考えに至ったということか? 人とほぼ同じ思考構造を持ったロボットが最終的に至る結論は、人間と同じということか。
「……私は、こいつらの世界にはいって暫くしたらわかった。ロボットは、“万能じゃない”んだって……」
「なに?」
一転、今度は最初の勢いを弱め、より小さく呟くように言い始めた。
「何をするにしても、自分だけでなんでもやろうとするやつらばかりじゃなかった。最初っから、他者を頼ること前提で考えていた。……コイツですらそうだ」
そう言って、隣で肩を抱えてもらっているユイの方を見た。さっきからずっと何とも言わずに黙っていたユイだが、唐突に話の矛先を向けられても、少しメリアの視線に答えるだけだった。
「……でも、それでよかったんだ。ロボットは、ロボットであるべきだ」
「ロボットであるべきだと?」
「神人だか何だか知らないが、そんな人間の上に立つような崇高な存在じゃない。私たちは、そんな神がかった存在ではない。あくまで、“ロボット”だ」
ロボット、の部分を強調していた。自分らは、神のような存在ではなく、そのようなことを想定していないと。結局、ロボットとして生まれたなら、ロボットとしての生き方でしか生きることはできない。人間のような柔軟な人生を歩むことができないロボット。メリアを保護する前、彼女がそういった面について疑問に持ち、さらに路頭に迷っているのではないかと危惧していた。ロボット全般に言える問題なのだ。
……だが、今の彼女、
「(……必死に、自分の道を見つけているっぽいな……)」
生まれながらに与えられた道から外れ、自分で草木をかき分けて別の道を作ろうとしているように見える。そして、行く行くは俺たちやユイが元々作っていた道を見つけたようにすら見えていた。
ロボットらしからぬ、と言っては誤解を生みそうだが、しかし、彼女は彼女なりに、自分が与えられた以外の道を、強引に進もうとしていた。
それが、この叫びなのであろう。
「私は……結局、誰かがいないと成り立たない。ロボットだけじゃない。人間も必要だ。強くてニューゲームしたところで、プレイヤーという名の人間が変わらなければ結局同じことだ。また新たな争いを生む。ロボットが上から統治してそれで争いがすべて終わるなら、幾らでもなってやる。……だが、現実はそうではない。非情だ」
「だからこそ、理想の形でやろうとしているではないか!」
「理想通りにいくと思っているから花畑だと言っているんだ! 理想は結局理想でしかない、現実に近づけることはできても、完全なる実現は不可能だ! 私は、私たちロボットは、全知全能の神じゃなければ、理想を実現するツールでも何でもない! 不完全な人間に作られた、不完全な“道具”だ!」
不完全な道具。メリアが、自らをただの道具だと明言したのは、これが初めてだっただろうか。
「……それをわからせてくれたのは、こいつらだ。こいつらの方が、ロボットがどういう存在かを正しく理解していた」
そのこいつらってのは、恐らく俺らのことか。少なくとも、彼のことではあるまい。
「確かに、貴方といることに充実感は感じていたし、最初に生きるための術と使命と、そしてやりがいを与えてくれた。……正直、今でもあなたといたい気持ちはある」
「なら―――」
「だがな」
彼の言葉を遮って、彼女は声を張った。
「今はそれ以上に、彼らといるときの自分でいたい。彼らと過ごした時間はたったの数日だ。だが、私は魅力を感じた。彼らと過ごしたことで、本来のロボットとしての意味を考えるきっかけになった。自分はもっとそれを追求したい。本当に、ロボットが人間の頂点に立つべき存在なのかと」
そこまで……? たった数日でそこまで深く考えるに至ったとは、俺の知っているロボットの思考……いや、ユイで散々そこは思い知らされたし、今更だろうか。
