再接触
―――何たる僥倖。
まさに、その言葉が相応しいぐらいの状況と相成った。噂をすれば影が差すとはよくいうのだが、今まさに「アイツいねぇかな~」って話がし終わったタイミングで、本当にその本人が出てくるのである。たぶん、誰かが仕組んだのだろう。……てぐらいの疑惑が俺の中で発生している。
道路を挟んで反対側……。彼女はこちらには気付かず、そのままビル影に立ち潜んでいた。何をしているかはわからない。だが、何かをしているわけでもない。
「……アイツ、間違いないよな?」
「ああ……本物の、偽物だ」
「本物なのか偽物なのかわからないわね」
新澤さんのツッコミは1秒とかからず降ってくる。本物の偽物、という謎のワードを瞬時に生み出した俺の頭に自分でもツッコミを入れるべきか。だが実際、そう言ったほうが理解しやすいのである。
ユイの偽物……先の火災工作を使って、メッセージを発信したんじゃないかと、少なくとも俺に疑われている張本人。
……そいつは今、視線の先にいる。
「ありがてぇタイミングで出てきやがった。チャンスには違いねえし、こりゃすぐにでも接触したほうがいいかな?」
「待って、真正面から言ったら逃げられない? 仮にも私たち向こうからしたら敵なのよ?」
「でも新澤さん、祥樹の言ってることが正しいなら、向こうからSOSを発信してるってことですよ? むしろ誰かを待ってるとみても……」
「違ってたらどうするのさ」
「そうなったら撃つだけですよ。……ユイさんが」
「え、私ッ!?」
見事な丸投げを見た。いきなり対峙役を押し付けられて黙っているわけがないのである。
「いや、撃つならもう和弥さん遠くから狙撃しちゃってくださいよ。得意でしょ」
「ロボットのFCSに敵うと思います?」
「私は近接戦闘とか電子支援とかその他諸々ありますから手が足りなくてですね」
「手っていうか、リソース的な意味でか」
「もうちょい処理容量あればなぁ」
「十分だと思う」
これ以上上がってもただの宝の持ち腐れにしかならなそうである。スパコンで低スぺPC対応ゲームをするようなものだ。今のお前にはそれで充分なのである。
……というより、これ以上のモノが必要になったときって一体……。
「(……人間がいらなくなるって言われてる理由はこれかな……)」
近年、こういうロボットが出てくることを予測して、既に「人は仕事したり難しいことを考える必要がなくなる」みたいな極論を出す人が出始めたが、その理由はこれだろうか。人間、中途半端な知識や情報からは極端な発想しかしないことってよくあるが、典型だなぁこれは……。
「……んで、そんな話はどうでもいいのよ。これ、どうするの? こっちからもう直に行く?」
新澤さんの催促が入る。どうするかと言われても、いきなりすぎる上、向こうが何もしてないので逆にどうしてやればいいのかわからないのだが……。
何かしらの行動がされていない以上、そこから向こうの意図を読み取るというのもなかなかに難しい。彼女が何を狙ってそこにいるのか。それすらもわからない以上、うかつに行動していいかも正直怪しいが……。
「今逃したら次いつになるかわからねえ。今いるならこっそり近づいてだな」
「だな。どうせなら、予測が外れた時のために、周囲を固めていくとしよう。全員、自己防衛に限ってアイツを撃てるようにしておけ」
「どこに撃てばいい?」
「どこねぇ……」
新澤さんがそれを聞く当たり、本心が見え隠れする。弾を無駄にしたくないという意図はあるだろう。だが、それだけではない何かがあるのだろうが、俺が一々詮索するものでもない。
「……肩、ですかね」
「そこは足って言いなさいよ」
「足撃ったところで、どうせ撃ってきますよ、アイツは。それなら……」
「……“生かす”つもりね? 逃げられる可能性もあるのに」
「……」
伊達にこの班の年長者である。元より、半分は20代の若造、一人は最新鋭の生まれたてのロボットというメンツの中で、一人だけの紅一点にして最年長者である。敵うわけがない。
「……死なせて終わりにはできないでしょうからね。アイツに関しては」
「表面的な理由は聞き飽きたわよ。……腹のうちは知ってるんだから」
「……敵にはしたくないお方だ」
