愛嬌と不愛想
その後、2~3日ほどは監視ばかりの時間を過ごした。
これといった動きがなかったのだ。地震によって敵が何かしらの攻勢を仕掛ける可能性も考えられたのだが、やはり向こうとしても想定外だったのだろうか。それといって表立った行動はしてこなかった。
軍や警察としても、災害対応と同時並行で事態に対処しなければならなくなり、先の奪還作戦のような大規模活動は一時延期を余儀なくされた。結果的に、お互いがお互いの事情で活動を妨害することはほとんどなくなり、半ば“膠着状態”に入っていた。
お互いに、自分らの体制回復を妨害されるのはマズイ。だからこそ、手を出して妨害したい気持ちを抑え、まず自分らの足元を固める方向で持って行ったのだ。久々に、静かな中央区が戻ってきたといえるだろう。
とはいえ、情報収集は続けることとなった。特戦群や空挺団を中心としたHZ情報収集部隊が編制され、俺らもその中に組み込まれた。班ごとにローテーション。なるべく相手を刺激せず、さらにいえば目撃されずに、改めて、中央区内の地形状況の把握、敵情偵察などを徹底することになった。地震による建物の倒壊が幾つかのところで起こっており、中には液状化が起きている地域もある。というより、倒壊した建物の半数は、この液状化による地盤の不安定化に起因するものだった。
封鎖した中央区のエリア全域で、この液状化やそれに起因する建物の倒壊が相次いでおり、作戦行動にも支障が出ていた。幸いなことは、それ自体は、敵側もほぼ同じであるということで、大きなハンデにはならないだろうということであった。
中央区から撤退していた部隊もあらかた集まったこともあって、ようやくちゃんとした情報収集体制が出来上がり、一人ごとに請け負う任務や負担もある程度軽減された。要らなく深夜に残業させられる心配もなくなったわけである。俺らは、ようやくまともな状態で任務に就くこととなった……。
[11月5日(火) AM11:22 東京都江東区有明 東京臨海広域防災公園全体本部]
―――そんな事態に直面しながら、テロ発生11日目、地震発生4日目を迎える。
ここは幸い液状化等の影響を受けることはなく、相変わらずテロ対応と災害対応に追われていた。先ほどからひっきりなしにヘリが降り立っては、中にいたテロ対応部隊や、対応関係機関の要員らを揚げ降ろしし、さっさと飛び立っていく。機種も様々。UH-60JA、UH-1、JV-22……基本的に輸送ヘリばかり。攻撃ヘリ系や無人UAVは、羽田空港を封鎖して徴用し、軍や警察、政府機関などの航空機の発着場しているため、そっちに移っている。
「……はあ~」
私は、外のベンチでいつもの疲れを掃き出すように大きくため息をついた。
奪還作戦ですべてが終わると思って張り切ってあの日の朝を迎えて以降、ずっと憂鬱な気分でいてばかりだった。
ロボットの暴走。味方の大損害による撤退。今では『東京湾北部直下地震』と気象庁が命名した大規模地震と、それに伴う『関東大震災の再来』、もとい、マスコミの言うところの『第二次関東大震災』。
アジアの先進国の首都であり、かつ世界的にも人口が過密な大規模都市たる東京が、まともに機能しなくなった。テロに追加で起きたことも、また大きなダメージとなった。政治は元より、経済活動もままならず、株価暴落やら外貨は逃げるやら、円高は進むやら……。
少なくとも経済活動に関しては、大阪あたりに一旦任せようと財界の人たちは企んだみたいだけど、その大阪も、テロの対応が終息したばかりで混乱は抜けきっていない。経済どころか、治安維持活動すら終わりのめどが立たない以上、仕事が増えるのを大阪が容認するわけがなかった。前に斯波さんに聞いたところでは、どうやら経済界は大慌てらしい。まさか地震が起こるとは思わず、「経済に影響が出るため早めにテロの対応を」と政府に迫った手前、自分らにもその責任の矛先が向きかねないと、既にスケープゴートが始まってるらしい。どうせ、全部地震が悪いで済ませるのだろう。一概に間違いともいえなくはないが、妙な小手先感が否めない。
