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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第7章 ~混乱~
132/181

思い

「前に言ったでしょ? 撃てって」


 突然語りだしたユイの言ってることを、どうにか整合性つけるべく記憶を漁る。何かあったらユイを撃ってもいいみたいな話であるが、そんなに時間はかからない。


「……ハッキング前の時か」


「ご名答」


 それしか考えられまい。この類の話はあの時しかしていなかったはずだ。少なくとも、ここ最近ではあの時が近い。ユイの想像する“前”というのも、これで間違いなかろう。

 自分に何かあったらさっさと撃てっていうご要望は、ユイ自身が俺に対してやったものだった。俺はそれに否定的だったが、あの時は、お互いただの冗談半分のたとえ話で終わるだろうと思っていたが……若干形は違えど、まさか本当に実現することになろうとは思わなんだ。


「あの時言ったはずですよ、腕当たりを撃っちゃったほうが早いって。自分であんなこと言ってしまった手前、その通りに数発ぐらい腕、若しくはそれ以外のどこかに当たるのは覚悟してたんですが……」


「俺だってあの時言ったはずだぞ。こういう時絶対引き金引けなくなるってな」


「その通りにする必要ありました?」


「うそを言ったつもりはない」


「はぁ……」


 呆れ半分笑い半分、といった表情か。さらにユイは言った。


「私があれ演技じゃなかったら容赦なく撃ってたかもしれないんですよ? それでもですか?」


「なってみないとわからんが、少なくとも演技かどうかがわからなかったあの時でさえ、ああだったんだ。……たぶんムリだな」


「はぁ、全くあなたって人は……」


「悪いな。案の定、俺はこういうのに関しては極度なチキン野郎らしい」


 アニメとかでよくあるような冷酷な人間には、どうもなれそうにない。時と場合によっては、あのようなキャラが出す判断も必要になることはあるのだが、それになり切れないあたり、どうも俺は上の人間には向いてないような気がしてならない。よくまあ、小さい班とはいえ部隊の隊長ができるものである。まだ23だっていうのに。


「一応、銃口は向けた。それだけで勘弁してくれ」


「ロボットにとっては威嚇にすらなりませんけど?」


「気休めさ。俺にとってのな」


「……それでどうにかなると思いました?」


「まさか。そんな都合のいい話は―――」


「じゃあなんで」


「え?」


 ユイが少し気迫を強めて迫った。すぐ隣に座っていたこともあって顔が割と近くに寄ってくるが、その表情は不満げだ。本当に、「なんで撃たなかった?」と言わんばかりに。

 ……だが、ただ不満げというわけではなかった。悲しそうな顔もしていたのだ。


「……どうにもならないと分かってるのに、なんで撃たないんですか」


「ユイ……?」


 俺は困惑した。ユイの予想外の反応に、俺は回答に困った。

 歯を軽く食いしばっているのだろうか? 顔が強張っている。怒り、悲しみ、それらが混ざった声を絞り出すように見て取れた。怒りたいが、それをどうにか抑えようと必死である様を間近で感じることができる。


「……自分が死ぬ可能性すら十分あったのに、なんでそれでも撃たないって……」


「それはそうだ……だが」


「だがもへったくれもないですよ。私が何もできずに撃っちゃう可能性すら自分で考えていたのに、それでも撃たないって発想は……正直……」


「……」


 ユイの言葉を真っ向から反発することはできない。事実だ。自分の身が危険である可能性は、十分あったのだ。結果的に演技ではあったが、あの時、ユイはそれを俺に知らせていなかった。まだ、それに足る準備が進んでいなかったからだ。

 だからこそ、その時の俺は、演技をしていることを知らず、本気で敵の手によって操られ、嘗ての相方を殺しに来ていると考えているはずだと想定していたし、それ故に、自分を守るために数発撃たれることも承知でいた。むしろ、それは当然の対応だとすら考えている節があった。

 しかし、それでも、撃たれなかった。その結果、“ほぼ無傷で”で自分はひとまず生きているのだ。


 ……その結果に、ユイは納得できていなかったのだろう。自分の相棒が、ユイ自身が自分を撃ってしまうかもしれないことを知っていながら、自分の身を積極的に守ろうとせず、ユイ自身の身のほうを案じていたことを。

