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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第8章 ~変動~
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疑惑

 ―――混乱に混乱が重なると、人というのは心理的に自己防衛をしようとする。それは、どちらかというと本能的なもので、周辺にある自身を害する存在から身を守ろうとする心理としては、何もおかしくはない心理的発展である。

 しかし、それは時として利己主義的行動に走ることを助長するリスクがある。自己防衛とは、自身の身を守ることであり、そのために他者を傷つけることも厭わなくなる危険性がある。最悪の場合、それがいつの間にかスケープゴートを引き起こす要因になりかねない。

 動物の場合、極度の混乱状態になると、非論理的な行動を起こすことがある。社会学ではそれをパニックと呼ぶらしいが、それに似たようなものかもしれない。

 もちろん、自己防衛のための他者を守る必要性を考えたならば、それはあとは理性に基づいて制御される。そのためには冷静な判断力と強い精神力が必要となるが、軍人たるもの、それくらいは十分持っていると思っていた。


 ……だが、どうも今回は……


「……なんだこれ……」



 本人ら的には、それをはるかに超える事態として、受け止められたようである……。




 事の発端は、今度は誰がスパイになるんだ、というちょっとしたジョークからだったらしい。


「まだいたりしてな。うちらにいるスパイ」


 本人的にはただのジョークのつもりだったし、周囲にいた奴らも、冷や汗やら苦笑やらをしつつも笑ってスルーしていた。

 だが、何を聞き間違えたのか、別の奴がそれをまた違った形で伝えた。


「まだスパイがいるかもしれないといううわさが立っている」


 この“噂”は瞬く間に伝播した。人の立てる噂は伝播速度がすこぶる早い。人の口に戸は立てられぬとはよく言ったものだが、別の形になって伝播するくらいなら、強引にでも口に戸を立てたほうがまだマシではないかと個人的には思う次第である。


「まだスパイがいるかも」


「誰だそれは?」


「知らん」


「お前だったりしてな?」


「冗談はよせよ」


「むしろそういうお前だったりな」


「な、お前なんで俺が―――」


 噂は形を変え、人々の話題に入り込んだと思ったら、その人がまた別の性質を持たせ、人々に共有される。風評被害の発生方法の典型例ともいえるその事態により、「スパイは誰か?」といったある種の“犯人探し”の様相を呈し始めたのだ。


 ……それだけならまだよかったかもしれない。


 その過程で、こんな話になってしまったのである。



「……てか、ある意味あのロボットが一番怪しいじゃねえか。アイツ捕まったとかどうとか言ってなかったか?」



 これのせいで、今度は「ユイがスパイかどうか?」という話になってしまったのだ。正確には、ユイは行方不明になっていただけで、捕まったなんて話はなかったのである。

 だが、逆に、行方不明になっていた期間俺らが見ていたのは「偽物だった」という“事実”は既に知っている。それを考えた者が「今のは本当に本物なんだよな?」という疑惑を持ち始めたあたりから、また話がこじれ始めたのだ。実際に、一時期本当に偽物が本物に成りすましていたこともあり、この疑惑は一種の“信憑性”のようなものを生じさせていた節がある。


 そのあとは、もはや誰にも止められない論争へと発展した。ロボットであるユイがスパイかどうか、ロボットとして信頼に当たる“味方”かどうか、というか、ロボットを信頼するってなんだ?

 ある意味、哲学的な話にさえ片足突っ込んでるんではないかと言わんレベルでの口論が展開されてくると、もう誰もこれを制止することなど不可能だった。


 自身の後ろを守ってもらっている。それは、信頼にあたる味方でなければならない。


 間違っていない理論だった。むしろ、軍人にしてみれば何もおかしくはない正しい理論だ。だが、この理論が、今回の論争を招く“キー”になってしまうとは、何たる皮肉であろうか。

 チームワークを構成するための理論が、チームワークを潰しかけている。これほど鋭利でジャブの効いた皮肉はない。


「アイツは機械だろ! 機械なんて人間がちょっと弄っただけでコロッと敵に寝返るだろうが!」


「ロボットが暴走したのも、ハッキングが原因なんだろ? アイツはどうなんだ? ハッキング受けてるんじゃねえのか?」


 こういった疑惑を持つ者。そして、


「待て待て待て、コロッと敵に寝返るのは人間も同じだろうが! ちょいと話術駆使すれば即行で騙されるぐらいには人間ってバカなんだぞ? ある意味ロボットよりボロいわ」


「それにだ。彼女はそこら辺の既存の制御ネットワークの外にいるんだ。ハッキングを簡単に受けるような環境にないし、あっても即行で弾くぐらいにはファイアウォールとかのセキュリティは入ってるだろ」


