沈静
―――思った通りだ。
屋上で彼女を狙撃“未遂”し、一瞬の隙を作りユイにトドメをささせる。そんなことを考えてるんじゃないかと、俺が勝手に想像して屋上に急いで駆け上がってみたら、案の定だった。
ユイが遅延工作を仕掛けていたのは一瞬で理解した。戦い方が違う。訓練などで、何度となくアイツと近接戦闘で拳を交えてきたからこそすぐに判別で来た。アイツの、本来の戦い方ではない。
予測は当たったと悟ったのはその時だ。ユイがわざとこっちに漏らした無線内容が、明らかに俺たちに対して「察しろ」と言わんばかりのものであり、その通りに動いたらそれが的中した。
そうなったときの手順は既に考えていた。こんな狭いところだ。フタゴーやハンドガンを使った銃撃戦でもある程度のダメージは与えられるはずなのに、それをした痕跡が見当たらない。ユイは避けてばかり。そして近接戦闘ということは、攻撃手段を奪うことを念頭に置いて、俺たちを待っていたということだ。
「傷はつけるな。わざとはずせ。絶対に隙は生まれる」
フタゴーをニーリングで構えた和弥にそう伝える。言葉は返ってこないが、肘を膝につけ、フォアグリップを握る左手を一瞬離してグーサインを送る。新澤さんを見る。軽く頷いて返す。こっちの準備はよし。
「……、ッ! 動き止めた?」
正確には、遅くなった、というべきか。偽物はそのタイミングを見逃さなかった。華麗にタックルが決まった。少しばかり後ろに吹っ飛ばされるユイ。だが、きれいに受け身をしたところを見るに、深刻なダメージを負ったというわけではないらしい。事実、偽物の見えないところで、アイツは余裕物故いているのかはわからないが、こっちにピースサインを送ってきやがった。
だが、これは合図だ。偽物は、決定打を与えたと思い込んだのか、動きを止めてしまっている。
「よし、頭の上でも狙っておこう。やれるな?」
「この近さだ。ズレるほうが難しいぜ」
和弥の余裕っぷりに裏付けられた実力は、現実に結果として現れることになった。
ユイがこっちを指さしたのにつられ、偽物もこちらを見る。図った。偽物の驚愕の顔。思わず「もらった」と思ってしまった俺は、彼女に言い放った。
「―――勝ったと思って油断した、それがお前の敗因だ」
勝負において、最後の最後の油断は命取り。バスケでたびたび見られる、最後のロングシュートのまさかのゴールイン。小学生ですら、最後の最後は奇跡を願って片手でボールをゴールに向けて投げることがある。それで入ったらまさかの大逆転劇というのは、バスケでは一度は生で見てみたい光景だ。
ここで放つのは、残念ながらバスケットボールではなく、ただの殺傷目的の砲弾だ。だが、当てはしない。若干上を狙い、よける必要もない程度にはズラす。しかし、当たるかどうか微妙で判別がつきにくいという、何とも絶妙な距離感をあの偽物に与えねばならない。
和弥は、そんな難しい調節をうまくこなした。思惑通り、頭部にヒットすると思い込んだ偽物は頭を引っ込ませたが、それが、ユイに対して大きなチャンスを与えた。1秒に満たないかどうかといった時間だが、ユイにとってはそれで十分だ。
急接近。そののち、偽物がユイの方を絶望的な眼差しでみるが、そんな時間を長く与えるまでもなく、自慢の回し蹴りが炸裂した。
後方に吹っ飛ばされる偽物。中々の威力だったようで、ユイが吹っ飛ばされた距離より少し長い。すぐに動ける状態ではなくなった。中身ぶっ壊れてないか心配だが、そんなやわな体はしてなかろう。
……華麗な蹴りを見た俺は、思わずつぶやいた。
「……ナイスシュート」
アイツには、あとでサッカーかフットサルを教えよう……。いや、違うか、技的には空手がいいか。そう決心した、俺であった。
「キレイに決まったなぁ、ユイさんや」
絶妙な狙撃“未遂”を決めた和弥が、フタゴーをスリングを絞めて背中に回しながら、そうユイに対し言った。回し蹴りが決まったときは思わず口笛を吹いていたコイツも、さっきの俺と同じことを考えていたに違いない。
偽物のほうに歩きながら、グーサインをしてやったりといったニンマリした顔とセットで和弥に送る。ユイは、未だに倒れている偽物の前に立つと、その顔元にしゃがんでいった。
「……今後のために、覚えておいた方がいいよ。“暑い皮膚より早い足”ってね」
お前はドイツ軍兵士か。
「……何の意味?」
新澤さんの問いに答える。
