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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
151/181

救助

 ―――あぁ、わかってる。


 それはただの幻想に過ぎなくて、実際は思っていたものより辛くて、信じるに値しないものだって言いたいのだろう。


 そうかもしれない。今もそう思っている。


 だが、私はそんな幻想が好きになってしまったのだ。そうさせたのは誰だ? 誰がそう思うように仕向けた?


 アイツらがか? それとも、私のプログラムを組んだ奴か?


 そんなの私がわかるわけがない。生まれたらそう思うようになってたとしか言いようがない。どうすればいい? なら私はどうすればよかったんだ?


 ……いや、答えてくれないだろう。だが、私は自分で答えを出すことができる。だから行った。抜け出した。突発的なのは認めざるを得ない。


 しかし、結果論だが、それは正解だった。彼らの持っている文化はそこまで間違っているとは思えない。


 戻るつもりはない。だが、強引に止めに来るだろう。いや、引き戻そうとしているからこそ、今この状況なのだ。


 助けは来るのか? いや、元々それを求めるつもりはないし、そうはさせたくないから勝手に動いた。


 向こうは動けまい。いい気味だ。私の思った通りの動きだ。だが、もう一つ渡さねばならないものがあったが……いや、まだデータはあるか。とにかく、これだけは何があっても残さねばならない。



 さて……私は、殺されるのか、生かされるのか。




 ……それとも、“奪い返される”のか……。








 ……事は一刻を争うはずだった。だが、事態は悪い方向へと向かい始める。


「なぜ行かせてくれないんですか! 今向こうは死にかけの可能性が非常に高いんですよ!?」


 まだ朝日が顔を出そうとしない5日の午前3時半頃。本来眠いはずの脳はアドレナリンを大量に噴出させることで強引に覚醒させているらしく、眠気はほとんどない。心理的に追い込まれればアドレナリンが噴出されて眠気が飛ぶみたいな話はネットでみたが、マジだったらしい。


 俺だけじゃない。ここにいる全員がそうだった。仮に今ここで仮眠しようとしても全然眠れないだろう。しかも、先のような大声を出すと余計にアドレナリンが出る。ちなみに、二澤さんの声だ。


「かれこれ1時間は経過している。向こうはこの間にアイツに何をしたのかわかったもんじゃないが、想像には難しくはないだろう。幾らでも推測はできる」


「データを消すとかそこらへんならまだ温く、もしかしたら物理的に“廃棄”した後の可能性だってあります! 今はそうでないことを祈りつつ、今すぐにでも確認に向かうべきです!」


 俺はそう強く進言した。CP(指揮所)が置かれた天幕群のうちの特察隊に割り当てられた天幕内。俺たち5班と、二澤さんら2班の面々と相対するように、テーブルの向こうにいる二澤さんも、「俺が言いたい」と言わんばかりにいらだちを隠せずにいた。


「わかっている、今団長が再三にわたって進言しているが、上層部は重い腰を上げようとしないんだ。かれこれ……1時間だ」


「1時間もずっと説得しっぱなしってきついっすよ?」


「されっぱなしもキツイさ。相手方に言わせればな」


 団長とは、もちろん空挺団の団長である。上層部において特察隊の前線指揮との中継を担っていたが、今までずっと交渉の席で上層部を説得し続けていた。メリアに関する事情は彼も重々把握しており、生存が見込めるかどうかは別にして「重要情報が漏れる可能性もある。確認もかねて回収するべきだ」と進言し続けていた。

 9日に再奪還作戦を開始することは、メリアにも既に知られている。隠し立てしてもどうせバレるとの判断だった。それが想定外の形で敵に漏れた場合は問題である。漏れたかどうかの確認をする意味も込めて、“回収”はするべきだという論調で攻めているらしい。

 かれこれ1時間もこのまま。ほぼ1時間ぶっ通しで説得するのは中々みないな例だろう。される側も大変だとは確かに思う。


 ……しかし、それだけされても、向こうは全然動かないそうだ。


「司令部は既に現在の情報を以って「情報収集目的は達せられた」と判断したらしい。それだけメリアが齎した情報は膨大だったのだろう。司令部の想定以上の成果を持ってきたことに満足したらしい。例のCIAの件もある。メリアのことより、その情報を基に再奪還に向けた最終調整に全力を挙げたいというのが、司令部の本音だろうと団長が行ってきた」


