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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第7章 ~混乱~
124/181

混乱と憔悴の渦中

 ―――そんで、結局、思いつかなかった。


 ヘリの中で悶々と思考を巡らし、どうにかいい言い訳できないかと思ったりしたが、ダメだった。どう思い付いても後々めんどくさいことにしかならない未来しか見えてこず、そんなこんなで時間を喰っていたら、いつの間にか晴海の防災公園についていた。

 元々短い距離だったとはいえ、体感的にはあまりにも早い。敦見さん曰く、「これでも遅くした」のだという。彼なりにこっちの事情を配慮してのことだったが、どうやらさすがに限界っぽかった。


 1週間ぶりの拠点。しかし、その表情は優れない。ようやっと安全な場所に来れたという本来抱くはずの喜びは、相棒が偽物だったショックと、これからどう行動すればいいのかという不安感によって完全に押しつぶされてしまった。俺だけではない。ここにいる全員がそうだった。


 ……そのためか、


「おう、お疲れさん」


 一足先に到着していたらしい二澤さんと結城さんが声をかけてきても、


「あ、どうも……」


「どうした、疲労困憊だな」


「最後の最後に敵に追っかけまわされたか?」


 元気に返事をする気力すら存在しなかった。二澤さんの言うように、確かに疲労困憊であるし、最後の最後に追っかけまわされはした。アイツはまぁ……敵と言えるのは間違いないのだろう。

 ……だが、その敵が……、


「(……あんな見た目されちゃあなぁ……)」


 身体的どころか、精神的にも疲労困憊である。今日はもう銃持って出たくはない。少し考えを整理し、今後をどうするか考えたいのが正直なところだった。


「……ん? あれ?」


「何か?」


「あぁいや……いつもの嬢ちゃんどこいった?」


「え?」


 あぁ、やっぱり気づきますか。まあ、気づかないわきゃないのだが。二澤さんもようやく気づいたように、


「あー、そういやいねぇな……どこいったんだ?」


 答えを要求するようにこっちに視線を向けるが、若干目をそらしてしまう。それが、余計不信感を煽ると自覚していながら。

 はてさて、どう返したものか……と思っていたが、


「えーっと、ちょっと抜けてるんすよ。別件で」


 和弥が急造の理由づけをした。誰でも考えつきそうな理由だが、この件に関してはほとんど頭が真っ白状態だった俺は、藁にも縋る思いでそれに乗っかった。


「あー、そうなんすよ。ちょっと別件でね。別行動をね。ハハ」


「別行動? アイツ単独でか?」


「らしいんすよ。俺も良くは知らないんすけどね。ハハハ」


「はぁ……」


「でもそんな任務あったか? 情報収集なんだろ?」


「すぐに帰るって言ってましたわ。ちょっと見落とした部分があるとかどうとか」


「ふーん……にしても単独なんか」


「らしいんすよ」


「ん~……単独ねぇ……」


 どう考えてもマズイ流れにしか見えない。俺の目が間違ってなければ、余計不信感煽ってる結果にしかなっていないのだが、もうこれ以上この話が続くと絶対ボロがでるため、話を思いっきりずらしにかかる。


「あぁ、そういえば、羽鳥さんどこ行きました? 帰還報告したいんですが……」


 大方統合指揮所あたりなんだろうが、念のため居場所を聞いた。もし他の場所にいて入れ違いになったらマズイ。

 ……が、


「あー……羽鳥さん、今あいてないんじゃね?」


「でもわからんぞ。もしかしたらもう話終わってるかもしれん」


 少し表情を曇らせた二人がそんな話をし始めた。


「―――? 何かあったんすか?」


「いやなぁ……色々と対応に追われててよ。今どうだろ?」


「何かあったので?」


「いや……」


 二澤さんの表情はそのままに口にした言葉は……。








「―――おぉ、いたいた」


 俺は急ぎ足だった。そして、どうやら対応が終わったらしい羽鳥さんが目の前にいた。こっちを振り向いた時の表情が、妙に憔悴していたのは先の話から十分予測はできたが、これを見るに、どうやらそれは確実らしい。


