捜索開始
「―――しかし、さすがはミスター海部田の孫だな。鋭い観察力を持つ。一本取られたな」
「人間だからと、少々侮っていたな。もう少しうまく騙せていれば……」
「フッ、まあよい。もうあそこは混乱の極致に達している。これを機に、奴らが動いてくれれば最高だ。フフフ……」
「……なあ、一つ聞いていいか」
「ん? なんだ」
「潜入中、妙に装備が先進的な奴を見た。米軍やEU、ロシアが使っているようなものだ。画像を見ただろう。あれはなんだ?」
「あぁ、アレな。ただのお客さんだよ、貴様が気に掛ける必要はない。少なくとも、敵ではない」
「なら、なぜ私に事前に伝えない? 私の事前に得ていた識別データには入っていなかった。向こうも、どうやら私の事を知らなかったようだし、下手すれば友軍誤射を招きかねない。任務に支障が出る」
「なら撃ってしまえばいいではないか。向こうは貴様のことを敵だと思い込んでいる。撃っても何もお前に文句は来ないし、こっちも受けない」
「敵ではないのだろう? なら、私が攻撃する必要はない。そのことを事前に知らせてくれねば、要らぬ殺生をする必要が出てくる」
「……なんだ、そんなことまで一々貴様に言わねばならんのか?」
「言ったはずだぞ。任務に必要のない非効率・不必要な戦闘はしないと。こちらだって弾は限られるし、目立った真似はかえってボロが出てしまう。だからこそ、私はなるべく日陰者的な立場を保ち続けてきたのに、あれでは無差別の一歩手前だ」
「忘れたか? 我々は改新を起こさねばならないのだ。そのために、邪魔になる存在は消さねばならない。言っても聞かぬ相手を殺すのは、今まで人間がしてきたことだ。そして、そのための道具を使ってきた。わかるか?」
「だが相手は―――」
「もうよい。貴様を言い争うつもりはない。道具はただ従ってさえいればいいのだ。いいな?」
「……、わかった」
「うむ、それでいい。……そうだ、アイツは今どうしている?」
「アイツ? ……あぁ、彼女か。問題ない。通常通り動いている」
「そうか。奴にも、うまい具合に動いてもらわねばならんからな……奴なら、邪魔な奴を一掃できるだろう」
「そうだな。あまりいい趣味とは言えんが」
「機械にはわからん趣味さ。貴様が興味を持つ必要はない。奴なら、たとえ裏切り者だろうが何だろうが、なんでも叩き殺す力がある。今まで私が求めていたものだ。改新の目的に、奴は外せない……」
「……私は失礼する。もう出なければならん」
「ああ」
「……」
「……ふぅ、行ったか……まったく、余計なことにまで首を突っ込まんでもいいのだがなぁ……。だが、あの先進的な装備……客が来るらしいことは情報はあった。だが、何をしに来た……奴等、何を考えている……?」
[翌日 AM09:20 東京都晴海 臨海広域防災公園]
―――ユイの事は、一応部隊内で静かに伝えられた。“静かに”、である。
あまり大きい声で言ってしまうと、他の関係ない部隊にまでいらなく話が波及してしまう可能性を懸念した、羽鳥さんの判断だった。守秘義務の元、絶対に他の部隊に口外しない様、羽鳥さん本人から厳重に言いつたえられたらしい。
だが、その衝撃はあまりにも大きい。彼らにとっても、ユイは完全に件のスパイ・同調者疑惑の射程範囲外にあったのだ。ロボットが、スパイであったり、敵にそそのかされて同調者になったりするわけはないと高を括っていたのである。その考えは、ある意味では間違いではなかった。簡単にできる事ではない。そのはずだったのだ。
しかし、この事実はそれらの“思い込み”を一気に覆すこととなった。「単独行動に入った彼女は実は偽物で、そのあと敵に合流したらしい」という形で、ちょっと脚色が入ってはいるものの、「ユイは偽物だった」という事実を伝えられた彼らは、例外なく総じて大きなショックを受けた。
