ハイリスクハイリターン
―――その後の3日間。
メリアはなんだかんだで色々と調べたりした。というか、調べる、という名のただの事情聴取もどきであったが、何のことはない。俺と新澤さんが仲介役になって色々聞いただけである。
組織はもぼ内紛状態であったのはもう聞いた話。しばらくの間動こうとしないという彼女の個人的予測もつけ上の方に報告したが、それを持って楽観視されることだけは正直避けたかったので、
「まあ、逆を返せば内紛なくなればすぐにこっちに来ますけどね」
という忠告をつき突けた結果、うまい具合に「今のうちに」感を出すことに成功した。
ともあれ、ここから引き出せた情報は割と多い。
まず、自分自身がもう色々と情報集めまくって作ったらしいこと。詳しいことはさすがに話していないが、あのユイのやつそっくりのヘアクリップ。まさかあのハワイで政府専用機強引に降ろしたときに“バレた”とは思わなかった。
正直、ボディとかはまあまだわかるとして、あのヘアクリップに関しては一体何をどうやって情報持ってきたのかいまいちわからなかった。うちらのほうに分子潜ませていたみたいな話もあるのでそっちからかとは思ったが、意外や意外。政府専用機の前に降ろさせた、A.S.Japan503便の副操縦士であった。名前は忘れたが女性だったはずだ。
彼女、どうもNEWCのメンバーだったらしく、あの親し気な雰囲気からはわからない裏の顔をお持ちで合ったらしい。どうやら、NEWC側で近くに自身のメンバーがいることがわかったときに、すぐに彼女に連絡を入れて確認させたらしい。そういえば、彼女ユイと会話しているときにヘアクリップについて言及していたが、外見的特徴を確認していることに由来してのものだったのか。だが、裏にあるメッセージまでは確認できなかったらしい。だが、写真を撮ったわけでもないのによくあそこまで再現したな……彼女の記憶力は相当なもののようだ。別の手段で写真撮ってたのかもしれないが。
一昨日あたりか、羽鳥さんが色々と情報を漁ってみて、ついさっき聞いた話。公的私的問わず色々と人脈パイプ経由して当時の機長さんに確認を取った。もちろん、事情は伏せてある。
それによると、どうも着陸した後、すぐに誰かと携帯で連絡を取っていたことが分かった。党の機長さん本人は、単に家族と安否連絡を取っているだけだと思っていたようだが、メリアから齎された諸所の情報から推測するに、この時点で既にNEWC側と連絡を取っていた可能性がある。
仮にそうだった場合の指令内容としては、「外見的特徴の変化を調べよ」みたいなものであろうと思われ、実際、その後接近を試みようとする動きが見られた。篠山等に対し、「総理判断に対してお礼を」という名目で近づいたのも、元々は副操縦士たる彼女の提案が元であったということであったところからもわかるだろう。
その後接近をし、しかも朝井さんと機長らが話し込んだこともあって時間が空いたため、より入念にチェックすることができたほか、その会話からある程度の仕草や性格なども把握することができたらしい。
……敵の目は一体どこにあるのかわからないものではあるが、これは余りにも以外過ぎる目であった。ちなみに、彼女は数日前に会社を突然辞めて、現在所在がわからないらしい。
「“決起”の前に表社会から合流したメンバーもいる」
そんな情報もメリアから齎された。表社会とはつまり俺たちがいるような普通の社会であるが、そういったところにある企業を突然辞め、足跡を全部消してひそかに合流した人間もいるということを考えると、彼女もその一人なのかもしれない。
ユイ関連でいえば、その前に巡洋艦やまとに乗ったときに占領事件にあったが、あれも実はユイを狙ったものらしい。
別にさらったりしようとしたわけではないようだが、海洋で半ば孤立している軍艦の上なら混乱に乗じてユイたちを撃てるかもしれないというのと、それがうまくいった場合は、陸での同時多発テロ行動の初動阻止に速攻で使われるのを阻止できるかもしれなかったからという事情らしい。結果的には、占領はうまくいったが、俺たちに対する打撃は全然されなかったが。
……さらに、気になる情報もある。
「……ケラウノスのコードを探すために、“時間制限”を設けてたのか」