「お、帰ったか」


 羽鳥さんが敬礼するのを見て、すぐに姿勢をただし返礼した。それが済むや否や、


「羽鳥さん。あの話、本当なんですか?」


「……その様子、どうやら誰かから聞いたらしいな。二澤あたりか?」


「ええ。で、一体何がどういう……」


「……」


 羽鳥さんは少し黙った後、場所を移すよう言った。ちょうど俺しかいないため、すぐに場所を移動し、会議室近くの少し人通りが少ない場所に移動し、事情を聞き出すことができた。


「……んで、本当なんですか?」




「ここにいる人のうち数人が、“内通者の可能性”があるって」




 羽鳥さんは、険しい表情をしつつ頷いて返した。


「ああ、信じたくないが、どうも本当らしい。今、事情聴取中だそうだ」


「我々の部隊からは?」


「いや、幸い誰もいなかった。他の部隊から送られてきた奴等らしい。だが……」


「だが?」


「……指揮官級からとはおもわなかった」


「え?」


 羽鳥さんが手っ取り早く話した内容は相当なものだった。


 俺らがここを離れて任務に入って2日後の事。通信を傍受していた部隊がようやっと敵の本拠点と思われるホテル日本橋からの通信傍受を再開することができた。ある程度近くに居座らなければならないため、敵の警戒が薄くなる時を見計らうまで時間がかかったのだそうだ。

 そして、設置して傍受してみると、さっそく遠隔地との通信を傍受し、そのあとを辿ってみた結果……


「……ここに繋がったんですか?」


「そういうことだ」


 通信傍受を行っていた人らが一番疑ったレベルらしい。しかし、機器に異常はなく、通信内容も、どうもこちら側に入っている誰かとの情報交換らしいもので、即座に通報し、通信を行っている電波の発信源を特定。時間帯と照らし、その時その場所にいた人らを数人とっつ構えてみたところ、数人は自白したらしかった。

 現在、警務隊らがさらに事情を聴きだしているという。


「……まさか、ここに本当にいたんですか」


「あぁ。おかげで部隊は完全に動揺してる。しかも、通信をしていたのは下っ端軍人だけじゃない。司令部にいた面子もいた」


「そんな……」


 さっき指揮官級がどうたらと言っていたのはこのことのようだ。司令部にいた、他の陸軍部隊の指揮官や、その配下にあった軍人。さらに、軍にとどまらず、ここに調整役として居座っていた警察関係者の一部や、政府から派遣された防災担当者の一部まで……最初のを捕らえたときから、ドミノ式にどんどんとそれらしいのが掴まっては、正体を暴かれて言っているという。

 最初のうちに“説得”して、他の仲間を白状させたという事だった。元々今起きている混乱を収めるためにさっさと白状させたのだが、その内約に、逆にこっちがさらに困惑しているという皮肉な状態になっているという。


「……指揮官レベルまで……」


「奴等、結構なところにまで浸透している。中には、内通者ではなく、単に敵の組織から送られてきたスパイな奴もいた」


「ホームグローンテロリスト紛いのものではなく?」


「ああ。純粋なテロリストが、数年前から身分を隠して入ってきたんだ。巧妙に細工したらしいな……」


 羽鳥さんの表情は悔しさをにじませていた。歯を強くかみしめるその様は、俺の今の表情とも若干合致するものであろう。俺だって、似たような気持ちであった。


「おかげで、別にこっちの部隊には誰もそれらしいのはいないってなったのに、余計に浮足だった。常に仲間を信じることを重んじさせてきたがために、現実として仲間が敵側の人間の可能性が出てきたおかげで、それが仇になり始めた」


「あくまで他の部隊であったとしても、今後うちらから見つからないとも限らないと……?」


「そういうことだろうな。ある種の裏切りを許さないという“正義感”が、無意識で、かつ静かなな暴走を起こしている」


「……」


 空挺団という特殊部隊と同性質の部隊にとって、仲間を特に信じ、そして重んじることは何より重要視されてきた。何があっても仲間を頼れ。何かあったら仲間を頼れ。それが、訓練において最重要事項でもあった。

 その仲間の誰かが、いよいよ本格的に裏切り者の可能性が現実味を帯びてきた……。時には背中を預けなければならないゆえに、「さっさと追い出さねば」という考えが先行しているのだろうと、羽鳥さんは分析している。