 こうした反論を持つ者。そんでもって、


「あのさぁお前ら、ちょっとは落ち着けよ。なんで彼女がスパイかどうかの話になってんだよ。ピンポイントすぎるじゃねえか」


「貴様ら、誇りある空挺団員として恥ずかしくないのか! ちょっとは冷静になれ! 感情に任せた議論はここでは必要ない!」


 中立に立って、とにかく口論を終わらせようとする者。この三勢力。

 事態を把握したのは、ちょうどこの論争の中で、中立派に立っていたとある軍人からの説明によってだった。二澤さんは直ぐに中立的に止めに入り、どうにか冷静になるよう促す。

 だが、空挺団の中では兄貴的存在である二澤さんでさえ、止められない程に事態は悪化していた。二澤さんの部下や、和弥、新澤さんまでもが入って一先ず止めようとするが、中々収まる気配はない。


「何してんだお前ら! 今俺たちは戦争してるんだぞ! こんなことで口論してる暇ないだろうが!」


「こんな事とはなんですか二澤さん! 自分の後ろを守らせるんですよ!?」


「それはそうだが感情任せな口論から生まれるもんなんてたかが知れてるだろうが!」


「ま、まあみなさん落ち着きましょうや。ここはまず論点を抑えて……」


「そんな時間があると思うか?」


「スパイが殺しにかかるかもしれねんだぞ?」


「それもうとっくに殺しに来てます……」


「まあ待ちなさい、ここはひとつ私の顔に免じて」


「お前の顔がなんだよ! そんなに特徴ないだろうが可愛いけど!」


「ほんとだよ! お前の顔に何の価値があるんだよめっちゃかわいいけど!」


 かろうじて幸いなのは、キレてようが混乱してようがボケだけは忘れないこいつららしさだろうか。しかし、新澤さんは思いっきり複雑な顔をした。怒ればいいのか喜べばいいのか。足して二で割った微妙な顔である。


「……こういう時どういう顔すればいいの?」


「笑えばいいと思います」


「にこー」


 とりあえずとってつけたような愛想笑いをする新澤さん。これがいま彼女のできる笑顔の限界かと思うと、本当にいろんな意味で面倒な立場にお立ちになられていると思う。


 ……だが、そんな愛想笑いなどは正直二の次なのである。


「……どうすんだよこれ……」


 全くもってわからなかった。こうなったときの人間は中々止まらない。止め方も俺はわからない。だが、止めないと話はどんどん過激になっていく。


「だから、アイツは本当に信用なるかって言ってんだよ! ロボットだぞロボット!」


「お前ロボットに親でも殺されたか? あそこまで感情あり理性ありのロボットは逆に信頼性あるだろ?」


「その逆だってありえんだぞ!? あれがただの化けの皮だったらどうすんだよ! 一時期実際にそうだったじゃねえか!」


「そりゃあ偽物だったらそうかもしれんけど、今は……」


 もはや中立派が息していないレベルになってきている。今度は話が「ロボットが信用に当たるか?」ていうよりは「ユイが信用に当たるか」という対象がジャストミートの隠す気ゼロな形になってきているのを受けて、これはもうさすがに何も策がないからは通用しなくなった。隣にいる本人が「え? え??」と困惑100%な表情をしながら違う意味で混乱している。ようやっと帰ってきたーと思ったら自分が軽く非難されているのである。こうならないはずはないのである。


「マズいぜ祥樹、こりゃ重傷だ。不気味の谷に半分以上突っ込んでるぞ」


「ああ、結構ヤバいな」


 いったん止めに入る集団から抜け出してきた和弥が、そう警告してきた。


 『不気味の谷現象』。ロボットや非人間的対象に対する、人間の感情反応に関するロボット工学的観点から見た概念の一つ。今のような、人に似たロボットが普及した現代においては、この概念は広く認識されてきている。