アメリカはすでに迅速な対応が功を奏し、ほぼ収束しつつある。世界各国も、後は治安を維持するだけ。けど、東京に限っては、地震がバットタイミングで起きたことで、一時期はあった収束の目途がどこかに消えてしまった。すでに、事態の長期化が叫ばれ始めている。
これはいつまで続くのか。私はいつになったらこんな重圧な任務から解放されるのか。
……さっさと家でゆっくりしたい。そんな気分であった。
「……はあぁ~~」
また大きなため息をついた。ついでに、頬杖ついて欠伸すらしてしまう。最近、輸送任務が立て続けにあってあまり寝ていなかった。今も、ようやく得た休息の時間なのである。正直、このまま寝てしまいたかった。
「……ん」
ふと、右頬に熱いなにかざらざらしたものが当たった。見ると、紙コップに入った熱々のコーヒー。そして、それを持っているのは……
「……眠い時はコーヒーですよ。どうぞ」
そこそこな身長にすらりとした体格。整った顔立ちで黒い短髪が清涼さを際立たせる。
私たちが専属パイロットを務める相手にもなった、ユイさんだった。
「あぁ、どうも。ありがとうございます」
「いえいえ。欠伸がひどいときはカフェインが一番らしいですし、ちょうど淹れたてですよ」
「すいません、助かります」
気の利く人だ。ちょうど、眠気覚ましがほしかったのだ。
……いや、そもそも彼女は“人”ではないか。だが、もう見てくれ等が人なのではっきり言ってそれでいい気がしてきた。どっちにしたってそんなに扱いは変わらないのである。少なくとも、私の中では。
おそらく自販機で買ってきたものだろうか。飲んでみると一昨日ぐらいに飲んだものと同じ味だった。その時も、目覚ましがてら飲んでいたのだ。中々に美味なのである。
……今更気づいたが、彼女は一人でいるようだった。いつもなら、相方の篠山さんあたりがいそうなものである。
彼女は被っていた鉄帽を取って横に置いているところを、隣から聞いた。
「他の方はどちらに?」
「中でまだ仕事残ってますので。私だけ暇になったんですよ。そちらは?」
「同じようなものです。次の輸送任務のプランを練っています」
中尉は今は本部に付きっ切りだろう。輸送する人員の確認やルート、着陸予定地との調整など。本当は本部でやらねばならない部分も、災害対応と同時並行なため現状人手が足りず、ある程度はこっちでやらなければならなくなったのだ。「下っ端に余計な仕事回すな」という愚痴は、中尉がふとこぼしたものである。
「休憩ですか?」
「ええ。そちらも?」
「偵察から返ってきたばかりです。ずっと監視なので退屈ですよ、ほんと」
そういって右手で帽子のつばを作って周囲を見るしぐさをする。そういえば、ユイさんたちは中央区の情報収集部隊に組み込まれたと聞いていた。一応、ヘリは使わないで陸路での移動を中心とするようで、私たちの出番はない。もっぱら、その外での災害関連の人員輸送や周辺偵察に駆り出されるぐらいだ。私も、この後軽い昼食をとったら午後から輸送任務にでなければならない。
彼女の方も、任務から終えて戻ってきたばかりらしかった。次は深夜帯。それまで、しばらくの間はじっくり休めるとのことだった。尤も、彼女は人ではないため……、
「でも、疲れはそんなにないんですよね?」
「まあ、仮にもこの身分なので……」
そういうと自分の右手の拳で軽く左肩を「トントン」と叩いた。身分、というより、体質、といったほうが正しいのだろうか。ロボットゆえに、人間らしい疲労というものをあまり顕著に経験しないことは、既に話として聞いていた。
「いいですよね、人間もそういうところは見習うべきなのに」
「いや、どうやって見習えと……」
「人体改造でもしましょうかね」
「サイボーグかな……?」
昔アニメでみたなぁ、脳以外全部機械の体のサイボーグが活躍するやつ。時代設定は2020年代だけど、結局アレ今になっても研究段階でしかないし……フィクションは所詮フィクションなんだろうか。
「正直、なれるならなってみたいところですけどね。機械の体がどんな感じなのか体験したいというか」
「……つまり私みたいになりたいと?」
「脳すら機械になるならそういうことになるかもしれないですね」