メリアが話した中身から、新幹線をあえてあのような形で暴走させた理由もわかった。
ケラウノスのコードなるものを、実行犯が探していることは当時和弥が話していたことからわかっていたが、それは、案の定NEWCが探しているものであった。とはいえ、わざわざそれだけのために320km/hの速度も出す必要あったのかとは思っていたが、どうもそれは、車内にいる目的の人、つまりそのコードを知る人物をあぶりだすためのモノ手段であったようだ。
速度を出しまくり、東京駅に突っ込むまでの時間制限を設けることにより、乗客全員が自ずと人質と化し、隠れている目的の人が、周囲に迷惑をかけることを嫌って名乗り出ることを狙ったようだ。
……だが、結果から言えば、そんな人最初から“いなかった”。というのも、実はあの後、警察が「まだ名乗り出ていない実行犯がいるかもしれない」ということで、乗客らの身分を徹底的に洗っており、その情報を羽鳥さんが無理言って借りてきたのだが、その中に、そういうのを知っていそうな人は全然いなかった。海外に行った人もいるようだが、単に旅行や出張で行った人ばかりだったらしい。
つまり、そもそもこんなことやろうがやるまいが結果は変わらず、最悪そのまま無駄に東京駅に突っ込んで大惨事を起こして終わりになっているだけになっているところだったのだ。
「(……そんなバカな話あるかよ)」
NEWC側の情報収集能力のザルさを浮き彫りにしたともいえる事例だが、とすれば、俺らがあの時強引にでも止めなかったらと思うとぞっとするものがある。
……その他諸々。細かいところだが、色々聞くだけで合致する部分は多々ある。収穫は大きかった。あと、本拠地になっている『ホテル日本橋』の内部状況を“データで”もらえたのは大きかった。
彼女もユイのマネをしているだけあって、SDカードを人間でいうところの側頭骨の右耳のすぐ後ろ部分に備えており、そこにデータを入れてもらうことで簡単に情報を貰うことができた。
これはでかい。これを基に、いざ奪還となったときの突入経路を確認することができる。もちろん、敵側もメリアが俺たちの方に寝返ったことで情報が漏れることを想定し、ある程度は敵の配置などを変えてくるかもしれないが、限界はある。どれだけ配置を変えようが、基本的に守らねばならない部分はこういう人員配置のプロたる軍人がみればすぐにわかるし、それを基に攻略経路を柔軟に練ることだってできる。
また、それ以外に、どうも地下施設を持っていることもわかった。堂々と首都ど真ん中のどこかに、ひそかにNEWCが保有する設備があることにまず驚いたが、問題は、そこに何があるのかよくわからないことである。
「場所はわかる。だが、細かい構造までは理解していないし、何をしているのかもよくわからない」
というのは、メリアの弁。聞けば、地下鉄有楽町線の銀座一丁目駅から入って、少し裏通路などを通れば割と近いところにあるのだとか。銀座一丁目駅といえば、結構前にサリンをばら撒いたっぽい爆発に鉢合わせたことがあった。ユイが超軽量装備で内部に入って、すぐに出てきたため、俺たちもサリンの影響を逃れるためにすぐに離れてしまった。それ故、内部までは確認していないし、ユイもサリンがどんくらいかどうかを見るために入ったので細かい構造まで見ていたわけではない。
どうやら、一時的ではあれどあそこから敵の侵入を防ぎ、彼の活動拠点への移動を見られるのを防ぐために行われていたらしい。現在はサリンは消し去られたし、彼の移動ルートも変わったようだが、経路そのものは残っているので、そこを伝っていけばいいとのこと。
しかし、わかるのはそれくらい。中に何があるのかは全く存じ得ないようだ。
だが、どうもそこに彼女を作った父たる“彼”がいるらしく、もしかしたら彼の本拠地が、ほてる日本橋とは別のものとして存在しているのではないかと推測された。
彼は科学者的な立ち位置であり、おそらくNEWCの今回のテロを技術的に支援した人物でもあるだろう。まず、その彼がどういう人間なのかという話ではあるが、前に爺さんが推測していた話では、ノーマン・ハリスなるドイツ系アメリカ人科学者がそうではないかということだったのをふと思い出す。
