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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
150/181

資金ルート

 ―――その後しばらく徹夜付けで連絡を取ろうとしたが、一向にノイズばかりで繋がらなかった。外はもう夜が明けて朝の光が差し込み始めてそこそこの時間が経ったのに、こっちはもう眠気なんてどこかに行ってしまったらしい。

 そもそもの話、電波状況の悪い地下空間との通信であるため、いずれそうなる可能性を考慮していないわけではなかった。だが、まず自然発生的なものではない。


「(最後に映ったのは……)」


 それだけが気がかりだったが、見当は直ぐについた。

 背が低く、そこまで若くないあの白人男。特徴と合致する人間は直ぐに思い当たる。だが、確信がない。爺さんにノイズ交じりの映像を少しでも明瞭にさせたものを送って見せる。


 ……結果は案の定だった。


「……ハリスじゃな。間違いない」


 ノーマン・ハリス。和弥が急遽インターネットから取り寄せた画像とも重ね合わせて合致することを確認。爺さんとネットの重複確認により、映像の最後に映っていたのが彼だと判明した。

 爺さんが数か月前に冗談で言っていたようなことが現実になった。10年前後ほど前に行方不明になった彼は、まだ生きていた。となれば、メリアはやはり彼が作っていたとみて間違いないだろう。爺さんを除けば、彼以外であんなものを作れる奴は他にはいない。


 アメリカでの行方不明の件は、確かに警察による捜査打ち切りによるものであり、行方不明という名の事実上の死亡者扱いを受けていた。だが、なぜ打ち切ったのか、その理由までは知らなかった。

 そのことについて、和弥がメリアから受け取ったファイルには、それに関する裏を示唆するような情報が入っていた。


「……警察への工作は終了。フェーズを次の段階へ移す……」


 羽鳥さんがメリアに関する情報を集めつつ、事情を上層部に伝えに行っている間、和弥は情報を解析……という名目で、色々と中身を漁っていた。

 羽鳥さんが和弥に預けたのだ。データは上層部への提出用に既にコピーしたため、オリジナルを羽鳥さんに預け、コピーを和弥が調べまくっていた。そんな中出てきたデータ。メリアのことはひとまず羽鳥さんに任せつつ、今は情報を見てみることにしていた。和弥は猛烈なスピードでデータを目に入れまくる。


「どうやら、CIAが一枚絡んでいたらしい……断片的だが、それを示唆するものが入っているな」


「そもそもそのデータは何だ? なぜそんなことを?」


「よくはわからん。たぶん、CIAの動きと自身の動向をある程度メモっていたのだろう。おそらく、記録用なんだろうな……」


「何のために?」


「それこそ本人に聞けってところだが、大方、彼なりにCIAを監視でもしていたんだろう。確か彼、結構人間不信なところがあって、身近にいる人の行動を事細かにチェックしていたらしいからな」


「CIAもその対象に?」


「たぶんな。自分なりにメモして、何か妙な行動の形跡がないか確認していたのだとしたら、説明はつかなくはない」


 彼なりにCIAを……? だが、そもそもなぜCIAが絡んでいるんだ。彼とCIAに一体何の関係が?


「CIAは一体何を企んでいる? 彼と共謀してたとでもいうのか?」


 二澤さんがデータを操作しているタブレットをのぞき込みながらそう聞いてきた。彼もすっかり、和弥の操るデータの海に視線を奪われている。


「CIAの資金ルートがメモされています。彼に対して色々と資金援助をしていたらしいですね」


「CIAが資金援助を!? それ、アメリカ国民の税金じゃないのか?」


「そうに違いないですが……おっと、これまたとんでもないルートもあるな……」


 和弥はとあるファイルのデータを見せつつ、一部は拡大させながら説明した。どうやら、簡単な略図らしい。


「見てください。この資金ルート、防諜もかねて幾つかはダミーが作られています。ですが、その中に本物の資金ルートを複数混ぜ込むことで、簡単に金の流れが途絶えないように細工していたようです」


