捜索奪還
―――東の空が明るくなり始めれど、まだ陽が昇っていない午前5時前。装備一式を取りそろえた俺らは、広域防災公園のヘリポート前に集まった。そこには、軽装甲機動車が3台並んでいる。既にエンジンはかかっていた。
一通りの作戦は決まった。急造ものだが、それでもシンプルイズベストで行くのが全てにおいて一番である。元より、行き方なんて一つぐらいしかない。
「いいか、これは東京地区治安維持部隊指揮官の命によるものではあるが、霞が関、市ヶ谷には許可を受けていない、我々独自の極秘作戦である。ゆえに、味方に見つかることも許されないことを重々承知しろ」
二澤さんが乗車前に全員に向けそう言った。
今は味方にすら見つかってはいけない。政府も、国防省もこの作戦自体を認可してないどろか、存在すら把握していないのである。全て、例の指揮官の独断によるもので、完全に文民統制から外れる行動であることを自覚しなければならなかった。
故に、味方に見つかることもあってはいけないのは当然のこと、つまりは通信に類する数多の外部とのアクセスにも神経を使う必要があるということでもあった。東京地区治安維持部隊が使用しているものとは別で、独自に向こうが用意してくれたものを使うことで話はついたものの、それでも極力外部とのアクセスを避ける方針となり、さながら前時代的な市街地戦と同様の状況と相成った。
「味方位置はある程度把握しているが、それらに接触しないよう細心の注意を払って行動する。そのため別々の行動になった後、入口で会おう」
威勢のいい俺らの返事を満足げに聞くと、
「乗車!」
颯爽と軽装甲機動車に乗った。若干狭さを感じる車内に乗るや否や、一号車から三号車と順番に点呼を取り、順次進発。三台列をなしていたのは広域防災公園とその周辺までで、少ししたら三台とも一斉に散会して別々のルートを取り始めた。
「えっと、じゃこのルートを通りまして……」
助手席に座る和弥がマップを表示させたタブレットを片手に運転役の人と進行ルートの協議をしている最中、さすがに椅子に座ったら眠気が襲ってきたので短時間ながらも寝ておこうかと考えている時だった。
「……ん?」
隣に座っているユイが何かを握りしめてじっと祈っていた。何も言わず、静かに目を閉じて。
見ると、その手に持っているのは、自分自身のお守りにしているヘアクリップである。
「……なんだ、お守りにお祈りか?」
「今はこれぐらいしかできませんものでね。ロボットが祈ったところで届くか知りませんけど」
「祈らないよりはマシだ。通じてることを祈るんだな」
「まずそこから祈らないといけないんですか……」
そう言いながら、ヘアクリップを胸ポケットにしまった。そして、大きなため息をつく。
「無事かな……あの娘」
「大丈夫だろ、と言いたいところだが……主導権は向こうが握っている。何もわからない現状では、適当なことは言えんな」
「いつだったか無事なことを信じろって言ってませんでしたっけ?」
「現実的な話としてだよ。そっちは精神的な意味。土俵が違う」
「そら失礼」
すると、後ろから一人の女性の声。
「でも実際、あの娘が何かされるって具体的に何があるの? 人工知能ぶっ壊されるとか?」
新澤さんの声である。
「相手方の方針にもよりますが、まずは物理的にぶっ壊すのが手っ取り早いかもしれませんね。それこそ、適当な警備の奴から自動小銃なり借りてハチの巣にでもしちまえばいいんですよ」
「でもあの娘、装甲そこそこあったわよね? ユイちゃんに似せるために」
「言うても、ユイの奴にも言えますが、同じ場所を集中的に連射されることは想定されていませんよ。接射でバンバン撃ってれば簡単に貫通するでしょう」
「接近できるのかどうかの問題は?」
