Unknown
―――当たり前だが、羽鳥さんの行っていた件の話はメンバーらには言えるわけはなかった。
とりあえず、先ほどの呼び出しは適当に「飯が若干足りねえから任務中は乾パンで過ごすことになった」という理由をつけておいた。実際、渡される戦闘糧食は乾パンなので問題はない。二澤さんもそこいら辺合わせてくれたおかげで、何ら怪しまれることはなかった。それどころか、「乾パンで一週間耐えろとか、上の連中はよほど乾パンが大好きらしいな」と、和弥の皮肉が飛び出すくらいだ。
しかし、顔には出さないものの、俺と二澤さんの内心は複雑だ。俺の目の前にいる面子の中に、同調者がいると思うと、もうどれもそうにしか見えなくなる。
和弥だってあの情報量だから一番同調されては困る奴だし、新澤さんはその経験から一番疑われにくいし、ユイなんてもう悪夢か何かだ。絶対手に負えない。
人間とはめんどくさい生き物である……どれもそうに見えてくると、どうあがいても警戒してくるのだ。
「……大丈夫だろうな、こんなんで……」
「ん? 何がだ?」
「んにゃ、別に」
俺はどうしても言葉に出てしまう不安を誤魔化すのに必死だ。二澤さんもそんな感じだろう。若干、冷や汗をかいているように見える。それだけ、不安なのだ。
羽鳥さんの命によれば、この任務でまず自分らの班にそれっぽいのがいないか主観でいいから確かめろということであったが……。
「(……頼むから出てくるなよ……?)」
俺はそう思わずにはいられなかった。
[AM09:42 東京都中央区深部 京橋地区外縁部]
そんな中迎えた浸透偵察任務だが、あくまで情報収集のため、武装自体はいつも通り軽いものだ。ただし、ユイの背中には若干大きめのバックがある。中に入っているものは、任務中に使い各種道具と、全員分の“飯”である。
飯といっても大層なものではない。先ほども言った通り、各種類の味が付いた乾パンのみである。
1週間の期間ずっとほぼ固定のエリアで情報を集めることになるが、その分のちゃんとした飯を持って行くってなると荷物が多くなりかさばってしまう。そのため、戦闘糧食とか言いながら、実態はただの乾パンという結果となった。
代わりに、近所にコンビニ等があるので、そこで現地調達はしていいということになった。無賃購入になるが、会社に頼んで許可をもらったらしい。尤も、敵に荒らされていたり、地震で崩れていたら意味はないのだが。
「……んで、お前はなんでさっそく乾パン食ってるんだよ」
「腹減ったからに決まってるじゃんか。それがどうした?」
「どうしたじゃないわ。食い始めんの早すぎやろがい」
貴重な乾パンを早速食べ始めるコイツの大胆さは正直羨ましくすらある。というか、まだ目的地にすら到達してないのに何勝手に食ってるんだ。移動中だというのに。
「いいか? 世の中には腹が減って戦はできぬってありがたいお言葉を考えた先人がいてだな」
「その先人だってこんな時に食えとは言った覚えないだろ」
「英語で言うと"An army marches on its stomach."ですね」
「『軍隊の進軍は腹次第』って言いたいんだろうが、進軍中に飯食えとは言ってねえぞ」
進軍中、というより、浸透中なのだろうが。
……うちのメンバーのフリーダムさにむしろ安心するとともに、その足をさらに深部へと進めた。羽鳥さんに言われた通り、適当に言い訳して少し回り道をしながらの移動となった。しかし、幾らなんでも「そういう気分だから」という理由で俺が回り道することに納得した、うちのメンバーの警戒心の低さに少し不安を覚えたりすることになったが。それほど信頼されてる証拠なのか、それとも、単に丸投げなだけなのか……。
目的地は、すぐ近くにある首都高副都心環状線の宝町ICのすぐ東部側の建物である。そこら辺で、若干人流が盛んになり抱えているという情報がUAV経由で入っていたのだ。
この浸透任務を通じて、その様子を調べるとともに、ここ周辺の地形状況を把握する任を負うこととなった。
「よーし、宝町ICだ……」
昭和通りを横切り、無事宝島ICまでたどり着いた。ここから先に向かうためには、副都心環状線の上を跨ぐ大きな橋を渡るのだが……。