「CIAが彼に対して行う資金援助は、本格的なもののようだな」


「彼が例の偽物ちゃん作れたのも納得がいくな。CIAが資金繰りに一枚かんでるとあれば、あんな金かかる娘ちゃん作れたのも十分合点がいくぜ」


 結城さんがそう言い放つ。本物のほうを作るのにも、日本では国家予算を結構つぎ込んだのだ。彼が独自に作るのに、あれと同等の資金が必要なところをどうやって確保したとは思っていたが、CIAが資金を恵んであげていたのだ。しかも、どうも結構な年月をかけたらしいことがデータからはうかがえる。

 細かい数字は書いていないが、結構な額がつぎ込まれているに違いない。


「例の行方不明事件も、もしかしたらCIAが絡んでいたのだとしたら……」


「あの時から、この計画は始まっていた可能性が?」


 だとすれば、彼をCIAが“誘惑”したも同然ということになる。だが、目的も不明だ。ロボットを作らせるためか? だが、聞いた話では、ユイの開発計画は10年ぐらい前から始まっていたとはいえ、詳細な外形、仕様などが決まったのはつい3年前だと聞いている。ユイの偽物を作る目的で彼を連れてきたにしては、ッ少々動きが性急すぎる。外形、仕様などが決まる前はただただ基礎研究やらばかりしていて、場合によっては予算止まって研究終わりなんて可能性すらある段階なのに。


 ……ということは、元々は別の目的で……?


「……すげぇ、こんなルートもあるのか……」


 和弥は小さく感嘆の声を上げていた。熟考する面々は再び和弥の持つタブレットに目線を落とす。


「どうした、今度は何を見つけた?」


「いえ、てっきり噛んでるのはCIAだけだと思ってたんですが、資金ルートのダミー以外の奴をざっとみてたら……これ……」


 和弥が指さす資金ルートの一つ。そこには、CIAと彼の間に、『Reformanic Party』の英名。


 ……これ、


「……アメリカ改新党……?」


 アメリカ改新党といえば、近年勢力を拡大してきているアメリカでの第三の政党である。典型的な二大政党制を崩しかねないとされるこの政党は、近年の二大政党の政策不信の不満を一手に引き受ける存在として、徐々に議席を伸ばし始めていたが……。


「まさか、改新党まで絡んでたの?」


「どうもそうみたいですね。こりゃあとんでもねえぞ……アメリカの政党すら、下手すりゃこの世界的なテロに資金繰りで絡んでたってことになる……」


 和弥が絶句するのも無理はなかった。最近勢いが減ったとはいえ、依然として、政治・経済・軍事……などなど、多方面で世界屈指の力を持つ国の、新興とはいえれっきとした一政党が、世界で起こっている大規模なテロに……。

 国際問題なんて話では済まない。こんな事実が明るみに出ようものなら、国際的な政治スキャンダルは間違いなし。アメリカの威信は完全にぶっつぶれる。国際的な地位は大きく落ちるのは確実だろう。


 ……だが、


「……そうか、考えてみれば、改新党を使ったのもわからなくはない……」


 和弥の意味深な言葉に、俺は直ぐに反応した。


「どういうことだ?」


「元々、アメリカ改新党は2016年の大統領選で敗れた大統領候補が、独自に資金提供する形でできたんだ。その候補、莫大な資金を保有する大富豪でよ。B757の自家用機を持つぐらいにはデカくて、選挙資金もそこそこ自分ので賄ってたりって感じでさ」


「それがどうしたんだよ?」


「だから、元から資金面に関しては結構余裕がある政党だって話だ。その候補、暴言が大量過ぎてあっさり大統領選で負けたんだが、それに不満を持った保守層などがその候補を未だに持ち上げてて、彼がそれに乗っかる形で資金を恵んで、彼の意思を受け継いだ者たちでできた政党が、アメリカ改新党だ」


「じゃあ、改新党の裏にはその候補が結構資金面で絡めると?」


「そゆこと。しかも、中には裏金もあるだろうからそういったやりくりのノウハウも結構あったはずだ。CIAの資金ルートの中継地点にはうってつけだ」


「何その汚職の温床」


「あの党って昔からそういう黒いうわさあったしな。当の改新党側は「ただの妬み」ってあしらってたし、確たる証拠があったわけじゃないのだが」


 新澤さんの毒舌に二澤さんが横から軽く補足した。新興勢力なうえ、しかも積極的な現状変更勢力でもあるため色々な噂が立つのは既定路線ではあるが、あれ、確たる証拠は確かにないのでただのネガティブキャンペーンだと思っていた。しかし、これを見る限り、どうも“黒”らしい。