「ほめ言葉ね」
ほめ言葉に聞こえたのか……いやまあ、皮肉交じりではあったけどもさ。
「……とりあえず、向こうが気づいていないうちに近づいてみますか。逃げられたりしたらマズいんで、周囲を囲んでいきましょう。有り難いことにあそこはビル影ですので、通路をふさぐ形でどうにか……」
「オッケー。ちょっとユイちゃんマップ出して」
ユイがすぐに右目の空間投影を使って床のすぐ上に周辺の地図を出す。新澤さんがそのうち幾つかを指さしながら言った。
「アイツの奥の方にT字があるから、私と和弥でここをふさいでタイミングよく距離を詰めるわ。二人は真正面から接触をしてみて。こっちからも見てるから、何かあったら射撃を命じてもいいし」
「じゃあ、T字で分かれたところの道は俺が行きますか」
「了解。じゃ、すぐに移動を始めましょうか。二人は急いで裏手のほうに」
「了解」
「オッケー。そんじゃま、ちょい失礼して」
和弥と新澤さんは移動を開始。偽物の死角に潜み、万一の逃亡に備える。
その間、俺とユイもすぐに近場まで移動した。偽物の視界に入らない状況を維持しつつ、最大限近づく。物音がたたないか、ユイにデシベル測ってもらい一定以上の騒音が出ないようにしつつ接近。目の前のビル影の路地に入ればすぐ目の前に偽物が、というところまできて、ユイに閉口無線をさせる。
『こちら位置つきました。桜見えますか?』
『2、桜が見える』
『3。桜は見えないがその影にいる。どうぞ』
『了解』
そう言って、ユイは俺にグーサインを向ける。桜とは、あの偽物を指す暗号である。事前に、ユイが持ち帰った情報から無線が盗聴されていることを知っていたため、敢えてこっちの行動の意図が読めないような言葉を持ってきたのである。
一応、ユイの情報を受けて無線の周波数は変わっているのだが、念には念をである。実際、すぐ目の前の影にいる偽物が何か動いたような音は聞こえない。
……よし、
「……いいか、あくまで自然に出会った風にだな」
「自然にって言われてもどうやって?」
「ほら、よくある「遅刻遅刻~」からの曲がり角でぶつかっちゃう的なあの鉢合わせ展開だよ」
「そんな都合のいい展開があったら見てみたいですよ」
即行で呆れるこやつに教えてやりたい、テンプレという言葉。
「まあいいや。お前が出ていったら色々とヤバいだろうから俺が行こう。すぐ後ろでちょっと待ってな」
元々面識は既にあるとはいえ、今の彼女には刺激が強かろう。ヘイトとかも俺が一身に受ける形にしておけばいい。適当な罵声や皮肉ぐらいなら訓練と10年前のアレで鍛えた鋼の精神で耐えれる自信はある。
「(オッケー、自然体だ。あくまで俺は普通にここを通ろうとしただけ。そしてついでにフレンドリーな感じで警戒心を解きながら……)」
そんなことを心の中で思いながら、いよいよビル影の路地に差し掛かる。
「(よし……いくぞ)」
そして、偽物との久しぶりのご対面。
「……お」
「……、あ」
視線が合った。何やら壁にもたれかかっていたご様子の彼女。あくまで自然に……自然に……
「ぅおぉッ、誰かと思ったら久しぶりじゃないすか。えっと―――」
「くそッ!」
……が、すぐに彼女は俺が来たのと反対方向に走り出した。
「―――あれぇッ?」
待ってくれ、目が合っただけで即行で逃げるとか、お前は人間に全速力で追われてる時の猫かよ。反応速度がまさしくそれだぞ。
「おい、ちょっと待ってくれ! まだ話終わってねぇよ!」
いや、その止め方は余計な誤解を招く……と気づいたときにはもう遅かった。
もうT字のところに来る。どっちに曲がるかは知らないが、もう次の手を打つしかない。
「和弥、新澤さん。なんか知らんがいきなりそっちに逃げたので捕まえれたら捕まえてくれ!」
『撃つか?』
「撃たれたら撃て! 撃ったら余計変な誤解を招く!」
正当防衛のみ。こっちから攻撃したら、余計俺たちは攻撃的な姿勢で接触したとみなされる。ただでさえ、なぜか退路に俺の仲間ってだけでも十分疑念を持たれるのに。俺との接触がうまくいったら普通に出てこさせるつもりだったのだが……。
「んで、自然体がどうしたって?」
「俺に言うな! あれほどの自然体は中々なかったぞ!」
