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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第7章 ~混乱~
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発見

 ―――その翌日だった。


 あまりにも突然の事態に、俺等はビックらこくことになる。




「はいぃ!? ユイっぽいのがいたぁ!?」




 思わずそう叫んでしまった。朝の、まだ7時を過ぎたばかりの頃である。


 「ユイらしき人影がいた」。羽鳥さん曰く、そんな情報が舞い込んできたのは、たったの5分前。中身を見るに、今から10分くらい前に、探しといてと言われていた女性軍人に似た人影を発見したらしい。だが、すぐに離れてしまったうえ、その方向が敵の支配地域に向かっていたため、追跡はすぐに断念したようだ。元々、疲労も溜まっていたため、報告にとどめたのである。

 だが、それでも大きな成果であった。見かけたのは中央区内でも割と深部の方ではあったが、入れなくはない。そこの周辺を探索すれば、まだ見つかる可能性はある。偽物の可能性はまだ否定できないが、しかし、其れの確認も含めて、一先ず探し出さねばならない。どうせ偽物でも、やれるならとっつかまてしまえばいいのである。できるかどうかは別として。


 しかし、今から向かうといってもそうすぐにはたどり着けないため、ある程度の時間ロスは覚悟しないといけないが……。


「寝起きで悪いが、行ける奴いるか?」


「いけない奴を数えたほうが早いかと」


 二澤さんがそう欠伸をかきながら言った。行けない奴、というが、こうしてみるといけない奴がゼロなため、もう数える必要性すらない。ユイの捜索に参加していた捜索隊4個班。全員がここにいた。寝起きではあるが、ほぼ全員それすら忘れていた。


「よろしい。では、早いとこ連れ戻してしまうとしよう。二澤、お前が指揮を採れ。彼女を保護するんだ」


「了解」


 羽鳥さんからの指名を受けた二澤さんは、寝起きが抜けないのか少しダルそうに肩をもみながら、俺たちの前に立った。羽鳥さんはこの時点で席を外すが、代わりに、二澤さんは俺等を見ていった。


「よーし。んじゃ、どうやらそれっぽいのが見つかったらしいので、本人かどうかの確認がてら出ることとする。2個班ずつに分かれて捜索だ」


「いつもの組み合わせで?」


「テンプレと行こうじゃないか。篠山、俺たちの班と行くぞ。他の2つでコンビ」


 俺等の班は二澤さんと行動を共にすることにした。とはいえ、捜索するとなれば結局分かれるのである。あくまで、基本単位として2つに分けるだけである。

 現地に着いたら各班で捜索を開始。見つかったら即行で無線で呼びかけるという形になった。4個班が一斉捜索のため、ある程度の範囲をカバーできると見込まれた。


 ユイと思われる人影はこの瞬間も移動しているため、今後は時間が勝負のカギとなる。


「……じゃあ、お騒がせのお嬢様をお迎えに行こう。出撃だ」


 二澤さんの号令に呼応する声は、友を絶対に連れ戻す決意に満ち溢れていた。


 日が昇ったばかり。そんな寒い朝に、俺等は一斉にスクランブル待機していたヘリに飛び乗った……。





 現地まではヘリなら10分とかからない。ヘリが行ける場所まで行くと、近くの10階建てぐらいの建物の屋上にたどり着き、そこで降ろしてもらった。あとは、こちらの足である。

 建物を降り、ここからは二澤さんの方とは別行動となる。エリアを二つに分け、俺と二澤さんの班ごとに見て回ることにした。


 京橋2丁目付近。高層ビル群が立ち並ぶ周囲を、とにかく見て回れるだけ回る。


「今回は建物もとにかく見て回ろう。たぶん隠れてるだろうし」


「これ、全部探すのか?」


「しょうがないだろ、どこにいるかわかんねんだから」


 結構な階数のある建物ばかりのため、全てを探すとなると結構めんどくさいことになるのは間違いない。中ですれ違いなんてことが起きた日には泣きたくなる。

 とはいえ、時間を喰うわけにもいかない。早速一つ目の建物を初めとして、幾つかの中を見て回った。


「頼むからユイさん、変なとこに入ってないでくださいよぉ~?」


 そう呟いて懇願するのは、和弥である。俺は神にでもついでに祈りたい気分だった。


 電気が消え、しかも、所々光が入らず真っ暗な屋内をくまなく捜索した。この時のために持ってきたとはいえ、朝っぱらからHMDの暗視機能を使うことになるとは思わなかったが、幸いなことに、敵はいない。あまり建物の中には入ろうとはしない様であった。