元DARPA局長。嘗ては無人兵器研究に関与し、10年前前後くらい前に突如として行方をくらましていこうその所在は不明。量子コンピューター関連で数々の成果を挙げ、現代の量子コンピューター技術を実用レベルにまで上げた張本人……。人工知能研究にも片足突っ込んでるって言っていたし、やはりこれ以上に当てはまらない人間は思い当たらない。
彼女もその彼の姿くらいは見ただろうと思って聞いてみたところ、案の定、姿は知っているようだった。白人で、50代~60代の男性。だが、それがノーマンハリスなる人物であるのかまでは本人もわからなかった。自分の生んだ娘に、名前すら明かさなかったらしい。元DARPAの局長だったのか、彼の経歴すら少しも話してくれなかったそうだ。
一応、爺さんにこの件について聞いてはみたものの、「特徴は一致するが、それだけでは判断できない」ということだった。まあ、そりゃそうか。こんな特徴の人なんて、欧米にいきゃあ幾らでもいる。
しかし、進展ではあるだろう。少なくとも、日本人ぽくはない。外国の、それも欧米のどこかにいる人の誰かさんではある。メディアに前面に出てた主要幹部というか、事実上のボスであるイリンスキーは間違いなくロシア人か、若しくはロシア系であるが、こいつはどうか……。
「(……徐々に近づいてきた……)」
亀のように、しかし確実に事の裏側に近づいてきた。そう実感した。
……そんな日であったのに……
「……彼女を本拠地に送る!?」
また、微妙な事態になってしまうのは誠に運がなさすぎる……。
彼女を保護して3日後。本部が下した判断に、俺は廊下を速足で歩きながら、隣を同じく速足で歩く彼に異を唱えていた。
「無茶言わないでください。なぜまた彼女を本拠地に送るんですか。しかも、今度は“スパイ”として!」
司令部の連中は、彼女が齎した情報のみでは飽き足らず、さらなる情報を求めたようだ。その効率的な手法を模索した結果出てきたのは、元々敵のロボットであったメリアを、「もう一回送り出して、あたかも戻ってきたと思わせつつ、大量の情報を回収して脱出する」という、何とも映画じみたものであった。
だが、それは映画だからこそ映える設定であり、演出である。それを現実にやることがどれだけ危険であることは、軍人ならば誰だって理解できる者であった。そのはずなのだが、どうも上に立つ人間は、それに関する感覚が鈍ってしまうらしい。
「そうはいっても、こればっかりは俺にも拒否する権限はない。もう決まったことだ」
羽鳥さんは困ったように頭をかいて、眉にしわを寄せていた。俺の直談判する相手が羽鳥さんぐらいしかいないからではあるが、羽鳥さんも正直、納得がいっていない様子であった。羽鳥さんは、あくまで空挺団の中にある一部隊の長である。一部隊の指揮官が、総司令部の意向に歯向かうわけにはいかない。拒否する権限がないとは、そういうことだ。
「しかし、彼女が既に我々の側についていると理解している可能性の方が、遥かに高いです。そうでなかったとしても、4日も行方不明になっている彼女に対し、NEWC側は不信の目を向けるに違いありません」
「だろうな。誰が4日も勝手にいなくなって、またのこのこと返ってきた相手を信用するんだって話だ。敵側に寝返ったか、若しくは何かしらの細工をされたと思うやつらが大半だろう。ましてや、内紛によって組織内で疑心暗鬼の心理が働いている状態ではなおさらだ」
今の組織内部はバラバラだ。精神的に不安定な状態下に彼女を送るのはリスクが大きい。ユイが、しばらくたって帰ってきたときの俺たちのあの混乱ぶりが、向こうで再現されかねない。いや、元々軍隊ほど結束が強い組織とも思えないので、もしかしたらあれ以上にひどい展開になったらもう目も当てられない。
当然、すぐ近くに俺らがいるわけでもないので、助けも呼べない。さすがに無線は繋がるようにするそうだが、それで一体何をしろっていうのか。
「(……あまりに無茶だ)」
羽鳥さんも、一応無抵抗というわけではなく、“意見具申”という名の反論はしたらしい。中身は言うまでもなく、「さすがにリスクが大きくないか?」という趣旨のモノ。
……だが、返ってきたのは頭を抱えるものだ。
「「元々うちらに対してスパイやってたのだから問題ないだろう。相手が変わるだけだ」……だと。バカ言うんじゃないってんだ。相手は変わるだろうが、ついでに状況も変わってるぞ。悪い方向に」