「第二次大戦時の、ドイツ軍が行った西方電撃戦でのグデーリアン上級大将が残した名言です。戦車は厚い装甲よりも、早い足を重視したほうがいいって意味で、戦車などを使った機動的戦略によって高い戦果を挙げて言った当時のドイツ軍の電撃戦が、この言葉にある種の説得力を持たせてますね」
「なんでそれ彼女に言うのよ」
「あの偽物が重かったからでしょうね」
実際、偽物がまだ本物を演じて俺らの目の前にいた当時、俺が彼女を腕で持った時は本物のユイより重く感じた。それは、女性にとっては失礼な話、本物より体重が重かったからに他ならない。重くなる理由は、あの偽物の用途から考えると、十中八九“装甲”によるものであろう。
しかし、ユイは装甲はあるにはあるが、それだけでなく機動的な動きができるような設計がされていた。高い身体能力はそれに裏付けられているし、その素早い動きが所々薄い装甲を機動的に補助する。そんな設計想定だった。
それは、戦闘にも表れた。素早く動いて時間稼いで、あとはこっちとの連携を待つユイと、あまり動かず、隙を見つけて一気に大ダメージが期待できる物理攻撃を狙う偽物。
ユイは、それによる差を皮肉ったのだろう。今回は、“早い足”が勝ったのだ。
「(つっても、アイツいつの間にそんな言葉を……)」
俺がアイツに与えた小説の中にあの言葉あったっけ。そんなことを思い出しながら、俺は二人の元へと向かった。
もはや銃は必要ない。和弥と同様、スリングを絞めて背中に回した。ただし、新澤さんは念のため周辺警戒のために銃をいつでも構えられるように保持している。
「お疲れさん」
そういってユイの目の前に拳を出す。「そっちも」と簡単に返しながらグータッチに答えると、俺は続けて言った。
「腹平気か? 随分とジャストミートしてたが」
「衝撃なんて後ろにうまく流したらそんなにでかくなりませんよ」
「後ろが壁だったら?」
「つぶれてた」
「あっさり言うなこのロボットよ」
事実だししょうがない。そうあっさりと返すコイツの度胸。それ、自分にとっても大ダメージなのに……。まあ、過ぎたことに一々恐怖しているような性格ではないのは確かではあるが。
「……んで」
「んでんで」
「一応、何とか止めはしたけども……」
そう呟きながら、足元の方を見る。
いまだに倒れたまま動かない、いや、動けない偽物。こりゃまた恨めしそ~うにこっちを見ているが、それ以上は何もしてこない。相当、蹴られたのが堪えたらしい。拘束とかもしかしたら必要かとも思ったが、どうもその必要もなさそうである。
「(……気まずいなぁ、こりゃ)」
別に復讐とかするために来たわけじゃないのに、幾らコイツと止めるためとはいえユイの演技に乗っかった手前、そこからどう引くか考えてもいなかった。引き方間違えたら余計不信感を与えてしまう。
一先ずユイにはちょっとどいてもらって、俺が彼女の顔元を確認。向こうは起き上がるか、若しくは地べた這いずる形で合っても遠ざかろうとしているようだが、やっぱり動かない。見た目そこまで極端なダメージは起きていないが、一時的に機能不全が起こっているのだろう。自己復旧するまでの間、少しの間は動けまい。
ふと、彼女の目を見た。
「(……激しく動いているな)」
影でよく見えなかったが、それでも、彼女のアイカメラがピントを合わせようと激しく動いているのが見て取れた。だが、動きがぎこちないうえ、幾らなんでも激しすぎる。ゆっくり合わせればいいものを、こっちを急いで確認しようと焦ってしまっているらしい。
「(さっきの戦闘で機能不全を起こしてしまったか。となると、頭部にも衝撃がいっちまったみたいだな。ダメージはでかいか……)」
どんな蹴りを喰らわしたんだよ、と、俺は思わずユイにツッコミを入れてしまう。
「もうちょっと手加減してやれねかったのか? 何もここまでやれなんて言ってねえぞ?」
「違うんです、ちょいと動けなくする程度にしようと思ったら思いのほか吹っ飛んじゃいまして」
「お前はもうちょい加減ってもんを練習したほうがいいな」
「相手になってくれます?」
「加減を覚える前に死ぬからやだ」
「この不当な扱いだけは私ほんと抗議したい所存です」
勝手にせい。そう言い放って、また彼女の顔を見た。
……すると、俺はあることに気づく。
「……随分と汚れてねえか?」
彼女の顔は結構汚れていた。いや、顔だけではない。服装もそうだし、服に入らず露出している、手や首元の部分も。パッと見、遠いところから見る分にはあまり目立たないが、近くで見ると、若干汚れていた。肌のケアしてないのか?
