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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第7章 ~混乱~
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冷酷の真実

 ―――そんなこんなで、ユイを探して1週間と2日が経った。

 未だに見つからない。結構巧妙に隠れてるのだろうか、それとも探してる場所が思いっきり悪くてすれ違いが起きているのか。確証が持てないままとにかく探せる場所をくまなく探す。

 既に探した場所も、もしかしたら後々来たかもしれないと思いつつ探す。だが、何も成果はなし。事前の話の通り、特察隊の中から4個の班が出張ったとはいえ、一度に探せる範囲はどうしても限られる。先ほども言ったように、すれ違いを防ぐために重複捜索を行ったとしても、1週間弱ではやりきれない。一応、他の部隊には何か見つけたらすぐに報告を上げるよう言ったものの、ユイの素性を知っている特察隊の人間ならまだしも、そうでない部隊にまで知らせた場合、要らぬ疑念を与えかねない。そこを嫌って、今まで特察隊だけの話で済ませてきたのだ。


 しかし、もはや猫の手も借りたいと言いたくなるほどの現状に、そろそろ疲れも見始める。「ユイを見つける」の一心で耐えてきたはいいものの、それでも、限界というものがある。


「いつになったら見つかるんだ」


「まさか、もう本当に死んでて、誰かにぶっ壊されて捨てられたとかないだろうな」


 そんな疑惑が出るのは、俺に言わせれば必然というやつである。それでも、希望は絶対に捨てず、「たとえ死んでようがいまいが、絶対に見つけ出す」「というか、あいつに限って簡単に死んじゃいない」と皆に言い聞かせ、新澤さんが発破をかける。ある意味、これに一番力を入れているのは彼女だ。俺も俺ではあるのは間違いないが、ある意味俺以上に熱心なのは間違いなかった。相棒として負けていられない。


 ここら辺からは、徐々に精神戦にすらなってきた。そこら近所にあるくじ引きで、当たりが出るまで無限ループのように引き続ける時のような、終わりの見えない時によくある無心さと同様の状況に陥り始める。こうなると、無駄なことはほとんど考えなくなり、ただただ「ゴール」が見えるまで同じことの繰り返し。ある意味、一番集中できるといえば集中できる時期ではある。

 しかし、精神的ストレスを伴う時期でもある。メンタルはそこら近所の一般部隊の軍人よりは鍛えられてるとはいえ、何度も何度も同じことを奴隷のルーチンワークの如く続けるのは、さすがに参るものがある。空挺団員とて、一人の人間である。


 できるだけ早めに見つけたい。だが、どこにもいないし、居るという情報もない。情報を見つけるために探すが、何も見つからないという“情報”だけ帰ってくる。でも、やっぱり後から来るかもしれないと思って気になって見に行くが、やっぱりいない……。



 こんな悪循環はいつまで続くのか、もう誰も、考えようとすらしなくなった……。









「……はぁ」


 そんな日の深夜である。


 この日の捜索が終わり、案の定そんなに情報が見つからなかったが、一先ず今日は夜間の捜索は休んで、休養を取ることにした。連日連夜昼夜問わず外に出ていたら、どうあがいても疲労が溜まる。今まで気力のみで動いてきたようなもののため、ほとんどの奴は即行で寝た。俺も寝た。

 だが、ユイの事が気になってか、すぐに起きてしまった。疲労はまだ取れ切っていないが、どうあがいても眠れない。よくない兆候であるとは思ったが、仕方がなく、水分でもとるために自販機でリンゴジュースを買った。何かあったらこれしか候補がない。


 一口飲んで、二口目。気分は晴れない。相棒が一体どこにいるのか。生きてるのか、死んでるのか。そのまま放置か、ぶっ壊されて鉄くずになったか。悪い考えしか浮かばない。これも、悪い傾向だった。