 ロボットが完全なる機械から、徐々に姿形や動作等が徐々に人間的になっていくことによって、人はどんどんとそのロボットに好感や共感を抱くが、ある時点を境にそれが一気に嫌悪感や警戒感に代わる。

 この現象を、ロボットに対する好感度と、ロボットの人間的要素の多さをグラフにすると、ロボットが人間的になるにつれて好感度は右肩上がりになるが、ある時点、結構人間に近くなったあたりで一気に急降下して、そのあとまたそれを乗り越えて一気に急上昇する様が、まるで谷に見える事から“不気味の谷”と呼ばれている。

 また、その感情はそれより先に、ロボットがより人間的になっていくにつれてまた好感や共感、親近感に変わっていく。この、ある時点までは「人間に近い」ロボットで、ある時点からは「人間そっくりの」ロボットとなることによって嫌悪感の差が発生する。ある程度は人間に似ているという程度で許容でき、好感度もある。例えロボットでも、姿形が思いっきりブリキのおもちゃのような機械なら、逆にその中にある人間的特徴が目立つため、その場合は人間はそれらに対しては親近感や好感を得やすい。

 だが、ある時を境に、人間はそれを「人間に似ている」から「人間そっくり」と認識し、それを奇妙に感じることが予測されていることから、このような現象が言われ始めたのだが、今見えているのは、まさしくそれの延長線上にあるものだという。


 ユイのように人間そっくりになってくると、今度は逆に非人間的特徴が目立ってしまい、自分たちの考える「人間の姿を持つ存在の特徴」と違ってくるというギャップが生まれ、それを嫌悪感や警戒感といった「奇妙な感情」として変換されてしまうのである。一番わかりやすいのは死体だが、ロボットの場合はその原因もわからないためある意味死体より奇妙に感じるだろう。下手すれば、これが原因によって精神障害や神経症といった負の要因を引き起こす原因にもなると予測されている。


 今までそういったものが起きなかったのは、ある意味ロボットに対する理解があったからだと思われていたし、自分たちも実際そうだったから間違ってはいないと思っていた。だが、これはグラフでいうところの、不気味の谷を越えた、という表現はできても、「そこから逆行はしない」という謎の確信を持っていたからこそのものだともいえた。

 今のこれは、完全に俺たちがすでに乗り越えたと思っていた、不気味の谷で起こる現象そのものである。


「まあ、あの現象自体、人によってはこれの型にはまらないし、人の趣味趣向や知識、認識の違いによっては谷じゃなくて波にもなったり直線になったりはすると聞いていたが……それも、ロボットが人間に近づくことによって相対的に好感度も“進む”ことを前提に考えてたよな。上がるか下がるかは別として」


「既に通った道が再び起きた時のことまで考えてなかったからな……尤も、グラフを使った考えなんて基本そんなもんだが……」


 それに、この現象が謳われた当時は心身障害が起こるとまで言われていたが、実際にはそんなものは大きな社会問題化はしていない。ゼロではないにせよ……。 


「(……まさかとは思うが爺さん、これを調べたかったがために送ったとかじゃねえだろうな……)」


 そんな心配もするが、もはや別問題。


「だが、不気味の谷に嵌った奴らの救い上げ方なんて俺知らねえぞ。どうすりゃいいんだ?」


「俺もわからねえよ。とりあえず、お前も手伝ってくれ。時間がない」


「はぁ……」


 なんつー面倒ごとに発展してしまったもんだ。こんなことで時間食ってる余裕は俺らにはないというのに。つくづく、人間ていうのはもろいものだと感じる。


「な、なあお前ら、気持ちはわかるんだけどさ、ここは少し落ち着いてだな―――」


 一先ず止めに入る。ユイが完全に置いてけぼりなのはあとで謝罪しておくとして、今はこれを止めて……


「いやだってなお前ら、考えてみろ?」




「心もないやつにそこまで執着するのは何だよ? ただの機械なんだぞ?」




「……え?」


 ……一瞬、思いっきり心臓が高鳴った。同時に、嫌な予感がした。それが、望んでいない展開を見せ始める。


「待ってくれ、心がないってなんだ。今その話必要か?」


「だから、そこまで機械に執着するのはなんだって言ってんだ。ただの電気が通ってるだけの機械だぞ?」


「いやいや、機械とかそこらへんは関係ないだろう? アイツはそこまでヤバいとは思えないって話をしているのであってだな」


「いや、だからそこをもっと深く疑惑もたんでええのかって話してるんだって。たかがロボットなのにそこまで執拗になる必要はあるかって話してるんであってだな」


「何言ってんだ、ロボットほどある意味信頼できる奴いなくねえか? 人間よりはマシだろうが」


「そもそもロボットに感情ってあるんか?」


「あるわけないだろ、ただの無機物でできた奴なんだぞ?」


 …………、はい?