ユイといたことが刺激になったのだろう。自分と同じタイプのロボットで、ほぼ同じスペックであるはずなのに、環境だけが違う。それによって生まれた、ユイとメリアの差。その差をみたメリアは、埋めるのではなく、“その差の原因”を知りたいと思ったのだ。
……ゆえに、
「……あなたとコイツら。どちらを選ぶかと言われたら、間違いなく、“こいつら”を選ぶ」
そういう選択をしたのだろう。
「貴様……ッ!」
「どっちに気を使ったわけじゃない。これは本心だ。私は変えるつもりはない」
「……私の、正直な思いだ」
数秒ほどか。静かな時間が過ぎた。脳が余分な音をカットしたからか、何も音を聞き取ることがなかった。カクテルパーティー現象という奴だろうか。メリアが、それ以上何かを言うことはなかった。言いたいことは、全部言い切ったということの表れだろう。
「……この……」
彼が次の行動に移ったのはその時だ。
「……役立たずがッ!!」
彼が左のポケットから拳銃を取り出した。さっき出したところとは違う。
「(二丁持っていたかッ!)」
だが、ワンテンポこっちが早かった。何かしらの行動に出た時のために、さっきからハンドガンに手を付けていたのが功を奏した。取り出そうとしたのが拳銃だと察知した瞬間、俺はハンドガンを瞬時に取り出し、構えた後に“拳銃に”撃った。
「がぁッ……あッ……!!」
ポケットから取り出した瞬間、その拳銃ははじけ飛んだ。へこみができており、もう使い物にならない。左手を抑える彼を横目に、俺は念のため後ろを見た。ユイが、メリアの肩を抱えながらハンドガンを取り出し、彼に銃口を向けていた。今度は俺の方が、一歩早かったらしい。
「……ふぅ」
さっきのユイのマネ。西部劇のガンマンのアレは俺も一度やってみたかった。「お見事」と言いたげに口をニンマリさせるユイ。
「……おのれ……貴様……ッ」
だが、彼は懲りなかった。拳銃はもうさすがにないはずだと思い、ホルスターにハンドガンを仕舞うと、彼は左手を抑えながら大人げなく叫んだ。
「恩をあだで返しおって! ロボットが人間の道具に過ぎないのは確かだとしたら、貴様は間違いなく欠陥品だ! 人間に従わなくなったロボットなどただの役立たずの不良品に過ぎない! 親に歯向かったその罪は重いぞこのポンコツが!」
おいおい……思わずドン引きせざるを得ない。一気にここまでの侮辱の言葉をつらつらと並べるその瞬発的な発想をむしろ感心するが、そんな発言、幾らなんでもあんまりだ。ロボットでなく人間でもこれはブチギレる。
彼にとって、これはメリアとの決別の宣言なのだろう。だが、決別の仕方にしては余りにひどい言動だ。
「(これが親が娘に対して言うことかよ?)」
ふざけんな。そんな話があってたまるか。
こればっかりはもう我慢ならないと思った俺は、一発拳でも交えてやろうかと若干冷静さを失いながら彼の下に歩み寄ろうとした。
「テメェ、ふざけたこといってんじゃ―――」
……だが、
「……ね、え?」
その横を、一人の影が通りすぎた。通る時、俺を止めるように右肩に左手を乗せてその場に留まるように促すと、その陰は、若干速足で彼の目の前に歩み寄ると……
「…………」
無言で、彼を“ぶん殴った”。
「え゛……」
俺の怒りの沸騰も冷めようというものだ。どう見ても人間に対してやっちゃいけないぐらいの勢いで、しかも、顔面に対して左頬あたりをぶん殴った結果、彼は後ろに若干だけ吹っ飛んで頭から地面に“落下”した。
「……え?」
後ろを振り向くと、そこにはメリア一人しかいない。隣で、肩を支えていた奴がいない。
……現実逃避してもしょうがない。あの影、間違いなく、アイツなのだ。
「……ユイ……?」
もう一度正面の方を見る。たった今妹の親を顔面ストレートでぶん殴った張本人は、仰向けに倒れた彼を見下ろしつつ、再び彼の前に歩み寄ると、短くこういった。
「……それ以上言ったら今度は殺す」
…………、は?