途中から小声での会話になるものの、その内容を改めて考えると、おそらく技術で解決はできても宗教などの面で解決はできないだろう。ロマンの域を出ないのかもしれない。
……少しの間、彼女との会話に花が咲いた。暇だからだろうか、人とあまり話すことがなかったからだろうか。仮にも“戦時中”とは思えないほど平和な晴天の空の下で、女性二人でベンチに座りながら、他愛もない会話を交わしていた。
私は人と会話することが得意ではなかった。それでも、無意識のうちに言葉の交わし合いができるのは、彼女のその包容力の高さに理由があるのだろう。一つ一つのしぐさに愛嬌があるのが、彼女が好かれる理由だ。ロボットの要素を微塵にも感じさせない。
……だからこそだろうか。
「……いいなぁ」
私は、純粋にそんな彼女が羨ましかった。
私の呟いた言葉は、隣の彼女にも聞こえていたようだった。軽く首をかしげて聴いてきた。
「いいなって何がです?」
「いえ……その性格」
「え?」
何を思ったのだろうか。ちょうど時間があることをいいことに、日ごろのストレスを発散するように彼女に打ち明けた。考えてみれば、仮にもロボットに話す内容ではないように思えるが、その時の私はそんなことはこれっぽっちも考えなかった。
「私、あまり愛嬌ある人間じゃないので、ユイさんみたいに素直に笑ったりできるのが羨ましくて」
「……え、普通じゃないんですか?」
「少なくとも私にとっては。……前に、一番最初にヘリで会った時に言ってたと思うんです。私、感情を表に出すのが苦手だって」
「え?」
一番最初に彼女と出会った時の話だ。ヘリの中で、自分たちが専属になったと伝えたとき、中尉がふざけ半分で私をからかった時、思わずそう反発した。
だが、その時は聞こえていなかったのだろうか。ユイさんは首をかしげているだけだった。尤も、私もあまり大声を出したつもりはないし、機内の騒音もあったので、聞こえないのも当たり前かと思うことにした。
「……昔からそうだったんです。元々、田舎の貧乏な家庭で育ったので、生活資金をやり繰りするのに必死で、家族の中でも感情を表に出してコミュニケーションを取る精神的な余裕もなくて、そのまま大人になってしまったもので……」
「そうだったんですか……」
「おかしな話でしょう? それゆえに、友人もあまりできずに学生生活を送って、そんな自分を変えるために軍に入ったはいいものの、この第1ヘリ団に入って1年。そんなに成長したわけでもなく、表立って感情を表に出して言えるのも中尉相手だけ。でも、あの人に対しても満足に他の人と同じかって言われれば、たぶん違うかと……」
「でも、その中尉さんとは問題なく感情表現できるんじゃ……」
「逆を返せば、その人以外ととなるとそうではなくなるんです。……どう出せばいいかわからないんですよ。“あなた以外は”」
「え?」
彼女は面食らったような顔をしていた。そうだ。今さっき、私はあの中尉の時ほどではないにせよ、その感情を表に出して言うことができた。彼女に対して、中尉以外の人に対して、初めてそれを表に出せたのだ。
……なぜかはわからなかった。でも、釣られ笑いと同じものだと思った。彼女の愛嬌に、私は惹かれてしまったのかもしれない。
……ロボットの愛嬌で初めて感情を表に出せる人間。言葉にしてみると矛盾が過ぎる気がしないでもない。偏見かもしれないが、どちらかというと逆のはずなのだ。ロボットのほうがそういうのを表に出すのは苦手のはずなのに……
「……これじゃあどっちがロボットだかわからないですね。愛嬌あるロボットと不愛想な人間じゃ、見てくれで見分けろと言われたら、たぶん私が機械だって疑われそう」
自信があった。私と彼女を並べて、ロボットを言い当てろと言われたら間違いなく半分くらいは私を指さすだろう。人間十人十色といっても、二択を迫られたら一番最初に見るのは外見と感情だ。今までのロボットに対する知識や考え方を考慮すれば、少なくとも私に指をさす人がゼロということはない。
……ゆえに、羨ましいのである。
