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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
140/181

工作の裏

 ―――翌日。ついに再侵攻作戦の決行日が決まった。


 12月の9日。現在11月29日なので、約一週間弱後である。何だかんだで熱い東京都といえど、真冬故どんどんと寒くなる。もう俺の誕生日も過ぎていた。いつの間にか24歳になっていた。本当に気付かないうちにだ。時がたつというのは本当にあっけないものである。


 再侵攻に際し、いよいよ最終調整を図ることになった。部隊間の行動内容や目標も設定され、連携の内約もきっちり定められた。国際的な批判や懸念を避けるためにも、これ以上の遅れは許されないという政治的な判断から、延期はもう認められないとされ、決行当日までにすべての準備を整えねばならない。


 今後も情報収集は継続的に行われるが、もう作戦に移る部隊は今から各種準備に取り掛かるため、あわただしい動きを見せ始める。当然、俺らもそうである。事前に前線方面に潜伏し、味方部隊を誘導する役目を仰せつかった俺らは、その場所を再度確認したほか、今回はより大規模な部隊を数波にわけて一気に突っ込ませるという形であるため、暫く留まること前提である。これは、前回たったの一波のみの攻撃を行った結果、そこを攻撃されて後援の部隊がいなくなり、全部隊を撤退せざるを得なくなったことによる教訓をもとにしている。

 相手は別に他国の特殊部隊でも何でもないが、完全にやり方はそれらを相手取ったときのそれである。この時点で、少なくとも軍上層部は、相手をただの武装集団とは思わないことにしたようである。もうちょっと早めにその判断をしてくれれば無駄な犠牲をせずに済んだのだが、それは結果論でしかないのは言うまでもない。


 そんなこんなで、慌ただしくなってきた日の翌日である。




 ……妙な事態になりそうな、そんな疑念を持つ展開へとなり始めていた……。






[11月30日(土) AM10:22 東京都八重洲 東京駅八重洲口南]




 その日、俺らは情報収集がてらの偵察行動中、司令部からの命令によりちょっとした寄り道をしていた。


 そこには、火の手が上がる一棟のビルがあった。ガラス張りの建物の一角から、ガラスを突き破って立ち上る炎がある。


「見えました、火災現場です」


「よし。消火班、行け」


 二澤さんが合図を出し、彼の班から選抜された4名の班員が、ガスマスクをつけ、ユイの先導で建物の中に侵入した。


「HQ、こちらシノビ0-1。目標の八重洲桜菱ビルディングに付いた。火災煙を確認、これより消火にかかる」


『シノビ0-1、こちらHQ。了解。火の手には十分注意しろ』


 簡素に無線通信を終えると、ユイから送られてくるアイカメラの映像を、和弥が持つタブレット端末に転送させる。そこからは、煙により視界がほとんどない建物内の廊下が見て取れた。周囲には、ユイの各種ステータスもついでに映し出されている。ユイ自身の視界にも映し出されているものだ。


「ユイ、聞こえるか」


『あーい、聞こえまーす』


 無線をユイと繋げる。若干合成音声気味な声質になるが、口を極力開けずにいるため、閉口音声による無線交信をしているためどうしてもこうなる。煙を三回吸ったら簡単に死ぬ人間とは違い、煙をどんだけ吸おうが何ともないユイではあるが、温度は高いため、ユイの体内温度を挙げないためにも、極力外気を吸わないのである。それでも、鼻で呼吸はしているが。


「火災発生場所はそこから階段上がって5階のところだ。マップはさっき見たよな?」


『場所はばっちりです。階段上がってすぐ手前の部屋ですよね?』


「ああ。だが、火の手がもう階段のところにまで来ている可能性がある。注意しろ。マズいと思ったらすぐに手投げ消火器大量に投げさせちゃっていいからな?」


『了解。……うわ、なんも見えない。サーモでもダメだしこりゃどうしたもんかな』


 ユイがそう愚痴る。実際、煙が濃くなっており、何も見えない。周囲は高温のため、サーモグラフィーモードにしても何の意味もなく、X線で何とかそれっぽく場所を特定できるレベルでしかない。相当、状況は悪化しているようだ。普通の人間なら間違いなく死んでいるほどの煙だが……。


