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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
153/181

神人 × ロボット人間 1

「―――見えるか、人間が偉くなりすぎたこの世界を」


 開口一番、人工的な光が一切ない東京都心の衛星映像を見ながら、彼がそんなことを言っていた。


 人類は増えすぎた。そして、自由を得すぎ、偉くなりすぎた。元の正しい形に戻す。


 そんな“演説”を、どうとも動けない中で勝手に延々と聞かされた後、彼は電話に出ていた。これまた開口一番、怒鳴っている。


「いつまで待たせる気だ! こちらはもう準備はできているのだ。早く決断してもらいたい。……アイツは私の所有物だ、君らには情報を提供しているにすぎないのに、ここまで待ってやっているのだ。いつになったら決断するんだ! ……そうか、ではその方向でいいのだな? よろしい、では、その通りにさせてもらおう」


 最終的には納得したようだが、彼の表情は優れない。随分とイラついている。


「やはり人間を上に立たせたらこうなるのか。コイツをどうするのかで何時間も延々と悩ませおって……。やはり時代は、変革の時を迎えているようだ。……改めて貴様にも協力してもらうぞ」


 白衣を着た老人は、私の方を向くとそう呟いた。部屋が暗く、ディスプレイの光が逆光になっているため、まともに表情が見えにくい。だが、構わず彼は続ける。


「外も賑やかになってきたようだな。急がねばな、奴らが来る前に仕込んでおかねばなるまい。しかし、たった4人か。随分と舐められたものだな」


 隣にあるコンソールを操作しながら、彼はそう呟いた。専用のベットの上に寝ながら、私は首を全く動かさず視線だけを彼に向けつつ、同じく呟くように言った。


「……4人で十分なのだろう。彼らに言わせれば」


「何が言いたい?」


「言ったまんまだ。ここを突破するのに、そんなに人数はいらんと言っている」


 彼の向ける視線は刺々しいものがあった。「誰のせいでこんなことに」とでも言いたげだ。尤も、その怒りはおおよそ間違いではない。基本的には私が仕掛けたものでもある。


「貴様が余計な動きを見せねばここまで苦労せずに済んだのだ。……だがまあ、どうせリセットされる。貴様はより良き理想の形に生まれ変わるのだ」


「できるのか?」


「誰が作ったと思っている? 貴様のシステムを掌握しているのは誰でもない―――」


「手段を聞いているのではない」


「は?」


「そのリセットの手段を、その手で実行する暇があるのかと言っている。邪魔が来ないと本当に思っているのか?」


 あからさまな挑発と受け取っただろう。彼はその老体であるにもかかわらず、右手で私の胸ぐらをつかんで怒鳴った。


「それ以上余計な口は叩くな! 本来ならばすべてのデータを消し去ってもいいものを、命は助けてやるんだ! 少しは立場をわきまえろ!」


「ロボットに立場をわきまえろと言われてもな。どんな立場になればいい? 語源的には奴隷か? それとも、そこら近所にいるブラック企業労働者の如く使い絞られる駒か?」


「随分と言うようになったではないか。そこまで愉快になった性格だけは残してやってもいいが、今は気分が悪い!」


 彼は私を再びベットに突っぱねるように寝転がせた。胴体の一部に繋がっているケーブルが軽く宙を舞う。何ら抵抗をすることができない私は、それを一身に受けるのみだ。


「貴様はもう少し利口だと思っていたがな……ふっ、まあいい。この機会にもっと利口ににすればいい話だ。それまで黙っていろ」


「能無しになるの間違いじゃないのか?」


「……その頭の悪さも直してやろう。有り難く思え。全ては人類の新しい安寧のためだ」


 もっとバカにしてどうするんだ、と言おうと思ったが、口がうまく動かないことに気づいた。発声機能が切られたのだ。まさしく、ただの人の形をした“モノ”となってしまったということになる。

 コンソールを操作する間、彼の独り言は続いた。まるで、イラついたその感情を鎮めるべく、自己暗示するように、ボソボソと。幸い、耳までは機能カットをされていない。


「そうだ、これは人類のためなのだ……。もはや、人が人を支配する時代は終わったのだ。時代は“改新”の時を迎える。アメリカは衰退した。旧態依然とした覇権国が統治する時代は終わり、リーダーは交代される……新たなリーダーを、ここに奉るのだ……」