「……ありゃ、ひび割れてやがる」
度重なる地震によるものだろう。路面にはいくつものヒビが入っていた。この大きさでは、あと何回かしたらおそらく崩れてしまうだろう。当然、軍が使っている各種重量車両も通れるわけもない。
……というより、正直こんなところを通りたくもない。
「どうする? 下通ってくか? 橋の下の状況を確認しておく必要もある」
「だな。念には念をだ。一旦インターチェンジから環状線に下りよう」
都合のいいタイミングで地震が起きないとも限らない。南側のインターチェンジから副都心環状線に下り、そこから中央分離帯を越えて、また東側にあるインターチェンジに入っていくことにした。
幸い中央分離帯はそんなに高いものではない。というか、地震によって幾つかは崩れて壊れていた。根元のコンクリート部が路面に露出する形だ。ついでなので、そこから悠々と超えることとした。
「急げ、向こうに見られたらたまらんからな。早いとこ渡って―――」
……が、その時である。
「―――ッ!? 揺れたぞ!」
ゴゴゴ、と大地が鳴らした騒音は、都市部のビル群に跳ね返って不気味な共鳴を起こした。その音は、m違いなく、地震によるものだった。
「クソッ、渡らなくて正解だったぜ。早くしゃがめ! 路面なら問題ない!」
すぐに俺ら4人はその場にしゃがんだ。コンクリートの地面が俺たちを前後左右いろんな方向に揺らすのを体感しつつ、何度目かもう数えるのも億劫になった余震が早く収まるのを“懇願”した。
何度も余震を経験したため、さすがにだいぶ慣れてきたとはいえ、当然気持ちいいものではない。副都心環状線の東西にある建物群は不気味な音を立てながら前後に揺れていた。元からそうなる様に設計されているとはいえ、下から見上げる形になるとあまりにも大きな恐怖感を演出させる。
「(震度5ぐらいか? まだこんな地震が起きなきゃならんのか―――)」
だが、結局は余震だ。しばらくすればすぐに収まるだろう……そう楽観していた時であった。
ガキンッ
「……え?」
北側のほうから、何か金属的な破砕音が聞こえた。その刹那、
「―――ッ! おい! 橋折れてるぞ!」
和弥が叫んだ。すぐ目の前にあった、俺たちがついさっき見た路面がひび割れていた橋が、下の方に「く」の字に折れ曲がっていた。さっき見たときは、あそこまで露骨に折れてはいなかったはずである。しかも、その折れた部分からはコンクリートの崩れた部分の細かい破片や埃のようなものまで墜ちてきていた。
……まさか?
「(……おいおい、冗談はよせ!)」
だが、それは冗談ではなかった。数秒した後だった。
ガキィッ ガガァンッ
「く」の字に折れた部分から、完全に真っ二つに割れて崩れた。すぐ下にあった副都心環状線の路面にその割れ目が完全に落ちると、凄まじい落下音と衝撃波をほぼ同時に受け、元からしゃがんでいた身が大きく前後に揺らされた。
「危ないッ!」
その声が聞こえたのは、その衝撃波がきたあと1秒と経たない時だった。埃や破片から顔を守るために顔面を腕で覆っていたが、チラッとみると、一瞬だけ少し大きめの破片が飛んできたのが見えた。瞬時に判断した分には頭部の半分くらいの大きさだ。
そして、その数瞬後には今度はユイが体を間に入れ、破片を右肩に受けた。そのまま前のめりに倒れ、受けた破片は上方向に進路変更し、そのまま放物線を描いて、慌てて頭を伏せた新澤さんの頭部を通過し、路面に落ちた。
……数秒と経たないうちの出来事だった。いつの間にか地震もほぼ収まりかけていたが、目の前にあった橋は完全にただの鉄筋コンクリート製の瓦礫と化した。先ほどまであったひび割れ状態の面影などは、どこにも存在しなかった。
「……あっぶねぇ~」
和弥が橋を見てそう呟く横で、
「ユイ! 大丈夫か?」
すぐに俺はユイの方を揺らした。幸い大きなけがらしい怪我はなさそうであった。証拠に、
「ひいぃ……。どうせ名誉の負傷を貰うなら銃弾でほしいですよ、破片じゃなくて」
いきなりなにってだコイツ。そう俺にツッコませるジョークを放った。いや、ほんとにお前はこんな時に何を言っているのか。
