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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
序章 ~遭逢~
15/181

命名

「…………え?」


 そんで少しの時間を経てやっと出した言葉がそれだけだった。


 しかし、その一言だけで新澤さんが、どれほど驚愕しているか、信じられない気持ちでいっぱいかを表現するのには十分だった。

 顔を支える筋肉をいっぱいにひきつらせ、せっかくの可愛い童顔がとんでもなく崩れている。


 そんな彼女も、「え? え??」と喉の奥から自然と出たような声を発しつつ俺とコイツと交互に見た後、さらにマジマジとみる。もちろん、相手はコイツである。


 少しの困惑の後、ハッと我に返ったように新澤さんは少し焦ったように言った。


「え、う、うそ!? これが!? これがその……!?」


「ええ、まあ。見ての通り人間なんですけど……、中身は機械らしいです」


「ッ……!?」


 そのまままた顔をひきつらせて、驚愕の表情を彼女に向けた。

 そして相変わらず動じない本人。ここまでくるとさすがに正直気味が悪くなってくる。言葉は悪いのだが、しかしこれくらいしか適切な表現がない。


 しばしの沈黙。このままをキープするのもあれなので、俺は話を無理やり進めることにした。この状況に少し苦笑いしつつも話を進める。


「はは。ま、まあ、信じられませんよね。俺だって最初ありえないと思ったんですけど、これがまたよくよく見てみれば確かに機械で……」


 とかどうとかいって適当に調子をとっていると……


「……す」


「……え?」





「すっごぉい!!」


「えええ!?」





 新澤さんは今度は目をキンキラに輝かせてそんな感激の声を上げていた。

 さっきの憧れ表情の比ではない。まるで告白された後のあの嬉しそうな顔である。

 こればっかりは言われた本人も想定外だったらしい。小さく「え?」という声が聞こえたのを俺は聞き逃さなかった。

 俺みたいな叫び声が轟くと思ったら、その真逆が返ってきた。そりゃ、ロボットも予測できんだろう。


 今度はこっちが動揺してしまう。俺に関しては思いもよらない返答に思わず口を軽くあけて固まってしまった。

 しかし、新澤さんはそんな俺たちにはお構いなし。俺でもしなかった質問攻めを即行で始めた。


「ね、ねえ! ほんとにロボットなの!?」


「は、はい……そうですけど……」


「え、ほ、ほんとに!? マジで!?」


「は、はい……ほんとです……」


「すっごぉ! え、でも全然ロボットに見えない! これなんてSF!?」


「え、え?」


「声とかもまるっきり人間じゃない! しかも可愛い!」


「は、はぁ……ありがとうございます」


「いやいやお礼とか別にいいって! でもすごいわね! ここまで精巧に人間なロボットみたことな、あ! 感触とかヤバい! これ完全に人間―――」


 そんな質問攻めをしている新澤さんはまるっきり子供のようであった。雰囲気がまさしくおもちゃをもらって興奮した子供である。

 彼女のほうもまさかの質問攻めで処理が追いつかないらしい。さっき俺が団長室でパニックになっていろいろと彼女の全身見渡したりした時のあの困惑が再来している。いや、もしかしたらそれ以上か。


 あんまり放置しておくのも彼女自身にあまりいい影響はないだろう。この状況の適当な処理が追いつかなくなって処理落ちされても困る。

 爺さんのことだし、そうなることを防ぐリミッターくらいはあるかもしれないが、念のためだ。今のうちに俺が代わりに止めに入る。


「新澤さーん」


 だが一回の呼びかけでは全然暴走が止まらなかった。どれだけ興奮してるんだか。

 何度か呼びかけて、やっと俺の声が耳に届いたようだった。


「新澤さん、聞こえますか?」


「え、あ! う、うん! なに?」


「いや……あんましやりすぎると彼女が困るんでそんくらいで……」


「え、あ、ご、ごめん! やりすぎた!」


 そう顔の前で両手を合わせて彼女に頭を下げた。困惑中だった彼女にもすぐに頭を上げるよう言われたのですぐに上げたが、その顔は少し苦笑いである。

 相当彼女に夢中だったらしい。顔は少し赤面していた。


 とはいえ、ある意味、ロボットが大好きな人にとってはこれが正しい反応なのだろう。俺が団長室で撮るべき反応はこれだったのではと思うと、つくづく俺もひねくれた性格をしていると感じる。

