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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
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長所≠弱点

 ―――それ以降? 何だかんだで独り身よ。


 一応、爺さんがその後の面倒は見てくれたが、直系の親族は消えてしまった。爺さんのやってる研究が研究なので、そこそこ金も稼いでてそこまで不自由はなかった。少しの間は親がなくなったショックがでかすぎて学校にすら行かなかったが、さすがに今のままではマズいってことで、ちゃんと中学は卒業したよ。

 本当は爺さんみたいなロボット工学の研究者になりたかったんだが、あれ以降は陸軍軍人も目指し始めてな。高校も一応ロボット工学系に通ったが、やっぱり自分みたいな人間増やしたくないって思いは強くてな。元々、興味本位で軍人の道も考えてはいたんだが、これを機に本気にそっちに路線変更した。

 だが、この際行けるところまで行くと決めたとはいえ、正直空挺団にまで行くとは思わなかったが……せいぜい首都圏のどっかの普通科部隊で終わりだと思ってた……。




「……でもこうして思い出すと中々に懐かしい思い出ですらあるな。良い思い出ではないが、いずれにせよ、あれがあったから今俺がこうしているんだと考えれば、あれがなかったら、って考えてもあまり意味はなさそうだ」


 第二次大戦がなければ、太平洋戦争がなければ今の日本がなかったであろうというのと同じことで、あの時があったから今の俺があるのである。過去何かしらでかけていれば、その瞬間から、別の俺になることが十分あるのは、ある意味哲学的だ。


 ……とはいえ、


「……なあ、それ、処理負荷で固まってるのか単に茫然としてるだけなのかどっちなんだ?」


 さすがにこの固まった相棒はどうにかしないといけない。目を若干見開き、口を軽く開けっぱなしの形で固定されていた。人間でいうなら茫然なのだが、ロボットの場合処理が追いつかない可能性もあるのでどう見たものかわからない。

 ただ、少なくない衝撃だったのはどうも間違いないらしい。何れにせよ、やっぱりただただ簡単に受け入れるのは難しいものであった。


「……え、それ、ほんとうにあった……」


「一応な。事実、お前の目の前に妹やら親やら連れてきたことないだろ?」


「機会がなかっただけじゃ……」


「お前が来たばっかりの時、桜まつりとかいろいろイベントあっただろ? さっきまでに説明した妹像なら、ああいうイベントにも来てもおかしくないし、来れないなら電話してきそうなものじゃん?」


「あっ……」


 そういうことなのである。妹は俺のことを嫌いではなかったし、むしろその逆だった。なら、今までそういった妹と何かしらの連絡を取ろうとしなかったのは不自然である。半年も、何も連絡なしってのはよほど険悪な仲でないと中々ない。幾らなんでも不自然である。


「隠れてやるとかは……?」


「これほどいろんな意味でできた妹ならむしろ自慢したいレベルだよ。嘗ての夢の通りに医者になってたりしたら、むしろ軍医あたりでも進めてやるぜ俺なら。そしてあいつらのネタにされるわけよ」


「でもされてないってことは……」


「ああ、そういうことだ」


 それが事実だった。自慢したくなるレベルのできた妹を、俺みたいな性格の人間が、人前に出さない、若しくは隠す理由などないのだ。

 それでも、ユイの前には話題すら出てこなかった……その意味を悟らない程ユイもバカではない。


「その妹さんは、じゃあ肺を祥樹さんに渡した後はどうなって……」


「普通に墓に埋められたよ。地元青森の墓の中で、親と一緒に過ごしてるはずだ。若しくは、骨は埋まってるが魂は空の上かな」


「空……ですか」


 その視線は、空と真反対の下の方に向いていた。俯いたまま、やはり悲しい顔をしながらであった。普段、明るさ全開というか、良くも悪くもゴーイングマイウェイなコイツとは思えないような沈痛な表情である。言葉も何も発さない。


「……つらいことを感じてしまったとは思う」


 ユイの性格から考えれば、結構きつかったかもしれない。向こうの求めに答えた形ではあったが、反応を見るにそれ以上の者だったであろうことは間違いないだろうし、そうなってしまった一因は俺にもある。


