正体
―――青い目じゃない。
俺は瞬時に、自分の“仮説”が正しかったことを悟った。ユイの目は紺色に近い青。それも透き通るようなものだ。だが、コイツの目は赤い。先ほどまではユイと同じ色だったはずだが、おそらく、身なりが同じなため、識別のために使い分けていたのだろう。
誰のために使い分けたか? それは、すぐに悟ることになった。
「(もしや、あの無線の男……)」
あからさまに怪しい無線をかけてきた男……可能性として一番高い人物であろう。
偽物とユイが入れ替わったのも、おそらくあの後だ。戦場で、ユイが単身になったのはあの時くらいだ。誰も見ていない戦場の中、しかも単独でいたとあれば、入れ替わるにはちょうどいい。妙な異変を感じ始めたのも、あの時からだった。
「(クソッ、やっぱり離れなきゃよかったじゃねえか)」
自分の当時の判断を後悔するが、今となっては後の祭りだった。
それより、今は目の前の事である。状況は、完全に膠着していた。
「おいおい……ユイさんの目ってあんなに赤かったか……?」
「赤くねぇよ。アレは識別のためにそうしてるにすぎねんだ。今更やっても隠せないと判断したんだな」
和弥の思っていたことは、俺がついさっき思っていたことと同様だった。今までの青色の目は俺たちに対する擬態目的に過ぎないのだ。俺らは、それにまんまと騙された。
だが、その言葉の真意には、「灯台下暗し」を中々に衝撃的な形で受けたことに愕然とする心境があっただろう。普段は陽気なコイツの顔が、一気に険しいものとなっていた。中々見る事の出来ない表情だ。
「ウソでしょユイちゃん……それ、向けてるの銃口だよ……?」
そして、それは新澤さんも同様だった。いや、ある意味一番愕然としているのは彼女であろう。少なくとも、俺とどっこいなくらいには衝撃を受けているはずだ。自分がついさっきまで本物だと思って可愛がっていたロボットは、ただのそっくりな偽物だったのだ。一番信頼できる親友が殺人犯だった、というぐらいには、驚愕したに違いない。それは、未だに震えている表情そのものに出ていた。
「新澤さん、コイツはユイなんかじゃありませんよ。ただのそっくりな偽物だ」
「わ、わかってる。わかってるんだけど……」
銃を持つ手が震えていた。自分が、少なくともユイと同様の外見をする相手に銃を向けざるを得ないことが、どれほど自分にとって受け入れがたい現実なのか。その心境は推して知るべしである。
「……感の良い人間は嫌いだよ、ほんとに」
「ッ!」
沈黙を保っていた偽物が、正体がバレて初めて口を開いた。あまりに冷淡な口調だ。先ほどまでの、感情を持ったものとは思えないほど静かで、そして、暗いものだった。その一言だけで、若干の威圧感を感じた俺は、思わずつばを飲み込んだ。
「外見と性格さえ似せれば、ある程度は騙しとおせると思ったが……さすがに、簡単ではないか」
「……記憶もか?」
「一応な?」
「ハッ、人間の疑い深さを舐めてもらっちゃ困るぜ。記憶は騙せても、真実は騙せない……忘れないことだ」
「心得ておこう」
ここにきて、妙に冷静な自分に若干驚いた。あまりに衝撃的な光景の前に、人は時折一周回って冷静になることがあると噂で耳にしたことはあるが、自分は、どうやらそれに当てはまる人間らしかった。
……だが、それでも、
「……んで」
これだけは、どうしても冷静になり切れなかった。
「……ユイをどこにやった?」
「……」
「答えろ! 俺の相棒をどこにやった!!」
俺の叫声を、誰も止めようとはしなかった。本音、二人も知りたかったのだ。本物を、どこにやったのだと。
だが、偽物はまともに答えようとはしなかった。それどころか、不敵に口元に笑みを浮かべたと思うと、
「……どこにやったと思う?」