「うちの奴らは全員腰を低くしてひーこらひーこらいってるはずだが……彼女は何ともなしか」


「伊達にロボットやってないってことですね。しかも、ある程度の熱には強いと来た」


「ユイ様様ってやつですな」


 和弥が感心したようにそう言った。送られてくる映像からして、たぶん後続している4人の班員のように、わざわざガスマスクをつけて中腰で階段を上る必要はない。普通の姿勢でさっさと上がっていくことだってできる。災害派遣とかでロボットが注目されるようになった理由の一つであるが、ユイもその類に漏れない。

 4階あたりに来ると、もう炎と思しき赤い光も見え始めていた。思った以上に火が回ってしまっているらしい。早目に消火に入ったほうがよさそうである。


「ユイ、もうそろそろ火元出てくるかもしんないから投げちゃっていいぞ」


『じゃあ手投げタイプ大量に投げちゃいますね?』


「存分にどうぞ」


『了解。はいじゃーみなさん、投擲開始』


 すると、ユイの視界の両サイドから何かが前方に投げられる。500ミリリットルのボトルとほぼ同サイズの容器が数個ほど投げられ、煙の中で破裂。すると、中にある液体が一気に気化し、そのガスが充満し始めた。


『ガス展開確認』


「どうだ、火の手消えてきたか?」


『若干衰えました。突っ込んじゃいますがいいですよね? てかもう暑いんで私だけでも行きますよ?』


「問題ない。やっておしまい」


 その瞬間、ユイが足を速めどんどんと前に進む。自身の手に持っている手投げ消火器もポイポイと景気よく投げ込むと、目の前にはどんどん気化したガスが充満した。酸素流入を防ぎ火災の延焼を止めるためのものとはいえ、こうも大量に投げるとガスそのものが邪魔になってしまうな。尤も、こんな扱い方は想定外なのだろうが。しかも中は水とアンモニアガス、炭素ガスなので、呼吸も普通に厳しいだろう。

 それでもがつがつ突っ込むのは、ある意味ユイらしい。


 5階に到達すると、いよいよ火元が見えてきた。大きな火炎が立ち上っている。天井にまで上っているその炎は、カメラ越しにみても戦慄するほどの勢いだった。だが、ユイは全然動じない。


『景気よく燃えてる火炎を発見。潰しますか?』


「よし、一気に消火しろ。これ以上火の勢いが強まらないうちに全部消しちまえ」


『了解。はいじゃ全部投げてー。あと消火器お願いしまーす』


 ユイの合図とともに、大量の手投げ型消火器が投擲され、同時に、ユイの後方から勢いよく消火剤がまかれる。背負い式の消火剤噴射器が作動したのだ。人が背負えるサイズになっているとはいえ、その噴射の勢いは強い。部屋一帯に消火剤を一通りまいた後、そこには火災が消えたことで発生した大量の灰色の煙が充満していた。


『消火確認。大元は消えました』


「よし、ユイ、消火剤残りどんくらいある?」


『余分に持ってきたのでまだ半分くらいなら』


「じゃあ残りの火元を確認しろ。たぶんほかのところにも伝播したはずだ」


『了解。残りの消火剤全部使い切る勢いで』


 その後、案の定一部の廊下などにも炎が伝播していたため、そこにも満遍なく、かつ入念に消火剤を噴射した。その甲斐あってか、建物の中からは火災の火元は全部消えた。結局、消火剤はほとんど使い切ってしまったが、余分に持ってきたことが功を奏したといえるだろう。


「よーし……全部消えたか」


 二澤さんの一言とともに、俺らの間に安堵の空気が漂う。無線越しにユイも『さっさと帰りまーす』とリラックスした様子で報告してきた。火を間近に見てきたはずなのに、随分な余裕である。


「危ないところでした。これ以上火災が広がっていれば、俺らが持っている装備だけでは消火しきれなかった可能性も」


「火災も早期発見がカギってのはやはり間違いじゃねえな」


 和弥のホッとした表情でタブレットをしまった。ビルのほうを見ると、先ほどまでの濃い灰色の煙とは打って変わって、今度は白い煙がガラスを突き抜けて天に昇っていた。消火がしっかりされた証拠である。