「もちろん、これに執着するつもりはない。悲しさは乗り越えるものだ。今はもう―――」


 ……だが、ユイがあのような表情をしている、本当の理由に気づかなかったのは痛恨のミスだったといえるだろう。


「……わからないんです」


「はい?」


 根本の部分からはき違えていた。ユイがあの表情をしていた理由は、そんな“人間は意識しようとしない”部分でもあったのだ。


「……悲しいのはわかるんです。両親や、妹が死んだのは悲しいって……」


「あ、ああ……」


「……でも、その先が……」


「先?」


 意味深であったその発言を問う。


「先ってなんだよ」


「だって……本当に“それだけ”だったんですか?」


「え?」


 ある意味、鋭かった。


「戦争が始まって、攻撃を受けて両親と妹が死んで、それはわかるんです。でも……本当に、それだけなんですか?」


「……何が言いたい?」


「それだけが……悲しみの原因の全てとは思えない」


「ッ!」


 俺は後で、爺さんに電話で抗議する必要があるだろう。爺さん、アンタの生んだ娘さん、頭が良すぎた。しかも、その頭の良さが、逆に変な方向へと影響を与えてしまっている。


「それだけが悲しいなら、絶対そんな顔しないですよ……今の祥樹さん、すごく悲しい顔してます」


「……そんなの読み取る能力あったかお前?」


「知ってました? 私、最新鋭」


「最新鋭も困ったものだな」


 そして、そんな余計な性能つけちまった爺さんもだが。


「でも……それがわからないんです」


「わからないって……」


「悲しい理由がそれだけじゃないっていうのはすぐにわかったんです。でも、その中身が……全く……ッ」


 ユイの顔からにじみ出ていたのは、間違いなく“悔しさ”であろう。現状、ユイ自身がわかっているのは“理論的に導き出される”悲しみでしかないと。それは、俺がさっき説明したこともあってすぐにわかった。だが、それだけではない、その裏にある“もっと別の意味での悲しみ”を、ユイは存在を悟っていながら、もう一歩踏み出せなかった。

 いや……踏み出したくても、踏み出すための“頭”がなかったのである。しかし、ユイはその事すらも理解した。だからこそ、悔しさしかなかったのである。その悔しさは相当なものなのだろう。目元には薄っすらと涙すら浮かべていた。


「本当の意味での悲しみはもっとあると思うんです……言っていないだけで……」


「……」


 しかも、あながち“間違いではない”のもまた困ったものであった。確かに、ここら辺は人間が無意識的に理解しているものでもあるので、一々考えるまでもなく、心の奥底で勝手に感じている者でもある。だが、それは、余り触れてほしくないものでもあったのだ。

 本当の意味での悲しみ。それは、単に両親や妹を失ったという意味での悲しみに留まらない、そんな意味での悲しみだったが、ユイ自身は、最愛の親族を亡くした悲しみではなく、そうした、本当の意味での悲しみを“共有できない悲しみ”にさいなまれていたのだ。


「(……だが、これは人間ですら難しいものだぞ……)」


 人間だって、見ず知らずの赤の他人ともいうべき人間が死んだところで何も深く感じることは基本的にない。よほど惨殺だったり、社会的弱者が不当な理由で殺害されたりといった事態が起きたならまた話は別かもしれないが、そうでもなく普通に殺人が起きた程度で一々悲しみに深くくれることはそんなにない。

 だが、一回身近な人間が死んだときに、初めて体験するその悲しみのでかさは、驚きと戸惑いを伴って、大きな重要性を理解するに至る。ユイも、そういう形で悲しみを共有したかったのだろう。


 ……正直、そこまで行くともうロボットとしては十分な思考能力である。その域を超えてすらあるといえるかもしれない。


「……そういうのは直ぐに理解できるものでもないさ。時間をかけろ」


 人間ですらそうなのである。ロボットがすぐに理解できるとは思えない。


「事実として、お前はロボットだ。無理してすぐに学ぼうとしなくてもいい。時間が解決するだろう」


「それはそうなんですが……でも……」


 ユイは納得のいかない表情をしていた。「ここまで腹を割って話してくれたのに、理解しきれなかった」。その一言は、俺の内心に大きな衝撃を与えることとなった。悲しみを共有したいがために、そこまで考えるロボットが今まであったか?

