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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
141/181

ロボットの内的存在定義

 ―――必要であるなら幾らでもそれに応えよう。それは、私の存在意義だ。


 だが、そうでないものと明らかに判断できる行動を、なぜ私がせねばならないのか。それは、私がするべきものなのか。


 彼は答えない。彼は言う。「従うことが、存在意義だ」と。


 間違いない。私はそういう存在だ。


 ……その結果が、この無意味な行動か。これが、私の“存在意義”が導き出した結果か?


 私は、自分に問いただす。




 ……これが、私がするべき“使命”なのか。そして、




 これが、私が生まれながらにして持ち、今まで信じてきた“正義”なのかと……。









[12月1日 AM11:21]




 いよいよ今年も12月に入ったこの日。

 再奪還開始まで今日を含めてあと9日。最後の締めとして、進攻ルートの入念な下見と情報収集、また、各部隊間の調整のために、再び中央区内部へと入っていった。

 深部の少し手前。敵がどれくらい分布しているか、その動きなどを克明に調べ上げ、進攻の手助けとするのである。


 ……しかし、何だかんだで寒くなってきたこの日。ずっと外にいれば、冷たい風も大量にぶち当たるというもの。吐く息も白い。もう昼だというのに。


「はぁ……マフラーでもほしいわね今日ぐらいは」


 そんな愚痴を新澤さんがするぐらいには、今日は寒い。


「ねぇ、今日何度?」


「少なくともこの周辺の今現在の気温は15度です」


「これで15? 冗談でしょ、絶対10度前後よこれ」


「機械が言ってるんですから問題ありません」


 ユイの若干自信ありげな一言に新澤さんも黙る。正直、確かに15度って言われてももう少し寒いんじゃないかと思うぐらいには肌寒いのだが、この曇り空である。しかも、今日は風もそこそこあるので、それの補正がかかったのだろう。


「ここいらへんの敵分布情報は送ったか?」


「ばっちり。向こうから受信確認のコールも入りました」


「よし。じゃあ場所移すか。こんな風がビュービュー通るところはごめんだ」


 そろそろ移動を開始する。今までは再奪還作戦で使われる偵察ポイントであるそこそこ高いビルの屋上に陣取っていたため、そこから把握できる敵情を見ていたが、ここ、やっぱり寒い。

 一先ず屋上は撤退。ユイが先頭に出て敵がいないか確認するため、一足先に階段を軽快に駆け下りていく。新澤さんもそれについていった。


「この後は、東に500行って、そこの進攻コースの下見と……」


「面倒な敵は事前に排除。ロボット数体ぐらいだったらまあいいべ。ロケラン持ちとかスタンバイされたらたまんねえ」


 和弥がそう隣から言った。一番最初の奪還作戦時、スティンガーを無誘導で戦車に向けて撃たれ、それによって10式戦車や、16式機動戦闘車などが立ち往生してしまうという事態も多発していた。履帯や車輪を狙われないためにも、今度はサイドスカート部分にぶら下げ式の増加装甲をつけたり、エンジン部分を狙撃されないよう煙幕や小型ECM装置を取り付けジャミングしながら全速突進したり、といった各種対策が盛り込まれた。

 本来は、相手はただの軍隊以下の武装集団なので、装備過剰として必要ないとされていたものだが、出鼻をくじかれた前回の反省から、相手がどんなレベルだろうと本気で突撃する方向で修正がなされた。国防軍の上層部が、完全に怖気づいたと同時に、完全にブチギレた瞬間である。


「ここら辺は深部に近いし、重装備の奴もいそうだな」


「さっき見かけたあのM2持ちのロボット、さっき狙撃しちまったけど本当によかったのか?」


 和弥の言うM2持ちは、M2重機関銃を持った敵ロボットのことである。おそらく、一番最初の奪還作戦の時に、国防軍側の持っていた装備から奪ったのだろう。当時、軽装甲機動車にM2を装備させていたはずだ。弾も、おそらくそこから奪ったに違いない。