「ユイさんは、時たま人間以上に人間してるところみせたりしますからね。……私も見習いたいですよ、そこは」
「ロボットの私から?」
「ロボットのあなたから。……悩んでること少なそうでいいと思いますよ。教わる相手としては」
「はぁ……」
天真爛漫というか、自由奔放というか。もちろん本人にその気はないのだろうが、そんな雰囲気を出しながら周囲に溶け込んでいる彼女のようになりたかった。今みたいに、中尉の仲介を経ないただの不愛想な女にしかならない状態から脱したいと、何度も願っていた。
……が、それが成ったためしがなかった。ロボットだろうが人だろうが関係なかった。解決できる道を提供してくれるなら、すぐにそこを通りたい気分だったのだ。
「(でも、どうやって学べばいいやら……)」
誰かが道を進んで提供するとも限らない。その人の進んだ道を見ながら、自分で開拓するしかないのだ。その仕方を学ぶ術を、私はまともに持っていない。
「……はあぁ……」
本日3度目のため息が出た。ここ十数分で3度も大きなため息をついている。それほど憂鬱かと、自分で自分にツッコみたかった。鬱憤が、それほど溜まっていたのだろうか。
片手で頭を抱えて、少しの間黙って過ごしていた。東京湾から流れてくる風と、ヘリのローター音、少し遠くにいる人たちの喧噪以外は、何も聞こえない。私たちの周りに限れば、音の鳴る要素が完全に消えていた。
「……難しいかなぁ、表現って」
「?」
彼女がそう呟いたのは、そんな静かな時間を少し経てからだった。
「私、この身なんで難しいことはわかりませんし、カウンセラーじゃないのでどう答えればいいかわからないですけど……なんで表現が難しいか考えれば一発じゃないかなと」
「というと?」
「ほら、例えば……一応、表現の仕方を知らないわけじゃないと思うんです。中尉の前でならある程度はできるのなら。たぶん、人が違うと……緊張するとか?」
「え?」
「えっと……人見知りだったりしません?」
「んー……」
……考えてみれば、私自身、あまり人と話すことを進んでしていなかった。今ここにいるのも、人混みにいるのを無意識に避けていたからだろうか。一先ず静かに過ごしたいと思っていたのが第一にあるにせよ、その根底には、その要素がないとも言い切れなかった。
「……あるかもしれないですね。人見知り」
「ですよね? だったらたぶん話は簡単です。元々人見知りって人間の本能的な警戒心からきてるらしいので、とりあえず、人見知りで感情表現が下手なのはしょうがないと割り切って“はっちゃけて”ください」
「……はい?」
……はっちゃける? 彼女から出てきた言葉に思わず目を見開いて頬を攣らせた。おそらく、こんな顔は人生で数回しかやったことがないであろう。
しかし、彼女はそのまま続けた。
「そもそも、「自分は感情表現が下手くそである」ことを無理に変えようとするからうまくいかないんです。逆に考えましょう。「下手くそでもいいや」って考えればいいんです」
「……逆転の発想ですか?」
「逆転の発想です。無理に構えないで、人見知りだったり感情表現が苦手なことにコンプレックスを抱かずに、むしろ自分なりの鉄板ネタにするつもりで自然体でいれば、後は会話の経験積んでるだけで勝手に変化しますよ」
「そういうもんですか?」
「そういうもんですよ。私の場合そうしてますから」
「……」
……無理に道を作ろうとするのが間違いだったのだろうか。
その道が、あまりに木々が多くて開拓しにくいなら、もう今ある道を進んでもいいやという形で楽観的にいれば、勝手にゴールに向かうのかもしれない。自分から行く努力は必要だが、時には流れに身を任せるということも必要なのだろう。
自分のコンプレックスを割り切って自然でいれば、あとは運否天賦ということなのだろうか。
「(……無理に変えようとしないことか……)」
言えてるのかもしれない。今までも、無理に感情を表に出そうとしていつも失敗してきた。そして、そもそもそれらを出すことを躊躇い人を避けてきた。なら、逆にそういうもんだと割り切るしかないのかもしれない。少なくとも、気分は軽くなるだろう。