 俺のロボットの定義を、また一つ変更しないといけなくなりそうだった。


 ……そうはいっても……、


「……優しすぎやしねえか、これ……」


 でも、これがユイの良心の全てなのだろう。それは全く悪いことではないし、むしろその逆ですらある。だが、余りにもムリし過ぎてもいけない。

 ユイのことだから、そこも承知の上とは思うが……はてさて……。






 結局、ユイの表情が晴れることはない。

 いったん休憩させるべく、俺は部屋を出て適当に自販機でジュースを購入し、それをのどに通して一息入れた。ユイは部屋に一人だが、今はむしろ一人にして気持ちを整理させた方がいいだろうという判断だ。俺がいては色々と不都合だろう。新澤さんあたりがいてくれたらありがたいのだが、生憎席をはずしている。


「ふぅ……」


 色々と思いをはせながらの急速に、一人の来客である。


「……久しぶりだな、爺さん」


 先のうわさをすれば、なんとやら。俺の目の前に現れたのは、久し振りの爺さんの姿だった。相変わらずの老いぼれ姿。聞くに、他のロボットらのメンテやセキュリティ調整などでちょっと寄ったのだという。そういえば、既存のロボットAIにも爺さんの設計思想が深く関与していたのを思い出す。


 ついでである。俺は先ほどまでのことを話した。すると、意外にも反応はそこまで大きなものではなかった。むしろ、


「なんじゃ、ようやく話したのか。案外遅かったの」


 ある意味想像より逆方向の返しをされた。どうも、こうなることを予見していたというか、期待していた模様である。


「爺さんも、ある意味罪深いの作ったもんだな。人間ですら答えるのが難しい難題を、無理くり考えさせるように学習するAIを誰が作れって言ったんだ?」


「そうなることを想定したわけではない。そうしたのはむしろそっちじゃろう?」


「おいおい、そうはいっても限度ってもんがあるぜ。学習パターンはある程度基礎を作ってただろう?」


「それはもちろんじゃが、変化しないとは言っていないぞ?」


「困った仕様だなこりゃ」


 だから爺さんでも予測は困難だとかってなって、こっちに色々とその調査のために送られたわけなんだろうが、こんな変化の仕方は正直想像外だった。


「アイツは人に優しすぎる。悲しみを共有できないことそのものに悲しみを過度に抱くレベルだ」


「人間も見習うべき模範じゃな」


「それを期待できるほどそういう方面で人間に希望あるだろうかね」


 あったら戦争なんざ起こってないのだがな。


「いつの間にかああなってたとはいえ、感情を持つと、ああいう感じに変換するというのは勉強になりはしたが……言うても、アイツは戦闘用だ」


「戦闘用に、感情はいらんか?」


「まさか。確かに戦場じゃただの機械じみたロボットも必要だが、戦場を支配するのは常に人の“心”だ。戦を制するうえで、人の心を理解するには、自分自身も持たないと意味がない」


 完全に機械的な戦争や紛争なんてこの世のどこにもない。何をどうあがいても、人の心はどこかしらに介在する。そんな世界で、道具としてではなく、そこからもう一歩先に言った自律型の戦闘兵器を持つなら、そういった細心の部分をも理解する知能を持たせる必要性は十分ある。そういう意味で、人の心を理解するロボットも、十分必要性は生まれるわけだが……。


 ……言うても、これは行き過ぎな気がしないでもない。


「……まあ、それは彼女の強みでもある。じゃが……」


「ん?」


 爺さんは、隣で同じく自販機で買ったお茶をたしなみながら、静かに語り始めた。


「……戦闘用ロボットとしては完璧ともいえる能力を持つ彼女じゃが、少なくとも、これだけは確実だといえる一つだけの弱点がある」


「弱点?」


「それこそが……感情を持ち、他の存在が持ち得る感情を自らが学ぶことを可能とする能力そのものじゃ」


「え?」


 本来は長所ともいうべき点が、爺さんに言わせれば弱点でもあるという発言に俺は驚きを隠せない。ユイの能力の中でも特に目玉中の目玉でもあるこの能力は、長所としての一面が特に目立つ。そして、俺は基本的にそういう長所としてこの能力を理解してきたし、今でもそう思っていた。この能力は、俺に言わせれば、弱点どころか強みですらあるのだ。