「……悪く考えるな俺。まだ決まったわけじゃない」


 可能性の問題とか知った事か。情報がないなら結局「生きてるか、死んでるか」なんて半分ずつの確率だ。なら生きてる方に賭けるしかないんだ。


 少しでもいい、希望を持て。そう自分に言い聞かせた時だった。


「あら、珍しいわね」


「?」


 聞きなれた女性の声。新澤さんだった。

 自販機に小銭を入れて、ミネラルウォーターを取り出した。どうやら、彼女も俺と同じ目的らしかった。


「眠れないんですか?」


「どうしても気になっちゃうのよ。悪い事しか浮かばなくてね」


「奇遇ですね。自分もです」


「まあ、そりゃそうだろうけどね。アンタのことだし」


 読まれてたか。尤も、ユイの事をどう見ているかなんてお互い同じようなものなので、当たり前といえば当たり前である。お互い水分を再び喉に通し、喉を潤わせたところで、案の定そのユイの話になる。


「もう結構な範囲探したと思いますけどね……一体どこにいるのやら」


「向こうだってこっちを探してるはずよ。たぶんすれ違いが置きまくってるんだと思う」


「にしちゃ、識別ビーコンも出さずにいるのは妙な不自然さを覚えますけどね。壊れてるんでしょうか?」


「もしくは、敵に自分の居場所を知らされたくないのかもね。スパイとかの件もあったし、警戒しているのかも」


「なるほど……」


 識別データの流出を推定しての行動だとしたら、結構自他ともにハードな選択であろうなと思わなくはない。友軍にも見つからないのだ。最終的には、自分の足と目を使って自力で見つけることになる。


「でも、ユイ程の奴が単独とはいえ外部の前線にこれないもんなんですかね?」


「さあね、そこはなんとも言えないわ……」


「……滅多な話はしたくないですが、もう捕まったなんてことは……」


 若干顔をしかめたところからして、否定したかったらしい。しかし、言葉にはできなかった。代わりに、


「……考えたくはないけど、否定できないのがまた……」


 そういって深くため息をついた。確信が持てないだけに、否定したいのに否定できない。そのジレンマは、彼女の心の中でも大きな悪影響を与えているらしい。彼女にとっての大きなストレス源であろう。俺も同感だ。


「できれば生きていてほしいけど、もうこうなったら、どんな形で会ってもさっさと見つけないと……私が耐えられないわ」


「ええ……アイツには、まだ死なれては困りますからね」


「……妙に含みのある言い方じゃない。何かあったの?」


「……」


 ……何か、ね。あったにはあったのだが……


「……アイツには、まだ謝ってませんからね」


「え? 何が?」


「長くなりますよ。10分ぐらい」


「みじかッ。十分よ、私でいいなら」


「そうですか……」


 新澤さんならちょうどいいだろう。俺はユイとの間に出来たちょっとした蟠りを話した。化学兵器を取り、目の前にる民間人を助ける事が出来なかったあの件だった。

 俺の中では、結局は俺の判断に問題があろうという事で既に結論はついていた。若干の不満がないわけではなかったが、判断の責任は隊長である俺にあったのである。しかし、その点については、話がまだ向こうとまとまっていなかったのだ。

 そこを、やろうやろうと思っておいても、機会を見出せなかった。向こうからも出さなかったため、結局、その話にケリをつける事が出来ないまま、先の形で離ればなれとなったのである。


 アイツとは、この件についてもさっさと話しをつけてしまいたい。勝手に死んでもらっては困るのだ。俺に、あの時さっさと謝罪の一言すらいえなかったことに対する後悔がどうしても残ってしまうし、それは、アイツにとっても本心ではないはずだった。


 新澤さんは静かに聞いていた。彼女にこのことを話すのは、今回が初めてのはずであった。


 ……だが、


「……ユイちゃんったら、まだ話してなかったの……」


「え?」


 どうにも意味深というか、含みのある発言が聞こえた。話とは一体どういうことなのか。俺は意味を理解できずにいた。新澤さんは、誰かからこの話を聞いたというのだろうか。だが、この話はまだ誰にも話していなかったはず……。