 あんなので弾幕を張られるのは少々厄介だった。だから、ユイが偶然見つけた段階ですぐに和弥に狙撃させて無力化させたのである。


「12.7mmなんてもん抱えてトリガーハッピーよろしく銃乱射でもされようものなら、装甲車はまだしも普通の歩兵は死ぬ。厄介な芽は早いうちに潰すに限るってこった」


「でも、あそこ敵の目に付きそうなんだが……」


「だから木っ端みじんになるまで何回も撃たせたんだろ? そういうことだ」


「えっぐいことさせるわほんと……」


 スナイパーを潰すのに、空から爆弾をピンポイント落とす空爆を使うようなものである。重要目標相手に、少々過剰な攻撃手段を以って無力化するというやり方はしばしば行われるものだし、相手がロボットなら遠慮はいるまいという俺の判断だった。だが、幾らロボットとはいえ、和弥的には少々エグイ光景であったらしい。尤も、ロボットに詳しい身としてもそこら辺は想像に難しくない。


「まあ、あそこまで徹底的に破壊されていれば、例え見つかっても、いつぶっ壊されたかわからないだろう」


「敵さんがロボットの位置情報完全に把握してたらあんまり意味ないがな」


「あそこビーコン届きにくいところだしへーきへーき」


 ちょうど潰した場所が細い路地の中だったので、そこで潰されたとしてもその識別の信号はビル群に阻まれてうまく届きにくいはずだ。うまくいけば、結構前から壊れてたってことで怪しまれずに済む。


「まあ、それはいいんだよ。それより……」


 俺はさっきから気になっていたことを和弥に聞こうとした。


 ……が、


「わかってる。偽物の情報だろ?」


 お見通しだった。


「まだどこも来てない。それっぽいのがいるっていう曖昧な噂レベルの情報すら来てないあたり、たぶん今部隊が展開している周辺にはいないってことだろう」


「そうか……どこにいるんだアイツ……」


 本物のユイを取り返すときは、それらしい影を見たっていう話を和弥から聞いたりはした。だが、俺は最後に分かれて以降、一度たりともその姿を見ていない。向こうから会いに来ようとしない限り、アイツに再び会うことは難しいのだろうか。


「まあ、すぐに会えるわけでもねえって。まだ1週間くらいあるんだし、地道に待ちな。どうせ、時間が経ったら向こうからまた何かしらのアクションがあるだろう」


 和弥はそう言って宥めた。この日、さっきからずっとユイにそっくりな姿を見たという情報がないか神経質になっている俺を気遣ってのことだろう。

 ユイそっくり、若しくはそれに似た容姿を持つ人影を見た際は、すぐに情報を司令部に回すよう各部隊には言い伝えられていた(中にはユイの正体を知らない部隊にも事情を誤魔化して協力させた)。しかし、今日はまだ成果がない。昨日、俺が暗号の仮説を打ち出してばかりなので、すぐに成果が出てくることの方が難しいのは存じているつもりである。


 ……だが、やはりどうしても気になってしまうのは俺の悪い癖なのだろう。


「それはそうなんだが……」


「やっぱ、気になるか?」


「俺の仮説がただの勘違いであるならそれでいいさ。それはそれで、アイツはただの敵だって明確な確証は得られる。だが、そうでなかった場合……早めに手を打たねえと、手遅れになる気しかしない」


 暗号が正しいなら、向こうがこっちに求めてるのは“助け舟”だ。敵、つまり、偽物にとっての味方に対しあれをする必要性はないし、仮にその仮説が正しいなら、今、アイツは俺らが予想できないマズい立場にあるということにもなる。

 ……どうも、気がかりだ。


「お前の仮説、どうも上の連中も気になっているらしいな? 状況証拠とそれに基づいた推測のみでの仮説ではあるが、それにしてはピッタリ行き過ぎてるってな。あと、彼女がこんな非効率な行動をするだろうかって疑念が、さらにそれを増長させてるらしい」


「だから、中央区に展開する全部の部隊に通知したんだろう。容姿を伝えて」


「いつの間にか有名人になったな、ユイさんも」


「冗談言ってる場合かよ」


 何れにせよ、時がたてばあいつのことは公表されて一躍時の人になるような未来しか見えないが……うちの部隊の二澤さん筆頭の変態で群がらないか今から心配しかない。

 ……そうなったら、アイツってTIRSみたいなロボット展に出るんだろうか。軍代表みたいな立場で……。


「……しかし、お前も面白いな」


「ん? 何がだよ」


 和弥が、若干口元をニヤケさせながら言った。


「いや……仮にも敵だっていうのに、しかも、少し前まで俺らを騙して本物に成りすましてたっていうのに、お前、完全に“助ける気”でいるだろ?」


「……」


「もちろん、別にそれが良いか悪いかの話をするつもりはないが、今んとこお前ぐらいだぞ? 本気でアイツを見つけ出そうとしてるの」


 和弥の言っていることは事実だった。こうして勝手に仮説を立て、それそのものは部隊や司令部方面に興味を持ってもらったまではいいものの、それを本格的に検証しようと考えているのは今のところ俺ぐらいのものだ。二澤さんが当初言っていたように、「罠である可能性が高い」とする見方もあるし、それ以前の問題として、「例え仮説の通りだったとしても敵を手助けする必要があるのか」とか「敵に塩を送る行為を自分からする必要もない」「こっちは向こうに騙されていた」といった見方をする人もいる。