 理解できないのも無理はない。ロボットには、まだわからない“感性”であろう。


「何も抵抗できずに撃っちゃうよりだったら、さっさと撃たれたほうがマシだったのに……」


「おいおい、そんな悲しいこと言わんでくれ。互いに撃たないで済むならそれに賭けたいさ。撃つのは、あくまで最後の手段だ」


「でも……ッ」


「それに」


「?」


 すぐには言葉を繋げられなかった。“アイツ”の顔が、記憶裏によみがえる。最後のあの表情。ユイが、ハッキングを受けた時とまるっきし同じものであったがゆえに、俺は、ユイに手を出せなかったのだ。


「……もう、身近にいる大切な奴が傷つくのは見たくねんだ」


「え……」


 随分と意外そうな顔をした。拍子抜けとも言えそうなその表情に、俺は思わず笑いそうになる。だが、結果的に表情に出たのは、小さく口元を歪めるだけの、本当に小さな笑みだった。


「バカみたいだろ? 誰も傷つけたくないって言って、自分が傷つくのは何の躊躇もねえんだ。あまり美談にできる話じゃない。そんな自己犠牲精神は時と場所を考えないとただの自滅行為にしかならない」


「……」


「……でも、俺はやりたくなかったんだよ」


「……なんで?」


「簡単な話だ。“怖かった”」


「怖かった?」


 眉を若干ひそめて、唖然さに不審さもプラスした表情を浮かべる。全ての根本の感情をたどった場合、最後の最後たどり着くのは、やはりこれに他ならなかったのだ。


 最初に言った通りなのである。俺は、極度な“チキン野郎”なのだと。


「自分が今まで大切にしてきた相方が、あろうことか自分の手で傷つくのが怖くてしょうがなかった。不意に友軍誤射しちまったのならまだわかるが、意図的に撃つんだ。理由はどうあれ、自分で、自分が今まで大切に扱って、接してきた相棒を傷つけるんだ。……確かに俺は空挺レンジャーパスしたけどさ、俺にはそれは無理だった」


 最近の空挺レンジャー過程じゃ、昔より結構厳しくなって、訓練中初期から相方になる犬がいるんだが、最後はそいつをさばいて食べるのだ。当然、ムリな奴もいたが、できないと訓練課程はパスできない。

 犬を用いたサバイバル法も会得していた俺は、“躊躇なく”食った。同時期に参加した奴らの中で一番早く。周りからは、信じられないような視線を貰った記憶は今でも残っている。

 だが、正直な話、あれも内心では耐えられるものではなかった。不屈の精神を鍛えるためとはいえ、今まで相方にしてきた犬を食うのである。未練もありまくりだ。だからこそ、一心不乱に、何も考えずに食べた。余計なことを考えてしまっては、かえって一歩踏み出すことはできなくなると。失いたくないものを守るための試練として、受け止めるしかないと悟ったのだ。


 訓練はパスした。だが、隠れてその犬がつけていたドックタグだけは、隠れて持ち出して、その犬が置かれていた施設の近くに埋めて墓を作った。結局、俺は無理をした結果、今でも未練を残しまくってしまったのだ。その時から、俺は決めた。


 自分の精神を鋼鉄にしつつも、やはり、どうしても失いたくない命は、誰のものであろうとも、何があっても、絶対に失わせないと。


 それは、今ではユイも含まれている。


「……結局は、たかが数発だ。だが、俺はその数発も、下手すればユイにとって致命傷なる可能性すら考えてしまった……弱いままの自分だ。俺は傷つく怖さを完全に克服できていなかったんだ」


「祥樹さん……」


「知ってるか? 仏教だとさ、人を好きになったり、思いやったりする意味での“愛する”ってことはただの執着心の類の煩悩の一つでしかないから、さっさと捨てろって言われてるんだってさ」