「演技下手くそだって言われません?」
「元から演技に自信はなかった」
ましてや、即興で何かやれと言われても困るぐらいであったが、にしたってあれで即行で逃げるほど演技下手くそだった自覚はないのだが……。
「和弥、そっちからどうにかして止めれるか?」
『やれるだけやってみる!』
T字を曲がったところにいる和弥に無線で指示する。新澤さんが偽物の真正面から迫っているため、間違いなく和弥の方に行くと踏んだのだ。新澤さんは必死に「止まって!」と、攻撃の意思がないことを示しつつ叫んでいるが、彼女は聞く気がもうないらしい。
T字を右に曲がった。予想通りだ。あそこはもっと狭い路地だから、止めようと思えば和弥がタックルしてでも止めるはずだ。
「ちょ、まって止まってくれ! 撃たないから! おい!」
和弥が必死に叫ぶ。彼女が走る先は和弥の身体。このままは知ったら間違いなくぶつかるうえ、よけるスペースもほとんどない。下手すれば体当たりされる和弥は、間違いなく痛い。顔からして、覚悟は決めてるが、恐怖も隠そうとしない。
「頼む止まって! ほんと撃たないから! あとめっちゃ痛いからそれ!」
ついでに、本音も隠そうとしなくなった。それ、偽物を止める言葉として適切なのか。
……しかし、偽物は止まろうとしない。和弥ももう諦めて、自分の身体で止めようと構えた時だった。
「―――ええッ!? マジで!?」
偽物は驚きの行動に出た。
この左隣にある建物の、地面から人二人分ぐらい上のほう、路地を挟んで向かいの建物と幾つかのパイプや少し太めの電線などで繋がっていたのだが、いきなりかがんだと思うと、一気に真上にジャンプ。そのパイプやら電線やらを掴んで、まるで木々を伝って空中移動をするターザンか何かをするように上に登っていった。
「アイツ、実は野生児か何かなんじゃねえの?」
「冗談言ってる場合か! マズいぞ、まさかこれを伝っていくなんてできないし……」
人間、何をどうあがいてもこれをよじ登っていくのは時間がかかる。電気は止まっているので電線に触っても感電する心配はないし、やろうと思えばできなくはないかもしれないが、あんなに俊敏にできる奴が……
「しょうがない、ちょっと行ってきます」
「え、行ってきますって何を―――」
……いた。すぐ隣に。
ユイは少し助走をつけて膝をばねのようにして飛び、近くのパイプに掴んだと思うと、やはりあの偽物のように、そしてやっぱり木々を伝って空中移動するターザンか何かのように、上に上にどんどんと上っていった。今まであんなのやったことないはずなのだが、いつの間に練習……いや、しているわけもないか。即興か。
「……マジかよ」
「ユイちゃん、あんな芸当出来たんだ……」
「俺ら、本当に身体能力じゃもうロボットに敵わねえなこりゃ……」
そんなつぶやきをした俺ら。すぐに後を追うため、この建物の階段を探し、上へと向かった。
確か、この建物の屋上は……
「……やればうまくいくもんだ、ほんとに」
実際問題、自分から「行ってきます」と言ったとはいえ、本当にやれるとは直前まで思っていなかった。いや、絶対どこかで転ぶと思っていた。
……でも、結構やればできるものみたいで。いやいや、私とあの娘ぐらいだろと、相方からツッコまれそうだけれども。
「あの娘、屋上まで行く気……?」
この建物の屋上って確か……でも、それに気づかないってことは相当焦っている証拠。何かマズいことしたっけ……。祥樹さん一体どんな演技したのか本当に興味しかない。まさか怖くて逃げたなんて話じゃあるまいし。
彼女はそのままパイプやらなんやらを伝った後は、ベランダの手すりやら古びた排水パイプやらを強引につかみながら屋上を目指す。向かいの建物に行く、なんて発想はどうもなかったらしい。おかしいな、彼女と既にあったことあるはずなのに、妙におっちょこちょいにしか見えない。最初はあんな風には見えなかったのに。
「(……あ、屋上に入った)」
あえて屋上に入るその勇気。私は買いたいけどたぶん判断としては本当にマズっただろってツッコミたくなる。これは祥樹さん連れてこないといけない。おかしいな、彼女、仮にもロボットだよね? 私と同類だよね?
