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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第7章 ~混乱~
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回答

 一先ず、俺らは屋上へと避難した。

 ペントハウスのドアを開けて外に出ると、そこそこ広めのコンクリート一色の地面と鉄柵、あと割と晴れている空が広がっていた。雲量3~4ぐらいか。


 もう誰もいない。ここでとりあえず待っとれ的な話だったので、即行で力が抜けた俺は近くの壁に寄りかかって地べたに座った。ユイも隣に座る。ユイもユイでそこそこ疲労はたまったらしい。

 ここにきて、ようやく一息つくことができた。思わず大きなため息をついてしまう。


「はあ~……やっと休める。死んでるやつ挙手してどうぞ」


「はーい私死んでまーす」


「生きてんじゃねえかくそったれー」


「心臓は動いてないぞこのやろー……」


「代わりにめっちゃ長持ちするバッテリー持ってんじゃねえかこらー……」


 これほど気の抜けた罵倒合戦もないだろう。互いにコンクリートのパラペットに背を持たれながら、空をぼーっと見上げて力なさそうにそう言葉を交わした。だが、それ以上元気に言い合う体力がない。また大きなため息をついた。

 少しだけ、沈黙の時間が過ぎる。聞こえるのは屋上らしく空気が心地よく通る音のみだった。無線もこない。銃撃音も近隣では聞こえない。のどかといえば、のどかである。


「……確認、いいか?」


「はい?」


 途轍もなく失礼だろうということを承知で、俺はユイに聞いた。


「……少し前までお前そっくりの偽物がいたんだが……本物でいいんだよな?」


「……」


 ユイは俺のほうを横目でじぃ~っと見ていた。何を言いたいのやらかはわからないが、別に怒るわけでもなく、悲しむわけでもなく、かといって笑うわけでもなく。俺をじっと見つめている。

 「反応はまだか?」と思いつつも見つめ返していると、クスッと小さく笑って微笑んだ。


「……祥樹さんが疑うくらいですから、よほどその偽物は私そっくりだったんでしょうね~」


「まあ、実際にな」


「でもご安心ください。私はオリジナルのほうですよ、オリジナル。なんでしたら確かめます?」


「どうやって?」


「ほら、これ」


 そういって自身の胸ポケットから取り出したのは、俺がユイにやったヘアクリップだった。若干形が崩れている状態は今もなおそのまま、裏を返すと、ちゃんと、俺が書いた『BUDDY』の文字もあった。文字の形も、俺が書いた時のまんまである。


「世界に一つだけなものですんで。誰にも奪われたりはしてないですよ」


「まあ、そうしようものなら形崩れるからな」


「修復不可能なくらいには」


「だよな。……はぁ、てことは、ようやっとモノホンか」


「モノホンです」


「はぁ……偽物じゃないと分かったときのこの安心感は誰にもわかるまいて」


 今この時それを実感しているのは俺ぐらいだろう。本人にはわかるまい。本物と偽物が区別できずにいるときの混乱は、例えロボットであろうと理解するのは難しい。

 だが、想像はできた模様である。


「自分そっくりなドッペルゲンガーがいたらそりゃあ恐怖は感じましょうて」


「しかも敵対してるからなぁ……ていうか、本物と偽物の区別つけられなかった自分が惨めすぎてな。今さっきの奴もそうだし」


「まあまあそういわずに。見た様子、ほんとに瓜二つなんであとは内面誤魔化せばわかりませんよ」


 聞く限り、どうもユイは偽物のことを知っているようだな。どういうことかはわからないが、後に聞き出す項目の一つとなろう。やっぱり、本人的に見てもあれはそっくりすぎたか。ドッペルゲンガーと表現したのは言い得て妙のようなそうでないような……。