 ……尤も、どっちにしろされた本人はたまったもんではないだろうが。


 そんな想像をしつつも、そのまま俺は新澤さんに聞いた。


「というか、結構簡単に信じちゃうんすね? まだウソの可能性もあるっていうのに……」


「いや、でもアンタが一々こんな嘘つくわけないでしょ?」


「それはそうですけど……」


 そんないろんな意味で大先輩のアンタに嘘なんかつけるかい。変態共を敵に回すのは厄介だ。翌日犯罪予告文でも送り付けられてもおかしくない。

 尤も、それ以前に階級は下とはいえ先輩の人に簡単に嘘をつく人間でもない。当然だ。


 しかし、新澤さんが根拠としているのはどうやらそっちではない、というか、そっちもあるけど少なくとも一番に持ってくるものではないらしい。人差し指を上に向けて説明口調で話し始めた。


「それに、考えてみれば今までのこの私たちの会話の中でこの娘が発した言葉が「いえ、あんまり無駄に会話に入るのも野暮かと思いまして」の一言だけでしょ? いくらなんでも寡黙すぎよ。見た目そんな娘には見えないし、それに表情もさっきの困惑していた時まで、若干の微笑みの顔から何一つ変ってなかったじゃない。……見た目は確かに人間だけど、中身は全然人間らしくないわ。要はそういうことよ」


「な、なるほど……。じ、じゃあ、今さっき驚いてたのって……」


「ああ、うん。ほんとは最初あたりからちょっとは察してたんだけど、さすがに非現実的すぎかって全然信じてなかっただけ」


「ああ……そういう……」


 なるほど。驚いてた理由はそっちか。ほんとは最初っからある程度は察してたのか。まあ、新澤さんほどにもなれば確かにそれくらいは推察できてもおかしくないだろう。


 そんなことを考えている中、新澤さんはそのキラキラした目を彼女に向けた。


「ね、ねえ。あなた、本当にロボットなの?」


「は、はい……そうです」


 それさっきも言ったやん、なんていうツッコミはこの場合は野暮だろう。この際無視する。


「ほ、ほんとに? 何かロボットっぽいところある? あ、腕の中に銃が仕舞ってて手の部分とると中から銃口出てきたりとか!」


「そんな、アトムじゃないんですから」


「でも、それ実際にあったらロマンじゃない? 腕を敵に向けてぶっ飛ばしちゃうとか!」


「今の技術で無茶いわないでくださいよ。コイツにはありませんよそんなの?」


「あっちゃ~……。でも将来つけられたりして」


「普通に銃持ったほうが弾薬的・構造的な面で一番効果的かと。胴体内に弾薬ため込む場所ありませんし。やるならレーザーやビームといった実体弾じゃないやつでしょうが、そんなのどうしても大型化しますしね」


「……ハァ、アンタ、ロボット好きのくせにロマンないわねぇほんと」


「悪かったですね、別に現実と非現実の区別はつけてるだけで」


 それゆえにあんな大パニックを起こしたんだがね。この人に話したらたぶん笑われるなこれ。


「……というか、新澤さん俺みたいに極度にロボット好きでもないのによくまあそこまで興奮的に……」


「何言ってるの。それでもロボット大好き民族の日本人の女性よ? わかる?」


「……あー、ハイ。さいですか」


 ロボット大好き日本人といっても、人によっては嫌いな人もいそうなもんだけど……。まあ、結構な人数がロボット好きだってのは同意ではあるが。もちろん、アニメの影響。

 工場とかに人型ロボットが出てきた当時などは、その道のオタクやら見学者やら、観光会社のツアーのネタにされるやらで、そこ一帯が観光地張りの人気を見せたものだ。マスコミも、当時はネタに困らず喜んでいたことだろう。