「(……なんだ、何の話だこれは?)」


 ますます混乱した。俺は、目の前にいる奴らが一体何の話をしているのかさっぱりわからなくなったのだ。

 さっきまで、スパイがどうたら、ユイはスパイなのか、そこら辺の話をしていると理解していた。しかし、気のせいだろうか。なぜか今度は「ユイに対する中傷」まで混ざってきているように聞こえたのである。


「ただの機械だろアイツは! そこまで執着するなよ、気持ち悪い!」


 これがトドメだったのだろうか。まるで「ロボットは気持ち悪い⇒それに執着する奴も気持ち悪い」という風にすら聞こえてくる言葉に、ついに……


「あぁ? 何が言いたいのよアンタ?」


「あ、新澤!?」


 この人までキレた。待ってください新澤さん、あなたまでそっちに言ったらもう止める術が完全になくなりますよ!?


「お、落ち着いてください新澤さん! 今のはどっちかというと感情に任せて出てきたちょっとした言葉のあやというかなんというかその―――」


 和弥が強引に体を掴んで止めに入ろうとするが、新澤さんは止まらない。


「アンタがどう思うか知ったこっちゃないけど、まるでユイちゃん側に付いてるのが気持ち悪いみたいな言い方じゃない!」


「なんすか、図星ですか?」


「私が図星かどうか関係ないでしょ!? あと私が気持ち悪いことは別にどうでもいいのよ! でもほかの奴らは関係ないでしょ! ひとくくりにしてんじゃないわよコラァッ!」


「女性にしちゃあ随分威勢がいいですな」


「仮にも空挺団入った女舐めてんじゃないわよ! 大体ね―――」


 あぁ、ダメだ。もう止まらない。和弥がもうこっちに助け舟を求める視線を送るが、すまん我が親友。こうなった新澤さんはもう俺たちの手には止められないのはご承知であろう。

 あー、でもマズい。何か手立てはないのか。少なくとも、俺らだけじゃ止まらん話なのは確かだ。


「え、えーっと、とりあえず、ここは羽鳥さんあたりに知らせてこないと―――」


 他力本願は余り好かないが、こればっかりは仕方がない。一先ず、ここは即行で羽鳥さんを連れてきて一喝でも二喝でもいいから入れてもらわな―――。


「……ッ!」


 ……だが、俺は気づいた。

 あまりの議論の飛躍展開に茫然とし過ぎて、本当に気にしないといけない相手を失念していた。


「……ユイ……」


 隣にいた相棒が、完全に震えているのだ。“困惑と恐怖”で。


「え……えっと……、これ、私……一体……」


 何をどうすればいいのか。たとえユイの優秀なAIをもってしても回答は出てこないだろう。自分のことで完全に口論になっている光景を見て、渦中の人物たる自分はどうすればいいのか。

 当たり前だが、こんなの人間でさえもわからない。ロボットにわかるはずもないのだ。無理もない。


「あー、ま、待ってくれ。あれは単に感情的になりすぎてるだけだ。ハハハ、人間の悪い癖でね、口が悪くなると他人の悪口も結構表に出しちまうんだよ。でも、ああいうのは基本的には本心ではなくてちょっと表現がきつくなってるだけのことだってあるし、あまり気にしないほうが……」


 とってつけたようでもいい。とにかくフォローを入れ、ユイがこれ以上精神的にダメージを負わずに済むように努めた。ここに連れてきたのがそもそも間違いだったのだろうが、後の祭りだった。


