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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第7章 ~混乱~
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新たな危機

 ―――本物のほうのユイが戻ってきてからは、現場は違う意味で“散々”であった。


 帰りのバスよろしくやってきた高機動車に乗り込んだと思ったら、ユイはユイで「お礼です」の一言を言い放ちながらスリーパーホールドをかまして新澤さんに無呼吸で長時間「ギブギブギブギブギブギブギブギブ!」を超高速で連呼させるわ、他方、二澤さん他複数人から「本物かどうかチェックするためにちょっと失礼させてくれ」とナチュラルにセクハラが仕掛けられたので思いっきり蹴り喰らわす羽目になるわ、かと思えば和弥が「中身みりゃいいべ」とタブレットと接続コードを取り出すので持ってた空マガジンで思いっきり頭殴って正気にさせざるを得なくなるわ……。


 ……お前らはもう少し歓迎の仕方を習ったほうがいい。あとユイ、キレるのはわかるが仮にも先輩にそれはアカン。アカンでマジで。


「待って待ってお願いほんとに待って、首が、ユイちゃん私の首が、若干ミシって音が」


「ではまずその首に通ってる声帯から切って差し上げましょうか」


「待って待って待ってわかったから、勝手に言ったのは悪かったからとりあえず腕取って? ね? 話し合いは大事よ外交のために軍事力があるのよわかる?」


「外交でどうにかなるラインは超えました」


「待って今のユイちゃんそこら近所のテロ支援国家より怖いわよどうすんのこれ!?」


 知りませんよ、そんなの。

 まあ、あれに関しては俺にも非があるというか原因は俺にあるようなものであるため、一先ずほどいてやる。新澤さんが割とせき込んでいた当たり、そこそこガチで絞めちゃってたようである。力加減したんだろうとは思うが、それでもこの差である当たり、やはり怒らせちゃマズい相手トップは依然としてコイツであることが改めて明白となった。


「ま、相変わらずな様で良かった。しかし、ビックリしたな。まさか逆スパイしていたとは」


 二澤さんが感心したように言った。周囲も同様に頷く。

 一応、今回の件に関して先ほどまで二澤さんらに事情をすべて話した。ハッキングされた、と思っていたが、実はそれは演技で逆に敵組織を諜報する機会に逆利用していたこと。そして、不完全であるという自己評価だとはいえ、結構重要な情報を大量に持ち込んでいたこと。

 「大戦果だ」。さっき俺が言った通りのことを、彼らもやはり言い放った。和弥に至っては、ユイから預かったSDカードをタブレットに挿入し、さっそくデータの自己分析に取り掛かった。和弥にしてみれば、それこそ垂涎ものの情報ばかりであろう。


「ハッキングはやはり奴らが仕掛けたものだったか。しかも、セキュリティの穴を突いてきた」


「強引っちゃあ強引ですが、考えてみれば一番“効率のいい”やり方です。壁が厚いなら、壁そのものを“使えなく”してしまえばいいんです。コンクリートがただの砂になるように」


「砂の壁なんて即行で潰せるな。しかし、ロボットの大半を支配下に置いて制御するための大事なシステムのセキュリティが、こんなガバガバだったとはねぇ……」


 苦笑込みの呆れた表情を浮かべる二澤さん。同感だ。せめて、文字通り二重三重の同様のセキュリティ、若しくは、若干構成を変えたセキュリティ防壁を設置できていれば、せめて時間ぐらいは稼げたものを。

 コスト高になるというデメリットはあるが、こうなるくらいなら、最初からコスト高のデメリットを受けていたほうが、最終的には安上がりだっただろう。尤も、今更言っても後の祭りなのだが。


「この時のために、大量に電子媒体を闇市場を使って買い込んでいたようだな……どうりで、あの数か月前の東京の件で……」


 和弥がタブレットを操作しながらそう言った。ついでに、これに関して気になっていたことを聞いてみる。


「和弥、前に東京で調査活動の手伝いをしていた時に手に入れた情報で、闇取引の内容が電子機器に偏ってるってことがあっただろ? あれってまさか……」


「ああ、間違いないな。おそらく、これのためだったんだろう。桜菱や富士見などの大手企業の媒体が多かったのも、たぶん、ハッキングをする相手に合わせたんだな」


「R-CONシステムのサーバーは、桜菱や富士見、カワシマをはじめとした大手企業のものばかりだったが、まさか、それ関連か?」


 結城さんの問いに、和弥は頷いて返す。


「ええ。同じ会社のコンピューターを使ったほうが、親和性が良かったりしたのか、それとも、改造しやすかったのか。正直、ハッキングに関してはド素人なのでそこらへんに差が出るかよくわかりませんが、少なくとも、高性能なもので、DDos攻撃に使えるものを求めていたのは確かでしょう。だとすれば、必然的にこういった会社が作る奴に対する需要は生まれます」