「あの、話っていうのはどういう……?」


 呆れ顔で頭を抱える新澤さんは、すぐにハッと我に返っていった。


「ああ、ごめんなさいね。一応、その話はすでに聞いたのよ」


「え、誰からです? 俺は誰にも話してなんか……」


「ええ、いないでしょうね。これはアンタとユイちゃんの二人の問題だし」


「はい。だから、これは内々で解決しようと……でも、なんでそれを?」


「……」


 一瞬、新澤さんが言うのを躊躇った。彼女に限って盗み聞きなんてことはないだろうが、そんなに話したくはない相手なのだろうか。少しの静寂があったものの、


「……まあ、いいわ。ユイちゃんもまだ話そうとしてなかったっぽいし、そろそろ頃合いかしら」


 再び意味深なことを呟き、俺の方に顔を向けた。


「本当は二人で話がついてからって思ったんだけど、ユイちゃんも結構臆病というかなんというか……これじゃ埒が明かないわ」


「何か、知ってるんですか?」


「ええ。しょうがないから、今のうちにアンタに話しておいた方がいいと思う」


「……というと?」


 正直、あまりいい予感はしなかった。こういう形で何か打ち明けられるときは、大抵いい話ではない。経験則だが、その判断は、どうやら間違っていなかったようだった。


「この話……実は、すでに聞いてたのよ」





「ユイちゃんから」





 俺は深夜になって、今度は耳が勝手に寝始めたかと変な疑問を持った。


 新澤さんは、おもむろに当時の事を話し始める……。








-化学兵器回収後 夜-



 えっと、どこから離せばいいかな……当時、化学兵器を何とか回収して、身体、精神共に疲労困憊の状態で帰ってきた後からでいいか。

 司令部の方に、あんたに変わって報告に行ったのよ。念のため、羽鳥さんにもこの件は話しておいて、労いは貰ったんだけど、あまりストレスの解消にはならなくて、そのままどうしたものかって状態でそこら近所うろついてたのよ。何もする気が起きなくてね。


 それで、とある通路を通ってたのよ。ちょうどこの先には自販機があったはずだから、そこで何か水でも買うかって考えててね。ポケットにしまってた財布取り出そうとしたんだけど……。


「……あれ?」


 目の前にあるドアから誰かが来たのよ。この先の通路とはドアで仕切られてたんだけど、そこを開けたのがユイちゃんだったのね。その時は、あの娘も休憩しようとしてるんだと思ったのよ。すぐ近くにベンチがあって、そこで立ち止まってたから。


「(ロボットといえど、疲労は溜まるわよね……)」


 そう思って、ユイちゃんに労いの声でもかけようと思って近づいたのよ。そんで、声かけたの。


「お疲れユイちゃん。つかれたでs―――」


 ……でもさ、


「―――何が」


「……え?」


 さっきまで無言で突っ立ってたユイちゃんがいきなり、





「……何が“致し方のない犠牲コラテラル・ダメージ”だよチクショウッ!!!」





 そういって、左にあった壁を思いっきり左の拳で横殴りしたのよ。思いっきりドでかい音が聞こえてね。あとからよく見たら壁にヒビ入ってたわ。一応、羽鳥さんには地震による亀裂かもって話にしたけど……。え?ドンッて音? ああ、それたぶんこれね。ユイちゃん殴った時の音がそっちにも漏れたんでしょ。でもまあ、そこは別の話ね。

 それで、その時はさすがの私もびっくりして。だって、あんな叫び声上げてブチ切れたユイちゃんなんて初めてよ? もう何すればいいのかさっぱりな私の目の前で、今度は泣き出してさ。


「あれがなんで“ただの”コラテラルダメージなのよ! 何をどう考えたって苦渋の決断で生まれた悲劇じゃないの! あれが致し方ないならもう大多数の命のために生まれた犠牲は何でもかんでもコラテラルダメージになるじゃない! 仮にコラテラルダメージだとしても「しょうがない」で全部話を済ませることを強要してるのどこの誰よ! ふざけんじゃないわよ!!」