 それほど、日本にとってロボットは、とても緊密な関係にある存在だ。

 今の日本は、徐々にではあるがロボットなしにはうまく生きていけなくなりかけて行っている。


 ……それを引き起こしているのは、前にも言ったような日本人特有の独自のアニミズム思想のたまものなのかもしれない。


 そういった、独特な文化が浸透している日本。の、女性。


 中亜戦争最大の貢献者の一人としてなお連ねてる女傑の彼女も、今はただの子供じみた乙女状態。ワクテカが止まらないようである。

 より興味を持ったようで、キラキラと輝かせた視線を彼女に向けていた。


「しかし、ほんとに人間にしか見えない……。つなぎ目とかないのこれ?」


「あるにあるらしいですが、今は服の陰に隠れてるらしいです。俺が確認するのはマズいんで暇なときに新澤さんご自身でどうぞ」


「ほほう……それはそれは……」


 そんなことを呟きつつ、また彼女自身をまじまじとみる。

 視線自体には慣れたのだろう。彼女もそれほど動揺はしなかった。……尤も、少々困惑した目線は送り続けてはいたが。


 ……そして、彼女も気づいてしまったらしい。


「……あッ!」


 新澤さんは、ふと目を向けたあるものに異常に反応を示し、そしてそこに思いっきり顔を近づけた。やられる本人が思いっきり驚いているのを完全無視して。

 ……そして、一瞬の間をおいて思わずそのまま叫んだ。


「……こ、この娘の目なんかカメラのレンズみたいになってる!」


 そう、俺をさっき一番の混乱に陥れた原因であるこいつの目である。

 それほど間近で見ないとわからないものをある程度離れた距離から確認してしまうあたり、新澤さんも相変わらず評判通りの高視力だ。


 彼女の自慢の一つ。その高い視力は自分の上2人の兄さんたち共々半ば遺伝らしくて、日本の場合は湿気がひどくて見えるもんも見えない中、彼女はなぜかよく見えるという。10年前の戦争当時からそうで、よくこの視力に助けられたりしたそうだ。

 最近検査したところでは、何と2,0を記録したとか。日本人で2,0は中々貴重である。


 そんな彼女の視力によって、コイツの機械目はしっかり捉えられたらしい。

 しかし、新澤さんは俺のような大混乱のどん底に落ちるどころか、むしろさっきより輝いていた。


「これよこれ! こういうの待ってたのよ! 人間の特徴の中でちょっと見える機械っぽさ! やっぱりこういうの見てるとロマン感じるわよねぇ……」


「はは、まあ、たしかにそうですね。……ちなみに、これ右目がメインで左はサブらしいです」


「え? そうなの?」


「ええ。右と左で役割分けてるらしいんです。左は左でまたほかの機能があるとか。……後で機会があればお教えしますよ」


「……機械の説明はまたの“機会きかい”にっつって」


「あ、ハイそういうのいいですから」


 新澤さんまで寒いギャグはせんでいいです、そういうのは全部和弥の仕事ですから。


 ……と、


「ふふっ……」


「?」


 ふと彼女から声が出る。

 見ると、彼女は手を口に軽く押さえてクスリと笑っていた。彼女の見せる何度目かの笑顔である。

 ……このタイミングの笑み。まさか……


「……あれ? ウケた?」


「はは、す、すいません。少し面白かったのでつい……」


 そんなことを言っている彼女もほんの少し笑いをこらえてる。

 初めて人型完全自律のロボットにギャグがウケた瞬間だった。

 ロボットに人間独特の笑いという要素が理解できるとも思えんが、そこはあれか。すでに膨大なデータとして実装されているか、またはそれっぽいのが来たらそう返せと初期アルゴリズムに書かれているのか。

 ……まあ、いずれにしろ一応ウケたのには違いない。


 新鮮なのかちょっと違和感なのか……よくわからない感覚に包まれる中……


「……ドヤァア~~」


 新澤さんは両腕を上にL字に掲げて渾身のドヤ顔をしつつ勝利のガッツポーズである。アンタは某艦隊育成ギャルゲーの軽巡かなんかか。

 しかし、相当うれしかったらしく、そのドヤ顔は、今までに見たことないほど笑顔に満ち溢れている。

 守りたい、この笑顔、と言いたいところだが、あくまでドヤ顔なので正直逆に笑顔で殴り飛ばしたい、この笑顔。


 尤も、手元にはその彼女に関する資料があるから一応は説明できるのだが、今ここで長々とやるのもなんとなく億劫なので後に回す。今やる必要もない。

 二人を抑えた後、新澤さんはまた何かを思い出したようにつづけた。


「あぁ、んで、アンタはなんでこの娘と一緒に? ただ単に設備案内してただけ?」


「いや、まあ今はそうなんですが……実は……」


 そんな切り出しから始まり、ことの顛末を説明する。

 当然、新澤さんは驚愕しっぱなしだった。超簡単に彼女のことも解説し、うちの爺さんがその開発チームの主任だったと知ると「つまりアンタから見るとこの娘っていとこ?」と言われた。

