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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
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組織内紛

 ―――どうやら、正解だったらしい。


 彼女の反応は、それを裏付けるものとして映った。俺だけではない。後ろにいる3人も、あのSOSは正しかったと確信するように頷いていた。


「……なんでそれを……?」


 どうも、俺らがそれを知ってることが信じられなかったらしい。目を見開いてそう問うてきた。


「何でも何も、あれ解いたの俺らだしな」


「な、お前らがッ?」


「そんなに意外か?」


「いや……その……」


「まあ、正確には、ユイさんが異変に気付いて、祥樹がそれを完璧に読み解いたって感じだがな」


 和弥がそう横入れをする。尤も、読み解く前段階で八百屋お七の謎にたどり着いたのは和弥もだったのだが、完全にそれらはスルーしたらしい。

 そして、俺は答え合わせを始めた。


「お前はあの火災工作を使って、八百屋お七のアナグラムをメッセージとして残した。火災が起きた現場を、火災が発生した順番に読むことで読み解けるようにな。それが、八百屋お七。偶然とは思えねえな」


「だからこそのメッセージだ。わかるだろ?」


「ああ、すぐに理解したさ」


 やはり、あれは意図的なものだった。どうも作為的な意図が読めるアナグラムになっていると思ったが、あからさまにそうさせることで、それがちゃんとメッセージになってると分かる人にはわかるようにしていたらしい。

 わざわざ八百屋お七にしたのは、嘗て、自分が偽物だと見破ったときに言われたあの言葉を思い出したからだった。


「私が偽物だと見破ったとき、四鏡や弓争いの話を本物は知らない、と言ったな?」


「ああ、そうだ。でもお前は知ってたんだろ?」


「色々と成り行きでな。そして、お前もそれに関しての知識がある。古典関連の知識はある程度持っていると踏んで、それに賭けた」


「軍にいる人間でそんな古典に長けてる人材は限られてるからなぁ……しかも、八百屋お七ってところから一気にSOSメッセージに至る発想をする人間なんざ、ほんとにごくわずかだ」


 確かにそうだ。だからこそ、わざと“暗号化”したのだろう。元より、こうしたメッセージを見破る人間は本当に少ない。古典の知識が見込め、しかも、発想力に長けている、自分自身が本物を偽っていた当時一番身近にいた人間……。俺を含め、ほんとにごく一部だ。そして、当の偽物本人は、ダメもとで特に俺の方に賭けていた。光栄なものだ。


「八百屋お七のエピソードを最大限なぞることで、そこの関連に違和感を覚えた誰かが、自分を探しに来てくれるのを待った。……真実はそれだ」


 そういうと、偽物は「正解」と言わんばかりに両手を軽く上げた。


「ご名答だ。もはや、補足の必要はないな?」


「いや、補足は必要だ。元々、この暗号を俺らが解いてくれることに賭けてやったのなら、なんでさっき「復讐される」と勘違いして逃げたんだ? まず最初にこの暗号を解いてきたと思わなかったのか?」


「まさか本当に解くとは思わなかった。しかも、まだ1日しか経ってないんだぞ?」


「まぁ、確かにそうだけどさ……」


 曰く、解くにしたって結構時間はかかるだろうし、最初に言った「俺に古典の知識がある」というのも、ある種の希望的観測の面が強かったからなのだそうだ。実際問題、古典はある程度知ってるとはいえ、すぐに八百屋お七の話を思い浮かべることはできなかった。二澤さんが、偶然にも火災の発生順に建物の名前のアナグラムを読み取った結果、幸運にも思い出しただけに過ぎない。

 そういう意味では、確かに解くのが早すぎたというか、そもそも、俺の見当が初っ端からジャストミートで当たるっていうのはなかなかない。


 ……彼女でも、予測しきれなかったらしい。こちとら偶然思いついた感が強いので、無理もないが。


「まさか、寄りにもよってお前らが即行で解くとは思わなかったが……本当に解いてしまったのだな」


「なんだかんだでな」


「私に感謝してくださいね。私が気づかないとそのあとがなかったんですから」


「そうだな。こればっかりは感謝せねばな」


「なので褒美下さい」


「そこらのコンクリートに生えてた大根ならくれてやるよ」


「うわいらnて待って大根!?」


「まーた懐かしいネタをアンタは……」


 新澤さんの呆れ声が横から入る。ど根性大根と言えば、コンクリートからなぜか力強く生えてきてしまった大根のことで、昔は滅茶苦茶話題になった。尤も、その時俺は本当に小さいガキだったのでこれっぽっちも記憶にないが。