 時々、室内にいたであろう人らの死体を見かける。すでに腐敗が進んでおり、食堂にいた奴に限っては、もうハエが集り始めていた。ここからさらにちっこい虫まで出てきて死体食い始めようものなら、今度こそ俺は吐く自信がある。どうせ吐くなら、その死体の近くにいる虫にぶちまけて撃退してしまうとしよう。

 ……だが、少なくともあの光景は今日の夢に出てくるであろう。それだけは自身をもって言えた。


「……次はこれか」


 時間をかけて幾つかの建物を回ったのち、次に入ったマンションらしい建物内のとある部屋の前に立つ。薄暗い廊下の中、ここから先は外に面した部屋なため、一応窓から光は入っているだろう。HMDの暗視機能を解除し、取っ手を握って中に入ろうとする。


 ……が、


「―――ッ! あ、ちょっと待って」


 新澤さんが寸前で止めた。ドアに自身の耳を当てると、その体勢のまま、目線だけ俺の方に向ける。


「……中に誰かいない? 一瞬、誰かを殴る音が聞こえたわ」


「殴る音?」


 ちっこい音であったらしいが、新澤さんは聞き逃さなかったようだ。直ぐに俺も耳を当てるが、中からそういった殴打の音は聞こえてきてはいない。だが、その代わり、人のうめき声だけは一瞬だけ聞き取った。


「……なるほど。確かに、先客がいるらしい」


「どうする? フラッシュ使うか?」


「いや、そんなに大人数ではないっぽいな。奇襲を仕掛けて一気になだれ込め。銃口向けてきたら撃って良し」


「オッケー」


 和弥はそういうとポジションについた。新澤さんがドアを開け、俺はドアの横で、和弥は真正面でスタンバイ。いつでも入れる体勢となったことを確認し、アイコンタクトをとりつつ、カウントをした。


「3、2、1……GO」


 新澤さんが一気にドアをつき開けた。間髪入れず、和弥が部屋に突進する。その後ろを俺と新澤さんの順で入り、死角を潰していった。


「クリア」


 和弥がそう報告する。部屋はどうやらただの物置のようで、簡素な作りに幾つかの段ボールや日用家具が置かれていた。このマンションに住む人が使っているらしい。大方粗大ごみを置いておく場所であろう。


「……と、コイツはどちらさんかな」


「ん?」


 和弥がそう呟くのを聞きつつ、その視線の先を見る。そこには、壁に凭れて項垂れている一人の……、


「……こりゃあぶったまげた」


「豪華なお方だ。例の武装兵士だ」


 そこにいたのは、数日前にも出会ったような豪華な装備を身に纏った一人の兵士だった。あれは一人ではなかったということか。目立った外傷はないが、どうやら気を失っているようだ。


「ただのテロリスト……にしては、装備が豪華ね。前にもあった例の兵士?」


「ですね。欧米露、装備がごちゃ混ぜ……というか、何か前にあったのと同じじゃないかこれ」


「だな……」


 身に着けているアクセサリー類が若干違うが、それ以外はほとんど同じだ。おそらく、同じ組織にいる人間なのであろう。

 銃もAKS-74Uだ。ただ、銃身が真っ二つに折り曲げられている。これでは使い物にはならない。ただの弾薬が入った鉄くずと化していた。


「もったいねぇなぁ、これ中々手に入るもんじゃねえのに」


「手に入っても使わねえだろお前……んで、これは前に会った兵士のお仲間かな?」


「だな。……だが、前の奴が持ってたスマホ型の情報端末がないな。持ってないのかな」


 和弥が割と乱雑にその兵士らしき男の身の回りを漁った。そんなに乱暴に扱ったとてすぐに見つかるわけはないと思うのだが、しかし、中々見つからない。こりゃあ、本当に持っていないらしい。