「頭に血が上ってるだけだ。ちょいと喝入れて頭冷やせばたぶんすぐに冷静になって―――」


 ……しかし、


「……何やっちゃったんだろう」


「……え?」


 ユイは、俺の懸念と別の方向の懸念をしていた。


「……やっちゃったって、何が?」


「あ、いえ、私、結構中傷受けてるっぽいですけど……」


「あー、だから、あれは単に頭に血が上ってるだけで、別に本心かどうかはわからな―――」


「でも、それを言われること、しちゃったってことですよね?」


「……は?」


 ……何を言いたいんだ、お前? 俺にはさっぱりわからなかった。まるで、これが引き起こされた責任は自分にあるかのような言いぐさに、俺は困惑を隠しきれない。


「待ってくれ、何が言いたいんだ?」


「ですから、こんなに中傷しなきゃならなくなってしまった私の行動って何だろうって……しかも、相当激高されてるし……」


「いや、だからあれは……」


「一体何したんだろ……私……」


 ユイは困惑していた。自分が、あそこまで仲間らをブチギレさせる何かをした理由を知ろうとしていた。

 いや、確かにユイはハッキングをされ、意図的ではあれど敵側の支配下に入りはした。

 しかし、仮にそれらが理由でキレているのだとしても、あれはハッキングをした側か、ユイのセキュリティを設計した側が非難されるならまだしも、ユイ本人が非難されるいわれは全くもってないはずである。むしろ、そんな窮地に陥っても、ユイは自分のとそっくりの構造をしたコンピューターを他のロボットを使ってその場で急造し、そっちをハッキングするよう誘導することで解決するほどの柔軟な対応をしたし、そのあとはわざと敵側に入って多くの貴重すぎる情報を集めてきた。羽鳥さんにも渡したあのデータは、上層部が喉から手が出るほど欲していた情報だったに違いない。

 もちろん、それで色々と心配をかけたのは事実だし、それを非難するならまだ話は分かる。俺らだってそうだったのだ。ユイだって理解している。だが、中傷にまで発展する必要はこれっぽっちもないはずだ。ましてや、偽物がやってきたのは別にユイ本人の意思によるものではないのである。


 ……それなのに……


「(……なんで、自分が悪いみたいに考えてんだ……コイツ……)」


 まるっきり意味が分からなかった。間接的要因に基づいてユイがそういう立場になっただけで、自分からその立場に好き好んで立ったわけではない。「確かにそういう立場にはなったが、怒るなら敵側に言ってくれ」。そう言い放ってもいい立場なのだ。

 この場合、むしろ非難の矛先を間違えてるのは向こうのほうである。旧自衛隊の国防軍化の反対運動が起きた時、その批判の矛先がなぜか旧自衛隊のほうに向いていた団体が多かったが、まさしくあれである。あれほど、「文句は政府に言ってやれ」と思ったことはない。あの時は、まだ俺は一般人だったが、俺がそう思ったのである。入っている本人らはたまったものではなかったはずだ。


 今のこれは、その旧自衛隊側が「確かに俺らが悪いよな」と認めているようなものである。これほどちゃんちゃらおかしい話はない。


 ……というより、彼らがこれを理由にユイを非難しているのかすら怪しい。「ユイがスパイかもしれない」という話から「ユイは信頼できない」という話になっているので、どれほど向こうが先に言ったような話を考慮して非難しているのかがわからない。もしかしたら、ただただイメージ先行で語っているだけの可能性すらある。


「……お前は勘違いしてる。確かに、お前は色々批判されてるっぽいが、その主要因を作ったのは敵側だ。考えてみろよ、さっきまでのあんなスパイやらなんやらを好き好んでやったわけじゃねえだろ?」