「幾つかのちっこい政党も手駒にしているようだな。改新党がCIAを結構助けているらしい。ネオブラックパンサー党、アメリカ保守党、アメリカ人民労働党……色々あるな。事実上の支配下においているらしい」


「こっちもルートのうちか」


「らしいな」


 アメリカの政治の裏を見てしまった気がする……10年前の戦争以降、色々と勢力が衰えたその裏で、ここまで裏社会の大改革が発生していたとは。ここまで大胆にやるとは。だが、CIAすら関わっているのだ。向こうのサポートのおかげなのかもしれない。


 ……だが、それでも疑問がある。


「……ここまでいろんな政党が関わっているとなると、アメリカ政府自身が気づかないってのもおかしくないか? ちっこいとはいえ政党だ。CIAが関わっちゃってる時点でお察しかもしれんが、一応ホワイトハウスの監視ぐらいは入ってるだろ?」


 アメリカが何も気づかなかったというのも疑問しかなかった。余りにも大胆過ぎる。政府内でこれを目立たずにやるというのも相当至難の業だ。CIAも、まさか一枚岩というわけではあるまい。

 政府がこれに気づかないなんて、まさかアメリカでは考えられない。世界屈指の諜報能力を持っているにもかかわらず、自国の資金汚職すら見抜けないなんて間抜けすぎる話、アメリカに限ってあり得るだろうかという話であった。


「アメリカも知らなかったなんてことは、俺も考えられないな。資金ルートの話ばっかりしてるが、これを見る限り結構な量が政府内に張り巡らされている。一本でも見抜かれれば、あとはネズミ算式に明るみに出る可能性だってあるし……」


「だが、現にテロ攻撃を受けている。つまりは気づかなかったことの証左じゃないのか?」


「それはそうなんですがねぇ……」


 どうも納得がいかないという口調で、和弥はさらにデータを漁り始めた。その間、喉を唸らせるばかりで何もそれらしい理由が見つからない俺たち。


「なんでアメリカほどの諜報能力を持った国が自国のあんだけ大体な資金汚職を見つけられなかったの? 正直、わざとスルーしたとしか思えないんだけど」


「自分の国も被害受けてるんですよ? そりゃあさすがに考えられませんが……」


「まあ灯台下暗しっていうし、CIAも結構対外的な工作を重視していたのだとしたら対内的なものはおざなりだった可能性もあるな」


「いやぁ、CIAってそういう組織でしたっけ……」


 と、そこまで言った時である。


「……もしですよ?」


「ん?」


 今まで完全に空気になっていたユイが、唐突に口を開いた。


「もし……の話ですけどね?」


「おう」


「仮に、アメリカではなく、CIAや彼自身にとって、その資金汚職を、スルーさせておくことで起きる“メリット”があったとしたら……、どうします?」


「メリットって……、例えば?」


「例えば……」




「アメリカ改新党っていう……“邪魔者”を消すため、とか」




 ……え?


 全員がそんな呆気にとられた声を出した時だった。


「……やべぇ、ビンゴかもしんない」


 和弥が若干興奮気味にそういった。タブレットを相変わらずタップしながら、「やべぇ」を連呼をしている。


「俺の中でちょっとピースは待ったかもしれない」


「そのピース、もしかしてあまりよろしくない絵のピースじゃね?」


「大当たり」


 あたりなのかよ。しかも大当たりかよ。


「……このデータ。すんげえ面白いのある。ほら」


「ん?」


 見せられたのはCIAからのメールの一部らしい。秘匿通信を使ったもので、データ容量を抑えるために中身もごく短い文面だ。既に和弥の手で日本語訳されたものがそこには表示されていたが……



『国務長官、情報を流出の恐れあり。予防措置として失脚させることに成功』



 …………は?