「自社製のコンピューターが、自社サーバーを潰すツールに使われるとは、なんたる皮肉かねぇ……」


 結城さんの苦笑は、まさにここにいる全員の心の内の代弁と言えるだろう。利益を上げるため、社会貢献のために作ってきた高性能コンピューターを、自社を、社会を潰すために利用されるというこれほどパンチの効いたものもなかなかない皮肉。ある意味、トヨタ戦争とかに通ずる何かを感じる。


 和弥はさらに続けた。


「それだけじゃない。どうやら、東京の4ヵ所に置かれた例の爆弾は、このコンピューターを使って設計されたらしい。てっきり持ち出されたものと思っていたが、このファイルによると、ハッキング用とは別用途のものを使って、HNIW型の分子構造の最適化設計を行っていたようだな」


「スパコン使わないとできないようなものを、よくまあそれで」


「まあ、スパコン使うって言っても、数十年前の話です。一世代くらい前の奴だったら、やろうと思えばできなくはない。だが、それでも相当な専門知識が必要なはずだが……」


 和弥が眉をひそめた。高性能爆薬の設計を、日本製の市販量子コンピューターでする。最近のテロや紛争も随分高レベルになったと実感する次第だが、それを使って、爆弾そのものの設計までこなせてしまうのだから、昔あった地下鉄サリン起こした某宗教団体よろしく、高学歴、若しくはその道に長けた人間を引き入れてやらせているのだろう。もしくは、例の私幌の時に明らかになったように、その道の人間の奴らを強引にさらい、使役する形で作らせている可能性もある。何れにしろ、厄介な話だ。


 ……だが、そこらへんはぶっちゃけまだ終わった話、若しくは現在対策中の奴もあるので後回しでいい。それより一番の問題は……


「……ほんで、このCIAの奴は何だよ?」


 案の定、そこに食いついた。誰もがそうだった。

 二澤さんも、その話になるや、即行で食いつく。


「二人の話を聞くに、あのおかしな装備を着た奴らは、全員CIAの所属だってことだが、本当なのか?」


「ファイルを見る限り、間違いないかと。少なくとも、私が確認できた中ではそう判断するのが自然です」


「マジかよ……」


 ユイの返答に、二澤さんは唸った。彼の話を聞くに、一応、二澤さんの部隊でも同じ装備をした奴らをたびたび確認していたらしく、羽鳥さんのほうに話は上げていたようだ。不審には思ったが、敵側が持っている特殊部隊みたいな立ち位置にある、俺らがよく見る武装集団とは違う集団に属する勢力なのだろうと思っていたのだそうだ。

 ……だが、別集団ではあったものの、所属勢力は違っていた。完全に、公的機関の、諜報組織だったのである。ファイルを見る限り、そういうことであった。


「CIAが保有する準軍事組織パラミリチームってところか。しかし、CIAがこっちに何の用だ……?」


「何らかの情報活動……? 一応、海外諸国ではもうほとんど極限状態は脱したみたいだから、あとに残った日本側の様子を見に来ているとか?」


「だとは思うんですが、それにしたってあまりにもこそこそし過ぎな様な……」


「そらまあ、向こうの諜報面での機密はあろうし、秘密は守らなあかんだろう」


「それはそうなんすけど……」


 二澤さんの言葉に、和弥は妙に納得のいっていないようだった。

 正直な話、CIAがそこまで大きな何かを抱えているとは思えない。今のCIAに、それをする理由がさらさらないし、上にいるアメリカ政府も、そんな陰謀染みたことをする必要性はない。単に、今後の対テロ戦争に関する情報収集のために、CIAの要員を現地に派遣しているだけかもしれない。パラミリチームを送ったのも、単に自己防衛の観点からそうしただけの可能性もある。


 ……だが、それにしては“好戦的”すぎる。幾ら情報を守るためとはいえ、乗り込むのは同盟国の領土である。しかも、紛争真っただ中の最中の地域だ。

 同士撃ちで、あろうことか同盟国の軍人を殺してしまったなんて話になったら、間違いなくあとから責任追及の展開となろう。隠しとせば話は別かもしれないが、世の中、そんな簡単には事は進まない。少なくとも、国防軍のほうにはそんな話は来ていない。今回の事態において、もしそんなことが起これば、話は群から上に上がっていって、それが外にも漏れて、国内でも話題に上る可能性だって、否定はできないのだ。