「おいおい、コイツはどうやって情報収集を……」


「誰かが取ったんじゃないの? ほら、これとかとついでに」


 そういった新澤さんが手にしていたのは、一枚のカードカバーだった。足のポケットの近くにあったらしく、そのポケットも、口が開いていた


「たぶん、コイツのカードカバーよ。結構使い込まれてるから、これの中身を取ってカバーは捨てたのかもね」


「そこには何が入ってたんで?」


「さあ? でもまあ、身分証的なの入ってたんじゃないの」


「律儀に身分証でも持ってきますかね……」


 どの組織にいるかによるが、いずれにせよ身分証的な者をいつも持ち歩いているだろうか。俺たちだって別に持ち歩くわけでもないのに……。

 とはいえ、これの前に、誰かがこの男の身の回りを漁っていたのはどうやらありえそうである。


「てことはあれか。コイツの持ってる情報を誰かが持っていったな? 窓も開いている。ここから出たんだろう」


「一歩遅かったか……だが、一体だれが?」


「さあな。バレちゃマズイと思ってる誰かじゃね」


「何その裏を感じさせる言い方……」


 裏の陰謀なんてこれ以上は勘弁なのだが、この装備を見ていると、どうも追加で何かがきそうな気がしないでもない……。もう、これ以上厄介ごとを抱えるのは本当に勘弁してもらいたいのだが……。


「ていうかだな、ここは仮にも4階だぜ? まさか、飛び降りたなんて言わんだろうな?」


「そこはあれだろ、映画みたいに壁伝いに隣の窓にでも飛び移ったんだろ」


「ウソこけよ……」


 そういいつつ窓から外を望んだ。周辺に誰もいないことを確認しつつ、体の上半分を外に出すと、上下左右を見やる。しかし、窓が開いてる様子はなかった。この窓の下は細い路地なのだが、そこの周辺にも誰かいるわけでもなかった。いや、そもそも、ここから飛び降りたら間違いなく血の海が広がるだけであろう。お隣の少し低い建物に飛び降りるとしても、タダで済むとは思えない。


「(そんな、頑丈な奴はロボット以外おるまいて……)」


 ロボットならありえるのだがなぁ……だが、ここにユイか、その偽物がいたかは現有の情報からは断定できない。もしかしたらあり得るという可能性の問題でしかなかった。

 仮にいても、今から追うんじゃもう見逃したも同然だ。また一から付近を捜しまくるだけである。


「とりあえず、また追加で誰かいましたってのは記録しておくか。屈強なホモホモしい黒人一人」


「余計な情報は付けんでいい」


 ホモホモしいかどうかなんざ見た目からは判断しきれんだろうに。いやまぁ、屈強な男にもホモホモしいのはいるっちゃいるが。

 とりあえず、無線報告は後でするとして、ここの敵兵士はこれ以上の戦闘行為はできなそうなので、そのまま放置しておく。ただし、念のため弾薬と、サイドアームで使っていたらしいハンドガンは回収させてもらった。これまたロシア製のスチェッキン・マシンピストルであった。サイドアームで使うにしては大型ではあるが、AKにマシンピストルとくるとは、全体的な装備の構成から見ても、やはり妙な選び具合である。


「(自身の所属がバレないようになんだろうが……スチェッキンなんて初めて見たな)」


 大よそテロリストが使うことができるとは思えないが、はてさて、どちらさんが持ってきたんやら。窓から入ってくる冷たい風を受けながら、俺はそんなことを考えていた……。



 持っていった方がよさそうなものはすべて回収した俺たちは、また建物を出て、近くにある建物群をくまなく探した。

 ユイがどこら辺に隠れそうかを大体予測しながらではあったが、正直な話、アイツはこういう人間の一歩先を行ってしまうため、考えれば考えるほど「ここも探したほうがいい」という候補が増えてしまい、最終的に「全部探したほうが早い」という結論になってしまう。人間の悪い癖である。


 先の報告があったところは粗方探したものの、人影の一つすら見当たらない。敵ロボットも付近にわんさかいるため、それらに見つからない様できる限りこそこそやるとなると、どうしても時間がかかる。昼頃に近づいてきたが、捜索の範囲が無駄に広がるだけで、中々有益な情報は入ってこない。