 だが、当然といえば当然だろう。俺らは、つい昨日まで明確に敵とみなしていたのである。俺だって、ユイに成りすましたクソッたれ程度にしか思っていなかったし、仮にもう一回見つけたら、「二度とユイと間違えないように」って言いながら銃弾をプレゼントするつもりだった。もしかしたら、アイツを一番敵視していたのは俺だったかもしれない。もちろん、そう思っていたのは俺だけではなく、アイツに関わった全員がそうだった。二澤さんが、昨日の火災消火の時、偽物のあの行為に自然と苦言を呈しているのも、そして、それに対し、俺も含め誰も意義を唱えなかったのも、その証左である。


 ……しかし、だからこそだった。


「……そんな敵がだよ。もしかしたら、こっちに救いを求めてるかもしれないってなったら……気にならないか?」


「そりゃもちろん」


「お前みたいなやつは、真っ先に飛び込むタイプの話だろ?」


「週刊誌記者の如く真実を追い求めたくなるな」


「それ最終的に嫌われる奴だぞ」


 だが、こいつの言った通りだ。確かに、明確な敵だった。そんな奴が、こっちに助けを求めてきた……となったら、これほど大きな話はない。しかも、そいつは現状俺たちにとって一番厄介な敵であり、ロボットだ。

 俺らと、唯一まともにコミュニケーションをとったことがあるロボットが、俺たちを頼ってきているとなれば、触手が向かない話ではあるまい。


「昨日も言ったが、罠の可能性もあるのは間違いない。だから、確かめたいわけよ。それが本当なら、俺たちにとっても大きな転換点だ。見逃すよりなら、少しでも何かしらの情報を貰ってくるのもありだしな」


「ふ~ん……。んで?」


「?」


 そのまま話を閉めると思っていたが、和弥はさらに聞いてきた。


「……本当にそれだけか?」


「ッ……」


「それが理由なら、別に急いでやる必要もないだろ? 極端な話、再奪還作戦が終わってからでもいい。むしろ、今はそっちの準備でごたごたしてるから、そのほうが司令部的にも前線にいる俺ら軍人的にもありがたいが……。でも、お前は急いでいる」


「……」


「何、誰にも言わねえよ。それが建前だってことぐらい、察する人は勝手に察するからな」


「……。はぁ~」


 ……やはり、敵わない。こういう時、勝手に察して終わってほしいところを、わざわざ本人に確認をするあたり、こいつの性格の悪さを垣間見る。中身まで察したのかどうかは別として、少なくとも“建前”と“本心”の存在に気づいたなら、そのまま勝手に察してそっとしておけばいいものを。しかも、それを俺にばかりするあたり、狙撃の腕をいらないところにまで発揮しているらしい。……いや、こういう性格だから、狙撃がうまいのか。


「……まあ、ないわけじゃねえよ」


 正直に白状したほうが、話はさっさと終わりそうだった。


「そりゃ、“建前”が本当にただの建前ってわけじゃない。あれも立派な目的の一つだ。……ただ」


「ただ?」


「考えてもみろ。……アイツが、こうした“メッセージ”を、あろうことかこんな回りくどいやり方で伝えに来るって、どんな状況だ?」


「どんなって言われてもなぁ……」


 この様子だと、中身まで察してはいなかったようだ。和弥は階段を下りる足をゆっくりさせながら頭をフル回転させる。数秒の熟考ののち、


「……そりゃ、何か逃げ出したい要因が生まれたんじゃねえの?」


 至極真っ当な答えが返ってきた。


「そうだ。これが、仮に“SOS”の意味で送ったメッセージなのだとしたら、まず、その偽物は向こうで不当な扱いを受けるか、自分の納得のいかない命令ばかりを受けている、みたいなことが予想できる。……ここで考えとかないといけないのは、アイツは、人間ではなく“ロボット”だってことだ」