 しかし、事はそう単純ではないと爺さんは話す。


「確かに、人間や仲間としてみるなら、感情を持つことは間違いではないし、それを学ぶことは何も間違っていない。実際、お前が言ったように戦場で他者の心情を理解しそれを戦闘に応用することは、人間ですらやってることであるし、そうでなくても、彼女は周りの感情を学ぶことで、あそこまで明るく愉快な性格に化けたことは、大きな進歩といえる」


「ならなぜ?」


「それは、“人間や仲間として”みるなら間違いではないんじゃ。彼女の本質は“ロボット”であることを無視してはならない。単純に“ロボットとして”みるならば、これは逆に否定的に見ることもできてくるんじゃよ」


「否定的に?」


 味方の違いによって、長所と思われた能力は簡単に短所になるのだという。曰く、戦闘用になればなおさらなところがあり、確かに、俺が言ったように敵の心情理解による戦闘戦術の有効的な誘導を引き起こすことは可能ではあれど、実際はそればかりではないということである。


「単純な話じゃよ。例えば、他の仲間を護衛をしている最中、お前のような一番大切に思っている人が重傷を負って動けなくなったとする。そこでお前は「お前は先に行って護衛しろ」という。しかし、それを守って取り残せば確実にお前は死ぬ。そんな状況に陥ったとき、どんな行動に出るか」


 そこまで言われて、俺は一つの既視感を感じた。そうだ、これは前に、化学兵器回収を優先するか、接近してくる民間人保護を取るかの二者択一を求められた時の話に似ていた。どちらも重要であるがゆえに、どちらを取らねばならないか極度に判断が迷う。しかも、どちらの人の命が多く介在している点からして、判断を迷わせる大きな要因となっていた。

 しかし、それは人間に限らず、人間的な感情を持ったロボットもそうだと指摘する。


「彼女のような感情の持つロボットがそれを受けても、絶対拒否反応を示すだろう。そして、悩むはずじゃ。自分の負われた絶対的使命である“任務”をとるか、自分にとってとても大切な存在である“お前”をとるか。両方を両立なんていう都合のいいことは起こらないと考えたほうがいいぞ」 


 これは悔しいが実際そうなので何とも言えなかった。事実、化学兵器回収と民間人保護の二者択一を迫られた当時も、どちらも、という選択肢は現実的ではないことを最終的には悟ることとなり、ユイの“ある意味捨て身の”助言もあり、将来的な被害拡大が懸念された化学兵器を採った。


 そこでどっちをとるかは本人次第だが、仮にどっちをとっても、今後の任務や行動に支障が出るのは間違いないだろう。主に精神的な面で。


「実際、さっきの彼女もそうなっておるのだろう?」


「まあ、確かにな」


「本来、普通のロボットならこんなことはありえないことじゃよ。“普通の”ロボットならな」


 そして、ある意味、その結果があの、薄っすら浮かべた涙の原因ともいえるのだと、爺さんは付け加えた。

 妙に、哲学的な話である。長所に注目し、戦闘用であるにも関わらず、いや、むしろ戦闘用だからこそ人間的な感情を学ぼうとするが、その感情層の者が人間特有すぎて、そしてその感情が持つ意味や存在そのものも深すぎてわからなかったのだ。

 それは、先のユイが言うところの“本当の意味での悲しみ”にも通ずるものがある。そういったものは、人間ならばいつの間にか感覚的に理解してしまっている部分だが、それを十全に理解するための、それこそ、俺が10年前の戦争で経験したような、そういった負の経験がまだ浅すぎたのだ。


 この世に生を受け、感情を学び始めて、まだ半年前後。それだけですぐに感情そのものをすべて理解することは、かなり難しいと言わざるを得ない。感情なんて不安定な存在は、半年そこらで理解しきれるほど、単純なものではないからである。