 同盟関係を捨てるなんて話はアメリカは言っていないし、同盟を維持するという考えがあるならば、こんなリスクをわざわざ追うよりなら、せめて日本政府を通じて、軍にも情報を与えておくぐらいはしていてもいいはずだ。それがないのである。


 ……だのに、向こうはこっちを見るや否や、“即行で銃を向けた”。


「(向こうだって、俺らの都市迷彩の種類や武装の内約は知っているはずだし、敵が日本の武装をまねてい要るわけではないことぐらい承知のはず。向こうだって同士討ちは避けたいしな。なら、わざわざ無駄に弾薬を消費する必要はなく、さっさと身を引けばよかっただけ……なぜ俺らを進んで殺そうとする?)」


 二澤さん曰く、向こうでもやはり戦闘になったようだった。自分の姿が二澤さんらに見られたのを知るや否や、単身であるにもかかわらずすぐに戦闘に入ろうとした。自己防衛のためにやむを得ず撃ちはしたものの、余りにも特殊な敵に困惑したそうである。

 好戦的といえば、明らかに敵が持っているとは思えないやり方で、俺と和弥を殺そうとした時もあったな……UAVの監視に引っかからない、試作型の光学迷彩装備を使ったとしか思えない方法で狙撃をしてきた。先進国しか持たない装備を持っているという点は、CIAのパラミリチームにも十分当てはまる。むしろ、諜報の性質上、こうした光学迷彩は下手すれば軍より優先的に配備されてるかもしれない。


 ……あれも、もしかしたらCIAの仕業だったのか。だとすれな、あの時予測してたものが本当に実現したことになる。


「それに、CIAほどの組織が、自分の秘密行動に使う装備内約を簡単に漏らすかねって話にもなりますよ」


「それもそうだが……」


「思ったんだが、CIAの単独行動って線は?」


「アメリカ政府の監視がそんなに甘いとは思えませんよ。映画とかじゃよくある話ですけどね」


「むしろ、そのアメリカ政府も絡んだ話ってほうがフィクションじゃよく描かれてるイメージだな」


 結城さんの言うように単独行動の可能性もあるにはあるが、俺としては和弥の言うように今回の件はアメリカ政府も一枚かんでるとみている。監視なのか、情報収集なのか、それはわからないが、単独行動できるほど、政府の監視が緩いとも思えなかったのだ。

 ……そうすると、今度はアメリカ政府の狙いが気になるところだが、政府はこの件、認知しているのか?