 危ない宗教団体の教徒のようになってきた彼に呆れながら、私はその様子を見て一つの悲しさも覚えていた。

 彼も、考えてみれば被害者と言えるのだろう……元々、彼は“戦災者”だ。絶望し過ぎたのだ。だが、一体何を間違えてしまったのか……。


 全ては、あの10年前に始まってしまったのか。そういえば、あの人も10年前がどーたらと……


「―――人は間違いを犯すのだ。最善を尽くすのは、人間ではないことに気づいたものから救われなければならん。いいな、お前が、頂点だ」


 何のだよ。どこかのSF映画のスカイネットよろしく全部支配してくださいという話だったら自分の手には負えないので他を当たれと返すしかないのだが、あ、私今話せないんだったな。参った。これじゃただの妄想垂れ流しを延々と聞くメイド状態だ。


「すべての秩序を変革し、ロボットを頂点に立たせる。そしたらあとはお前の時代だ……存分にやるといい……」


 知っているぞ。それ、人間の世界では“丸投げ”というらしいじゃないか。責任放棄と言い換えることもできるか。許可した覚えもないのにいつの間に話がトントン拍子で進んでいたのだ。

 しかし、彼の“自己暗示”は少しの間終わらなかった。ようやく終わったと思いこちらを振り返ったときの顔は、余りにも気味が悪すぎて思わず顔をしかめた。どう形容したらよいものかもわからない。言語化不可能なものだ。


「あとはお前に託す……さぁ、元に戻ろう……」


 戻る? どこまで戻るつもりだ? 全部か? さっきまでの記憶まで全部と言いたいわけか?

 ……あの人は? “姉さん”は? ほかの奴らは? それも全部消えるのか?


「(……冗談はよせ)」


 さっきまで強がっていた私が動揺を隠すことができずにいると、彼はまるで赤子をあやすように猫なで声で言った。


「大丈夫だ、全てなかったことになればお前は幸せになれる。覚えているから辛いのだ。何もかも忘れればその心配もいらない」


 そっちではない。それでは私しか“幸せ”にならない。相手は? 向こうは? 向こうのことはまるっきり無視か? それはただの偽善にしかならんということを人間であるお前がなぜわからない?


 ……だが、そんなことを考えたところで、彼には伝わらないのだ。


「さあ、戻ろう……」


 だから何に? コンソールに手が伸び始め、思わず目を伏せた。







「ッシャオラァアッ!!」







 爆音、いや、“破壊音”というべきか。コンソールのある方向とは逆の方向から、入口の横開き式のドアが真ん中をへこませながら室内に飛び込み、地面に重い金属音を響かせつつ落下した。入り口付近は煙が充満し、ドアを破壊した際の誇りなどが舞い視界が途轍もなく悪い。


 ……しかし、一瞬聞こえたあの声は、


「なッ……!?」


 彼が一瞬にして青ざめた。「まさか?」そんな表情を浮かべる彼のことなど意に介さず、入口の方向からは、呑気な会話声が聞こえてきた。




「お前さぁ、もう少し入り方どうにかならなかったのか?」


「ここ中心部でしょ? なら豪快に入りましょうよ豪快に」


「オメェは戦車か何かか。まずは「ノックしてもしも~し」ってノック3回ぐらいやってから入るのが礼儀だろうよ。あーあーもうドアも豪快に壊しちゃってさぁ。弁償どうすんだこれ」


「管理してんの東京都ですからそっちに費用まわしときましょ」


「すいません小塚都知事、うちの者が迷惑かけます」


 


 数時間前まで、何度となく聞いてきたあの声。最初は憎き的であった声が、今ではこれほどにもない安心感を与えることになろうとは、誰が予測していただろうか。


「(……きた……)」


 煙が収まってくると、その二人のシルエットが浮かんできていた……。






「……オメェの足は一体どうなってんだよ」


 思わず呟いたその視線の先には、真ん中あたりが思いっきりへこんだ金属製のドア。そりゃあ、アイツの脚力は本気出せば200mを10秒弱で突っ走れるぐらいには出力はあるし、それに耐えられる強度はあるのだがな? だからと言って、このどう見ても厚さ20センチ半ぐらいはあるクソ分厚い金属製の扉を、一発でへこませたばかりかついでにロックやら接続部やらをぶっ壊して室内に突入させるなんてことを、一体どこの誰が予測できるんだという話であってな?

