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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第7章 ~混乱~
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逃避

 ―――目が青くねぇ。


 いつぞやの日に感じたデジャヴ。だが、おかしい。一見した様子から見て、間違いなく本物ではあるはずだ。防弾チョッキの傷は分かれる直前と変わってないし、そっくりに作るなんて無理だし……。

 ……ということは? これはもしや?


「……あー」


 その瞬間、俺が唐突に思ってしまう。



「……遺書、書いておけばよかったべか……」



 ……人間、あまりにショッキングな出来事に遭遇すると逆に冷静になり、そのようで、やっぱりパニックになっていることがある。少なくとも、俺がそうである。静かな混乱である。

 だが、色々と緊急事態だ。こんなの、一体全体どう対処すればいいかわからない。正直、未だにこいつが偽物のほうだと願っている自分がいた。目の前にある現実から目を背けて。


 ……だが、生憎銃口は、俺のこめかみをしっかり捉えていた。逃げられそうにない。


「……悪い冗談だ……」


 そうつぶやいた瞬間、さっきまでノイズだらけだった無線が再び、若干だが聞こえてきた。


『―――おい、本当にそっちにいるユイさんがお前に銃口向けてるのか?』


「ああ、間違いない。幻覚を見ていることを願ったが、意識ははっきりしてる。シャブやった記憶もないもんでな」


『うそでしょ……じゃあ、さっき見たのってやっぱり』


「さっき?」


 新澤さんが意味深なことをいう。ここでまたノイズが増えてくるが、それでも、その中から彼女の声はその耳にしっかりと入れた。


『さっき、ユイちゃんにそっくりの娘がいたんだけど、追いかけようとしたらその娘は、こっちを見た瞬間撃ってきたのよ』


「ユイそっくりの?」


『ああ。そんで、そいつは近くにいたロボットをけしかけて、こっちに銃撃を加えさせやがった。どうやら、俺たちを攻撃してるロボットはあいつが操ってるらしい。無線指令の電波を微弱ながらキャッチした』


「マジかよ……」


 無線はまたノイズが走って聞こえなくなった。見敵必戦の好戦的な対応。なるほど、あっちにいた奴は偽物のほうだとみていい。ロボットを操るための無線指令の周波数を、ユイが知っているとは思えない。偽のR-CONシステムが奴らの上位システムに成り代わった時点で、そういったものは全部書き換えられていたはずだ。ユイが奴らを操ることはできないはず。


 ……ということは……


「……偽物が二体いる……なんてのは希望的観測だしな……」


 あんなのが二体も作れるとは思えない。莫大すぎる予算やら電子機器類やら技術やらが必要なのだ。日本が国家予算投じてでも作ったのがたったの1体だったのに、どことも知らん奴が全く同じものを2体も作られた日には、たぶん本格的に日本は勝てるかわからなくなる。そんな技術力を全面的に出されたら、少なくとも苦戦は必至だ。だが、さすがにそこまではいかないはず。


 ……つまり、そこから導き出される結論は、やはり一つしかない。しかも、考えうる最悪のパターンでだ。


「……本物かよ、お前」


 どこをどう見ても敵対的な行動にしか見えないことをしている女性は、俺の相棒であった。ここにきて、俺はようやくまともに現実を見始めるようになった。若干現実逃避しかけていた初期から抜け出すが、すると今度は、尋常にもない恐怖感を覚える。


「なぁ、ユイ……俺だ、わかるか? おい?」


 そうおもむろに呼びかけるその声は、自覚できるぐらいには震えている。かろうじて銃自体は手放さなかったものの、銃口がまともに一方向を向いていない。ユイに向けてはいるが、向けたくはない本音との間で行ったり来たりしているのをまさしくこれが表現していた。


