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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
146/181

ロボット好き

 ―――結果から言うと、二澤さんとは無事合流で来た。迎えの車両がくるらしいので、それまでは人目のつかない場所で待機することになった。その過程で、彼女も紹介せねばならない。


 が、色々と事情説明から入らんといけなかったのでこれがまた面倒くさいことこの上ない。おんなじ外見してるやつが二人もいるのである。双子でも連れてきただけなら簡単だが、その実そう単純ではない。


「……え、んで、マジで連れてきたの?」


「ダメっすか?」


「いや、ダメってわけじゃないが……」


 そう言って、二澤さんらの目は一点に集中する。俺ら4人の少し後ろにいる偽物さん。好奇の目から疑念の目まで大量なため、居心地の悪さを感じたのか、彼女は若干後ずさっている。


「いや、ガチで連れてくるとは思わなんだ。相手が相手だから腕捻られるかと」


「どっちかの腕が死ぬだけでも致命傷なんすけど」


「ついでに私もブチ切れるので向こうも致命傷です」


「それ自慢になるのかどうなのかわからん」


 事後でやられても困るんだよ。やるなら事前で頼むわ。


「一応聞くが……危害は?」


「加える様子ゼロです。一応、色々な意味で無害化しました」


「前にそっちから話聞く限り中々の鬼畜だってことらしいが」


「牙はどっかに消えましたよ」


「爪と牙を取られればトラもただのネコか」


 秀逸は表現を二澤さんは言い放つと、ふとまた彼女を見る。どちらかというと好奇の目線だ。舐めまわすように全身を見渡すと、今度はユイを見る。


「……やっぱ腹違いの双子なんじゃねえかこいつら」


「腹違いって、父親は一緒で母親が違う子供のこと言うんだけど。てか腹違いに双子とかあるの?」


「そもそも片親しかいなくねえかこいつら」と和弥。


「ユイに限っては父親しかいないな」そんな俺の一言に反応する、


「ああ私の母親は一体どこへ」我が相方。


「元からいないから安心しろ」


 生き別れたわけでもなければ生んだ瞬間お亡くなりになられたわけでもない。父親しかいない。しいて研究チームの中に女性がいるので母親に該当するかもしれないが、その理論で行くと母親が成り立つ代わりに父親が十数人ぐらいできる。十数人の父親と一人の母親から生まれる一人の娘とか、想像しただけで色々とダメな映像ばかりが浮かんでくる。


「だってほら、お前ら並んでみって」


 そう言って結城さんは二人を強引に並べる。左がユイ。右が偽物さん。外見的特徴はもちろんなのだが、改めて見比べてみると、背丈から体つきまで、何から何まで忠実に再現されている。一体何をどうやったらここまでリアルな再現が可能なのか。よほど情報漏洩対策がザルだったらしい。

 唯一、外見的な特徴から見分けが可能なのは目の色である。ユイがキレイな青色。偽物さんのほうが逆に目立つ赤色。だが、それだってユイが夜間の灯火対応のために赤目にしたらもうただの双子同然になり、見分けることは不可能となる。実際に聞くしかない。「アンタ本物か?」


 ……まあ、中身の性格は相違がありすぎるので一発だとは思うが。


「こりゃあすごい。俺らも見分けられなかったわけだ」


「双子ってかもはやクローンの域だな。あとは性格さえある程度まねればもはや見分けはつかない。多少の誤差による違和感はこちら側のただの勘違いとして処理されるだろう」


「実際、それでしばらくの間持ってましたしねぇ……」


 二澤さんらの会話も弾みがついてくる。思った以上に、偽物のほうに興味津々だった。てっきり嫌悪な反応を示す奴も出るだろうとは思っていたし、むしろ一人や二人ぐらいなら説得する事態になることを想定していた。