「(……彩夜さんあたりに聞きたいが、たぶん、繋がらんだろうし教えてくれんよな……)」


 総理秘書を手伝ってる彼女なら何か知ってるかもとは思ったが、考えてみればその立場もあってか入手している情報を、一軍人に簡単に教えては機密もあったもんじゃないな。


「CIAと同じことを考えた、別勢力が来ている可能性は?」


「今のところはないようだな。ファイルにも、その点は書かれていない。どうですユイさん?」


「ファイルにはCIAのことしか書かれていませんでした。しかし、同じことを考えた組織がいないとも限らないでしょう」


「MI6とか来てくれたら、俺はジェームズボンド探すぞ」


「日本にジェームズボンド来てたっけか……」


「『007は二度死ぬ』のことか? 俺小説みてねえけど」


 あれ、映画版だとあまりに原作ドスルーし過ぎて酷評喰らったって噂あるんだが、マジなんだろうか。結構昔の映画なので、どっちにしろすぐに見れそうにないのだが。


「でもあの小説のボンド、確か妻殺されたりして色々精神参ってる中でやってきたから割と来られちゃマズいんじゃね? 昔に読んだものだから大分中身忘れたけどよ」


「映画に出てた小型ヘリ、今考えたらUAVなんて便利なものあるからいらなかった気もするな」


「時代の進歩だな」


 二澤さんと結城さんがかわす、そんな他愛のない会話。CIAから始まり、MI6に移り、ジェームズボンドである。こいつららしい話題の転換である。


「とにかく、CIAの件に関しては、上の連中に確認とらなきゃならねえ。仮に別に害のない行動をしているんなら、こっちとしても無駄な戦闘は避けなきゃならなくなる」


「ですね」


「でも、無線はやめておきましょう。向こう盗聴してるっぽいですから、しかも割と正確な周波数で」


「おいおい、冗談だろ?」


「だと思いでしたら、あとで私が撮った映像でも見ます? こんな時の、アイカメラ」


 そう言って、自慢気に目元を軽くつついてウインク。機械の目というのは便利なものである。ここぞとばかりに示されるその能力に、二澤さんも頼った。


「あとでと言わず、今見せてくれるとありがたい」


 そんな返しをするのも無理はない。和弥に預けてたSDカードをいったんもらい、その映像データを移して、また返す。



 ……映像を持て即行で皆して頭抱えるのは、遠い先の未来の話ではなかったことに気づくには、今から数分後のことである……。





 ……そんなこんなで、無事帰還を完了する。

 完全に無線が盗聴されまくりな事実を目の当たりにして割と大きなショックを受けている最中、とにかくこれらの情報をすぐに上に伝えるべく、車を降りて即行で司令部の下に向かったのだが……。


「……なんだ、この騒ぎは」


 和弥は目の前に広がるつぶやいた。


 出撃を待っている者たちであろうか。彼らは普段は冷静に指示を待って静かに過ごすなりしているはずなのだが、今日は異様なまでに騒がしい。一部では口論にすら発展している。大きな動きでもあったのか、そんな予感を俺たちは感じた。

 例の盗聴の件でそこそこ気が滅入っているとはいえ、ユイを無事保護し返ってきたことによる喜びのほうが大きく、ちょっとした凱旋気分で胸を張って帰ってきたところのこの混乱ぶり。二澤さんは、ちょうど近くにいた軍人に声をかけた。


「おいおい、どうした。何があった?」


 まだ若い奴らしい。随分と困り果てた様子であったが、相手が二澤さんと知るや、すぐに敬礼をしつつ答えた。


「はい。どうも、マズい状況になりました」


「マズいって何がだ?」


「実は……」


 随分と言いにくそうだった。だが、一息入れて放った言葉は……




「……見つかったんです。空挺団からも、“スパイ”が」




 そんな、衝撃的な言葉だった。

 俺らは一瞬、言葉を失った。「は?」と、口を軽く開けて呆けてしまったのである。


「……スパイ? うちらから?」


「ええ。最近入った新米の奴ららしいんですが―――」


「奴“ら”? 複数人ってか?」


「あぁ、はい。複数人です」


「なッ……」


 一人ではなかった。複数。聞けば、5人もいたという。“5人”である。


 あれだけ、散々ここにはいないだろうと思われていたさなかに見つかった、この5人。これのせいで、今空挺団内は収め切れない程ほどの混乱ぶりを見せているのだという。

 一般部隊でも同じようなことは起きていたものの、それの波が、空挺団にも押し寄せてきたと上の連中はみているようだった。とにもかくにも、「いないだろう」という懸念は、一気に覆され、それどころか、「やっぱりいた!」と、逆にその分混乱を増長させている状態になっているのだという。


「もう司令部は事態を収拾しきれていません。情報が断片的で、それもあって噂がいろんなところから……」


「曖昧な情報しかないと、人間はそれを想像で補おうとするからな。しかし、今の場合においてそれは……」


「ただただ、自分の抱いている不安を具現化したような想像しかしません。それも、悪い方向へとどんどんシフトしていってます」


「最悪のパターンだ……」


 二澤さんは頭を抱えた。いや、頭を抱えたいのは、俺を含めたここにいる全員か。

 人の記憶は、自身の想像によるバイアスが大きい時がある。事件や事故が起きた時の目撃証言は、時折頼りにならないときがある。それも、事件・事故発生から長い時間が経った後の証言はよりその傾向が強いとされている。なぜなら、その長い時間の間に、事件・事故に関する記憶における曖昧な部分や矛盾する部分は、自身の想像で補整をかけてしまうからである。

 これは、記憶にも限らない。「こんなことが起きた」という話が出ると、曖昧な情報をを分析する際に、自分の想像を用いてそれの整合性をどうにか整えようとする。だが、その分析の基準となる想像、の基準が、はじめから悪い方向悪い方向へと無意識に流れるような事態になっていた場合、それは深刻な事態となる。今みたいに、悪い想像しかほぼできない状態の場合、その悪い想像に基づいた分析しかされず、しかも、そのほうが事の分析に合理性やら整合性やらがあった場合は、それは信じられやすい。それをもとに、また想像を補整する。完全に、悪循環なのである。