 なお、最近は首都郊外でなんかニンジンが道路のど真ん中に生えたらしい。なんでやねん。


「なるほど、私は随分な出迎えをしてしまったらしい」


「なに、結果的に誰も死んでいないなら問題ない。それより……」


「?」


 俺は一番聞きたかったことを聞いた。


「……そもそもだ。なんで、こんなSOSを出した? 組織に忠誠を誓っていたはずのお前がなぜ?」


 彼女はうつむいたまま、すぐには答えなかった。

 少なくとも、俺らの方に本物を偽って忍び込んでいた当時は、しっかり組織に忠誠を誓うかの如くの姿勢であった。だからこそ、間違いなく俺らは「敵対」の姿勢をもって臨んだのだ。

 ……だが、今の彼女はその真逆だ。あれから、まだ数日しか経っていない。この数日で一体何があったのか。それとも、実は俺が知らないだけで、もっと前からその予兆はあったのか?


 このSOSを引き受けるうえで最大の疑問だ。これが解けなければ、俺はすべてを納得しきることはできまい。


「……お前ほどの奴が組織の意向に反する行為をするってのは相当なことだ。一体何があったんだ?」


 少しの間の静かな時の流れ。空は灰色の世界が広がる中、冷たい風のみが唯一の空間の動きである。本人としても、喜んで言いたいような内容ではないであろう。それくらいは承知していた。

 せかすことはしない。本人が言うまで待った。どれほどの時間か、と言われても、こういう時の時間間隔などあてにならない。一秒一秒が、完全に長く感じることが常である。


「……変わったんだよ」


「え?」


 そして、数分ぐらいした後であろうか。彼女はそう切り出した。同時に、小さくため息をつく。


「確かに、最初はそうだった。与えられた使命を全うするのが、私の役目だと信じて疑わなかった。……彼も、それを理解していた」


「ここでいう彼っていうのは、アンタを作った本人?」


 彼女は頷いた。案の定、彼女のユーザーは、彼女の生みの親であるようだった。


「私は効率重視なところがあってな。無駄は余り好かんのだ」


「つまり、アイツみたいな無駄に元気な奴は……」


「微妙だな」


「うわ仮にも偽物に言われるのめっちゃ複雑」


 お前もこうなるかもしれないんだぞ?とでも言いたげに不満な顔をし異議を撃申し立てるユイ。でも、実際いらないところで元気なのでその余力は別の方向に活用してほしいというのは、本当に本心ではあるのである。なんでもいいぞ、普通に戦闘時に使ってもいいぞその余力。用途は知らんけどな。


「最初はその通りにやってたさ。本物に成り代われって言われたときも、まあ見た目が見た目だからその通りにした。本当はいれるだけいるつもりだったんだが……」


「俺がなんだかんだで見破っちまったから、一旦身を引くことになったわけだ」


「本物は、演技とはいえそのままそばに置いたがな。だが……」


「?」


 彼女は、そこで「ふぅ」と小さくため息をついた。


「正直、あとからあれ演技だったと聞いても驚かなかったな。大体察していたし」


「え、うそッ!?」


 俺たちより先にユイが真っ先に驚いた。何だかんだで隠していたつもりらしい本人だったが、あっさり悟られていたことに驚愕の念を禁じ得なかったようである。


「お前、私の身分がバレそうになったとき、撃てって言ったのにわざとはずしたろ?」


「げッ……」


 即行でユイは目線を彼女から逸らした。そういえば、当てたくなかったのでわざとそれっぽく外したと言っていたが、あれのことだろう。どうも、本人にバレバレだったらしい。


「あんな距離で、しかも真昼間からわざわざレーザーポインター当てるアホがいるかって話であってだな。まさか、お前のFCSがあの気象条件や距離でレーザー使わんと当てられないぐらい低性能だったというわけではあるまい」