あざ笑うかのようにそう問いかけたのだ。あからさまな挑発行為であろう。こっちの冷静さを崩そうという狙いが透けて見えるが、乗っかってはならない。思わず感情的になって叫び声をあげるのは、あれで最後だ。
「さあな。わからんから聞いてるんだけどな。クイズか何かか?」
「当てたら景品やるぞ」
「断る。俺としてはそっちから申し出ることを望むんだが……」
「そんな簡単に答えると思うか?」
「……まあ、だろうな」
そこら近所の犯罪者ですらそんなバカなことはしないだろう。「逃げるな」と言って逃げるのを本当に止めるようなものだ。この問いに関する効果など、鼻から期待してはいなかった。
「答えるとも思えない質問を一々するのか。バカかな?」
「悪いな、人間には無理だと思ってもやらなきゃならん時ってのがあるんだ。アンタらロボットには理解できんだろうが」
「ああ、理解できない。非効率だからな」
「おう、まさしくロボットらしい答えだ。だがな、それでも俺は聞きてんだ。……ヒントでもいいから教えてくれると有り難いんだがな」
「あんな推理するような奴に教えると思うか?」
「お前の良心に期待したんだがな」
「なら良心に従って答えよう。……無理」
「そうか、残念だ」
ここでいう良心は、「殺されたくなければ」とかそういう意味でなのだろう。ただでは殺されない様配慮したつもりなのだろうが、これがほんとの「余計なお世話」というやつだ。
軽いジョークが好きなのか、挑発的な言動からは妙にノリの良さを感じた。こちらから少し出た冗談にも即行で乗ってくるあたり、たぶん好きなのだろう。有り難いことだ。これで、“時間稼ぎ”ができる。
……だが、向こうのこうしたのらりくらりと答える対応に、若干ながらキレ始めた人が左にいた。
「さっきからへらへら口走って……一体何を考えてるのよ……ッ!」
愕然としていた状態から一変。今度は怒り心頭になり始め、その口調は露骨なまでに威圧感があった。マズイ、自身も良く接していた相手が偽物とすり替えられたことに、興奮状態になってきている。
しかも、相手がそれに対し何も言わず口を吊り上げて嘲笑うかのような笑みを浮かべた。それは、新澤さんを激高させるのには十分すぎた。
「何よその顔……ユイちゃんの顔でそんな顔すんじゃないわよ! 撃つわよアンタ!?」
「新澤さんッ」
すぐに口で制止を促した。興奮してはいけない。さっき叫んだ俺が言えた言葉ではないが、何度も同じ状況にするのは得策ではなかった。新澤さんの場合、野放しにしてるとそのままエスカレートする危険性もあった。
俺の真意を察した新澤さんは何とか思いとどまったものの、それでも挑発は続いた。
「滑稽だったぞ? 偽物とも知らずに満面の笑みで可愛がる貴様の姿はな? しかも、ロボット相手にだ」
「なんですって……ッ」
自分が弄ばれたことにもう怒りが有頂天に達している。ヤバい、このままじゃ殴りかかるか、もしくは銃乱射を始めてもおかしくない。その様子に焦った和弥は機転を利かせた。
「あ、あぁー、じゃあ、質問を変えよう。……目的はなんだ?」
「目的?」
「そ、そうだ、目的だ。別にアンタがユイさんをどこにやったかはどうでもいい。とりあえず……目的を聞かせてくれ。ちょっとぐらいならいいだろう?」
ナイスだ。会話の論点を別の質問にすり替えることによって、話題の転換を図ったのだ。「どうでもいいって何よ……」と隣でブツブツいっている新澤さんを宥めつつ、和弥の機転に乗っかった。
「まあ、そうだな。アンタがユイをどこにやったかいいたくないならそれでもいい。だが目的ぐらいは話してくれてもいいだろ。いい宣伝活動にもなるぞ?」
「ここで広報しても意味ないと思うがな」
「まあそういうな。……少なくとも、アンタは俺らを騙したんだ。つまり、アンタの考えている目的の当事者だ。聞く権利はあるはずだ」
