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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
149/181

R&Dフロア

 ―――そこからの動きは速かった。

 既に日付をまたいだ5日の午前1時。羽鳥さんを人気のない場所に呼び寄せ、すぐに事情説明。メリア側の意図をすぐに察した羽鳥さんは「無線を繋げてみる」と一言いい残し、俺たちの元を離れた。

 また、新澤さんとも合流。こちらにも事情を説明した結果、


「やっぱり姉妹じゃない、ユイちゃんの」


 性格的な意味で、若干皮肉も込めてそう言った。違いない。俺らは苦笑する他なかった。

 この件は司令部連中にも伏せるわけにもいかない。彼女を使った情報収集策を模索したのは誰でもない彼らだ。無線を使ってコンタクトを取ろうとした時点で、まず感づかれるため、いっそのことすべて話したのである。羽鳥さんが、ついでにそれもやってくれることになった。

 ……しかし、 


「ええ!? そのままいかせる!?」


 これをなぜかチャンスと見てしまったらしい。「自ら進んで行ったのなら止める必要もあるまい」とアホくささしか感じないことを言って、あとのことを俺たちに任せてしまった。元々情報収集分野は俺らに一任されているから当然の指揮委任であるとはいえ、この件にまで俺らに一任されても困る。しかも、たった今からだ。


「とにかく、この機会だから彼女を使ってできる限りの情報を集めろ。少しでも有力なものが集まったならば、多少の過失など見逃してやる」


 羽鳥さん曰く、彼らはそう言い放ち、全てをこっちにまかせっきりにしたそうだ。ピンチをチャンスにかえろとは軍人ならばよく聞く言葉だが、これはチャンスに変えちゃマズいピンチだろうというのは、後の羽鳥さんの弁である。


「こっち側の準備すら整っていないというのに、なにをふざけた指示をしやがる」


 鬱憤が溜まっている羽鳥さんの言葉に全力で同意しつつ、一先ずは彼女とのコンタクトを試みることになった。

 羽鳥さんの令の元、一先ず司令部が使ってた一室の一角を借り受けた俺らは、対応策を練る。まずは、メリアとのコンタクトだ。


「むやみやたらと無線を繋げようとしても、向こうが盗聴しているとなると怪しまれる可能性があるな。どうする?」


「向こうが盗聴してると思しき周波数に偽の無線交信を流して注意を引かせますか? 奴らは自分らがその周波数を盗聴していることが俺たちにバレてないと考えているかもしれませんし」


 和弥の提案だ。敵側は今まで俺らの使用する無線周波数をある程度把握し、盗聴を行っていた。それらを逆手に取り、こっちが無線交信を試みている間、その周波数の更新頻度が上がっているのを誤魔化すために、敢えて被盗聴疑惑のある無線周波数で適当な無線を流しまくり、注意を向ける。