「……」


「あの時点で大体察したよ。コイツ絶対支配下にはいってないだろってな」


「……あるぇ……?」


 「なんでバレた」と首を傾げるユイ。どうも演技力がなかったらしい。後ろで和弥が笑いをこらえている。ツボに入ったか。


「おかしいな、ちゃんと演技したはずなのに」


「普通にバレバレやったな」


「あれ、でも察したんならその時点で敵側にバレてそうだけどね? ユイちゃんがちゃんとハッキングで支配下に入ってないって」


「あぁ、そういえば」


 でも実際は、俺があのイリンスキーのクソ野郎と会って、さらにユイ自身が、自分は実は演技してただけというのを明かすまで、当の彼らは全く知らなかったようなふるまいを見せていた。あれはさすがに演技ではあるまい。演技にしたってあまりにもうますぎる。


「もちろん言いはしたさ。彼女にバレないようにこっそりとな。だが、それで終わりだ」


「なぜだ?」


「簡単な話だ。私が関与する話じゃないからだ。だが、もしかしたらまだ敵かもしれない奴をそばに置きたくなかったからな。せめて、セキュリティをもう一度確認してみろとは言った」


「……んで、結果は?」


「異常なしって言われた。私は冗談だろうと思ったが、向こうは譲らず。私が折れた」


「そこは演技しきったのかい……」


 ある意味、機械なロボットらしいとはいえるが……。でもユイ、そこは正直どや顔していいのかどうか微妙なのだが……する場面思いっきり間違えてるし……。いや、こっちも大事ではあるが。


「でも、あの時からだ。彼を含め、組織がおかしくなり始めている」


「おかしく?」


 やっと本題か。そんな予感を感じさせる物言いだ。さらに耳を傾ける。


「今まで、こっち側が何も動きを見せなかったこと、奇妙に思わなかったか?」


「まあ……そりゃ何も動こうとしないなとは思ったが」


 まるで、殻にこもる小動物か何かのように。お陰で、こっちは情報収集と再奪還作戦の立案の時間を稼ぐことはできたが、にしたって、何も動きを見せないのは妙だとは思ってはいた。

 ……だが、誰も重要視しなかった。今はそれどころではなく、とにかく早く奪い返せと政界やら財界やらから急かされていた国防軍部は、背景より、現実に起きている状況の利用を急いだのである。


 故に、話題にもあまり上らなかった。


「アレも何か理由があったのか?」


「国防軍の先手を打つべきだという意見は当然上がった。だが、意見が二分している」


「二分?」


 曰く、先手を打ってさらなる進攻を行うべきとする急進派と、その逆の慎重派。次の行動に関してまともに結論が出ず、結果、何も動かないまま時間だけが過ごす展開へと相成っていったのだという。


「さっきも言ったが、効率的ではないのは私は好まない。最初はただの議論だったからまだいい。だが、途中から、相手の非を責めるスケープゴート合戦になり始めた」


「……どういうことだ?」


「結論が出ないことに焦ったってことじゃないか? 中々相手が折れてくんないから、相手の非を責める事で、それに関する責任の回避と引き換えに、とかそういうのでさ」


 和弥の分析は当たっていたらしく、彼女は小さく頷いた。日本の政治でよくあるものが、どうもあの組織内でも起き始めたらしい。所謂ところの、“内紛/仲間割れ”である。


「私は止めようとした。そんな無駄な時間を過ごすのは非効率だと。だが、聞く耳を持たない奴らばかりだった。私はどう動けばいいのかもはやわからない。お前ならわかるだろう?」


「ロボット故、全てを自己判断で動くことはできない。自らの上には、人間がいる。それが司令塔だったのに、その司令塔が動かないなら……」


「そうか、下も動けない……」


 新澤さんがはっとした様子でそう答えた。彼女の場合、その組織の求める“理念”の関係上、むしろ、ロボットが上に付くことを前提としてソフト/ハードを作って入るだろう。だが、そうなるにしても、まずは“下積み時代”っていうのは必要だ。下積みがあるから、上に立つ人材が生まれるのだ。

 だが、その間の上司に当たる人間が、もうこの段階で内紛というありさま。まともに動けはしない。結局、その点では、彼女も他の類に漏れず“ロボット”なのである。


 この時から、彼女は組織に対する大きな不信を抱き始めたのだという。


「彼も頼った。彼は実質的なリーダーだ。仲介はすると見た」


「イリンスキーがリーダーじゃないのか?」


「あれはただの表面的なものだ。ただのスポークスマンみたいなもので、実際は彼が支配している。イリンスキーはその女房役みたいな立場だ」


 意外だ。あの動画サイトでの大々的な犯行声明等、いろんなところで表に立っていたこともあり、てっきり彼がリーダー格だと思っていたが、実際は裏の支配者がいたのである。しかも、それが、彼女を作った親たる“彼”なのだ。