「元々彼女はあの男が作ったものです。強制停止のやり方ぐらい拵えてますよ」
危機管理的な意味も込めて、自身の制御を外れたロボットを強制的に停止させるシステムは既存のロボット界隈ではメジャーになっている。桜菱やらカワシマやら富士見やら。しかし、全部R-CONシステムを介してのモノのため、そのクラウドが乗っ取られた今となってはそれも意味がないのだが、ユイやメリアはそうではない。
直接何かしらの方法で強制停止させる方法はいくつか用意されており、ユイの場合なら、強制的に全ての動作を止めて電源を落とす停止コマンドを、中枢AIに否応なく受信させ実行させる方法もあれば、USBケーブルを使って直接コマンドを入力して同じく電源を落とすやり方もあれば、中には、途轍もなく強引だが、物理的に滅茶苦茶強い衝撃を人間でいうところの脊椎のある部分に与えれば、それを停止命令と解釈して勝手に止まるものだってある。あと、電源を落とす停止コマンドを起動するパスワードになる文字を直接耳元でいえば勝手に電源が落ちる奴だってある。
「やってみます? 間違いなく落ちますよ?」
「え、知ってるの?」
「知っててもやめてください。あとなんで嬉しそうなんですかそこ。そこの女性」
すぐに耳をふさいで引くユイの後ろには、なんでか知らないがなぜか嬉しそうな表情を浮かべる新澤さん。貴女、ユイ寝かせて何するつもりですかね。
「でもそれってあれでしょ? スペインの『EVA』ってSF映画にあった奴でしょ? 『目を閉じて見えるものは?』ってアレ」
「ご名答。あれからヒント得たらしくてですね。自分も見ましたよ昔は。中々に泣けましてね」
2011年公開のスペインのSF映画『EVA』。決してどこぞのドでかいロボットがよくわからない化け物と戦うアニメ映画の略称ではない。幾つかの賞を受賞したりノミネートしたりするなどの高評価を受けた作品であり、俺も昔みた。
音声によって「目を閉じて見えるものは?」と唱えることは、この映画においてキーとなる演出である。爺さんもこの映画の一視聴者であり、ここからヒントを得て、複数ある強制停止コマンドの一つとしてくみ上げた。
……が、
「……もしかして、コマンドってそれ?」
「違います」
そういうわけではない。というか、それが本当なら今さっき新澤さんがその言葉を発した時点でユイはさっさと電源落として眠っている。
パスワード自体は、先の「目を閉じて見えるものは?」と同じように、普通の日常会話では基本的に使わないもののうち、わかりやすくちゃんとした文になっているものである。知っているのは、この場では俺とユイぐらい。自身の意思に関係なく電源を落とされるとはいえ、どれがそのコマンドなのかぐらいは本人も一応知っている。
「何か暗示みたいね。寝ろって言われたらふっと寝ちゃう感じ」
「なんすかその催眠術みたいな」
「あれってかかり易い人とかかりにくい人いるらしいわね」
「俺基本催眠術信じてない人間なんで」
テレビでやってるのも最近演技くさく見えてきた次第である。
「んで、そういうのを使って眠らされてるかもしれないってなれば、あとはあんなことやこんなこともできるって話?」
「そういう話なんですけど、言い方いやらしくないっすか?」
「たぶんしてるわよあの男」
「すんげえ偏見」
「だってロボットを若い女の子にしちゃう男よ?」
「それ爺さんに行ってくれませんか」
「来世は東京のイケメン男子にしてくださーいッ」
「お前は田舎に住む巫女女子高生かよ」
しかもその流れだと本当に誰かと入れ替わるパターンなのだが。あと彗星が落ちてくる流れなのだがイージス艦配備されていただろうか。というか今のSM-3落ちてくる隕石落とせただろうか。
「まあ、物理的に破壊されたとして……それ、ありとあらゆるデータはどうなるの?」