 少なくとも、メリアとのコンタクトを取るために使う無線周波数から目線をずらすことは可能だろう。


「メリアこっちの無線周波数表暗記してるよな?」


「ええ、全部丸暗記よ。さすがロボット」


「今度の再奪還作戦時に使う予定だった新規の無線周波数の予備を貰いうけた。これを使おう。呼びかけ続ければ、向こうも周波数表から割り出して応答してくれるはずだ」


「ただ、向こうが盗聴を嫌って無線封止とかしてたら繋がらなくないか?」


「応答するのを祈るしかない。俺の方でかけてみる」


 和弥がそう言って、部屋の中にある無線機をいじりだしたとき、


「すいません、遅れました」


「おぉ、来たか」


 部屋の奥から現れたのは二澤さんと結城さんだ。羽鳥さんがサポートで呼び寄せたのだろう。随分と急いだ様子だ。


「話は聞いた。今彼女はどこにいる?」


「GPSで大まかな場所までは特定できたわ。でも、その場所がね……」


 新澤さんが和弥からタブレットを借りてマップを表示し、二人に見せた。そこには、彼女の場所を示すマークを表示させていたが、そこの場所が、中々に奇妙である。


「……川?」


 陸地ではなかった。すぐ近くにある川……正確には、人工的に作られた運河を通って、さらに北上していたのである。


「ここのすぐ近くにある東雲運河を南西側に出て、そこから北上。今、隅田川に入ろうとしているわ」


「水上バイクでも使ってるのか?」


「たぶんそうだろう。速度からしても合致する。今、警察に頼んで近くの水上バイクの所在を確認してもらっているが、おそらく、どこかの水上バイクは一つ消えてるぞ」


 元々は、何かあったときのために水上での移動手段確保の名目で、警察や軍が民間から借り受けたものであった。今までほとんど使われてなかったうえ、誰かが盗めるような場所でもないため、警備も若干ながらまばらになっていた。もうすぐ奪還作戦なので、今更そこを警備する人員もそこまでいらないという、上層部側の判断もある。

 メリアも、そういった警備事情はたぶん知っていたのだろう。水上バイクを置いてる場所からして、仮に水上バイクが消えたとしたら、味方の誰かが盗むぐらいしか紛失の理由が出てこないような状態だからだ。適当に警備の人間を「任務だから」と言いくるめて、まんまと水上バイクを手に入れることだって可能だろう。


「ここからどこに行こうとしているんだ? 中央区ホットゾーンか?」


「おそらく」


「たぶん、勝鬨橋に向かってるんだと思います。あそこ、事態発生初期の頃にNEWC側が爆破工作を行って通れなくした結果、橋の中央区側の一部の路面が、海面に斜めに突き刺さるように崩れましたから」


 ユイがそこそこ前の記憶を持ってきて言った。これは、事態発生初期の頃、俺とユイが中央区を脱出するためにプレジャーボートを使って逃げていた時に、勝鬨橋の横を通った当時の記憶を基にしている。確かに、あそこの中央区側は、海面に対し斜めに突き刺さるように崩壊していたので、あそこに水上バイクを横付けすれば、簡単に上陸が可能だ。


「ここから上陸して、中央区に侵入。そのまま、徒歩で本拠地に向かうって寸法か」


「おそらく有力説はそれでしょう。今は夜間です。敵の目も暗闇に紛れることができれば、アイツの能力なら易々と深部にはいけるかと」


「だが、堂々と正面から行かせるか? それはさすがにマズいだろ?」


「別の場所を模索する必要があるぞ。どこを使う?」


「他に深部に行けそうな場所……」


 できれば近いところがいい。その入り口を近いところから探し、そこから易々と深部に行ける経路を模索できれば……。


「―――きた、繋がったぞ!」


 その時だ。和弥が唐突に叫んだ。無線で散々呼びかけていたが、ようやっと応答があったらしい。俺は直ぐに無線を和弥から借りた。ほぼほぼ横から奪い取るかの如く。


「こちらHQ篠山。メリア、聞こえるか? レディオチェック」


 返答は直ぐに来た。


『メリット5』


 一言だけ。だが、その時背景から水しぶきのような音が聞こえていた。やはり、水上を走っているようだ。水上バイクが水をかき分ける音だろう。マップを確認したら、ちょうど勝鬨橋のところで減速していた。