 ……だが、このありさまである。


「随分と興味津々すね。一応少し前までは敵さんだったんすけど」


「ここまでいくともうそこらへん通り越したなぁ……。怒りだ嫌悪だ云々スルーしてむしろ関心するレベルだ」


「色々とあんなことやこんなことをする機会も増えるしな」


「それは自殺行為だと思います」


 今なら新澤さんだけではなくうちの相棒からも制裁が入るはずですが。


「ご褒美だろ」


「ダメだこいつ」


 無視しよう。もはや助けることはできない。

 ……すると、


「……あー、えっと、俺覚えてる?」


 唐突に二澤さんが偽物のほうに声をかけた。いきなり話題を振られたので「は?」と呆気にとられた彼女だが、少しして、


「……そこの部隊の隊長だろう?」


「あ、覚えてた。あー、勘違いしないでほしいのだがな? 嘗て君がいた当時、俺は君に色々としてしまったかもしれないが、別に本物のほうにもいつもあんな感じのことをしているわけではなくてだな? たまにスキンシップをするだけでだな?」


「弁明したいんだろうが、さっきまでの会話から大体の腹のうちは読めた」


「……」


 自己紹介でもするのかと思ったら、ただの弁明だった。偽物が本物に成りすましていた時も、偽物と気づかずに二澤さんは時折いつもの“スキンシップ”をすることはあったが、もう二澤さんのことは大体理解されてしまっているので、無駄な努力に思う。というか、偽物だと分かれば態度変えたのか。……いや、変えるか。別の意味で。


「あのさ、アンタ。あの娘にいきなり会って第一声がそれってのもどうなのよ?」


「しょうがないだろ、もう既に会ってるのに知りませんじゃあまりに悲し過ぎねえか?」


「人間じゃないんだからそんな簡単に忘れないでしょ」


「ましてな二澤さんみたいな特徴ありすぎな人間だとイメージ残りやすいかと」


「マジで?」


 隣でユイがうんうん頷いていた。ロボット的に見ても忘れにくい特徴をしているらしい。


 ……そんな形での暫くの雑談である。車が中々こないが、どうも敵の妨害とかを警戒しているため結構慎重に近づいているからのようだった。さっさと来てくれとは思いつつ、やはり暇なときはどうしても起きる。


「……なぁ」


「はい?」


 そんな中、和弥がふと一言呟いた。


「今更思ったんだけどさ……コイツ、名前あったっけ?」


「…………あ」


 全員が「あ」と口を軽く開けて固まった。当の本人を除いては、だが。


 そういえばそうだった。今までは「ユイの偽物」なので、「ユイ」と呼んでいたが、偽物だと判明してからは「偽物」という呼称で統一していた。さんとかちゃんとかつけるときはあれど、それは所謂呼称ゆれの範疇であるため、明確な“名前”という部類には入らない。しいて言うならあだ名であろうが、こんなあだ名は誰だってつけられたくなかろう。