「そらまあメモリーぶっ壊れてたら一巻の終わりですし、ギリギリそっちは回避してたら、ボディはどうしようもないですけどデータだけは回収してコンピューター上で修復は可能ですし……」
「それどこにあったっけ?」
「基本的にユイと同じく胴体内ですが」
「具体的にどこ?」
「胸部の奥のほう」
「ダメじゃない! あの娘胸そんなないし装甲薄いでしょ絶対!」
「待って。その発言はマズい」
「え?」
「HAHAHAHA」
「……」
一瞬、ユイが高らかに笑ったと思ったら、すぐに何も言わなくなった。顔は右手側にある防弾ガラスの方を向き、視線は外。ほんの少し明るくなり始めた東京都中央区外縁を眺めるその視線は、ガラスに映った反射を見る限り、間違いなくハイライトが消えた奴である。少なくとも遠い目をしている。
「……大丈夫だ、誰か言ってたろ? 貧乳は希少価値でステータスなんだと」
「あ、貧乳は否定しないんですね」
「いや、否定するほどにはさすがにないし」
「チクショウ、降りたら覚えてやがれクソッたれめェッ」
「相棒よ、口調を戻せ口調を」
「巨乳の喜びを知りやがって、許さんぞお前ッ」
「濡れ衣すぎるわ」
たまに起きる、敬語なしのガチトーク。これが起きた時は基本的にユイがガチでキレてるか演技しているかの二択だが、たぶん今回の奴は半分前者半分後者であろうと思われる。彼女にとって貧乳はステータスではなく若干のコンプレックスである。気にするな、世の中胸の大きさで人の好さは決まらんのだ。
「貧乳はステータスと聞いて」
「お前はナビしてろナビ」
唐突に後ろを振り向いた和弥をさっさと前に向けなおしつつ、話の続き。
「まあ、物理的にぶっ壊されているかどうかはさておいて、少なくともメモリーデータさえ回収できれば復元は容易ですから、それだけでも何とか回収したいところですね……」
「もう一回初期化して、自分の駒に戻すって方法は?」
「むしろその可能性の方が高いんじゃないかって個人的に思えますね。わざわざぶっ壊すぐらいなら“再利用”のほうがはるかにメリットが高いですよ。ハードはまだ十分使えますし、ソフトウェアなんざあの男の手で弄りまわして終わりでしょう」
「それ、人間でいうところの記憶喪失みたいなものよね?」
「ですねぇ……」
人間でも、記憶が消えて誰が誰だかわからなくなるというものはある。また、俺は余り信じていないが、催眠暗示的なものを使って記憶を消したり封印したり、またはその逆をすることもあるという。だが、相手がロボットならもっと簡単だ。プログラムを自由に書き換えればそれで終わりなのである。
ロボットの記憶は固いように見えて、見方を変えれば途轍もなく脆いのである。彼女が、自ら言っていたことだった。
「危機管理の面も考えて、何かあったときの初期化コマンドぐらいは何かしらの方法で用意していると見たほうがいいでしょう。メリアのAIの制御外から色々と手を加える術を幾つか用意しているとして、その中に初期化のコマンドもあるかもしれません」
「初期化って言ってもデータは直ぐに消えないって聞いたけど?」
「ええ。PCとかもそうですが、初期化したばかりの場合、すぐには既存のデータを削除せずに一定時間OS内に保持されて、次の削除するファイルが指定されて、これ以上保持する容量がなくなった時、初めて古いデータから消されて行きます。それまではまだ残っているので、復元の可能性があるんですが……」
「その保持されてるやつにまで手を加えることができるなら?」
「……もう、手遅れと思ったほうがいいですね」
「だよねぇ……」新澤さんはそう呟いた。