 ……とかなんとか、とにかく色々と叫びまくった後、今度は膝ついてわんわん泣き始めたのよ。呆然としちゃったわ。一体何があったのやらとか考える以前に、“何をどうしたらそこまでなく事態が起きるの?”ってところに頭が行っちゃってね。

 幸い周りに誰もいなかったからいいけど、このまま泣きじゃくらせるのはさすがにまずいし、誰かに見せるわけにもいかなかったから、少ししてハッって我に返って、すぐに近くに寄ったのよ。


「ど、どどど、どうしたのユイちゃん!? 何があったの!? 誰かに変な事言われた!?」


 なんで変な事言われたってのが原因の最初にきちゃったのかは、今でもわからないわ。でも、とにかくユイちゃんから事情を聞き出そうとしたのよ。

 私に気づいて、ユイちゃんもハッと思ってこっちを向いたわ。もう目からは涙大量よ。ロボットってあんなに涙流すのね。どこまでも人間ににるわって正直その時思ったけど、即行でその考えを捨てたわ。今はそれどころじゃないもの。


「ま、待ってユイちゃん。落ち着いて? ほら、これで拭いていいから」


 ハンカチ常に持ち歩いててよかったわ。お手洗いに行く時ぐらいしか使わないから正直邪魔臭かったんだけど、あまり希望していないところで役に立っちゃうっていうのは皮肉な話よね。それで、何とか泣き止ませて、すぐ横にあったベンチに座らせて、話を聞いたのよ。

 ……そしたらね、さっきのアンタの話が出てきたわけ。そう、化学兵器を優先させたことに、ユイちゃんがただのコラテラルダメージ扱いをしてどーたらこーたらって話。





 ……でもね、ユイちゃんの名誉のためにも言っておくけど、あれ、“本心”じゃなかったらしいのよ。





 ……妙に信じられなそうな顔してるわね? あぁ、わかってるわ。すぐには信じてもらえないだろうから、ちゃんと詳しく話すわよ。


 まず、あの判断をした当時なんだけどね……なんともまぁ、ユイちゃんらしいっちゃぁらしいのね。



「―――じゃあ、今さっき祥樹に行った話って、全部本心の逆の事?」


「ええ……すべて逆です」


「ちょ、ちょっと待ってよ。だったらその通りに言えばよかったじゃない。何か不都合でもあったの?」


「それじゃダメなんです。それじゃ……祥樹さんがストレスを抱え込むことになる……」


「……どういうこと?」


「……私が、悪役にならないと……ダメなんです」


「へ?」




 ……意味わかんないでしょ? 大丈夫、ちゃんと説明するわ。


 要はね、あの時、どちらを取るか判断しかねていたアンタを見かねたユイちゃんは、このままではどっちも逃す可能性も考えて、「初期の命令を優先する」ことと、「長期的に見て取り返しがつかない方」を取ったのよ。この点は自身の合理的な計算に基づくものだったから、後々冷酷とみられることは覚悟の上だったみたいね。

 さらに、アンタが出した決断によって、アンタ自身がその自責の念を抱きまくっちゃうことを危惧したのよ。一つの決断を引きずって、今後の任務に支障が出たらまずいっていう、割と冷静な分析をしてね。それを解消するために、ユイちゃんは一つの策を打って出た。


 ……フフッ、察しがいいわね。そうよ。要は、自責の念を無駄に抱かなければいいんだから、その抱く原因を最初から作らなければいいわけ。自責の念の原因は、その判断をアンタ自身がしたことに起因する。なら……




「……私が最初に口を出して強く進めれば、少なくとも精神的なストレスの負担は軽減されるでしょう?」


「ッ!」




 ……ユイちゃんが、最初に化学兵器回収を強く推薦することで、形的には“ユイちゃんに強く薦められたから”って印象を強く残せば、責任はユイちゃん自身も強く追うってことになるって寸法よ。アンタは、ユイちゃんの強い推薦を半ば押し切られる形で認めることになる。そうすれば、アンタにしてみれば「お前の指示にしたがったからこうなっただけ」ということになって、自責の念は抱いても、それはユイちゃんと分け合いっこ。しかも、何度もしつこく要求したのはユイちゃんだから、その発信者のほうにも強く責任の所在は向くでしょ?