「おーい、聞こえてますかー? ……一応迎えに来たんで、そろそろ向こうに帰らn―――」


 そういいながら一歩踏み出した瞬間、





 バンッ





 シュンッ





「……」


 ……有無を言わせない威圧感を載せて、その銃弾を放った。能面もいいところの無表情から放たれる弾丸ほど、人間的には怖いものはない。こんなん、俺の知ってるユイではないことだけは確かだ。それだけは確信をもって言えた。


「チカヅクナ。デナイトコロス」


 これもそうだ。ユイが言ってるにしては妙に棒読みというか、ただただ無感情に文字を読んでるだけにしか聞こえず機械的だ。もう少し喜怒哀楽あっただろお前。まるでロボットじゃ……って、落ち着け俺。あいつはロボットだ。ちょっと人間的なだけでロボットであるのは間違いない。


 ……が、“ロボットとは思えない”からこそユイがユイ足りえたというのに……。


「……勘弁してくれ。一体どうしろってんだ」


 俺はこいつをどうすればいいのかわからない。全く持ってノープランだ。逃げてるか、敵に捕らわれているか、いずれかの時のプランは練っていた。だが、こんなのは想定外過ぎる。

 一部の例外を除き、普通のロボットの大半が敵に操られてるらしいことはすでに現状の通りだ。だが、ユイはその例外の入っていると俺は信じていた。あれと同様の形でユイを操っているのかは知らないが、いずれにせよ、ユイのスペックを信じていたからこそ、「ユイが敵側になることはない」と、そう考えて疑わなかった。何をどうやったらこうなるんだ? 一体どこのバカだこいつ弄ったのは。あとでそいつの体をいじるどころか拳で抉ってやる。

 向こうは完全に銃口を向けている。さすがに、威嚇がてらこっちも向けないわけにはいかないが……。


 ……チクショウ。


「(……撃てるわけねえだろ、こんなの)」


 ああ、数日前の、ユイと別れる直前の話を思い出す。ユイが操られたりなどして敵側に回った場合、俺は撃てるのかどうか。そのとき、俺は撃てないと言い切ったが、これも結局、ただの冗談半分の想像話で終わるはずだった。

 ……それがどうだ。現実ってのはうまくできていやがる。両手でフタゴーをしっかり固定させるが、どうやっても、震えてしまっていた。それでも、俺はその状態を維持しつつ、ユイを問いただす。


「いいから答えろユイ。俺がわかるかわからないのか。YESかNOかで答えろ。もちろん間は―――」


「NO」


「……あぁ、そうかい」


 ここでいうNOが、「記憶にあるだろうけど思い出せない」のか、「そもそもデータとして消えました」なのか……後者のほうだったらもう今後の好転が絶望的になるのでぜひとも前者を希望するものである。


「でもまあ落ち着け、俺はお前の味方だ。相方だって覚えてるか?」


「NO」


「……だろうと思った。でもまずだ、その銃口は下してくれないか。こんなところで仲間内で殺し合いなんざ悲惨すぎて目も当てられない。ほれ、とりあえず俺も銃は下すから―――」


 ……だが、そのお返しが、


「NO」


 プラス、銃弾1発だった。やっぱり顔のすぐ横をかすめる。もうこれで3回目。そろそろ俺もこれには耐えきれなくなりそうである。


「……オッケー。拒否だな」


 ……となれば、やることは一つである。


「……すまん、許せ」


 あとで色々と怒られるだろう。わかってる。だが、やるしかないのだ。すべては、少しでも俺が生き残るためである。


「……よし」


 俺は、意を決した。




「―――逃げるが勝ち」




 回れー、右。と、同時に、全力疾走開始。


「―――え?」


 オッケー、唖然としてやがる。今のうちだ。あんなんとまともに正面からぶつかって勝てるわけがない。あいつがどれほどの身体能力を持ってるのか、だれでもない俺が知っているのだ。