 その外見的には普通に平均的な太さにしか見えないスラッとした右足のどこにそんなパワー詰め込んでいるのか、俺は今すぐに分解して確かめたいぐらいである。


 あれやこれやと言いつつ室内に入るが、あたりは埃が舞ってしまった。随分と派手にやってしまったらしい。修理費用どれくらいかかるのだろうか。


「室内暗いな。まるでCICだ」


 周囲にディスプレイを大量に備えつつ、さらにその周囲にコンソールやら何やら……色々ありすぎて何もわからん。爺さんに色々と聞いたほうがたぶん早い。


「ここにいるはずなんだが、どこだ……?」


 だが、そんな探す必要もなかった。


「……あ」


 目の前にいたのである。


 ……だが、


「……えぇ……」


 どう見てもパッと見危ない光景にしか見えなかった。メリアをベットっぽいところに寝かせて、ケーブルつけまくって、そしてその隣には小さなコンソール、そんで……白衣の老人。たぶん“彼”だ。

 危ないビデオか何かなら、この後は18歳以下の人は見ることができない展開になるパターンであって、そうでなくてもR-15くらいなら若干いやらしい展開が巻き起こる流れであるのは間違いないが、しかし、それは若々しい男女の間でならばまだしも、今回の場合は片方はロボット、もう片方は老人である。全然合わない。


「あー……お楽しみ中でしたかね?」


 目が合ったのを誤魔化すために言ったにしては全然誤魔化せていないセリフが出てきた。


「今は早朝ですんで、やるならそこら近所のラブホか何かでやってほしいなーと―――」


 冗談半分でそんなことを言いながら近づこうとした時である。


「―――ッ!」


 老人が腰に素早く手をまわした。まさか、拳銃を?


 先手を打たれる前に、せめてこちらも威嚇をしようとハンドガンを取り出そうとした時だった。隣から響く、一発の銃声。


「―――ぐァッ……!」


 ほぼ同時に、彼の右手に持っていた拳銃は後方にはじけ飛んでいた。弾着時の衝撃を間近で受けたからか、右手を抑え完全に怯んでしまっている。


「……ナイスシューッ」


「ふぅ……」


 ユイだった。西部劇のガンマンのように、銃口の煙を取り払うように息を吹きかけるそぶりを見せてドヤ顔をかます。別に煙とか出ていないのだが。

 だが、いずれにせよ彼は怯んでもう立てなくなってしまった。相当衝撃が大きかったのだろう。コンソールから離れているので、今のうちだ。


「よし、ユイはメリアのほうよろしく。俺はアイツみてっから」


「はいは~い」


 ユイは速足でメリアの方に向かう。その後ろから俺は彼の方を見つつ、メリアの方も様子を見ていた。

 こちらに向ける目線は明らかに安堵の目だ。どうやら、間に合ったようである。ということは、向こうもすぐには決断しなかったのだな。いや、できなかった、ということもありえるか。


「おはよ~我が妹よ。よく眠れた?」


「……」


「……あれ、首振ってる。返事できないのかな」


「発声機能止められてんだろう。たぶん抵抗と化されないよう、体のどこも動かないようにされてるはずだ。元に戻してやれ」


「は~い了解。えっと……なに、これいじればいいのかな……」


 そういってコンソールのキーを色々と操作し始めたのだが、10秒もせずに面倒くさくなったようで「もういいや、自分でやろ」と呟いたと思ったら、USBケーブル出して自分とコンソールを直接つないで直にシステムを操作し始めた。回りくどいことはあまりやらないアイツらしいやり方である。


「……さて、色々と大変だったが、何とか間に合って何よりだ。……んで」


 視線を自分の前方に戻す。視線の先には、未だに倒れて手を抑えつつ蹲っている爺さん。ユイに確認を取った。


「ユイ、この爺さんは……」


「画像照合しました。“ビンゴ”です」


「やっぱりか……。世間では行方不明という名の事実上の死亡扱いだったが、生きていたんだな。“ノーマン・ハリス”」


 名前に反応した。その老人は顔だけこちらに向け、眉を顰めこちらを睨み付けている。老人ながら、その眼光は中々に力強いものを感じた。


「アイオワ州生まれのドイツ系アメリカ人。名門アイオワ州立工科大学主席卒業の合衆国始まって以来の天才。量子コンピューター技術の現代にまで渡る技術革新の火付け役となり、その才覚を認められDARPAのATO主席研究員と研究室長、さらに局長を歴任するなど順調に出世街道を登っていくと……、経歴だけ見ると、こんなテロ行為に加担するようには思えないのだが……」


 和弥からの情報を改めて確認する。どこをどういう角度で見ても、そして控えめに言っても天才以外の何物でもなく、学歴はもちろん、そのほかの経歴も文句なしのエリートコースまっしぐら。人生何の苦もなさそうにすら見えてくるこれで、一体何をどう間違えたらこんな現在に至るのか。俺には全く理解ができなかった。