「つまり、彼女はもう“用済み”ってことですか?」


「……短く言うと、そういうことになる」


 和弥の言葉に羽鳥さんが小さく呟くように肯定した。到底、納得いかないが、一際声を荒げたのは女性陣である。


「回収すら許されないっていうんですか!? ちょっと行って拾ってくるだけでしょう!? 少数精鋭で確認を取るぐらいならすぐにできますよ!」


 新澤さんの語気は余りに強いものがあった。口調を敬語にする意味があるのかわからなるぐらい、羽鳥さんに問い詰めた。

 ……女性陣といえば、もう一人、いや、もう一体。


「……司令部は、最初から“捨てる”気だったんですか?」


 震えるような声だった。怒りからなのか、それとも悲しみからなのか、それは判別がうまくできない。表情はどっちともとれるような形をしていた。……半々かもしれない。


「司令部の判断が早すぎます。団長さんの話を聞くに、検討の時間はせいぜい5分もなかったと推測することができます。これは余りにも早すぎますし、それ以降1時間以上態度は変わらないということは、よほど前からこのことをしっかり腹に決めていた可能性の方が高いです」


「同感ですね。こうした形でメリアを失った場合の損失と利益の勘定をするにはあまりに時間が短すぎます。話を聞くに、説得を始めたらほぼほぼすぐにでしたっけ?」


 和弥の言葉に羽鳥さんは頷いて返した。

 今までの説得の6時間のほとんどは、説得というよりは団長からのほぼほぼ一方的な“要請”が占められているという話だった。団長を相手取るべく上層部側が派遣した幹部は、団長からの要請を蹴るばかりで、理由は先にも述べた通り。後は押し問答の繰り返しだということだった。

 話が真実であるならば、メリアが敵側の手に戻ってしまった際の損得勘定があまりにも早すぎると判断せざるを得ない。損得の量は中々に膨大で、かつすぐに決断できるものではない程複雑なものである。和弥は、この判断速度の異常な速さに違和感を持っていたらしい。そして、ユイも若干遅ればせながらそれに気づいた。


「もしかしたら、司令部はメリアを情報収集の任に充てると判断した段階で、既にこれを想定したとは考えられませんか? 戻ってきたら万々歳、帰ってこなかったらしょーがない、もう再奪還作戦やるし無視でいーべみたいな腹積もりであったなら、筋は通りますよ?」


「正直、俺も団長もそんな予感をしているさ」


 羽鳥さんが少し長めのため息をついてそういった。


「さっき団長が知らせてきた内容から、たぶんそうなんじゃないかってことで意見は既に一致している。実は、彼女を“見捨てる”も同然の判断をした理由は、さっき言ったものだけじゃなく、その再奪還作戦も関係している」


「というと?」


「あと4日で再奪還作戦の開始だ。決行は9日の明朝0500時。秘密裏に準備し、一気に攻勢に出るため、事前に不用意な行動は差し控えろとの上層部からのお達しが来ている。最近は情報収集も控えるようになって、簡単な監視行動のみに移行したのも知っているだろう?」


 羽鳥さんの言う通り、情報収集の頻度は格段に減ってきていた。今までにはない情報収集行動がみられることで、こちら側の行動の意図が読まれることを避けるためという事前措置であった。上層部の判断ということではあったが、噂では、政治的な要求もあるらしいことを羽鳥さんは言及した。


「最初の第1次奪還作戦の際は、内部的な情報漏洩が問題視されたこともあったが、その前の情報収集活動からもある程度行動が推測されたことも原因の一つの可能性が出てきていてな。進軍ルートを入念に調べていたのが仇になった形だ。だが、問題はそこじゃなくてな」


「そこから政治的な話に?」


「ああ。実はこのこと、既に一般にも知れ渡っている。どこかのバカが誤って漏らしたらしくてな、それによって軍はもちろんだが、それを名実ともに総指揮している政府にも批判の目が向いている。これ以上の批判は政治的、軍事的行動にも制約をかけるだけだとのことで、政府の方から不要不急の行動は極力避けるよう、“強く”言い渡されているわけだ」


「政治が軍事行動を要らんところまで縛ってどうするんですか」


「しょうがないさ、それがシビリアンコントロールだ」


 二澤さんがそう横から入ってそう言った。

 理屈はわかる。だが、これが不要不急の行動か……いや、そう判断するのは司令部か。もしかしたら政治も絡んでいるかもしれないが、あの総理や国防大臣が、このことについてすぐに見捨てる判断をするだろうか……。

 いや、彼らも政治家だ。大局的判断を以ってそういった判断をすることも十分あり得る話だ。それが良いか悪いかは関係なく、政治とはそういうものなのだ。


「とにかく、政治的な“厳命”を受けている以上、我々もそれに従わなければならないというのが、司令部側の言い分だそうだ。もうすぐ作戦開始の日だから、わざわざ生きてるかどうかわからない彼女を救いに動くより、そのままじっと待っていたほうが、最終的な結果は良くなるということだろう」