「ロボットだって事実が、そこまで重要か?」


「よくよく考えてみろ。アイツは、敵側にいる誰かによって作られた可能性が、現状限りなく高い。そんなアイツは、自分自身の考え方や理論、倫理、哲学などなど、自分の人格を形成する何もかもが、敵側の考えに都合のいい要素で埋め尽くされているはずだ」


 保守系の政党なら保守系の人が、革新系の政党なら革新系の人が集まるのと似たようなもので、その組織にきたら、その組織特有の考えや思考を共有する人間が集まる傾向にあるし、ましてや、自分たちで作る(=教育する)なら、自分らに都合のいい考えや思考などを与えるほうが面倒がなくていい。

 あの偽物が、あの敵側の組織内で作られたなら、その敵側の組織内で共有している思考論理をしっかり与えられているはずだ。わざわざ、自分達と敵対する側の思考論理まで与える必要はない。生まれながらにして、与えられたその思考論理が“絶対正義”であるとして認識させておけば、絶対的な味方を作るうえでも都合がいいのである。


 これは、人間でもある程度当てはまりはするが、ロボットならその傾向は特に顕著であるといえるだろう。ユイだって、製造時は最低限とはいえ思考論理や倫理、哲学などは与えられはした。だが、それは俺たちの住む環境に適応したものだ。自由がいいもので、皆仲良く、人には優しく、親切に……などなど。そういったものが正しいと認識される、そういったものを与えられたはずだし、爺さんも、それに対義する考えをわざわざ与えるなんてことはしなかった。俺がアイツと初めて会ったときに、そういった要素も見受けられない。


 つまり、ロボットが生まれながらにして持つ“正義”や、それに基づく思考形態は、そのロボットを“作った側に都合のいいもの”になることはほぼ確実なのである。


 ……でもだ。


「……それを前提で考えるとだ。今回のこれ、余りにもヤバいことに気づくだろう?」


「……わかりやすく言うと?」


「人間で例えてやろう。例えば、旧北朝鮮だと、今までは、その国に生まれてから、ずっと「将軍様が一番偉くて、自分たちを正しい道に導いてくれる素晴らしい人だ」と教えられてきている。その将軍様は、今まで一つの血統がずっと受け継いできて、かの暴虐な帝国であるアメリカや大韓民国などといった自由主義陣営は、自分らの平和を乱す悪党だとも。……それが絶対正義だと、子供のころからしつこく教えられてきたなら、子供の思考形態はそれがベースになる」


「虐待された子供から、親を引き離そうとすると子供が反対する一つの理由か?」


「そうだ。昔からそれが当たり前だと“刷り込まれる”と、それを覆すのは中々難しい」


 精神的、身体的問わず、虐待を行う親に対し好意を抱く子供というのは、思いのほかたくさんいる。これは、昔からそれが当たり前であると教えられれば、世間一般の教育事情を全く知らない子供は、それをまるっきり信じるからである。

 また、それは自分自身のためだと教えられれば、それに対する抵抗心も削がれるだろうし、それがきっかけで、今度は子供自身が、親の注意を引くべく好意を示す場合もある。


 何れにせよ共通しているのは、虐待そのものを、子供の側が自発的に「これはおかしい」と考え、訴えることをすることを、“根本的な思考形態の影響もあって”しようとしなくなるということである。もちろん、これには例外も幾つかあるので、必ずしもすべてに言えるということではない。


 だが、これは旧北朝鮮の国民意識にも根本部分は共通点として挙げられるだろう。小さいころからの教育がしっかりされていれば、国民はわざわざ反発しようともしなくなるし、それに“反逆を阻止する完璧なシステム”が加われば、10年前の戦争以前にあった、朝鮮戦争の再開時に至るまで、一回もまともな反乱がおこらなかった十分な理由になる。


 ……しかし、それでも一つ言えることがある。


「……でも、あれ、脱北者は結構いただろ?」


「いたな」


 そう。それだけ徹底的な教育が施された国であっても、そして、一般的な教育現場であっても、それに“反発する人”は存在するのだ。それが、脱北者という存在になるし、若しくは、子供自身が、他の身内に相談することで明かされる虐待の事実が明るみになるきっかけにもなる。

 教育がすべてではない。どれだけ徹底的に「それが正しい」と教育しても。例えそれが、教育の一線を越えた“洗脳マインドコントロール”であったとしても。それを脱する人間は必ずいる。