 でも、ユイちゃんはこれだけじゃ済ませなかったのよ。その後、ここに帰ってきた後、アンタと口論になったでしょ? あれも、ユイちゃんに言わせれば作戦のうちだったんだって。



「―――てことは、アイツにあんな冷酷ともいえることを言ったのって、自分の判断がこんなひどい基準に基づくものだったからって追加で印象付けるため?」


「……そうすれば、自身との判断基準が思いっきり違っていて、「アイツの判断はおかしい」という思考誘導ができます。そうすれば、少なくとも余計な自責の念を抱く思考のリソースはなくなりますよね」



 ……納得いかないでしょ? でも、実際アンタはちょっとだけとはいえそうなったって、さっき言ってたわね? 「あの判断、俺も俺だが、俺だけが悪いのか?」って。自責の念を抱いても、そっちと同時に、ユイちゃんの判断の責任も考えた。でもこれ、ユイちゃんに言わせれば“計画通り”ってやつよ。まんまと思考誘導に嵌ったってわけ。

 でも、それじゃ本当にマズイこともあるでしょ? アンタも、一番に考えたと思うけど、即行で私も聞いたわよ。



「ちょ、ちょっと待って? それじゃ、ユイちゃんはどうなるのよ? ユイちゃんは別にそんなこと考えてないのに、アイツにはそう考えてるって思われるわよ? それじゃユイちゃんが救われないじゃない!」



 そりゃそうよ。それでアンタはある程度自責の念やら何やらで、要らぬストレスを抱える事が軽減されるとしても、今度はユイちゃんがその分の負担を別の形で追うことになるわ。本心からではなく、あくまでアンタを助けるためにそうした“演技”をしただけなのに、ユイちゃんにあらぬ誤解が生じちゃうのは、お互いにとって不幸な事よ。それを、しっかり話したわ。


 ……でも、ユイちゃんて、良くも悪くも健気ね。



「構いませんよ。私はロボットですから」



 ……この一言よ。正直「ふざけんな」って思ったわ。ロボットでも、ユイちゃんはただのロボットじゃない。“人間に限りなく近くなったロボット”よ。誰がそれを嫌おうが好もうが、それは事実なのよ。なら、その実態に沿った扱いをしなければならないし、その自己管理もその実態に沿ったものであるべきなのよ。

 ロボットだから、自分はいらない汚名を着せられても問題ないって考え方だったわ。合理的に考えれば、人よりロボットって考え方そのものは間違ってはいない。だけど、それは時と場合によるし、ロボットや人間によるのよ。ユイちゃんはこれには該当しないわ。


 その点はちゃんと話したわ。でも、やっぱり考えは変わらなかった。



「祥樹さんが出したあの判断は間違ってないんです。だからこそ、それによって起きた悲劇を引きずられては、お互い不幸の末路を迎えます。何がマシかを考えてください。……下っ端ロボットが、少しでも多く“ヘイト”を受けたほうが、精神的なストレスのはけ口には最適ですよね」


「はけ口って、ユイちゃんがやりたかったのは、アイツの持ってるその自責の念に基づくストレスを、ユイちゃん自身が肩代わりしようってこと?」


「嫌なことはとにかく発散するに限りますよ。イジメとか受けたときもそうしろって、学校の先生や親から学ぶそうじゃないですか」


「その対象に自分を使わせようと……? ハァ、無茶なことを。それじゃ、今度はユイちゃんがその祥樹が作戦通りに吐いたストレスを抱えることになるじゃない」


「ロボットは耐性ありますよ。そういうのには」



 ……この時強く思ったんだけど、ユイちゃんって、あんたが言ってた通りウソをつくのが下手くそね。じゃあ、最初のあの号泣と叫び声の説明がつかないじゃない。ストレスを抱えまくって耐えられなかったから、ああやって自分で発散したんでしょう。しかも、相手がいないから一人で。とにかく何かにぶつけるように、壁も殴って。