ロボットのAIに組まれているデータの初期化に基づく構造はPCとほぼ同じである。初期化に限らず、何かしらのデータを削除したとなった場合、誤認削除による防止策として、一定時間はまだ完全に消されず、“ゴミ箱”に置かれる。ごみ箱がいっぱいになるぐらい削除指定されたデータが溜まったら、古いのから取り出して焼却処分という名の“完全なる消去”が行われるため、そうなるまでにメリアを救出できれば、仮に初期化されていてもデータの復元は可能である。
……が、ごみ箱に入れた瞬間さっさと焼却処分するかの如くさっさと消去された場合はもう手遅れである。ユイの場合はそういうシステムにはなっていないため、メリアもどうかそういう構造になっていることを祈るばかりであるが……。
「爺さんの話の通り、メリアを作った男が例のハリスって男だった場合、彼は彼で爺さんが元々作っていたセミブレイン型OSとは違うものを使っている可能性の方が高いだろうな。自分で作ったOSを使うはずだ」
「それはなんで?」
「爺さんの作ったセミブレイン型OSをそのまんま持って来たら解析が容易になります。ある程度は真似るかもしれませんが、肝心の部分は変えているでしょう。全ては、機密を守るためです」
「その肝心の部分の中に、初期化に基づくシステムも入っていたとしたら……」
「間違いなく起動させるでしょう。俺らはそれを止める術は、ないんです」
全く別のOSに手を付けられるほど俺は技術はない。爺さんレベルの頭の人が作ったOSの構造をすべて即行で手を付けるならもう爺さん連れてくるしかない。もしくは、ユイに高速で演算でもしてもらうべきか否か。
「本当にここいらへんは、あちらさんが下手なことしてないことを祈るしかないんですよ。信じてどうにかなるレベルを超えてるのはわかりますが、俺らは信じるしかできませんしねぇ……」
「向こうと連絡が取れなくなって早3時間前後は経つけど……何か手加えてるかしら」
「メリアのことは彼だけじゃなく、東京で行動を起こしているNEWCメンバーも知っているはずです。少なくとも、幹部連中はそうでしょう。彼の一存でメリアのことをどうにでもできるかどうかは微妙なところですね」
向こうの指揮系統や意思決定構造にも依るのでここはどうともいえないが、少なくとも、ユイを奪還した際のイリンスキーの行動を見るに、メリアの動きは向こうもある程度は把握していたのであろう。でなければ、和弥らが一時ロボットを使った援軍阻止を受けた説明がうまくつけられないし、あそこまでのロボットの把握は、何かしらのコンピューターを使うこともできれど、メリアを使った現地指揮のほうが効率がいい。
「たぶん、メリアの扱いに関しては彼だけじゃなくNEWC上層部も絡んでるから、彼の一存で勝手に物理的にに壊したり初期化したりってやってあとから文句言われたくはないだろうと思う。必ず何かしらの形で問い合わせる」
「傍受してる通信からは何もなかったはずだけど」
「もっと別系統の秘匿した通信手段を用いているのかもしれません。CPやHQでそこらへん調べられればいいんですが、絶対時間かかるし……」
「こっちが例の地下施設に侵入した段階で、向こうが急遽連絡をとって増援でも呼ばれたら厄介だわ。二澤たちが何とかしてくれるはずだけど、万一こちらの知らない別手段があったとしてそれを使われたら、初期化などの何かしらの対応が早まるかもしれないし、出入口は一つだけだから、そこをふさがれたらもう太刀打ちができないわね……」
入れば道はある程度枝分かれしているので比較的楽なのだが、入口が現状一つしかないのが一番の難点である。入るにしても、そこを突破しなければどうにもできない。これがまた、面倒くさいのである。
「和弥、あとどんくらい?」
「あと10分もかからんよ」
「少し手前の交差点で降りよう。近くに警備待ち構えてるかもしれない」
「あいよ」
すぐに和弥が運転役に伝えた。その通りに軽装甲機動車が止まると、周囲に誰もいないことを肉眼で確認し、さっさと降りる。