 まあ、親族関係的に言えば確かに御親戚になるんか?とも思ったが、正確には爺さんの娘ということになるので、その下は確か祖父母になると思う。

 尤も、見た目が祖父母とはかけ離れてるし、そもそもロボット相手に血縁関係など考えたって無駄だろうが。


 さらに、俺が彼女のお目付け役頼まれたってところに関しては、


「私もロボット工学詳しかったら今頃……ブツブツ……」


 ―――とかどうとか呟いてた。不満げに。それはそれは不満げに。

 まあ、新澤さんが選ばれなかった一番の理由がその専門知識不足が原因だし……、こればっかりは仕方ないとはいえる。


 その代わり、今現在話が進んでる例の新設部隊の件も超簡単にだが説明し、もし新澤さんが副隊長になるなら、彼女のお目付け役に新澤さんも、主ではないにしろ参加できますよと言ったら、


「よし、やるわ。喜んでやらせていただくわ」


 ―――とかって感じで即答だった。

 というか、この人にとっては彼女と同じチームになれるならもうなんでもこいらしい。むしろまたさっきみたいに勝利のポーズしてた。

 ……そして、なぜか今回はこれに関しても彼女はウケていた。いまいち、コイツの笑いの沸点がわからない。


 そこらへんの話に関してはある程度長くなってしまうので割愛するが、とにかくそういった説明の中で、新澤さんが最終的に出した一言が……


「……これ、私勝ち組よね?」


 そんな、満面の笑みでのこれである。

 結婚したときの幸せを勝ち取った時にやるような満面の幸せの笑顔。これはさすがに「守りたい、この笑顔」というやつである。


 勝ち組ねぇ……。まあ、ロボット大好きな人にとっては確かに勝ち組か。俺自身も同意っちゃ同意だ。

 本音、これに関してはこの場で新澤さんみたいに勝利のポーズやってもいい。でもなんとなくはしたないのでやらない。


「はは。まあ、たしかにそうかもしれませんね。……しかも、中々身近なやつとですから……」


「アンタとこの娘のほかにも、和弥も入るからね……。あいつ知ってるかな?」


「さあ、まだ知らないんじゃないですか? たぶん、後々呼ばれますよあいつも……」


 事実団長がそんなことほのめかしてたし。


「ふ~ん……。でも、それはそれで楽しみね。ロボットを使った新たな戦術が組めるじゃない」


「ええ。元より、コイツ自身はもう完全にワンマンアーミーを地でいく奴ですから、もしメンバーがこの4人で決まったからには、俺も隊長としてコイツをうまく使った戦術とかを研究していかないと……」


 ロボットが部隊に加わるとなると、もう今までの人間だけで構成された部隊の戦闘とはわけがちがってくる。

 彼女自身は俺たち人間より多くの機能を載せたり、そしてその身体能力や戦闘能力もけた違いだ。これをうまく使っていかないといけない。

 しかし、彼女だけを酷使するのもまた問題だが、その調整が一番難しいわけで、今後訓練や彼女の能力を見て判断していくしかないだろう。

 こういった場面でもモノを言ってくる経験という名の一番の判断材料。いつの時代も経験というものは一番重宝されるものである。


 ……とかどうとか考えていると、また新澤さんが思い出したようにいった。


「あ、そういえば思い出したんだけどさ」


「?」


 俺の話途中でも問答無用で割ってはいるあたり、性格の彼女らしさがうかがえる。別段悪い性格でもないんだが、もう少し配慮できんものかとちょっと頭を抱える。しかし、ここはその代わり苦笑いで抑える。