「うちの司令部が誤認指示多かったりする理由わかった気がしましたよ」
この状況認識能力の程度さよ。そりゃ元々敵地浸透/情報収集任務に長ける存在として作られたので、スキルはあろう。だが、それは“国防軍”に対して、“本物のユイだと錯覚させた状況を前提”にしていることを完全に忘れている。今回のこれは、スパイする相手が違うだけで本質は何も変わらないと判断するのは余りにも早計な事例であろう。
今の敵の心情から考えれば、彼女は間違いなく疑心の目を向けられるだろう。誰でもない、生みの親である彼ですら、彼女をどんな目でみるかわからない。そんな状況下で、情報を集めようと動けば、不審に思われることなんて多々あるはずだ。
……あまりに無茶だ。
「今からでも変えられませんか? 情報収集だったらもっと他の方法があるでしょう?」
「何度も言わせるな。俺に拒否権はないんだよ。向こうがやれと言われたらやる。それが軍隊って組織だ。トップダウンの指揮命令構造こそが、軍隊が軍隊である理由といってもいい。……それをダウンの方にいる俺らが潰してどうする」
「それは百も承知です。しかし、トップダウンはダウン側にいる人間がトップ側にいる人間に物申せる環境下で初めて十分な能力を発揮するはずでしょう。こんなトップダウンは不完全な能力しか発揮しません」
「例えそうでも、それが今の国防軍だ。俺たちは従うしかない」
そう言って、彼は一度止まって、俺の方を一直線に見て言った。
「……こうなった以上、最善の策を練るしかない。彼女は既に、NEWC側に“敵”、もしくは“不安要素”として認識されている可能性が高い。となれば、向こうの目に触れた状態で情報収集されるのは危険だ」
「……ということは?」
「ああ。……敵の目に触れない状態で、“誰にもばれない状態で、情報収集させる”。それしかない」
羽鳥さんの若干震えた声が、その言葉の真意を物語っていた。確かに、敵の目がどう向けられるか。少なくとも、よくない目線を向けられるのが確実な以上、人目につかず情報を漁ってくるほかないであろう。それは間違いない。
……だが、釈迦に説法なことを承知で、俺は聞いた。
「……万一バレたら、百パーの確率でマズい仕打ち受けますよ……」
ばれなかったら万々歳。だが、バレたら……一発アウトであろう。ハイリスク、ハイリターンとはまさにこのことである。
誰の目にも触れられず、ひそかにメリア自身が本来知る必要のない情報を漁っているのを見たら、誰だって何かしらの裏を持っていると疑うに決まっている。ましてや、4日間ずっと連絡なしだった奴が、いきなり現れたとあってはなおさらだ。行方不明から復活の一番最初の行動が、まさかのデータ漁りなど、これを怪しまない奴はおそらくよほどの天然か危機管理意識が欠けているやつかの何れかだ。
だが、その程度のことは羽鳥さんも理解していた。
「わかっている。……だが、最善を尽くすにはこれしかない……バレないようにしながら入らねば、まともな情報収集など許してはくれん」
「それはそうですが……」
「わかってくれ、篠山。我々は、トップダウンによってもたらされた命令の中で最善を尽くすことを使命としているのだ。そうでなければ、軍隊という組織は成り立たない。……わかってくれ」
わかっている。それくらいのこと、その声と表情が幾らでも表している。
……だが、納得できるかどうかは別問題だ。幸いにして、羽鳥さん自身も納得していない様子ではあったが、だからといって命令は覆らない。
羽鳥さんは「そっちも準備をしろ」と一言残し、そのまま去って行った。俺も、今後の策を練るべく戻る。
軍の突入まであと5日。時間が全然ないのに、まだこんな危険なことをやらせるのか。継続的な情報収集は必要だし、常に最新のものは用意しておきたいのはわかる。だが、もう実行計画もほぼほぼ練りつくした中でなら、ある一定段階からは一部を除いて部隊をいったん下がらせて、その計画通りの中身を実行することに注力する必要だってあろうというもの。ましてや、ここまでの危険を冒す必要はなかったはずだ。今ある情報だけでも、十分作戦は成功する。
……それでもさらなる情報を求めるのは、完璧を求める上の意向か。一回失敗したのである。次の失敗は許されないという不安と、政治的圧力によるものか。それによって上も苦労しているというのなら一定の同情はするが、それまでである。