 今まで、本人がそこらへんに不満を持ったことも、異議を唱えたこともなかったため、誰も気にすることはしなかったが……


「……あれ、名前あったっけ?」


 全員がハッとした。コイツ、ユイに成りすますことを前提にしてるから、ちゃんとした名前、ないんじゃないかと。


「……名前、ある?」


 新澤さんは恐る恐る聞いた。その返答が、


「特にないが」


 あまりにもそっけなかったことに少し驚いた。名前がないことにそんなに違和感を感じないのだろうか。色々と不便であろうに。


「名前、あったほうがいいだろ」


「愛着も沸くってもんだ」


「ロボットに愛着か?」


「おっと偽物ちゃん、愛着を舐めてはいけないゾ? 日本人ってこういうのにも勝手に名前つけちゃったりするんだゾ?」


「何よそのキャラ付け」


 二澤さんのほうの隊員がボケ始めた。もうこの空気に慣れてしまったのか。順応というのは時として恐ろしいものである。


「名前あったほうが何かと便利だしな。この際なんでもいいからつけてやろう」


「いや、別に偽物って言い方でも私は……」


「何をぬかすか。そんなあだ名俺はやだぞ」


「いや、お前はそうだろうが……」


「気にするな嬢ちゃん。この際とびっきりの奴をつけてやろう」


「嬢ちゃんて……」


 一方、この空気にはまだついていけてないのだろう。偽物の彼女は少々流れについていけず困惑していた。

 そもそも、偽物が組織裏切ってここにやってきたことに関しては何の一言の言及もなく、いつの間にか「名前決めようぜ」な空気になってる時点である意味おかしいのだが、それが彼ら流。この人らにしてみれば、そういった細かい事情は「本人にもいろいろあるべ」という放任主義的なやり方を用い、あとは自らの輪の中に入れるべく手招きするやり方を中心にしていたりする。だから、余りいざこざとかも起こりにくい。二澤さんらの班の特徴である。

 二澤さんが先手をとる。


「この際なんでもいいべ。それらしくかわいい名前だったら」


「じゃあ型番から取ってみるか。型名なんていうんだ?」


 ところがどっこい。


「……いや、ないんだが」


「はいィ!?」


 俺を含め全員が驚愕した。ロボットのくせに型名がないのである。ユイでさえRSG-01Xなんつー型名貰っているのにである。


「え、なに、ないの?」


「少なくとも記憶にない」


「うそだろ、じゃあ今までなんて呼んでもらってたの?」


「名前で呼ばれたことはいが」


「うっそだろお前」


 すんげえロボットもいるもんだ、とみんながそう思ったに違いない。ということはおそらく、何かあるたびに「おい」だの「お前」だのと呼ばれていたのだろう。途轍もなくめんどくさい。そんなのでよく今まで耐えられたものだ。