 唖然とした表情を浮かべた俺らに、思わずイラッとくるぐらいにニンマリした顔を浮かべた和弥は、さらに続けて言った。


「覚えてないか祥樹? 結構前に、アメリカの国務長官がスキャンダルで辞めさせられたニュースあったろ?」


「えぇ……?」


 必死に記憶の引き出しを漁り、アメリカの国務長官の話題をどうにかこうにか引っ張り出してくる。すると、確かに、巡洋艦やまとに乗る数日前に、一つのニュースをやっていた記憶があることを思い出した。



“―――昨日未明、アメリカ政府では雑誌にて掲載されていた女性交際スキャンダルを受けて、非常に重大な職務放棄であるとして、スキャンダルに関わっていたオルティース国務長官ほか、一部の国務省幹部に辞職を言い渡しました。スキャンダルの発覚から辞任までわずか数日という異例のスピード人事に、米国内では大きな話題を呼んでいます―――”



 そんなアナウンサーが放った内容をふと思い出し、和弥の言わんとすることをすぐに理解した。


「まさか、このスキャンダルって……」


「間違いない。CIAが仕組んだんだ。ここでいう情報流出っていうのは、おそらくこの資金ルートがらみだろうな。それ以外に考えられない」


「だが、それでCIAが流したスキャンダルを鵜呑みにしてホワイトハウスもすぐに辞職させるか? まさか、ホワイトハウスも絡んでたりとか……?」


「いや、今のハミルトン政権は支持率に結構敏感で、世論の動きを必要以上に注視する傾向にある。もしCIAがマスコミにスキャンダルをばらしたんだとしたら、ハミルトン政権も瞬時に反応するに違いない。自分の閣僚のスキャンダルとあれば、支持率が大きく低下する前に処罰して事を有耶無耶にしようとするはずだ」


「てことは、ここら辺のホワイトハウスの動きを想定した“予防措置”ってことか?」


「そういうことだ。今のアメリカの政治のことをよく知っている奴が主導してやがるぜ、こりゃ」


「だが、だとすればその“主導者”はアメリカに何をさせたいんだ? 情報流出者を処罰させ、うまいことを資金ルートに目が行かないように仕向けさせるなんて、軽い目標のためにここまでするとは思えない」


「だろうな。だが、俺なりに一つだけ考えたんだがな……」


 和弥は右の人差し指を軽く上に向け、自身の言葉に注目するよう促した。


「さすがに、アメリカ政府がこのテロを資金面で全面的に支援しているとは考えにくい。公にされた際のデメリットは計り知れず、リターンも思いつかない。考えられるとすれば、アメリカ改新党という目の上のたん瘤を、「テロリストの資金提供していた」というスキャンダラスな事実を以ってぶっ潰すぐらいだが……」


「自分達にもその煽りはくる。アメリカ自身の信頼にも傷がつくような危険行為に走るとは思えない」


「そうだ。だが、改新党に資金を提供し、ましてや、ここまで大胆に張り巡らして、なおかつばれないように細工しているのは事実だ。情報を漏らそうとした国務長官はCIAが仕組んだらしいスキャンダルで失脚。真実を伝える前に、政治の舞台を去らざるを得なくなった。ここまでさせるってのもなかなかの話だし……、さらに一つ」


「ん?」


 元々上に向けていた右の人差し指をさらにピンと伸ばし1の字を作ると、さらに小声になっていった。


「……そもそもの話、こんなクッソ重要な情報を、メリアに取られるまではまだしも、“パスワードロック”もなしに放置しているってのはちょっと情報保護の面から行くとちょいと考え難い。今どき、一般のオンラインゲームですらパスワードは要求するだろ? これにはそれすらなかった。ファイルを開こうと思ったら、勝手に空きやがったし」


「情報内容の重要性に比べて、管理がおざなりってことか?」


「ああ。しかも、メリアが送ってきた情報の割と最初の方にこれがあった。メリアも、目の前にある情報から手っ取り早くこっちに送信しただろうから、つまりは、すぐ目の前の目立つ場所に、この情報が置かれていたことになる」


「ち、ちょっと待って? つまり何が言いたいわけ?」


 どんどんと早口になっていく和弥に、新澤さんは待ったをかけた。話が長くなるにつれ、俺らも徐々に取り残されて行っている感じはあった故、新澤さんが周囲に気遣って止めた。だが、ユイはただ一人、表情を一切変えずにただ黙々と聞いていた。こういう時、機械の頭は羨ましい。