「……私、今まで相談ごと受けたことないんでこんなことしか答えれませんけど……」
「いえいえ、十分ためになってますよ。……自然体って、結構使えるのかもしれないですね」
「そうですね。……まぁ、でも」
「?」
彼女は付け加えた。少し、首をかしげながら。
「……今の蒼さん、十分笑ってたように見えなくはないような……」
「え?」
そういうと、彼女は両手で私の頬をぐにっと軽く押し上げた。そして、「ほれほれ」と面白おかしそうに両側の頬をぐにぐに解すように両手を動かす。
「(ええ!?)」と驚愕しつつ抵抗するも、さすがはロボットである。これっぽっちも外れない。しかし、それは数秒だけの話だった。
「物理的に動かせないってわけじゃないっぽいし……どうです? 笑ってませんでした?」
そういわれて今までの会話を振り返って、ハッとした。確かに、考えてみれば無意識のうちに表情が崩れていた。顔の筋肉の動きぐらいは記憶していたが、それに対して何にも疑問などは浮かんでいなかった。
……無意識に、微笑んでいたのである。
「普通に笑ってられてるんで、別に何も不安に思う必要はないんじゃ……表情筋も十分やわらかいですし」
「いや、えっと、これはそうじゃなくて無意識に……」
「色々と割り切って自然体でいたらそんな感じに表情は勝手に崩れますんで、問題ないでしょう。あとは適当に会話の回数増やしてください。そうすれば万事解決ですから」
そういって話は終わったといわんばかりに大きく息を吐いた。一仕事終えた後のようである。
「……」
……ほとんど意識していなかったが、それでも、外から見ればそうだったらしい。それを考えると、私はある確信に至った。
「……ユイさんて」
「?」
私は、本人にそれを伝えずにはいられなかった。
「……人を笑わせるのうまいですね」
「……へ?」
彼女はまた肩を抜かして変な声を出した。相当おかしなことを言われたらしい。だが、こればっかりは私は“微笑みながら”そう伝えるしかなかった。無意識なのは、誰でもない彼女自身もそうだったからだ。
「自覚してるかは知りませんけど、ユイさん自身難しいこと考えずに笑ってばかりですからね。周りもつられるんでしょうね、私もそうでしたから」
「……え、それ私が原因?」
「自覚してないあたりが、何となく私に似てますね」
「はぁ……」
やはり、あまり深く考えずにそうしているのだろう。だからこそ、私はやはり羨望の念を抱き続けているのだ。私も、深く考えなくてもこうして自然と表情を崩せるようになれれば……そうなるには、どれほどの時間が必要だろうか。
だが、ある意味、彼女がしめしてくれた“道”は一番の近道かもしれない。私は、それを歩くだけかもしれないが、それでも、ゴールに到達できるならそれでいいと思った。
ゆえに、私は確信したのである。
「……そりゃまぁ、皆さんに好かれますよね。愛嬌溢れてますもん」
多くの人間に好かれる理由は、そこにあったのだ。誰でもない、私もそれにやられた人間である。
「……ロボット的には、あまり人に好かれるっていうのがよくわからないんですけど……」
これもまた、ある意味ロボットらしい。
「好かれるなら好かれるでいいと思いますよ。ロボットとて、一匹狼じゃないんですから」
「なっちゃマズイんですか?」
「いやいや、ロボットといっても、私たちの大切な仲間ですよ。ユイさんほどの愛嬌ある可愛らしいロボットを、一匹狼として扱うにはもったいないじゃないですか」
「……そういうもんですか?」
「そういうもんです。相方さんだってそんな感じで接してるでしょう?」
「う~ん……」
彼女は再び首をひねってしまった。ロボットとしての常識が先行しているのだろうか。しかし、仲間として迎え入れられた以上、その恩恵はぜひとも受けてほしかった。彼女には、それを最大限受ける資格があるのだ。
私みたいな不愛想な人間より、よっぽど好かれるロボット……正直悔しいが、その理由を考えれば納得せざるを得ない。だからこそ、私とてこのまま負けるわけにはいかなかった。
「(……ユイさんみたいになろう。絶対に)」