「あくまで見つかったのは一般の部隊で、空挺団みたいな特殊部隊の性質のある部隊の面子は、経歴を徹底的に調査されてるから滅多なことがない限り問題はないのだが……そこら辺、たぶん忘れてるんだろうな」


「自分の仲間が実は敵で、後ろから何かあったら撃たれましたーなんて話になったら笑えませんし、まあ……わからなくはないんですけどね……」


「だが、向こうがやってるのはあくまで情報収集だ。もちろん、軽視はできないにせよ、少なくとも命を取られるほどの物なら今までに何度でも殺すチャンスがあったのだし、とりあえず冷静になれとは言ったのだが……」


「……収まらないんすね」


「はぁ……」


 そのため息は、俺の言葉を肯定するようであった。

 この話が部隊に広がると、元からあった不信感はもっと増えてしまったのだそうだ。元々周囲にはあまり話さない様にするつもりだったのだが、内通者容疑がかかっている軍人を捕まえる過程で、向こうが抵抗したこともあって結構騒ぎになってしまったらしく、隠しきることができなかったらしい。

 それもあってか、もう俺や二澤さんぐらいにしか話さないで隠れて内通者を見つける、みたいなこともする意味がなくなった。もうほとんど見つかってしまったうえ、しかも、さらに状況が悪化してきている様子にすらなってきている現状で、こそこそと裏で何か行動するのは怪しまれる理由にすらなってしまうからだ。


「そんなわけで、もうここら辺の話も公にしてしまっていい。まあ、あまり言いすぎると逆効果だが」


「わかってます。当然、話す際には限度をわきまえていきます」


「そうしてくれ」


 そういうと羽鳥さんは「じゃ、俺はまだ仕事が……」といって離れていこうとしたが、その前に、俺は再び呼び止めざるを得なかった。

 ……まだ、話していないのである。


「(……こんな状況で話したら絶対羽鳥さん胃に穴があくじゃんか……)」


 俺が若干開きそうなのである。現場指揮官の一人である羽鳥さんに言おうものなら今度こそ体調不良起こしかねないが……しかし、言わないわけにもいかない。


「どうした?」


「いや、えっと……」


 もう後に引くことはできない。いや、どっちにしろ何れ言わにゃならんのだ。

 俺は意を決した。


「……ゆ、ユイの、ことなんすけどね……」


「おう、彼女がどうした。そういえばいつもいるのにいないな。今は席外してるのか?」


「そうですねぇ、外してるっちゃあ外してるんですけど……その……」


「―――? どうした、何を躊躇っている?」


 うわぁ、何の疑問も抱かず疑問形の表情を浮かべてるのがまた精神的につらい……。これでも言えというのか。


「いや……さっき、スパイがどうたらって話、あったじゃないですか」


「ああ、そうだな」


「あれ、うちらの部隊からはまだ出てないって話だったじゃないですか」


「そうだな」


「……」


「……」


 この後の続きが言えず、数秒の時間を過ごした。


 ……すると、


「……………………おいまて」


 さすがに察してきたのか、羽鳥さんの顔から血の色がどんどんと消えていった。


「……待ってくれ、冗談はよせ」


「冗談だったら、よかったんすけどね……」


「おい、待ってくれ」


「アイツ……実は……」


「待て、それ以上はよせッ」


 さえぎる様に手を前に出して制止を促すが、俺はそれを無視して……




「……スパイ、だったっぽいんすよ。本物そっくりの偽物だったらしくて―――」


「うわぁぁぁぁあああああああッ!!??」




 羽鳥さんが思いっきり頭を抱えた。“絶対に聞きたくなかった言葉”であっただろう。うちらの部隊から出たのだ。しかも、ある種一番信頼できる、ロボットがそうだったのだ。

 別にアイツに俺や新澤さんほど好意を抱いているわけではないのだが、自分の部隊からも出てしまったショックは、指揮官としても計り知れないものがあるのだろう。今にも倒れそうだった。