「おい和弥、聞こえるか? 聞こえたら大声で返事しろ。大声でだ」


『あぁ? なんだ、今めっちゃ忙しいんじゃ!』


 やはりノイズがひどい。だが、時折短時間ながら繋がるときはあるので、そのうちにできる限りの交信を行う。


「こっちヤバそうなんていったんそっちと合流したい。そっちから来れるか?」


『行きたいのはやまやまなんだがな、正直無茶言うなって話だ。あんのクッソ偽物野郎、大量にロボットこっちにけしかけやがった。お前のほうから離そうとしてる!』


「何? 本当か?」


『ああ。しばらく行けそうにないぞ。今二澤さんたちにも援軍呼ぼうとしたんだが、無線が軒並みジャミングで使えない。たぶん電子戦型が向こうに混ざってやがる。しばらくはマジでそっちで耐えろ』


「わかった。なに、あいつのことは俺が一番知ってる。任せろ」


『頼むぞ。何かあったら、撃ってでも止めるしかないからな?』


「ッ……」


 その瞬間、ノイズが再び大きくなり、聞こえなくなった。ジャミングをかけてる電子戦型が、和弥たちのほうに近づいてしまったか。だが、最後の和弥の言葉は、俺の心の中で重く響いていた。


 向こうは銃を持っている。そして、実際に撃ってきた。ユイが、別れる直前に言っていた。こうして敵側に回ったとき、主人公の説得で正気を取り戻すような、“アニメのお涙頂戴的な展開みたいに都合よくはいかない”と。そのまんまだ。今のこの状況で、本当にそれができるとはとても思えない。

 あいつはこっちを殺す気満々だ、正当防衛は十分成り立つ。俺があいつを撃っても、非難されるいわれはない。


 ……だが、撃てるのか。俺が? あいつをか?


「(……冗談じゃない)」


 相棒を撃てと? 俺はあいつの相棒をやめた覚えはない。今でも相棒はあいつだ。撃てと? 自分の手であいつを殺せと?

 いや、殺すまではしなくても、足を撃つことで動きを止めることは……しかし、サーチアンドデストローイを全力で実行中のあいつが、足をぶっ壊す程度で止まるか? 腕もぶっ壊さんと完全に戦闘能力はなくならない。


 ……でも、それってほぼ半壊だ。それをあいつが許してくれるとは思えない。その前に、俺は半壊どころか心臓部をピンポイントで打ち抜かれて死ぬ。


「(……どうやって止めれば……?)」


 ビルの陰に隠れつつ、ユイをやり過ごす。幸い、市街地ゆえにX線スキャンが通りにくい鉄筋コンクリートばかりの環境だ。鉄製の何かに隠れ、あとは物音を何も発しないようにすれば、躱すことは十分できる。

 その間、ユイの居場所も確認できるか試す。


「……ビーコンは出してるのか……」


 友軍識別のためのビーコンは出していた。友軍表示。だが今となってはこれも信用できまい。友軍が進んでフレンドリーファイヤするかって話である。

 妙に不規則に点滅している。おそらく例のジャミングが原因であろう。あれのせいで、俺は今周辺にいる味方の場所がまともに確認できない。和弥と新澤さんの居場所すらもうわからないのだ。ギリギリ近くにいるユイのものに関しては、何とか電波を捉えているという程度でしかないのだろう。


 だが、そこにいるのは間違いない。これを見つつ、あと自分のビーコンは切りつつ、できる限り和弥たちのいる場所に近づこうと接近を試みる。最後に交信したときにチラッと場所が確認できたが、そう遠くはない。

 市街地の細い路地を伝いつつ、できる限り南へと向かう。細い路地ゆえか、ユイのビーコンも見えなくなってきた。


「……よし、ここの広めの通りを右に曲がったら……」


 ちょうど持ち合わせていた小型の手鏡を使い、少しだけ建物の陰から鏡を出して、広めの国道の右を見る。

 ……が、


「……は?」


 俺は目を見開いた。嘘だろと思った。



 目の前に、ロボット数体引き連れた“ユイ”がいたのである。



「……え、マジで?」


 即行で手鏡をしまう。

 待ち伏せされていた? だが、ビーコンは切っていたし、俺の現在地が知られる要素はなかったはず……誰かつけてたのか?