「頑丈でよかったぁ……危うく駆動部死ぬところだった」
「破片で壁になるとか二度目だなお前……色々と命かけすぎだろう……」
「相方が死ぬのを見ろと?」
「そうは言わんけどな……」
命張らなかったら俺がたぶん死ぬか最低重症だが、張ったら張ったでこいつもただじゃ済まないというジレンマ。そもそも、ここに立たなかったらよかったのだろうが、後の祭りというやつである。
「ギリギリ防弾チョッキがない部分に当たったのね……。右肩の戦闘服は削れてるけど、肩は大丈夫そうだし……まあ、ユイちゃんぐらいの装甲だったら普通に耐えそうだからいいけど」
「はぁ……俺は何回コイツに助けられりゃあいいんだか」
借りを返す回数が増える……なんていう表向きの理由もあれば、あまり頼りすぎるのも困りものであるという、自戒の理由もある。
一先ずユイはなんともなかったので、そのまま目的地へと向かった。インターチェンジの道路は無事だったので、さっさと上がって元の道路へと入る。
左手を見ると、先ほどまで橋がかかっていた部分に、大きな穴が開いていた。……穴、というか、完全に橋が洪水か何かで流された後の様であった。
念のためそこから下を見たものの……視界に入ったのは、橋とは大よそ呼べないもので、ただの崩れたコンクリート部分としか言いようがないものであった。道路で会った時の白線や中央分離帯に使われていた草地などはあるのだが、大きくひび割れまくっており、土もあたりに散乱していた。元の面影はあまりない。
「……とりあえず、向こうにはこの橋は行き止まりって伝えないとな」
和弥のその言葉に同意した。
「だな。……まったく、渡らんでよかったぜ」
「ほんとだよ。俺が下を通るって言ってなかったらたぶん死んでたぜ俺ら。感謝しなよ?」
「それに同意した俺にも感謝の言葉がほしいな。決定したの俺だぞ」
「……ち、ダメだったか」
「なにが「ち」だか……」
そんな冗談を言い合ったのち、すぐ近くにあった目的地へと向かう。まずは情報収集のための拠点を置かねばならない。これから1週間は、そこで寝泊まりするのだ。
「……よし、ここでいいだろ」
副都心環状線のすぐ東側にある建物群のうち一つを選んだ。5階建ての少し小さ目の賃貸ビルのようだが、今では部屋が結構空いていて、しかも、目の前にある一車線道路は、事前に貰った情報ではあまり敵にも使われていないらしく、仮設の拠点を置くのにぴったりの場所であった。ここから、周辺地域に出向いて情報収集を行うのだ。
とりあえず、敵が来ても時間を稼げるように最上階の5階を選んだ。ここにくるためにはこの建物の階段を使うしかないため、戦闘時にうまい事有利に動かせるからだ。
仮拠点として選んだ部屋の中は閑散とした雰囲気があった。白い壁にはあまり装飾品はなく、若干剥がれた部分すらある。よほど長い期間使われていなかったのだろう。場所が場所なため光が届きにくく、日中にもかかわらず若干暗い。電気も当然通らないため、夜になったらおそらく結構な暗さとなるだろう。ただでさえ今日は曇り空なので、月明かりも頼れそうにない。
「こりゃライト必須だな……ユイ、ライトと電池持ってきてたか?」
「一応ありますけど、もし壊れたり使えなかったりしたら予備分をどっかから調達しないといけないかもしれませんよ?」
「近くにコンビニあったはずだから、そこから拝借するか……」
「でもよ、ライト一本の明かりで寝泊まりするってなんか修学旅行みたいだな。そう思わね?」
「おいおい……」
修学旅行でこんな物騒なとこには来ねえよ。そんなツッコミをしようと思ったら、新澤さんがまったく同じことを言ってたしなめていた。考える事同じかよ貴女。
「とりあえず、カバンの中のやつここに置いといて……んじゃ、早速飯調達してくる」
「え? 早くね? まだ俺腹減ってねえぞ?」
「そりゃあお前さっきまで乾パン食ってたからだろうが。昼食の時に行くってわけにもいかねえし、飯のたびに乾パンばっかってのもやだからな。今のうちに持ってこれる分大量にもってくるんだよ」