「痣かしら……? いや、ロボットに痣ってのも変だし、土埃? よくわからないわね」
「ユイさんですらちゃんと毎日肌は拭いてますよね? 汚くなると色々と見た目に問題だからって」
「肌の汚れは女性の美貌の天敵ですからね」
「ロボットなのに美貌て」
「和弥さんその言葉は今私みたいなロボットを敵に回しましたよ」
「マジすか」
「ついでに新澤さんも」
「え」
「歯食いしばりなさい」
「すいませんマジ勘弁してください」
肌の汚れからそこまで会話が転々とできるアンタらが羨ましい。そんなことを思いつつ、俺は別のことを考える。
「(いくらなんでも、ここまで汚れてたら誰か気づくだろ……きれいにしてやらんかったのか?)」
それとも、本人が必要性を感じなかっただけか……だが、幾ら身バレしたとはいえ、そのあとも何かしらの形でユイに成りすまして活動するなら、そういった外見面でもユイに倣わねばならないのに、それをしていないというのもおかしな話だ。ユイがさっきのあいつらの会話にあったように、ちゃんと身なりをキレイにしていることぐらいも、彼女なら知っているはず。少しの汚れであろうとも、敵であるこちら側に偽物と本物の区別がつかないようにするためにはケアは必要であることぐらい、こいつなら理解できるはず。
……まさか……
「……この汚れ、消す必要はないって言われてたりする?」
彼女は視線を逸らした。わかりやすいところまで本物と一緒にする必要はあったのか。どう見ても、ただの自然環境の影響で起きた汚れだけではない。今気づいたが、肌がほんの少し切れている部分がある。傷の形や形状からして、できたのはつい最近ではない。結構前からあったものだ。
これも、ケアしてもらわなかったのか。
「……はぁ」
こいつにはユイのような皮膚の自己修復機能はない。今更手を加えるというのも無理な話だ。
俺はハンカチを取り出す。ちょうど休憩用に持ってきた水筒から水を数滴垂らし、ハンカチを濡らして、彼女の顔についている汚れを吹き始めた。
「……え?」
「あー待ってくれ、動くな動くな。汚れが見えねえ」
拭かれている本人は大層驚いたらしい。目を見開いてずっとこっちを見ている。俺も俺で強引に汚れを吹いているため、その顔の表情もそれにつられて歪んだりしているが、視線はずっとこっちだ。
「え、ちょっと……」
でも、驚いているのは後ろも同じらしい。
「おーい、やめといた方がいいって、なにされるかまだわから……」
和弥も小声で自重を促すが、構わずつづけた。
そのうち、背中にしょっているフタゴーが邪魔臭くなったので、スリングを緩めて、フタゴーを自分の身から外すと、彼女の横に置いた。
「げぇ……」
「寄りにもよってそこに置く……?」
後ろからの小声は間違いなく俺の耳にも届いたが、問題ない。汚れを取り続けた。
こうしてみると、ユイに負けず劣らずきれいな肌をしている。ユイに似せるためとはいえ、ここまで上質なものを使っているのに、大切に扱わないとはどういった了見か。本当に本物に似せる気あるんだろうか。
しかも、拭いてて分かった。汚れが中々落ちない。つい最近ついたものではないらしい。少なくとも数日はほったらかしだ。汚れを取ることすら許されなかったというのか?