「それはそうですが……」


「お前が非難されるいわれはそこまでないし、ましてや中傷なんて論外だ。何度も言ってるけど、向こうは感情的になりすぎて言葉が過激になってるだけだ」


「でも」


「頭を冷やせば向こうだって少しは落ち着く。あれに関してお前が責任を感じる必要は―――」


「人の話聞いてくださいッ」


「ッ」


 ユイが少し声を荒げた。次の瞬間には「あ、まあ、人じゃないですけど……」と訂正していつもの調子に戻りはしたが、顔は真剣だった。


「……ユイ?」


「……確かに、祥樹さんの言った通りかもしれませんが、しかし、責任の一端が自分にないというわけではないんですよね?」


「いや、まあ、中身によってはもしかしたらそうかもしれないが……だが、それは全体で見たらごくごく一部の話で……」


「ごく一部かどうか、それは彼らにとっては違うかもしれません」


「そりゃそうだけどさ……」


 逆の可能性だってある。そういおうとしたが、ユイがさらに続けた。


「……私の名前の由来、覚えてます?」


「え?」


 唐突な昔話。由来ぐらい、今でも覚えている。


「……皆さんの関係と密接になって、より良き関係を結ぶ努力をしたい、そう言ったのを覚えてますか?」


「よく覚えてるよ。余りに穢れなき健気な抱負過ぎて記憶に鮮明にな」


「そりゃどうも。……でも、今どうですか?」


「……」


 ……言わんとすることはよくわかる。今の彼らは、密接に繋がるどころか、むしろ引き離している状態だった。しかも、自分達からである。好き好んでというわけではないのもまた、性質を悪くしている。


「……主原因ではないとはいえ、根本には私がいます。私の存在が、少なくともあのような状況を引き起こしているのは事実なんです」


「……」


「……私は、どうすればいいのかわかりません。もう、どうやって止めたらいいのか……」


 そういって、ユイはうつむいた。困惑しながらも、恐怖しながらも、自分が、何もできない無力感にさいなまれるかのようだった。若干、歯を食いしばっているようにも見受けられる。


 ……俺は思った。いや、確信にも近かった。


「(……ダメだ、健気すぎる)」


 一番最初の頃のあの健気さは、今でも十分顕在であることがよく理解できるものだった。そして、それは余りにも健気すぎることによる“弊害”にもつながる。

 悪い部分は悪いでいい。だが、別にそうでない部分まで、その悪い部分をもってすべて悪いという必要は、全くないのである。しかし、こいつの論調は、まさしくそれだ。


「(……人間に優しすぎやしねえか、これ……)」


 純粋無垢、とはいうものの、純粋無垢通り過ぎてなんて表現したものかわかったもんじゃない。白を通り越したら……透明? それくらいのものだ。

 だが、透明は逆に、背景にある色、という名の複雑な事情によって、どんな色にもなってしまう脆いものである。今のユイは、まさしく“脆い”状態だ。


「……私、ちょっと話つけてきます」


「はァッ!?」


 いきなり、ユイがあのカオスな群衆のほうへと向かい始めた。すぐに俺は止める。


「待て待て待て待て、お前がなんで行くんだ?」


「さっきも言いました。こうなった責任の一端は私にあります。私が解決させないと、絶対に口論は止まりません」


「何度も言わせるな、これはお前が前にでりゃいいって問題じゃない。それ以前に、アイツらの心理的な状態をまず解決させないと」


「それも含めてです。私がやらないと……誰がやるんですか」


「ッ!」


 この目……本気の目だ。

 誤った理論ではあるかもしれない。だが、この本気度の高さ……これほどの度胸があったから、今まで死なずに済んだんだろうと思うと、俺はとんでもないやつを相棒にしたらしいと考えるほかあるまい。


 ……だからこそ、


「……待て」


 俺は、こいつに頼るわけにはいかなかった。


「なんですか?」


「渦中の人物たるお前が言ったって、状況を悪化させるだけだ。お前は下がってろ」


「でも……」


「わかってる。責任を感じるのは勝手だ。だが、少なくとも、お前が言ったって解決しないのも事実だ」


「ッ!」


 納得はできないだろう。だが、実際問題、あんな状態の人間を、ロボットが解決しきることはほぼ不可能だ。しかも、あんな状態になっている根本たり渦中の存在がいったって、事態は悪化する。それは間違いない。


 ……俺の相棒のことである。俺が代行できるものは、なんだってせねばならない。


「……役目は俺が引き受ける。お前はそこで待ってろ」


「できるんですか?」


「……」


 一瞬迷いはした。俺も俺で、確実に収める自信があるかと言われれば、ないと言い切ってやる。


 ……だが、



「……やれるだけやるよ」



 小さな笑みを見せながら、そう返した。あいつを不安にさせたくはない。今は、少しだけ、自信を見せた。



 怖くないかって言われれば嘘になる。しかし、





「……おい、お前ら」





 相方のためでもある。俺は、越えなければならないのだ…………

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