「じゃ、あとは頑張れよ。健闘を祈る」
「了解。送迎どうも。お帰り気を付けて」
比較的細い路地の前に降ろしてもらった俺らは、そのまま軽装甲機動車が離れていくのを見守りつつ、すぐに足を動かした。
「ここずっと行くと十字路が見えて、そこを左に行く。そしたら、でっかいビルがあるけどそこにぽつーんとさりげなくあるのが銀座一丁目駅の入り口だ」
「細い路地だから敵がいても割といる場所は限られるが、大丈夫か?」
「大丈夫だろ。味方はこの時間はここにはいない。敵がいても少数だ。午前4時時点の事前偵察の情報によればそうだから間違いない」
ユイを先頭にし、和弥のナビに元慎重に銀座一丁目駅に向かう。まだまだ暗い細道を行くと、確かに十字路。人気はこれっぽっちもなかったため、さっさと走って入口からさっさと階段を降りる。
電気が通っていないため真っ暗な通路。すぐにHMDを暗視モードに設定し暫く行くと、とある通路の横に、立ち入り禁止の看板付の扉が見えた。途端に、和弥が声を張る。
「見えた、これだッ」
「ここでいいのか?」
「間違いない。ここから中に入れるはずだ」
扉の前に立ち、鍵がかかっていることを確認する。近くに電子キーを入力するテンキーがあった。
「じゃあユイ。後はよろしく」
「お任せあれ」
ユイはポケットからUSBケーブルを取り出すと、テンキーの装置と自身とをつなぎ、電子的に直接鍵をこじ開け始める。一々パスワードなど入力している暇などないのである。
「こんなことならメリアから事前にパス教えてもらってればよかったな」
「今更いうなよ」
そんな愚痴を和弥と言いつつも、ハッキングは順調に進んだ。元々使われなくなった通路の再利用施設とはいえ、あの男の使用する極秘施設でもある。電子ロックは厳重なうえ、ハッキングが入ったら直ちに警報が鳴りそうなものではあるが、ユイの手にかかればそこらへんは完全に回避できる。ついでに、この入り口を監視している監視カメラも、このテンキー装置からカメラのコンピューター内部に侵入してハッキングさせた。今から一定時間前の映像を無限にループさせるのである。
「……はい、オッケー」
そう呟いたと同時に、「ピー」という電子音とともに「ガチャッ」と扉のロックが解除された。ゆっくりと中を開けてみると、電気はついているが、中は静かである。
「警報はなってないっぽいな?」
「電子の世界でも無敵とか、こいつに出来ないことないんじゃね?」
和弥がそう冗談を言い放つ。
「いやいや、一つだけありますよ、一つだけ」
「なんだよ、一つだけって」
「負けるってことです」
「……メリア助け終わったらこのドヤ顔を思いっきりぶん殴ってやるからな、覚悟しろよ」
「理不尽すぎる」
ユイの抗議をスルーしつつ、俺たちは中に入っていった。
幸いなことに、通路に入ってすぐは、右斜めに曲がって、さらに数メートル先がさらに左に45度くらい曲がっているという構造のため、死角がある。そこに暫く潜むことにした。
「カメラ、本当に大丈夫なんだろうな?」
「映像は確認しましたよ。大丈夫です、カメラには至って平和な無人の光景しか映りません」
胸を張ってユイはそういった。本人が自信満々にそういうのなら安心していいだろう。
「よし、敵が来ないか見とけ」
「はいはーい」
ユイが曲がり角のすぐそばまで接近し、手鏡を使って通路の様子を伺う。X線はどうもここでは使えないらしいが、無理もない。
「……随分としっかりしたつくりだな」
通路はガッチリ整備された白灰色のコンクリートで埋め尽くされ、上部両サイドには等間隔でLEDライトが通路内を明るく照らしていた。恐らく鉄筋コンクリートであろうし、特に鉄筋を入念に組んでいたのであろう。X線がうまく通らないのだ。