 そんなこんなで、会話も流れに乗ったところで、本題に入ろう。


「さて、そろそろ答え合わせさせてもらおうか」


「どうぞどうぞ。しかしまぁ、よくわかりましたね。結構遅れてましたけど」


「もっと早く理解することをご希望だったのか」


 そんなに急いでいるとも思えなかったが。


「じゃ、どこからやります? 最後の奴から順に巻き戻していきますか?」


「いや、最初お前と鉢合わせた時からでいいか?」


「どうぞご自由に」


「んじゃ、遠慮なく」


 ここからは答え合わせだ。ユイがなぜあのような行動をしていたのか。そして、その中で、俺に示していた“メッセージ”。それらを、俺の回答として提示する。


「まずだ。どこからかは知らないが、少なくともさっき初めて俺とお前が鉢合わせた時から、お前は全然操られてはいなかった。そうだな?」


「ご名答。うまくできてたでしょ?」


「ああ、全くだ」


 そう。俺の推測の通りではあったが、こいつは完全に“演技”をしていたのだ。どの時からそうだったかは明確にはわからない。だが、少なくとも、俺とさっき鉢合わせた時からは、ずっとユイは操られて等はいなかったのだ。全て、それっぽく、敵も味方も騙す、演技だったのだ。

 その意図。それも、あらかた察していた。


「お前、俺らと鉢会ったとき、即行で逃げただろ? あれの理由はなんだって思ったんだよ」


「そういえば逃げましたね」


「ましたねってお前……んで、そのあとここまでの展開を見るに、お前、イリンスキー含む一派がすでに後方にいることを知っていたな?」


「……んげ」


「図星か」


 思った通りだ。仮に、あの時から“自演”が行われていたとするならば、敵の目が届いていないところでならば、ある程度は自由な行動ができるはず。ならば、俺らに、何らかのサインを送ってもいいはずだった。「自分は無事だ。だから心配するな」。こんなんでもいいし、手書きのメモを即興で作ったりするでもいい。

 だが、それでも、俺をうまいこと引き寄せた。敵のほうに。それには、ワケがあったのだ。


「イリンスキーらが率いる一派がすでに後方にいることを知っていたお前は、俺を敢えて包囲網の中に入れる。そして、まだ操られてる風の演技をしながら、完全に俺らがアウェーである空気を作り、隙ができた瞬間、敵味方を瞬時に入れ替わる。敵はユイがもう自分らの手中にあると確信しており、敵は俺一人。完全に油断しきるはずだ。普通に戦闘して倒すのもいいが、それよりは、精神的な隙を作りまくり、かつ、多くの人員が集まっている状態で一気に叩き潰すほうが、組織的抵抗もされにくくなり、一気に撃退しやすい……そうだな?」


 ユイは両手で小さく頭の上の丸を作った。正解らしい。だが、さらに補足を加えた。


「本当は他の二人も連れてきたかったんです。一人より3人いたほうがいいですし、私一人があとの3人を相手に善戦してる風に演出すれば、向こうもつけあがるだろうと思いまして」


「だが、実際には敵ロボットの妨害にあい……」


「二人はそっちの対応に。私のほうには、祥樹さん一人だけ来てしまった」


「なるほどね……」


 だが、もうあの二人をどうにか連れてこようなどと色々工作してる余裕もない。もう自分は走り出した後で、引き寄せるためにまた戻るわけにもいかなかった。ゆえに、作戦を変更したわけだ。

 全ては、皆が集まり、完全に油断しきった“ホームの空間”を作るため。そこから、一気に形勢逆転を図り、叩き潰す。そして、実際にほとんど叩き潰した。イリンスキーを逃してしまったのが心残りではあるが、それでも、自分らの作戦が常にいい方向に進まないことを学ばせ、ある種のメッセージを与えることにもなった。また、ユイ曰く、イリンスキーに関しては、逃がしはしたものの、傷は負わせたらしい。


「見えなかったかもしれませんが、結構出血あったんですよ、あの人?」


「そうなのか? 普通に部下に抱えられて言ったように見えたが」


「一人で歩けないほどには足に重傷負ったんですからそりゃあ抱えられますよ。あと、気を失いかけてることも確認しました。たぶんしばらく動けませんよあれは」


「マジかよ。撃ったのお前か?」


「心臓は避けました。慈悲の心です」


「皮肉にしか聞こえない」


 そらまあ避けたんだろうけどなぁ……お前が言う慈悲ってのは本当に死ぬ寸前程度に収めてやったってぐらい嫌味ったらしい皮肉にしか聞こえなくてだな。

 だが、ユイの言う通りならば、イリンスキーはしばらくは再起不能だ。これが、ある種のメッセージとして向こうに伝わることを願うばかりだ。自分らの思っている通りになるほど、俺らは甘くないことを、示すことになるのなら万々歳である。