 範囲が広がるにつれて、1個の班ごとに受け持つ捜索範囲も広がっていった。ここまでくると、もはや班単位で捜索していることすらきつくなってくるが、これ以上の分散はさすがに危険な所があった。


『各班、定期報告。見つかった奴は言っていいぞ。褒美やるから』


 冗談交じりの二澤さんの声が無線から響くが、俺を含め、誰も答えることはなかった。二澤さんは「了解」と低いテンションで答えると、また無線が沈黙する。


 中々見つからない上に、無駄に足を動かしまくっている状況に、さすがに疲労が見え始める。かれこれ4時間前後くらいは休みなしで探しているであろう。


「もう建物はいいからさ、外を見て回らない? 向こうもこっちを探してるだろうから、そうなるとたぶんわざわざ中に入らないと思うんだけど……」


「いやいや、逆に敵を警戒してどっかの建物に入ってそこに留まっている可能性だってありますよ。ちょっと外に出てもすぐに引っ込んじゃう臆病な子猫みたいな」


「ハムスターだったらもう少し可愛げがあるんだけどなぁ……」


 なんでや。猫でも十分可愛いじゃないか。

 そんなツッコミも、口に出して言うほどの元気はない。息切れも徐々に顕著になってきた。さすがに少しどこかで休憩を挟んだ方がいいだろうか。だが、敵地のど真ん中で、休憩をさせてくれそうな場所なんてどれほどあるだろうか。この前、地形状況調査兼情報収集のために使った仮拠点のような、ああいう場所がこんな大都市のど真ん中にあればいいのだが。


「どっかにないかなぁ……それっぽい休憩場所に使えそうなの」


 適当な安全場所を探すために、付近のマップを表示した時である。


「……ん?」


 マップの表示がおかしい。普通なら、友軍ビーコンもついでに表示されるはずであるが、表示が結構な頻度で点滅を繰り返している。伝播状況が悪いのか? だが、今この場所はそこそこ開けているはずだ。


「なあ、お前のところのマップ見てくんね? ビーコンどうなってら?」


「ビーコン? ……あれ、おかしいな。点滅しまくってら」


「こっちもだわ。不規則に点滅してる。ビーコンの電波届いてないのかしら」


 どうも俺だけではないらしい。電波状況が不明瞭だ。これはHQでも誰でもいいから知らせておかねばならない。友軍位置がわからんとかフレンドリーファイヤを誘発しまくりだ。


「HQ、こちらシノビ0-1。フレンドビーコンの電波状況を確認してくれ」


『―――――』


「……あれ?」


 通信が返ってこない。「ザーッ」という雑音が響くだけで、それ以上のものが返ってこなかった。

 周波数はあってるよな? しっかりHQに繋がるよう設定しているのを確認してもう一度やるが、返ってこない。返ってきても、


『―――ザザ―――こ――えいt―ザー―――きこe―――』


 雑音混じりでよく聞こえない。無線すらダメなのか。ビーコンもダメ、無線もダメ、つまりUAVとのリンクもダメ。何だこの孤立無援状態は。近代の陸上戦でもやれというのか。


「無線どこの周波数でもダメだ。こんなん使えないぜ」


「広範囲ジャミングでも誰かかけやがったか? 近距離でならビーコンはギリギリ届いてるっぽいんだがなぁ……」


 近距離なら、衛星中継を介さない直接通信ができるため仮にジャミングされていても問題はないが、しかし、たかだか100m程度しか離れていなければの話である。そんな範囲の味方なんて基本的に自分たちも視界に捉えている。元々、こういうのは遠距離での味方の位置を把握するための物なのに、その遠距離での把握ができないんじゃビーコンの存在意味がなくなる。


