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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第7章 ~混乱~
123/181

退避

 ―――バババババッ


 右側から、ヘリのローター音とダウンウォッシュの風の波に乗って飛んできた多数の5.56mm普通弾が、部屋の中で銃を構えつつ突っ立っていた偽物めがけて高速で突進していった。

 幾らロボットといえど、奇襲には弱い。識別ビーコンを切って、電子的には味方からも場所がわからないようにしてもらったのが功を奏した。これで偽物には見えない。レーダーの類も、この鉄筋コンクリートで覆われた部屋の中ではつかえたものではないだろう。


「クソッ」


 呟くように悪態をついた偽物は、すぐに伏せの体制をとった。現在絶賛銃撃中な上、そこそこ遠くから銃撃を受けているため、応射もままならなかった。


 今がチャンスだ。


「いまだ! 全員登れ!」


 俺は叫んだ。偽物にも聞こえてしまうが、もう知ったことではない。こっちの動きはさすがに向こうも知ってるはずだ。だからこその牽制射撃だ。

 伏せの状態から即効で起き上がった俺たちは、後ろ側にあった階段を一気に登った。逃走を止めるためか、後ろから銃撃音が響き、俺らの近くで跳弾する。しかし、ヘリから齎される牽制射撃がうっとおしかったのか、そっちを銃撃し始めた。

 全員が階段を上り始めた。そのタイミングで、


「こちらガンマ0-1、敦見さん、牽制はオッケーです。すぐに屋上に上がってください」


『了解! ちょっと待ってな! 今いくで!』


 敦見さんの自信にあふれた声が聞こえてきた。それは、俺らを安心させるには十分であった。和弥を先頭に、新澤さん、俺と順に階段を上って行った。ここは7階。10階にある屋上にはすぐにたどり着く。和弥は偽物の追跡がよほど怖いのか、階段を2段、いや、3段も飛ばしながら登っていた。逃げるのに必死らしい。


「―――ッ!」


 その追手はすぐにやってきた。


「きたぞッ! あいつ、もうここまで!」


 今やっと8階を通り、その上の踊り場に来たところだ。だが、ヘリが屋上に行ったことで牽制射撃ができなくなり、偽物が即行で追ってきたのだ。今は7階の踊り場に行こうというところだ。


「牽制張ります。新澤さん、手榴弾持ってます?」


「フラグならあるわよ」


「あそこに投げてください。たぶんうまいタイミングで突っ込みます」


「オッケー!」


 俺はここと階段8階出入り口の間の階段を指差した。そこに、新澤さんはなけなしの破片手榴弾フラググレネードを投擲し、4秒後、爆発した。

 ちょうど8階に差し掛かった偽物は、破片から身を守るためいったん止まった。すぐに新澤さんらを先に行かせ、ここで牽制のための銃撃を加える。


 やはり、7階を選んでおいてよかった。牽制をし、距離を稼ぐための時間を作ることができる。


「(銃撃には敏感か。当たりたくはないのは奴も同じってこった)」


 牽制には極力当たらないようにしているのか、牽制が来たと判断すると、すぐに陰に隠れた。その状態を維持しつつ、じりじりと階段を上っていく。

 だが、撃たれてばかりではなかった。向こうも銃だけを影から出して、俺がいると予測した場所に銃弾をばらまき始めたのだ。銃弾の飛び方から、大体の場所を逆算したのか。その狙いはある程度正確であった。すかさず、階段の陰に隠れ、一気に上る。

 しかし……、


「ゲッ、あいつ早ッ」


 階段を数段飛ばしで来るだろうと思ったら、3段飛ばしながらなかなかの速さで上ってきた。階段の隙間から、その様子は見てとれた。和弥も3段飛ばしだったが、あれより早い。距離が一気に縮まってきた。


「(クソッ、距離これ以上稼げってか!)」


 もう9階の踊り場にまでやってきた。だが、ここで向こうをある程度足止めしなければもっと近づかれる。向こうを止めなばならない。だが、切り札となる破片手榴弾も、残り一つしかない。