「まあでも、やっぱり殺しはしなかったか」


「仮に殺したら最悪の場合、その人が神格化されて宣伝に使われる可能性があります。ビンラディンが殺されたとき、情報が引き出せなかったばかりか殉教者扱いになって後々面倒になった展開になったのと似た感じで」


 ユイの言わんとすることは直ぐに理解できた。イスラム過激派組織アルカイダの司令官『ウサーマ・ビンラディン』が米軍特殊部隊の奇襲により殺害された後、最終的には情報は引き出せないまま殉教者として祭り上げられた。それは、組織を奮起させることにもつながる。

 イリンスキーがどれほどのカリスマ性があるかはわからないが、彼を殺すことで、ビンラディンと同じような展開になることはできる限り避けねばならない。ゆえに、リーダーを殺すということに、それなりのリスクがはらむのだ。


「彼は生かしておきましょう。そのほうが都合がいいですし」


「だな。……んで、続きなんだが」


 俺は答え合わせをつづけた。


「そのあと、友軍識別のビーコン見たんだよ。お前のビーコンもあったんだが、点滅が不規則に最初見えてな。……でも、あれもわざとだろ?」


「あれ見たんですか?」


「見させてもらったさ、途中ね。よくよく見たら、あれは不規則なものじゃない。モールスを使って“国際信号旗”の信号を表現してたんだろ?」


 あの点滅はモールスの短符と長符を表現していたのだ。短符号2回、長符1回に短符3回、短符2回に長符3回。これらをモールスに訳すと『IB2』。国際信号旗においてIB2とは、“私(本船)の損傷は軽い”という意味である。

 操られまくって、本来の味方に危害を加えていながら、こんなモールスを送る意味が分からない。そもそも、送れるとも思えない。送れる程度には意識はあったとしても、損傷は軽い等という意味のモールスを送って何をしようというのか。ユイらしく「心配するな」と言いたかったと仮定しても、それで何を伝えたかったのかという先が読めない。心配させないようにするだけなのか? まさか、それだけではあるまい。それなら、こんな回りくどいことはせずもっと別の形でもいい。


 ……それだけではないだろうということは考えつつも、少しの間時間を過ぎた。そのあとだった。


「そのあとは、どうにかして中央に俺を誘い込み、思惑通り敵に自分ごと俺を包囲させた。そして、俺が押されている状況を演出する。だが、タイミングを見計らった。向こうの意図として、俺を使おうとしていることを知らせたかったのかな?」


 軽く頷いた。やはりというべきか、俺に直接聞かせたかったのだ。

 イリンスキーは、ユイだけではなく、俺も利用しようと企んでいた。ユイ自身が言うことも可能だが、どうせなら、本人に言わせて、目の前で拒絶の意を伝えたほうが、効果は高いと見たのだ。そして、実際その通りに俺は拒絶した。向こうは、俺が使えないことを、目の前で思い知ることとなる。ショックも大きかろう。

 それまで待ったのだ。効果が高いやり方を模索しつつ、そして、所期の目的通り、大々的に包囲させてホームの空気を作りつつ。その時を待った。つまり、ユイは俺がイリンスキーの言うことを全部拒否することを“前提”として考えていたのだ。

 ……完全にこちらの考えが読まれまくっている。


「しばらくはそれっぽい戦闘をしていた。でも妙に感じてさ。お前、本気出せばもっと簡単に俺を捻りつぶせたはずだ。最後あたりで、俺の腰あたりに回し蹴り喰らわせたときあっただろ? でもさ、お前の足ならたぶん本気出せば腰の骨ヒビ入るぐらいに激痛走ると思うんだが、そんでもなかったんだよな」


「あー……そういえば入れてましたね」


「だろ? おかしいと思ったんだよ。最初は俺を利用するためにある程度手加減してたのだろうと思ったのだが、利用するにしたってもう少し強めに来てもよかったはずだ。何なら、俺をここで気絶寸前にしてもいい。でも、頭とかは狙わないで腰とかを蹴る以外は徒手格闘でもほとんど様子見みたいなやり方だった。本気で殴りに来てるのかって思い始めたのはその時だな」


 手加減する理由は考えられど、程度があまりにも小さいことが俺の頭の中で疑念として渦巻いていた。なぜここまで手を弱める? 俺を舐めるにしたって舐め過ぎてはないのか? その懸念は、直後の“メッセージ”でようやくわかった。