「やはり、ここで上陸する気か」と、結城さん。


「おいおい、なんで抜け駆けとはひどいじゃないか。俺たちも混ぜてくれればよかったものを」


「抜け駆けってお前」


 和弥の横からのつぶやきを無視し、さらに一言。


「……その猪突猛進さは姉から譲り受けたのか?」


『知らん。いつの間にかこうなっていた』


「幸か不幸か、うちの相方もそうなんだよ。大分マシになったがね、今でも手を焼くさ」


「……これ、貶されてます?」


「たぶん、ほめてる」


「アレで?」


「アレで」


 安心してくれユイ。新澤さんの言ってることは半分弱は正しいよ。残り部分は本当の意味で手を焼いてるんだが……。


「まさかお前も知ってたとはな。いつから知っていた?」


『偶然会話が聞こえただけだ。お前の声がダダ漏れだぞ?』


「ダダ漏れ……羽鳥さんとの会話か」


 どうやら、あの時すぐ近くにメリアがいたらしい。一瞬で事情を察した彼女は、すぐに行動に移ったということか。頭の回転が速いのか、単にやっぱり猪突猛進なだけか。


「こっちに相談せず一人でやるつもりだったろ?」


『そのほうがリスクは減るだろう?』


「バカ言ってんじゃねえよ。こういう時は大人数でリスク分散したほうが負担は小さい。俺らにも分けてくれたっていいじゃねえか」


『だが……』


「お前が納得するかどうかは勝手だが、少なくともそれが俺らのやり方だ。そして、今までのお前にも勝ってきたんだからな」


 勝手に出て行った仕返しに、ちょっとした嫌味のつもりでそう付け加えた。しかし、今の彼女にはちょっとした笑い話のようである。


『……お前らしいな』


「サポートぐらいはさせてくれ。後はお前に任せる。いずれにせよ、遅かれ早かれお前は行動しないといけないからな」


『じゃあ任せるよ。空から見ててくれ』


「任されよう。GPSでお前の位置は把握している」


 GPS情報によると、勝鬨橋の瓦礫から中央区側に上陸することには成功したらしい。アイコンは陸地側に移っている。晴海通りだ。


「どこに行く? 目的地を知りたい」


『銀座一丁目駅だ。前に話したろう? あの入口だ』


「……あぁ、あそこか」


 前にメリアから聞いたものだ。地下鉄有楽町線銀座一丁目駅。裏通路を使っていけばいける、地下施設の存在はメリアが齎してくれた。NEWCの本拠地ではないが、しかし、NEWCに深くかかわっている“彼”の拠点には繋がる。何かしらの情報を持っている可能性は十分あるだろう。


「そこでもいいか。わざわざ本拠地に行くより、そこから遠隔的に情報を引き出すことだってできるかもしれない」


「聞くけどよ、その彼ってメリアの親父さんなんだろ?」


「まあ、そうだな」


 考えてみると、下手すればただの実家帰りみたいな話になるのか。それなんて里帰りだ。

 しかし、二澤さんは不安げな表情を浮かべた。


「大丈夫なのか? 彼がそこで待ち構えているかもしれねえんだぞ?」


「それはそうだが、しかし、防備が固い本拠地に行くよりはマシだろう。彼の活動拠点は、内部の警備はそこまで厳重ではないとメリアは言っているし、たぶん、メリアにとっては本拠地よりなじみ深い場所ともいえる」


 まさしく、自分の実家の裏庭の如し。『ホテル日本橋』も彼女は知り尽くしているだろうが、それ以上に知り尽くしているところに潜入させた方が、彼女もやりやすいに違いない。場所も近い。


「銀座一丁目駅のどこに入口があるかわかるか?」


『わからなかったらそこに向かっていないさ』


「だろうな。こっちでルートを検索する。UAVが今中央区の上を飛んでるから、敵がいない安全なルートをそっちに伝える。その通りに行け」


『了解』


 直線距離でも約1.3kmはある。高層ビルも多いため、UAVから見て死角になる場所も多くなり“ガイド”は難しくなるが、そこは和弥の分析が光った。


「……よし、この道を左にいったんずれよう。あそこ、見通しがいいからたぶん敵も配置してる」


「メリア、次の道左にずれろ。あとはそのまま西進」


「首都高都心環状線の上通る時は気を付けろ。ここも見通しがいい。しかも隠れる場所もさほどないから、さっさと全力疾走で突っ走るのも手だ」


「近くに高層ビルあるけど、ここに狙撃手みたいなのがいたら厄介だわ。近くを滞空してる無人ヘリ接近させてみる?」


「やめときましょう。無駄に怪しまれる状況は作らないほうがよろしいかと」


 皆が意見を出し合い、それを俺が総括して伝達する。羽鳥さんもこの場の全体を仕切った。急な事態に急造の指揮系統で、どうにかこうにかやれているのは、互いの信頼のたまものであろう。