「(ちゃんと使ってやれよ……汚れ落とすぐらい造作もねえだろ……)」
ぞんざいに扱う道具が長く持つとは思えんが、こいつの“ユーザー”はそんな基本も知らんらしい。一度ばあちゃんから「道具は大切にしないとすぐ壊れるよ」って言われて来ればいい。
拭いてはハンカチに水をつけ、拭いてはハンカチに水をつけを繰り返していくうちに、大分汚れも取れてきた。元のキレイな肌がが陽の光を……あ、しまった。今は曇りだった。
とにかく、汚れ部分をキレイに落とすと、もう一度彼女の目を見る。
「(……最初よりは動きが良くなったか)」
自己修復が働いたか。しかし、まだ動きが若干いびつなうえ、激しい。動揺している様が見て取れる。
「……まあ、こんなもんでいいだろう」
汚れがもうないことを確認し、彼女の両頬を軽く「ポンポン」と叩いてやる。随分と触感がいいが、これも本物に似せた成果であろう。そもそも、この部分を触る機会なんて全然ない。
そして、俺は立ち上がり、3人の方に振り返って言った。
「……もう銃とか降ろしていいぞ。コイツは撃ってこない」
「えッ?」
3人は驚いた。偽物の方を向いて、そして、俺の方を向いて。交互に視線を向けながら、和弥は言った。
「いや、でも、無防備になっていいのか?」
「まだギリギリちょっと警戒してようとは思ってたんだけど……」
「必要ありませんよ。今のコイツに、俺らを撃つ意思はない」
確信があった。その理由は4つある。
まず一つ。先の戦闘により、すでに身体に損傷を受け、ダメージを被っている。短い戦闘ながら、ユイに効果的な打撃を受け、しかも、自分は全く対抗しきれなかった事実を理解しているならば、その本人が今目の前にいるのに、またもう一度、なんてことは容易には考えないだろう。
仮にやろうとしても、フタゴーを手に持っていないとはいえ、その身その拳で強引に抑え込まれる。それくらいのことすら理解できない程、こいつの頭がイカれたわけではない。
ダメージと言えば、先のアイカメラもそうだ。ひっきりなしに動いているが、余りにもいびつだ。時間経過とともに修復はされて行っているようだが、もう少し時間はかかる。
通常、ピントを合わせるだけならあそこまで激しく動かす必要はない。しかし、敵である俺が目の前にいる事実は、彼女に「殺される」という危機感を与えたはずだ。彼女が精神的危機感により、動揺を持つのも十分説明できる。また、動きがぎこちないのは、やはり先の戦闘ダメージによるものだろうと思う。
まるで、錆びて「ガッガッガッ」とスムーズに動かせなくなったロボットの関節の如くの動き。例えが変だが、一番イメージしやすいのはたぶんこれだろう。
頭部は厳重にカバーされているはずだ。そこでも、機能不全が大なり小なり起きたというコトハ、それだけの大ダメージがあったということに他ならない。こうした相違が見つかったのは、ユイと一番最初に出会ったとき、成り行きでユイの目の中を凝視した経験があったからである。
ただの混乱の経過により起きた“事故”みたいなものだったのだが、今こうして考えてみると、あの時しっかり見ていてよかったと思う。普通なら、あんな感じにスムーズに動くのだ。
……そして、決定的なのが一つ。
「……俺、今現在進行形でフタゴーをコイツの手の先においてるんですよ」
偽物の左手のすぐ先には、俺のフタゴーのグリップ部分があった。ちょっと手を伸ばせば、すぐに手に取ることができるし、彼女の腕力ならば、片腕でフタゴーを軽々と扱うこともできるはずだ。
「ほれ、左腕はそこまでダメージ入ってないぞ。持って撃とうと思えば撃てる」
彼女の左腕を持って軽く動かした。それ自体を嫌がったのか、彼女は左腕を振って俺の手を振り払ったが、しっかり動いていることがそこから確認できる。ちゃんと動かせるのだ。
左腕がちゃんと動くことは、本人も知っているのである。手が届く範囲に、俺がさりげなく武器を置いたのなら、どこかで俺を突き飛ばして、すぐにフタゴーを奪い取って撃つということも可能だろう。
安全装置も解除していた。フルオートの状態だ。床に置くとき、それをわざと彼女の視界に入るように持っていた。理解させるためだ。この銃は、撃とうと思えばすぐに撃てると。
俺を殺したいなら、すぐにでも殺せる。そんな状況はさっきからずっと完成されていた。俺は、それに何の警戒もしていない。