「え?」


 これは実は本当の話で、仏教の『法句経』という経典では、愛という感情は否定的に書かれている。そもそも、他者を愛するからこそ、最後にはそれを失ったりする恐怖に基づく“苦しみ”が生まれるのであり、何も良い側面を残すものでもない。ただただ、最後は苦しむだけなのである。

 ならば、最初からそんなのなければ、そういった苦しみを味わわずに済むし、それを捨てる事こそが、仏教の求める理想形であるとも謳っている。

 苦しみの根本を絶つ。そういう意味では、確かにこうした方法も、あながち間違いではないのだろうとは思う。また、そうすることで、全ての人に対して平等な優しさを与えることができる“慈悲”の心ができ、それこそが、自分や他者を救う全ての根源であると。


 ……だが、


「……俺さ、別に仏教批判するつもりはさらさらないし、それを信じる人を真っ向から否定するつもりもないけどさ。愛がない世界ってなんだって思ってさ」


「愛がない世界?」


「確かに結局はなくなるものに対する執着心ではあるさ。お前に対するこの思いも、結局はそれの類だと言われればそれまでかもしれない。でもさ、それがない人間ってなんだと思う? あと、慈悲の根本にあるものはなんだ?」


 俺は仏教の全てを批判しないが、疑問点はある。まだまだ勉強不足なだけの可能性もあるので、あくまで俺の一個人の考えだ。

 愛のない生き物とは何か? 他者の中から、特定の人物に好意を抱くことができなくなった生き物とは? また、代わりに平等のやさしさを分配できるとはいえ、その優しさの根源にある感情とはいったい何なのだろうか?


 ……俺は、特定の人物に対する愛も、時には必要だろうという立場である。なぜなら……


「……単純な話。愛のない生き物なんてただの“人型の機械”だよ」


「機械……」


 平等な優しさだって、要は他者を少ないながらも愛してるからできる事であろう。嫌ってる人にやさしくできるわけはないし、人によっては、愛と慈悲の境界すらあいまいになってくる。特定の対象に対する愛はダメだけど、全ての対象に平等な慈悲はオッケー、なんて言われたって、慈悲を認めたらその中から愛が生まれてくるのはもはや普通に生きている人間ならば当たり前の展開であろうと思う。

 愛をなくした人間が、どんな生き物になるだろうか。随分と味気なくなるのだろうなと思う。全ての人に同じ慈悲を、とはいうが、つまりは、例え家族だろうが、愛人だろうが、友人だろうが、命の恩人だろうが、そういったヒトらに対する接し方は、全て同じなのだろう。どこかで見たことあるなーと、俺は仏教の話を軽く聞いたときに思った。


 ……そうなのである。これは、機械がやることなのだ。


「特定の人物を愛さないで、全ての人に平等な優しさをってのは理論上はわかるんだが、じゃあ、それを実際に今の人間ができるか? ……少なくとも、俺はもう“愛”というものを子供のころから身をもって体験した。後戻りはできない。今更捨てるなんて、どだい無理な話だ」


 もちろん、それによる苦しみを受けるリスクは十分あるのは、既に仏教を確立させてきた多くの偉人らの言う通りである。それを受けるくらいなら、さっさと捨ててしまえという理論は、ある意味考えさせられるものであるのは事実だ。


 ……ならば、甘んじて受けようではないか。


「……最後は苦しみを味わう。それが“愛”だっていうんなら、俺は喜んで受け取ろうと思う。生まれ持って受け取ったその感情を、勝手に捨てるなんて無責任なことは俺はやりたくないからな」


「……」


「さっきの話だってそうだ。お前を撃つことで、もしかしたら致命傷を負うかもという発想は、恐怖という苦しみの感情と、ユイに対する過剰なこだわりが根源にあるのは、確かに言えてるのだろうとは思う。だが、今更俺はそれを捨てたくはない。慈悲のみでのユイに対する優しさの提供だけでは、たぶん、ここまでの関係は築けていないと思う。そういった、ハイリスクな愛にによって得られるものがあるのは事実だ。なら、俺は苦しみを受けることを承知で、愛し続けたいと思う」