 少しして、ユイ達も戻ってきた。後続の4人はガスマスクを外して「はぁあ~~……」と大きくため息をついていたのに対し、ユイはけろっとしている。この差である。


「さすがだな。あの灼熱の炎の中を平然としているとは」


「平然としているように見えます? あれでもくっそ暑いんですからね?」


「暑いで済んでる時点で十分だ。普通なら暑すぎて逃げるレベルだよ」


 その耐火性の強さは人間もほしいぐらいである。

 ユイ以外の4人もけがなどはなさそうで問題なかった。ただ、暑苦しかったというのはやはりどうしようもなかったそうである。


「HQ、こちらシノビ0-1。目標の消火確認。現状火元は確認できず」


『HQ了解』


 端的な無線交信を終えると、改めて火元がないか再び入念に見渡し始める。その間、つかの間の会話。


「しかし、なんだな。こんなところで火災か」


「今まで中央区で何かあったら上からヘリが水ぶっかけりゃ終わりだったが、建物の中じゃどうしようもな」


 むしろそんな火災が今までなかったこと自体が奇跡なのだが。


「……でもなぁ」


「……ああ、言いたいことはわかる」


 和弥の表情が苦々しいものとなる。俺もおそらくそんな顔であろう。

 しょうがない。この火事の原因が……


「……やっぱり、あの偽物の仕業なんだろうかね?」


「だと思うぞ。複数の目撃情報もあった」


 偽物。例の、ユイそっくりのアイツのことであった。


 この火災の原因は放火とみられていた。事前に、ユイにそっくりな誰かが建物に侵入するのを目撃しているとの信頼性の高い情報を貰っていたが、どうもそれに間違いはなさそうだった。

 それを肯定するかのように、ユイが隣から言った。


「あの部屋、そんなにあそこまでの大火災になりそうな大きな可燃物はありませんでした。部屋のほぼ全体にいきわたっていましたし、廊下にまで火の手は回っていました。あんな短時間で、あそこまでの火災を広げるには……」


「自然に任せてあの短時間であそこまで広がるとは考えにくい。誰かが、可燃物を巻いたな」


 実際、火災が発生してからたったの十数分であんな広範囲に広がるとは考えにくかった。しかも、周囲には可燃物がそこまで確認できなかったらしく、おそらく、可燃性の液体とかを巻いた可能性が高いとユイは見ていた。


「しかも、これが複数個所だったからな……ここだけじゃなかった」


 一か所だけだったらただ単に局所的な嫌がらせに似た妨害行為で終わっただろう。しかし、これが複数個所もあったのである。随分な妨害であった。


「迷惑なもんだ。これも、やっぱりあの無線に出てた男の命令か?」


「だろうと思うぞ。もしかしたら、こっちの動きに感づいたのかもしれない」


「再侵攻の? だが、それだとしたらなんでこの程度の妨害で済ませてるんだ。もっと大々的に動いてもいいものを」


「それはある。あくまで一つの可能性に過ぎないが……」


 もしかしたら、あの偽物独自の行動でもあるのか、若しくは、ただ単に一つの妨害目的の行為が偶然のタイミングで起こっただけなのか。そこは、現状では如何ともしがたい。


「解せねえなぁ……なんで一々こんなことを」


「本人に聞いてみな。ユイ会ったことあるらしいからコイツ経由でよ」


「え、マジっすか?」


「双子の姉妹かと勘違いしましたよ」


 逆スパイ的な役割を以って敵陣に侵入していた時、あの偽物にユイは会っていた。当然、演技中なので真面な会話はできないのだが、面識はあるので何とかなりそうなものである。


「メールか何かで連絡取れません? 『あなた今どこにいますかー』って」


「メアド交換してませんよ」


「やっぱりっすか」


「てかメアド必要なのかこいつら」


 使わんでも普通に連絡取れそう。


 結局、火元は見つからなかった。入念に消火したので当たり前っちゃあ当たり前だが、ダブルチェックは重要である。

 その後、二澤さんらとともに火元がほかにないか情報を漁ったが、他はすべて消火したらしい。


「一先ず、これが例の火災の発生場所だが……こりゃまた、随分とご近所に集中しているな?」


 その一覧は、確かにここからそこまで遠くないところに集中していた。


 一番最初に火災が発生し、そして俺らが消火を担当した『八重洲桜菱ビルディング』のほか、火災が発生した順番に、『大井住川銀行築地支店』『八重洲駅前会館』『大村証券本社』『新富町交番』『中央区区役所』。この6ヵ所である。