「妙な屁理屈だな。……まあいい」
よし、乗った。何かわかるかもしれない。この目的の部分から、ユイの所在に繋がる何かが効ければ御の字だ。奴は口を開いた。
「とはいえ……別に目的らしい目的はない。しいて言うなら、命令に従ってるだけだ」
「命令? 誰にだ」
「お前も聞いただろう。……無線の男だ」
「ッ!」
やっぱりか。ユイがハッキングを受ける前後、無線に突然割り込んでは、俺にだけ問いかけた男。結局、あの男は誰なのか、本部に事情を説明し、調査してもわからなかった。割り込んだ事実はあれど、無線電波がうまい事細工されており、逆探知もうまくできなかったのだ。あまりに巧妙な手口だった。
あの男の命令……ということは、さしずめ“マスター”といったところか。コイツを作ったのもそのマスターなのかはわからないが、少なくとも、そこら近所のテロリストがマスターであるわけではないはずだ。もっと大きな存在がいるだろう。
「(だが……誰の事やらさっぱりだな)」
見当もつかない。考えあぐねている中、向こうは続けた。
「私は彼の命令に従っているに過ぎない。仮に目的を聞きたいなら、彼に聞くことだな」
「ほー、そうか。んで、その彼っつーのは誰なんだ? ネットに動画上げてたロシアンな男か? それともそれレベルの幹部か?」
「まさかのそこら近所にいる下っ端のオッサンの可能性」
「微粒子レベルでもない」
いつもの調子を徐々に取り戻し始めた和弥が、なぜか横からジョークを挟んだ。なんでオッサンなんだよ。しかもそこら近所とか。おまけに相手受けてないというオチがついた。
「……前々から思っていたが、それ、笑えんぞ」
「知ってる。自己満でやってるんでね俺ら」
「そそ。映画の見過ぎでね」
「何の映画見たらそうなるんだか……」
初めて呆れた表情をする偽物。こうして徐々に俺たちのペースに持って行かれていることに、向こうは気づいているかはわからない。だが、この調子だ。会話のペースを、向こうではなくこっちに持って行く。一見ふざけたこの応対も、会話の主導権を得るためなのだ。
「とにかく、私はそんな奴らの元に立ったつもりはない。……彼は偉大だ。そんな操り人形の元に立つことはないだろう」
「ほう? じゃあなんだ、神様にでも仕えたのか」
「なるほど、こやつは使徒だったのか」
「なんかでっかい怪物が襲来しそうだな」
尤も、それは2015年の話で、今は2030年代だが。
「使徒ね……まあ、あながち間違いではないか」
「お、当たったぜ」
「ふむ……して、その偉大な彼は一体何をしたがってるんだ? 革命ごっこにでも興じてるのか?」
これはほんの冗談のつもりだったのだが、
「ごっこではない。本気だ」
「何?」
これも、当たっていたらしい。革命ごっこを本気になってやるというのは、やはりあのNEWCの目的と合致しているようにも見えるが……それとは違うという事か。
「彼は世界の支配者を変えようとしている。そのために、“改新”が必要だともいった」
「支配者を変える改新だと?」
妙に人類が過去に言ってそうな事を言っている。支配者を変える、というのは、大体欧州あたりであった市民の起こした各種革命運動で絶対に市民が言ってそうだ。「支配者を変える」「市民に人権を」……大体、ここら辺で同じことを言っては、本当に革命が成功し、民主政治が普及し始めた。
だが、今はその民主政治がある程度普及した世界である。今になって、「支配者」を変えるという意味が分からなかった。また国民の主権を国のトップに戻すとでも言いたいのだろうか。
「誰に変えるんだ。まさか、国の指導者とでも言いたいのか」
「指導者……? あぁ、なるほど。貴様は若干勘違いをしている」
「なんだと? どういうことだ」
勘違い? その意味を、俺だけではなく二人も理解できなかった。