そんで、俺等に事情を聴こうと殺到したのである。
「なあ、アイツ偽物だったって本当か?」
「らしいんすよ。完全に射程外だったもで全然……」
「言っちゃあなんだが、気づかなかったのか?」
「実際に見てみればわかりますよ。あれ、指先一本まで精密に作られてます。見極めろってのが無理ですね」
「一体だれがこんなん作ったんだ?」
「俺が知りたいぐらいです」
「お前、アイツになんか機密に関わること話したか?」
「話すも何も、機密関連は基本アイツも全部ネットワークで共有されちゃってます」
「あっちゃー……」
そういって頭を抱えたのは二澤さんだ。「してやられた」と言わんばかりに顔をしかめている。この日、周囲にいる今現在受け持つ任務のない数人の屈強な男たちが、雁首揃えてこっちに質問をぶつけまくってくるが、これじゃまるで人気アイドルに質問をぶつけまくる記者たちの図である。妙な威圧感があるが、SEA GIRLsのあの娘らも、こんな感じで記者会見やってたんだろうか。お疲れさまである。
そんな中、さらに質問は続く。
「ダメだ、完全に盲点だった……いつから偽物にすり替わってたんだ?」
「確信は持てませんが、一度アイツと離れたときがあったので、もしかしたら……」
「なんで離れちゃったんだよ」
「しょうがないでしょう、戦闘中に本人が危険だから離れて応援呼べって言ったんですもん」
ハッキングがあった時の事である。ハッキングの件は、さすがに他の部隊仲間には話していない。ユイの内部的な機密に関わることなので、こればっかりはユイの事を知っている人らでも話せないのだ。
……だが、この話をした瞬間、
「なんてこった。つまりアイツはお前を助けようと……」
「そうか、彼女は偽物が来ることを予見して……」
「……ん?」
話の道がずれ始めた。
「彼女は誰がどこにいるかある程度はわかっていたはずだ。もしや、それで自分の偽物っぽいのが来るのをしって……」
「いやいや、識別ビーコンもない上、X線レーダーの恩恵も受けにくい市街地で一体どうやって……」
「自分の愛する相方が、あろうことか自分の偽物の攻撃で死ぬのは見たくなかっただろう。だから、篠山を自分から離して、偽物を自分が仕留めようとしたんだ」
「すんません、それ妄想っすよね?」
「偽物と言えど、実際に篠山が気づかなかったぐらいに精巧なら、戦闘の最中で近づいてもバレる心配はない。そこで、油断したすきをついて殺そうとしたんだが、本物が現れちまったわけだ」
「あの、聞いてます?」
「そこで言ったんだな。「偽物が勝手に近づくな!」ってな」
「ロマンチックやんな」
「アニメとか漫画で見てみてえよそんな展開」
「そうなったら俺アイツに惚れちまうな」
「やめろ、あいつの彼氏はコイツだ」
「NTRは俺の趣味じゃねえな」
「ハッハッハッハッハッハ」
「何言ってだこいつら」
妙に久しぶりに見たなこの光景。だが、状況が状況なので冷静にツッコんでる余裕がなかった。そんでもって案の定出てくる俺彼氏説。やめてくれ、俺そんなんじゃないってんだ。
「あんまり冗談言ってる場合じゃないでしょ。これ、どうするの?」
新澤さんが場を宥めた。昨日はすっかり意気消沈していた彼女だが、今はすっかり元通りである。もう割り切ったともいえる表情であった。
「つってもなぁ……どうしたもんか」
「ロボットまでスパイだったってなっちゃあ、もう誰がどうなのかわからんなってきてな。このままでいいんだろうな?」
「一応まだ探してますから、其れで見つけるしか……」
「もう誰にも情報渡せなくないか? 割と深い所にまで手つけてるぞアイツら……」
彼らの表情が暗くなっていく。やはりまだ不安なのだ。羽鳥さんの言うように、本来信じるべき仲間がスパイもしくは同調者かもしれないとなると、逆に「簡単に信じるに値する相手か」から始まって疑心暗鬼になっていく。仲間を信じるというのは簡単なことではない。だからこそ、一度崩れたら、また一から直すのは並大抵のことではないのだ。