「しょうがない、こっちに原因がないんだったら収まるのを待つしか……」


 そう指示を出しながら、次の突き当りにある路地を曲がろうとした時だった。


「えっと、こっちを曲がればその先は開けたどうr―――」


 そういって曲がった時、


「―――ん?」


 たったの数十メートル先。白いボディが見えた。2体ほど。一部分は内部の灰色の色彩も確認できる。


 目は……赤く光っていた。


「…………あ」


 一瞬だけ思考が止まった。だが、すぐにその正体を察した瞬間、




「総員交代! 今来た道戻れ!!」




 全力で走りながらそう叫んだ。それと、ほぼ同タイミングであろう。



ダダダッ



 すぐ近くからバカ高い銃撃音が響いた。狭い路地のため無駄に響くが、それがさらに恐怖を与えた。

 しまった。あそこにいたのは操られたロボットだ。あのボディは桜菱製の奴に違いない。嫌なところで鉢会わせてしまった。


「早く逃げろ! ここは色々とマズイ!」


「マズイっつったってどこに逃げるんだよ!」


「狭いところじゃ戦いにくい! どこか陰に隠れられそうな場所探せ!」


 今いるのは狭い路地裏な上、遮蔽物になりそうなものがない。せめて、それがある場所で銃撃戦を行いたかった。狭い場所なら、射線もある程度固定されているため戦いやすい。反面、銃撃を一方向からとにかく受けまくる欠点はあるが、最近こっちの方が俺ら的にはやりやすいことに気づいた。

 どうせ3人しかいないのである。狭所の戦闘になったとてデメリットの方が少ないのだ。


「そこを曲がれ! そこは隣のビルの入り口とかがあったはずだ! そこのドア遮蔽物にするぞ!」


 次の細いT字路を右に曲がると、その先には開けた道路があったのだが、その前に幾つか隣接する建物の入り口がある。ドアが遮蔽物になるなら使うし、仮に使えなくても、入口の陰に隠れる事が出来る。後ろがうまく確認できないが、向こうもおそらく増援を呼んでいるだろう。このジャミングの中、そっちの通信が使えるかどうかは知らないが、アイツらの使ってる無線周波数に対するジャミングがないなら、今頃どこかで……、


「―――ゲェッ、左からも来やがった!」


 T字路に至る前にある左にぬけれる細い路地から、今度は3体が追ってきた。最初から走ってきている。やはり呼ばれたのか。ということは、向こうの無線は使えるのに、こっちは使えないという奇妙な事態が起きたことになる。


「(やっぱり、誰かジャミング仕掛けたか?)」


 前に、ロボットの中に電子戦型がおり、無線などにジャミングを仕掛けているタイプがいた。まさか、まだああいうタイプがいるのだろうか。だとすれば、俺等はまんまとそのジャミングの傘に入ってしまったことになる。

 何とか脱しなければ。目の前にきたT字路を右に曲がった。ここで、どうにか敵を撃退しなければ。


「すぐにどっかのドアに隠れろ! できれば頑丈なドアが―――」


 そう指示を出しつつ、前を見た時である。


「……え?」


 俺は一瞬言葉を失った。目の前には一人の人影がいた。後ろ姿で、こちらに背中をさらす形ではあったが……俺は、その輪郭をよく知っていた。


 ……まさか、




「―――ユイッ!?」




 一瞬、向こうがこっちを振り向いたような気がした。だが、逆光だからかよく見えない。さらに、元から開けた道路の方面を走っていたこともあり、すぐにそこから左に曲がって見えなくなった。気づいていないのか? いや、声は聞こえたはずだ。偽物ならすぐに振り返って銃撃をかましてもいいはず。

 ……てことは、あれは……、


「本物だ! ユイがいたぞ!」


 思わずそう叫んだ。だが、


「ッ! クソッ、向こう追いついてきやがった!」


 敵ロボットたちが追いついてきた。直ぐに近くにあったドアを開け、そこの陰に隠れた。外開き仕様ではあったが、運悪く軒並み薄い。これを立てにすることはさすがに危険と判断し、さらにその中に入って、このドアは捨てることにした。どうせ銃撃戦中に勝手に外れるだろう。