……でも、彼女は撃たなかったのである。警戒の意味も込めて、新澤さんは彼女に銃口を向けてはいたし、偽物の動きに反応して即行で撃つことだってできたはずだが、誰だって突発事態にはすぐに反応しきれない。当たり所によってはまだ動ける。距離が距離なので、ヘッドショットだって狙える。一番邪魔であろう俺を殺す事なんて造作ないことだ。そのはずなのだ。
しかし、彼女はそれをやらなかった。目線にわざと入るようなしぐさで置いたので、気づかないはずがない。安全装置が解除されていることを知っているはずで、撃とうと思えばすぐに撃てることを自覚していないわけがないのに。
「別に、本気になって殺す気はなかったんだろ? 自分が生き延びればそれでよかった。少なくとも、“今この時”は」
「……」
返事はない。だが、視線を逸らしたまま、不満そうな顔を浮かべているだけだった。それは、俺の疑念を確信に変えるに十分だった。
「あ、ちなみに、それ仮にうとうとしてもマガジン空だから意味ないぞ」
「え、マジで?」
「ほれ」
フタゴーを手に取って、マガジンの中身を見せる。万が一というコトハどうしてもあるので、念のためバレないように事前に空マガジンに取り換えていたのだ。これで、俺の予測が外れて本当に撃とうとしても、鳴り響くのは「カチッ」という空振りの音。どう転んでも俺の命そのものは守られる仕組みにはしていた。
……でも、それをする必要はどうもなさそうである。
「撃つ気がないならこっちも撃つ気にならんでいいだろ。いつまでもめんどくせぇ対立は続けたくない。違うか」
いまだに横になっている彼女の横に俺は座った。彼女の視線は、未だに俺を向いている。ずっとこちらを向いたまま、何かを考えるようである。
少しの時間が流れる。言われた通り銃はおろしたが、「これ、どうしよ?」と、そんな空気が3人の中で漂い始める。
暫くして、彼女はゆっくりと起き上がり始めた。上体だけだったが、ある程度は自己修復を終わらせたらしい。彼女が、俺の十を手に取る。
一瞬身構えた3人。弾はないとはいえ、物理的にそれを使って殴り抱える可能性を考えたのだろうが、その心配すら杞憂に終わる。
「……全部お見通しか」
そういって、俺に銃を渡した。撃とうという気配すらなかった。俺は銃を受け取って、またスリングを絞めて背中に背負う。
「……伊達に人間やってるわけじゃない。こういうのは人間の専売特許だ」
「いつから気づいていた」
「お前がいつものお前じゃないって点については、さっきばったり会った時からだ。まあ、実際はこっそり見てたんだけどさ」
「ばったりじゃないじゃないか」
「すまんな。見えちまったもんは仕方ない。文句は見つけたこの二人に言ってくれ」
そういってユイと新澤さんに振った。余りにも唐突かつ不当な責任転嫁に、二人は抗議の声を上げる。
「こっちだって不可抗力だったのよ。偶然視界に入っちゃったの最初はユイちゃんだからね?」
「いや、違うんですよ。敵いないかなーってX線で探したらなんか金属探知したんで見たら私の偽物さんだったんですよ。私は無実です」
ここは裁判所じゃないんだが……。
「思いっきりノリノリで「じゃあ会いに行っちゃいましょうか」って言ったのはこの男ですので、撃つならこっち撃ってください」
「待てお前、何相方殺させようとしちゃってるわけ?」
俺の隣にしゃがんでそう言ってのけた相棒に対し即行で抗議の声を張る。いや、確かに言ったのは俺だが。俺なのだが。
「はぁ……お前らはいつもこうか?」
「すんませんね、この二人、いつもはこんな感じなんすよ。ハハハ」
「爆発しろって話だったら喜んで受け付けるけど、余ってる手榴弾使う?」
「は?」
「新澤さんその手榴弾しまいましょうか、今すぐ」
アンタ、まだ独身だからってなんでそんn……すんごい睨み付けられた。考えてること読まれただろうか。
「はぁ……まあいいや。んで、なんで逃げちゃったのさ。別にこっち撃つ予定なかったのに」
前振りが長くなりすぎたので、本題に入った。彼女も、少々言いにくそうではあったものの、少しして口を開いた。
「……敵対していたんじゃなかったのか?」
「敵対してるぞ、少なくとも勢力図的にはな」
「なら、襲撃されるのを想定するのは当然だと思うが?」
「本当にそれだけで逃げたんならこっちの言葉に何の耳も貸さなかったのはおかしいだろ。俺はお前にあった瞬間に銃突きつけたか?」
「……」