 先ほど、すべて消火しきったという連絡はあったものの、それらに全て、ユイらしき人影をみたという目撃証言が付いた。味方がそこそこ監視についていた場所ばかりであったため、人目に付きやすかったのであろう。


「とすると、これらはすべて自然発火ってよりは、人工的な“放火”ってみたほうがいいか……」


「まあ、自然発火なら、人がいなくなって今更なこのタイミングで発火ってのも考えにくいですしね。ましてや、時間差があるとはいえほぼ同じ時間帯に」


「だな。組織的なものか、あの偽物単独犯行かはさておいて、アイツが一枚かんでいることはほぼ間違いなさそうだ。ったく、正体バレてもいらなく余計なことをしおってからに……」


 二澤さんは顔をしかめながら顔をかいた。彼も、偽物のせいで色々と迷惑を被った人間の一人である。彼女に対する恨みつらみは中々のものであろう。……恨みつらみというか、厄介な奴扱いというか。


「これ以上同じ妨害をされるのも困ります。今後再奪還作戦も始まりますから、できるだけ“舞台”は健全な形にしておきたいですし」


「だな。余計な要素を突っ込まれてはこっちが困る。一先ず、あの偽物をどうにかしたいんだがなぁ……」


 どうしたもんか。そんなつぶやきが二澤さんから聞こえてきた。実際、こうした妨害行為にアイツが絡んでいなかったことはない。今までにも、本物のユイが見つかったのに、ユイらしき人影がおかしな場所で確認されたという目撃情報は後を絶っていない。そのたびに、何かしらの妨害を加えられてきた。

 ある時は、ジャミングをかけられたのか部隊通信がうまくできなかったり。ある時は、部隊移動中にロボットをけしかけられたり。そしてある時は、直接攻撃を加えて行動を邪魔したり……。

 中央区の深部に近づかせないための行為であるという点では一致しているが、その妨害は多種多様で上の連中も手を焼いていた。


 そんなアイツの、新たな妨害である。もうすぐ再奪還作戦開始なので、そっちに人的リソースを咲きたいというときに、こうして火を消しに行かなければならないとは、中々にめんどくさいことをしてくれる。


「再奪還に移る前に、アイツをどうにかしてとっ捕まえられねえかなぁ……」


「簡単に捕まえられるならとっくの昔に捕まえてるでしょ」


「それはそうなんだがなぁ新澤……どうにかして捕まえられねえか、あの厄介ものなお嬢さん。色気とか使って引き寄せられね?」


「ムリよ、そんなアンタじゃあるまいし」


「俺どう思われてんだよ……」


 ご愁傷さまです。そんな言葉を心の中でつぶやいた。


「……ん?」


 ふと、ユイがタブレット上に示されたマップを凝視しながら考え込むように「ん~……」と唸っていた。マップには、火災の発生場所が赤い点で映し出されている。


「どうしたユイ、何か見つけたのか?」


 俺の言葉に、ユイと、周りの皆も反応する。


「あぁ、いえ……ただ、一つ気になってて」


「気になるって、何がだ」


 こういう時のユイの「気になる」って一言は、何かしらのヒントだ。経験則だが、大体今までもそんな感じだったし、最近俺はそこに信頼を置き始めている節がある。

 ユイが、自信なさげながらも言った。


「いえ……あの偽物さんの妨害行為にしては、妙に“目立ってるな”って思って」


「目立ってる?」


「考えてみてくださいよ、妨害って言ってる割には、大々的に火災を起こして私たちの注目を集めてるじゃないですか。もう少しこそこそと妨害しません?」


「……あー、なるほど」


 確かに、妨害行為をわざわざ皆にもわかるような目立つやり方でやる必要はない。こうした火災を引き起こして、何の妨害をするのかという意図も不明確だ。

 ……まさか、


「……何かしらの陽動の可能性が?」


「捨てきれはしませんが……でもなぁ……」


「まだ、何かあるのか?」


 ユイはさらに続けた。


「陽動にしたって、火災を引き起こす場所があまりにも雑だなぁって。中には、敵が支配している中央区深部で起きているものもありますし、別に爆発工作をしたところでそこまで効果がない所で発生してるのもありますよ。ほら、この大村証券本社とか、完全に敵陣の真っただ中じゃないですか」