「祥樹さん」
「!」
廊下の奥から聞こえてくる声。ユイと、あと和弥も一緒だ。
「祥樹、聞いたぞ。メリアさん、敵地に向かわせるってか?」
「ああ。でも、それどこから?」
「会議室盗み聞きした」
「お前そのうち捕まるぞ」
こいつのインテリジェンスに対する欲求は計り知れないというか、もはや一部違反行為に片足突っ込んでないかと思うのだが、それでも、一応あまり周囲には言いふらしてはいないらしい。
だが、新澤さんには一応言っておこうと思って行った結果、
「殴りに行ってくる」
と一言言って本当に司令部に殴り込みに行きそうになったため、急きょ取り押さえて、二澤さんに事情を説明して預けたらしい。正直、もうそのまま殴りに行かせていいんじゃないかと思ったが、そうもいかないのが軍隊という組織である。
「なあ、本当に行かせるのかよ?」
「それしかないっていうのが最終的な判断らしい。少なくとも、羽鳥さんはもうお手上げだ。あの人の権限では、こうした決定に対し拒否権を行使することはできない」
「でも、向こうにいったらどんな目で見られるかわかんねえぞ?」
「だから、人目につかせないようにして浸透させるしかないって結論になった。ハイリスクハイリターンだが、人目につかせるよりはマシだってさ」
「本当にまだマシってレベルでしかないな……」
同感だ。これ以外の何かがあるなら教えてほしいが、生憎ない。だからこその、まだマシな方法なのだ。これで納得がいくかどうかは、完全に別問題だ。
「……」
だが、それ以上にある意味深刻なのはユイかもしれない。さっきから、ずっと沈痛な表情で俯いてばっかりだ。聞けば、メリアの件を聞いてからずっとこうなのだという。
自分の“最愛の妹”が、こんな理不尽な理由で敵地に送らされるのであろう。無理もない。
「……ほかに、方法ってないんでしょうか……?」
せめて、もう少し何かマシな方法を……それを求める目線。だが、それはどちらかというと俺がしたい目線でもあった。
「それ以外にあったらもう取ってるさ。……これしか思いつかない。機械の頭でどうにかできないか?」
「できなかったので柔軟な頭を持つ方に聞いてるんです」
「お生憎様、思いつかなかったんだよこれが……」
そう言ってため息をつく。ユイの表情が若干変化。悔しさすらにじませるその表情に、俺も深く共感する。
「(なんでこんな目にあわせてやらにゃならん……せっかく、SOSを受け取ってこっちにこれたっていうのに……)」
好き好んでこっちに来たわけではない。元々いた組織に嫌気がさしたから、こっちに来たにすぎないのだ。だのに、なぜまた向こうに戻らねばならない。たとえ一時的とはいえ、その一時的な時間が、どれほど危険かを上の連中は知らない。
「もし新澤さん、最善のマシな策として「バレないように情報収集させるしかない」っていったらキレそうだなぁ……」
「今度こそ二澤さんの抑え聞かなくなるで」
「もうそのまま司令部の連中一通り殴りとおしてきてくんねえかな」
そうすれば彼女の気も少しは晴れるであろう。事態が解決するかどうかは知らないし、彼女の首がどうなるかはわからないが、その程度のことは彼女も承知のはずだ。もしかしたら、それを理解したうえで再考を促しに行こうとしたのかもしれない。
……とはいえ、幾らなんでも彼女の身分と階級でどうにかなるとも思えないが……。
「……で、やらせるのがもう確定路線ならもうどうしようもないとしてだ。いつやらせるんだ?」
和弥が腕を組みながら聞いてきた。
「もうあと5日しかないぞ。情報収集して、その後その中身を精査して、場合によってはその中にある情報を基に計画に反映させる時間を考えれば、今すぐにでも実行に移さないといけなくなるが」
「そこが問題だ。仮にやるなら、今すぐにでも送る必要があるが……」
だが、いきなりやれと言われたって無茶である。準備するにしたって何が必要か。無線機はもちろんだが、行けと言われてすぐに侵入できるとも限らない。敵の監視などの隙を見て侵入し、情報を収集した後、また逆の手順で戻ってくる。これを1日2日でやれというのは中々に無茶だ。