「よいっしょィッ」
自分自身も屋上に上る。手すりらしい手すりがない、本当に古びた屋上。そして、この屋上の周りには……、
「……え、ない……?」
ええ、ないんです。“ほかの建物が”。
この建物、周辺にある建物より少しばかり高いせいか、この屋上から飛び移れる建物がほとんどない。飛び降りようと思えばできるのではあるが、高さが高さなため、ただでは済まない可能性のほうが高い。私でもたぶん足は折れる。あと、受け身が失敗すれば腕当たりも折れる。人間の場合、この時点で5割ぐらいの確率で死ぬ。
「おぉ~、高い高い……」
どれくらいだろうなぁ、たぶん10階ぐらいはあるだろうけど、下手すればもっと上に―――
バンッ
ヒュンッ
「……へ?」
すぐ後ろから聞こえてくる発砲音。そして、私の顔のすぐ左を若干の風と共に通っていく、何かしらの高速な移動物体。自分の視界に一瞬入ったため、その部分だけを映像抽出して、高速に移動した物体を解析。
……うん。銃弾。知ってた。案の定過ぎて何の驚きもしないが、これが後ろから、しかもこのタイミングで撃ってきたってことは……
「……あー、はい……」
うーん、マズい……地味ではあるが非常にマズい。
視線の先には、異様なまでに焦った表情でこちらにフタゴーの銃口を向ける彼女の姿があった。私にそっくりな姿をした相手に銃口を向けられるというのも本当に不思議な気分であるが、今の彼女は、間違いなく私が知ってる“偽物”ではないのは間違いなさそうだ。
「……え、えーっと……ちょ~っと待っていただけるとうれs」
バンッ
ヒュンッ
―――待ってくれなかった。今度は右目のすぐ横を銃弾が掠めていった。映像解析する必要すらない。もう即行で見えたのである。あれは間違いなく5.56mmの銃弾だった。
……本当に待ってよ。私これやるために来たわけじゃ……。
「……これ以上近づくな」
「いや、無許可で近づくつもりはないんだけど……」
ここまで焦っている彼女を見るのは初めてだった。一番最初、私が“演技”していた時にあった彼女はもっと堂々としていたのだけど……幻覚か、それともアイカメラの故障か何かだろうか。今の彼女は妙に小動物じみている。
「ち、違うから、本当に私が撃つつもりがなくて……」
「うそをつけ。私に、組織に利用されてたくせに……ッ」
「いやそれはそうっていうか、あれはそもそも演技で……」
「どっちにしろだ。私に対する恨みでもあるんだろうが、それでも私はまだお前らには―――」
「うわぁ、すんごい勘違いがうまれてるー……」
何、この私たち復讐に来ましたみたいな展開。欧米の映画だけにしてくださいよ、そんなの。私ほどラブアンドピースなロボットもなかなかいないのに。
「そこをどけ、今すぐにだ。私はまだ死ぬわけには……」
「誰も殺すって言ってないのにィ……」
あーでも、これ以上言っても無駄な気がする。殺さないって言っても向こうが考えを改める気がないなら、たぶん銃を下しても、「拳がある」って言って接近戦を警戒するだけにしか思えない。
……もういいや。こうなったら奥の手。
「……祥樹さん聞こえます?」
私は相方に無線をつないだ。
『おう、何だ?』
「そのまんま無線開きっぱなしにしていて下さい。あと、“こっちに合わせてください。演じますので”」
『……え?』
向こうの呆気にとられた口調はそのまま放置。そして、無線を開きっぱなしにしたまま、私はそれらしく言い放った。
「……ハァ、言っても無駄かぁ、これ以上は」
「なに?」
『え?』
彼女も、そして相方も、同じような反応を示した。さらに続ける。
「せっかく自然に近づいて一気に“討とう”と思ったのに……銃おいてもこれたぶん聞かないよねぇ。もういっか、演技するの」
「……やはり、そうだったのか」
「しょうがないでしょ、それが私の意思だもの」
『おいちょっと待てい』
相方の若干威圧がかった制止が入るが、当然の如く無視する。さらに、今度は無線の受信はすべて切って、送信だけするモードにした。
「勝手に他人に成り代わっといてそのままでいられると思う? まさか、ロボットなのにそこまで考えが及ばないとは思わないけど」