 多少時間はかかったものの、何とか銀座一丁目駅前までやってきた。幸い、敵襲がなくここまで来た。ここから先は、地下に行く関係上、GPSの信号は途絶えてしまう。


『ここからは場所を逐一伝える。マップをそっちに送るからそれで大体の位置をみてくれ』


「GPSは通らないのに、データと音声は届くのか」


『元々は彼が秘密裏に外部との通信を行うために使っていたものだ。一部はもう使っていないが、それを利用させてもらう』


 そういうと、メリアからマップが送られてくる。熟知しているだけあって、綿密なマップだ。データ量もそこそこあるのを見るに、規模も小さくはないらしい。

 和弥に送られてきたマップデータの整理を命じると、メリアに内部への侵入を命令する。


「よし。そこから先はそっちの隙に動いていい。自分の庭だ。どこに行けば情報が得られそうかもわかるだろ?」


『大方見当はついている。幾つか候補があるから順に潰していくよ』


「そっちは任せた。データは遅れる奴はこっちに送ってくれ。こっちで受け取ったら解析する」


『了解』


 マップ上のアイコンが銀座一丁目駅の地下鉄駅へ向かう会談へ重なると、少ししてアイコンが消えた。GPSの信号が受信できなくなったことを意味し、同時に、そこそこ内部へ行ったことを示唆していた。


『……よし、鍵を解除した。私が入れないようにすることはしなかったらしい』


「4日も実家開けてたのにな」


 我が娘よ、お帰りなさいってか。


「マップを確認した。おそらく、今はここだ。ここから先は直線通路で、少しして木の枝の如く道が分かれているな……」


「そして、その周りに幾つもの部屋か……」


 マップを整理し終えた和弥の隣で、その広域になったマップを見る。案の定、小さな規模ではない。相当広く、恐らく彼一人が使っていたものではないであろうことが理解できた。たぶん、そこそこの集団がここを利用していたに違いない。

 マップを見た結城さんが、「おぉ……」と感嘆のような声を挙げながら言った。


「すごいな。この構造、たぶん地下鉄網の各種メンテナンスに使われていた通路や避難通路の跡を使っているぞ」


「昔使われいたものを再利用ってことですか?」


「ああ。前に何かの本で見たことがあるんだよ。十数年前、東京都が主導となって行った東京地下鉄網の大規模近代化整備計画で作られた整備網で、計画が終了した今はただのメンテナンスに使う予備通路という名の事実上の廃墟。この避難通路も、現在新しく作られた避難通路が開通するのと同時に廃止された奴だ」


「随分詳しいな」


「これでもにわかの鉄オタなもんでね」


 初耳っすよそれ。彼の話を聞くに、これは一応東京都が管理しているはずの通路なのだそうだ。幾ら廃墟同然の扱いになってしまったとはいえ、今どき第二次大戦時の防空壕などすら、場所によっては一応自治体や団体が管理していたりする現代である。こうした使い終わったものも、何かしらに使えるかもということで、東京都が資金を捻出して最低限の整備をしている……。


 ……はず、だったのだが……。


「……東京都が管理している割には、随分と改造されてるようだが……」


「一部区画に関しては写真も添付されているようだが……俺の知ってるのはもっと古びた奴だ。別に一般人が使う用途ではないから、最低限の通路機能しか持ってなくて、周りはコンクリートばっかで暗いのに……」