「じゃあなに由来で考えればいいんだよ」


「この際イメージから取りましょうよ」


「ユイちゃんの時みたいに抱負聞く?」


「たぶんないと思いますのでいいです」


「ある?」


「特に」


「ないか~」


 新澤さんは「たは~」と頭に手をあてた。同じパターンは二度も通用しないらしい。というか、こいつの場合そういうのそもそも持とうとしなさそうだが。

 和弥がさらなる策を考える。


「こうなったらイメージ戦略だな。何かイメージから名前のヒントを貰おう」


「イメージか……」


 いざ考えるとなると中々難しい。イメージというより、特徴か。無口、強気、でも今は若干弱気、割と純粋、結構乙女……


「待て、乙女とはなんだ」


 当の本人からの異論噴出。


「え、いや、だってさっきすんげえ怯えてたときあったじゃん? てか怯えた結果俺にあった瞬間に逃げたじゃんか」


「あれは乙女関係なくないか?」


「乙女は時としてああいう風に怯えるもんでしょ」


「そうなのか?」


「大丈夫、私も怯えるときは怯えるから」


「お前は怯えると同時に首絞めてるからむしろ恐れられる側」


「オートマティック自己防衛なのに」


「CIWSかよ」


 まあ、似たようなことは一応できるが。


「この際なんでもいいよ。特徴言え特徴」


「本物とそっくり」


「それは名前のヒントにならん」


「ユイの後に生まれた」


「……それは合ってるのか?」


「ユイは4月生まれだが……」


「私はそのあとに生まれたから一応そうなるな」


「マジか」


 となるとだ、こいつユイの妹になるのか。血繋がってないが。ていうか血がないが。


「生んだ親違うが」


「たぶん設計元一緒だから大丈夫だろ。ここまで似てるってことはたぶん情報漏れたんだろうし」


「てことは同一設計者から生まれたという意味では親は同じ」


「つまり姉妹」


 ここまで二澤さんたちの会話。


「これからはお姉ちゃんって呼んでいいよ!」


 それに即応する我が相棒。


「こんな姉は絶対嫌だ」


 だが、拒絶。


 「ええッ!?」。即応した後1秒と経たず姉妹関係を拒絶された自称姉のユイは体育座りをして「しょぼ~ん……」となってしまった。だが、わからないでもない。


「わからないでもないんですか」


「お前みたいないろんな意味で元気溌剌過ぎる上、中々にゴーイングマイウェイな姉の妹はたぶん疲れると思う。制御役的な意味で」


「最近私どんどん厄介者扱いされてる気がするんですが」


「なんだ、気づかなかったのか」


「帰ったら名誉棄損で訴えてやる」


 ロボットが訴訟を起こすとか、また裁判所は判例作らなきゃならないのか。疲れるなぁ。


「新澤、お前花詳しかっただろ? 何か花言葉からいいのないか?」


「花言葉って言われてもねぇ……」


「イメージとしてはなんか上品な感じる次第なのだが、何かある?」


 上品ときた。でもまあ、偽物だと見破ったときのあの態度は若干上品さを感じないまでもない。結構自信家なところあったし。


「いや、上品が花言葉になる放って、カスピアスターチスとかスターチス各種ぐらいしかないんだけど……」


「カスピ?」


「海の名前と間違えるな」


「スターチスから取らねえのかよ」


「取れねえよ」


 スターチスはどうあがいても無理だろう。どう組み合わせてもなんかロシアあたりにいそうな名前にしかならない。


「俺としては華麗を推したいのだが、どうだ?」


「残念だけどダリアとかぐらいしかないわよ」


「ダリアって名前普通にいそうだけどな」


「なんかもうちょっと可愛いのがいい」


 でも割とあるもんだな。名前に使えそうなの。


「今まで仲間うちで行動したことは?」


「……ないな。コイツを指揮下に置いたことはあるが」


「あー、ハッキングの演技してる時だな?」


 でも、それくらいしかないのか。まあ、やってることがやってることなので、ほとんど単独でいたことになるのか。


「じゃあ、孤独は?」


「ごめん、わかんない」


「候補すらなかったとか」


「もしかしたら繊細な面があるのではと愚考する。こうして色々と考えに考えてここまで来てしまったわけだし、ワンチャンあるでしょ」


「ごめん、思いつかない」


「これもないのかよ……」


 ……そんな感じで、あれやこれやと出しては見た者の、中々いいのが見つからない。時折、名前に使えそうだなっていうのはあるのだが、どうも似合わないものばかりである。もう少しかわいらしい名前はないのか。めんどくさくなった和弥は、


「もう「ユイII」でよくね?」


 なんてギャグをかましてユイから首絞め喰らっていたが、さらに、


「じゃあレッドユイさん」


 と言って今度は新澤さんから首絞めを喰らった。なんでそこで新澤さんが出てくるのかが謎だが、いずれにせよ女性陣からの評価がよろしくないのであえなくボツとなった。


 ……中々いいのが見つからない。花言葉を使ってみたはいいものの、何かいいのはないものかと、とにかくいろいろ探す。ある時は、


「もう花言葉じゃなくて姉たるユイさんの名前繋がりで何かいいのか考えよう。ほら、名前の語尾が同じだったりする時ってあるじゃん、兄弟姉妹で」


 という提案に乗ったり(というかもうユイ姉偽物妹ということになったらしい)、その結果「まい」「るい」「うい」「みい」あたりは出てきたが、最終的には「読み間違えとか聞き間違えを誘発する」という理由でこちらもボツになったりした。


 ……結局、花言葉から何かないですかという話に戻ってくるわけだが、もう大体出尽くした感じがある。

 これ以上何を出せばいいのか。こうして考えてみると、親とかが使う名前の辞典みたいなのがほしくなる。我らの親はこうして名前を選ぶのに苦心していたのだろう。その苦労をいまこうして思い知る所存である。