表面には出ていないが、彼らの内心は、大きな混乱を起こしていることだろう。
「気にしたって始まらないですよ。俺たちにはわかりませんもん」
「だからこそだ。スパイや内通者が誰にでもわかっていたら意味がない。外から壊せないなら、中から壊しにかかるってことか……」
「下手すりゃ部隊単位で誰か監視つくかもな」
「やめろよ、そんな怖いことを……」
監視ね。後ろから撃つ権限持つ奴等が来ないことを祈るしかない。旧ソ連じゃあるまいし、さすがにいないとは思うが。
だが、彼らの不安は止まらなかった。発想が悪い方向にどんどんシフトしていっているらしい。あまりよろしくない状況だ。羽鳥さんの言っていたことはどうやら嘘ではないっぽいな。
「(あまり不安が増幅されてはマズイな……何か方法は……)」
そう考えていた時だった。
「むしろ、あれが最後かもしれないですよ?」
「何?」
和弥が含みを持たせた笑みを浮かべながらそういった。この顔をするときは碌なこと考えていないのだが、この場でこれを出すという事は、何かしらの策があるのだろうか。
「考えてもみてくださいよ。ユイさんの立ち位置は最新鋭のロボットで、膨大な情報をリアルタイムで得る立場としてはこれ程にもなく最適でした。しかも、その機密性や複製の難易度等から、「彼女が敵側になることはない」と誰しもが思っていた。まさに盲点」
「そうだな」
「だからこそ、敵さんも最初からそこに目をつけていたとしたらどうです? 今まで送っていたスパイもしくは内通者っぽいのはあくまでブラフで、最初っからそいつらには期待していなかったとしたら?」
「ブラフとな?」
「ええ、ブラフです」
なるほど、その考え方を持ってきたか。
要は、今まで掴まったのはただの“注意を引き付けるデコイ”に過ぎず、本命は誰しもが警戒を持っていないユイのほう、正確にはタイミングよくすり替えていたユイの偽物だったとすれば、話が合わないことはない。
デコイの経歴も、結構な年月をもって慎重に忍ばせた疑いもある。ユイの複製も、数ヵ月そこらでうまくいくとは思えず、年単位での計画であったはずだ。元からこのような形での情報収集を想定し、そのデコイとして、計画初期の段階から忍ばせ、然るべき時、つまり今現在の状況になったら本名を投入して……。
「……んで、つい最近すり替わった誰も警戒しない奴より、結構前から忍び込んでいたらしい人間の方が疑いがもたれやすい、というところ使ったと?」
「そういうことです。昔から潜んでいた、という誰しもが考えるところを逆利用し、ロボットという懐に忍び込むにはもってこいすぎる素材を使った……なんて仮説を立ててみたんですが、案外しっくりきません?」
「だが、そうなるとアイツの存在が結構前から知られていたことになるが……」
「そこは向こうに聞きませんとね。あくまでこれは仮説ですよ。……ですが、“デコイ”にしては、どんどんとドミノ式に捕まりすぎだと思いません?」
「確かに……もしや、自分らの役目は終わったと察知した?」
「かもしれません。もう十分ユイさんの方から注意はそれたので、これ以上いる必要はないと考えた可能性はあります。捕まった機会を使って、さっさと撤収することにした……みたいな」
「なるほど、そういう考えもあるか……」
周りの面々が納得したように頷いていた。中々面白い仮説を立ておる。根拠らしい根拠が乏しい部分は確かにあるが、即興で考えたにしては確かに筋は通っていないことはない。
さらに、自らが偽物だとばれてしまったことで、もうデコイの存在も意味がないと見たのだろう。尤も、そのまま居座り続ければ、本命が捕まった後も、本命の代わりとして情報収集はできそうなものだが……。そこを和弥にぶつけると、