ロボットに色々と教わることになろうとは思わなかったが、これもまた僥倖というものであろう。得た教訓は、誰からもたらされたものであろうと大切にせなばならない。
「……ロボットって好かれるものですかね?」
「少なくとも、愛される要素は十分ありますよ。現に、皆からは愛されてるでしょう」
「でも、あんまりわからないなぁ、そこらへん。結局は人間の道具ですし……」
「その道具は大事にしないと、すぐに壊れますよ。だから、皆さんもそれを知ってか知らずかは知りませんが、少なくとも乱暴に扱ったりはしないんです。特に日本だと、そこら辺の考え方は強いですしね」
八百万の神がどーたらといわれるぐらいには、モノや自然等の非人間的な要素に対する信仰が強い。そういった自然と時代をともにし、そのたびに自らの手にある道具を頼ってきた日本人は、それに対する宗教的な考え方も海外とは違うのだ。
もちろん、その道具をどう扱うかはその人の自由であり、乱暴に扱う人もいるだろう。しかし、長続きはしない。道具だからといって、愛されてはいけないなんてことはない。ロボットも同じである。丁寧に扱わなければ、すぐに壊れるのは、機械が機械たる所以であろう。篠山さんあたりは、特にそこを重要視しているように見える。
「まだ生まれて半年ですし、ゆっくり学べばいいと思います。……ロボットといっても、愛され好かれてなんぼなところもありますし、そのうちわかるでしょう」
「はぁ……」
むしろ、今まで人間は機械と結構な時間を共にしてきたのである。愛され好かれるかはまだしも、少なくとも無碍には扱えない存在であることは確かで、それだけでも、彼女も“機械として考えても”十分丁重に扱われても問題はないだろう。
……ユイさん自身が変わったりしない限りは、人間の側からそれを無粋に扱うことはそうそうないだろう。する理由もない。
「……変わってますね、人間って」
「変わってない人間はいませんよ」
変わってる人間ならむしろ目の前にいるくらいである。
「まだまだ知らないことは多そうですね……。あ」
「?」
そういうと、彼女は思い出したように言った。
「すいません、ちょっと用事があるので失礼しますね」
「あぁ、はい。メンテですか?」
「いえ、ちょっと隊の人から呼ばれてまして。失礼します」
隊の人……おそらく、彼女の所属する人の事だろう。3人のうち誰かの事だと思われる。
彼女は自身の鉄帽をもって席を立ち、建物のほうに向かった。その時も、可愛らしい愛嬌ある笑顔を残していく。……目標は、あれを自然と出せるようになることであろうか。
「……まぁ、道は長いかもなぁ……」
でも、それでもいいかもしれない。今まで思い詰めていた何かが外れたようで、私は気分が楽になった。
どうせ、そのうち慣れてくるだろう。それくらい楽観的に構えたほうが、むしろ事はうまくいくのだろう。あとは経験のみである。
……とすると、まずは会話の機会を増やすところからか。はてさて、誰からやればいいやら……
「―――あぁ、いたいた。三咲さーん」
「ん?」
すると、彼女の行った反対側から男性の声が聞こえた。都市迷彩を身に纏った彼は、例の彼女の相方の人だった。
「ああ、篠山さん。どうなされました?」
「いえ、敦見中尉が探してまして。少し早いけど、20分後に輸送任務のブリーフィングだそうで」
「あれぇ……時間はまだだったはずなのに……」
困った。もう少しゆっくりしているはずが、まだ昼食すら食べていない。予定では1300時からのはず。
中尉、せめてもう少し早めに教えてくれれば……いや、その時私自身がいなかったのでしょうがない部分はあるのだが、しかし、実に困った。
「はぁ……まだ昼食食べてないんだけどなぁ……」
「あれ、返ってきたとき渡されませんでした?」
「その時ちょうどストックなくなってたんですよ……で、次のがくるまで暇だったんでここで休んでたら完全に時機を逸してしまって……うわぁ、絶対腹減る……」
腹の虫を鳴らしながら操縦なんて勘弁してほしい。空腹に苛まれながら任務に集中できるわけがない。中尉にからかわれたりでもしたらどうすればいいのだろうか。……というか、ヘリの騒音の中で聞こえたら相当深刻だ。