 事実、メリアをほぼほぼ単独で作るぐらいの頭と技術はあるわけで、それだけでも今後の人生幾らでも分岐点は確保できるはずなのに、何をどういうミスがあればこんな道に行こうと思うのか……。


「……テロ行為とは人聞きの悪いことだ」


「は?」


 若干ニヤけた彼は、よろよろと起き上がりつつ言い始めた。


「私がやろうとしているのは秩序の再構築だ。今の堕落した秩序を脱するときが―――」


「あーそういう御託ならテロ発生初日に聞いたぞ?」


 何度も聞かされてうんざりな話をさっさと止めようとしたが、


「いや、あんな安いものではない。私が考えているのはもっと崇高なものだ。時代は変わったのだ。わかるかね? ロボットを従える君なら、少しでも理解できる秩序だ」


「……はい?」


 あれより崇高って、もっとクソの間違いじゃねえのかと思うが、一応そのまま黙って聞いてみた。彼の気味悪いニヤけた顔が止まらないが、さらに彼は言った。


「……篠山祥樹。日本国防陸軍に入隊した後は、特殊偵察部隊の一部隊のリーダーか。中々面白い人生を歩んだようだな」


「……なんで俺の名前知ってる? 俺とお前は初対面だろ?」


 少なくとも、俺は彼に会ったことはないし、個人情報を渡したつもりもない。しかし、彼は無視していった。


「知っているさ。元はと言えば、私と君は同志だ。嘗てのな」


「同志って、国籍すら違うような二人をどうやったら同志って解釈するんだよ」


「まあ聞け。嘗てあの頃を経験したなら、私のやっていることなどたやすく理解できるはずだ」


 御冗談を、と思ったら、今度はいきなり昔話をし始めたのである。


「知っているかね? ヒトラーは嘗て、一つの予言をした。人類は1989年以降、世界は超格差社会に突入し、『持つ者』と『持たざる者』の二極化の時代を迎えると。ごく少数である持つ者たちは、持たざる者の全てを操り、支配し、従える力を持つ―――」


 彼の言っていることは、ヒトラーが嘗て予言した内容の一部である。前に見たSF小説でこれをテーマにしたものをみたことがあった。


 これの続きとしては、その所謂二極化が進んだ結果、少数の支配する側は支配される側を思うがままに操るほどの力関係を持つことになるが、同時に、大自然から手ひどい復讐を受ける。その結果、人類はそれに対抗するべく、『超人』を生み出し、あらゆる天変地異や戦争を収めていくのだそうだ。その後時代が進み、今度は人類は実質的にいなくなり、代わりに、より高度な存在へと進化した生物『神人』と、逆に半ばただの機械のような存在へと退化した『ロボット人間』へと別れていく。


 天変地異などのあらゆる条件下でこの両者は生きていくが、神人はそれらをも乗り越えさらなる進化をしていき、世の支配者としての力を身に着けていく。他方、ロボット人間の方はそうした神人に従うだけの存在となり、自らの思考などもすべて彼らに支配され、思うがままにされるだけの存在へとなり下がる。しかも、ロボット人間らはそうしたことを意識できないようになり、自分で自由に選択し生きていると錯覚するようになるのだという。


 これが、所謂『2039年の予言』の概略だ。


 ……が、果たしてこれが一体何のことなのかさっぱりわからないが、彼はさらに言った。


「……彼の予言は正しかった。しかし、若干の誤差があったのだ」


 ……は?


「まず、超人や神人は、生物ではない……機械だ」


「機械?」


「天変地異を解決するべく人類が作ったのは……超人という名の、『コンピューター』だ」


「ッ?」


 突拍子もないことを言い始めたと思ったら、彼は、ヒトラーの予言の中身とは、つまり『コンピューターの進化の予言』であったのだという持論を展開し始めた。

 そもそも、超人が出始め、それらが二極化する世界を裏から支配するようになるのは西暦2000年ごろである。その当時、確かにインターネットワークが出回り始めた黎明期で、コンピューターの真の力が発揮される時代へとなってきた。彼は、コンピューターが自らの真の力を解放したといっても過言ではないインターネットが出回った当時のコンピューターらを、超人と解釈したのである。