「クソッ、こんなとこいられるか。いったん退いて別の場所から―――」


 そうして後ろを振り返る。


「……は?」


 俺はまた驚愕した。さらに追加で、俺の後ろから、ちょうどいいタイミングでロボットが2体この路地に入ってきたのである。走ってはいないので、追ってきたわけではなさそうだ。だが、偶然にも、ここを通ってしまったことになる。

 当然、見つかる。


「冗談じゃねえぞおい!」


 さすがにこれを突っ切れなんてのは無茶だ。撃たれるのを承知で、すぐ隣にあった広い国道に飛び出し、左折。

 後方からの銃声が響くが、幸いある程度の距離があったからか、命中はない。すぐに近くにあった路地に逃げ込むが、銃声が遠のくことはない。向こうも走っておってきているのだ。

 碁盤の目状態のこの中央区の、さらに中心の地。右に左にとよけていれば、まあ少しは距離を稼ぐことができるだろうとは思っていた。さすがに建物に入ったらもう逃げ道がないに等しいので入らないが、それでも、道を左右に不規則に移動するだけでも十分追跡時間を増やすことはできると考えていた。


 ……のだが、


「……むしろ向こうと合流できねえ……」


 あの二人とさっさと合流したいのに、ロボットがいない場所を探して動いていると、全然南に進めない。まるで、俺の意図を読んでいるかのようであるが……。もしかしたら、本当に読んでいるのかもしれない。


 ここから北に行こうとしても、そこは敵の本拠地。東西も、ほぼその延長みたいなものだし、それ以前の問題として、ここは敵の手が届く中央区深部である。そこら近所にごった返していて当然といえよう。

 最悪、やっぱり建物に入ってそこから建物伝いに飛び越えていくかとも思ったが、いくらなんでも難易度が高すぎたため断念せざるを得ない。


 ……とすると……


「……これ、完全に包囲されてるんじゃ……」


 逃げ道がそもそもない可能性が出てきた。とするとあれか? 隠密裏に逃げるといった思惑はここで途絶えたことになるのか? だが、俺は現状孤立無援。無線も通じず、まともに助けも呼べない。弾薬も限られる。戦闘の長期化は、結果的に自身に不利な状況を自ら招くことに他ならない。


 ……あれ、これ詰んだんじゃないだろうか?


「(どこか戦力の薄いところを一点突破ってわけにもいかないしな……)」


 どこが薄いのかまったくもってわからない以上、むやみやたらと行動すること自体が好ましくない。だが、そうでもしないとまともに動けないのも事実で……。


「もう一回路地裏から回って南にある国道を……」


 そう思いつつ、ひとまず休めていた足を再び動かしたときである。




『ミツケタ』




「ひぃッ!?」


 思いっきりホラーな声が聞こえてきた。刹那に響いた銃声は、俺の右耳から入ってきた。幸い、ロボットはいない。ユイ単体だ。あいつらは置いてきた……? 南側にいた奴らはそのままってことか。


「クソッ」


 すぐに俺は逆方向に逃げる。結果的に、北へ北へと逃げることになるが、行き過ぎないよう路地裏を回りまくる。だが、もう完全にこっちを捉えてしまったのか、こっちに直接向かってくる。逃げる範囲が狭まってしまっているのだ。こうもなってしまうのは予測できていた。


「今あいつはどこだ? どこにいる?」


 ビーコンを用いてユイの居場所を確認する。全然離れていない、すぐ近くだ。先ほどまでのはお遊びでした申し訳ないっすと言わんばかりに追いかけてくる。逃げきれる気がしなくなってきた。逃げてばかりではいけない。だが、せめて仲間はくれ。俺単独で対処しろと言われても、俺は絶対に勝てないのだ。