「今さらながら思い出したんだけどさ……」


「はい」


「この娘……」





「……名前、なんていうの?」





「…………あ」


 俺も今更ながらに思い出して顔をちょっと固めた。

 そういえばそうだった。すっかり忘れていたが、まだ名前なかったんだった。そんで、決めかねていた時にこの現在の状況である。


 困ったな……そういえばその話まだ済ませてなかったな……。


「……あの、名前でしたらさっき……」


「え?」


 と、そんなことを考えているとまたなぜか勝手に話が進んでしまう。


「いや、待って? それってさっき祥樹が言ったRSGなんとかっていう……」


「RSG-01Xです」


「そうそれ。それの事よね? でも名前じゃないわよね?」


「え? 違うんですか?」


「え、いや、違うって、それはあくまで型名であって……」


「あー……えっとですね……」


 このまま放置しているとまたさっきの俺みたいなことの二の舞になりかねなかったので、とりあえずこれについても、二人の間に入ってちょっと捕捉くわえて説明しておいた。


 ……当然、


「ええ!? 名前ないの!?」


 驚愕の反応を見せた。

 案の定、新澤さんにとっても意外な事実だったようだ。当然だ。ここまで人間なやつに名前がないとか、俺たち人間の感覚からすればありえないも同然のことだ。

 新澤さんも、今まで偶然話題にでなかっただけで当然あると思っていたに違いない。


「えぇ……爺さんあたりがいるうちにさっさとつけさせればよかったんですが、すっかり忘れてて……」


「ええ……アンタの爺さん天才のクセにボケ始めたわけ?」


「さぁ……? まあ、天才とはいえ結局は還暦超えたジジイですから……もうボケ始めたのかもしれません」


「それ研究者として大丈夫なの……?」


「まあ無理なら自分から引退しますよ。……にしても困ったなぁ……」


 頭をかきながら何とも困ったというような渋い表情でそうつぶやいた。


 未だにいい案がないんだよなぁ……。候補すらない。


 ロボットである彼女に一番見合う名前……。さて、なにがあるやら……。


「新澤さんも何か考えてくれませんか? こういうのってむしろ女性が得意でしょ?」


「いや、ちょっと待って? それどう考えても女性に対する偏見よね? 私こういうやつわからないわよ?」


「いや、でも少なくとも俺よりはマシでしょう……。お願いしますよ、コイツのためを思って」


「で、でも……」


 そう拒否的な反応をする割には、そのすぐ後には「う~ん……」と唸りながら考えてあげてるあたり、やっぱり彼女らしい他人思いの性格が表れている。

 新澤さんのネーミングセンスがどれほどかは存じえないが、少なくとも、男性である俺が付けるよりはマシなものだろう。一種の偏見だろうが。


 とはいえ、急に言われてさすがに即行で出てくるわけではない。新澤さんも苦戦していた。


「ん~……。やっぱり、こういう時ってこの娘の特徴からヒントを得るのが一番よね。何か彼女らしい特徴って……」


 特徴か……。なるほど、まあよくある手法だ。


 ロボットの名前の由来をそこから出すのは昔からあった。

 どこぞのギャルゲーに出てた某メイドロボだって、名前の語源は自分自身の一応の多機能さを元にして、その“多機能”を英語読みしたところから持ってきてるしな。ある意味妥当だ。

 彼女の特徴といえば、まず一番は人間と違ってロボットだってことだ。そこから連想していくと……。


「ロボット……機械……、電子? いや、コイツは量子コンピュータだから、量子?」


「電子は英語でエレクロト……いや、これはだめ。長い」


「じゃあ量子は……クアンタム? いやいやいやいや……」


 なんだってこんな長ったらしい名前ばっかりなんだ。

 名前の一部分をそれっぽくとってきてもいいのが出るためしがない。


 機械、という用途から何か連想できないかとも考えたが、結局辞めた。いいのがない。

 挙句の果てには、型名から当て字でどうにかできないかも考えたが、結局これもボツとなった。これっぽっちもいいのがない。


 ……そんな感じで、新澤さんと共にあーでもないこーでもないとうーうー唸っていると……


「……あのー……」


「「ん?」」


 今まで完全空気状態になっていた彼女がふと遠慮気味に声をかけた。それはそれは遠慮気味に。


「お、思いつかないのでしたら無理にお付けにならなくても……」


「「いや、それはこっちが困る」」


「……」


 意図はしてないけどまさかの新澤さんとハモり。ここまで一語一句タイミングまできっちり合わさるのも珍しい。

 それを聞いて彼女もこれ以上の言動は差し控えた。やっても意味ないと見たらしい。実際意味ないですが。


「……あ、そうだ」


「?」


 ふと、今度は新澤さんが何かを思いついたらしい。すぐに彼女のほうを向いて聞いた。


「ねえ。じゃあヒントがてらにあなたの今の気持ち聞かせて? 抱負とかそんな感じで」


「抱負?」


 思わず彼女が復唱する。その顔は疑問形だ。

 しかし、それは俺も同じ。何とも盲点なところからヒントを得ようとしたもんだ。抱負ねぇ……。

 まあ、そういえば俺も聞いてなかったな。


 ちょうどいい。この際だ、ぜひともそういうのを聞いてみるのも一考か。ロボットがどんなこと言うのかも個人的に興味あったりするし。


「抱負ですか……、そうですね……」


 彼女も少し考えたのち、一言一言はっきりと、半ば改めて決意をするように言った。


「……私は皆さん人間をサポートするロボットです。そのためには、皆さんと密接に繋がって、綿密な関係をもっていかないといけないと考えています。ですから、ぜひとも皆さんとの関係を良好にしつつ、そして実際の戦闘の場でも、その自分の能力を精一杯発揮して、皆さんを支えていきたいと思います。とにかく、皆さんのために。ロボットとして、最大限の力を、と私は考えています」