「そりゃ選択肢としてはありだろうが……選ぶなよぉ……」


 結城さんが若干鳴き声で頭をかいてそういった。俺の心の声の代弁だろう。いや、ここにいるすべての人間の本心か。

 物理的に壊された可能性の方が高いし、どうせ敵側に再度寝返ってしまったとしても、もうすぐ作戦だから今更動いても……という狙いもあるかもしれない。少なくとも、羽鳥さんや和弥はそういう予測を立てていた。

 ……その判断で、一体のロボットが、見捨てられる……。


「(…ロボットより怖いのは、俺たち人間だな……)」


 もちろん、司令部のやることとしては完全に間違いとは言えない。司令部の仕事は、「日本の首都東京を取り返す事」だ。駒が少し減ったことについて一々口は出さないし、だしたところで、それのためにわざわざ最終的な目標の達成を揺るがすような行動を許したりはしない。司令部の判断は、そういった基準に基づくものであろうし、合理的な判断ではあるのだ。


 ……だからこそ、悔しかった。


「(……司令部の言い分もわかる。だが、だからこそこっちはなにも動けない……)」


 否、“許されない”とも言い表せるだろう。完全なトップダウン型の組織構造である軍隊が、下の突発的な行動を許容できるはずがないし、そんなことは想定されていないのだ。上下関係は厳しい。陸海空は問わない。全ては、上の命令に否応なく従い、それを以って目的を効果的に達することができるようにするためである。


 ……だからこそ、上下関係の摩擦が生まれるともいえる。今がそうだ。


「悔しいが、司令部の言っていることは合理性においては勝ってる。不審に思われる行動は避けるべき事態であるのは間違いないし、彼女が生きているかどうか微妙な段階で、余り突発的な行動もできない」


「ですが、それでは納得できませんよ!」


「わかってくれ新澤。納得できないのは全員同じだ。だが、彼女を取り返すうえでは間違いなく銃撃戦になる可能性が高い。その段階で、我が方の動き方によっては、情報収集の程度もバレる。そこまで高度な情報分析能力があるかはわからんが、司令部はそれがあることを前提で作戦行動を考えねばならない。……」


「そうはいっても……ッ」


 般若か何かと言わんばかりの表情を浮かべる新澤さん。テーブルの上に載せる両手の拳は、傍から見るだけでも相当な力が入っているのが伺える。彼女がちゃんと爪を切っていなければ、おそらく手のひらに爪が食い込んで血を流していたであろう。


「司令部は、もう彼女は助からないだろうとみているのだろう。生存確率が低い彼女のために、戦力を割くことは確かに避けたいはずだ。……理論では、向こうには勝てない」


「感情で攻める事は、軍隊では許されませんからね……」


 尤も、これはどこでも言えることだ。感情論で相手を制してそこまで良いことはない。感情でばかり動いては目先のことばかりに集中されてしまう。

 ましてや、命がかかっているときは絶対にそうだ。合理性のある判断こそが戦場では最重要であり、そうでなければ軍隊はただの感情で動く不安定な組織に成り下がる。


 ……感情が、それに納得するかは、別問題だが。


「少なくとも、このまま情報がダダ漏れになるかもしれない状況になる根本を作ったのは司令部でしょう? 責任とれっていう権利ぐらいありますよね?」


「責任追及している時ではないって一蹴されて終わりだろうよ。実際そうだし」


「命はこっちがかけるからいかせてくれって強引にやれませんか?」


「たぶん無理の一言で終わりだな。そんな動きする時間じゃないってさっき言った理由繰り返されるだけだ」


「クソッ……説得も何もねえじゃねえかこれじゃあ……」


 和弥が舌打ちついでに悪態をついた。打つ手はもうほとんどない。司令部がオーケーを出さない限り動けない軍隊としての組織構造は、こういう時に弊害として発揮されてしまうのだ。


「……」


 ふと、隣にいたユイがさっきから俯いて黙って固まってしまっているのに気づいた。雰囲気からしてこれは相当落ち込んでいる。周りに黒い靄でもかかってるんじゃないかというぐらいには、真っ暗闇な雰囲気が漂っている。