「(……一番最初に格闘訓練やって以来、最近はまともに勝ててないんだぞ……)」


 テロが始まるまでは、何度か徒手格闘技であいつと相対することはあった。だが、向こうも学ぶ。俺のやり口の裏をかき始め、最近は引き分けに持ち込むのが精一杯になってきた。あれでも、たまに本気じゃない時があることを最近知って、軽くショックを受けているのだ。


 今のユイは本気だ。接近戦で、アイツに真正面から立ち向かって勝てる保証なんてどこにも……。


「クソッ……一体どうすれば……あいつをどうやったら止められる……?」


 HMD越しに見えるユイの不規則に点滅するビーコンを見つめながら、俺は考えた。何かないのか。この俺にしか眼中にないかの如く近づいてくる、この相棒を止める何か……。

 さっきから妙に不規則に点滅しまくっているのが、若干目に痛くなってきた。いったんビーコン受信切ろうか……そんなことを考え始めた、


「…………、あれ?」


 その直前、俺はあることの気づいた。


「……これ、本当に不規則か?」


 点滅しているビーコンの信号。てっきり、ジャミングか何かで不規則に点滅せざるを得なくなっているのであろうと思っていた。……だが、それにしては、さっきから見たことのある点滅の仕方をしていた。

 よーくその信号の点滅の仕方を見てみた。二回連続で点滅し、一回長く点いていたと思ったら、また5回点滅。そこかさらに三回……。


 ……え?


「……ちょっと待てよ……これは確か……」


 俺はこの点滅を見た瞬間、すぐさまある“信号”を思い浮かべた。だが、ありえない。その信号内容から導き出されるのは、現状まずありえないであろう結論だ。これはただの偶然ではないか?

 だが、さっきから点滅自体が、この信号を繰り返しているかのように見て取れた。これが偶然で処理できるものか? 不規則に見えていた点滅が、実はちゃんと“ルール”に則って点滅しているのだとしたら……?


 ……だが、そこから先を考える時間をくれなかった。


「―――ッ! クソッ、追いつかれた!」


 ユイが追いついてきた。今俺の中で巻き起こっている“疑惑”を気にしている余裕があまりなさそうだ。すぐに逃げるものの、どこからともなく現れるロボットの銃撃からも逃げていた結果、やっぱり、南にはいけない。俺を、完全にこの区域に閉じ込めるつもりのようだ。


 逃げ道がない。どうする、ここをどうやって突破すれば……。


「(援軍も呼べないんじゃ、もう死ぬの待つしかないじゃねえか!)」


 そろそろ絶望しかけてきた……そのときである。


「―――ッ! うぁッ」


 路地から近くの国道に出ようとすると、真正面からユイが現れた。回り込まれた? 急接近したユイは、すぐにサイドアームのハンドガンを右手で取り出すと2発だけ放つ。

 動作が若干遅かったので頭を下げることで回避はできた。だが、それを狙ったかのように、今度は右足の裏面が俺の真正面に近づく。フタゴーの銃身を盾にして抑えるが、足突きの力が強い。抑えられたのは一瞬で、すぐに背中から倒れ、何とかその力を逆利用して後転する。


「(こんな細い路地じゃやりにくい!)」


 細い路地は逃げるときや躱すときに使うものだ。まともに相対するときに使うものじゃない。逃げ道がまともにない以上、もはや選択肢はなかった。

 手に持っていたフタゴーを瞬時に構え、“命中を完全無視で”適当な場所に銃弾を数発だけばらまいた。すると、撃たれると思ったのかすぐに後退し、後ろの国道へと逃げ込む。


「サンキュー、それを待ってた」


 すぐにユイの後を追い、国道に出た。出た瞬間、すぐ左からユイが回し蹴りを喰らうが、あえて受けることでその力を外側に受け流した。そのまま、受け身を使いつつ路面を転がる。