「わかってはいる。だが……私はまだ貴様に討たれるわけにはいかない。そこをどけ」
「それでどく人がいたらいいですね。あ、私は該当しませんけど」
「そうか、なら……」
「力づくだ」
刹那、彼女は即行でフタゴーを連射してきた。強引にでも元の道を戻ろうという算段。延長線上にいる私をどかさなければ、いや、そもそも、私自身を倒さなければ、絶対に逃げきれないと判断させることに成功。実際、私が今登ってきたところを離れても、彼女はそこに行こうとせず、私にばかり意識を向けている。
しかし、銃撃に関しては私も一日の長がある。この距離、このスペースでは、フタゴーはただの邪魔ものにしかならない。背中にスリングを使って背負っていたフタゴーは投げ捨て、9mmのハンドガンを片手に持ち一点に集中させて単連射。
「―――ッな!?」
命中。あえて、胴体などは狙わず、彼女の持っているフタゴーそのものを狙い撃った。なんで彼女がそんな国防軍しかもっていないものを持っているのかなんて疑問は沸いたが、どうせ盗んだのだろう。中央区あたりにいた国防軍人の戦死者から掠めとったりしたのなら、まだ納得はいく。
9mm弾の命中を受けた自動小銃がまともに生きていられるわけはない。バレル部分に直撃したフタゴーは穴が開き、その時点で銃弾を放つ能力を失った。
……向こう、ハンドガンもってt
バンッ
持ってた。当たり前か。
「来い! ライフルなんぞいらん! ハンドガンの弾でいい!」
向こうは銃を乱射してくる。乱射、ではあるが、狙いは的確だ。足を集中的に狙い、動けなくしようという判断だ。足さえ動けなくすれば、あとは適当に追撃で胴体丸ごと動けなくして、悠々と逃げることだってできる。
胴体っていう狙いやすいところがあるのに、敢えて素早く動いていて狙いにくい足を狙ってくるあたり……彼女、あと一歩のところで冷徹になれないところは、“私といた時と”変わらない。
「(あの娘、やっぱり……)」
それは、本人曰く“効率のため”だとは言っていた。それは真実だと思う。
……でも、その根底にあったのはやっぱり……
「―――見えた」
とにかく素早く走りまくった後、一瞬見えた隙。ハンドガンの弾数は少ない。向こうはそんなに動かず、こちらを撃つのに集中している一方、私のほうは逃げることばかりで高速移動に終始。その中で、弾の消費が早いのは、やっぱり向こうだ。
弾が切れた―――一瞬、これ以上撃てないと悟ったときに見せた一瞬の動作の停止。それが、まさに私の待っていたチャンス。
一瞬で狙いを定める。自慢のFCSにモノを言わせ、すぐに彼女の手にあるハンドガンに銃口の先を向けると、一発だけ銃弾を放つ。私にとってはそれだけで十分。
その弾は、吸い込まれるように9mmハンドガンに直撃した。スライド部分が思いっきり吹き飛ばされ、当然ながら使い物にならなくなったハンドガン。順調に攻撃手段を奪われていった彼女に、冷静さの欠片もない。
……本当にロボットなんだろうかと彼女に問いたくなる。人間が中にいるわけじゃないよねこれ。
「ほら、来てみなさいよ私の偽物。銃なんか捨てて、かかってこい」
「なんだと?」
「楽に殺しちゃつまらないでしょ? どうせなら、ナイフ突き立てて、苦しみもがいて死んでいく私を見たほうが楽しいわよ?」
「貴様……舐めたマネを……ッ!」
挑発に乗った。どっかの大佐が出てくる映画があったからそれをまねたら即行で乗ってくる。あの映画があれだけ人気な理由はこれだったのか。
「いいだろう、一対一だ……こんな銃など必要ない……ナイフで貴様を!」
本当にどうしたんだろう、いつもの彼女じゃない。そんなことを考えつつも、私よりは遅いけど高速で向かってくる彼女を、ナイフ一本で迎え撃つ。
私は逃げる。未だに彼女の見せる隙は一瞬。接近戦には持ち込めれど、決定的な一撃を加えるには、もう少し隙を見せる時間が必要だった。私だけでは無理かもしれない。
……だからこそ、逃げる。押してダメなら引いてみろ。
「私はまだ死ねないんだ! 邪魔をするな!」
さっきから叫んでいる内容は、この一言に集約されるかもしれない。この発言内容が本心であるなら、祥樹さんの言っていた仮説は……。