「詳しくは司令部にいって聞いたほうがいいかと。自分も、まだ詳しいことを知らされていないんです。はぁ、困った……」


 そう言って、彼はまたその場を離れた。茫然とする俺らが置き去りにされると、すぐにハッと我に返った二澤さんが指示を出した。


「と、とりあえず、報告がてら二澤さんのほうに行くか。篠山もいくぞ。彼女連れて」


「は、はい……」


 もうさっきの盗聴がどーたらなんて些細なことに思えてくる。いや、あれもあれで重要なのだが……。


 司令部に行くと、こっちもこっちで慌てた様子であった。やはり、例のスパイの件なのであろう。羽鳥さんの姿を探したところ、奥のほうでやはりあわただしく動いているのが目に見えた。二澤さんは俺とユイをここに待たせ、羽鳥さんを呼んでくる。

 その間、司令部の様子を軽く見渡す。


「……ハチの巣が見つかったりでもしたんですかね?」


 ユイの一言がまさに的を得ていた。


「ハチの巣が見つかったぐらいでここまでならねえさ。さっさとこの部屋隔離しちまうか駆除しちまえばいいんだから。だが、今回はそうもいかないっぽいねぇ……」


「やっと帰ってこれたぁと思ったら、どうもゆっくり休む時間がなさそうでその」


「残念ながら、そのようですなぁ……」


 尤も、お前ゆっくり休んで何するんだって話だが。読書か。久しぶりに趣味の読書でも再開するのか。


 二澤さんが、羽鳥さんを連れて戻ってきた。ユイの姿を確認するや否や、即行でユイの下に駆け寄った。


「おぉ、無事だったかッ! ……で、本物だよね?」


「ガチもんです」


「その通り。私こそがオリジナルのほうです。そこら近所にいるうまいこと本物になり切れなかった残念な偽物ちゃんとは違うのです」


「なるほど、この厭味ったらしさ満載の一言を加えるあたり、本物で間違いないな」


「でしょう?」


「私を見分ける基準ってそこなんですか?」


 不満のありそうなユイの顔を横目に見つつ、事態の確認を急いだ。報告は後でもできるが、事態の性質上、まずは事の状況を聞きたかった。


「一体何があったんです? どこもかしこも、もう間もなく日本が沈むのかってぐらいの大騒ぎですよ」


「どんな例えだそれは……だがまあ、実際それぐらいひどい事態であるのは事実だ」


「スパイが見つかったと?」


「……ああ、そうだ」


 悔しそうな顔をしながら、羽鳥さんは頷いた。やはり、そうだったのか。事情を詳しく聞くと、どうも、先の話通り5人。何れも新米として今年入ったばかりの奴らだったが、彼らが、元より敵組織とのつながりを持ち、そのパイプとなるべく、この空挺団に入ったらしいことを突き止めたのだという。ちなみに、通報はスパイ網を検索していたJSAからだった。

 裏の敵組織の諜報状態を調べるうちに、このパイプにたどり着いたのだという。


「混乱を防ぐために、本当は上のほうだけでの内密にする予定だったのだが、どこのバカかは知らんが誰かがほかの連中にも漏らしやがった。そのせいで、案の定な出来事だよ」


「混乱がいたるところに波及しています。中身は、大方察することができますが……」


「ああ。「次は誰だ?」ってところだ。まったく、こんなんじゃ作戦どころじゃない……」


 羽鳥さんは頭を抱えた。それも、本当にそのまま泣くんじゃねえかってぐらいには深刻な顔をしていた。


 自分の信頼していた仲間から、スパイが出てきてしまった事は、よほど大きな衝撃をもって迎えられたらしい。衝撃の大きさが、こうした情報漏洩の原因か、それとも別の理由かは知らないが、それのせいで、部隊は規律も統合も何もあったものではない状態となった。


 統治がうまくできない。不安がるのも無理がないからこそ、始末に負えないという最悪の展開であった。ユイは取り返した(というか戻ってきた)というのに、次から次へと、始末に負えない話ばかりが飛んでくる。俺たちはそろそろお祓いをしてもらうべきだろう。


「収拾の目途は?」


「全くだ。再奪還作戦の概要もまとまり、あとは現場たるこっちが準備を終わらせればもういけるという段階まで来たのに、そんなときにこれだ」


「奪還作戦において、東京にいる一般部隊とレンジャー、空挺団、特戦群は中心戦力になりますからね……」


「今回の作戦は、空挺団としても総力をもって動くことになる。上からは、各国と比べて遅れている事態対処を早めろとのお達しまで来た。作戦はまとまった。あとはやるだけだから急いでくれってな」