「そりゃそうだよ。これただの“仮説”だからな」
「は?」
小声でそんなことを言ってきた。どういうことだ? さっき言った仮説とはどうも含みが違う。和弥はさらに付け加えた。
「俺が経てたのは即興の“脆い仮説”だ。矛盾は大量にあるし、若干嘘も混ぜてる。今は混乱を抑えるのが先決だ。それっぽいこと言って安心させた方がいい」
「……つまり、仮説という名の“半ばデタラメ”言っただけ?」
「そゆこと。ドミノ方式でバレたってったって、心理学やら学んでる尋問のプロにかかればボロボロしゃべる人だっているだろう。下っ端軍人役やってたスパイなら、軍務や尋問などの知識、経験が浅いこともあって簡単にボロを出すかもしない。あと、これはあくまで仮説だから、仮に間違ってても俺は責任取んなくていいしな」
「仮説にした本音それじゃないのか?」
「半分はこれね」
だろうと思った。だが、自分に被害を出さず、其れっぽいこと言って周囲の思考に影響力を行使するには、これが一番か。あくまで“仮説”だから、責任はそこまで取らなくていい。
……どっかで見たことあるなと思ったが、これ、マスコミが時折やる奴だった。「政府が検討」「党内の声」等といった形で、自分たちなりに他者の声を抽出して主張を展開するが、あくまで抽出なので、発言責任の追及までは受けないという形のものだ。
……まあ、新聞や雑誌はともかく、テレビの場合「公共の電波」を使ってるので本来はここら辺の使い方を間違えるとマズイのだが。
「とにかく、今は本物を見つけることを優先しましょう。もう羽鳥さんから、命令は幾つか出ていたんでしょ?」
新澤さんが話題を切り替えた。二澤さんも応じる。
「ああ。とりあえず、最後に分かれたあたりを中心に捜索するってよ。だが、別れてからもう結構な日数が立っている。正直、捜索場所絞り込むのは難しそうだな……」
「広範囲を探すしかないか……でも、捜索に駆り出せる部隊は限られるのよね」
「どれだけ多く出しても4個班が限界だとさ。4個班で中央区を万遍なく探せってのが無茶なんだよなぁ……」
二澤さんが頭をかきながらそういった。通常の情報収集任務や地形把握任務などにも人員を割かねばならず、しかも、そろそろ再度奪還作戦を実施するための本格的な作戦構成も始まっているとのことで、そっちとの調整の人員も必要になる。そういったところの兼ね合いから、ユイの捜索に出せる戦力は、とてもではないが多いとは言えなかった。
「俺等と、新澤んとこと……あと二つか」
「何日もかけて探すしかないか」
「ていうかだな、本当にまだ捕まってないんだろうな? もうこんだけの日数立ってたら正直絶望的じゃ……」
「やるしかないでしょッ。見つけるまで探すのよ」
「お、おう……」
一人の隊員が言った言葉に、新澤さんの声に気迫が加わる。何としても見つけ出すつもりだ。何が何でも、掴まっていようがいまいが関係なく連れ戻さんとするその決意は、周囲にしっかり伝わっていた。
「だな。捕まっているかどうかは関係ない。さっさと連れ戻すだけだ」
「お転婆なお嬢さんに一人は似合わんからな。俺らがいたほうが色々とありがてぇだろ」
「ありがてぇのはこっちだが」
「ハハハ……」
次第に笑みが浮かぶ空気に包まれる。不安を感じる前に、やることを見つけた顔となっていった。二澤さんを含めたここにいる数人は、普段からユイとも仲良くしていた面々ばかりであったこともあり、「俺等なしで一人は寂しかろう」という意気込みがひしひしと感じ取れた。
俺は自信を持った。ロボットと仲良くなった結果、“機械”に対して命を張ることに、もはや戸惑いなどなかった。俺は、やれるという自信を持った。
「(人のために命を張るのを、機械のために命を張るのとでは、後者の方が難易度が高い。道具に命を懸ける人間は簡単には生まれないが……)」