「最後の最後、なんで縦読みだのイニシャルだの意味不明なこと呟き始めたんだって思ったが、やっとわかった。ほんとに縦読みしてたんだな」


 ヒントがあった。“縦読み”と“イニシャル”と呟く直前、おかしな方向に銃弾を放った。それは、縦読みの“合図”だったのだ。

 今までのユイの行動を巻き戻してみる。ユイが一言一言いうとき、変な方向に銃弾を放ったり、意味もなくナイフを当てたりしていた。何の意味があるのか理解できないものだったが、それらが仮に合図だったとして、直後のユイの言葉をさかのぼると、全てを理解できた。

 まず、ナイフを突っついた直後の言葉の最初をすべて抜き取った。計4つ。


 “マダヤルカ”


 “ダレモノゾマナイ―――”


 “マチガイヲヒトハ―――”


 “テヲダサナケレバ―――”


 そして、これを縦読みすればいい。すると、こうなる。



 “マダマテ”。……“まだ待て”。



 まだ待て。これは、「もう少し待って。今連れて行くところだから」という意味であったならば、意味は通じる。先のユイの目的を鑑みれば、仮に俺が早い段階でユイが自演してると悟っても、「まだ騙されてろ」というメッセージになる。早めの段階でそこら辺を悟ることができるほど頭の回転が速いなら、これももしかしたら気づくと思ったのだろう。だが、生憎俺は気づかなかった。ついでに、メッセージにも気づかなかった。


 ……その後、イリンスキーが登場し、彼の目的を聞き、そして、それを拒絶したのを見て、もう頃合いとみたのだろう。俺が拒絶した瞬間、俺を抹殺するために自分を使うことを事前に予測していたユイは、このタイミングを用いて、さらに銃を使ってメッセージを送った。

 変な方向に意味のない銃撃を加えた直後に出した言葉は、計6つ。


 “ワタシトイツマデスル―――”


 “タエキレナイダロウ。―――”


 “シニタイノカ。ワタシ―――”


 “ハナシガムジュンシテ―――”


 “ブキヲツカワナイノニ―――”


 “ジブンノミヲアンジヨ―――”


 これを銃撃を加えた直後の一文字のみ持ってくる。すると、こうなる。




 “ワタシハブジ”―――。




「……“私は無事”。自分は何ともないことをこの時ようやくはっきりと教えたんだ」


 もはや何も言うまい。少なくともこの時点で、ユイは俺に自分は無事だし、もうこっちの演技に付き合わなくていいぞと言いたかったのだ。だが、俺はそれにもまだ気づかなかった。しかも、イリンスキーがさらに余計な問いかけをしてしまったため、俺の注意がそっちに逸れてしまった。

 もう時間もきたし、相方の意思も確認した。これ以上は時間の無駄と考えたユイは、“縦読み”と“イニシャル”というヒントを露骨な形で示したのだ。今まで隠していたのになんで最後になって露骨にヒントを出したんだと思ったが、俺が気づかなかったからなのだ。何れにしても、ユイのプランではあのタイミングでもう自分は元に戻ることを想定していたため、これ以上の演技は要らなかったこともある。


 あとはさっきまでの展開だ。意思は伝えたし、完全に油断しきったところを裏切ったし、向こうは精神的にやられてるし……あとは、逃げるだけ。


「……要は、俺とお前が鉢合わせた時からすべては始まっていた。イリンスキーが後方にいるからそいつらにあえて合わせ、本人自ら拒絶させることで、自分らの計画通りに事は進まないことを教えつつ、計画の中で一番の柱ですらあったユイが目の前で裏切ったことを見せつけ、精神的ダメージを与え、しかも悠々と離脱される。その展開を強いらせるべく、あえて相棒にも何も伝えなかった……。こんなところだろ?」


 今まで黙って聞いていたユイは、その瞬間、両手を軽く上げた。「お手上げ」とかでよく使うポーズである。その表情も、「参りました」と言わんばかりのものだった。


「……そこまで気づくのをもう少し早められなかったんですかね?」


「いやぁ、戦闘しつつヒントゼロであそこまで考えろってのはよほどIQ高いやつじゃないとムリじゃねえかな?」


 そこまで俺は器用ではない。できるならば俺もその通りに動いたかもしれないし、演技にも付き合えたかもしれないが。そもそも俺自身、正直演技に自身がないのである。


「だがまぁ、一応最後は気が付いて何とかなったからいいべ。……んで、俺の言ったことが本当ってことは、向こうにいた間、イリンスキーらの思惑は知っていたってことでいいのか?」