「(マズイ、今すぐ追わないと間に合わない!)」


 これ以上逃げられるのはマズイ。何が理由かは知ったことではないが、とにかく追わなければ、


 そんな俺の真意を察したのか、和弥が向かい側のドアに隠れながら叫んだ。


「祥樹! お前は先に行け! ここは止める!」


「な、無茶いうな! 向こうはどんどん増援呼んでるんだぞ!」


「このままのさぼらせたら間違いなく追いつくだろうが! 早く行け! ここは止めるから!」


 和弥が手榴弾を投げ、さらに銃撃を与えながら叫ぶその様に、俺はそれ以上の事を言えなかった。さらに、隣にいた新澤さんまでもが、和弥に賛同した。


「すぐに追いつくわ。先に行って、とにかくユイちゃんを引き留めてきて」


「で、ですが……」


「いいから行きなさい。ロボットの数体なんて殴ってでも止めるわ」


 殴って止まらんでしょあれ……。だが、これ以上逃がしておくことの方がマズいことも事実だった。

 二人にここを預けることは危険ではあったが……しかし、選択肢はなかった。


「……すみません、ここは頼みます」


「オッケー」


「和弥、道路に出る。援護を」


「おっしゃァ、任せろ! 行け!」


「すまん、頼んだ!」


 和弥の銃撃の援護の隙に、俺は即行で大通りに向けて全力疾走した。直ぐにその開けた道路に出ると、ユイが向かった左手方向に足を向ける。ユイの姿は……、あった。ギリギリだが見える。


「待て! ユイ!」


 すぐに追いかけた。今度こそ逃がさないと決めながら……。






「フラグ行きます。ピン抜き……投げ!」


「……あれ?」


「どうしました? もう敵来てますよ?」


「いや……祥樹、今どっちに向かった?」


「え? 左でしょ左! 今それはいいですからまずアイツらを―――」


「いや、左方向ってさ」


「はい?」


「……『ホテル日本橋』方向じゃなかったっけ?」


「…………あ」







 ユイに何とか食らいつき、細い路地や広い道路を追いかけ続けた。こっちには目もくれなかったが、理由なんて後で問いただせばいい。とにかく、今はアイツを連れ戻すことが先決だった。

 仮にあれが偽物であったとしても、それはそれで連れて行って事情聴取でもすればいい話だ。できるかは後で考えるでいい。とにかく、まずはとっ捕まえなければ。ユイは、細い路地を抜け、少し開けた道路に出た。


 ……すると、


「……? と……止まった?」


 ユイの足が止まった。大通りのど真ん中。誰もおらず、放置された車や廃車がちらほら見受けられるだけの、風だけが透き通るその場所に、ユイはただ一人立っていた。


「よ、よかった……やっと止まってくれたか」


 何はともあれありがたい。もう鬼ごっこは勘弁だ。鬼役はもうこりごり、終われる子役もさすがに疲れてしまったのだろう。

 結構走ってしまったが、改めてよく見ると、背中部分の防弾チョッキに傷が結構ある。ユイと別れる少し前に、俺を落下する瓦礫から守ったときに出来たものと同じだ。間違いない。本物だ。


「(ったく……心配かけさせやがって……)」


 これでようやく再会となれる。息切れを抑えつつ、俺はようやく本物の相棒に声をかけた。


「……不甲斐ない俺を許してくれ、ユイ。随分と俺は幻覚を見てたっぽくてな。ほら、もうそろそろかえr―――」


 ……だが、


「……ん?」


 そこで一つ気づいた。


 ……ユイの奴、なんで……


「(……こっちの方向に逃げてきた?)」


 右手側を見ると、敵の本拠地である『ホテル日本橋』の高層建造物が見えたときに、ふとそう考えた。こっち方面に来るってことは、敵にあえて近づくことになりかねない。

 ……おかしい。コイツは“逃げて”いたはず。俺から逃げるにしても、自分の“敵”から逃げることを優先しない理由はない。考えてみれば、さっき俺が声をかけたとき、アイツは左に曲がったが、普通に考えたら俺からも逃げれて、そして敵からも離れる事が出来る“右方向”に逃げるのがセオリーじゃ……。


「(……待てよ、これ何かがおかしいような……)」


 別に軍人経験とかは長くないが、妙におかしな予感がした。偽物ではないことは間違いないはずだ。防弾チョッキを一々取り換えるなんてことはしないし、あの時俺を撃たなかった理由がわからないし……。本物で、間違いないはずではあったのだ。