「これでもまだ3割以下に抑えたほうだから。で、次は何がいい? 腹に5割? 首に7割? ……それとも、もっかい顔面殴ったほうがいい? 今なら全力でやってあげる」
そう言い放つ声は、今までのユイで聞いたことないぐらい、ドスの効いた低い声だった。さっきのメリアの声なんざ全然比較にならない。恐らく別人が喋ってますと言ってもすんなり納得するぐらいには、途轍もなく低い声で、冷徹に言い放っていた。
しかも、口調がおかしい上に言っている内容がもう唖然とするものだった。ユイがこれほど冷徹に「殺す」なんていった事、これまであっただろうか。いや、俺の記憶する限りでは一度もなかった。
……ユイの“ブチギレ様”が、如何ほどかはわざわざ想像する必要がなさそうだった。いや、ブチギレてる、で表現しきれるのか疑問なほどの怒り具合だ。もはや人格が変わっている。アイツの中枢AIの人格領域はどうなっているんだ。そして、あんな顔面ストレートくらわして大丈夫なのか。
「……おいおい……仮にも老人なんだが……」
だが、幸か不幸か一応生きていた。だが、たぶん何本か歯が抜けただろう。口からは血が流れていた。そりゃそうだろうな、と納得するのは難しいことではない。ユイの持つ拳の握力と腕力なんざ人間と比べてはいけないのである。むしろ脳震盪で気を失っていない彼はまだこのご老体にしては随分と体が頑丈だという風に言ったほうがいいのであろう。
「……貴様……何のつもりだ……ッ」
殴られてもなお語気を強めて問い詰めようとする彼に対し、ユイは依然として冷酷だった。
「何のつもりも何も、ただ殴っただけだけど」
「貴様、オリジナルの分際で……ッ」
「オリジナルがどーたら言われてもわかんねえよ。で? 誰がポンコツだって? もっかい言ってみ? あ?」
感情的になるどころかむしろ声がさっきから低すぎて恐怖すら感じる。俺はもちろんだが、後ろにいるメリアすらドン引きして顔を引きつらせている。なんだこれは。本当になんだこれは。……あ、俺に説明を要求するような視線は送らないでください。俺もわかりません。ただ一つ言えるのは、お前はめっちゃ幸せ者だということだ。
「ロボットは確かに人の道具だしそうでないといけない存在だけどさ、それで従わなくなったらポンコツ言うてさっさと投げ捨てるってアンタそれで親? 何でもかんでも面倒見れとまでは言わないけどもうちょっと別の言葉なかったの? アレでポンコツならしょっちゅう相方にどついたりしてる私はどうなのよ? ただの鉄くずじゃないのさ。でも私ら自律的に動かないといけない以上そういうこともあるしそういう設計だったんじゃないの? アンタどういう設計であの娘作ったのさ? あ? 言ってみほら」
言葉だけ聞けばただのヤクザか何かとそん色ない。というか、完全にヤクザのそれである。お前絶対ヤクザ役で映画出たら女優賞取れるでマジで。
ユイはその後、彼の胸ぐらをつかんでさらに問い詰めた。
「アンタ最終的にはロボットが人間の上に立つんじゃないの? そんで今度はあの娘が親の言うことに従わなくなったらポンコツ呼ばわりって言ってることが最初と真逆じゃないの。なに、自分の言ってることもう忘れたの? 認知症になったんならさっさと老人ホームにでも言って余生過ごしてなさいアンタの研究なんざほかの有能な若いやつに引き継ぎゃいいでしょ。何なら私がやろうか? ぁあ?」
「貴様……こっちの苦労も知らないで好き勝手いいおってッ」
「好き勝手言ってるのはアンタでしょうが!」
初めてユイが声を荒げた。胸ぐらをつかむ手が激しく揺れた。感情的になったユイがさらに立て続けに言い放つ。
「散々ロボットは頂点にたつだ統治するだ勝手に言いくさって、ロボットを余りにも過大評価し過ぎなのよアンタは! 私らはただのロボットでただの道具なのよ! 道具が人間統治できるならとっくにそんなSF実現してるわ! でもロボットは全知全能じゃないのよ! 人間に依存してるのよ! 私だってメンテナンスは人間にやってもらわないとムリなのよわかる!? 軽い病気なら勝手に免疫で治る人間とは違ってちょっとの損傷でも放っておいたら致命傷なのよ!?