「もとより、向こうでは彼の指揮下で動いていました。なので、どんな行動をとろうとしているのか、その意図などは容易に把握できたんです。その過程で、私と祥樹さんを利用しようとしていたことも……」


「なるほどね」


 ユイの前でそれを言っていたってことか。


「しかし、いつから演技してたんだ? ついさっきまでか?」


「え?」


「いや、演技するにしたって、もしかしたら制御が一部なれど向こうに渡ってるかもしれないからな。演技はできれど、まだ制御が奪われる不安があって、さっきの目的達成もかねて、しばらくはその制御に従っているふりをしているんだろうとも思ってたんだが……完全に演技でしたって話でもあるまい?」


 ユイは最初、俺と別れる直前からハッキングを受けていた。おそらく、あれは奪おうとイリンスキーや“彼”の側が仕掛けたものだろう。あの後、本当に制御が奪われたが、その後、徐々に奪い返していった。そして、例のメッセージを投げた時、完全に制御を取り戻したため、俺の側に付いたのだ。そう、俺は考えていた。


 ……だが、


「……合ってるようで、結構違いますね」


「え? どういうことだよ、じゃあいつから制御を?」


「いや、いつからも何も、“最初から”ですよ?」


「……は?」


 意味がわからなかった。すると、今度はユイが話し始める。


「そらまあ、最初ハッキングは受けましたけど、あれ、割とすぐに追い返したんですよ」


「追い返した?」


「そう。追い返した」


 ユイ曰く、あのハッキングによって、確かに制御を奪われそうにはなったらしい。正確には、途轍もなく大規模なF5アタックのような攻撃をかけられ、処理能力が極低下しパフォーマンスが低下したところを、一気に制御中枢を攻撃し、ユイの動的制御を把握しようというものだったようだ。

 だが、パフォーマンスは低下したものの、その瞬間すぐにユイの制御を含むAI中枢は完全に外部からのアクセスができないようになった。プロテクトを解除しようと試みたそうだが、完全に撃破しきるのに時間がかかっているようであった。俺を逃がし、迫っていた敵ロボットを迎撃しながらそれに気づいたユイは、これを逆に利用しようと目論んだのだ。


「向こうはハッキングを仕掛けて、中枢を乗っ取ろうとしているのは割とすぐにわかりました。じゃあ、本当に乗っ取らせようとしたんです」


「はいィ? おいおい、自分から死にに行く必要はないだろう。それにさっきと話が違う」


「勘違いなさらぬよう。乗っ取らせるのは、私の中枢じゃありません。“別のコンピューター”の中枢を乗っ取らせたんです」


「え?」


 ユイの作戦はこうだ。敵が処理パフォーマンスの低下した中枢AIのプロテクトを破壊するのに時間をかけている間、ユイは適当なロボット数体と通信し、そっちの制御中枢をユイの指揮下に置いた。そして、向こうのロボット数体の活動を停止させる代わりに、その制御中枢を連接させ、あたかも一つの大きな制御中枢のように偽装する。そして、準備ができたら、今自分に向かっているハッキングの攻撃の矛先を、うまくそっちのロボット数体の連接した制御中枢に誘導したのだ。


 これで、ハッキングされるのはユイが指揮下に入れたロボット数体。しかも、ハッキングはされてもコマンド優先順位はユイのほうが上で、その内容は敵側にはバレないようデータ工作もした。こうすることで、敵から見ればまんまとユイのハッキングに成功したように見えるが、実際には、ユイがロボット数体を使って連接することで急造した制御中枢を乗っ取っただけという“騙し技”であったのだ。


 結果、ユイの中枢AIは保護された。ハッキングの影響はなくなったが、しかし、これで終わらせるのはマズいと考えた。


「でも、これを終わらせたときにはもうロボット大量に私の近くに来てたんですよ。あまり撃ってこなかったのを見るに、どうも私を回収しに来たんだろうなーってのはすぐにわかったので、ここで無理に反撃することで「ハッキングが成功していない」ってことを向こうに知らせるのは危険だと思ったんです」