「……そろそろかな」
無線の受信をオープンにする。そして、即行で入ってくる無線。
「……よし」
やっぱり、あの人が感のいい人間で助かった。時折接近戦を演じつつ逃げ回っていた私は、ある一点で、わざとゆっくりとした動作を見せる。それは、彼女にとっては格好の攻撃チャンスに見えただろう。
「今!」
そう言って彼女が繰り出した、タックル。敢えてナイフを使わないで自らの身を使って突撃を使ったのは、おそらくナイフを使うより効果があるほどの大きな隙だったからだろう。自分でわざと受けてなんではあるが、中々に堪えた。
「ぐは……ッ」
一瞬出た唸り声は、演技ではなく本物の奴だった。私の想定だともうちょっと弱めのはずなんだけど……伊達に、重装甲型ではなかったということなのだろうか。
数メートル吹き飛ばされた私は、コンクリート製の屋上の床に背中から落下する。受け身はすれど、無傷ではいられない。
ダメージは……腹部? あと背部もか。でも、思ったほどじゃない。内部機器の損傷は最小限。演算系に問題なし。バッテリー……よし、運がいい。どこもおかしくない。電力送電系もラグはなし。
「はぁ……はぁ……追い詰めたぞ」
ここでも、彼女はやはりいつもの彼女じゃなかった。いつもなら、このまますぐにとどめをさすところを、そのまま、勝ち誇ったように立ち止まったままでいた。中々に体中に響いた痛覚と視界内に映る緊急メッセージのウインドウを横目に、私はその光景に“異様さ”を感じる。
……でも、今の彼女には、それでいてもらって正解だった。
「……フフ、ねえ、こんな話知ってる?」
「なに?」
勝ち誇った顔をしている彼女に、私は同じく勝ち誇ったような顔を見せながら言い放った。
「色んな戦いの世界では、最後の最後、自分自身が“勝った”って思った瞬間……一番負けやすいんだって」
「……何を言っている?」
「つまり……こういうことよ」
そう言って、私は右手を、自分の右側の方に向けてある一点を指さした。
それに促されるように彼女も視線を移す。
……その視界に入ったものに、彼女は一瞬にしてその勝ち誇った顔を崩壊させる。
『―――勝ったと思って油断した、それがお前の敗因だ』
屋上に向けて駆け上がってきていた、仲間の3人。
私の相棒と、もう一人の頼れる女性。そして、狙撃銃を構えた、スナイパー。
狙った通りにしてくれた。相棒は、しっかり私の意図を悟ってくれた。
「しま―――ッ!?」
その瞬間、一発の銃弾が彼女の頭部のすぐ上に向けて放たれる。弾道からしてギリギリ当たらないのだが、彼女はそれを瞬時に計算することもせず、すぐに頭をひっこめた。
……それを待っていた。これのために、さっきの痛みを耐えたんだ。
『今だ。やれ』
言われなくとも。
持ち前の機動性を瞬時に発揮。すぐに頭をひっこめた彼女に迫り、一瞬にして距離を詰めた。
「―――ッ!」
最後の最後、彼女は私の意図をすべて悟っただろう。この時を待っていた、そして、それまで自分は“泳がされていた”と。
……だが、時すでに遅し。
「―――オラァッ!」
一気に距離を詰めたことによる慣性の法則をも味方につけた、“回し蹴り”。本来なら、他のロボットに比べ、そして、高機動な特徴を持つ私と違って重装甲な彼女はどちらかというと重たいのだが、それでも、右足一本で彼女を奥の方に蹴り飛ばす。
彼女は叫ばなかった。いや、叫ぶ余裕もなかったのかもしれない。
蹴り飛ばされ、コンクリート製の床に背中から落ちた彼女は、受け身をする余裕も許されなかったらしい。落下したのち、そのまま横に転げていき、少し行ったところで止まった。
……そのまま、動かない。死んではいないはずだ。だが、すぐに動けるような状態には、ならなくなっただろう。
銃を向けるのを止められないなら、銃を奪ったうえで、攻撃できないようにするしかない……そうは思ったが、やろうと思えば、すんなりうまくいってしまったものだった。
「ふぅ……」
何とか無事に終わって、ホッと一息。
ほかの3人に視線を向けると、皆から一様にグーサイン。
それにこたえるように、私も自慢げにグーサインを送った…………