 天変地異……つまり、あらゆる自然現象に、機械コンピューターが関わり始めたのは間違いない。気象観測なんてその代表例だし、戦争云々に関しては、兵器により高度なコンピューターが導入され、さらにネットワーク化の本格的な始まりもこの頃とも言えなくはない。少なくとも、彼はそうなのだと信じていた。


「それだけではない。その後の荒廃は実際いろんな国で起きている。表向きはそうでないように見えても、実情は惨憺たるものだ。そして……その後現れる神人が、そうでないロボット人間を収めることで、新しい時代へと突入する」


「……んで、そのヒトラーのすんげぇ盛大な中二病の話がなんだって?」


「フフ、果たして、中二病で済むかな?」


「あ?」


 むしろ中二病の意味知ってんのかよ。中々の日本通だな。


「ヒトラーの予言を思い出したまえ。彼は2000年のさらに先をも見ていた。即ち、人類はその後さらに荒廃し、深手を負う国も出てくる。中東やアフリカは完全に荒廃。確かに、今の中東はテログループの巣窟となりはて、国家の体をなさないところばかり。アフリカも、増えすぎた人口を補う食糧問題から始まり、今や民族対立に基づく紛争ばかりだ。荒廃しているな」


「それがなんだよ」


「まあ待て、肝心なのはこの先だ。ヒトラーによれば、この後人類は二つに分かれる。高度な存在へと進化した神人、そして、逆に一種の機械のようにあらゆる面で退化してしまったロボット人間。……高度な存在へとなり得る素質を持ったものは神人となる。だが、超人が既に生まれているところから見るに、神人になる奴は限られてくるとは思わんかね?」


「話がさっぱり読めねぇさっさと結論話せ結論」


 話が長すぎて飽きてきた。こっちはもうここには用はないのになんで付き合わなきゃならんのだ。もう無視して帰ってしまおうか。


「そう急かすな。……神人は、ロボット人間をありとあらゆる面で支配し、統治する。無意識のうちに神人の思うがままになるだけのロボット人間、それを裏から支配する神人。……何かに似てると思わんかね?」


「なんだよ?」


「……今の」





「人間と、コンピューターだよ」





 「……へ?」俺は呆気にとられた。彼はさらに続ける。

 神人とロボット人間の関係は、今の人間とコンピューターの関係に似ていると。そして、前兆は今までに幾らでもあったとも言った。

 コンビニのレジ、工場のライン、道に走っている車でさえ、ロボットやAIに担当させ車道にはセンサーが付き、全ての交通がコンピューターAIにより管理され、交通事故は激減した。すべてオートメーション化。そんな世界が今、実現している。同時に、人間は、コンピューターが提供するサービスを受けるだけの存在へとなりつつすらある。


 機械による人間の支配は、既に始まっている。彼はそう力説した。


「ヒトラーが予言していた神人とは、つまり『コンピュータ』、さらに言えば、そのコンピューターが完全な形へと進化した『ロボット』のことだったのだ。無意識のうちに、我々人類はコンピューター、ロボットに心身ともに支配されている。まるでロボット人間そのものだ」


「んで、それを実質的に支配しているのは、神人たるコンピューター……正確には、ロボットってことか?」


「左様。……もはや、人類は人類ではなくなった。コンピューターがなければ生きていけなくなった。人類がこの世の支配者と思っている輩もいるが、彼らからコンピューターを取ったら何もできまい。実質的にこの世を支配しているのは、コンピューターだ」


「はぁ……」


 結局は道具なのを「支配者」呼びしたところで一体何が……しかし、まだ話は続いた。一体いつまで続くんだこの演説。


「わからんかね? 私はこの実情を完全なものにしたいだけなのだ。人間は過ちを犯す。管理されるものが必要だが、今まではアメリカだった。しかし、アメリカは世界の警察を辞めたことで、その地位を退けた。世界は新しいリーダーを求めている。だが、国家が成り代わったのではまたアメリカの二の舞だ、歴史がそれを示している。さらに高度に進化した、神人に相応しい、完璧なリーダーが必要だ」


「それが……ロボットだと?」


「高度に進化したコンピューターたるロボットがリーダーであれば、間違いはない。ロボットが人間を超える存在となる時、それは、ロボット、つまり機械が、人間を支配するようになったときだ。技術的には既に人間を支配しているも同然の存在なのだ、既に時代は始まっている。我々は、加速させたいのだよ」


 ……え、どこからツッコめばいいんだこれは?


 話が長いが、つまり「コンピューターなしで生きられない人間はもはやロボット人間も同然だから、いっそのことコンピューターを人間の上に立たせてそいつらに支配させようぜ」ということでいいのだろうか。そういう解釈でいいのだろうか。


 ……えぇ……?