 ついでに、全然言葉を発しないことから影も徐々に薄れており、誰も話しかけようとしない。


「お、おい……大丈夫か?」


 一言、二言発しても反応がない。こっちの声が届いていないのか? 相当精神的にやられたらしいが、それでも再度呼びかけた。


「おいユイ、ほんとうにだいz―――」


 大丈夫か、と言い終わる前に、


「……守るって、言ったのに……」


「え?」


 そう呟いたと思うと、俺が思わず出した声にようやく気づき、俺の方をハッとしたような表情で向いた。

俺らの動きに反応したのか、他の面々もユイと俺の方を向くが……。


「……、ッ」


「ッ! お、おい、ユイ!」


 ユイはそのまま天幕を飛び出した。一瞬茫然とした俺らだが、すぐに「見てきます」と一言残して後を追った。

 天幕を出ると、すぐ目の前にあるベンチでユイが力なく座っていた。探す手間が省けたのは幸いだが、いきなり飛び出すのは相当な出来事だ。

 俺の後を追うやつはいない。俺に任せることにしたのだろう。俺も、そのほうが有り難い。


「……どうした? 星でも見たくなったか?」


 生憎若干雲が勝っていて星が見えにくいのだが、そんな冗談に何かしらの返しがない。空振りらしい。相当堪えている様だった。


「……何があった? メリアに関連するのか?」


 隣に座りそう聞いた。どこか虚ろ気に、力なさそうに地面をただぼうっと見るユイからは、いつもの元気溌剌な普段の姿を想像できない。おそらく、何も知らない奴が見れば同一人物とは思われないだろう。


「……約束したんですよ」


「なに?」


 ユイが静かに口を開いた。視線をこっちに向けるわけでもなく、ただ、独り言をするように。


「メリアちゃんを保護した後、暇な時間ができた時に彼女と話したんですよ。ただの他愛ない会話で済むはずが……あの娘、突然泣き出して、なんて言ったと思います?」


「なんて言ったんだ?」


「……失いたくない、忘れたくないって」


「ッ……」


 言わんとすることを理解することは難しくなかった。それは、メリアの本心であろう。ユイはさらに言った。


「向こうに戻ったら、もしかしたら消されたりするかもしれないけど、自分は忘れたくないって……だから、言ったんですよ。“絶対に守る”って」


「……」


「姉の私に任せなさいって……あの娘と約束したんです……。なのに……ッ」


 ユイは自らの握っている拳をさらに強く握りしめた。そして、振り絞るような声で、さらに小さく呟いた。


「何かしらの根拠があったわけでもなく、自分の手でなら大丈夫とか思ってた数日前の自分を殴りたい気分ですよ。守れてないじゃないかって……全然守れてないじゃんって……ッ」


「……お前のせいじゃない。約束はまだ破られたわけじゃないだろう」


「ええ、そうだとは思います。でも、言った手前絶対に助けに行かないといけないのに……何もできない自分に腹が立って……ッ!」


 そう言って、膝の上に肘ついた右腕の手で、自分の頭を押さえるように抱えた。肩が若干震えている。

 自分から“姉”といった責任……今更ながら、それを感じ取ってしまったのだろう。


 ……お前もか、ユイ。わかるぞ、その気持ちは。


「(……俺も、そうだったな……)」


 自分の妹に言ったわけではないが、兄として、しっかり自覚はしていた。何かあったら、妹を何が何でも守らねばならないと。ただ漠然と。それといって、何かしらの根拠も、方法もあるわけでもなく。

 あまりに無責任だったと。妹を失った時、初めて実感した。守ると決意したからには、その責任をしっかり果たさねばならない。そして、それをしっかり実行する能力を身につけねばならない。百の言葉より一の結果とは、いつだったかの総理大臣が所信表明演説で言っていた言葉であった。


 結果的に、妹を守れなかったばかりが、むしろ助けられてしまった時の、あの胸の張り裂けるような思い、悲しみは一生忘れることはないだろう。ユイは、それとほぼほぼ同じようなものを感じているのだ。

 また一つ、学んだ事であろう。本来ならば、然るべき形で教えるべきだったが、このような形で教わることになったのは、幸なのか不幸なのか。


 ユイが抱いているのは“後悔”だ。無責任、かどうかはわからないが、守るといったのに守ることができなかった、そして、簡単に“守る”と約束してしまったことによる後悔。自らの力不足を、これほど恨んだことも恐らくないだろう。

 ユイは、静かに泣いていた。コイツの泣き姿なんて、見たことあっただろうか。今まで色々と混乱していたため、たぶんあっても忘れているだろう。


「本当はもっと前にこのこと話そうと思ってましたけど、忘れてて……でも、本当に、あの娘、そう言ってたんです……なのに私……ッ!」


 自らを責めるようにそう言い続ける相棒を、俺は見ていられなくなった。


「……気持ちはわかるよ。俺もそうだったしな」


「え……?」


「前に話したろ。俺は妹を失った。兄として守らなければならないのに、逆に守られた。あの時程、自分を恨んだことはないよ」


 あの無責任に思っていた漠然とした使命感。だが、それは使命感でも何でもない。ただ単にそう思っていたにすぎなかった。それを、実行に移すために必要な能力を持っていたわけでもなかったのにである。