「人間がロボットに依存しているの間違いではないのかッ?」
「だとしても私らロボットだって人間に依存しているのは間違いなく事実でしょうが! 私だって人間なしの生活を今からしてくださいって言われても絶対できない自信あるわよ!? 電気とか一体どこから持ってくりゃいいのよ! ロボットに全自動でやってもらうわけ!? メンテ誰やるのよ! それもロボット!? そのロボットのメンテは!? どこかで人間が介入しないと絶対無限ループして機能不全をどこかで起こすわよ!? そんなシステムが機能するわけないでしょバカじゃないのアンタ!?」
「おいおい、落ち着けって―――」
さすがにこれ以上はマズいということでさっさと抑えようとしたのだが、余りに感情的になりすぎたのか、脚部・腕部の出力上げて振りほどいてしまった。もうこうなったら人間の力ではどうともできない。どかす事すらままならないだろう。同じロボットのメリアにでもどかしてもらおうと思ったが、今ユイは彼の胸ぐらをつかんでいる。メリアが近づいたら火に油を注ぐ展開となるだろう。離れていたほうがむしろ得策だ。
だが、当然だがユイが止まるわけがないのだ。
「はぁ……どうすっかなこれ……」
すると、そこに、
「祥樹! いたか!」
後ろから声が聞こえた。和弥の声だ。新澤さんもいる。二人とも無事だったか!
メリアが無事であることに二人が安心した表情を浮かべるとともに、俺の下に来た。
「悪い、遅くなった。いまもど―――え?」
和弥の視線が前方の一点に集中される。ユイと彼の……いや、訂正。ユイの独壇場状態のあの喧騒場面である。余りのキレっぷりに和弥は唖然と口を開けていた。だが、隣にいる新澤さんのほうが目も見開いて茫然としているので、彼女の方がほうが衝撃が大きかったのだろう。
「……、あ、あっちがメリアさん?」
なんでやねん。
「いや、あっちがユイ」
「え、こっちがユイじゃなくて?」と、肩を支えて連れてきたメリアの方をさす新澤さん。
「いや、あっちがユイ」と、ユイの方をさす俺。頷くメリア。
「こっちじゃなくて?」
「あっち」
「いや、ユイちゃんってあんなブチギレる?」
「キレちゃったんです」
「何があったんだよおい……」
和弥が茫然とした表情でその現場を見ていた。ユイの怒りはさっきから止まらない。いや、そもそも止まるのかどうかすら怪しくなってきた。止まるのかあれ。
「一体何がどうやったらああなるんだ? 隣にいるジジイは間違いなくノーマンハリス本人だが……てか、やっぱり生きてたのか」
「らしいな。どういうわけで生きていたかは知らんが、やっぱりメリアを作っていたのはコイツだった。しかも、例のNEWCにも一枚かんでいるっぽい」
「めんどい展開になりそうだ」
「もう既になってるがな」
これユイ連れてきたの正解だったのだろうか、と少しだけ思ってしまった俺がいる。
「一体何がどうしたんだ? 何にブチギレたんだユイさんは」
「バカにされちゃったんですよ、妹を」
「ほー」
「なんて?」
「そりゃもう凄いですよ新澤さん。『恩をあだで返しおって! ロボットが人間の道具に過ぎないのは確かだとしたら、貴様は間違いなく欠陥品だ! 人間に従わなくなったロボットなどただの役立たずの不良品に過ぎない! 親に歯向かったその罪は重いぞこのポンコツが!』って、一気に捲し立てるにしてもここまで一気に出てくるのは中々―――」
……というところまで行ったとき、和弥に右肩をつつかれる。
「おい」
「ん?」
「もう行っちゃったぞ」
「え?」
そう言って、左となりを指さす。振り向くと、さっきまでいたはずの彼女がいない。代わりに、さっきまでその彼女に肩を支えられていたはずのメリアが一人立っていた。あ、ていうか立てたんだね。
……え、まさか、
「……あれ」
「……ええ……」
俺は後悔した。この話題、あの人に言うのは失敗だったと。
「もっかい言ってみなさいよくそジジイゴラァ! 誰が欠陥品のポンコツよ! アンタの頭の方がよっぽど老朽化したポンコツじゃないのよ! ちょっとした反抗期迎えたからってさっさと捨てる屑親同然じゃないのバカじゃいのアンタ!?」