「新澤さん、乗ったら知らせてください。即行で突っ走ります」


『オッケー、準備して!』


 新澤さんに無線で伝えた。向こうが全員乗ったのを見て、全力でヘリに飛び乗ろうとしたのだ。

 それでも、ジリジリとこっちに近づいてくる。もうこっちは10階に足を踏み入れている。目の前にあるドアから屋上に出れば、その先にはヘリのサイドドアがある。

 だが、射撃を交わしたすきに徐々に近づき、これ以上は持ちそうにない。階を隔てて、上下での銃撃戦が続いていた。こっちが上にあるのが、若干の幸いか。


『いいわよ! 走って!』


 新澤さんの声だ。その声に、俺は条件反射の如くとっさに反応。予め手に持っていた破片手榴弾のピンを抜き、2秒待って静かに落下させ、同時に走る。

 これで地面に落ちる前に上で爆発する。空中で爆破させることで、破片の周囲への散布・殺傷効果を上げる『曳火射撃』の技術を手榴弾で簡単に再現した形だ。

 偽物の銃撃が止まった。だが、すぐに追いかけてくる。屋上のドアを通ると、俺はフタゴーから手を放し、スリングを絞めて全力で走った。ドアからは、新澤さんが追いかけてくる偽物を警戒し、銃口をドアのほうに向けていた。

 射撃が始まったのは、それを確認した瞬間である。


「早くしろ! 後ろ来てるぞ!」


 和弥が必死に叫んだ。言われんでも、大体気配を察していた。そこそこ距離があるのに、たぶん先入観でそう思ってるだけかもしれない。だが、追ってきているのは事実であった。

 銃撃がない。追うのに精一杯なのか、牽制が効いているのか。俺には見分けがつかなかった。


「早く! 手をつかめ!」


 和弥が手を伸ばす。屋上の手すりのすぐそばに右翼側のドアが開いたヘリがある。俺は手すりに手と足をかけ、すぐに飛びかかった。


「うぉらぁッ!!」


 手を伸ばしていた和弥の手に両手でつかみかかった。それを確認するや否や、


「おし、飛べ! 今すぐ飛べ!」


 和弥が叫んだ。それに呼応するかのように、ヘリは一気に上昇を開始。和弥が一気に俺を引きあげ、機内に投げるように入れた。同時に、新澤さんは射撃を止めた。


 ……けが人、なし。全員無事である。


「(あっぶねぇ……)」


 そう思うと同時に、ヘリのドアを閉めようとした。

 ……その時、


「ッ!」


 屋上にいる一人の影。もう高度がある上、距離も遠かったためよく見えないが、おそらく例の偽物だろう。その顔は、妙に恨めしそうな表情を浮かべている……ように、見えた。


「……」


 俺は何とも言えない気持ちとなり、そのまま視界からふさぐようにドアを閉めた。そして、近くの椅子にどかっと背を預け、ようやく安堵のため息をついた。


「はぁ……いない奴いるかぁ? いたら手ぇあげろぉ」


「はーい俺いませーん……」


「いるじゃねーか……」


 場の空気を和らげるためにちょっとしたジョークを言ったつもりだったが、全力で走ったこともあってか皆息遣いが荒く、それどころではなかった。三咲さんはそのままコパイ席へと戻り、操縦業務へと戻った。無事撃たれずに帰還した俺等3人は、再び安堵のため息をついた。


「3人とも、怪我はあらへんか?」


 敦見さんがそう声をかけた。


「無事です。全員無事」


「了解。危ないところやったな。もう少し遅れておったらお陀仏やで」


「ええ。援護、感謝します。三咲さんも、ナイス牽制でした」


「いえいえ、お構いなく。ほんとに、危ない所でしたね……」


 「ええ……」。そう一言返事はして同意した。もう少しで向こうも、引き金を引く決断をしていたかもしれない。そういう意味では、うまいタイミングで来てくれたことに感謝するしかなかった。


「しかし、あんさんに言われて騙されたと思って無線をオープンにして聞いとったら……とんでもない事態になったもんやな」


「お前がわざわざ無線を開きっぱにしてたの、それが理由だったのか」


 和弥がそう聞いてくるのを、俺は頷いて同意した。

 事前に、アイツが偽物であり、所謂内通者であることにほぼ確信を得た俺は、こうなることを見越して敦見さんや三咲さんに対して、無線を開けていた。何も言わずに、ただ黙って無線の中身を聞くよう促していたのが功を奏した。

 俺の無線も開けており、俺の話す言葉は全部二人に行くようになっていた。話す内容から事のすべてを察してくれることを願い、何かあった時の“救援”を願った。ほとんど、賭けに近い。