「……なぁ」


「ん?」


 そんな中、周りには聞こえないよう小さく声をかけてくる、偽物さん。


「一つ名前決めるのに、ここまで時間をかけるのか?」


「んー、まあ、どうせならってことで拘るのが俺らの悪い癖みたいなもんだし、多少はね?」


「別に識別できればなんでもいい気がするが」


「まだ初々しい時のユイみたいなこと言いやがる」


「おぉ~い遠い過去の話はNGにしてくれませ~ん?」


 左から後ろの首を絞めにかかる右手が一つ。あ、これはマズい。徐々に絞めにかかってる。脊椎が悲鳴を上げ始めた。痛い。待って、痛い。


「ま、まあでもあれだ。どうせなら皆が納得のいく名前のほうがすっきりしていいだろ? な?」


「いや、だから私はどれでも……」


「まあまあ。ここら辺は俺らの自己満も入っちゃってるから。ちょっとは付き合ってやってくれやす。てかお前ほんと首絞めんの止めてマジやめて」


「仲良いなぁほんと……」


 そんな偽物さんの、羨望の目線。さらに、一言漏らす。


「私もほしかったよ。そんなことができる相手」


「ん?」


「私はいつも一人でいたからな。そんなバカみたいなじゃれ合いをする相手もいないし、求めてもいなかった」


 彼女の珍しく見せる遠い目に、俺とユイも自然と視線を送ってしまう。普段はあまり見ない、静かな彼女の姿である。


「今までは要らないと思ってたんだがな。本物に成りすましてここに最初にきて以降、何かが変わった気がしてな」


「ほう?」


「そういう環境を欲したのかもな。私もつくづく影響されやすいAI持ったもんだ」


「コイツほどじゃねえから問題ないだろ」


「なして私指さします?」


 敢えて影響されやすいAIにした結果、お前はこんな色々とめんどくさいけど全然に憎めない性格になっとるやんけ。めっちゃ感情持ちまくっちゃうロボットは夢ではあるけど本当に持ったらすんごいSF感あるぞ。


「ジョーク言い合えるような関係を持つ相手もいないしな。無意識のうちに変わったのかもしれん」


「変化は常に起こるからな。ロボットもどうやら類に漏れなかったらしいが」


「ここは賑やかでいいよ。あっちは静かだったからな」


「むしろうるさいぐらいだよ。主に隣のせいで」


「いい加減殴っても正当防衛だと思うんですよ。ねえ我が妹よ」


「誰が妹だ誰が」


 そういう彼女の表情は若干晴れやかだった。口元が笑っている。そういったジョークにツッコミを入れたりする経験をほとんどしなかったのだろう。最初にこっちに来た時も、言ってる時はあれどあれは演技だったし、本心からやるのはたぶん今当たりが初めてだろうな。


「もう、未練はないのか? あっちに」


「感じないぐらいには冷淡さは残ってるつもりだ」


「うそが下手くそなのは本物譲りか」


「え、私下手くそですか? あれだけ主演女優賞張りの演技したのに!」


「本気だしゃああなるだろうけど普段は下手くそだよ」


「うわ、私絶対役者できないわ」


 やらないくていい。なんてツッコミもしようとしたら、同じことを偽物が先に言ってしまった。徐々に空気に慣れてきた感がある。やっぱり、乙女のあこがれみたいなのはあるのだろう。本物に成りすまして潜入した時から、こうなる伏線があったのだろうか。今となっては、よくわからないが。

 彼女は小さくため息をついていった。


「ここのほうが居心地がいい。敵のほうが居心地がいいように感じるなんて、ロボットとして欠陥以外の何物でもないがな」


「まあそういうな。成長や学習ってのはそういうもんだ。……て、敵側の俺が行ってもあまりに意味はないな」


 こういうのは味方が言うべきなんだろうが、今まで彼女はほぼほぼ孤独だった。そういうことを言ってくれる相手もいないのだ。……そう考えれば、そうしたことを気軽に言える相手がすぐ隣にいる状況は、彼女にとっては新鮮であろう。