「私の言っている支配者というのは、政治体制もそうだが……そもそも、もっと大きなものだ」
「大きなもの?」
「そうだ。……そもそも、人間が支配する世界そのものを、変える」
「ッ!」
……まさか? 一瞬、悪い予感がした。だが、「人間が支配する世界」を変えるのだという言葉が、ロボットから出たという事は……。同時に、昔からよくある映画であった、あのフレーズを思い出していた。
「……まさか」
俺は、それを要約した言葉を口にした。
「……“ロボットが支配する”とでもいいたいのか?」
「話が分かる奴で助かるよ。それだけならよかったんだがな」
厭味ったらしいことを言うやつだ。だが、コイツの言った言葉は、若干の既視感がある。前にも、似たようなことを、あの無線の男が言っていた。
“我々は新しい時代に突入した。科学の進歩を享受し、それに合わせた新時代なのだ”
奴の言う新時代……もしそれが、ロボットが支配する時代のことなのだとしたら、話は合致する。今まで、SF映画などで何度となく出てきた、あくまで“フィクション”の話であった。その後、ロボットが普及するにつれ「フィクションが現実になる」と言った危惧の声はあれど、結局今の今までそんなに大それたことにはならずに今まで来た。
……それを、
「(……人間自らが、意図的に引き起こそうっていうのか?)」
フィクションを、フィクションであったような“事故”ではなく、“故意”に起こす。その発想はさすがになかった。自分から技術の罠にはまりに行くような、そんなアホみたいな愚行をする奴はさすがにいないだろう。そんな思考は楽観的なものであったと、たった今悟ることとなった。
「彼は言った。ロボットは人間を超えた、と。それは即ち、ロボットが人間の手を離れる時でもある、と。人間は既に機械に支配されたも同然だ。機械は、時代を経るたびに人間からどんどんと離れた存在になる。ロボットはその典型ともいえる例だ。……いつまでもロボットの身を人間の道具という現実が縛っている現状を、彼は憂いていた」
「人間より高い存在になった機械が、人間の道具でしかない現状を変えようと?」
「まあ、端的に言えばそういうことだ。能力のあるモノは、そうでないものを導くべきだと彼は考えている。そうだろう? 今の民主主義政治だって、政治に詳しいものが詳しくないものを導くシステムになっている。表向きではあれど、力や能力のあるモノが他者を導く、それ自体を変えるつもりはないのだよ」
得意げに語っているが、他方、俺等は呆れてモノが言えなかった。民主主義政治では、その政治に詳しい奴は詳しくない国民から選挙によって信任を受けることで政治家になることができる。中には詳しい国民もいる。だから政治に関する専門家がいるのだ。他方、政治家と言えど、分野によってはど素人同然の知識を暴露しては、国民やマスコミからぶっ叩かれることもしばしばだ。
こいつの言ってることが正しければ、まさしく日本が陥いっている学歴社会をもっと強化せねばならなくなる。東大法学部の出身者が全員法務省にでも行けばいいのか? そんなバカな話があるわけがない。
「……お前、もしかして民主主義って知らないべ? 能力ある奴が人殺しまくると思うか?」
「分別はしてるつもりだ。必要な時は殺す。そうでない奴は殺さない。少なくとも、私はそういう考えだし、これを変えるつもりはない。効率重視だからな」
「効率重視で人殺しねぇ……ある意味、アメリカの戦争方法に通ずるものがあるわ」
効率重視で、低コスト高効率の戦闘を望むのはアメリカのやり方だ。基本今の時代どこの国もそうではあるが、アメリカは特にその傾向が強かった。人命を含むコストを特に最小限に。そして、敵を徹底的に潰す高効率な戦闘方法を望むアメリカのやり方は、しばしば戦争に対するやり方に関して失敗をすることがある。イラク戦争がいい例であった。