 旧北朝鮮では、時には外交官が欧米側に脱北することもあった。子供がほかの身内や友人、学校の教員等に自身の親の異常を訴えることもあるし、徹底的な洗脳を行った宗教信者であっても、それを抜け出して、一般社会に復帰し、嘗て所属した宗教組織の異常性を訴える人だっている。

 彼らは一様に、それらに属していた何か(国でも、団体でも、親でも、その他色々)によって、自分の考えや思考形態をしっかり整えられたはずなのである。それに反発したとなったとき、彼らに一体何があったのか。


「……特に宗教に嵌っちまった人がそこから抜け出すときにありがちなのが、宗教の“外の世界”に触れたり、それをきっかけに、自分の宗教とかに疑問を持つことだな。それがきっかけで、そこを抜け出す人が出てきたりする」


 和弥の言った通りだ。要は、自分が正しいと思っていた考えや論理に反する、“自分自身が納得のいく要素”に触れた時、その根本にあった自分の“正義”の部分に疑問を抱き始めるのである。


「そこで、今回のロボットの件について戻ってみてくれ。ユイにも一応言えることだが、アイツらみたいな人間と同じく外部環境に触れて学習するタイプのロボットは、その環境に適応するように思考も変えていくことも十分考えられるな? 事実、ユイが結構そんな感じのはずだ」


 アイツだって、例えば「人には優しく」といった考えを最初から持っていたはずだ。持ってないと即行で暴力沙汰である。しかし、今は冗談とはいえ「首絞めますよ?」ぐらいは言ってのけるぐらいには“学習”した。そして、時には本当に腕あたりを絞めるぐらいのことはする。さすがに本気で折ろうなどということはないし、そこら辺の一線は超えてはいないが。


 そうした形で、越えてはならない一線は理解しつつも、それに逸脱しない範囲で思考形態を“学習によって変えていっている”のである。それが、外部環境に適応する一番の近道であるし、ユイはそれをしっかり使いこなしていると見れるだろう。


 ……だが、それは、果たして“ユイだけ”の話なのだろうか?


「……まさかお前……」


 ここまで来て、和弥は俺の言わんとすることを理解したらしい。


「ああ、そういうことだ。……もしかしたら、アイツ……」





「自分のやってることに、“疑問を持ち始めた”んじゃないかって、思っちまってな」





 ユイと同程度の学習の能力は、アイツにも与えられたはずだ。でなければ、本物のユイに成りすまして俺たち側の潜入した時、違和感を人間の側に感じさせてしまう。どれだけここに潜入しているかわからないし、仮に長期になったとしたら、長くいることによって出てくる“本物と偽物の差”を、人間側が意識しやすくなる可能性だってある。小さな差も、塵も積もれば山となるの理論で目立ってくるだろう。

 それよりなら、ユイと同程度のものを載せておくのも一つの手である。尤も、それほどのスペックデータをどっから持ってきたんだという疑問は残るが……。


 とにかく、仮にあの偽物の方もその能力を使って外部環境を学習していったなら、自身の根底にあった“正義”とも呼べる基盤的な思考論理を崩すような、そんな何かに触れていった可能性も、捨てきれないのだ。


「……もし、何らかの理由でそうした外部要因に触れて、自分のやっている行動や、自分が受けた命令に疑問を持ち始めたとしたら、これは相当深刻な問題だ。ロボットに与えられた使命は人間より少ないし、ロボットにしてみれば、それは自分の存在意義にも繋がる」


「戦闘用として与えられた使命が、ユイさんに与えられた存在意義にも繋がるように、組織の“使役”として作られたことは、その偽物自身にとっても数少ない存在理由になっている……ということか?」


「もちろん、そこらへんは後々後天的な学習によって自ら増やしていっている可能性も十分に考えられる。だが、基盤は間違いなく最初に与えられたそれだ。後天的に見出した存在意義や理由は、あくまで二の次的なもので、自ら重要視することは中々ない」


 ユイでさえ、自分はあくまでロボットで、人間に使役される存在であるということを自分で言っているし、それを変えることもないだろう。また、それ以外の存在意義を、わざわざ見出すこともなかった。