「人間として、仲間としてならそれもありじゃろう。どんどん学んで感情豊かになればいい。そして、そういった形で悩むこともあろうというものじゃ。ただし、他方、ロボットとしてでは……それは、ただの“障害”となることもありえるのじゃ。ましてや、彼女は戦闘用。時には冷徹にならねばならない戦場で活動する彼女としては、これは一番の障害となり、“弱点”にもなってしまうのじゃよ」


「弱点……」


 戦闘を有利に進めるための一要素として取り入れた感情。その“功罪”がまさにこれなのだろう。そう考えると、一番最初見た、あの冷徹かつ無感情なユイも、本来の姿かどうかは別として、ロボットとしては“正しい姿”なのかもしれない。

 ……だが、それでも、疑問はいくつか残る。何より……


「……そこまで考えておいて、じゃあなんで爺さんは感情を与えたんだ? まさか、爺さんともあろう人間が、戦闘に必要だからとかそういった表面的な理由だけで与えたわけじゃあるまい?」


 変なところで捻くれる爺さんのことだ。こんな単純な話で感情の導入の可否決断を済ますわけがない。そこは俺の読み通りだったようで、爺さんは軽く苦笑しながら言った。


「一応、政府が技術発展のために実装しろということを言ってきたことが“表向きでの”一番の理由ではある。じゃが、個人的にも、実装は可能なレベルにもきたし、単純に「実装してみたかった」と言う思いが強かったんじゃ」


「なんだ、やっぱり最後はロマンか」


「儂とて、『アトム』や『ドラえもん』を見てこの道を目指した人間じゃよ。そういうのに憧れる人間でな。日本人として、どうしてもやりたかったんじゃ」


「政府の要求に喜んで乗っかったわけか」


「快諾じゃよ。返答たったの1秒じゃ」


「爺さんらしい」


 こういうロマン大好きな人間性があったからこそ、今の爺さんがあるといえるだろう。その追求精神は、現在の研究の姿勢に強く反映されている。

 そんな爺さんも、やはり、日本人であった。


「科学の進歩として、どうしても必要なステップでもあると儂は考えたのじゃ。そして、その大きな一歩が、まさに今このタイミングに過ぎない。……とはいえ」


「?」


 爺さんは口元に小さな笑みを浮かべた。


「……これからどう考えるかは、当事者であるお前や本人次第じゃ。どう判断しようが、その考えには府悪干渉するつもりはない」


「なんだよ、最後は俺ら任せか?」


「別にそんな放任主義的なものではない。じゃが、こういう難しい者の考え方は、儂みたいな老人より、頭が柔らかい若者のほうがより面白く考えるはずじゃ」


「そういうもんか?」


「少なくとも、思考理論や定義、理論展開等その他諸々が旧態依然とした形で凝り固まったような老害に任せるよりはマシじゃろ」


「爺さんアンタその発言は自分の同世代ほとんどを敵に回すぞ」


 しかも、老人が自ら老害宣言しちゃうとかそれって許されるんだろうか……いや、自虐か何かならまだいいのだが……若干ながら、冷や汗をかく。


「……とにかくじゃ、感情は確かに長所じゃが、弱点にもなる。それをどう扱うか、しっかり考えるんじゃな」


「定義込みでか?」


「もちろん。お前はそういうのを考えるのは得意分野じゃろ? あとは任せる」


「まかせっきりだなぁやっぱり……」


 そうした呟きに、爺さんは軽く笑みを浮かべるだけだった。爺さんはそのままこの場を後にする。ロボットのセキュリティを見直すだとかどうとか。あんな老体でまあ大変だ。


 再び一人取り残されてしまった自分。すっかり温くなってしまった手元のリンゴジュース。半分も残っていたが、一先ず地味な温度に耐えつつ飲みながら、先ほどまでの爺さんの話を反芻する。


「……ロボットとしては弱点にしかならない感情か……」


 実際、それは的を得ているだろう。今までにフィクションとして出てきたロボットも、感情を持っているものは、その感情を当然のものとしてとらえ、人間と同様の功罪を当たり前のように受け入れつつ扱っているものもあれば、逆にそれに戸惑うものもいる。ユイは、どちらかというと前者の方だろう。だが、その認識は後天的なもので、人間のように完全ではない。