「なんで?」


「こっちはハッキングは撃退しましたけど、また新しい別のハッキング方法を持っていないとも限らないと考えたんです。そっちでまた試されたら、今度こそ私は太刀打ちできないと見たので、それを防ぐために、しばらくの間は中枢AIのセキュリティ防護を一から再構築したほうがいいと見まして、でもそうすると、敵ロボットから逃げる時間もないし、迎撃するとさっきいったようにハッキングがうまくいっていないことを悟らせることにもなるし……、てことで」


 そしてユイは俺のほうを向いて、割と満面の笑顔で、


「セキュリティ再構築して、もうどんなハッキングが来ても問題ないって確信できるまでは、しばらく“敵になろう”ってことにしましてね?」


「……敵に?」


「そう、敵に」


 てことは何か? 最初俺の言っていた予測を修正すると、確かに制御が完全に奪われないように再設定する時間をもらう意味もあって今まで敵ではいたが、そもそもハッキングそのものは全然“被害はなかった”といいたいのか?

 ただ、当時は敵側のハッキングの手数がわからないこともあって、セキュリティの再構築もかねて防護層を極限まで厚くしようとしたが、それにはとんでもない時間がかかるので、その間はどうにかして敵に成りすましていた……と?




 …………え?




「……てことはさ、ちょっと待ってくんね?」


「はい?」


 俺は恐る恐る聞いた。


「つまりさ、お前の話を要約すると……俺がお前に促されて逃げた直後から今まで、ずっと“演技”だったってこと?」


 俺の顔はひきつっていた。若干の恐怖、唖然、茫然、驚愕、その他諸々。それらをすべてかきまぜたような表情が、今俺の顔に表現されているであろう。俺の表情筋は、何とも微妙な感情表現をうまいこと再現しようと頑張っている。

 ……そんな俺の心的事情などまるっきり無視し、向こうから帰ってきたのは……


「……これで、私も主演女優賞狙えますかね?」


 してやったり。そんな一言を得意げに放つ、ユイのこれ以上にもないしたり顔であった。

 その瞬間、俺はユイが今までしてきた行動の意図全てを悟った。元々は敵に悟られないための行動だったとはいえ、途中からは意図せずして“諜報活動じみた何か”になっていたのだ。


 ……つまり、俺らは……


「……完全に騙されてたあ! チクショウ!」


 俺は思わず右にあったユイの肩をバンッと平手でたたいてしまった。そして、そのままお互いが笑い転げた。

 “敵をだますにはまず味方から”とはよく言うが、これは、ある意味その典型かつ究極の事例であるといえるだろう。


「チクショウ、つまり俺はまんまとお前の手のひらで踊ってたわけか」


「踊ってたというか、こっちが敵から逃れるためにわざと入っていただけなのになんか色々元気になってたというか」


「おのれ、よくもやってくれたじゃないか。しかもこれっぽっちも姿を現さないうえ最後はみごとな演技だったから全然気づかなかった。あの演技は向こうでも?」


「もちろん。これで私たぶんドラマか映画で主演張れますよ。演技は女優として」


「すまんが主演女優賞にロボットの枠はない」


「えー、じゃあ作ってください」


「やだ」


「えぇ~ケチィ」


 ユイが左から肘でつつく。そして互いに笑いあった。


 さらに聞くところ、敵に成りすますために、自身が指揮下に置いてハッキング先として誘導したロボットから、敵がどんな指示を送っているかを情報を貰っていたそうである。そして、その送られてきた指示通りに実際に行動になぞることで、敵にしてみればあたかも本当に操っているかのように偽装できるという寸法だ。よくまあやるもんである。

 当然、その状況を俺たちに何とか伝えようとはしたらしい。だが、敵側は結構高度な盗聴技術を持っていることを悟り、どれほどの盗聴能力があるか不明瞭な以上、こちらとの無線通信は危険と判断し、今まではしなかったのだそうだ。時たま、味方の無線を盗聴している様子もあったため、念には念を入れたのである。

 また、自分自身に与えられたのはもっぱら俺らの監視だったため、タイミングを見計らってこっそりと伝えに行こうとはしたようだ。ちょくちょく人影が見えたような錯覚を覚えた時があったが、どうやらその犯人はコイツのようである。