「まあ、要するに、CIAや新興勢力の政党が資金面で関わってるっていう情報は、ある意味一番守られていなきゃならないはずなのに、簡単に俺たちが閲覧できる状況になっているのはおかしいって言いたいわけです。せめて、俺がファイルからデータ取り出すとき、パスワードを要求するぐらいのことはしてもおかしくありません。まさか、海部田さんに並ぶほどの天才が、そこを杜撰にしていたなんてことはないでしょうし」


「……てことは?」


 徐々にだが、和弥の言いたいことが読めてきた。今のところは俺と、あとユイも「あ……」と察し始めたようだが、まだ周りは首を傾げている。

 俺のさらなる続きの要求に、和弥は口元をニンマリさせながら答えた。


「つまり……おそらく“彼”は、こうなることを見越して、事前にこの情報を“前の方に”置いといて、すぐに持って行かせられるように仕向けていたのでしょう。テーブルの手前側においておけば、そこから取ろうとするのと同じように。特に急いでいるときは、近くにある者から取ろうとしますしね」


「こうなることを予測して、俺たちに“わざと”この情報を盗らせたっていうのか?」


「可能性があります。もちろん、最初からその想定だったのか、単に「こうなったら」っていう予防的措置だったのかは本人に聞かないと分かりませんが、何れにせよこの状況になることを見越していたのは間違いないでしょうね」


「俺たちにこれを取らせたとしてだ。……俺らに何をさせようとしてるんだ? この情報を使って?」


「わからない。……だが」


 和弥はそこで一泊を置いた。


「これを取ったときの行動として、すぐに資金流入ルートを抑えるように、日本政府からアメリカ政府に伝達するでしょう。その際、どこかしらから、この伝達内容は世間に明るみに出る可能性があります」


「……待てよ、そうなったら……」


「ああ。……もしそうなったら、資金ルートの中継点たる改進党含め一部政党のついでに……」



「アメリカ合衆国という世界的な覇権国の信用と地位は……、地の底に落ちる。もれなく世界は大混乱だ」



 先ほど言っていた内容と同じだった。幾ら新興勢力と一部の小規模政党とはいえ、アメリカの政治スキャンダルであることには間違いはなく、ましてや、ホワイトハウスの目を盗んで行われていたとあれば、アメリカ政府の資金管理能力の問題はもちろん、対テロを主導していた国としての諸外国からの信用は失墜、アメリカの株価等は大下落間違いなし。それに、日本円を含め世界各国の株や通貨も反応するだろう。

 投資家の思惑で、安全資産の日本円が大量に買われ、円が大幅上昇なんて話にすらなる……。


「日本だけじゃない。アメリカの政治構造がテロリストに対する資金援助ルートに使われていたと知られれば、改新党以外の……それこそ、既存の二大政党にもその疑惑の目線が向けられ、アメリカ政治そのものに対する不信に変わる」


「そうなれば、世界経済は大混乱だ。米ドルとかなんてバンバン売られるぞ。アメリカの経済が落ちたら、多くの国がそれに引きずり込まれる。へたすれば、一部の企業は倒産も……」


 アメリカの混乱は世界の混乱と言っても過言ではない。それだけ、今でもアメリカという国は世界各国に影響力を与えているのだ。それを承知していない人間は、おそらくまだ政治や経済をよく知らない男女の児童ぐらいであろう。

 これを理解しているはずなのに、それが発生するリスクをあえて敵は享受した。俺らに簡単にこの情報を明け渡すかの如くの杜撰な管理にしていたということは、それ相応の展開を受け入れる覚悟が必要だ。それでも、俺らはこうして、楽々とこの情報を閲覧で来た。


 ……ということは……


「……敵は、俺たち側が情報をアメリカに警告がてら渡す過程で民間にも漏れることで、アメリカという国そのものの“失墜”を狙っている?」


「アメリカだけじゃない。アメリカのついでに、いろんな国も巻き込もうとしてる」


 和弥がさらにそう補足した。だが、どっちにしろこれはとんでもない一大事だ。

 これを秘密裏に日本政府経由でアメリカ政府に伝えようとしても、どうあがいても何かしらの理由で一般に漏れる。日本の場合、秘密情報の扱いは他国より後れを取っている。嘗て、とある共産主義政党が、旧自衛隊の内部文書をどうにかして持ってきて国会の委員会で議論に出した、なんて話があった国である。反米的な政党も日本には幾つかあるし、国防軍内、若しくは日本政府内で色々と持っているこの情報が、そういった政党や、若しくは民間団体に漏れた場合……間違いなく、マスコミにバラされるだろう。そうなったら、日本発、アメリカの政治スキャンダル国際問題兼大事件の始まりである。