 ……その、筈なのだが……。


「(……なんだ、嫌な予感がしてきたぞ……?)」


 こういう時の予感は大体当たるのだが、こればっかりは当たってもらいたくはなかった。だが、確認しないわけにはいかない。俺は、再び声をかけた。


「……なぁ、ユイ。そろそろもどr―――」


 ……その、数瞬後の事であった。






「ウゴクナ」





 バンッ





 ッシュンッ






「…………は?」


 一歩、足を踏み出した時だった。気のせいか、俺の左こめかみの数センチ先を、何かが高速で通った気がした。いや、現実逃避している暇ではない。



 あれは、間違いなく……



 さらに、視界に映っている光景に、完全に思考が停止寸前になりかけているところを、今度は雑音混じりな無線が飛んできた。


『―――おい祥樹! 聞こえるか! おい!』


 和弥の声だ。


「……あー、聞こえてるぞ」


『おぉ、やった、繋がったぞ! ラッキーだ。お前、今どこにいる!』


 随分とした焦燥感だ。そんな中の今の俺は、異常なまでに冷静だ。状況が一定以上ぶっ飛んでいると、焦りを通り越して冷静になることがあると聞いたことがあるが、どうやら、あれは少なくとも俺に限っては本当らしかった。


「えっと……大体『ホテル日本橋』から南南西400mってところかな?」


『目と鼻の先……!? クソッ、やっぱりそうだったんだ! おい、今すぐそこから離れ―――』


 この口ぶり、もしや、和弥も何か悟ったのか? だが、それを聞く余裕は俺にはない。その代り、逆に質問するだけの冷静さはあった。


「それよりさ」


『あッ!?』


「……誰か、この中に……」





「“悪堕ち”……詳しい奴いね? できれば機械的な方面の」





『……何言ってんだお前?』


 一気に怪訝な声を上げた。あれ、そういう意味で悟ったわけではなかったのか。だが、和弥なら何か知らないだろうか。俺、こっち方面のジャンルに詳しくない。


『そんなことはどうでもいいんだよ! とにかくそこから離れろ! これは罠だ! わざわざそっちに逃げたのには何か裏があったんだよ! 今すぐこっちに戻ってきて合流を―――』


「そうは言われたってなぁ……この状況でそれをやれってのは無理な話だ」


『な……どういうことだよ?』


「いや、だからさっき聞いたんじゃねえか。……悪堕ちジャンルに詳しい奴いないかって。“悪堕ち”」


『悪堕ち……?』


 悪堕ち。これ自体は、割とアニメや映画などを知っている人らの間では、“ある場面”でよく使われる時があるワードであった。俺もアニメはよく見るし、その過程でこの言葉の意味は知っている。和弥も、そして、確か新澤さんもアニメをよく見る人だから知っているはずだ。


 ……それゆえか。


『……おい、ちょっと待て』


『え……ちょ、ま、待って? え……?』


 和弥と新澤さんが一気に暗い声になった。絶望か何かにでも突き落とされたかのようである。


『おいおい……冗談はよせ』


『ねぇ……この先の話が大体読めてきたんだけど……ジョークで言ってるの?』


「ジョークだったら……よかったっすね」


 そういって俺は口元をひきつらせて無理やり笑った。

 俺が一番そう思ってる。何より、下手すれば“向こう”の気分次第で俺はこの数秒後にめでたく死ぬことすらできるのだ。そんな状況だと、誰だってこれをジョークだと思いたくもなるし、どこからともなく「ドッキリ大成功」の看板が出てきてみんなの笑いものになることを願いたくもなる。


 だが、現状それはただの現実逃避にしかならないようだ。


『そんな……ウソでしょ?』


『……まさか?』


「その、まさかっぽくてなぁ……」


 頭を抱えたかった。全員が、絶望という名の闇の奈落に放り投げられたような心境であったに違いない。俺がそうなのだ。あの二人がそうならない理由もない。


 その全ての根源は、目の前にあった。


 俺は、さっきも言ったように下手すれば次の瞬間には死ぬことができる。


「……ユイが……」


 なぜなら、目の前で突っ立っていたはずのユイが……






「……ユイが、“悪堕ち”してこっちに銃口向けてるんですが……」






 こちらに、自身の持っていたフタゴーの銃口を、体を振り返りつつ俺の頭に向けていたのである。




 その目は、本来の美しいブルーアイではなく、血のような、赤く光るレッドアイに変わり、






 その感情なんてこれっぽっちも感じない“無表情”からは、ただただ恐怖しか感じなかった…………

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