「(参ったなぁ……ブリーフィングしながら昼食なんてできるわけもないし、まさかヘリの中でなんて無理だろうし……)」
彼女の用意したコーヒーはほとんど飲んでしまった。飲料だけで空腹を満たすのは無理だろうと思う。
誰かに頼んで握り飯でも貰うべきか……。
「……」
「……うん? 何です?」
ふと、篠山さんが妙にこちらを凝視しているのが気になった。顔に何かついてるだろうか。そう思っていると、彼は若干首をかしげながら答えた。
「いえ……三咲さんて前もうちょっと物静かじゃありませんでしたっけ?」
「え?」
「いや、何か敦見中尉が目の前にいる時と似たような受け答えの仕方だなーと……あれ、あの人いないよな……」
そういって彼は周囲を見渡す。当然、あの人はいないが……いつの間にか、私は自然体になっていたらしい。
深く考えないでいるだけだった。私がしてることといえば、何も深いことは考えず、ごく普通に言葉を交わしているだけだったのに。
……なるほど。これほど簡単なことだったのか。今までの私は、どうやら表情だけではなく頭も固かったらしい。
「……相棒さんのおかげですね」
「え?」
彼に、さっきのことを三行ほどにまとめて話した。ある種の人生相談だったが、彼自身も関心を示していたようだった。
「あいつ、いつの間にカウンセラーの仕事を……て、違うか」
「でも、ある意味そんな感じでした。……深く考えすぎなんでしょうかね、私」
「ま、考えてもどうしようもないときってのはありますんで……そういう意味では、アイツの言ってたことは正しいでしょう。取り繕わないでもっと素を出す感じで行ってもいいかと」
「でも失敗とかったらどうしようかと……」
「逆に失敗するもんだって思ったほうがいいですよ、それ。失敗は成功の基って言いますし、失敗しないゴールはありませんし」
「それもそうですね……」
……と、この瞬間も“素”を出せているように思えた。ちょっとアドバイス貰うだけで、ここまで違うのだろうか。前の私はここまで言葉を躱そうとしなかったはず。
……案外、私は単純な人間なのかもしれない。ロボット以上に。
しかし、彼女は少なくとも私ほど単純ではないだろう。私の彼女に対する羨望の念は尽きない。
「彼女はいいですよね。人を笑顔にしたりするのがうまくて」
「そうですか?」
「そうですよ。……現に、私がそれにやられました。こんな不愛想な人間なのに」
「うぉーう……」
彼は若干苦笑した。彼もそれをされた一人だとは思うのだが、自覚してないのか、されるまでもなかったのか……それはそれで羨ましい。
……羨ましいといえば、
「羨ましいですよね。……彼女、楽天的というか、悩みなさそうで」
「え?」
思わず私の彼女に対するその気持ちをぶつけていた。
「彼女もあまり悩んだりしないで前向きなのっていいと思いますよ。私はすぐに色々考え込んじゃいますので……」
「……え、いや……」
「カウンセラー的な相談事やったことないらしいですけど、それでもあそこまでうまくアドバイスできるなら十分だと思います。……私もほしいですよ、ああいう適応力というかなんというか」
「……??」
彼は少し首をかしげているようだったが、これまたこの人も彼女のことを自覚しきれてないのだろうか。まあ、相方とはいえすべてを知っているわけではないだろう。初めて知った部分もあるかもしれない。
将来的には、ああいう風に同じようなアドバイスを出せるくらいには成長しなければ……そう決意を新たにし、
「……あ、それじゃあ失礼しますね。ブリーフィングの伝言、ありがとうございます」
「あ、あぁ……はい」
彼に礼を行ってその場を後にした。コーヒーの入っていた空の紙コップは近くのゴミ箱に投げ入れ、さっさと会議室に急ぐ。場所は変わっていないはずだ。
「……変わるなら、今から変わらないと……」
いいアドバイスをもらった。あとは、私がどう扱うか次第だ。
そう考え、会議室へと足を進めた…………。
「……楽天的で悩みがない? 相談ごとは初めて? ……いや、ちょっと待て……」
「アイツは確か……前に一回……」