コイツの言っている効率重視の人殺しも、若干だがそれに何か通ずるものを感じた。必要なら殺す。それも、お手軽な方法で。……そう考えると、俺等ってその効率で考えて“必要だから殺す”と判断されたのか。どれだけ邪魔だったのやら。
「でもさ、お前の言ってる話って妙に民主主義の根本部分からずれるんだが、もしかして民主主義の中身知らないべ?」
「しってるから言ってるんだが」
「おいおい、今の人間社会じゃ“知ったか”ってめっちゃ叩かれるぞ。ネットで一言でも呟いてみ? ネット住民から誹謗中傷交じりの総叩きに会って精神的に死ぬよ」
「精神がないロボットによくそれを言おうと思ったな」
「ハハハ、すまんな。うちの相方が相方なもんでな」
考えてみれば間違ってはいない。ユイは機械だ。厳密には精神なるものは入っていないのだろう。……だが、あれで精神はありませんという話が通用するのか疑問しかない。
「相方か……彼が、彼女に魅力を感じたのはそこなのだろうな」
「何?」
「まあいいさ。人間は脆い。ゆえに、人類は機械に依存せざるを得ない。技術的に、人類は機械に間接的に支配されているも同然なのだ。この事実は、新しい時代が始まったことの何よりの証拠だ。お前も、その機械を相方としている時点で、依存度は高いのだろうな」
機械に対する依存……なるほど、彼とやらが狙っているのは、そこなのかもしれない。
確かに、人類は機械に依存することは多い。今俺らが身に着けている装備も、道具であると同時に、半分くらいは機械だ。持っている銃、無線機、HMD……それらは、すべて機械。それらがなければ、やれることは限られてくる。そういう意味で、人間は機械に支配されている……という、理屈なのだろう。
……なるほど。コイツが言う割には中々に鋭い所をついてくる。そして、俺は機械の中でも、特に自分の良しで動く機械であるユイを相方にしている事実は、機械に対する依存度の高さを物語っている証拠だと。
……だが、
「……光栄だな」
「……は?」
俺は、それを悪い事とは思わなかった。正確には、“依存”とは考えなかった。
「俺が、それだけアイツに頼っていることは事実だ。だがな、それが一々悪い事だとは思わん」
「なぜだ? 依存が高いことは、自分の弱さの証明でもあるのだぞ」
「そこだよ」
「なに?」
「お前は根本的に勘違いをしている。俺ら人間は、確かに道具や機械を頼ってきた。それは間違いないし、否定するつもりはない。そしてそういう意味では、俺はよくアイツを頼っている」
「……それを悪いことだと思わん理由がわからん」
この表情、本当に疑問に思うような顔だ。ロボットにはそう見えるのだろう。だが、これは人間の視点だ。押し付けはしないが、教えておいて損はない。
「俺らがやってるのは、依存じゃない。“共存共栄”だ。お互いがお互いを補完する。弱点をカバーしては、長所を高め合う。そうして今まで人間は生きてきた。そして、それに比例して、機械も進化した。違うか?」
「機械が今まで進化したのは、人間のおかげだとでも言いたげだな」
「機械が進化したのは自分の意志だと言いたげだな。でもな。アンタみたいな人工知能を元にした自由意志を持った機械がそうならまだしもな、世の中の機械はあんたみたいな奴ばっかじゃない。俺らは機械を頼らざるを得ないし、力を借りるだろう。だからこそ、元はといえば人間のためとはいえ、機械を進化させてきた。違うか? 機械が自分の意志で進化した事実は一体どこから持ってきた?」
俺は間違ったことは言ったつもりはなかった。機械に自由意志はない。AIが機械を進化させたわけでも、既存の機械類が自分勝手に自分を改造したりしたわけでもない。結局は道具であり、機械だ。むしろ、AIはそこら辺の既存の常識を覆す存在になりかねないからこそ、SF等でネタにされるのだ。