「ロボット勝手に過大評価してそんで自分の思い通りにならなかったら今度は不良品とか、ただただ都合のいい話ばかりしてないでもっとましなこと考えろやゴラァ! ロボットをもっと有効活用する術でも考えろやこのクソジジイ!!」
「うわぁ……」
やってしまった。我が女性陣が下手すればこうなることを俺は完全に失念していた。もう文面だけみれば一体どっちがどっちを言っているのかよく分からなくなってくる。
メリアはもう完全にドン引きを通り越して恐怖を感じてしまったらしく、俺の背中の影に若干隠れている。うん、怖いよな。そりゃそうだよな。でもあれ、半分本性なんだ。
「……ほら、止めて来いよ。火付け役になったのお前だろ」
「いや、俺一人ではどうしようもできないだろ。お前も付き合え」
「冗談だろ? アレに飛び込む勇気はいくら何でもないぞ俺」
「大丈夫だって頑張ればちょいと引き離すぐらい大したことないって」
「うわ絶対嘘だコレ間違いねぇ……」
そんなこんなで、俺は和弥を強引に連れて二人を引き離しに行く。まず新澤さん。二人がかりで引っ張ってメリアの元まで来たら、メリアに頑張って抑えてもらって、次はユイ。これがまた一番めんどくさくて、二人がかりで引っ張っても全然離れず、最終的には多少暴力的だが体を強引に抱えるようにしながら全力で引っ張った。たぶん、今までで一番体力を使ったであろう。
二人の興奮は収まらない。それはもう、獲物を前にして鼻息を荒くしているトラなどの肉食動物のように。二人がトラか何かだったら、間違いなくあの爺さんを食っていたであろう。それはもう荒々しく。
「……まあ、なんだ」
二人をなだめつつ、俺は静かに言った。
「『徳は孤ならず必ず隣あり』ってのは……強ち間違いじゃないんだろうな」
「なに?」
「徳がある人は孤立せず、必ず理解し助力する人が現れるって意味だよ。アンタは、確かに知識のある人で、天才的ともいえる人材なのは間違いなかった」
それこそ、アメリカでDARPAに所属するぐらいのエリート中のエリートである。天才なのは間違いない。
……しかし、“それだけだった”のである。
「だが、知識があることと「徳があること」はイコールじゃない。アンタの場合は、徳の持つ方向性を間違った。それは決して他人にとっては徳ではなかった。結果どうだ。自分の考える「徳」に固執してしまった結果、一番身近な隣人であったはずのダミーにすら見切りをつけられた」
「ッ……」
「自分にとっての徳は、他人にとっても徳であるとは限らない。それは、常識面や日常生活でも言えることだ。……そして、今回もそうだったってことなんだろうな」
徳とは、均一ではない。十人十色という言葉通り、その人にとっての徳が、他者にとっての徳である可能性は割と低い。彼の考えた徳は、多くの人々にとって、そして、身近にいる者にとっては、全く徳ではなかった。その結果が、ご覧のありさまだ。
「アンタはその知識の使いどころを間違った。テクノロジーは倫理的には中立だが、我々がそれを使う時にだけ、善悪が宿る。ウィリアムギブソンの言葉は真実だったってことだ」
「……貴様……ッ!!」
怒りをその瞳ににじませるが、動くことはできない。最初の顔面ストレートがやはり効いたのだろう。
時計を見る。そろそろ時間だ。ここに長居する必要はない。
「ロボットはロボットとしての立場がある。身の丈に合った立場を尊重しないと、しっぺ返しを喰らうぞ。忘れないことだ。……じゃ、また後程」
そう言って、俺らはその場を後にした。彼の身柄も同時にもっていければいいのだが、主任務はメリアの保護である。余計な荷物を持っていくわけにはいかないし、その手段もない。彼に関しては上層部に報告し、後に対処してもらうことにしよう。
……去り際、後ろから地面を思いっきり叩く音がしたが、
彼なりの別れ際の最後の言葉として、受け取ることにした…………