それでも、司令部の連中がそんな厳しい日数の中で「やれ」といったということは、これすらも「やれ」と言っているとみて間違いないだろう。……米軍のデルタフォースやらCIAやらMI6やらですら難しい難題を、なぜロボットに任せちゃうのか、これが全くわからない。
「(本当にやらせるか……)」
そんなことを考えていた時である。
「……はぁ、どうしよう……さっき会った時このこと言えばよかったかな……」
ユイがふと言ったその一言に、何か考えたわけでもないがおもむろに反応した。
「会ったって、なんで?」
「いえ、なんか「SDカードの予備あるか?」って言われて、ちょうど余ってたのあるから一番容量あるやつあげたんですよ。それがほしいって言ってたので」
「へぇ。で、そいつは?」
「なんかどっかに行っちゃいました。なんでSDカードいきなりほしがったのかわかりませんけどね。もういらないはずなのに……」
SDカードねぇ……話を聞くに、さっきいきなりほしがったらしいが、一体何故なのやら。
「もうデータ残すことないはずなのになぁ……」
その和弥の一言がきっかけだった。
「…………、あ」
……まさか。俺はふと脳裏に浮かんだ予感に、思わず声が震えた。
「おい、そいつ今どこにいる?」
「え? さっきホールの方に行っちゃいましたけど?」
「なあ、もしかしてその時のアイツ、フタゴーとか持ってなかったか?」
「え? あぁ、そういえばもってm―――、あッ」
ユイも俺の言わんとすることを悟った。そして、それは和弥も同様だったらしい。
「……まさか?」
「クソッ、あんのバカ!」
俺は直ぐにホールに走った。まだいるのか? いや、時間からしてもう行っているか? いずれにせよ確認しないといけない。
所々にいた人をかき分け、すぐホールにたどり着くが、誰もいない。もう夜だからか。人もまばらだが、近くにいた警察関係者らしき男性に聞いた。
「すいません。さっき、こいつにそっくりな奴ここ通りませんでした?」
「え? あぁ、少し前にここ通りましたけど……」
「何分くらい前?」
「えっと、5~6分くらい前ですかね……随分と急ぎだったようで」
しまった、遅かったか。
男性に軽く礼を言って玄関を出るも、どこにも姿はない。影もない。夜だから当たり前か、なんてギャグを考えている暇もない。というかライト照らされてるから影はあるはずだが、どこを見渡してもない。
「クソッ、もう行っちまったのか」
「なあ、これってまさか……」
「あぁ、たぶん……」
「……メリアも、知ってたんだ。だから“先に行動した”」
理由はわからないが、メリアも何かしらの理由で事の事情を把握したのだろう。すぐに武器弾薬を取り、ユイから何食わぬ顔でSDカードを借りて、すぐに本拠地に向かったのだ。言うまでもない。情報を集めるためだ。
「アイツ、こっちに断りもなく……ッ」
若干怒る和弥だが、俺はかぶりを振っていった。
「いや、断りなくいかなければならなかったんだ」
「え?」
「どういうことですか?」
ユイも首を突っ込んでくる。
「こっちから指令を出してメリアが情報収集に向かったとなれば、万一失敗した際、こっち側の指揮責任も関わることになる。情報は集まらなかったうえ、メリア本人も敵側に渡ってしまったのに、こっちは俺らが責任を負うのみ。もしかしたら、それを嫌ったのかもしれない」
「それで、独断専行を?」
「自分で勝手に行動したとなれば、少なくともその後の行動に関しては自己責任だ。こっち側の監督責任は問われるかもしれないが、今回の場合に関して言えば、作戦失敗時の責任よりは比較的軽くなる可能性はある」
「俺たちに迷惑かけないために、自分で?」
「あとから怒られるのを覚悟の上だろうな……」
俺たちにまで責任を負わせたくなかったのだろうか。本人に聞かねばわからないことであるが、それでも、それ以外まともな理由が考えられなかった。
「(アイツ……ッ!)」
こういう時にこそ俺らを頼ってほしかったのに、これでは少し前のユイと同じだ。当のユイ本人すら、
「……なんで私と同じことしちゃうかなァ……」
そんなことを呟くほどだ。
「どうする? 向こう勝手に行っちまったけど、無線通じたっけ?」
「その前に、羽鳥さんあたりに事情説明しに行った方が……」
そんな横での会話声を横……
「……メリア……」
俺は、彼女の身を案じ、暗闇に染まった都心を見つめていた…………