「どう考えても結城さんの言っていたようなお役御免を受けた通路じゃないな……絶対金をかけて整備しなおしてる。いや、拡張してるっていうべきか」
「どこから金をふんだくったんだかねぇ。こんな整備が、この迷路みてえな施設全体にまでいきわたっているのだとしたら、その工費は相当額だ。絶対一個人や一慈善事業団体が持ってこれる額じゃねえぞ」
「東京都が主導していた地下鉄大規模近代化整備計画の残り物が、こんな近未来的な通路だったなんて、どう考えてもあり得ねえしなぁ……東京都が一応補修維持を担当していたらしいから、そこからか?」
「可能性は高いな。全てではないだろうが、足りない部分の多くは東京都民の税金をちょろまかしてきたはずだ。この旧整備網の維持には、東京都と地下鉄関連各社しか関わってないが、地下鉄関連各社はあくまでスポンサーで、主としては東京都しか関わってないからな。国も計画の支援はしたが、この旧整備網には関わっていない」
「相当な額だが、結構な年数をかけてんだろうな。てか、どの会社がこれ整備したんだか」
「わからねえな。これだけの整備をやれるゼネコンなんざ限られてるが、どれにしたって大会社故、本当にそいつらがやってたんなら、そこの経営陣もNEWCの手中って話になる」
「規模がでかすぎるな……」
改めて、奴らの考えている計画の規模を思い知った。余りにもいろんな業界や企業を巻き込んでいるあたり、彼らの本気度をうかがい知ることができるだろう。
ここまでの整備事業を、誰にも悟られずにやるということ自体が不自然だ。極秘裏にやるには規模がでかすぎるため、何かしらの名目をつけて表向きには説明しつつ工事をしていたとみるのが自然だが……。
「調べれば出てくるか?」
「そう思ってさっき出発前に調べてたんだがな、興味深いのがあったにはあった。日本のゼネコン大手の香取建設が、実は東京都から地下鉄関連施設の一部の維持・整備を委託されてんだよ」
「香取建設が?」
香取建設といえば、日本を代表するゼネコンの一つで、名前を言えば日本人なら大体思い出すぐらいには有名な会社であった。だが、和弥によれば、東京都が維持整備の事業をこの会社に一部委託していたのだという。
「例の地下鉄整備計画には、香取建設も大きくかかわっていたんだが、整備計画完了後も引き続き整備と維持を任せていたんだ。その区画の中に、ここが入ってる」
「“黒”ってことか?」
「可能性は高い。あの超有名ゼネコンがNEWCの手中にあったとなれば、週刊誌は賑わうぞ……」
和弥の顔が思わずニヤける。情報屋としての本能か、スキャンダル的な話には目がないのだ。
だが、ただの維持整備という名目であるならば、ここに色々と機材を持ち込んだりということもできるかもしれない。それにしたって随分と長い期間はかかりそうだが、末端の工事関係者らも、「ただの整備」と言われて働かされていたのだとしたら、結果がこれだとしったらさぞ愕然としただろう。
……とはいっても、よく今まで誰もバラさなかったなとは思うが。
「香取建設は国から事業を委託されることもある。機密保持性は高いんだ、その関係だろう」
「なるほどね」
和弥の説明に納得するように頷いた時である。
「……おッ」
段階的に、通路の電気が消えて行った。数秒と経たないうちに全ての電気が消えると、通路の奥からは慌てふためくような叫び声がかすかに聞こえる。
「二澤さんだ!」
和弥が言った。事前に、この旧整備網に使われる独立した電源の存在は確認していた。だからこそ、銀座一丁目駅が完全に電気を落としていても、ここだけは何事もなく電気がついているのである。
元々使われていた電源の流用なので、場所は直ぐに特定。二澤さんらがすぐに特定。あとは、その自家発電装置を切ってしまうだけである。