「……ほんとだ」


 これは確かにそうだ。こっちに対する陽動を、というものではあるが、敵陣営の真っただ中にある建物で火災が起きているものもある。こっちの消火にも、敵にばれないよう隠密裏に行動せざるを得なくなる程度には、敵陣の深部だ。


 ……これは確かにおかしい。陽動なら、もっと俺らが近づきやすい場所で起こしてもいいはず。


 二澤さんらも、ユイの疑問に興味を持ち始める。


「俺らに対するその場しのぎの牽制目的の妨害じゃないのか?」


「それも考えましたが、こちらの情報を先の偽物成りすまし事件によって部隊行動がある程度知られていたなら、ここで火災工作をしたって意味がないのは知っているはずです。実際、あの事件後に部隊行動予定を大きく変更したため、今回の火災工作においてそこまで大きな損害はありませんでしたが、別に旧部隊行動に基づいても、ここを行動する部隊はそこまでないのでどっちにしろほとんど意味がないことを知っていたはずです」


「そうか……ここで火災工作をしても、効果が少ないことをはじめから知っていたはずってことか」


「むしろ、ここで火災工作をされれば、もしかしたらいるかもしれない自分らの味方にも迷惑をかけかねないな」


 実際、大村証券本社とかの方面での火災は色々と面倒だっただろう。


 ……とすると、これは一体どういうことか。


「わざわざ、工作必要もない場所で妨害工作をした……? そんなアホな、。アイツはそこまで間抜けとは思えないが」


「私もです。他に何か別の目的があったのかも……」


 別の目的。そのユイの言葉は、周囲にいる俺らの思考を惑わせた。


 ユイの言っていることは確かに筋は通っている。余り効果があるとは思えない妨害工作。今までなら、直接的な妨害行為を行うところを、火災工作という、間接的な妨害に踏み込んだまではいいが、その場所がおかしい。何か別の狙いがあるのか。


 だが、場所に何かしらの共通性があるとは思えない。ただのビル、ただの本社、ただの区役所。ここから何を取り出せというのか。俺らは頭を悩ませた。


「ん~……、おい、何かわかるか?」


「俺? 俺はちょっと……」


 結城さんも頭を抱えた。元々、彼はこういうのは苦手だったはずだ。もう既にお手上げといった感じであろう。


「場所がダメなら名前でもいいか。えっと……頭文字から何かないかな~……」


「名前の頭文字って、どうやってとるんです?」


「火災が起きた順にとかどうだ? えっと、そうなると……や、お、や……」




「やおや……おしち?」




 その時、俺は脳裏に一つだけピンときたものがあった。二澤さんのその言葉に、新澤さんが問いかける。


「何それ、八百屋さんの名前?」


「なんか昔話でありそうなネーミングができちまったな。なんだ、やおやおしちって」


 やおやおしち。いや、これは、本当に昔の話であったものだ。俺は和弥と目を合わせた。奴も知っていた。


「やおやおしちって……あれだよな?」


「あれだな。昔あった……」


「ん? なんだ、何の話だ?」


 二澤さんの問いを無視し、俺は思考を巡らせる。

 確か、あの物語に基づけば……火は確か、放火に使われて……そのあと……




「……まさか……」




 そこから導き出されたのは、余りにも突飛なものだった。冗談抜かせ、と自分で思ったが、しかし、状況からして、非現実的と断じるには早計なぐらいには説得力はあると思っている。


「……もしかしたら、の話していいっすか?」


「なんだ、何思いついたんだ」


 二澤さんの問いに合わせるように、周りの視線も俺に集まる。そんな中、俺は口を開いて説明した。


「やおやおしち、昔の事件にあったんですよ。『八百屋お七』って名前で」


「『八百屋お七』?」


 『八百屋お七』。これは、知る人は知っている有名な“放火事件”である。

 この事件の内容は、その中身を示す出典となる伝記・作品によって諸説があり、実情は史実部分がほとんど分かっていないというありさまで、未だに謎の部分は多い。

 その中でも信憑性が高いとされている『天和笑委集てんなしょういしゅう』から話を引用する。

 お七の家は、とある大火によって焼失し、親とともに正仙院に避難した。その際に知り合った寺小性と恋仲になったお七は、寺を後にし修復された自宅に戻った後も、彼のことが忘れられず、「もう一度火事で自宅が焼失すれば、彼の元に行くことができる」と考えた末、彼に会いたい一心で本当に自宅に放火してしまう。