「まさか、合流地点にこの場所を選んだのも?」


「すぐに脱出できるからな。ヘリもすぐに来れるし、対空火器も、わざわざ外縁にまで持ってくる余裕もないだろう。外縁ゆえに、俺たちにバレやすいからな」


「確かに……てことは、ここら辺含めてすべてお前の計算通りってことか?」


「まあ……残念ながら、その通りだな」


「残念ながら?」


「……」


 俺としては、これがただの早とちりで終わってほしかったのだ。だからこそ、俺は、“残念ながら”予定通りになってしまったことに、


「……アイツが偽物じゃなけりゃ、この計算通りな展開にならずに済んだのにな」


「ッ……」


 そう呟いた。和弥も、「質問ミスったか?」とばかりにバツの悪そうな顔をする。コックピットからも、何も聞こえない。聞こえるのは、上にあるローターの音と、プロペラが風を切る音のみ。


「どうして……どうしてユイちゃんの偽物なんかが……」


 だが、一番ショックを受けているのはおそらく新澤さんだろう。俺とほぼ同レベルで可愛がっていた相手が、ただの偽物だった。例えが変だが、いわば、自分の娘が、実は血の繋がっていない無関係な女の子であったことを知らされた母親と言わんばかりに、精神的に大きな衝撃を受けたに違いない。

 ただただ俯いて、涙目になるばかりであった。その表情には、“悔しさ”もにじみ出ていた。


「まったく気が付かなかった……あの娘、完全にユイちゃんと瓜二つよ……?」


「ええ、まんまとしてやられましたよ。よくよく見ないとわからない相違ばっかです」


 よくまああそこまで精巧に作ったと、むしろ関心せざるを得ない。声もしっかりそっくりに仕上げていた。少なくとも外見でわかる部分は、本物と遜色ないほどにそっくりであったのは間違いない。

 体重部分や、傷ついた部分の自己修復機能の有無等、内面で判断できる材料がなければ、俺は今も騙され続けていたに違いない。今まで感じていた違和感も、ただの“違和感”で処理されていたであろう。

 ……そういう意味では、俺等は幸運だったかもしれない。


「お前もよくわかったな。俺は全然見分け付かねかったってのに」


「幸運だっただけだ。幾つかの不審点をまとめたら、明らかにおかしいってだけでな。半分は推論も入ってた」


「だが、その結果はあれだ。こうなっちまっちゃ、その推論もただの事実にしかならんってことだ」


「ああ。……とはいえ」


「?」


 俺は、さらに付け加えた。


「実は、もう一つだけある」


「何?」


「まだ、何かあるの?」


 二人が喰い付いた。コックピットにいる二人も、黙って俺の声に耳を傾けているようであった。俺は続ける。


「ユイがハッキングを受けたとき、例の無線の男の件は話したな?」


「あ、ああ……それがどうした?」


「あの時、あいつがいっていたこと……あれも、実はヒントだったのかもしれない」


「え?」


 あの時は、ヘリの音が邪魔でよく聞こえなかったが、記憶を頼りに当時の言葉を思い出してみると、少なくとも、『本物のBZは貴様らを欺く』『偽物と区別はつかないだろう』『ロボットはゾンビみたいなものだ』と言ったことは確実に言っていた。


 ……この言葉は、あの無線の男が放っていたヒントだったのだ。


「端的に言えば、この言葉は『本物のユイに見えるユイそっくりのロボットが俺たちを騙す』という事を暗喩してたんだ」


「暗喩?」


「ああ。さらに言えば、本物だと思っているその偽物がお前らを欺く。そして、本物と思い込むからこそ、本物の存在自体がお前らを混乱させるのだ……という意味にも取れるだろう」


「……すまん、もっとわかりやすく言え」


「だから、ユイという本物の存在そのものが、いざアイツが偽物だったってわかった時俺らを混乱させるんだって話だよ。今さっきだってそうだろ。本物のユイの存在を求めて、俺たちは軽く混乱したし、今もしてる」


「なるほど……」


 ただ、これはあくまでも予測に過ぎない。あの件を肉づけるちょっとした推論である。だが、こうなった今となっては、これもある種の信憑性を帯びてきた。でなければ、あんな一見意味不明な言葉を残す必要もない。