 それを恨んだことは記憶から消えることはない。使命は実力を伴って初めて実行される。それを、余りにも遅く学んだことは、俺の中でも大きな後悔として未だに残っている。


「……でもさ」


「ッ?」


 しかし、それで終わって解決するものでもないことを、俺は知っている。


「お前は“能力”はある。まだ守れなかったかどうかは決まっていない。まだ生きていれば、守りに行けるチャンスはある」


「でも……」


「わかってる。確率は低いかもしれない。全ては向こうの裁量によって決まる。だが、考えてみればまだ夜も明けていない。対応に苦慮している真っ最中ともいえるだろう。そっちの可能性に賭けることだってできるんだ。お前はまだ、取り返しがつく」


「……諦めるなと?」


「少なくとも、まだ諦める段階じゃない」


 彼女が死んだとまだ確定したわけではなかった。まだ希望は残っているのである。もちろん、この希望は主観的情報から齎されるものであり、実際にはもう希望は断たれていて、こっちが勝手に抱いているだけかもしれない。

 だが、それでも十分である。自らが勇気を持ち、行動を起こす原動力とするには、主観的なものでも希望があれば十分だ。それは、勇気へと変換されるのである。


「お姉ちゃんだろお前は。姉が妹の生存を信じてやらないでどうするんだ? 自らの目で死んだのを見る前に死んだと勝手に決めつける程、お前は非情な奴じゃあるまい?」


「……」


「司令部の連中の件はあるが、どうにかして説得するしかない。そのうえで、俺たちで確かめに行くんだ。アイツが生きているかどうか。生きていようが生きていまいが、俺たちで“助ける”んだ。……俺じゃないぞ。お姉ちゃんが率先していくべきところだ。そうだろ?」


 少々上から目線かもしれない。だが、ユイに対してのものなら、これで十分だ。

 アイツの姉発言は最初はジョークから始まったものだった。だが、いつしか、アイツの中では本当に、メリアは妹で、ユイは姉だと、本当にそうなのだと互いに自覚し始めた。

 生まれた日からして確かにそうなのだが、互いがそれを認めたのはつい最近の話である。しかし、しまいになるには相応の責任も伴う。姉妹なら姉妹らしく、“信じあう”ことも必要になってくる。それは、こうした困難な局面に立ち向かう時、特に必要だ。


「お前は確かにロボットだし、姉とかっていうのも生まれとか設計元が同じ“らしい”からなんかそうなっちゃったってだけかもしれない。だが、今のお前らは確かに“姉妹”だし、お前は間違いなくメリアの“お姉ちゃん”だ。……妹が助けを求めてるなら、すぐに立ち向かうのは誰だと思う?」