「お前らが仲がいいのも、これが原因か?」


「原因ではあるだろうなぁ。主にコイツが突っかかりまくるせいだが」


「逆主張したいんですけどいいですか?」


「否決」


「上告を認めてください」


「棄却」


「解せない……私さっきからこんな役割ばっか……ッ」


 そういってユイは「くそうッ、くそうッ」とわざとらしく床を拳で殴っていた。というか、仕草をしていた。これもボケなのか。ただの偽物は突っ込まず、苦笑しているだけである。

 いつも弄られてるんだ、たまには弄り返しても文句はあるまい。


「……二人が強い理由はこれなんだろうな。つながりが強い。ハサミ程度じゃ切れんか」


「切りたいならウォーターカッター大量に持ってきてくれた方がいいかと」


「切るよりならそっちにつくな、私は」


 賢明な判断だ。


 ……と、繋がりで思い出した。なぜか。


「そうだ。これ、お前に返す」


「?」


 そう言って、俺はポケットからあるものを取り出し、彼女に渡した。彼女はそれを見た瞬間目を見開いて驚いていた。無理もない。元々、自分の所有物だったからである。


「これって……例のヘアクリップじゃ……」


 ユイに成りすますべく用意していたヘアクリップ。細かいところまで精巧に作られたが、形の若干の違いと裏面にあるメッセージの有無で偽物と見破られたもの。あの後、ずっと持っていて返すタイミングを失っていたのである。


「お前にやる。お守りに良いだろ」


「でも、これはお前らを騙すための……」


「今はそうじゃないしいいだろ。細かいことは捨てとけ」


「はぁ……」


 そう言って、彼女はそのヘアクリップをまじまじと見つめていた。期せずして自分の手元に戻ってきたのであるが、彼女としても、これにはいろいろと思うところがあったらしい。


「……随分と」


「?」


 そして、彼女は俺に言った。


「……随分と、私に優しくするんだな。あれだけのことをしたのに」


 その目は、疑問とも、不安ともとれる曖昧なものだった。言わんとすることはわからないでもない。本来なら敵である自分に対する異例の好待遇。普通なら疑問に思うようなことまでしてしまうお人よし状態。疑問に思わないわけがない。


「……まあ、な」


 でも、俺は優しくするというか、厳しくすることができなかった。


「……しょうがないだろ。ロボット好きなんだからさ」


「は?」


 これだけなのである。理由は、深いものでも何でもない。


「ロボットが昔から好きだったんだよ。お前とかユイみたいなロボットが出てくることを夢見る少年のようなことを、いつもいつも考えてるような男だ。敵でした、今まで騙してましたって理由で、はいじゃあ貶しますってなるほど俺冷徹になり切れなくてな」