「そんな状況で、これっすか」


「これだよ。そろそろ胃薬じゃなくて頭痛薬のほうがほしいくらいだ、誰か持ってるか?」


「PXにありません?」


「ないんだよ、これが。困ったもんだ」


 もううんざりだ、と言いたげなぐらいの投げやりな声である。これほどイラついた羽鳥さんもなかなかみない。相当参っているらしかった。彼、最近参ってばかりである。


「もうどうしたものかこっちでもわからない。一番は、ほとぼりが冷めるまで放置しておくってのかもしれんが、それでは作戦時期に間に合わん」


「かといって、強引に収めようとすれば……」


「ハイリスクハイリターンだ。相当うまく回らねえと……」


 二澤さんが顔を歪めてそう呟くように言った。一度混乱に陥った人間を元に戻すのは相当な苦労がいる。彼らの上にいるのが、宣教者レベルのいろんな意味で途轍もなくえらい誰かであるならば話は別かもしれないが、生憎軍隊はそういうのとはまた違う。上官が絶対的に偉い組織であるとはいえ、宗教レベル、思想レベルでまで偉いかと言われればまた違う。ゆえに、ここら辺を止める力は、そういった宣教師とかと比べると、どうしても劣る。

 こういう時に限っては、俺らはなんで宗教のリーダーじゃねえのかなって思わなくはない。


「とにかく、収めれるならこれを収めてくれ。できればでいい」


「了解」


「あぁ、それと……報告を」


「あ、そうだった。えっと……」


 羽鳥さんにも、高機動車内であった話をある程度要約して話した。さらに、ユイの持っていたSDカードも、彼に渡した。詳しくはそれを見てくれという補足説明付きで。


「……なるほど。逆スパイというやつか。恐ろしいやつだな、お前も」


「味方でよかったでしょう?」


「あぁ、全くだ」


 1秒にも立たない羽鳥さんの即答に正直吹きかけたが、我慢した。


「しかし、CIAか……こっちにはそんな情報は来てなかったが」


「現場部隊の司令部にすら?」


「ああ。……念のため、政府やほかの部隊にも確認する。少し待ってくれ」


「了解」


 そう言って、羽鳥さんはまた離れた。SDカードは彼に託したし、あとは、作戦開始を待つまで色々と準備作業であるが、その前に、やることも大量である。


「……まずは、ここの空気どうにかしないと」


「だな。一先ず、戻るか」


 羽鳥さんやユイとともに、一先ず開けたところに戻った。この建物の中でもひときわ大きめの部屋。あそこに、大気中の団員らがいたはずだ。そこはどうなっているか……。


 そこに戻ってみるが、案の定、こっちもこっちで“大忙し”。


「やっぱりか……」


 そんなため息をしつつ、羽鳥さんらとともに、一先ず宥めに行こうとした時だった。


「あっ……」


「ん?」


 和弥が、余りにもきまづそうな顔をこちらに向けた。「すんげえタイミングできやがったこいつら」と言わんばかりだが、なんだ、そんなに来ちゃマズいのか。よく見ると、隣にいる新澤さんや結城さんあたりまで、「ゲッ」と口元を歪めていた。なんだなんだ、何があったんだ。

 それに気づかない二澤さん。いつもの調子で宥め始める。


「おいおいどうしたお前ら。少しは落ち着きなよ、そんなにスパイが怖いわけじゃあるま―――」


「だから、アイツは信用できるのかよ!」


「知るかよ! 少なくとも人間よりはできるだろうが!」


 ……口論は止まりそうにない。どうやら二つの派閥に分かれているようだが、仲介役がうまく機能していないようだ。……というか、和弥とか新澤さんあたりがしにいってるらしいのだが、ほとんど効果なしのようである。


「落ち着けよお前ら。ここは口喧嘩する場じゃないぜ。もうちっと穏便に―――」


 二澤さんがめげずになだめようとする。ある意味、情に流されない彼らしいやり方だ。


 ……だが、


「何度も言わせるな! 本当に人間より信頼できるかって聞いてるんだ!」



 ……俺らの知らない間に、



「あの―――」







「女ロボットがよ!」







「…………は?」






 ……その発言に、俺らは一瞬固まった。


 女ロボット。その言葉がさす相手は明白だ。一人しか、対象となる奴はいない。



 ……その本人も、「へ?」と首を傾げていた。




 どうやら、俺らが思っている以上に、




 事態は、マズい方向に深刻化している模様であった…………

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