「(……あとで、胃薬買ってこよう)」


 そんなことを考えていると、1分ぐらい固まっていた羽鳥さんが、何とか復帰していった。しかし、顔が完全にやせ細っている。さっきまではそうでもなかったのに。


「……彼女が、そうだったというのか?」


「ええ。正確には、まるっきり精巧に作られた偽物でした」


「偽物……だと?」


「ええ。偽物です」


 俺は、報告がてらあの偽物の件に関してすべてを話した。ハッキングの時から今に至るまで。不審に思った点や、それを元に最終日、つまり今日の、ついたったの1時間くらい前に追及して、攻撃を躱してヘリを使って逃げてきたこと。おかげで、もしかしたらハッキングの時あたりから、結構な情報が漏れたかもしれないこと。まだ、このことは和弥と新澤さん、ヘリパイの敦見さんと三咲さん以外には話していないこと……。

 だが、もうこれらすべてを話しきった頃には、羽鳥さんは近くのベンチに腰を下ろして、完全に力を使い切ったボクサーの如く真っ白になって項垂れていた。自身にとって、最悪の状況が今眼の前で起きたのである。無理もない。


「偽物だったのか……まるっきり瓜二つじゃないか」


「まんまとしてやられました。より細かい所を本当に注意深くみていかないと見抜けないところです」


「俺は彼女といつもいるわけじゃないからな……何もわからなかった」


「むしろトータルで見るといない時の方が多いですしね」


 指揮官ゆえの悲しき事情である。こうなると、偽物かどうかを見抜くのは本当に本物の事をよく知っている人間に限られてしまうのだ。


「ロボットなら、事前の経歴検査なんて確かにしないな……クソッ、盲点だった」


「無理もないですよ。誰がアイツが実はただの偽物でしたーなんて考えるかって話ですし」


「だが、一体なぜあんな精巧な偽物が作れるんだ? あんなのを作る人間は限られる」


「ええ、その事なんですが……」


 俺は、一つだけ、本当についさっき思い出した可能性を提示してみた。


「……前に、海部田博士と、例の俺と和弥を襲った人近似ロボットの件で話した内容、覚えてます?」


「ああ……お前らをストーカーしていた奴だな」


「ええ。あの時、一人だけ、ああいうの作れる奴がいるって爺さん言ってましたよね」


「……ッ! そうか、まさか……」


「あくまで推測でしかないですが……」





「……例の、『ノーマン・ハリス』が偽物を作ったという可能性は……どうなんですか?」





 ノーマン・ハリス。和弥曰く、量子コンピューター学会の権威、量子コンピューター技術の確立に大きな貢献を果たし、10年前後くらい前に行方をくらました天才科学者。爺さん曰く、彼なら、あのような人近似ロボットを作ることができるだろうと言っていた。量子コンピューターを研究する傍ら、その研究の成果をロボットを用いて確認するために、ロボット工学も学んでいたのだ。


 ……もし、彼があの偽物を作っているとしたら……


「現状、あんなロボットを作れる人材なんて世界規模で考えてもごくわずかです。爺さんですら数年かかった代物を、何らかの形で技術や設計を元にもう一つ作った奴がいたとしたら……彼しかありえません」


「だが、技術や設計はそう簡単に漏れるものではないはずだ。厳重なセキュリティの管理下にあるなら、そもそもあんな精巧な偽物を作る入口にすら立てないはず……」


「ですが、現に偽物が現れたのです。爺さんにもこの件を話して、詳しく調査する必要が出てきたと考えます。先ほど言った、テロリストや武装集団にしては妙に先進的な装備を持った連中に関しても含めてです」


「……」


 顎に手を当て、険しい表情で考え込んだ。少しの間静かな時間が続く。これ以上派手に動けば、もしかしたらまだいるかもしれない敵の内通者、もしくはスパイに、さらに妨害される可能性もある。おそらく、それも含めたものであろう。


「(現に、人に極度に似たロボットは作った可能性が高いんだ……条件が揃えば、ユイのそっくりさんを作ることも絶対に無理とは言えないはず)」


 当然、その条件は多岐にわたるし、それが揃ったとしても、そんな短期間で即行で作れるものではないだろう。しかし、現に起こっている。偽物が現れ、俺たちの拠点に何食わぬ顔で出入りしては、いざ正体が暴かれそうになると、口封じのために殺そうとした。あんなことができるロボットを作れる奴は、俺の周りでは爺さんしかいない。