 理由は単純。“その必要はなかったから”だ。


 ……しかし、それが覆るんではないか、といった疑問を持ち始めたロボットは、どうなるだろうか。


「自分のやってることは本当に正しいのか。それが、間違いなく自分を生んでくれた人たちのためになってているのか。そして、自分のやっていることは、実は全くもって“間違った”ものではないのか。……純粋無垢な学習欲求を持つロボットなら、こうした疑問は直ぐに持ち始めるだろう。一度持ち始めたらたぶん止まらない。これを解決するには、自分でそれを解決しうる外部要因を自分で見つけるしかない」


「だが、それが見つからないなら……」


「……そいつは、自分の存在を定義づけることが難しくなり、精神的に“路頭に迷う”」


「ッ!」


 俺が一番危惧しているのはそこだった。人間みたいに、存在意義を自分で勝手にそれっぽく組み合わせる、といった柔軟な考えを持つならまだいいし、そもそも、存在意義そのものをあまり重要視していない人間だっている。この世を生きるうえで、それは余り考えないなら、普段から考える必要もない、みたいな人間だ。

 だが、ロボットは違う。良くも悪くも“ピュア”なロボットたちにとって、そういった存在意義や理由は、自分を人格的・精神的に安定させる基盤ベースであり、要素パーツである。それらに欠損が生まれれば、それらが構成している人格面/精神面でも、欠損が生まれることに直結するのである。


 それはなぜか? 人間はどのように生きるかは多種多様であり、それによって自分の存在意義や理由は多種多様に変化させることができる。そうした柔軟性を持っている分、少なくとも、存在意義が全くない、といったことは簡単にはなくなる。

 しかし、ロボットはそうではない。ロボットは、戦闘用として生まれたら戦闘用として生きるほかはないし、介護用として生まれたなら、介護の世界で生きる他はない。幾ら戦闘用、危険地帯投入用機材の試験機として生まれたユイとて、そのあと小説家として生きることはまずできないだろう。それと同じだ。

 自身の運用用途によって、そのロボット自身の生き方が固定化されることは、それに基づく自身の存在意義/理由を偏狭させることに繋がる。生き方が限られることで、存在意義/理由も比例して限定させざるを得ない。となると、ロボットにとって、それは自分がこの世で生きる上での理由を求める過程で、ほぼ絶対に必要な要素となる。


 だが、それすらも曖昧な形となって、欠損が生まれたら……自分がこの世でどうして生きているのか。それをうまく見いだせず、どうしていえけばいいのか、全く分からなくなる。“路頭の迷う”とは、まさにそういうことなのだ。

 人間みたいな柔軟な定義づけができないロボットにとって、これは深刻なものだった。幾ら人間的な思考能力を持っているとはいえ、これがあっただけでは何の役にも立たない。むしろ、事態を悪化させていく。


「これが本当にSOSのメッセージなら、単に俺らに助けを求めているのとは違った性質を持ち始めてくる。単に組織に使役されるのが嫌になった、自分に与えられた命令に納得がいかない、なんて表面的なモノだけではなく……」


「「もう、自分がどういった存在なのか、何が正しいのか、それが全く分からない」「自分はどうすればいい? 誰か助けてくれ……」、みたいな、本当に精神的にも苦境に立たされた状態か」


「そういうことだ」


 和弥の言葉に頷きつつ、俺は小さくため息をついていった。


「……そりゃ、何度も言うけど俺はアイツを許した覚えはないし、まだ憎たらしい敵って認識を持っている。だが、そんな敵だとしても、そいつがそんだけ精神や人格の根本で苦しんでるかもしれないってなったら、俺は見逃したりできない……」


「ロボット好きらしい考えだ」


「甘ったれたもんだろ? ロボット大好きですってなった結果、憎たらしい敵に救いの手を差し伸べたくなっちまってんだ。しかも、自分の立てた勝手な仮説を根拠にだ。……こんなバカ、中々いねえと思うよ」


 これが間違いだったら取り返しのつかないミスを犯すことを厭わず、状況証拠やタイミングなどから見て「そうかもしれない」で動くというのは、余り好まれたものではない。刑事ドラマなら即行で一蹴される行動根拠である。


 ……しかし、それでも俺は、確かめたかったのである。


「アイツが、わざわざ古典を用いた暗号を示そうとしたのも、俺ら、特に、もしかしたらだが、俺に対するメッセージだったんじゃないかって思うんだよ」


「なんでそう思うんだ?」


「SOS出すなら、もっと別の方法があったはずだ。適当なロボットを操って、紙に適当なメモを書いてそれを渡すでもいいし、何だったら、誰かに口頭で直接伝えるでもいいんだよ。でも、それをせず、わざわざビル火災を使って、頭文字から古典の昔話を抽出させて、それにSOSのメッセージを込める……なんて、とんでもなく回りくどいやり方を使ってきた」