 最後は真面目な内容の中にも、表面でしっかりとした笑顔を作った。

 その、なんとも模範的な抱負を聞いた俺ら人間組は……。


「(……健気だなぁ……)」


 そんなことを思っていた。俺は元より、新澤さんもあの何とも感心しているような顔からして、間違いなくそう思っているに違いない。

 しかし、実際健気である。ロボットらしいっちゃらしいが、とにかく人間と関係を密にして自分のやるべきことを精一杯、ということね。

 これは彼女だけがそう思うだけでは済まないな。こっちもしっかりそれを受け取ってこそ初めて成り立つともいえる。


 人間としてもこっちからの支えも……。と考えると、俺たちもまた、やはり他人事ではなく心身に支えていかねばならない、と改めて考えさせられてしまう。


「互いにつながって……、か。何ともロボットらしい」


 そんな感想にも、彼女はそれにはただ単に微笑んで返すだけだったが、しかしその意思は間違いないものであった。本心からそう思ってくれている顔であった。

 それを見て、俺も俺でやっぱりコイツには下手な相手はできないなと改めて実感した。それでなくても国家機密級だったりするのでいやでもそんな扱いはできないんだが、此れのおかげでその意思はそれ以上のものとなった。


 新澤さんも俺の隣で感心したように何度も相槌を打つ。


「うんうん、いいことよ。陸戦では互いのチームワークが重要になるわ。ロボットとはいえ、こうした関係を密に繋がっていくことはとても……」


 とかどうとか感想を述べていた時だった。


「……ん? 繋がる?」


「?」


 ふと、新澤さんはいきなり自分の言動を止めて沈黙熟考した。それも、結構真剣にだ。

 繋がる。この言葉に何か気にかかることでもあるのだろうか。小さく何度も呟いている。俺は彼女を少し目を合わせてそのまま新澤さんを一直線に凝視した。


 少し考えたのちに……


「……ッ! ああッ!!」


「!?」


 いきなり何かひらめいたように手をパンとたたいてそう叫んだ。思わず隣にいた彼女共々びっくりしてしまう。

 しかし、新澤さんの表情はぱぁっと明るいものであった。そして「やってやったぜ!」とでも言わんばかりのドヤ顔が混じっている。


「ど……どうしたんすかいきなり?」


 思わずなぜか遠慮気味になって聞いてみるが、新澤さんはそれと対照的に少し興奮気味に言った。


「来たわこれ……いいの思いついた!」


「思いついたって……何がです?」


「何って、決まってるじゃない! 名前よ名前! いい名前が思いついたの!」


「え?」


 思わずまた違う意味でこっちがびっくりである。今ので思いついたのか?

 つないだ、てところで止まってたが、なに、繋いだって文字から何か連想した? 何があるよつないだって文字に。


「これなら、確かに女の子によくつける名前だし、かわいいし、あとこの娘にも一番ぴったりだわ!」


「は、はぁ……。んで、いったいどんなのを思いついたんで?」


 そう聞くと、また渾身のドヤ顔をしつつ「ふっふ~ん。聞きたい?」とでも言わんばかりの目線を送りつつ、高らかに言った。


「……私が思いついたこの娘の名前、その名も、」






「『ユイ』よ!」






「……は? ゆい? ひらがなで?」


「いや、そっちじゃなくて! カタカナで『ユイ』! いい名前じゃない!?」


 その顔はなんか興奮気味。もう完全に手柄とったりと言わんばかりのドヤ顔目線である。


「ふ~む……」


 ユ、ユイか……。なるほど、確かにそれっぽいな。

 ユイという名前の付いた女の人はザラにいる。もちろんこの場合は大抵は漢字だが、彼女の場合はカタカナか。

 なんか、どっかのVRMMORPGの小説でそんな名前の人工知能いたな。尤も、人工知能という点以外は全然そっちとは似てないのだが。


 ユイ、か……。


「(……なるほど。確かに、なんとなくよさげな名前だな)」


 ちょっとニヤッと笑って彼女のほうを見た。彼女はちょっと目線を上にあげて何か考えている。ユイの語源でも調べてるのだろうか。

 だが、雰囲気的にも彼女にぴったりだ。それに、可愛らしいのにも違いない。しかし、いったい何を由来にそう考えたのだろうか?