 ……語りが長くなってきてしまった。仏教の話なんてここでするつもりはなかったが、撃たなかった理由を説明するにはもってこいだった。

 ユイに拘ったことで、わかったこともある。寄り好きになり得たこともある。仏教の基本的な考えに基づけば気づかなかったことが、いっぱいあるのは紛れもない事実だ。それの背景にあるものが、とてもリスクの高いものであるとしても。今の現代世界を生きるうえでは、そういった過剰なまでの拘りは、必要不可欠なほど重要な要素を持っている。

 それは、ロボットが相手であろうとも例外ではない。過剰なこだわりが、そのロボットを人間が進化させてきたとみることだってできるのだ。平均的な考えで、上を目指せるわけではない。こだわり、愛することが、新しい道を開くことだってある。


 ……俺は、そっちの道を信じていきたかったのだ。何れにせよ、俺はもう、今更路線変更なんてできやしない。


 ……ならば、


「……いつもアホみてえな口叩いて、寒いジョークぶちかまして、そのくせ愛想と身体能力だけは滅茶苦茶いい“愛すべきバカ”が、俺は大好きなんだ。そんな相手を撃てって言わんでくれ。たぶん無理だ」


 何やら、解釈の次第によってはある意味でド直球なことを言った気もするが、まあいいだろう。それが俺の本心である。単純な話なのだ。もう失いたくないと“思ってしまった”時点で、俺のやるべくことはもう決まったようなものなのだ。


「(……拘ったなら、とことん拘ってやろう)」


 それもまた、一つの人生である。


 ……そういえば、さっきから何の一言も発さないが、お隣さんは何を……


「……お前は人形か何かかよ」


 固まっていた。完全にこっちを見て唖然とした表情で固まっている。勝手に語りすぎたこともあるのだろうが、何も言ったりしなかった理由はこれかね。

 とりあえず、軽くゆらして起こす。


「おーい、生きてるかー」


「……は」


「は?」


 いきなりなんだ、と思ったら、今度は思いっきりため息をついた。割と深いため息である。そして、そいつは言い放った。


「……もうちょっとボロくそでない評価はなかったんですか」


「返答第一声がそれとはいい度胸じゃんか。おォん?」


 あんだけ長々と勝手に語ったこっちにも問題はあろうと思うが、開口一番最初に言うところがそこであるのかね。正直間違ったことは言った覚えはないのだがと。

 ユイは心底呆れたような顔で、さらに言った。


「もう少し私をほめたたえませんかね? これほどの美人で超人なロボットは私だけですよ?」


「自惚れ癖は相変わらずのようだが、実態はさっき言ったようなものだと思われるので訂正はせんぞ」


「えー、私一体どう思われてるんですん?」


「外見に囚われない割といろんな意味で暴力的な側面もあるヤヴァイ奴やとは思うが」


「ほんとに一回首あたり折ったほうが黙ると思うんですけどどうですかね?」


「相方殺す気かよお前」


「一回なら誤射ですよ誤射」


「銃使ってねえのによく言うわ」


 そこそこ冷静な声での応酬にしては割とヘビーな内容ではあるなと思わなくはない。ユイはまた深いため息をついた。


「……なぁ~んで私この人好きになっちゃったんだろ」


「はい?」


 おかしなワードを聞いた気がするが、はて、そこでいう好きとはいったい何の意味なのだろうか?


「……なあ、それ、どっちの意味だ?」


「先の話に関連はしますよ~? 仏教だと愛がどーたらこーたら」


「待ちな。その場合、下手すりゃ告白じみた話の展開になるぞ」


「あれ、そういう流れじゃないんですか?」


「意識はしてなかったな……」


 正直、これは本当にそうである。プッ、と少し吹いたユイは、さらに続けた。


「まあいいでしょ。ついでだし」


「ついでってお前……」


「だって本当に嬉しかったんですよ? そこまで打ち明けてくれたの。あんなに私ボロくそに貶してたのに」


「なんだ、ボロくそにって」


「ほら、前に化学兵器と逃げてくる住民どっちを優先するかってので論争になったときあったでしょ?」


「……あー」


 あったな、そういえば。

 そこそこ前の話になったであろう。化学兵器を奪って来いってのと、目の前で逃げてきている住民を保護しに行きたいというその欲求。その間に挟まれ、俺は任務を優先したが、それは、ユイの説得がきっかけであった。