近くにコンビニがあったはずなので、そこで飯を調達し、さっさと帰ってくることにした。新澤さんと和弥には、ここで任務で使う道具を整理してもらうように頼み、俺とユイは飯をさっさと調達するために、また拠点となる建物を後にした。
コンビニまではそう距離は遠くない。直線距離で数百メートルのところに、ちょうど一店のコンビニがある。そこで、今後の飯をできる限り調達することにした。
運のいいことに、ここまで敵に見つからないどころか、そもそもいない状況で到達することができた。しかも……。
「……ラッキー。手つかずだぜ」
『FriendlyMart』と書かれた看板の下にあるガラスから、店内の様子が見て取れたが、ありがたいことに、中が敵の手によって荒らされた形跡はない。とはいえ、地震のせいで結構崩れるものは崩れており、硬いビンでできていたワイン類などは棚から落ちて中身を周囲にまき散らし、ワイン特有のアルコールのにおいを店内に振りまいていた。
「今更ながらに思ったんだけどよ、テロが起きてから今日で20日も経つが、これ、ちゃんと食えるんだよな……?」
普通の菓子類などならまだしも、指定の温度で管理されていない飲み物などは、下手すればそのまま腐ってしまう場合も考えられるだろうが……その飲み物類も、地震のせいか棚から落ちて散乱している。一先ず、飲料として使えそうなのは割れてないペットボトル飲料ぐらいか。ジュース類は賞味期限一か月ぐらい過ぎても問題なく飲めるが、今回は非常時に備え長期間保存ができるミネラルウォーターを持って行くことにしよう。ちょうど数もそこそこあるので、それらをバックに詰めるだけ詰める。
後は、賞味期限がまだ過ぎておらず、現行の保存状態でも何とか鮮度を保っているであろう菓子類やパン類などを拝借。任務中に腹が痛くなっては困るので、ここら辺はしっかり篩に掛けた。
1週間分持つかはわからないが、できる限り詰め込んだところで、さっさとコンビニを後にすることにした。
「よし、後はさっさと帰るだけだ。敵に見つからない様に慎重に―――」
その時である。
「―――っとぉ、ちょっと待て。今誰かいたぞ」
コンビニを出ようとし時、すぐ近くの細い路地に誰かの人影を見かけた。味方がこの近くで行動するという予定は聞いていない。この周辺で行動するのは俺らだけだ。敵か?
「……無用な戦闘は避けるべきだな。他の路地を使おう」
使おうとしていた路地とは別の路地を使い、さらに少し回り道をすることにした。網目状に入り乱れた区域内を左右に渡り、徐々に拠点へと近づいていく。道が小さいため周りにある建物であたりは暗くなっていた。上を見上げると灰色の曇り空。静けさもあってか、若干の不気味さを感じざるを得ない。
少し広めの通りに出ようと、曲がり角を右に曲がった。そこを出れば、あとはその道路渡ってさっさと拠点にたどり着ける。
「よし、ユイはここで待ってろ。一旦周辺を警戒するか合図で―――」
……が、またしても、
「―――うぉ、またッ」
また人影である。しかも、今回の場合はこっちと視線が合ってしまった。距離は20mと離れていない。
「クソッ!」
そう叫んだと思うと、
「ひぇえ!? 撃ちやがった!」
いきなり銃撃を加えてきた。すぐに近くにあった物陰に隠れるが、銃声が近くなってきた。おそらく打ちながら近づいてきているのだろう。
あまり戦闘はしたくなかったのだが、しょうがない。
「(クソッ、悪く思うなよ!)」
手元から護身用に持ってきた閃光手榴弾を投げ、すぐに両耳を塞ぎ目を閉じた。同時に警告のために「グレネード!」と無線を通じてユイに伝える。
もちろん相手もその手榴弾の存在に気づくが、今更注意しても間に合わない。手榴弾の爆発によって発せられた強烈な光を音を間近で浴びた敵は、その場で耳をやられ、視力も一時的に失った。護身のためか周辺に銃を乱射するなか、その隙間を縫って俺はハンドガンで敵の足元を撃ち、瞬時に近づいて首を腕で巻き上げ、そのまま折った。
「ボキッ」という音が発せられると、その人は糸が切れた人形のように抵抗する力を失った。そのまま動かなくなることを確認すると、腕をほどいてそのままその体を床に降ろす。
「危なかった……危うく出合い頭に死ぬところだ」