「んで、あんたの親はなんて?」


「聞く耳持たずだった。ロボットが関わる問題じゃないの一点張りだ。こうなれば、私はもうどうしようもない。ただの浮浪者にしかならん」


「下士官が死ぬと、前線戦力の結構な割合が実質的に死ぬって話は聞いたことあるが、どうもロボットもどっこいどっこいらしいなぁ……」


 和弥が小さくため息をつきながらそう言った。イギリスだと、撃つならまず下士官を撃てと教わることがあるらしい。そうしたほうが、その下士官の下にいる新米たちが浮足立ってまともに使える兵士ではなくなるからだとか聞いたことあるが、どうもこの話、和弥の言う通り、彼女にも通じる話だったようである。

 実際、上がこの体たらくでは、下は何をすればいいのかまったくわからない。しかも、頼りの彼も全く相手にしないと来た。


 この時点で、彼女は実質的に“孤独”になったのである。 


「……それに追加で、あのCIAだ」


「CIA?」


 俺たちは食いついた。CIAといえば、あの妙に先進的な装備を持った謎の武装集団だ。やはり、あのCIAの情報はそっちで共有されていたのか? だが、それにしては彼女の言い方は妙だった。まるで、あとから知ったとでも言わんばかりのモノだった。


「妙に先進的な装備を持っているなとは思ったが、あれはそっちの人間じゃなかったのか?」


「こっちが持っているのはもっと旧式か、サバゲーなどに使われているものの改造品ばかりだ。あそこまでのものはない。あれがCIAの人間だと知ったのは、そこそこ後の話だった」


 詳しい日数を聞くに、どうも偽物だと判明する例の情報収集任務の初日にいた、あの謎の先進装備を持った男の時点が初の確認で、俺たちと別れた後、それがCIAだと突き止めたのだそうだ。

 その直後、彼女は彼に対し、あのCIA工作員たちの情報の提供を求めたのだという。


「……だが、答えなかった」


「答えなかった?」


「私が知る必要がないものなのだそうだ」


「随分と情報渡したがらんなアンタの親……」


 事情を聴いても、何も答えなかったらしい。事実として、彼女はCIA工作員に関する情報は全く聞いていなかったため、仮にそれが味方なら「友軍誤射の可能性を引き出す」と警告したのだが、「道具はただ従っていればいい」だの「お前が知らなくてもいいことだ」などと突き放されてはどうしようもない。

 この時点で、彼女は完全に彼や組織に愛想が尽き始めたということだった。


「やることはやるが、分別はつけているつもりだ。非効率な殺傷はただの無駄な時間を浪費する。だが、私はわからなかったんだ。こうしろと最初は言われたから、その通りにしてきたのに、次の瞬間にはそれに矛盾することを言われる。……自分がこうしたいと思っても、それが通ることは稀だ」


「お前がロボット故のやり方か」


「だとしてもだ。それでは私自身に自由意志を持たせた意味がわからない。本物に成りすますだけなら、ここまで凝ったものである必要はなかった」


「確かにな……」


 本物にそれっぽく成りすますだけなら、外部からそれっぽく適宜感情表現操作をしてもらったりするのでもよかった。ちょっと手間はかかるが、ソフトの技術レベルもそこまで高いものは求められないし、確実性という意味では、完全ロボット任せであるよりは安心できる。

 それでも、ロボット任せで自律できるようなものを与えたのにはそれ相応の理由があってもおかしくないが……今の彼女の扱いは、その逆を突っ切っている状態である。


「何かしらを隠してるのだろうとも思ったが、何か隠さねばならないことがあるのかと思ったら、もう疑問は止まらない。しかも、自分は完全に蚊帳の外にされた。……私は何をすればいいのかもうわからないわけだ」


「ほっぽりだされたも同然の状態か……」


 正直、同情するのも無理はなさそうだった。自分が与えられたものをそのまましっかりこなしてきたのに、ある時向こうの都合でこっちに何も手を付けてくれなくなり、しかも、何かおかしいと意見したらただただ突き放されるだけの毎日。人間だったらたぶんいじめだなんだと感じ始める展開である。