 結果的に、あと一歩というところで住民は全員亡くなった。その後、ユイはその結果に何の罪悪感もしくはその類の感情も抱かず、ただ結果に重視したことを言っていた。

 ……それに裏があったのは、新澤さんの“告発”があって初めて知ることとなった。全ては、自分が責任をすべて負い、俺に負担を与えないための一種の自己犠牲だったのだ。


「私自身は、自分の相棒のことを思いっきり蔑んでしまったんです。相当ブチ切れてたんですから当たり前ですよ。でも、それでも相棒でいてくれたんです。……とんでもない人を相棒にしたなぁと、私は」


 その顔は、言葉の内容に反し妙に嬉しそうなものであった。それほど、アイツにとっては救われることを俺は知らずのうちに言っていたのだろう。

 俺も俺で、あれ以降、むしろユイに負い目を感じていたのだ。あの時、自主的ではあるとはいえ、ユイに対してとんでもないことをさせてしまった事は、いつかは頭を下げて詫びねばならないと思っていた。今が、その時であろう。


「実は、裏のことはすべて聞いた。お前には負担をかけさせた。本当にすまない」


 座った状態のまま、俺は頭を下げた。しかし、向こうから帰ってきたのは少し予想とは違った反応で合った。


「……え? 裏?」


「ん?」


「待ってください、なんであれが裏がどーのこーのって知ってるんですか? 私は誰も……」


 ……あー、そうか。そこから説明せなならんのか。でもどうしたものか。

 直で新澤さんが教えてくれたっていえばいいだろうか。だが、あれは確かあの二人の秘密だったみたいな話g「あー……まさか」……うん?


 ……とは思ったものの、どうも、俺が言うまでもないらしかった。ユイは顔を徐々に険しくさせていく。


「……はぁあ~、新澤さんったらぁ~ッ。なんで寄りにもよって勝手に本人に行っちゃうかなぁ~~」


 頭を抱えていた。即行で検討が付いたということなのだろう。

 ……でもさ、


「……お前、見当つけるの早くね?」


「そりゃあもう、あの人にしか言ってませんもん」


「そらそうなんだろうけどもさ……」


 こりゃああれだ。新澤さん帰ったら再開一番即行で詰め寄られるパターンだ。俺は何も知らない姿勢を堅持しよう。なに、この件に関しては俺が頼んで話したわけではない。俺は傍観者に徹しよう。それが一種の自衛となるのである。


「あの人、帰ったらとっちめてやる……」


「お前のとっちめるって度合いが違ってそうなんだが……」


 まあ、本当にさっき言ったような首折るレベルのことはしないと願いたいが。

 そして、ユイもまあ、諦めたのだろうか。それとも話す手間が省けて「結果オーライ」と見たのか。何度目かの深いため息をついていった。


「……あれは私が勝手にやったことです。忘れてください」


「俺の落ち度を忘れろと? 中々無茶を言ってくれる」


「しゃしゃり出ただけです。あの判断に正解はなかった。だからこそ、勝手にこれがいいと判断して出しゃばった私自身が責を受ける形にしただけにすぎません。ただの余計なお世話だというのは承知の上です」


「お前らしい猪突猛進っぷり」


 そのユイらしさに、俺は惚れたのだろう。俺の一生の不覚であろうか。だが、不思議と後悔はない。むしろラッキーであるとさえ思える。


「しかしまぁ、随分と大胆に出たものだな。俺に嫌われるのを承知で」


「仏教に反する精神持ってるんでしょうね、私は。愛を知っちゃったものですから。それがない自分がうまく想像できなくて」


「どうなると思う」


「とりあえず人生はつまらなくなりますかね」


 仏教徒が聞いたらたぶんドロップキック喰らわしそうな発言である。


「結構前になりますが、覚えてます? 『やまと』に乗ったときのこと」


「体験航海の時か」


 先月の25日だったか。海軍の巡洋艦に乗り、そこで色々と面倒ごとに巻き込まれてしまった。何とか重傷者で抑える事はできたが、あの後もやっぱりドタバタして、今この状況。