だからこそだ。機械に命を張るほどの勇気がある奴等なら、そう簡単に苦境には屈したりしない。何としても見つけ出す。見つけるまで探す。
それが、今の最優先目標だと再確認した俺らは、早速昼頃から捜索を始めた。
……もちろん、簡単に見つかるわけではなかった……。
その後、数日かけて捜索を開始した。捜索に当たる部隊は固定されたが、それでも休憩しつつ連日中央区に躍り出た。第一ヘリ団にも、ユイの事がバレない程度に事情を話し(ただし敦見さんや三咲さんには話した)、協力を得ることに成功した。
外縁部からジリジリと範囲を狭め、ユイと最後に分かれた地点に到達した日からは、そこを中心に徐々に拡大していく。だが、一向に気配がない。
ユイの用いていた識別IDに検索をかけ、中央区内にそれに該当する識別ビーコンがないか確認するも、全く反応はなかった。反応がないという事は、ビーコン反応が届きにくい建物内の奥深くか、地下か、それとも、意図的に切っているかの何れかしかない。
死んでいる、という可能性は未知数だ。死んでいようがいまいが、日本が使っている識別ビーコンは故障をしていない限り、別電源で作動する仕組みになっている。でなければ、戦後の遺体回収等が効率的にできない。それは、ユイに載っているものも同様だ。
……だが、連日捜索しつつ確認しても、一向に反応が出ない。とある建物内で識別ビーコンの検索をかけるも、何も映らなかった。
「……出ないか。ここの建物にはいないのかもな」
「地下にはいなかったぞ。あとは屋上か?」
「屋上にいたらとっくにUAV経由で反応が来てる。もうこの建物にアイツはいないんだろう」
「かぁ~……これで5日目だぜ。もう探せる範囲の半分ぐらいは探したぞ」
「むしろ俺等よく半分も探せたな5日で……」
おかげでこっちはまともに寝てないのだが。さすがに体力的にも精神的にも限界が近づいているが、ユイを探すためと、もうそんなことを気にしている余裕はなかった。アドレナリン大量に吹き出してそこら辺を全部忘れる勢いで連日走っているのだ。
「もう陽が落ちてきた。そろそろ戻ろうぜ。他の情報収集部隊がここに来るし、そっちに事情伝えて、何か見つけたら教えるよう言っておけばいい」
「だな……じゃ、無線は任せた」
「俺かよ」
「言い出しっぺがどうたらってあるだろ? じゃ、頼む」
「はぁ、ハイハイ……」
「新澤さん、ヘリってどこにいます?」
「南に500m行ったらそこそこ高めの建物があるわ。そこで落ち合いよ」
「了解。んじゃ、さっさと行きますか……」
もうヘトヘトだった俺は、さっさと足をその建物に向けようとする。
……すると、
「―――っとぉ、なんだァこれは?」
「ん?」
無線通信をしていたはずの和弥が妙な口ぶりでHMDを操作していた。不審な様子だ。何を見てるんだ?
「どうした?」
「んにゃ、識別ビーコンの友軍アイコンの一部に、SOS点滅入ってる。ここの近くだぞ」
「何?」
すぐにHMDを操作し、視界内に付近にいる味方の識別ビーコンデータを表示させる。すると、確かに近くにいる友軍のアイコンが点滅していた。SOSを発する際によく出されるものだった。
「これは……近くで通信傍受を行っている部隊ね」
「例のホテル日本橋の通信を傍受していた部隊か。マズイ、気づかれたか?」
敵に通信傍受が気づかれたのだとしたら、それを消そうと刺客を送り込むことは十分考えられる。このSOSがそれに起因するものだとしたら、すぐにでも救出に向かわねばならない。
「しゃあねぇ、残業の時間だ。味方の救出に向かう」
「了解」
「はぁ、ったく、そろそろ寝てんだけどなぁ」
「我慢しろ。帰ったら幾らでも寝ていいからよ」
「言ったな? おそらく冗談抜きで12時間はぶっ通しで寝ちまうぞ?」
「たたき起こすだけだから問題ない」