 マップデータとともに送られてきた写真数枚を見ると、完全に近未来チックな雰囲気を醸し出すものばかりが写っていた。周囲はキレイな塗装が施され、通路も明るい。たぶん、彼、若しくは彼に協力しているNEWCが手を加えたのだろう。軍にすら分子を送っている彼らなら、東京都に個分を送って、どうにかこうにか資金をふんだくってくることだって可能かもしれない。十分あり得る話だ。


「こういうところって、監視カメラみたいなのありそうなもんだが……」


 和弥がそう呟いた。確かにそうだ。写真を見る限りではそれらしいものは写っていないが、写っていないだけの可能性もある。今回の潜入は、誰かにバレてはいけないのだ。俺は直ぐに無線につなげた。


「メリア、どうだ? カメラみたいなのに映ってたらマズいと思うが、ちゃんと避けてるか?」


『カメラがある位置はすべて把握している。死角がないわけじゃないからな。そこにずっと入るようにするさ』


「オッケー」


 まあ、ここに勝手に入ってくるような連中なんてよほどの迷子でもない限りないし、入念にカメラを置く必要もないのだろう。自宅の外にカメラは置いても、中に置くことがないようなものだ。……家によっはあるかもしれないが。


「中のどこに行く? データベース的なところあるか?」


「そういうのは十中八九心臓部にしかないだろ。そんで、それは決まって奥の方にあるんだ」


 二澤さんが小さくため息ついて半分笑いながらそう言った。お決まりといえばお決まりのパターン。当たり前だ。心臓たる部分をすぐ目の前に持ってくるバカはいない。ゲームでもおなじみ、ボスの部屋はダンジョンの奥深く。行くのが途轍もなくめんどくさいやつだ。


「なあ、ここに彼っているのか?」


『いるか確かめるためにモニター室に行く。無人で色々と監視してる部屋だ』


「えっと……あぁ、ここか」


 和弥がマップの一区画を指さした。セキュリティ監視室みたいな部屋があるらしい。人は基本的におらず全部無人。なんか知らん人が入ったら勝手に警報でもなるんだろうか。

 だが、そこには人がいる。警備の人間だろう。手には……お馴染み、AK-74だ。


「リアルタイムでカメラデータってこれ送れるっけ?」


「送れたはずだぞ。送ってもらうか?」


「そのほうが分かりやすい」


 メリアに頼んで、アイカメラの映像をリアルタイムで送ってもらった。写真で合ったのと同じような近未来チックな通路があるが、T字路になっているその陰から顔を除くと、その視線の先には、監視室の扉と警備の人間二人。


「こいつらどうやって潰す? こんな狭いところで銃撃ったらいくらサイレンサーつけてても響いてバレるだろ?」


「私にお任せを」


「ユイ?」


 ユイが俺から無線を借り、色々と指示を出した。中身を聞いていくうちに俺は既視感を覚えてきたが、その原因は直ぐに判明することになる。

 メリアは自分の持っていたハンドガンを適当な場所に落っことした。なるべく響くように落とす。すると、通路の奥から歩いてくる音がしてくる。T字路から若干離れ、そこで思いっきり蹲ると、足音はT字路に差し掛かり、さらにメリアの方に近づいてきた。


『おい、そこで何している?』


 不審に思ってメリアに近づいてきた。この時点で、声の大きさからして、たぶんその足音の主は監視室の扉の方からの死角に入っただろう。

 その時である。


『ただいま』


『ッ! きさm』


 帰宅の言葉とともに、蹲った体勢から起き上がり、すぐに口をふさいだ。声を出せないようにすると、一瞬で首をおかしな方向に向けるように捻り、二度と起き上がらないようにした。「ぐきゃっ」とかいう色々と鳴っちゃいけない音が聞こえた気がしたが、聞かなかったことにしよう。


 そのまま、メリアは完全に力が抜けた男の腕部分だけT字路から出して一言。


『おーい、なんか変なのいるぞ。動かすの手伝ってくれ』


 その声はメリアの声ではない。先のメリアに近づいてきた男の声だ。合成音声の機能は彼女にも備わっていたが、それを用いて急造したもの。これでも結構リアル。ゆえに、簡単に騙されてきた。