 ついでなのでそれも聞いた。


「で、いったいどこからとったんで?」


 そう聞くと、少し胸を張って自慢げに一つ咳払いすると、これまた自慢げに説明口調で話し始めた。


「いい? 繋いだって言葉から連想できる言葉に、『結ぶ』ってのがあるでしょ?」


「はぁ……。ありますね」


「その、結ぶって言葉の漢字の部分。これを他の言葉に言い換えるとどうなると思う?」


「? ええっと……」


 結ぶのほかの言い方っていろいろあったろ? ケツ、ケチ、ひとし、ゆわえる、ゆわく、ゆう……。あとは……。



 ……ああッ!



「……そうか。『結』を言い換えると『ユイ』になる!」


「そう。そういうことよ」


 新澤さんはその回答を待っていたというがの如く、さらに声のトーンを上げた。


「この娘も、最初「私と密接に繋がって」って言ってたじゃない。それは私たちも同じよ。相手は機械といえども、私たちだって、どうせなら密接に繋がってやっていきたいわ。そうでないとこのチームとして行動ができないしね。だから、そういった機械と人間の垣根を越えて互いに強く“結ばれてほしい”っていう願いも込めて、その漢字からとって『結』。そしてそれをカタカナにして『ユイ』。……どう? これ結構いけると思ったんだけど」


「……」


 俺はその興奮気味ながらの懇切丁寧な解説にしばし口を軽く開けて呆然としていた。そりゃそうだ。自信満々に興奮気味にハキハキと解説されたらそりゃ圧倒されるもんがある。少なくとも、今の新澤さんはそうだった。


「……新澤さん……」


 ……そして、その由来に、


「?」


「……」





「……あなた、最高だわ」





 俺はいたく感心してしまった。


 由来の中身がピッタリすぎた。俺たちと繋がっていきたい、つまり強く結ばれた関係でありたいと願うロボットの名前が、その結ぶという漢字からとった『ユイ』という二文字。完璧だ。まさしく彼女にピッタリだ。


 また、その名前に込めた思いもとても強く心に打たれるものがある。

 俺たち人間とロボットは確かに違う存在だ。見た目が人間とかそういうのは関係ない。ロボットはロボット。人間とは相異なる存在だ。これはどうやっても変えることができない事実だ。

 だが、それでも互いに繋がることはできる。互いに結ばれることは十分にできる。いや、正確にはできるはずだと願っている。


 だから、それが実現してほしいという意味を含めての『ユイ』。そして、それを願うロボットである彼女の名前としての『ユイ』。


 ……素晴らしい結びつきだ。これこそ“結びつき”というやつだ。


 やっぱり新澤さんに頼んでよかった。ダメ元ではあったが、それでもやっぱりものは言ってみるもんである。

 そう考えると、ユイという言葉もますます彼女に似合うものに見えてきてしまう。

 命名された本人も、ああいっていた割にはえらく気に入っている様子である。

 由来聞いたあたりから、その名前に込められた意味とかに結構うれしさを感じたんだろうか。さっきから笑顔にその言葉を呟いてはうんうんうなづいていた。ほほえましい限りだ。