 ……だが、今まで俺らと接触しようとはしなかった。いや、できなかったのである。


「……そうか、そこで“偽物”を見つけたのか」


「びっくりしましたよ。てっきり私妹でもいたのかと」


 偽物の存在を知ったのはその時だったようだ。本物と偽物が入れ替わって少しした後、夜間の監視任務に就いていた時があった。途中、監視場所としていたビルの屋上から下を見たとき、ひとりの人影がいたように見えたが、あれはやっぱり見間違えではなく本当にいたのである。

 それが、本物のユイだった。


「指示が指示なので演技といえどすぐに隠れましたけど、あれは正直自分の目おかしくなったかなと疑いましたね。ハッキングの影響残ってたかなって思うぐらいには」


「ドッペルゲンガー見た時の反応ってたぶんそんな感じだろうな」


「でしょうね。偽物のことを知らされたのはその直後のことで、今度はその偽物の指示にも従うよう言われました。祥樹さんたちが偽物の正体暴こうとしたときありましたよね?」


「ああ、あったな」


「あの時、狙撃あったでしょ?」


「あったな。……ん?」


 待て、この話の流れは……


「……まさか、あれお前が?」


「向こうから『バレそうだから撃て』って言われたんですけど、当然撃てるわけがないんで、わざとそれっぽく外しました」


「ひえぇ……」


 狙撃についていたのが、ある意味コイツでよかったかもしれない。聞くと、どうやらその偽物、俺が帰り際にあの部屋に残ったときから、大体を悟っていたらしい。そのため、念のため指定した狙撃ポイントにユイを配置させ、もし危惧した通りの展開になったら始末するよう指示されていたのだそうだ。

 もちろん、本人が言ったように本当に撃つわけにはいかなかったため、それっぽく外して、あとはじっと狙ってる風を装って何も撃たずにいたのである。


「でも、あれで案外お咎めなかったんですよね。実は優しいのかな?」


「そんなまさか」


 あんな鬼畜が優しいとかそんなアホな。アニメか何かじゃないんだし。


「しかし、てことは今までちょくちょく視線感じたり何か人影を見たような錯覚を覚えてたのって……」


「あ、それたぶん私ですね」


「お前だったのか……」


 ユイが今どこでどういう動きをしているのかは敵側も把握しているはずのため、うまく真正面から接触することはできなかったのである。じゃあ、途中逃げたりしているように見えたのも、結局はそこが原因だったのか。不用意に接触して時間を潰していたら、確かに不審に思われはするな。


「なーんだ……じゃあ全部お前が自分のセキュリティの安全性を確保するための時間稼ぎついでの演技だったってことかよ。ビックリしちまった」


「いやぁ誠に申し訳ないです。こっちの都合で接触ができずでして」


「いやいや、そういう事情ならしょうがないところもあるっちゃある。それに、偽物の情報もこっちとしてもある程度は確保できたし」


 そういう意味ではある意味結果オーライなのか、そうでないのか……まあ、ユイ本人はこうして無事に帰ってきたので一応は万々歳であろう。今は無事の帰還を歓迎すべきである。


 ……しかしだ。


「……でもさ、一つ気になったことあってや」


「はい?」


「お前、さっき途中途中呟いてなかったか?」


「呟いてた?」


 戦闘の最中、ユイが呟いていた言葉があったりした。最初はよく聞こえない後々よく思い出してみると、もしかしたら思い込み補正があるかもしれないが、それを考慮しても大体なんといっていたか予想できてきた。


「なんだっけ、「撃てって言っただろ」みたいな奴だっけ?」


「ッ」


 一瞬、ユイが「ギクッ」という擬音が出そうなぐらいに顔を引きつらせて動揺した。ついでに、


「俺の思い込みだったら申し訳ないんだが、俺がユイから逃げる直後「え?」って言ったろ? あれ、演技してる時のようなロボット的な機械口調じゃなくて、素のお前の声のように聞こえたんだが……あれってどうしたんだ? 逃げたり撃ったりしなかったのマズかったのか?」


「……」


 するとユイは、先ほどまでバカ笑いしたりしたり顔していたのとは一転して、少し俯いてしまった。俺何かマズいこと言っただろうか。だが、全然自覚がない。ここら辺、新澤さんあたりからボヤからる一因であろう。


 ……しかし、



「……いや、なんで撃たなかったんだろうって思って……」


「え?」





 ユイは、俯いた姿勢はそのままに、静かに話し出した…………

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