 私たち人間もやるでしょ? ストレスを何か物にぶつける事って。あれ、何かプライマルセラピー的には逆効果って話聞いたことあるんだけど……ユイちゃんがああなったのってそれなのかもね。ほんとにあの娘ロボットなんだか。


 でもまぁ、いずれにせよ、あの時私がその場にいて本当によかったと思うわ。私がそこで、ユイちゃんのあの姿を見てなかったら、この事実を誰も知らずに、存在しない汚名をみんなで共有して、そして、ユイちゃんだけ無駄にストレスを抱えるだけの日々を過ごすことになっていたと思う。確かに、アンタのストレスはこれである程度は解消されたかもしれないし、自責の念を今程度に感じるだけに済んだかもしれない。

 でも、自分が負うリスクをなんとも思っていなかった。ロボットだから当たり前ってね。ビックリよ。ロボットってそんなに“頑丈”だったっけ?って、何度も記憶を読み返したわ。まあ、そこが人間と違う考え方なのかもしれないけど……。

 でも、やっぱり気になってさ、思わず聞いちゃったのよ。


「……平気なの? 一人で色々と抱え込むことになるのよ? あぁ、もちろん、私がそのはけ口になるならいくらでも使ってもいいけど……」


「新澤さんには迷惑はかけられませんよ。今まで何度もかけたのに」


「何を言ってるのよ、むしろ私はかけられまくってなんぼな人間よ? こっちだって迷惑かけまくりっていうか、戦場に行けば迷惑かけてるのむしろこっちよ?」


「でも……」


「でももヘチマもないわよ。これくらいのケアなら人間の方が一日の長があるわ。私でいいならいくらでも相談しなさい。何ならアイツに一発殴って説得するぐらいならするから」



 あ、ごめん、これは冗談。いや、本当だから。そんな怖い顔しないで。



「……ありがとうございます。助かります」



 でもまあ、向こうから返ってきた返事ってこれだけなのよね。結局、話してくれたのはここまで。


 ユイちゃん自身も、この件は後で話をつけるから、今回の件は内密に、ということだったわ。アンタとユイちゃんのことだから、そう長くないうちにさっさと話をつけて、私はそれを横から「しょうがないなぁあの二人は」みたいな目で見守る役に徹するのかなって思ってたのよ。


 ……でも、それを信じて待った結果がこのザマね。いや、アンタを責めるわけじゃないんだけどさ、思った以上に蟠りひどかったわって感じで、正直予想外の事態よ。今の今まで、まだお互い何も話せてないまま、歩み寄りたくてもタイミングつかめず歩み寄れないまま、まるで最初の一歩を相手側から期待する、初めて海に飛び込む直前のペンギンのようにすんでのところで足踏みしたまま、今の今まで過ごしちゃったってわけね……






「―――ていうこともあったから、もう待ってらんないってことでアンタに話したんだけど……、え、ちょ、祥樹? 聞いてる?」


「……あ、はい」


「あ、はいじゃないわよ。思いっきり魂抜けてたじゃないの」


「は、はぁ……」


 正直、それどころじゃなかった。要約するとあれである。ユイの作戦通りとはいえ、単に俺が色々と勘違いかまして責任押し付けてただけである。ハハハ、滑稽すぎて泣けてくる。これじゃただの身勝手なガキでしかない。


「……じゃあ、あれですか。幾らユイがある程度仕組んで俺がまんまと嵌ったとはいえ……責任、向こうに擦り付けただけってことですか?」


「う~ん、どう見ればいいかわからないけど……擦り付けたっていうより、そっちにも責任を負うことを暗に求めちゃった、っていうところかしら」


「……」


 ……ただのアホである。隊長が下した責任は、しっかり隊長が受け持つ。それは、たとえ部下の強い推薦だろうとも変わらないはずだ。それに、俺は後々になってから気づいた。しかも、気づいた時には、もう遅かった。