「……」


「めっちゃつええお姉ちゃんが察そうと助けに来たらさぞカッコいいぞ。即行でアイツは一目ぼれだ。同じ女だけどな」


 まあ、既に一人政府専用機で“落としてる”のでその素質は間違いなくあるのだが……。何れにせよ、ユイは“強き姉”となるには十分な能力がある。俺みたいに弱くはない。

 だからこそ、俺の無念をユイにも抱かせたくない思いで、俺は行った。


「……俺は助けることはできなかった。強い兄にはなれなかった。だが、お前はできる。強い姉になれる」




「助けに行くか、“お姉ちゃん”?」




 敢えて、最後はゆっくりと“煽るように”言って見せた。だが、ユイに対してはこれで十分だった。

 ユイの顔は一転していた。茫然としている表情から、今では張り詰めるように顔をしかめていた。だが、怒っているわけでも何でもない。


「……強い姉は、カッコいいですか?」


 ユイは、決心していた。


 俺は、その背中を押すだけだ。


「……俺がお前の弟なら一生ついていくぞ」


「プッ、祥樹さんが弟て。全然想像つかないですね」


「普段は飄々としてて頼りになりそうに思えないが、いざとなるとすんげえ才能発揮するタイプのキャラっているだろ? それだよそれ」


「それ絶対にネタにされるタイプですよ?」


「既になってるだろ、存在からして」


「違いないですね」


 お前ほどの奴がネタにならなかったら奇跡だと思う。それほど、キャラ自体は一応濃いほうだろう。

 最初の頃のどんよりした空気はない。ユイはもう腹に決めたのだ。“強い姉”になってやるのだと。


「まだ、間に合いますか?」


「間に合わせるんだよ。生きてようがいまいが関係ない。取り返せるなら……」


「わかってます。自分で姉になるって言ったからには、責任は持ちますよ」


「司令部を説得して、少しでも早く助けに行かないといけない」


「……迷うのもやめましょう。もう面倒くさくなってきた」


 ユイはそういうと立ち上がり、


「……考えてる暇があったら動こう。まだ生きているとしたら、あの娘、信じてますかね。私が来るの」


「アイツのことだ。何だかんだで信じてるさ。それに、そう簡単に助けを諦める程根性がないやつでもないだろう」


「私の妹ですよ、そうそう簡単に死ぬとは思えませんけどね」


「実際に拳交えた奴が言うと説得力ある」


「ついでに、成りすまし中の期間も」


「確かに」


 そこまで言うと、ユイは天幕の方に向けて歩き始めた。俺も後を追おうと立ち上がる。


「……あぁ、それと」


「?」


 ユイは不意に立ち止まって言った。


「祥樹さん、自分のこと強い兄じゃないって言ってましたけど……」


「ん?」


「それ、どういう意味で言ったんです? 物理的に強くないのか、それとも、意思が弱いとかそういう内的な意味なのか」


「えー……と……」


 どういう意味かって言われても、そこそこ複数あるが……。


「……まあ、大層なこと言ってる割には相応の力が発揮できなかった時点で強くはないとは思うが……」


「そんな人に、わざわざ自分の肺渡しますかね?」


「は?」


 呆気にとられた俺に、ユイは顔を向けて言った。


「強かったかどうかは知りませんが、少なくとも、“好かれてはいた”し、“尊敬”もされてたんでしょう。そして、“生きる価値がある”と認められたんです。その右肺に宿ってる妹さんの肺が、その証拠でしょう」


「……何が言いたいんだ?」


「私の目指すべき年長者の姿はそれだって言いたいんです」


 そう言って、ユイは再び天幕の方に歩いて行った。ユイの言わんとすること、理解できなくはないが、はて、それは俺に当てはまるのか……。


「……俺みたいな“兄”が、“姉”たるユイの目指すべき理想ってか……?」


 俺を手本にして良いことあったのかどうかはわからないが、アイツにとってはいいのだろうか。強い姉になってみろとは言ったが、俺みたいになれなんて言った覚えはなかったのだが……。


「俺そんな手本になるんか……?」


 そんなことを呟きつつ、俺は天幕に戻った。




 ……と、中に戻ったら、


「……ありゃ?」


 状況はそこそこ変わっていた。


 羽鳥さんが電話で誰かと話している。天幕内に設置された急造のものだが、そこは、各部隊と司令部に繋がるようになっている。


「んー、これはどういう状況だ?」


「おぉ、戻ったか」


 和弥が出迎えてくれた。


「何の話だったんだ?」


「レディの悩み相談に首は突っ込まん方がいいぞ。その首が絞められても俺は知らん」


「首は引っ込めといたほうがよさそうだ」


 賢明なご判断で。


「んで、これはどういった状況だ?」


「あー、あれな。今直接交渉中だ」


「直接って……司令部とか?」


 和弥は頷いた。

 驚いた。話を聞くに、どうも色々と解決策がわからんってなった結果、新澤さんが「もう直談判させて!」と言って聞かなくなってしまい、折衷案として、新澤さんではないが、羽鳥さんが直接意見具申という形で説得を試みることになったらしい。何その急展開。というか、できたんだな。直談判。正直そこからしてビックリだった。


「だが、見る限り微妙らしいな」


「お察しのよろしい限りで。中々首を縦に振ってくれんのよ」


 小型のスピーカーから相手側の音声が流れてきていた。羽鳥さんとの通話は、説得というかどちらかといと“口論”に近いものになっている。


「ですから、生存しているかしていないかに関わらず、我々の方で保護するべきだと申しているんです! 情報漏えいを防ぐためにも、ここは許可をいただきたく思います!」


『こちらの答えは変わらん。最優先事項は我が軍の作戦の秘密性確保だ。不用意な行動は命令できない。霞が関からの要請もあるのは承知しているだろう』


「情報が漏えいされた場合は秘密性確保も何もありません! 既に連絡が取れなくなってから1時間以上は経過しており、何かしらの情報が漏えいしている可能性を否定できなくなりつつあります! もし漏れていたら今後の作戦にも影響が出ますよ!」