「大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな……」
バックを背負ってやってきたユイの問いにそう息切れ気味に返すと、俺はたった今殺してしまったその相手の方を見る。撃ってきたのは向こうからだったからお相子ではあるのだが、あまりこんな形で人を殺めるのは気分のいいものではない。……気分のいい人の殺し方なんてそんなにないので当たり前だが。
……だが、俺はその人を見て、ある違和感に気づいた。
「……しかし、なんだぁ、この装備の豪華さは? 随分なものをお持ちじゃねえか」
その人は、身に着けている装備が結構豪華な者であった。
まず目についたのは防弾チョッキだ。都市迷彩特有のブルー系のカラーと迷彩パターンだが、この構造には見覚えがある。
「これは……MBAVか? なんでこんなのを持ってるんだ?」
MBAV。アメリカ特殊部隊が使って居る防弾チョッキで、特殊部隊の任務に対応できるよう、軽量化が図られている特殊な防弾チョッキだ。この迷彩パターンも、米軍で使って居る都市迷彩パターンと同様だ。コイツの場合、周りに弾倉入れも幾つか下げている。
「秋葉原あたりで買ったんでしょうか? MBAVなら、確か今でしたら秋葉原で本物のサバゲーマーグッズとして購入が可能だったはずです」
「だが、この都市迷彩パターンはまだ市場には出回ってなかったはずだ。これは、つい最近改良された迷彩パターンだし、それに、よく見たら構造も若干違う……」
おそらく、MBAVを元に改良した新しいタイプの防弾チョッキだろう。だが、こんな形のは見たことない。あとで和弥にも聞いてみる必要があるだろうが、まったく一致しているものは、どこにもなかったはずだ。
「まだ米軍ぐらいしか使っていないものを、なんでコイツが……というか」
さらに、俺は異変に気付いた。
「……コイツ、よく見たら白人男性じゃないか」
肌の色だ。どうやら化粧をしているようだが、先ほどの戦闘時に一部が削れたのか、それとも事前の化粧が甘かったのかはわからないが、元の肌の色が一部見えている。ちょうどバックに詰めていた水を一つ取り出し、軽く顔に掛けながら拭い落とすと、そこからはやはり、白人特有の少し白目の肌が出てきた。アフリカやアジアなどにいるような有色人種でもない。
……不審に思い、閉じてしまっている瞼を片方開けてみると、
「……淡褐色。欧米系の人間か……」
瞳の色がヘーゼル色であった。念のため反対側も確認するが同じで、オッドアイというわけではなさそうだった。滅多にいないが。
アメリカやヨーロッパ方面で多い色で、逆にアジアや中東、アフリカではほとんど見られないとされている。白人でヘーゼルの瞳持ち……しかも、MVABと来た。もしや……。
「……もしかして、アメリカの人間か? さっき「SHIT」とか言ってたし」
「ですが、確率は低いですがハーフか何かという可能性もあります。MBAVも、ネットで出回ってる画像を見て、それを元に自分で改良したとも考えられますし……」
「確かにな……」
現状、情報が少ないために細かいことは判断しきれない。持っている銃だって、アメリカ人という割にはロシアのAKS-74Uだ。米軍の防弾装備に、ロシア軍の銃。妙に矛盾がある。もしかしたら、見た目が欧米系で、親と生まれは日本だったり、もしくはアジアのどこかだったりするのかもしれない。小さい確率だが、いないというわけではないため可能性としては捨てることはできないだろう。
……だが、いずれにせよ……。
「……コイツ、ただの敵とは思えないな。今までの奴等は、ここまで豪華に取り揃えてはこなかったはずだ」
「MBAVっぽい防弾チョッキにAKS-74U。白人のヘーゼルで……後は何でしょう。この都市迷彩のニット帽は……」
「妙に硬いな。中身は……おっと、伸縮性の防破プラスチックだ。結構軽いじゃないか」
頭にかぶっていた都市迷彩のニット帽を拝借すると、内側には伸縮できる軽いプラスチック製のプレートが入っていた。薄さとある程度の頑丈さを兼ね備えた、破片から頭部を守るための防破プラスチックといったところだろう。銃弾を守る分にはさすがに心細いからな。