そして、それは俺たちに対する“合図”でもあった。
「(今は無線なども使えないはず、警報も、外部への救援もできない)」
絶好のチャンスだ、「やれ」、ということである。
「ユイ、行けるか?」
「行けます」
「よし、行くぞ!」
再びHMDを暗視モードに設定し、死角から俺たちは身を乗り出した。
前方、敵が複数。右往左往する中、俺たちは前進しながら射撃。瞬間的に光る発射炎に驚愕する暇もなく、敵は一気に倒れていく。しばらく進み、別れた通路があると、二手に分かれた。
「和弥と新澤さんは監視室に向かってください。向こうだけ電源が別系統の可能性があります。何もなかったら連絡ののち“奥”で合流を」
「オッケー」
「了解。んじゃ、行きますか」
「ういっす」
和弥と新澤さんが離れたのを確認しつつ、俺たちは正規ルートで“突っ込んだ”。
事前に作戦は練っていた。マップを確認し、あっちこっちにいきながら、敵が混乱している最中をうまく利用し……
「突っ込んで、突き破れ」
シンプルイズベスト。簡単なほうがやりやすい。そして、そのほうが、割と守りにくい。
敵は暗視装置をお持ちでないらしかった。室内だからと完全に手薄な警備体制であったが、どう考えても慢心であったことを後悔したであろう。
「(よし、行けるぞ。あとはこの通路を直進して次のT字を……)」
……そこまで考えた時だった。
「―――ッ! えッ!?」
俺は一気に目をふさいだ。周りが明るい。HMDの暗視モードを切ってみる。
……嘘だろ?
「電気が……点いた……ッ?」
そんなバカな。作戦じゃこのままずっと電気はつかないはずだ。二澤さんたちのほうで何かトラブルでもあったのか? 敵襲にあって電源を戻された?
しかも、非常にマズいことに、
「―――クソッ、左の通路!」
俺はユイとすぐに身を隠した。敵を倒している最中に明りがついてしまったため、完全にこちらの存在を露呈することになった。和弥たちの方も恐らく同様だろう。
「ユイ、牽制しろ!」
「了解!」
すぐに和弥と連絡を取った。
「おい、そっち明りついたか?」
『ついた! 作戦じゃこのままおちっぱなしじゃなかったのか?』
「向こうにトラブルがあったか、別系統の電源があったのかもしれない。作戦変更、プランBだ。そのまま監視室に行って状況を確認してくれ。二澤さんに出来るだけ状況を伝えろ! そのあとはこっちに合流を!」
『オッケー、任せろ!』
ここからでは二澤さんのほうには電波がうまく届かない。監視室にある通信システムを使うしかなかった。和弥らの安否が心配だが、今はやることがある。
「ここにいても始まらない。強引にでも行くぞ!」
できるだけ全身を試みる。手榴弾の投擲に始まり、ユイの突貫。俺の援護射撃。これらをうまく組み合わせ、強行突破を試みる。
ここはもとより死角が分かれ道以外ほとんどない。手段はこれぐらいしかないのである。どこかの部屋に籠城などできるわけもないのだ。
「(大丈夫だ、敵はそこまで重武装じゃない。これなら―――)」
だが、それが油断だったのかもしれない。
別のT字路に差し掛かった時、敵がいるかを確認せずそのまま突っ走ろうとした時だった。
「―――ッ!」
T字炉に入った瞬間、射撃音。……銃火器じゃない。これは―――
「ッ!?」
左情報にコンクリートが擦れる音。瞬時に理解した。RPG-7だ。一瞬見えたRPG-7を持った警備兵。屋内でRPG-7を撃つとかどんな素人だッ?
しかし、天井に斜めに当たった結果、物理法則にしたがって、コンクリートの破片が斜め下方に落ちてきた。
落下地点が、俺の走っている先。
「(しま―――)」
後ろから声。
「危ないッ!」
後ろからの追突音と、
コンクリートの破片が俺の視界に最接近し、視界がほぼ暗くなったのは、
ほぼほぼ、同時であった…………