 ……だが、それだけではなかった。


「その時の相談事、覚えてます?」


「一応はな。感情的に何か引っかかってたんだろ?」


 なんていうかわからないけど感情的に引っかかることについて、俺はユイの相談に乗っていた。この感情は一体何なのか? いつまでも悩んでいる様子だった俺は、その相談相手になったのだ。

 ユイも、その時のことを未だに覚えていた。


「……あれ、途中聞くの止めてましたよね?」


 そういえばそうだったな。実際のところ、特徴を聞いたら大体の中身は直ぐに察することができたのだ。それを教えようとしたら、




“……その感情って実は……”


“……あー、す、すいません”


“え?”


“えっと、その……や、やっぱりいいです”


“……は?”




 向こうから断ってしまったのである。タイミングがタイミングである。自分で調べるとか言いつつも、事情を聞こうとしたらそそくさと退散してしまい、明らかに止めさせようという意思が見て取れていた。

 しかも、そのあと中々にエグイ指摘ばかりをしてきた小学生らしき男のことの会話から、実はその正体が恋か何かだと知っているのではと疑われたときも、明確な回答は避け、「また後でちゃんと話す」と濁していた。結果、今の今まで忘れ去られていたのだが……。


「……このタイミングでその話題を出すってことは、やっぱり?」


「お察しの通り。実は、あの時からもうすでに大体は知ってたんです」


「んなこったろうと思った」


 案の定過ぎて、むしろ驚きはなかった。それどころか「今更かいな」とすら思えたほどだ。

 正確には、『やまと』にのる少し前くらいからだったらしい。俺に聞いたのは、その予想が本当にそうなのか確かめようとしたからなのだが、俺の反応から大体当たってると察したユイは「それを真実として聞くことが怖くなり」、話を無理に遮ったのだそう。

 理由を聞いた。何が怖かったのか? しかし、それは仮にもロボットとは思えないほどある意味深いものだった。


「恋なんて、本来ロボットは持たない複雑怪奇な感情です。私がロボットであるという事実を鑑みれば、余計に人間である祥樹さんたちを混乱させるかもと思い増して……」


 どういう意味での混乱かは全くもって想像できないが、要は、本来「持つことができない存在が持った」、という事実そのものが、俺ら人間側に与える混乱をより大きくしてしまい、迷惑をかけるという懸念によるものなのだろう。

 だからこそ、今まで黙っていたのだ。やっぱりここでも、迷惑はかけたくないというコイツらしい思いからだった。


 ……だが、


「そんな迷惑ぐらいなら幾らでもかけてくれればいいものを」


「え?」


 その類の迷惑は、むしろ人間の専売特許である。ゆえに、扱いなれていた。


「好き嫌いに人間もロボットもないだろ。好きなら好きでどんどん好きになっちまえばいいと思うよ。俺は大歓迎だ」


 好きになるという感情に、生命的区別は関係ない。ロボットに生命があるかは別として、少なくとも自由意志を持った存在としてみるならば、こいつにもそういった感情を持つ権利ぐらいはある。あとは、行使する側の自由だ。

 それに俺が関わるのだとしたら、幾らでもかかわってやろう。俺の大好きな話題だ。


「自分の気持ちに嘘ついたり誤魔化したりするのはもう疲れたもんでな。こんなんでストレスためるぐらいなら吐き出したほうがましだということに最近気が付いた」


「吐き出したその中身は?」


「ついさっきの奴と、あとイリンスキーのクソ野郎に言ってやったのでほぼすべて。めっちゃすっきりしてる」


「スッキリねぇ……」


 実際、本当にすっきりしたのだからしょうがない。ストレスをため込むことはやはり良くない。何かあったら吐き出すのが一番である。

 ロボットにそれが通用するかはわからないが……


「……まあ、私もあるなぁ、ため込んでるの」


「ん?」


 ユイも、それを実践してみたようである。


「ハッキングを受けて以降、結構長い期間祥樹さんと離れ離れでしたけど、物足りなさが半端なかったですからねぇ。しかも、その時の任務上目の前にいるのに会いに行けないっていうこのもどかしさ。わかります?」