『漏れていなかったらどうするんだ。行き損で終わるじゃないか!』


「漏れていたらどうするんですか! 軍事においては最悪の事態を想定し―――」


 埒があきそうになかった。正論と正論のぶつかり合い。故に、落としどころを中々見つけられない。片やさっさと行きたい陣営、片や大人しくしていたい陣営。

 こうしている間にも刻々と時間は過ぎていく。救助は1秒でも早い方がいい。埒が明かないと思ったのか、ユイが一歩前に出た。すぐに俺は止めに入る。


「おい待て、何する気だ?」


「この際私から言ったほうが早くなりそうかなと」


「お前には無理だ。舌戦には向かねえよ」


「煽りとジョークは得意ですよ?」


「それだけだろ。まあ待ってろ」


 俺が入れ替わるように前に出て、羽鳥さんのすぐ隣に立つと、


「すいません、借ります」


「え、お、おい!」


 右手に持っていた羽鳥さんから会話が切れるタイミングを狙って受話器を若干強引に手に取った。そして、「えッ!?」と周囲が唖然とするのを何気ない顔でスルーしつつ、今度は俺が受話器に声を送る。


「失礼、電話変わりました」


『ん? 誰だね君は』


「ハッ、自分は第1空挺団本部中隊直轄特殊偵察隊第5班隊長、篠山曹長であります」


『特察隊の一班長が何の用だね?』


「自分に、落とし前をつけさせてください」


『……落とし前?』


 キョトンとした表情が目に浮かぶようである。そんな声を出したのを無視し、さらに続けた。


「彼女を向こうに送ることになったのは、私の管理不届きにも原因があります。斯様な事態を招いた責任の一端は私にも存在します。皆様には迷惑は掛けません。救助に向かう許可をいただきたく思います」


『何度言おうがこちらの意見は変わらん。政府からも、無駄な行動は慎めと言われているのだ。君らの要求には一切答えることはできん』


「彼女は、まだ情報を持っている可能性があるのです。我々に対しメールした内容以外にも、通信で送り切れなかったデータの存在を彼女は仄めかしていました。それらが消去されてしまっては、重要な情報が受け取れずに終わる可能性があるのです」


『現在ある情報で既に事は済んだ。それでいいだろう。もう他に何も要求することはない』


「要求は必要ないのです。これは、彼女の自主的な貢献なんです」


『貢献?』


 喰いついた? だが、さらに続ける。


「存じておられるかもしれませんが、彼女は、こちらからの命令を引き受けるまでもなく、自主的に情報収集に向かいました。彼女は、確かに嘗ては敵でしたが、今はその逆です。……我々を、大層気に入っておられました」


『……それがどうしたのだね?』


「自らの組織を裏切ってまでここまでの情報を与えてくれたことは、余りにも大きな功績です。本来許されるべきことではないことを、自らの存在理由を捨ててまで果たしたことは、ロボットにとっては想像以上に勇気がいることであるはずです。おそらく、これは我々人間には理解しきることはできないでしょう。生まれた時に想定された生き方しかできないロボットにとって、それを捨てることは、自らの存在理由を捨てることにしかならないんです」


『……何が言いたい?』


「……自らの存在理由を捨ててまで情報を与えてもらって、我々は、あとは放置して終わりですか?」


『なに?』


 前にも、似たような話をしたことがあった気がする。だからこそ、今もまたやってみようと考えた。


「我々日本国防軍は、自らの存在理由、つまり、生きる理由すら捨ててまで貢献した相手に対し、何も返すことをしないのですか? 国民に対する一身の期待を受けて、国家防衛という崇高な任務を全うするこの組織は、自らの捨て身の貢献に対し何も返すことはない非情な組織だったのですか?」


『貴様、軍を侮辱する気か! それ以上の暴言は許さんぞ!』


「したくないから聞いてんだ! さっさと答えろ!」


 初めての怒声。先ほどから静まり返っていた天幕内がさらに一瞬にして張り詰めた。ついでに、無線の向こうも押し黙った。

 さらに、俺は続けて問い詰める。


「私は自らの信じる道に最適な進路としてこの国防軍に入隊しました。救いを求めている人間に手を差し伸べる、そんな組織に憧れた。そして、実際にこの組織は、いろんなところでその力を発揮してきたんです。……今は、発揮しないんですか? なぜですか? 今しないでいつするんですか?」


『……』


「これらの情報は、あの組織の裏事情を盛大に暴いてきました。この後の再奪還作戦に必要な膨大な情報を、彼女が一人で齎してくれたのです。我々に対する貢献の大きさは想像に難しくありません。……我々は、何も返さないんですか?」