 ……そして、そんな彼女、いや、もうこの呼び方も疲れたので今この時点から基本一人称で呼ぶときは『ユイ』と呼ぶことにしよう。

 そのユイの様子を見た新澤さんは本日三度目の勝利のポーズ。ドヤ顔付きなのはもはやお約束である。しかし、今回ばかりは殴り飛ばさない。いや、殴れない。


 ……あ、ちなみに、


「……一応聞きますけど、わざわざカタカナにしたわけは?」


「あぁ、そっちのほうがロボットっぽいでしょ? 少しでもこういうところつけとかないと忘れそうで」


「はっはぁ……、なるほど」


 思わず納得してしまう。

 確かにロボットの名前ってカタカナ表記が圧倒的に多いな。ドラえもんはカタカナとひらがな混ざってるけど。


 まあ、そこは別にいい。とにかく、コイツの名前が晴れて決定された。

 やっとすっきりした気分になった。これで心置きなくコイツのことを一人称で呼べる。


「とりあえず……もうこの娘のことは今から名前呼びでいいわよね。あ、そうそう。めちゃくちゃ紹介遅れたけど、私は新澤真美。階級は軍曹よ。よろしくね」


 そうパッパと身を繕ってサラリと自己紹介をした。

 ユイは俺がした時と同じように右のこめかみに右手を添えて、少し目線を右下に向けるしぐさをした。こうやるのはもうおそらく記録中的な意味合いを持つのだろう。そういった仕様なのかもしれない。

 ユイも笑顔で返した。


「はい。RSG-01X、『ユイ』です。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」


 そのまた互いに一礼。俺の時みたいに俺のほうがちょっと取り乱すなんてことはない。新澤さんも、もう即行である程度は慣れたらしい。


 それを見つつ、俺はふと思い出して制服の内ポケットに入れていたiPhoneを取り出して電源を入れた。

 その上からデジタル表記の現在時刻も表示されていた。


「あ。新澤さん、もうそろそろいったほういいですよ。そこそこ時間経ってます」


 そういってその画面内に表示されている時計の現在時刻を見せると、新澤さんも「ゲェッ!」とまずったような慌てた表情になった。


「ヤッバ、もうこんな時間? もう、呼ばれてたのすっかり忘れてた……。これさっさと届けて団長のとこに行かないと……」


「ええ。ですから、あんまり待たせると面倒ですしそろそろいったほうがよろしいかと」


「ええ、そうね。じゃ、そうさせてもらうわ。……あ」


 と、そう言ってそのまま俺たちが来た方向にそのまま立ち去ろうとした時だった。

 ユイのすぐ隣を通り過ぎた時、ふと彼女のほうを向いて、


「……チームになったらよろしくね。こっちからも精一杯サポートするから」


 そういって右目を閉じてウインクの表情。ユイもそれに笑顔で「はい」と答えた。

 そのちょっとしたやり取りの後、そのまま新澤さんは少し小走りで団長室のある方向へ向かった。今頃団長は爺さんを送り終えて部屋で待っているころだろう。


 ……再び取り残された俺たち。といっても、もう施設内は案内しえたのでもう何もすることがない。


「……よし。それじゃ、俺たちも俺たちでやることはなくなったし……、とりあえず、部屋に戻ろうか。一応、俺の部屋に居候でいいんだよね?」


「はい。一応は」


「よし、それじゃ、俺の部屋に案内するよ。……ほら、」





「ついてきな、『ユイ』」





 初めて、彼女のことを名前で呼んだ瞬間だった。

 やはり、こっちのほうがいろいろと都合がいいし気分がいい。ユイも、それに対して明るく「はい」と答えたあたり、ああ言ってた割にはもらったらもらったで結構うれしかったんだろう。


 名前というのは自分だけのものだ。彼女のこの反応を見る限り、世界に一つだけの、自分だけのものを授かることに対する喜びは人間も機械も関係ないらしい。

 それに、由来が由来だ。彼女個人としてもとても大切にしたくなったものであるに違いない。


 そのまま、俺たちは隊舎の寮のほうへ向かった。

 そこに俺の部屋がある。運よく俺は一人部屋だが、ロボットといえど女性である。

 着替えなどの弊害はどう乗り越えるか。本人は気にしていないようだが、個人的にはやはり気になるのであとでユイと協議をする必要があるだろう。


「……」


 俺はふと横目で隣にいるユイをみた。

 今は落ち着いている彼女。しかし、その顔はちょっと明るめである。内心まだうれしいのだろうか。そこは彼女にしかわからない。


 ……しかしまぁ、いい名前授かったもんだ。人間と結ばれる……、か。


 ……まあ、そんな俺も、


「(……一応、名前だけならいいものを授かってもらってるんだがな……)」


 俺のその名前の意味。そこを考えると、自然とちょっと悲しめの表情ができてしまった。

 すぐにハッとなって首を小さく横に振り、そして小さくため息をついた。ダメだダメだ、今はそれを考える場面じゃない。

 今はコイツがそれらしい名前を授かったことを喜ぼう。そして、これからこいつが仲間になることを心から歓迎しよう。うん。






 そんなことを考えつつ、俺は自分の部屋に戻る…………

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