 幸いにして火はすぐに消し止められボヤ騒ぎ程度で済んだものの、当時の江戸は木造住宅が密集していたこともあり、一つの小さなボヤが簡単に大火災に繋がることは十分懸念されていたことであった。

 そんな背景から、こうした家に対する放火に対しては、殺人以上の重い刑罰が科されていたのだが、お七も類に漏れず、すぐさま放火の罪で鈴ヶ森刑場において火あぶりの刑に処されてしまった。


 これは後に井原西鶴の文芸作品処女作である『好色五人女』において取り上げられたことでこの事件が広く周知され、現代にまで言いつたえられる事となった。さっきも言ったように、この事件は史実部分がよくわかっていないこともあり、実情に関しては年代等含め諸説入り乱れている。

 唯一の歴史史料である戸田茂睡の『御当代記』ですら、この事件に関しては「お七という名の娘が、放火し処刑された」、とだけ記しているのみで、本当に謎が多い。


 ただし大体一致しているのが、「お七という八百屋の娘が、恋人に会いたい一心で放火という重罪を犯す」という物で、つまりは、「会いたい人のためにわざと罪を犯す」とも解釈できる。


「―――要は、さらに乱暴に解釈すれば、「誰かにあいたいから、わざと放火して結果的に再開する形にしたい」、という風にも読み取れなくはないわけですよ」


「はぁ……そんで、それがどうしたってんだ」


 まだ理解しきれていない二澤さんらに、結論を突きつける。


「つまり……もし仮に、あの偽物が誰かに会いたいがためにこれをしたとしたとすれば、この八百屋お七の物語と、今回の火災工作の状況が、ある程度一致するということです」


「なにッ?」


 二澤さんの顔が一変する。周りも同様だ。俺はさらに続けた。


「形は火災工作ではありますが、これは要は「科学的な放火」という風にも読み替えることはできるでしょう。実際、火災工作において苦悩したのは、火災そのものより、その後の火災の消火に関するものである。中央区内で起きたために、消火活動ができず苦悩した」


「俺たちを妨害するなら、もっと殺傷能力のある行動をすると?」


「その通りです。妨害とはいえ、ある程度我々の脅威にならなければ何の意味もありません。この場合の脅威とは、『殺傷能力』そのものです。今回の火災工作が、敵を殺傷する目的であるならば、場所は元より、その可燃物自体の威力にも注意が払われるはずです。強力な爆弾を使うとかね」


「だが、爆発した形跡はなかったぞ」


 ユイとともに消火をしにいった二澤さんの部下が言った。そうだ。実際、俺もユイのアイカメラの映像をみる限り、爆発が起きたような跡はなかった。つまり、爆弾などは使っていない。


「だが、殺傷を考慮しつつ俺たちの妨害をしたいなら、こんな効果の薄い手段は考えにくい。とすると、実は奴の狙いが、火災による妨害より、“火災そのもの”に重点を置いたものにあるならば、話は辻褄が合います」


「そういえば、あの火災、殺傷性の高い火薬ではなく、継続的な燃焼性の高い燃料が大量に使われている形跡がありました」


「間違いないか?」


「はい。火元にあった液体の成分を分析しましたが、間違いありません」


 そのユイの言葉に、二澤さんも俺の話に本格的に耳を傾け始めていた。ユイの話が本当なら、あの偽物は、最初から俺たちを殺傷するために火災を引き起こしたわけではない。ただ単に、よくわからない場所で火災を引き起こしただけに過ぎないことになる。

 火災継続性の高さを利用した感が強いこの工作。殺傷要素を採れば、ただの“放火”である。


「妨害をするにしては場所が悪い、火災重視で殺傷性も低い……正直、工作をする割には、本気で殺しに来ていない。というか、妨害にすらどうもそんなになっていない」


「嫌がらせにはなったかもしれないが、かといって、こっちの動きにさほど影響はないしな」


「する必然性がそこまで感じられない妨害工作に意味はない。……アイツ、もしかしたら、本当に殺しにきたりしたわけじゃないのかも……」


 まさか、アイツが? という疑問は、確かにある。だが、こうしたら、どうも辻妻はあってくるのだ。これを前提に考えれば、今までの火災工作は、うまく納得できる説明ができる。