というか、12時間もぶっ通しで寝続けられる方がすごいと思うが……尤も、やろうと思えばやれなくはないらしいというか、和弥自身昔やったのだとか。
「急げ。向こうがそう将来を見据えてSOS出すとは思えん」
SOSを出すとなれば即急的な危機状態が大半だ。ここから走っては数分とかからないが、しかし、もしかしたら到着する頃には事が終わってしまっている可能性がある。向こうが生きていることを祈るしかない。
SOS信号が発せられている廃墟の建物につくと、俺等は階段を使い前後を警戒しつつ駆け上がっていった。信号が来ているのは屋上だ。屋上までの階段を上り続け、若干開きかけている屋上のドアの前で止まる。外は静かだ。
「(クソッ、もう終わった後か?)」
時間をかけていられない。俺らはドアを開け、瞬時に内部に突入した。
中はそこそこ広めの空間。学校の教室1.5部屋分ぐらいか。その奥では、通信を行っていた軍人二人が、外壁に背を預ける形で項垂れている。さらに、周囲には数人の武装した人らが血を流し倒れている。
そして、その目の前には、一人の影がこちらに後姿をさらす形で立っていた。隣の建物の陰でよく見えないが、奴がこのSOSの原因か。
「動くな! 武器を捨てろ!」
瞬時に警告を発し、ジリジリと間合いを詰める。相手は動かない。俺より小さい小柄な体型だ。この距離なら、銃で撃つより自らの腕で締め上げる方が早いかもしれない。
「武器を静かに降ろせ」
だが、そんな警告をしつつ近づいているうちに、ある違和感を覚えた。
「(……あれ? この影の形……まさか……)」
その瞬間である。
「―――ッ!」
軽く、首だけこちらを振り向いた。横顔を少しだけ晒す形となった相手のその顔……間違いない。
「ユイッ!?」
だが、向こうは答えなかった。
「ッ! おい、待て!」
向こうは俺等を見るや否や、すぐに逃げ出した。10階はあるだろうこの建物屋上から飛び降りる相手を、俺たちは必至に追い、屋上からその姿を確認した。向こうは、隣にあった建物のベランダにうまく飛び降り、そこから室内に入って逃げていった。
「クソッ、追うぞ!」
「まて祥樹。アイツはたぶん違う。偽物の方だろう」
「ッ!」
和弥はそう言って俺の後ろを指さした。そこには、先ほどから見ている外壁に項垂れた軍人の姿だった。SOSの発信されたタイミングから察するに、おそらくアイツがこれをやったのは間違いないだろう。偽物が、ここにも現れたのか。
「(チッ、情報を聞き出すチャンスだったが……)」
もう少し早く着ていれば。だが、その後悔は新澤さんの声でかき消される。
「マズイわね……まだ息はあるけど、銃弾が幾つか腹部を貫通してる。
「なッ、防弾チョッキあるのにですかッ?」
そうだ。目の前には負傷した味方がいる。まずはそっちだ。だが、防弾チョッキがある部分を貫通なんて、そう簡単には起こらないはずだが……。
「一か所を集中的に銃撃されたみたいね、その部分だけ許容威力を超えてチョッキが耐え切れなかったのよ。二人とも意識がないわ」
「なんてこった……すぐに救援呼びましょう。和弥、すぐに無線を。できるだけ近くに呼べ」
「オッケーィ」
和弥はすぐに無線に手を出した。すぐさま救援を呼び、医療体制を整えた場所までの緊急搬送準備と、その間の応急措置体制を整えるよう要請した。外縁からはそこそこ距離があるが、遠いわけではない。すぐにこちらも移動すれば、比較的早く搬送に移れる。
「とりあえず、合流予定地点までこっちで運ぶ形でいきましょう」
「ええ。でも……」
「? どうしました?」
新澤さんが怪訝な表情を浮かべる。首も若干傾けていた。
「いえ……もう、応急措置されてるのよ、これ」
「え?」
見ると、銃弾が貫通しているらしいところは、確かに包帯を厳重にまいて止血されていた。二人ともである。あの状況下で、包帯を巻いて止血する余裕があったというのか?