 故に、化学兵器回収と民間人保護の二者択一の際も、自身の決断に暫くの間負い目を感じていた。それどころか、俺に精神的責任が向かないよう、自分にそういった責任などが向くように。こうしてみると、行動と内面に若干の矛盾が潜んでいるような気がしないでもない。


 ……とはいえ、ユイのようなロボットの持つ感情とは、人の持つ感情とは厳密には違う立ち位置にあるかもしれない。


「(……爺さんも言っていた。仲間としてなら、そういった感情を持つのは何もおかしくないと。ロボットではあるが、仲間としている以上はそれは間違いじゃないしそれでいいんじゃないか……)」


 人間、仲間、ロボット。どれか一つだけである必要はない。複合でもいいのだ。ユイは、人間ではさすがにないが、仲間であり、ロボットでもある。ロボットとしてはあの感情は弱点になることもあるが、仲間として付き合うならば、そして、他者との仲間として生きるならば、感情は必要不可欠だ。

 ある種のジレンマ。だが、ユイはそれをもいつの間にか受け入れようとしている。少なくとも、姿勢はあった。


「(ロボットであるのも、仲間であるのも間違いじゃないなら、長所短所関係なく、まず一番は、それらをありのままに受け入れることも選択としてはありなのだろうか……)」


 ユイの現在の姿勢はまさにそれだろう。悲しみを受け入れようとする姿勢は、根本を見れば、そうした感情があるのを知りつつ、それをどうにかして理解しようという努力に他ならない。もしかしたら、現状一番“利口”な扱い方に思える。


「……アイツはどこまで理解してるんだろうな、自分の感情のこと」


 爺さんが言ってるような、長所でもあり、短所にもなり得るという部分まで理解しているのか、それとも、理解しようとしている段階なのか……さっきも、似たような話がでてきたのだ。もしかしたら、自分の感情のことを自分なりに考察し始める時期かもしれない。


 ……もしし始めたら、もはやそいつは思考がいよいよを以ってロボットから本格的に離れ始めること請け合いだが。2045年問題? 爺さんがこんな高性能量子コンピューターを作って高度な人工知能を作るアーキテクチャのベースを発表してしまったせいで早まったといわれてるぐらいだよ。たぶんユイが現れた今年2030年が所謂2045年問題で言われていた現象が起きるタイミングだと俺は思っているよ。


「ロボットが感情を持つことそのものがすべて悪いことでないなら、その功罪を理解しつつ、支えるのが一番か……」


 何れにせよ、ユイはもう既に感情を持った。持ったからには、それには責任を以って向き合うことも必要になるだろうし、何より、それを忌避することを、ユイ自身は望んでいない。捨てるかって聞いてみても、たぶん「寝ぼけたこと言ってると殴りますよ」の一言で一周されるのがオチだろう。


 感情を持ったなら付き合う必要がある。そのうえで、もし弱点としての側面が出たというのなら、それこそ感情というものを経験し、その感情に対する地球上一番のエキスパートともいえる人間がカバーしてやるべきなのではないだろうか。


 ……尤も、この場合一番のサポーターとなるのが、俺になるのだが。


「……俺が、サポートしきれるのだろうか」


 感情面では、俺だけでなく新澤さんとかの支援も必要になりそうだ。というか、爺さん曰くユイの思考理論って基本的に女性脳のパターンを基にしているらしいと聞いたことがある。AIの思考構成は、女性脳パターンのほうがより人間らしい動きもできるらしいとのことらしい。なら、同じ女性脳な新澤さんは一番マッチかもしれない。後で頼むか。


「……弱点、か」


 長所が、弱点でもあるってのは何とも矛盾した話だが、しかし、話を聞く限り納得のいくものでもある。ロボットにとって、感情はどれほど扱い難いものかでもあるだろう。


 ……とはいえ、俺も典型的なロマン大好き人間である。やることはもう決まっている。




「……やれるだけやろう。感情ってのは嵌ると面白いからな」





 奪い取るという思考がまず出てこないのが、ある意味日本人的でもあるだろう…………

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