 その結果がこのザマだ。笑いすら起きない。ユイに無駄に激高して、怒鳴りつけて、それで終わりなだけだった。これではお互い、何も得るものがない。


「(……とんでもないことしたんじゃねえか俺……)」


 今更になって、さりげなく重要な事態であることに気づく。俺は今まで勘違いしをしていたのだ。すべては、アイツなりに俺を守ろうとした結果だったのだ。本来なら、むしろ感謝するべきですらあったのに……俺は、逆にアイツを怒鳴りつけた。まんまと策に嵌って。


「(……俺ただのバカじゃんかこれじゃ……)」


 自分がひどく滑稽に見えた。自分のあの行動を後悔しても後の祭りとは。相棒に負担を強いておいて何を偉そうにしていたんだ俺は。

 そう考えると、自分がただのアホにしか得なくなってきた。


「……自分でストレスのはけ口にって、簡単にできることじゃないんだぞ……」


「ええ。それも、相当なストレスを請け負うことになるわ。人でも簡単に扱えるか……」


「なぜなんとも思わない? 怖くないのか、そんなことをして……」


 人間である俺には理解できないことであった。専門のカウンセラーでもないのに、ここまでの事をすることを簡単に理解はできない。確かに、戦場ではアイツは多くの危険を顧みず俺らを助けたが、それは精神亭な面でもそうだなんて聞いちゃいなかった。物理的なサポート以上に難しいことだ。

 ……だが、そこがロボットたる所以なのだろうと、新澤さんは分析した。


「でもまあ、それがたぶん人間とは違うところなのかもね。考えてみれば、ユイちゃんはいろんな危険なことを自分からやってたし。物理的なものばかりだったけど、そういった精神面でも“ケア”をしようと自分なりに考えた結果なのかもしれない」


「……」


「だから、悪いけど、ユイちゃんのことは責めてやらないであげて? アンタを助けようとしたのよ。これ以上、自責の念で押しつぶされる姿を、あの娘も見たくなかったのよ」


「むしろ俺から土下座しに行きたいですよ」


 誰が責めるか。むしろ即行で謝罪しに行かなきゃならん理由ができた。同時に、やはり、アイツは何としてでも見つけ出さねばならなくなった。このままでは、蟠りがあらぬ形で残ったままだ。

 すぐにでも、修正しなければならない。自分の責任を押し付けただけにも見えてくるこの自身の行動に、しっかりお返しをしてやる必要がある。そのためには、まずアイツを見つけ出さねばならない。


「……おかしい。妙に眠気取れましたね」


「私もよ。話しているうちに、疲れ取れたのかな?」


「今すぐにでも飛んでいきますか?」


「やめなさい、今はさっさと寝るわよ。もう深夜なんだし」


 すぐにでも外に行きたい衝動は、新澤さんに窘められて抑えた。これは俺の失態だ。すぐにでも解決させねばならない。だが、時間が時間である。


 ……しょうがない。


「……今は寝ましょう。明日からは、もっと急いでいかなければ」


「ええ。要らない蟠り残したままでいるのは、こっちとしてもあまりよろしくないしね」


「……ありがとうございます、新澤さん。すべてを話してくれて」


「気にしないで。私は真実を話しただけ。それ以外は何もしていない」


「……どうも」


 俺はそう一言いい残して、すぐに自室に向かった。直ぐに残った疲労を取っ払い、明日に備えなければならない。

 明日にでもいい。さっさとすべてにケリをつけたい。それは、ユイをより積極的に見つけ出す、その姿勢のモチベーションへと変化していた。



 ……もう夜は遅いが……





「……待ってろよユイ……いらなくブチ切れた詫びはしっかり返す……」




 その意思は、星のように強く輝いているはずである…………

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