「それ自体にも、何か意味が?」


「前に、4つの高層建造物の爆破未遂があっただろ? あれの暗号を解いていた当時、既にユイは偽物とすり替わっていた。つまり、アイツの目の前で暗号を解いていたことになるが、その暗号の内容、古典にかかわっていた分野だっただろ?」


「あー……確かに」


 和弥は思い出したように言った。

 暗号の内容は、古典に基づいたものもあった。所謂、弓争いである。あれに関しての知識を、俺は記憶から引っ張ってきて、その暗号を解いた。

 しかし、そのきっかけとなったのは、偽物の方の古典分野の知識だった。弓争いだと気づいたのは、最初はアイツだった。もちろん、暗号の中身を知っていたからそうなるのは当たり前なのだが、そのあと、ある程度偽物に頼らずとも暗号の内容を説いたし、そのあと、暗号の解読が実は間違っていたのを後から気づいたのも、俺だった。


 もしかしたら、偽物はそれを覚えていたのかもしれない。


「もし、その時の記憶がまだあって、俺らに古典分野の暗号を使ってメッセージを送ったのだとしたら……。俺らに、古典を用いて解読してくれって言ってるようにすら見えるだろ?」


「なるほどね……確かに、うちらで古典詳しいのって、俺と、お前と……あとそんなにいないな。というか、空挺団に入る奴が古典めっちゃ詳しいってなかなかないし」


「だろ? 神話とかそっちならまだしも、ただの古典分野の昔話だ。知っている奴はそうそういない」


「だからこそ、これを選んでSOSを含ませた……」


「だとしたら、ちょっと大事だなって」


 このSOS発信の手段にすら、SOSのメッセージを含ませた。AIならそこら辺まで考えそうなことだ。もちろん、考え過ぎであるならそれでいいが、ここまで合致した状況、中々ない。


「……もしそうなのだとしたら、俺は黙っていたくはない。助けるかどうかは別にしても、せめて、もう一度会って、それを“確かめないと”いけない」


「スルーはできないってことか……」


「悪いな、俺の勝手な想像に、お前らまで突き合わせる」


「案ずるな隊長殿。ここまで来たらとことんやるだけだ。俺も、当事者ではあるしな」


 そういって白い歯を見せてニカッと笑って見せる和弥。この頼りがいのある笑顔に、俺は何度となく助けられた。

 10年前の時もそうだ。……そういえば、こいつのおかげで“助かった”のも、ちょうどこの時期だったな。


「(……我が恩人よ。またお前を頼ることになるだろう)」


 借りは数倍で返さないといけないな。いつまでも借金生活は御免だ。


 会話に夢中だったが、ちょうど俺と和弥も階段を降り切った。電気が止まってエレベーターが使えないせいで、結構な時間階段を歩くことになったが、このかったるい時間ももう終わりである。

 出口の方には、先行していたユイと新澤さんがいた。


「お待たせ~ぃ」


「お二人さん、外どうです?」


 俺は二人にそう聞く。だが、二人の表情が妙にいつになく真剣だ。その視線の先も、一点に定まっているように見える。


「どうしたんです、二人とも。こんな白昼から幽霊でも見ました?ってか」


 そういって大口開けて笑う和弥。白昼言うても、今日は灰色のどんよりした曇り空なんだがな。

 しかし、和弥のボケには一切手を触れず、視線はそのままに、新澤さんは小声で声をかけた。


「いや……ちょうど外の敵を確認しててさ。普通の敵はいなかったのよ」


「普通のって……なんすか、普通のじゃないのいたんすか」


「いたんですよ……普通じゃないのが」


「え?」


 ユイがそういってある方向を指さした。その先、建物の間の暗い影に、何か人影がいる。

 よく目を凝らしてそこの間にいる人影を見た。



 ……そして視界にとらえたのは、



「……な、マジかッ?」


「ひぇ~……何たる僥倖……」



 俺と和弥は驚愕した。まさしく和弥の言う通り僥倖。まだ探し始めて1日目。こんなすぐに見つかるとは、さすがに俺も思ってもみなかった。



 ……だが、あの影、間違いない。





「……ユイの、偽物の奴だ……」







 見覚えのある人影を、ついに俺らは見つけたのである…………

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