 だが、爺さんが予備でもう一体作ったとは聞いてないし、予算も、素材もない。それに、あんなそっくりに作る必要はないはずだ。見分けやすいよう、もう少し外見的に相違を持たせておく必要性ぐらい、爺さんなら即行で考えつく。


 ……わざわざそっくりにせねばならなかった理由。そんなの、一つしかないのだ。


「(……ユイと何かの拍子にとっかえることを想定してたんだ。となると、あの偽物、今後は中央区で活動を……)」


 厄介だ。ユイの顔を知っていて、なおかつ、まだ偽物がいると知らない奴は、偽物と知らずに接触を図って殺されるなんて最悪のパターンもあり得る。相手はロボットだ。本気を出されてしまっては、人間が数人集ったぐらいでは太刀打ちはできない。


 ……いや、それもそうだが……何より一番心配なのは……、


「(……本物はどこに行ったんだ?)」


 あのハッキングの時が入れ替わりのタイミングだったとしたら、本物はどこにいったんだ。嫌な予感が大量に頭をよぎる。無事で会ってくれという願いは、現実的な思考に基づく悪しき結末が覆い隠し始めていた。それを振り払い、少しでも希望を持ち続けるのは中々に至難の業だ。


「……調べてみるか」


「え?」


 熟考の末、羽鳥さんはそう呟いた。そして、俺に振り向きさらに続ける。


「一応、この件は海部田先生にも相談する。団長や、軍の上層部にも、内密に話は付けておくことに使用」


「部隊の奴等には」


「……」


 羽鳥さんは悩んだが、しかし、決断を下した。


「……隠していてもバレる。さりげなく、「そうだったらしい」という体で話そう」


「……やはり、そうするしかなさそうですか」


「本物がいつ見つかるかわからないし、そして……考えたくはないが、“もういなかった”なんて可能性が現状ゼロではない以上、本物の行方に関してはあまり嘘を混ぜるのはよろしくないだろう。「偽物だった。本物はまだわからない」。……これで、今は突き通すしかない」


「……」


 苦渋の決断だが、しかし、マシな判断はどれかと言われれば、確かにこれであることも頷ける。今だけ嘘をついて、後々になってバレてしまったら今度こそ部隊の統率は乱れる。未だに混乱している中を、余計にかき乱す結果になるだけだった。

 もちろん、今それを話しても、同じ結果になるかもしれない。だが、後々に回ってしまうよりどちらがましかと言われれば……最初のうちに言ってしまうほうが、幾分かはマシかもしれない。


「俺の方から各部隊に話は付ける。何なら、最初にそっちが流した情報に合わせよう。えっと……別任務に就いたって話になってるんだったな?」


「ええ、別件で抜けてるって感じで」


「なら、その別件中に通信が途切れ、通信履歴を辿った結果、どうやら敵側との通信を行っており、その後向こうに合流した、ということにしよう。そして、その彼女は偽物だったってシナリオでどうだ?」


「それで行きましょう。こっちも合わせます」


「よしきた。なら、後はこっちに任せてくれ。俺の方で処理はする。お前らはいつも通りでいろ」


 何とかなるか……羽鳥さんが口裏を合わせてくれさえすれば、俺らがさっき流したデタラメの言い逃れがどうにか辻妻が合うようになる。俺らに変に疑いの目が向くこともないはずだ。

 ……だが、


「あの」


「?」


 ……それだけでは、安心できなかった。俺は羽鳥さんに意見具申をした。


「……できればすぐに、“本物”を捜索する許可をいただきたいのですが……」


「……」


 羽鳥さんは迷っているようだった。曰く、まだ色々と混乱が起きている最中、そこからまた、部隊を単独で行かせることは、司令部側からのまともな情報提供もしている余裕がなくなる可能性もあるという事だ。もう少し事が落ち着いてから、改めて捜索を始めたいというのが、どうやら彼自身の考えだった。


「……すぐに向かいたい気持ちもわかるが、もう少し待ってくれ。こっちで、情報を整理したい」


「しかし、今こうしているうちにアイツは死にかけてる可能性があるんです。できれば、すぐにでも出せませんか?」


「無茶いうな。お前らは一週間の任務から帰還したばっかりで、疲労もまだ大量に残っている。身体的にも、精神的にもだ。まだ回復しきっていない状態で、出撃の許可は出せない」