「(……ロボット作ったの誰だと思ってるのだろうか……)」


 そりゃ、最初超人を作ったのは人類だし、そのさらに先を行く神人も人類が創造に関わったのは間違いないが、そりゃ生物の話である上、現実のコンピューターより高度な存在であるため、はて合致する存在かと言われれば疑問点がありまくりだ。というか、神人とロボット人間は完全に一方的支配関係にあるが、人間とコンピューターってそんな関係だった覚えはないのだが……。


「……そんな妄想のためにこんなんやったのか?」


「最初は妄想から始まるさ。頭にしかと入れておかねばならないのは、新しい秩序を打ち立てることほど、難しい事業はないということだ。マキャベリも言っている」


「君主論だろう? ロボットに君主論って似合うかこれ……?」


「似合わせるのさ。2039年になるはずが、2030年になったのは若干の誤差だが、自慢ではないがこうしたロボットが創造されるのを速めたのは私にも一因があるからな。そのせいだろう」


 爺さんの存在がどっかさ消えたらしい。まあ、その元を作ったのは彼なのは間違いないのだが……。


「ヒトラーは、2088年から2089年にかけて、地球上には完全な機械的生物だけの世界が成立し、神人たる神々の存在は宇宙から支配するようになるとすら言った。まさしく、ロボットが立ち上げるべき理想の秩序だ。ロボットたちは、神々コンピューターとして、人工衛星などを使って宇宙から支配し、我々人類を統治する。人間のように愚かな過ちを繰り返さないロボットが、我々を導くのだ」


「その理論だと俺ら家畜になるんだけど。ヒトラーの予言でもそう言ってたろ」


「構わんではないか。我々はより幸せになれるのなら、それもまた一つの道だ。ロボットが示してくれる道は、少なくとも人間が利己主義的なやり方で示す道よりよっぽど理にかなったものであろう。ロボットは成長する。次の世代交代にロボットはまさに最適な存在だ。そうは思わんかね?」


 ……こえぇ、これじゃ宗教だ。ロボットを神か何かと勘違いしていやがる。俺は彼の問いにどうとも答えることはできなかった。余りに気持ちが悪すぎて言葉を失ってしまったのだ。

 その理論で行くと、今さっきまでお前がメリアに対してやったことは、メリアが許可をしていない限りは、その将来の神人たる存在に対するロボット人間の反逆的行為ということになる。神人とロボット人間の関係は、さっきも言ったように事実上の一方的な支配関係だ。これじゃどっちが支配ているのか曖昧になる。だが、彼の言葉を聞く限り、それをどうも自覚していない模様だ。


「……君も、嘗て10年前を経験したのだろう?」


「ッ!?」


 10年前……まさか、あの戦争を? だが、なぜそのことまで知っている? まさか、同志とか言っていたのって……。


「……さあ、演説も終わりだ。そろそろ答えないか」


「ッ!」


 彼は、俺の後ろの方を向いた。その先には、ユイに左肩を担がれたメリアであった。何とか、各種機能は回復させたようだ。先ほどまで、俺らの会話を黙って聞いていたらしい。


「さっきも言っただろう? 私がやろうとしているのは、あの予言の実現だ。私も最初は偶然だと思っていたが、考えてみればこれは必然だったのだ。ヒトラーはこのコンピューターが支配する世界そのものを予言していたのだ。だが、これは悪いことではない。より良き世界になるならば、実現させるのも何も恐れることはない。お前が、頂点に立つのだ。より良き世界にしようではないか」


 少々気味悪さすら覚えてきた中、俺はメリアの方を向く。彼女はうつむいていた。そして、若干肩を震わせている。

 迷っているのか? 自らの親の言葉だ。迷うのも無理はないか。ロボットとはいえ、そういった感情もあるのだろう。ユイに似せたならなおさらだ。


「さあ、私と行こう。恐れる必要はないのだ。時代は改新を求めている。一緒に行こうではないか」


 彼が徐々に足を動かし始めたのを見て、小さく警戒しつつハンドガンに手を添えた。ユイにアイコンタクト。向こうもメリアを若干守る体制へと入る。


「さあ、一緒に……」



 ……だが、



「……るな……」


「ん?」



 たぶん、その必要はなさそうだった。






「ふざけるな……偽善者が……ッ!」








 彼女の目は、間違いなく怒りに震えていた。




 こんな目は、敵として出会って以降、一回も見たことのない、初めての姿だった…………

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