軽い上に伸縮自在なため、ヘルメットのように邪魔臭くはなりにくいだろう。こういうのも、やはり特殊部隊ぐらいしか持っていない。確か、EU諸国が共同で開発したもので、日本にはないが、米軍にも売られていたはずの代物だ。これも、特殊部隊が主に使っていたはずである。
「防破ニットって奴かな……。この左耳についているのは、小型の無線機か」
国防軍も使っているのとほぼハンズフリータイプのイヤホンマイク型無線機だ。シルバー色で、これまた米軍を初めとして、欧米諸国で広く使われているものだ。日本で使っているイヤホンマイク型の無線機もこれがモデルだし、現に今俺たちが付けている。形がよく似ていた。
……だが、今まで出会ったテロリストは、これは付けていなかった。ただの市販のハンズフリーのイヤホンマイクを、独自に改良して使っていたのだ。少なくとも、この欧米諸国が愛用するタイプの無線機は使っていなかったはずである。
「変だな……ただの武装集団やテロリストが、こんなものを果たして持っているかな?」
「おかしいですね……持っている武装が確かに豪華です。先進国の軍隊あたりがもってそうなのばかりですね。3Dプリンタ技術を使うにはちょっと相性の悪いものばかりですし……どこからか盗まれたのでしょうか?」
「可能性は否定できないな」
ロシア製のテープ爆薬の技術すら盗まれた現実があるのだ。しかも、日本の政府専用機で実際に使われてしまっている。
事と場合によっては、米軍か、もしくはNATO加盟国のどこかから流出した可能性は否定できない。今まで見たことなかったのも、単にモノがモノなため、流出できた数も限りなく少なかっただけか……。
……とはいえ、
「……米軍やNATOの連中がこういうの簡単に漏らすか? しかも、このMBAVに至っては米軍ですらあまり使われてない奴だぞ」
「自作なら話は別ですが……簡単にこういうのって作れるんですか?」
「さあね。敵さんのそういうのを自作する能力による。だが、防弾チョッキってそんな簡単に複製できたっけ……」
そんな簡単に複製できるなら防弾チョッキの性能がダダ漏れな気がしないでもないが……もし、敵がそういった部分に精通していたら、設備と素材さえあればもしかしたら複製はできるかもしれない。完璧に再現まではできないだろうが、戦闘に耐えうるものであればいいので、そこら辺はこだわる必要はない。
……しかし、その中であえてMBAVを複製する必要性も薄いが……別に先頭に耐えうるだけでいいなら他のだっていいはずだし、あえて最近開発されたこともあって技術的難易度が高いMBAVを複製する意味も薄い。そんでもって、迷彩を都市迷彩にできるなら、なんで他の奴等の防弾チョッキにもそれを施さないのか。違和感を含む疑問は大量に思いつく。
「(はて……ほんとに複製したのか、はたまた“輸入”したのか……輸入なら管理責任問題にもなるが……)」
MBAVなんていう輸出管理強度としては上の部類の物が、あろうことかテロリストに渡ったとなれば大問題だ。簡単に漏らすとも思えなかった。しかし……
「……じゃあ、コイツは誰だ?」
疑念は潰えなかった。むしろ、どんどんと増えていったのだ。アメリカしか持っていない筈の防弾チョッキ。AKS-74Uなんていう敵が持っていなかったロシア系自動小銃。EUと米軍が使ってる特殊部隊系防破ニット帽。その他、全体的に妙に豪華な装着物。白人でヘーゼル持ちという欧米系の身体的特徴……。
そして、聞こえてきた「SHIT」という不意に発したであろう言葉。英語なのだろうが、これだけではどこの国の出身かを明確にすることもできないし、ユイも言ったように、ハーフの可能性だってあるし、下手すれば帰化していたとも考えられる。そうなると、もう元々はどこの国の出身なのかもわからない。
回りまわって、やっぱりアジア系テロ組織の一味でしたってオチもあり得るが、そうなるとこの妙に欧米露系で固まった装備体系は一体……。
……なんだこれは……?
「……コイツ、一体何者なんだ……?」
俺は、目の前で息絶えている相手を見てそう呟いた…………。