 CIAが味方だったら撃ちたくない。それが非効率だというのはごもっともな意見だ。だが、そうした重要な情報すら、彼女には渡されず、要求しても突き放されるだけ。何を考えているのかは知らんが、これのせいで、彼女は自分がそこまで重要に扱われていないと感じ始めるはずだ。だが、それは「ロボットを人間の上位に」という彼らの理念に真っ向から反する考えだ。


「……人間っていうのはいつもこうか?」


 呆れ半分、嘆き半分な彼女の声で、人間である俺は本当に申し訳なく思えた。実際問題、人間は時としてこうなるのである。そして、その時の被害者は、基本的には同じ人間だった。


「……いつもってわけでもないし、誰でもってわけでもない。だが、逆を返せば、いるときはいるし、世の中広しだから、結構な人数はいるともいえる」


「そうか……」


「そこまで考えて、よくもまあ「自分が支配してやる」みたいな考えに至らないな。それなら向こうの組織の理念にも通ずると思うが」


 和弥が横から割って入った。確かに、ここまでの人間の体たらくを見れば、組織を造反して独自に「私が支配する!」って言いのけても正直何の文句も言えなくなりそうだが、彼女は力なく首を横に振った。


「何度もやったさ。さっきも言ったが、説得した。私が仲介しようともした。……できなかった。私には、人間を支配するどころか、“話に介入する”ことすらできなかった。私だからか? ……お前なら、やれるのか?」


 そういって、彼女は唐突にユイに話を振った。

 いきなり話を振られたユイは「え?」と驚きつつも、話はちゃんと聞いていたようで、「ん~……」と首を軽くひねりながら熟考する。


「……いや、私ならやれるかって言われてもなぁ……」


 ユイは彼女の問いを肯定しなかった。そして、ちょっと懐かしむように続ける。


「私だって、前に色々と私関連で口論なったとき何もできませんでしたもん」


「口論ってなんだ」


「まぁ、ほら、ロボット信頼できるのか的な結構根本の部分」


「私より深刻か」


「考えてみれば確かに」


 確かに深刻だな、考えてみれば。ハブられた程度ならまだしも、「お前いる?」なんて言われた日にはたぶん普通の人間なら不登校になるレベルであろう。ユイの方がめっちゃ精神的に参るものだったが……。


「にしたって、お前自分で何とかしようとしてはいたろ」


「でもあれ考えてみたら私が行ったら混乱が増すだけなので正解だったと思いますよ、祥樹さんがいったの」


「お前が解決したのか?」


「まぁ……一応」


 俺が単に名乗り出ただけなのだが……俺だって最初はユイ連れていったん退却しようとしてたぐらいだし。それでも、ユイは続けて言った。


「確かに私は最初何とかしようと思ったけど、ああいうのって考えてみれば人間の専売特許だと思うなぁ……。たぶん私が行ったらあれだよ、街中に現れたアイドルの如くもみくちゃにされるよ」


「それたぶん別の意味だろ」


「別の意味ですよ。主に悪い方向で」


 笑えない冗談だ、と俺は苦笑する。ヤバいこともあっさり言ってしまうあたり、コイツらしさは偽物の前でも健在……いや、何か特異なのがあったぐらいで簡単にはかわらんか、こいつは。


「……んでだ、要約すると」


 話すことはもうなさそうだと見た和弥は、自分なりにまとめて言った。


「自分の言ってたり考えてることと矛盾したことばかりが起き始めて、組織やらアンタの親たる彼ってのが全然信用できなくなったうえ、もう自分何すりゃいいのかわかりません、って感じ?」


「……要約がうまいな」


「学生時代の小論いつも高得点だったんだよね」


 自慢げに言う和弥。実際、中高通じてこいつの小論はいつも高得点だった。尤も、軍への採用試験以外でその能力を使う時はそんなになかったのだが。あるとして、今みたいに要約の時である。


「もはや組織に居場所を求めることができなくなったアンタは、そのままそこを離れて、俺らに独自に助けを求めた……と」


「え、てことはちょっと待って。昨日の火災工作って、アンタ独自のモノ?」


 彼女は頷いた。組織からの命令などでやったわけではないらしい。尤も、あの内紛状態では指揮もあったものではないとは思うが、そうなれば、今回の火災工作は、敵さん側にとっても予想外の事態であっただろう。同時に、これをこなす能力をもつ存在を、既にある程度絞っていると見たほうがいいかもしれない。