 男が近づいてくる音が聞こえてくる。徐々に大きくなり、さらに、T字路に差し掛かると、一気にとびか帰り、その男が何か声を発する前に顔面に一発ストレートを喰らわし、何が起きたのかわからないうちにやはり首をおかしな方向に捻った。「ぐちゃッ」ってなんかさっきよりマズい音が聞こえたのはただの幻聴であろう。音声のデータに不備があったのだ。


「……二人とも消えたな。ほとんど音なしで」


「これ、政府専用機であった奴だろ……俺思い出したぞ?」


「覚えておいて損はなかった」


「代わりにエグイ殺傷が起きてしまったのだが」


 前に、政府専用機のハイジャックにあった時、ユイがやったのがこれなのだ。一人を誘って殺し、そしてそいつをまねてもう一人を引き寄せてやっぱり殺す。ロボットだからやれる技ばかり。人間がかなうわけがないのである。


 メリアは直ぐに監視室に入った。入るためにカード型のカギが必要らしいが、今殺した男から奪ったらしい。


「今入っているのはここだな」


「心臓部の場所はわかる。だが、そこに誰かいたらまずいが、誰かいるか?」


『ちょっと待て。えっと……』


 メリアは周囲にあるモニターを一つ一つチェックし始める。少しして、


『……誰もいない。そんな日もあるんだな』


「ラッキー。外出中かな?」


「お花でも摘みに言ってるんでしょ」


「ここに花なんてないぞ、どうした新澤?」


「アンタ一生結婚できないわね」


「なんでだよ」


 花を摘むの意味ぐらい知ってましょうよ二澤さん……。


 メリアは一通りどこに誰がいるのか把握した後、


『……ここをこうすればいいか』


 そう呟きながら、数回ほどキーボードを操作した。すると、


「……ん?」


「警報?」


 施設内で警報が鳴った。すると、一部の画面に映っていた武装した人らが慌ただしく動き始め、あっちこっちに行き始めるのを画面越しに見る。


「まさか、わざと警報鳴らしたのか?」


 俺のつぶやきを、メリアは肯定した。


『できる限り放したほうがいいと思ってな』


「でもすぐに戻ってくると思うぞ」


『そんなに時間をかけるつもりはない。さっさと終わらせるさ』


 そういうとメリアは監視室を出て、さらに奥深くへと向かう。通路内は地味にうるさい警報が鳴りまくりだが、それを完全に無視してどんどん先へ進んで行った。


「今頃内部は大慌てか」


「まさか娘がこんな形で帰ってきてるとは思うまい」


 映画だとよくある奴なのだが……。それは、映画の中の話である。


 そのうち、一つの部屋の扉の前にたどり着いた。メリア曰く、本来ここには警備がいるらしいのだが、そいつもいない。警報にひきつられたらしい。すっからかんである。


『よし、中にさっさと入ろう。送れるデータは直ぐに送る』


「了解。急いでな」


 メリアは中に入った。その内部に、俺らは少なからず驚愕する。


「……でっけぇモニターだな」


 その内部は、大きな一室内に、複数の大型モニターやらコンピューター媒体やらが所狭しとおかれていた。まるで、R&Dフロアか何かのようである。


「もしかして、ここが彼の……」


『そうだ。一番最初の記憶はここから始まっている』


「メリアが生まれた場所か……」


 ということは、彼がいつもいるのはこの場所なのか。随分と薄暗い。まるで初期のイージス艦のCIC内部のようである。目の前にあるキーボード付きの大型モニターの前に張り付くと、彼女はそれを素早いタイピングで操作し始めた。同時に、自身の首元にあるUSBポートにケーブルをつなぎ、データを受け取り始める。