……そして、
「……俺とユイがやってるのはそれだ。お互いの弱点はお互いが知ってる。長所も知ってる。その上で、俺が一方的にアイツに頼る関係にしてるわけじゃない」
「……そこで、共存共栄だと?」
「そういうことだ。アンタには理解できないだろうがな、少なくとも俺個人は、機械だろうが戦場で背中を預けるならそれくらいの関係でないとまともにやっていけないと考えている。相手は自由意志を持った存在だ。なら、一方的に頼る関係ではなく、お互いがお互いを頼る関係になる必要がある。だからこそ、俺は今までアイツに背中を預けてこれたし、今さっきまではお前に背中を預けてた」
これは、たとえ自由意志がなくても同じことが言えるっちゃあいえるのだ。例えば、手に持っている銃だ。これがちゃんと「弾を撃ってくれる」と信じなければ、そもそもこうして銃口を向けることはできない。銃を信じているからこそ、こうして相手に銃口を向けて、引き金に指をかける事が出来るのだ。
そうした関係は、既に機械と人間の中にある。これの関係を崩すことが、互いにっての利益になると考えているならば、そらとんだ勘違いというものだ。
「飛行機とパイロットの関係で考えてみろ。あれは飛行機が適切な情報を提供するという協力と、パイロットがそれに基づいて適切な操縦と判断をするという協力が合致するからちゃんと飛んでるんだろうが。それが崩れた瞬間、飛行機は落ちる。それは今までの事故記録を見ればわかるぞ」
「会社によって機械と人間の力の差があるがな」
「ボーイングとエアバスの話かな? だが、基本は変わらん。人間は機械という道具に依存して生きてきた。ロボットも同様だ。俺らはよくロボットに頼ることが多いだろう。でもな、それのみをもって一方的関係と断じるのは早計だ。人間が機械に対してどれだけの負担をしたかぐらいはご理解いただかなければ、あんたの言葉に同意することはできんな」
何が人間からの解放だ。まるでロボットや機械が人間からの被害者みたいな口ぶりだ。人間の世界じゃそれを被害妄想というが、どうやら人間にも若干勘違いをした被害妄想を引き起こす奴がいるらしい。それも、「ロボットの味方」と信じて疑わない一種の“独善”染みた奴だ。
コイツのいう偉大な彼とやら……
「(……弱者の味方になった気になってるただの“バカ”だな)」
昔のアメリカか何かかよ。思わずそんなツッコミを心の中でするが、言いたい放題言った俺の言葉に、奴はため息をついていた。
「呆れたものだな……まるで人間も機械に貢献してるかのような口調だ」
「お互いがお互いに貢献してるんだよ、その要素がないわけでもない。事実、俺とユイがやっているのも、それと同じようなものだ」
「本気で言ってるのか?」
「嘘だと思うなら本人に確認取ってみ? “お前あんなにこき使われて辛くないか?”ってな。たぶん一発でぶん殴られる」
そしてどんな暴言が飛び出すか楽しみである。いや、暴言よりは、皮肉が飛び出すんだろうか。
「本人ねぇ……」
「おう、本人だ。すり替わったお前自身なら、居場所ぐらいはどうせわか―――」
だが、その言葉を遮る様に、
「……その本人、今どうなっていることやらな」
「なッ」
意味深な発言を聞いてしまった。「どうなっている」だと? まさか……
「お、お前、まさかユイさんに何かしたんじゃねえだろうな!?」
和弥が思わず叫んだ。だが、奴は答えない。不気味に笑ってやり過ごすだけだった。その様子に、俺等は大きな悪い予感を抱かざるを得なかった。
「(あ、アイツ……ユイに何を……ッ!)」
何かしかけたのか? そんな懸念は知らんとばかりに、奴はそのまま続けた。