「こう、組織にはコイツが独自にやったってのはバレてるってみたほうがいいよな」


「だろうな……俺が読み解いたSOSも、もしかしたら誰かが読み解いてしまっている可能性も」


 そのためには、向こうの組織内に日本の古典に通じる誰かがいる必要があるが……彼女も、そこら辺まではわからないとのことだった。誰が古典に詳しいのか、そこらへんは自ら開示しないと分からない点でもある。


「だが、最悪の事態は想定しておいたほうがいいぞ。もし誰かが既に感づいてて、事態を重く見ているのだとしたら厄介だ」


「ああ。俺ですら解けたものだ。他のもっと頭いい奴が解いてる可能性だった十分ある」


 これを解いたのが運よく俺だけでした、なんて都合のいい話はないと見たほうがいいだろう。仮にもここまでの組織を動かすのだ。誰かが古典知識を持ってくれば、あとはそいつらがうまく発想を集合させることだってあるはずだ。俺が解いたのだって、さっきも言ったように幸運の要素が強いのだ。


「だとすれば、もうここにいるのもマズいな」


「どっかに移動する? ここ一応屋上だし、周りにはここをまともに狙えそうな場所ってそんなにないけど……」


「いえ、念のため屋内に避難したほうがいいでしょう。屋内なら狙撃の心配もそこまでありません。しばらくはそこに引きこもってるのも、この際選択肢としてはありかと……」


 屋内か。そろそろそっちにいくのもいいか。今一番怖いのは狙撃だしな。


「できるだけ内側に引きこもるが一番だな。部屋ではなくなるかもしれんが、この際廊下で引きこもりも十分―――」


「な、なあ」


「ん?」


 置いてけぼり喰らっていた偽物が、俺たちを呼び止めた。


「……それ、私もついていく話か?」


「は? そりゃそうだべ」


「え?」


「え?」


 どうも、自分はついていっていいのか迷っていたらしい。むしろ、こいつをどこに隠して守ってやるべきかを話しているようなものであったが、それを説明すると、どうも意外そうな顔をしていった。


「いや、自分から頼んでおいて何なのだが……本当に、助けるのか?」


 意外な質問だ。だが、無理もなかろう。元々敵だったのであるし、実際、今もなお形式上は敵扱いである。形式上は。


 ……だが、


「……いやあ、もう後には戻れないんだろ?」


「まあ……」


「ならいいでしょ。受け入れ先として最適かはわからねえけど、受け入れるぞ。こっちは」


「え……」


 茫然とした顔だ。自分が騙してきた相手に保護されるっていうのはこういう感じなのだろうかと思うが、元より手段なんて決めているのである。今更な質問だった。

 ……なお、


「あ、ただし、妙に元気なコイツがくっそうざく付きまとうからそこらへんは慣れるまでがまnあだだだだだだッ」


 思いっきり首を絞められた。冗談で言ったのにそこまで本気にする当たり、こやつにはこのタイプのジョークが通用しないらしい。


「したとしても言わないでください」


「まあまあ元気なのはいいことだってほんとそれ一番言われてるんだって」


「言葉には気を付けましょう。言葉には」


 ごもっとも。そこまでおかしな言葉を使ったかはちょっとわからんが、まあ、忠告には従っておこう。……そんなに変な言葉を使って表現した覚えはないが……。


「……二人は、いつもこんなに仲がいいんだな」


「ん?」


 羨ましそうな顔をする彼女。そんな顔をした彼女を見るのは今回が初めてだ。ある意味新鮮。あとでスマホで写真撮ろう。


「なんだったら洗礼受ける?」


「え?」


「いつでもいけるよぉ~? さぁ~ほらおいで~」


「手をワキワキさせるな気持ち悪い」


 どう考えてもいかがわしい使い方をするとしか思えない手の動かし方に関して、俺はやはり前言撤回をするべきだと感じた。


「……やっぱやめとけ。コイツ調子にのったr―――」


 ……そんな時だった。


「―――ッ!?」




 ちょっとしたのどかな空気は、一瞬にして変わる。




「伏せて! 早く!!」





 ユイの絶叫に促されるがまま、即行で身を伏せた。


 左腕で 偽物の彼女も強引に地面に突っ伏させた瞬間―――





「……ッ!!」






 一発の凶弾が、すぐ間近で破裂した…………

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