『もらえるだけもらってくる。今もうそっちに送信しているが、そっちいったか?』


「大丈夫だ。ちゃんと受信している。でもすんげえ量だな……こりゃあ整理がめんどくせえぞマジで……」


 そう言っている和弥の顔は妙に嬉しそうだ。コイツ、情報分析担当に渡す前に自分で色々整理しちゃう気だ……マジで怒られても知らねえぞおい……。

 データを送信するには容量が大きすぎるものは、迅速さを優先するためにSDカードに保存することにしているようだ。今送られているのは、データ送信が素早くできる容量の軽いもののみ。SDカードを持って行ったのはそのためか。


「色々とおいしそうなネタばっかりだ。どれからみっかな……」


「見る気かよ勝手に触んないほうがいいのに……」


 苦笑いしつつそういう俺を完全無視し、和弥は適当にファイルを流し見し始める。俺も知らね……そう思いつつ、メリアのデータ収集をアイカメラと無線越しに見守っていた時だった。


「……え?」


「ん?」


 和弥が、今度はめっさ暗い声を上げた。たぶん下手すれば聞き逃していただろう。それほど小さくもあった声に、俺は反応する。


「どうした?」


「いや……ちょっとこれ見てみろ」


 和弥は、まだ見てばかりのファイルの中身を開いた。メモ書きがある。そこまで容量は多くない。たぶん本当にメモ書き程度のモノしかないのだろう。


 その中身は……



【CIA協力:資金一部NEWC行き。※一部の武装CIAについて調査の用あり。不穏な動き?】



「……は?」


 俺らは一斉に顔をこわばらせた。その文字に書いてある意味を理解した瞬間、俺らの考えている現在の武装テロの実情が、実はもっとヤバいものなのではないかという疑惑が浮上し始めてきたのだ。


「……CIA、協力……?」


「資金は一部、NEWCに行っているだと……?」


 本当に小さなメモ書きだったが、それが与えた衝撃は余りにも大きい。CIAが協力しているばかりが、至近がNEWCにまで行ってる? バカな。CIAはアメリカの情報機関で対外交策もかねて入るとはいえ、こんなテロ組織に資金提供まで……?


「たまにそんな感じの奴にCIAが関与してたりするって噂はあったりするが、NEWCほどの奴らに資金提供までしてたってのか?」


「和弥、ファイルの中身もっと見てみろ。何かほかにないか?」


「今見てる、ちょっと待ってろ」


 和弥も焦燥感を隠しきれていないようだ。だが、同時に、


『よし、これくらいでいいだろう。もうここに用はない。帰るぞ』


 メリアも仕事が終わったらしい。安どのため息をつきながらそういうと、彼女はさらに言った。


『できる限り早く外に出る。外に出たらGPS信号出すから、それを―――』


 ……というところまでは聞こえた。だが、


『―――ッァ!?』


 いきなりその言葉が途絶えた。同時に、アイカメラの映像が一気に不鮮明になる。かろうじて見える外界の光景を見るに、キーボードの方に顔面を押し付けられてしまったらしい。いや、たたきつけられたといったほうが正確か?


「おい、メリアどうした? メリア! 返事しろ!」


 俺は無線に叫んだ。だが、応答がない。アイカメラの映像もどんどん不鮮明になり、ノイズ音とともに砂嵐が目立ってきた。

 ……そのうち、砂嵐ばかりになりほとんど目の機能を失ってしまう直前……


「……ッ!」


 一瞬、誰かが映った。一瞬なのでよくわからない。だが、男だ。白衣を着ている。外形からして、たぶん年も若くない。背もそこそこ低い。


「……今のは……?」


 結城さんがつぶやいた言葉を、おそらく全員心の中でつぶやいただろう。誰なのかはわからない。だが、一つだけ事実なのはある。


「……マズい……」





「……見つかった……メリアの下に追いついた……」







 事態は、急激に悪い方向に向かいつつあった…………

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