 それでも、やっぱり痛いものは痛い。


「クッ……」


 左の脇腹と背中あたりからの痛覚と戦いつつ、ユイの方向を見る。すると、接近戦で小銃は邪魔だと見たのか、スリングを絞め、ナイフを取り出した。刺し殺すつもりか。


「畜生、いいぜ……てめぇがそうくるんだったら俺だって受けて立ってやる」


 どうせ逃げられない。距離を離させてくれる余裕もないとならば、接近戦でカタを付けるしかない。相変わらず不気味なレッドアイの相棒が瞬時に接近してくるのに合わせ、俺はスリングを絞めてフタゴーを背中に固定させ、左手にナイフを持ったまま前転。途中で足を上に突き立て、しゃがんでいる俺に向けられたナイフを叩こうとするも、さすがに躱された。


 だが、少しだけ態勢を整える時間が生まれた。左手のナイフを逆手に持ち、いつ接近してもいいように膝を柔らかくして構える。


 ……が、俺は不安しかなかった。


「(……短剣格闘なんて俺こいつに勝ったことがない……)」


 ナイフを使った短剣格闘の訓練もしたことはある。ユイとも相対したことはある。だが、徒手より勝率は低い。というか、ない。せいぜい3ヵ月くらい前にようやっと引き分けに持ち越せたことがあるぐらいではないだろうか。

 本気のユイに勝率がとても低い短剣格闘で生き残れという現実からの要求に、俺はとりあえず全力で唾を吐き捨ててやる。


「……チクショウが」


 そう呟きつつも、ユイの再度の急接近に対し、思いっきり叫んで威嚇しながら突っ込んだ。誰もいない、だだっ広い国道で、たった二人が、ナイフを突き立てながらの殺し合いを演じ始める。

 逆手持ちのナイフは、結局ユイに向けることはできない。そうなると、俺は防戦しかできなかった。本気で殺しにかかり、互いのナイフの刃先が擦れ合う甲高い金属音を発しながら、あと一歩のところで止め、あと一歩のところで躱し、を延々と繰り返した。


 その間も、何か止める方法はないか考える。


「(東西南北、逃げ道はない。味方はこない。その前にまずこいつを止めないといけない……やることがたくさんだ。まずはどうする? こいつを止めるってか?)」


 ある意味、難易度が一番高いものが最優先対処事項となっていそうだった。止めるっていってもどうやって止めればいいのか。電源を落とす? いやいや、電源スイッチはどこだという話だ。そう都合よくスイッチなどあるものか。あったところで、そこに手をまわしてスイッチを押すまでの一連の動作を、ユイが見逃すわけがない。

 では、どうあがいても止まらざるを得ないやり方……電源がなくなるのを待つ? それこそ長期戦だ。今こいつどんだけ電源持っているかわからに以上、危険な賭けには出たくない。

 電磁パルス……なんて発想もあったが、一瞬で消えた。一番使えない手法だ。どこから出せばいいんだそれは。高高度核爆発でも起こせというのか。だが、そうなってもいいようにユイは対EMPがしっかりなされている。やるだけ無駄だ。


 ……だが、そうなると、


「(……もう何もない……)」


 こいつを止めるには、どうにかしてこいつがこうなってしまっている原因を潰すしかない。どこを? どうやって? 何を使って? 全くもって想像がつかない。

 そのうち、体力も限界を迎え始める。何度でもいう。短剣格闘で、俺はこいつに勝ったことがない。むしろ、ここまで耐えたのは新記録だ。誰か俺を褒めてやってほしい。


 ……が、


「ぅわッ!」


 一瞬の隙を作ってしまった。右足を右から叩かれた俺は、倒れた瞬間一瞬だけひるんだ。幸いナイフは降ってこない。だが、上を見た瞬間、見えたのは思いっきり振り下ろされたナイフだった。すぐに顔だけ右にずらし躱すと、左手でナイフを持ったまま、両手でユイの右手を掴む。