……さらに、
「……んんっと、こりゃあどういうことだ?」
「どうした?」
今度は和弥の声だ。無線を終えたらしく、周辺を見渡して状況を確認していたらしいが、少し妙だという。
「おかしいな。あの二人、あそこで銃撃受けて、そのまま項垂れたのか?」
「だと思ったが……どうした?」
「銃撃を受けたにしては、後ろにある外壁や鉄柵に血しぶきがそんなにないじゃないか。でも、あの出入口付近には結構流血あるぞ」
「え?」
両方を見やると、確かに和弥の言う通り、二人が項垂れていた外壁や鉄柵にはそこまで血しぶきはない。あっても、項垂れたときに背中についていた血が付いただけの様だった。対して、屋上出入り口付近では、おびただしい流血がある。
さらに、さっきはユイの偽物らしい相手の方に注意があったため気づかなかったが、床をよく見ると、引きずった時に出来た血の跡が伸びていた。流血が止まらない中、体を移動したらしい。
「床にある血の形が妙だな。流血地点らしいこの出入り口付近から、あの軍人二人のところにまで伸びている。血の跡が薄いが、歩いた後っぽいぞこれ。誰かが引きずったわけではないだろう、足跡が若干だが残っている。おそらく、胴体から流れた血が、足をつたって床に流れていくとき、靴裏にもそれが付いたんだな。その状態で歩いたから、まるでスタンプのように足跡がついたんだろう」
「んで、ここにいる武装した連中は……」
「たぶん、こいつらも銃撃戦をしたんだ。だが……これ、敵の方だけどな」
「敵……?」
屋上には3人ほどの武装した男たちが倒れていた。すでに息絶えている。ご丁寧に心臓を貫通しているあたり、相当な射撃の腕の持ち主だ。
「通信機器もどうやら破壊されてるらしい。おそらく、こいつらが通信機器の破壊を目論んで、実際に壊したんだな」
「てことは、さっきのは……」
まさか、“本物のユイ”!? 味方をどうにか助けようとして、あの応急処置を?
だが、その説は即行で否定された。
「いやいや、そんなんいったらなんで逃げちゃったんだよって話だ。俺らの姿はユイさんならしっかり識別できるはずだ。俺たちがさっきいたところ、日がまだ当たってるしな。逆光でもないし見えやすいだろう」
「そ、それはそうだが……」
「それに、包帯だって自分で巻いた可能性あるんだぜ? その人らが持ってる応急器具からなくなってるだろ?」
「……あぁ、ほんとだ。包帯がないわね」
「でしょう? たぶん、最初に銃撃を受けた後、最後の力を振り絞って敵を後ろからぶっ倒した。その後、応急処置をしやすい外壁に凭れて、意識が途切れる寸前に包帯を巻ききって応急処置を自分でした後、意識を亡くしたんだろう」
「じゃあ、あのユイっぽい偽物が来たのは?」
「どうせ偶然だろ? ここは活動範囲だろうし、お近く通ってたら偶然死にかけの敵がいた。んで、そのあとこれまた偶然に俺らが来て、慌てて逃げた。それだけだ」
「んな偶然の重複ってあり得るのか?」
「ありえないってことはないだろ? 確率は低いだろうが、その低い確率が、今起きだけだ」
「はぁ……」
わからなくはない。偶然が重なると人は何らかの裏を感じるような生き物だが、逆に本当に偶然のみでそういった状況が起こらないとも限らない。なら、今回の場合はそれが本当に起きただけ、とみるのは、状況証拠から見てもおかしくはないだろう。
……だが、
「……?」
移動するために二人の軍人を抱えたとき、変な違和感を覚えた。
「……なんで、血がついてないんだ?」
応急キットを入れていたのであろう小さな箱には、血が付いていなかった。彼らの手は血で汚れている。自分の流血部分を手で押さえたときについたものだろう。その手をそのままこの箱につけたのなら、この箱に少なからず血が付いていてもいいはずだ。箱のふた部分には、何も血が付いていない。
戦闘服の裏側にあったので、最初の銃撃で血が付くという事はありえない。そのため、血が付くなら血だらけの手で触った時のみだが、其れすらないのである。
「(処置をした後血がある部分に手を触れたのか? いや、銃撃を受けた後意識があったなら、そのあと移動する時とか痛みを抑えるために、傷口を抑えることは誰しもするはずだが……)」
そして、それは応急措置をした後も同様のはずだ。事実、最初は手は腹部にあった。措置をした後も、銃撃箇所を抑えて痛みを耐えていたのだ。
……おかしい。
「……本当にこいつら、自分らで応急処置したのか……?」
捜索任務の帰り際、妙な出来事を体験することとなった…………