「ですが!」


「わかってくれ篠山。すぐに出たい気持ちは痛いほどわかる。だが、焦ってボロが出てしまってからでは遅いんだ。捜索するにも、中央区は意外と広い。目星をつけていかなければ、時間を無駄にするだけだ。違うか?」


「ッ……」


 正論だった。中央区を、俺等だけで探すのは結構な時間がかかる。その動きを察知されてしまっては、ユイの身の安全が保証はできない。戦場にいる時点で保証もクソもないが、余計悪化するようなことだけは避けなければならない。

 まだ生きているかもしれない。その希望を元に、生存の可能性をさらに下げるわけにはいかないのは事実だった。


「(早まった行動は確かに出来ない……だが……)」


 こうしているうちにも、徐々にその生存率は減ってきている。アイツの持ってる弾も無限ではないし、いつまでも戦っていられるほど全知全能というわけでもない。

 そして、万一捕まっていた場合は……、最悪の可能性も、考慮する必要すら出てきてしまう。


 ロボットの場合、仮に“死んだ”としても、そのあとさらに問題が残っている。人間みたいに死んだら終わりではない。そのあと、各種データを抜かれたりしたら、何に悪用されるかたまったものではない。


 本物の安否が確認できないことは、必然的に、時間との闘いが始まったことを意味していた。

 羽鳥さんも、そこはわかっているのだ。


「せめて、現状の情報はまとめさせてくれ。何かあったら司令部からサポートを万全にできる体制は整えたい。長い時間が借るわけではない。少しだけ待ってくれ」


「……了解しました」


 羽鳥さんはそのまま走り去っていった。結構全力で突っ走っていったあたり、彼の焦燥感の程が見て取れるという物だった。

 しかし、俺の気分はこれっぽっちも晴れない。何とか偽物云々に関しては羽鳥さんが口裏を合わせてくれたにせよ、本物の捜索活動の開始の見通しを立てることはできなかった。正直、命令無しにでもさっさと行きたいぐらいだが、俺は軍人である。上司の命令無しに動くことは厳禁だ。


「……アイツ、無事なんだろうな……」


 ユイは一体どこにいってしまったのか。頭の中を、嫌な予感が大量に蠢く。

 もしや、破壊されたのか? だが、破壊される寸前にまでなったなら、幾らユイとて即行で逃げてもいいはずだ。まさか、それすらできずに即行で死んだわけではあるまい。

 というか、仮に捕まったとして一体何されるんだ? いやらしくあれやこれやされるのか? そんなサディストな野郎ばかりじゃあるまい。もっと現実的に、データ取り等に使われるのがオチだろう。だが、それが終わって用済みになったら? アイツがもう要らないと判断されたときは?


 ……考えたくない可能性ばかりが頭に浮かんでくる。まだ生きているから何とかなるという楽観的な希望を、一気に覆い尽くすかのようなそのネガティブ思考に、俺は完全に嫌気がさしてしまった。もう少し、明るい方向に考える事が出来ないのか。


「……クソッ」


 俺は一人佇み、そして、近くにあったベンチに腰を下ろした。腰から一気に脱力するように座り、暫く何も考えることはできなかった。今、アイツはいない。それだけで、なぜか空虚に感じられたのだ。

 顔は天井に向け、しかし目の焦点は合わず、どこをみているわけでもなくただただボーッとしているだけの時間が過ぎていった。


「……アイツ一人いないだけで、俺はこんなんになるのか……」


 誰かが死んだとき、妙な虚脱感を覚えるのと同じようなものだろうか。俺自身も一度だけ経験あるが故に、今この時、それと同様の心境になった俺は、別にまだ死んだわけでもないのに随分と悲観的になっているのだなと自嘲してしまう。いざというときに強い希望を持つという事を、俺は無意識のうちに苦手としているらしい。

 ……それだけ、いつの間にか俺の中では目立つ存在になっていたらしい。


「……ユイ……」


 思わず、どこにいるともわからない、というか、そもそも今生きているかどうかすらもわからない相棒の名前を呟いた。そして、そのまま願うかのようにさらに続けて、




「……一体、どこに行ったんだ……」





 その声は、会議室前の廊下に小さく、そしてむなしく響き渡るだけだった…………

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