 それでも、ユイはもう一度振り下ろそうとナイフを強引に持ち上げ、俺の顔の上に持ってくる。これ以上は動かせない。ここで耐えつつ、一瞬の隙を待つしかなかった。


「……マダヤルカ」


「?」


 俺のナイフを右手で軽く突っついた後、唐突にユイが言葉を発したのはその時である。無感情だが、何もない時に向こうからしゃべったのはこれが初めてかもしれない。

 またナイフを突っついて続けた。


「ダレモノゾマナイシヲ、ミズカラモトメルノハオロカダ」


「……なんだ、説教でも始めるつもりか?」


 ユイらしくない。またユイはナイフを突っついていった。


「マチガイヲヒトハハオカス。ワタシガ、ソレヲタダス。ソレダケダ」


「俺を正す前に、お前はまず自分のやってることを正しな。まずそのナイフどけろ。はなしはそれからだ」


 そういうと、またナイフを突っつく。この動作自体に何の意味があるんだか、俺は何もわからないが、問答無用で続けていった。


「テヲダサナケレバオキナカッタ」


「最初に手ぇ出したのが俺だと思ってるなら眼科行ってこい眼科。もしくは記憶障害だからいい病院見つけてやる。あとで直してもらえ」


「カルクチダケハタッシャダナ」


「お前にいわれたかねえわッ!」


 何を話し始めたと思ったら、ただの時間稼ぎなだけのようだ。無駄な時間を消費したくはない。俺はフリーだった足を思いっきり振り上げ、ユイがそれをかわすのを見ると、すぐに起き上がり距離をとった。

 すぐに急接近を試みるユイを躱すも、ナイフを連続して的確に振り回すその手を、俺はどうにかかわすのに必死だった。せめて、さっきのように足だけは取られないよう注意を払ったものの、それで状況が好転するわけではない。


「(クソッ……一体どうすれば……)」


 これ以上の策があるのか。考えあぐねていた時だった。


「……」


「……え?」


 ユイの攻撃が突然止まった。そして、すぐに俺と距離を置き始め、ナイフをしまい、フタゴーを取り出して俺に銃口を向けたまま、後ろ向きに後退していった。

 すぐさま俺もナイフをしまい、フタゴーを構えるものの、ユイの行動の意図はわからない。


「……なんだ、何をする気だ?」


 すると、


「……ッ?」


 ユイの後ろに、大量のロボットと、少数の武装した人間が整列し始めた。その数合計10数人。さらに、後ろからの走る音を聞き取り振り返ると、そこにはやはり同じくロボットと武装した人間の混成10人の集団が整列した。俺とユイがいる場所を中心として、南北をふさぐ形で一列に布陣すると、


「……ッ!」


 今度は、ユイの背後に、また別の男が一人立った。白人で持つ中肉中背の男性。すぐ隣には、何やらタブレットを持った側近らしき男もいる。


「(な、なんだこいつらは? お出迎えか何かか?)」


 今度は俺が連れ去られるのか? そう考えつつ周囲を見渡していると、


「……君があの方の言っていた男か。随分と若いな」


 ユイの背後に立った、例のロシアンな男が声を発した。その瞬間、俺はすぐに、その声の主を悟ることとなる。


「ッ……その声、そういや、動画であった……」


 動画。例の犯行声明の動画で、ロシア訛りの英語を話していた男だ。あのプロレスをやってそうな強面の風貌……間違いない。


 ……ということは、




「お前……例の首謀者の……」




 正解、とでも言いたいように、彼は口元を小さく歪ませて笑みを浮かべた。



 意味が分からない。なんで、そいつが俺の目の前に現れた? こんな図ったように?





 疑念が大量に浮かび上がる俺の目線は、その男に集中していた…………

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