「……それ、お人よしって言われないか?」


「言われるのは覚悟の上だよ。実際そうだと思うしな。でもしょうがないでしょ、好きなもんは」


「……好き、か」


 細かい理由なんていらないのである。ロボットが好きだから。それだけが、俺の今の行動原因であった。


 細かいことは考えない。単純なほど、人間は理解しやすいのである。


「ここにいる奴なんて皆そうだよ。基本的にロボットとかが好きな奴ばっかだ。あそこでいまだにくそーくそーわめいてるふりしてるロボットが好きな連中がここに集まってる」


「え、待ってフリってばれてました?」


「ばれてるよ。てか聞いてたのかよ」


「私はやろうと思えばリアル聖徳太子ができるぐらいの耳は持ってますからね?」


「そういえばそうだった」


 考えてみれば当たり前か。ロボットだもんな。


「そう考えると、お前も恵まれたな? 環境に」


「確かに。まあ、相方が祥樹さんだったのが一番の幸運かもしれませんね」


「お、うれしいこと言ってくれるじゃないか。あとで飯をおごろう」


「食えません」


「バッテリー20万追加」


「やったぜ」


 小さなガッツポーズ。最近このバッテリーネタも定着してきた。全ては和弥とのあの会話が原因だが、何がはやるのかは全くもってわからないものである。


「まあどうせだ。お前もここにきてしまったんならなれることだな。何かあったらコイツに聞けば間違いない」


「ただしお姉ちゃんって呼んで」


「無視していいぞ」


「わかった」


「なぜですか」


 先ほどからの自身の扱いに不満をお持ちの我が相方。だが、当然の結果である。残念でもない。


「(……まあ、馴染むのもそう難しくはないはずだが……)」


 あとは、やはり敵であるイメージが強い彼女のその肩書をどこまで改善できるか。中にはあまりよろしくない感情持っている人もいるだろうし……。そこはまあ、さっきからボケてはいるがユイに任せておけば間違いはない。やるときはやるからああいうボケも見逃しているのである。というか、アイツはどうしてもお姉ちゃんになりたいのか。


「……んで、名前はいつになったらきm―――」


 その時である。


「これだ! これがいいわ!」


 いきなりそう叫んだのは新澤さんである。良い名案でも思い付いたかの如く。でも、それは名案は名案でも、名前の案という意味の方であろう。

 周りもうんうん頷いている。どうも皆が納得のいくものになったらしい。


「んで、何になったんです?」


「結局花言葉から取ってきたんだけどね? この娘、凛々しさ満点なところあるじゃない?」


「……はあ」


 凛々しさねぇ。確かに、さっきのあのユイとの戦闘も、最後らへんしか見てないが中々に男気のあるものに見えなくはなかった。ユイにやられた後も、絶対に精神的な隙を見せまいとする姿は男でもほれぼれするものがある。なお、人によっては所謂「くっ殺」にみられる奴なのだが。


「ちょうど凛々しさが花言葉になる花あったのよ。アルストロメリアっていう」


「アルストロメリア?」


 曰く、アルストロメリア属のとよばれる単子葉植物の属の一つのようで、南アメリカ原産の花なのだそうである。新澤さんはこれを見た瞬間ピンときたそうだ。


「そのまんまだと長いから短いところ取ったのよ。そしたらいいのできた」


「なんてやつで?」


「メリア」


「……はい?」


「メリア」


「……メリア?」


 ……メリア?


 いや、後ろとってきただけじゃないすかそれ。


「でもよくない? メリア。 なんか可愛らしさあるし」


「あれ、それ確か昔発売されたRPGのキャラにあったような……」


「多少の被りなんて気にしたらまけよ」


「負けなんすか」


 負けなのか……気にしたら負けなのか……。


 でも、皆はこれで納得している様子だし、かわいらしさという点では悪くない。ユイも割と気に入った様子。


「メリアだからあだ名はメリちゃんですかね」


「ただでさえ短縮したんだからこれ以上短縮しなくていい」


「さいすか……」


 ユイがまたしょぼ~んとした顔になる。今日何回目だよ。頻度が多いな。


「んで、どう? メリア、可愛くない?」


 新澤さんは本人に聞いた。先ほどから「メリア」と小さく呟いている。これもまた、初々しいころのユイを思い出すが、口に出すとまた首を絞められるので間違っても出さない。

 ……少しして、


「……うん、それでもいいな」


 ご納得のご様子である。新澤さんもご満悦。


「よし、決まり! ではこの娘は今日からメリアちゃんです!」


 いえーい! と、本人中々にハイテンション。発案者だからだろうか。ユイの時も名前を決めたのは彼女だが、いつの間にかこういうの決めるのは彼女の役目になってしまっている感じがある。まあ、別に構わないが。


「えー、では、名前もきまりましたところで……」


 そう言って、俺は改めて彼女に向きなおす。


「えー、では“メリア”さん。一応、ようこそ我が軍へ、てことで……。よろしく願います」


 軽くお辞儀。簡単な歓迎。周りも頭を下げた。ユイも軽く下げつつ、ニッコリの満面の笑顔。白い歯がまぶしい。


 ……そして、彼女も慣れないながらも小さく微笑みながら、



「……ああ。よろしく」




 一言、そう返した…………

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