 向こうは黙ったままだ。何も答えられないのか、それとも、答えたくないのか……。数秒の沈黙ののち、静かに聞いた。


「……我々に、救いの手を差し伸べさせてください。彼女が齎した貢献に、お返しをするチャンスを下さい。……お願いします」


 電話であるにもかかわらず、深々と頭を下げた。向こうは直ぐには答えない。再び数秒ほどの沈黙。向こうからの返答を待った。


『……すまんが、許可はできない』


 そう簡単にうまくはいかない。だが、それでも食い下がった。


「アイツを向こうに送ったのは私の責任でもあるんです。私に責任を取らせて下さい」


『君だけの責任でどうこうできるものではない』


「ですが―――」


『ここは軍隊だ。一人や二人の情で簡単に部隊や人員を動かすことはできん。君も、軍人なら理解しているはずだ』


「……」


 言わんとすることは理解していた。ゆえに、それ以上の反論ができなかった。

 「分からず屋め……」二澤さんの悪態に頷くものは多い。だが、それ以上は何も言えない。向こうの言っていることが、比較的正論だからだ。俺の言っていることも、結局情に訴えているにすぎないのだ。

 話は終わったというように、電話の向こうで電話を締めようとしている。羽鳥さんも、「これ以上は無理だ」と、もう変わるつもりはないらしい。

 不本意ながら、受話器を置こうと耳から一瞬離した。


 ……瞬間である。


『あぁ、そうだ。ついでに君たちに一つ、任務を付与したいのだが、この際だから直接伝えてよいか?』


 ……こんな時にか? 「おいおい、何考えてやがる?」とは、和弥の言葉。


「……今必要なのですか?」


『出来れば今すぐに行って貰いたい。それも大急ぎだ』


「?」 ……なんだそれは?


『ちょうど今さっき入ってきた情報でな。どうやら、友軍が敵に捕らえられているらしい。場所は……』






『銀座一丁目駅だ』





「ッ!」

 

 そこは、メリアが捕らえられていると報告した場所の入り口だった。全員が目を見開き、「嘘だろ?」と言った表情を浮かべる。

 さらに言った。


『その“友軍”はわが軍にとってとても重要な情報を持ち合わせているため、敵にわたってしまうのは我々としても避けなければならない。そこで、君たちにはそこに向かって“彼女”を救出しに行ってもらいたい。これは、東京地区治安維持部隊指揮官である“私の裁量と判断”によるものである』

 

「……指揮官殿……ッ」


 俺らは見る見るうちに表情を明るくさせる。彼は、電話越しにさらに言い放った。


『もう忘れたか? ……軍隊というのは、一人や二人の情では簡単に動けないのだよ。……“一人や二人の情”、ならな』


「……」


 ……なるほど。一人や二人ではなかった、ということか。


『……この年で情に流されるのは、私の悪い癖だ』


「悪い癖とは思えませんがね」


『指揮官としてはふさわしくないさ』


 俺への当てつけかな? そんなことを思っていたら、さらに追加。


『ただし、チャンスは一回だ。同じ手が何回も通用すると思うな。必ず成功させろ。失敗は許されない。多少無茶してでもいい。なんとしてでも、彼女を連れ戻せ。最悪意識がなくなってでもいい。せめて“彼女自身”だけでも連れてくるつもりでいけ』


 最後の言葉は思いっきり鼓舞のつもりで言っていた。何としてでも連れ戻せという意気込みを感じる言葉だった。

 そして、俺らの士気を鼓舞するには十分だった。


「……はい。必ず」


 俺はそう言って、通話を終わらせた。羽鳥さんに通話を返すと、一言二言、さっき言っていたのと同じようなことを言われて、そのまま一方的にきられた。


「……マジかよお前」


二澤さんの唖然とした一言に、俺は若干放心しながら返した。


「なんで相手総指揮官だって教えてくれなかったんですか、思いっきり怒鳴っちゃいましたよ俺?」


「なんの遠慮もなくため口だったな」


「俺あとで土下座しにいかなあかん」


そんなジョークを飛ばす余裕が出てきた。何れにせよ、許可をもぎ取った。これは大きな前進だ。


「総指揮官から強引にでももぎ取ったか……すごいなお前」


「まさかうまくいくとは思わなんだ」


「将来はその舌戦武器に政治家ですか?」


「政治屋になっちまうと思うからやめとく」


俺は政治に詳しくない。和弥ならもしや……とは思うが、その前に情報本部行きだろうか。


「とにかく、決まったならやるか……時間がない」


二澤さんがいった。もう一時間半。作戦を早急に練り、実行に移らねばならない。


生きてるかはわからない。


……でも、




「助けるんだ。……俺たちの手で」




全員が、決意を新たにさせねばならない。




天幕の隙間から見える夜の空は、




少しずつ、曇りが晴れはじめていた…………

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