本当に敵対しているなら、ばったり会った瞬間即行で銃を突きつけ合っての硬直状態が基本である。当然、即行でどちらかが逃げるということもある。しかし、それはもう片方が銃を突きつけたり、乱射して着たりした場合ばかりで、そうでもいない状態でいきなり逃げるのはさすがに不自然だ。
「俺がいきなりお前を攻撃する理由ってあったか?」
「祥樹さんの顔が不気味に見えたんでしょう。それだったらたぶん逃げますよ」
「お前の顔を不気味な形に変えてやろうか?」
「どうやって?」
「こうやって」
顔をもみくちゃにしてやる。即行でもがくユイだが、構わずぐちゃぐちゃともみくちゃにしてやる。数秒、そんなお仕置きをした後、再び本題。
「……お前ら、そんなに仲良いのか?」
「なんだかんだで相棒だし」
「そうそう、相棒相棒」
「でもこのなれなれしい態度はどうにかしてほしいと時々思っている」
「くるしゅうない」
「もっかいやったほういいか?」
「すんません」
彼女、呆れ笑い。新澤さん、手榴弾をよう……いや、投げないでください。本当に。死にますから。
「……まあいいや。んで、なんで逃げたんだ? 俺の顔がどうたらってのはどうでもいいとしてだ。何かしらの理由はあったろ?」
彼女はまた黙ってしまった。言いにくそうだ。よほどの何かがあったのか。しかし、こっちから催促するのも問題だと見た俺は、そのまま自然と答えてくれるのを待った。
「……されると思った」
「え?」
1分ほどの時間が経過して、ようやっと答えた内容は、中々にビックリなものだった。
「……復讐されると思った。お前らに」
「…………は?」
口を開けて茫然とした。俺だけじゃなかった。他3人もびっくりし過ぎて口を若干開けて固まっていた。
……復讐? こっちが? なして?
「おいおい、お前の中じゃ俺復讐することになってたの?」
「私はお前らを騙したんだぞ? される理由はある」
「それで、偶然鉢会って「殺される」って思ったのか?」
彼女は頷いた。復讐を恐れ、自己防衛のために即行で逃げた……? 勇ましい彼女とは思えない、余りにも小心者な理由に、俺らは言葉を失った。
すぐさま、俺は誤解を解いた。
「待ってくれ、お前はとんでもない勘違いをしてる。確かに騙したことに関して俺らは完全に許したとまでは言わないが、殺してでもなんて思ったことはない」
「……え?」
「それに、お前は人間の手によって、それをするために作られたわけで、いわばお前に選択肢はなかったわけだ。少なくとも、当時は「それをしろ」と人間から言われる立場で、お前はそれを忠実に実行したに過ぎない。使役された側のほうを恨んで、それで問題が解決するなら俺だってそうしたが、事はそんな単純じゃないのは理解してるぞ?」
「……じゃあ、復讐っていうのは……」
「あるわけないだろ。お前にやってどうすんだよ。八つ当たりか?」
「八つ当たりってか、責任転嫁」
「空爆で両親が死んだと思ったら、その空爆を実行した人間じゃなく空爆をした爆撃機を恨むかのような見当違いね」
「おーいい例えですね、それ。私もつかお」
「1000円で売る」
「お金取るんですか。しかも地味に高い……」
比喩を商売に使うなんて中々思いつかない話。新澤さんその商売は下手すりゃ詐欺ですよ。
そんなギャグをかます2人を横に、彼女は「うそだろ……?」といった驚愕な感じの表情を浮かべていた。そして、信じられないといった心境を包み隠さず言葉にする。
「……では、復讐されると思った私は……」
「ただの杞憂でしかないんですが、それは」
「なんてこった……じゃあ私はとんだ無駄弾を……」
「本当に無駄に弾撃っちゃいましたね」
「あと私に蹴り入れられる」
「それは本当に結果からすれば余計だったと思う」
いらなくこいつの蹴り入れられるのは正直ご勘弁いただきたい。彼女の心中お察しする次第。
「……ちょっと待て、じゃあなんでお前らは私らを追ってきた?」
「え?」
今度は、向こうから聞いてきた。
「私が気づく前に、こっちを見つけていたのだろう? なら、なぜそっちだけでのこのこと接触しに来た? そこからさっさと離れてもいいのに、仮に接触するにしても、味方も呼ばずになぜ……」
まあ、その疑問は来るよな。これこそが、俺らが求めていた疑問だ。
ここからまた、話は長くなるかもしれない。その覚悟をもって、俺は言った。
「……お前」
「SOS、出したろ。“敵である俺たちに向けて”」
目を見開いて浮かべたその表情は、唖然としたものだった。
それは、間違いなく“正解”を意味する表情であると悟るに至った…………