 ……もし、敵の目的がそれだったとしたら……? だが、これはあくまで不完全な仮説の域を出ない。仮説を裏付ける根拠も薄弱だ。

 とはいえ、わざわざ杜撰な管理にあるデータを分捕らせたのは偶然と考えるには都合が良すぎる。そういえば、あの地下施設内もあまり人がいなかったし……。考えるときりがない。


「でも、それならわざわざ俺たちを使わずとも、NEWC側が自分でマスコミにバラすでもいいんじゃ?」


 二澤さんの疑問は尤もだ。だが、和弥はかぶりを振っていった。


「それだと信憑性が薄いんです。今回の場合、政府や軍が共有している情報から漏れた情報、という点でが重要で、より信じてもらうためには「政府機関が持っていた情報」のほうが話題性があります。今はテロの真っ最中ですから、多くの国民やマスコミの関心は政府の発表に向いているはずで、そっちから流れてくればインパクトは絶大です。今回のこれは、何より“注目してもらわないと”意味がありません。」


「それを考慮して、敢えてこの回りくどいやり方を?」


「だとしたら……って話です。もちろん、“カード”としてそういった情報を流す手段を残している可能性もあるのですが……どっちにしたって、最終的に行き着くのは……」


 最後は敢えて言わなかった。だが、言う必要はなかった。言うまでもなかった。言わんとすることは、子供ですらわかるほどわかりやすい。


 ……一回でも漏らしたら、例え断片的なモノであろうとも……


「(……世界が大混乱になる……)」


 その実情は今以上のモノになるだろう。「対テロのアメリカが進んで資金提供していた」なんて情報が先走ってネット上の混乱が世界に伝播する事態は目に見えてるし、経済や政治、金融市場にまで……。


「……てことはさ、これ、漏らさないほうがいいんじゃねえか? 黙ってたほうが……」


 結城さんが思わずそう言ってしまったのも無理はない。だが、それもそれで問題がある。


「でも、早目に言っとかないと、今後この資金ルートが何に使われるかわからないわ。早目につぶさないと」


「つっても、バレないように伝えるってのも無理だぞ? 渡しても、資金援助に携わってた改新党とかを潰すときに漏れるかもしれないし……」


「それ以前に潰そうとしたら「俺たちがやったことをバラす」って脅されて、世界的大混乱を恐れて何もしないって話になったら詰みだよ」


「それ、向こうが資金ルート情報持ってる時点でアウトじゃん……」


 外交においては譲歩は独占していることに意味があるっていうのは、どこぞの怪獣映画で勉強したことだが、それをまさかテロリスト側が持っちゃったら悲惨な事態しか思い浮かばない……。


 悪用防止のために資金ルートを根絶させるべく、情報を渡すか。


 漏れた際の世界的大混乱を考慮し、そのままにしておくか……。


 何れにせよ、今は羽鳥さんが事情説明中のため、すぐに判断を仰ぐ必要があった。情報解析は和弥にやらせているが、その運用は羽鳥さん任せなのだ。


「羽鳥さんどこだ? もう終わっただろ向こうは?」


 二澤さんがその姿を探していると、少ししてその本人が戻ってきた。


 

「……マズい……」



 ……相当に焦った表情をしながら。


「ど、どうしたんです? 何があったので?」


「あぁ……情報を集めたことを伝えつつ、その本人が捕まったので再度救助申請をしたんだがな」


「だが、何です?」


「……」


 羽鳥さんは随分と言いにくそうな顔をした。この流れで、事情を言おうとしない姿勢……、まさかと思った。


 そして、その懸念は……


「……司令部は、今更行くのはもう遅いし、これらの情報で一応十分だといって……」






「彼女の救助は、承認できないって……」






 忌々しいことに、素晴らしくピンポイントで命中してしまった…………

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