「しかも、さっきの八百屋お七の話に基づくならば……」


「ええ、アイツはもしかしたら、誰かにあいたいがために、いや、性格には、“再会”を果たすために、この放火染みた火災を引き起こした可能性が……」


「再会? 一体誰に? まさか身内じゃあるめぇ」


 身内はおそらくないだろう。身内が捕まえてどうするんだって話になる。だが、身内でないとなると……。


「……残るは、俺らか」


「国防軍人……」


 この、国防軍人の誰か、ということになる。だが、なぜ俺らにそれを求めねばならないか? そこまではさすがにわからない。

 だが、八百屋お七よろしく「また会いに来てくれ」とでも言いたげな意味深なメッセージが込められていると仮定するならば、それを俺たち国防軍側にするということは……、


「……まさかお前……」


 俺の考えていたことを、和弥が代弁した。


「……アイツが、あの偽物が……」





「俺らに、“助け”を求めてるかもって、言いたいんじゃねえよな?」





 俺は、それにはっきりとイエスとは答えなかった。あくまで、疑問でしかなかった。

 だが、疑問でも、それ自体に対する疑問はやはり噴出する。


「待て待て、それはさすがに考え過ぎだろう祥樹。向こうが一種の救助要請でもしてるっていうのか?」


「あくまで可能性だ」


「可能性であってもだ。アイツは、あの例の無線で聞いたってお前が言ってた男によって作られた可能性が高い、ユイさんそっくりの偽物だ。そんな彼女が、わざわざ自分の組織を裏切る必要性が見当たらねえよ」


 御尤もだ。自分を生んでくれた親元を、わざわざ裏切る必要はないし、そんな奴には見えなかった。少なくとも、こっちに助けを求めるという思考をさせるほどの何かを恩義をアイツに与えたわけでもない。


 しかも、それだけではない。


「仮にそういった意味合いがあったとしても、それ自体が“罠”の可能性もある。アイツもロボットだし結構頭がいいだろうから、もしかしたらそこら辺まで考えるかも……」


「罠……」


 十分あり得る話だ。俺たちを引き寄せ、一網打尽にでもするつもりかもしれない。


 だが、罠にしては現状その必要性は余り感じられないし、罠に引っかかった人を殺すにしても、誰が来るかすらわからないうえ、しかも少数の相手を殺して何かの目的を達成できるかと言われれば、それは人によるとしか言えない。

 「この暗号が解ける頭いい奴は殺しておく」とはいっても、解いた人が来るとは限らない。解いた人は司令部にいて、下っ端の誰かが見つけに行くかもしれない。となると、わざわざこんな“暗号”を仕立てる明確な目的が理解できないのだ。


「―――罠の可能性を全部捨てるつもりはない。だが、現状その必要性などが薄い以上、それ以外の科のせいも考えたほうがいいかもしれない。例えそれが、余りにも現実的ではないとしても」


「仮に暗号だとすると、その暗号自体に込められたメッセージを、そのまま見る必要も出てくるわね」


「ええ、そうです新澤さん。……この場合、本当に助けを求めているか、少なくとも、俺らとの再会を求めているのだとしたら……」


 仮にそうだとすれば、事は大きな大転換を迎えるはずだ。敵の中でも特に重要ターゲットとしての立ち位置が強かった彼女が、敵方との再会を願っている。ある意味、願ってもいないことだが、ある意味、恐ろしいことでもある。


 これが起きる状況とは一体何か? あれほど自分の組織に忠誠を誓っているであろうロボットが、“謀反”を起こす。向こうの組織内で、何かしらの問題が起きたという最悪の可能性も、考慮しなければならなくなる。自制が聞かなくなった組織ほど、怖いものはない。


 ……あの偽物が残した“かもしれない”メッセージは、それほどのことを意味する。


「……もし、本当だとしたら確かにいかないわけにはいなかいが……この場合行くのって……」


「十中八九、俺らでしょうね。彼女と一番身近にいたのは、俺ら、特に、俺自身ですから」


「だよな……でも、どうするんだ? 罠の可能性も捨てきれない以上、安易に会いに行くってのも無茶だし、そもそも鉢会えるかどうか……」


「……それを確かめるためにも……」





「アイツと、どっかでまた会えればいいんですが……」





 俺は、アイツが残した“メッセージ”であろう火元から上る白煙を見ながら、そう呟いた…………

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