「まあ、容易に想像はつくな」


「でしょ? 離れて初めて気づくことってあるんですね……表面的にはどう思っていても、今まで経験してきたあの明るく楽しい経験や思い出は、今の自分に欠かせない絶対に必要なものに昇華して、それがなくなると“途轍もなく寂しい”ってことに、ようやく気づきまして」


「随分と遅かったな?」


「いやはや、遅刻し過ぎですね」


 そう言って苦笑しながらユイなりの笑みを向けた。朗らかさ全開の笑顔を見たのはいつ以来だろうか。そういえば、最近よく見ていなかった気がする。


「……こうしてみると、私ぁもう仏教徒にはなれそうにないですね」


「神道にでも行くか?」


「愛に関してはキリスト教でもいいですよ?」


「ハハハ、まさしく多神教じゃねえか」


 神道がまさしくそうだったような……。


「知らないうちに、お互いの中で相方の影響力ってでかくなってたっぽいですね」


「だな。俺の相棒はいつの間にやら勝手に恋し始めるし」


「私の相棒はバカ正直に助けに来るほどのアホだし」


「俺の評価がボロくそじゃねえか」


「さっきのお返しです」


「チクショウめ」


 助けてやったお返しが完全に仇ではないか。これほど解せないことはない。だが不思議か。この会話を続けていくうちに、表情は朗らかさを増していった。それだけ、“安心した”ということの、表れなのかもしれない。


「……そうするとあれだな」


「はい?」


 俺は軽く空を見上げつつ言った。


「俺ら、最初っから答えなんてわかってたくせに、それをまともに見ようとしてなかっただけっぽいな」


「ですね。こんなことでグダグダ悩んでたんですからもうバカみたいですよ」


「むしろ笑えて来るな」


 そう言って、本当に大口開けて豪快に笑い合った。今まで、互いの間にあったつっかえが全部どっかに消えていった瞬間だった。この瞬間、俺らは再び、“元の関係”に戻れたのだ。

 長かったよーな、短かったよーな……もう、そこらへん気にする気もなくなってきた。もう、時間なんてどうでもよくなったのである。


「はぁ……妙にすっきりしますね、色々と吐き出すと」


「ロボットにもそういうのあるのか?」


「どうもそうっぽいですねぇ」


「カウンセリングロボット学科的なの一々作らんでもいけそうだなこれ」


 大学でロボットの心理カウンセリングできたら通常のカウンセリングの枠組みの中でやらせてもいい気がしてきた。尤も、こいつが能力的におかしいだけなのかもしれないが。


「はぁ……ではすっきりしたところで、現在の時間を確認してくれ。あと何分で来る?」


「1023。あと10分もしないうちに無線くるはずですよ。もう少しです」


「帰ったらまず新澤さん絞めにいくんか?」


「どうしましょうかねぇあの人……」


 ゲスい顔をしてやがる。あぁ、新澤さん。あなたはちょっと怒らせちゃまずいやつ怒らせてしまったらしい。聞いたことあるぞ。女の約束は男の考える約束より結構重いと。

 男が立ち入っちゃまずいところかもしれない……。


「(でもあの話ってロボットにも適用されるんか……?)」


 まあ、爺さんがそういう風にしただけの可能性もあるが……。


『―――あー、シノビ0-1、こちらHQ。聞こえるか?』


「お?」


 そんな話をしていると、無線が唐突に聞こえてきた。もしやお迎えのお知らせかな? だが、予定より早いのは妙だな。別件の無線だろうか。


「HQ、こちらシノビ0-1。こちらは既にポイントに到着している。どうぞ」


保護対象パッケージはどうだ?』


「お隣にいますよ。それで、ご用件は?」


『場所を変更してほしい。ポイントはHMDに転送した』


 変更? ヘリの来る場所が変わったのか。


「了解。ヘリはいつ来ます?」


『あぁ、それなんだが……』






『ヘリは、どうもこれそうにない』





「「…………は?」」






 先ほどまでの和やかムードが、完全にぶち壊された瞬間だった…………

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