「BZっていう部分が特にそうなんだが、最初は意味がさっぱり分からなかったが、『ロボットはゾンビ』って言葉でわかった。あれは、『行動的ゾンビ』のことを言ってたんだよ」


「行動的ゾンビ?」


 新澤さんにとっては初耳ワードだったのだろう。首をかしげてそう復唱していたが、和弥が簡単に解説した。


「外見的な行動からは普通の人間とは区別がつかないゾンビのことですよ。物理的に中身を見れば違いが判りますが、外見的に見る行動だけでは、人間かゾンビかは判断できない。例えば、俺がそこら近所を歩いていたとして、それだけで俺が今人間か、それともゾンビになってるのかは判断できませんよね?」


「まあ、できないわね」


「そういうことです。そういった形で、外見は人と瓜二つなゾンビを行動的ゾンビって言います。実際には、哲学的ゾンビっていう心の哲学で出てくる概念の一つなんです」


「は、はぁ……」


 新澤さんは若干何を言ってるかわからなかったようだ。要は、外見からは人と瓜二つなゾンビは全部行動的ゾンビである。相手がどんな存在であるのかを、人は外見からしか主に判断できないことを使った、一種の哲学的“アイディア”である。


「行動的ゾンビは英語で『Behavioral Zombie』。それぞれの頭文字をとると、BZです」


「なるほど。てことは、本物のBZは、本物の行動的ゾンビって意味になるってことか」


「さらに言えば、あのクソッたれ男、ユイの事『ゾンビ』呼ばわりしたってことになるな」


「なぁにがゾンビよゴミクズが……ッ」


 うわぁ怖い。新澤さんからゴミクズなんて言葉が出てきたのはおそらく初めてではないだろうか。俺は初めて、新澤さんに尋常でない恐怖を感じ取っていた。表情が、まさに夜叉か何かである。もうちょっと優しい表情にしてくれないでしょうか……。


「だ、だがまあ、アイツの言わんとすることは百パーわからんでもない。あくまで表現の仕方とみるならば、あながち的を得てないわけではないんだ。さっきも言ったように、外見は人でも、中身は人とは思いっきり違うものをそう表現するんだが、そうすると、ユイは確かに行動的ゾンビって表現に該当しないわけではない。中身は、人間みたいなグロイ有機的な臓器ではなく、完全に無機的な電子機械だからな」


「んで、哲学的ゾンビはそういった行動的ゾンビの概念を含めて、とにかくあらゆる手段での物理的検証を行っても、完全に人間そっくりなゾンビを言うんだっけな」


「ああ。そうだな」


 物理的に人間と同じという事は、要はユイみたいに中身は機械ということはなく、中身も人間と同じであることである。だが、人間が本当の意味で持つ内面、所謂“意識”がないものを、哲学的ゾンビを表現するのだ。

 端的に言えば、その人自身は意識的に“死んで”いても、何らかの理由で体だけは生きているようにふるまえば、第三者からはその人は“意識もあって生きている”ように見える。だが、実態は意識がなく既に死んでいるも同然。だからこそ、“ゾンビ”と表現されるのである。


「あの無線の男に言わせれば、例の偽物を、アイツは『自分の命令に忠実なユイそっくりの行動的ゾンビ』といった感じで表現していたのだろうな。あくまで、人間ではない人間そっくりの何か、て感じか」


 面白い表現をしおる。ロボットをゾンビと表現したか。まあ、その哲学的ゾンビの概念で言うなら間違ってはいないのだろうが、あまりいい気分ではないな。勝手にゾンビ呼ばわりとは。

 ……すると、和弥がちょっと得意げに言った。


「……つっても、この行動的ゾンビって、あくまでアイディアなだけなんだがな。物理主義者あたりからは批判もあるし」


「ていうと?」


「だって、考えてみてくださいよ。ちゃんと人に心や意識があるかどうかって、結局最後は自分と照らし合わせて判断しますよね。まず、心や意識ってものがある自分を比較対象に置いて、そこと相手の相違を見つつ、最後に「この人にも心や意識があるんだろう」って判断するんです。そうですよね?」


「まあ、そうね」


「でしょ? でも、仮に本当に行動的ゾンビのように『完全にしぐさや行動を真似てるだけで、本心からそう思ってるわけじゃない』ってなってた場合、自分自身がその相手の心や意識がないってことを確認できます?」