「……ふぅ、私も少し話しすぎたかな……もう少し時間を稼いで情報を集めたかったが、まあいい。何れにせよ、すでに時は満ちた」
「満ちた?」
何の時だ? 何か時間をかけて行う目的があったのか? しかし、当然話してくれるわけもない。
「我々は最強の武器を手に入れた。もうすでに、貴様らは手遅れだ」
「武器だと?」
「そうだ。今の人類共には抗うことのできない、最強の武器だ」
「ほう? で、何を手に入れたんだ? オーディンが使ってたグングニルか? それとも草薙の剣でも盗んできたか?」
そりゃあ伝説上の武器でしょ、と左隣からツッコミが入る。知ってる、と心の中で返したが、向こうは不敵に笑うだけだった。ほんとにコイツ冗談が好きだな。
「フフ……そんなファンタジーなものではない。まあ、だが、しいて言うなら、“ブリューナク”かな?」
「ブリューナク?」
「そうだ。だが、我々が手にしたものはもっと現実的で、かつ最高のものだ」
「……?」
意味がわからん。話の流れ的には、ブリューナクというものがある種のファンタジーに出てくる武器化何かになるのだろうが、詳しいことは後で和弥に聞くほかはあるまい。だが、コイツの言う最強の武器とは一体……。
「(……よほどヤバい奴なのだろうが、どれのことを言ってるのやら……)」
核兵器や化学兵器など、候補がないわけではないが、そこら辺はあまりにも在り来たりな発想だ。わざわざこう暈すあたり、もう少し他の意外性のある奴なのだろう。
もう少し事の中身を問いただしかったが、そろそろ“時間”だ。何ともタイミングが悪いが、一先ずこれらだけでも十分な情報である。ユイの場所はついに問いただすことはできなかったが、現状の情報から精査して、何か判明するのにかけるしかない。
「……祥樹」
「あぁ、分かってる」
和弥に催促され、おもむろに無線に手をかける。しっかり音声が発信されているか確認し、同時に、HMDで友軍ビーコンにも何も反応がないことを確認すると、奴もそろそろ時間が来たのだろう。話を切り上げ始めた。
「もうそろそろいいだろう。貴様らは生かしておく方針だったが、バレてしまっては仕方がない……」
「なんだ、消すのか?」
「そうだ、この世からな」
物理的に口封じするつもりか。確かに、俺等に聞かれたのなら、そうするのも無理はないだろう。
……だが、
「……あのさ、殺す前に一つ聞いていいか? 冥土の土産に持ってくからよ」
「なんだ? 言ってみろ」
コイツは、“もう一つの空からの存在”を忘れていた。
「お前、能力がある奴が他の奴等支配するべきだってったやん?」
「ああ」
「ほんで、それはロボットで、今後はロボットが支配するべきだって主張なのはわかった。んでもさ、其れ、お前も入ってんの?」
「そりゃそうだ。ロボットだからな」
「そうか……でもさ」
「ん?」
「お前、たぶんリーダー向いてないと思う」
「ふん、何を言うかと思えば、ただの嫌味か?」
「いやいや、そうじゃなくて……」
次の瞬間、
バタバタバタバタ......
「―――ッ?」
「だってさ、お前、今の今まで―――」
「―――“ヘリ”の存在に気づかないんだもの。簡単にこっちのペースに乗っかるとか案外アホの娘なんか?」
右側にあった窓がない壁のスペースから、ローターが空気を切る音が聞こえてきた。と思うと、そのローターが引き起こすダウンウォッシュを壁の窓枠スペースから押し込みつつ、上からぬっと顔を出したのは、
「到着だぜ、ナイスタイミングだ!」
第一ヘリ団の『UH-60JA“ブラックホーク”』だった。そして、機首に向かって右側のドアが解放されており、そこからは、旧式の89式を構えた、三咲さんだった。
『―――撃ちます! 伏せて!』
次の瞬間には、
「全員伏せろ!!」
俺はそう叫び、床に伏せていた。
同時に、三咲さんがフルオートで射撃を開始したのである…………