「無理でしょ。行動やしぐさ全部同じなんだもの」


「でしょう? ですから、あくまでこの概念、まあ「こうかもしれないね?」ていうのはあるでしょうけど、検証しきるのは無理なんですよ。心や意識の存在なんて、物理的に脳を見るしかなくて、脳がふるまいを真似て心や意識がある様に騙したら、俺等はそれ以上を判断できませんもん。ふるまいがそうでも、実は……なんていったらもう話終わりませんからね」


 和弥の言っているとおりだ。実際、この行動的ゾンビっていうのは現実的には「ありえないだろう」で済まされている。だろう、というのは、あくまで検証がほぼ不可能な結果“微粒子レベルで本当に小さな可能性”を考慮してのもので、実際にはほとんどありえないと思う。

 しかし、逆に言えば「でも完全な証明はできないんでしょ?」とちょっと意地悪な発想も出来てしまい、だからこそ、哲学の問題として議論が起きるのである。例え妄想の産物であろうとも、それを完璧に証明するのが、事実上の悪魔の証明のようなことになりかねないとなれば、屁理屈並べてちっこい可能性を追求することもできなくはないのだ。

 現実で考えれば、人間全員に心と意識があるわけで、そんなゾンビが世界の何処かにいるなんてありえないのだが、それを証明できないのも、また事実であった。


 だからこそ、「実は自分以外は全員人間と同じようなふるまいをしてる意識のないゾンビなんじゃ?」という発想ができる。


「……だからこそ、奴は言いたかったんだ。お前らは、何れゾンビに騙されるって。ふるまいがそっくりなゾンビは、お前らには見分けられないだろうってな。事実、俺等はアイツがユイかどうかを、外見的なふるまいばかりで判断していた。そして、唯一内面の判断ができる部分は……」


「ソフトウェアを調べる時が幾つかあったから、それがチャンスだったか。だが、そこはあの偽物が自分は本物であるかのように、何らかの方法でその“機械等に対して”ふるまえば、判断する術は消えるな」


「人だけじゃなく、時には機械をも騙すってことか……」


 厄介な“ゾンビ”を作ったものだ……映画で時々見る、妙に元気に走ってくるゾンビみたいに厄介だ。なんだってこんなん相手にせにゃならんのだ。

 ……すると、さっきまで黙ってた敦見さんが口を開いた。


「……んで、そのゾンビ的な奴をやな、何をどうやってあんなに本物に似せて作ったんや? 一体どこの誰が?」


 その疑問は尤もだった。あんなのを作れるのは、俺は爺さんぐらいしかまともに思い浮かばない。


「というか、たとえ他に作れる人がいたとしても、あそこまで精巧に作るには相応のデータが必要でしょう。それこそ、設計図的な何かが」


「設計図ねぇ……」


 続けて三咲さんが行ったことももっともだ。誰が作ったかは別としても、仮にユイにそっくりに作るなら、相応のデータは必要となるだろう。まさか、事前に下見したんで~なんてのであのまんまを作ったわけではあるまい。細かい部分も含め、少なくとも外見的には本物とそっくりにしなければならない。

 そうなると、目測等で見た視覚的情報のみでは再現は困難だ。何度もユイの姿を見てきた俺らが見た瞬間、下手すればバレる。


 最大限バレないよう工夫するなら、見てくれはしっかり本物とそっくりにするはずだ。


 ……だが、


「……でもよ、そういうのってぶっちゃけ厳重に保管されね? 仮にも国家機密だぞ?」


「そこなんだよ。なんだってそんな国家機密級の奴のデータがとられた?って話になる。というか、本当に盗ったのか?」


「盗らないであそこまで再現は無理だろ。もしかしたら、内通者って他にもいんじゃねーか?」


「おいおい、まだいるのか……?」


 正直、もうユイが偽物でしたってだけで精神的に参っている。特に、新澤さんなんて割とショックが大きかったようで、もうイスの背もたれに項垂れてしまっている。よほど可愛がっていたのだろうな。

 そこから、今度はもうユイを作っていたチームにまで疑惑が入ってきてしまうとは……。だが、こうなってしまった以上、可能性をすべて捨てることはできない。爺さんがまさか……なんてのは考えたくないし、正直やる動機すら思い浮かばないので可能性はゼロに近いのだが、しかし、それは俺の主観での話である。


 主観と事実は違うときは十分考慮されるべきであろう。


「(……一体、どこの誰がアイツの情報を……)」


 まさか、例の無線の男がやったようなハッキングを? だが、それもそれでどうやってハッキングをしたのだろうか。ユイの外見データとなれば、それだけでも結構なデータ量だとは思うが……。


「(爺さんはそこら辺には煩かったはず。気づかないなんてこと……)」


 ……ありえるのか? ここで、確信ではなく疑問となってしまうのが嫌な所だった。ありえない、と断定できないのは妙な気持ち悪さがある。

 考えあぐねていると、敦見さんが深刻そうに声調を低くしていった。


「何れにせよ、この件は上の連中に伝えなあかんな……羽鳥はんあたりがええか?」


「ですね。無線にはまだ?」


「まさか、彼女の事がバレてまうし、さすがにそれはしてへん。向こうはまだ知らへんはずや」


「了解。帰ったら、まずはこのことを知らせないと……」


 あぁ、羽鳥さんが返ってきたのを見て早々「おい、一人いないぞ?」と聞いてくるのが見えるようだ。絶対に言ってくるだろう。いや、下手すれば俺らに会ったほぼ全員から言われるかもしれない。「お前、いつもの相棒ちゃんはどうした?」って……。


 ……なんて答えてやりゃいいんだ。正直に「ああ、アイツ内通者の偽物だったらしいっす」って言ってやりゃいいのか? それとも誤魔化せばいいのか? 頭痛の種が増えるだけにしかならなかった。


「(……二澤さんあたりなんて相当ダメージだろうなぁ……)」


 二澤さんも二澤さんで結構アイツにはよくしていた。それが実は偽物でしたーなんて話になったら、そう簡単に受け入れられるとは思えない。相当なダメージが、彼に行くはずだ。


「……羽鳥さんに話した後はしばらくだんまりして、本物を見つけて取り戻すまでは「ただの単独任務」ってことにするか?」


「いつ奪還できるかわからない以上、それは危ない綱渡りにしかならん。仮に長引けば、たぶんバレるだろう」


「だよねぇ……でもさ、すぐに事実を話すってなってもまたパニックを引き起こすだけだぞ」


「そこが難しいんだよ……」


 正直、内通者だった奴がユイ(偽物)だったってだけで十分パニック要素なのに、それを即行で公表するのは結構リスキーにしか思えない。かといって、後に回したらただただ疑念が渦巻くだけで、ただでさえ内通者の存在を疑って皆がギスギスしている中ではそれは悪影響しかない。

 そう考えると、さっさと内通者の正体はアイツでしたって公表した方が、一種の安心感とかを与える上ではメリットがあるのだろうが……。


「(どっちに転がってもアウトな未来しか見えない……どうすりゃいいんだ……)」


 ここまでくると、もう羽鳥さんの指示を仰ぐしかなくなるのだろうか。もしかすれば、俺等が離れていた1週間のうちに状況が変わっているかもしれない。その経過を知っているのは羽鳥さんだ。羽鳥さんが、そういった部分も含めて適切な判断をしてくれることを祈ったほうがいいのだろうか。


 ……でも、羽鳥さんでもこれは……


「(……ダメだ、羽鳥さんも間違いなく頭抱える……)」


 羽鳥さんのストレスがマッハであろう。もうどうあがいても悪い方向にしか行く未来しか見えない。どうしたものか。どれがましなのか。どの判断をしたほうがいいのか。俺にはさっぱりわからない。

 ヘリは依然本部へ向かって一直線。というか、ほぼすぐ近くなので、もうすぐ着く。晴海にある臨界広域防災公園の建屋が見えてきていた。ヘリポートも空いている。警察や消防のスタッフ、同業者である軍の人間の人影も見える。

 久しぶりの光景。本来ならば「任務を無事終えた」という喜びを感じるところなのに、逆に今は憂鬱だった。一人少ない俺らを見て、それを聞いてきたときどう対応すればいいのか。未だにわからない。



「……はぁ……」



 俺は、思わず大きくため息をついた。




「一体、どうすりゃいいんだ……」







 俺は、ただひたすら頭を抱えるしかなかった…………

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