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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第7章 ~混乱~
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星夜の謎解き

 ―――余震はしばらくの間続いていた。

 場所を変えてまた同じく監視任務は続けていたものの、あまりにもの余震の多さにそろそろ精神が参りそうである。正直、すでに限界は超えてるのである。

 戦場に出て行って命を懸けるのとはまた違った負担がある。ましてや、こっちはそこそこ高い建物の屋上にいる。地震大国日本において、避けることのできない高層建造物の横揺れの凄まじさを何度となく受けることとなった。こうなると、もはや歩くことすらできない。監視なんてまともにできるはずもないのである。


 予定では、俺たちは日中のみの監視で、1800時になったら変わりがくることになっていたのだ。それまでの辛抱だと、自分に何度となく言い聞かせていった。


 ……しかし、想定外の事態が起こる。その部隊が交代直前になって“これなくなった”というのだ。


『先ほどの余震による一部の建物の倒壊に巻き込まれたことによって、当該部隊も被害を受けた。現在混乱収拾中で、対応部隊再編制を行っている最中である。ついては、特察5班シノビはそのまま現場にとどまって監視を続行してもらいたい』


 ……交代時間を過ぎた1820時あたりにきた無線を要約するとこんな具合である。

 先だって、1730時頃に再び大きな余震が起きていた。震度6弱。震源はまさかの羽田空港のほぼ真下。現在同空港はテロ発生により緊急閉鎖され、国防軍や警察、消防などのヘリを中心とした航空機の緊急の発着拠点として利用しているが、そこも一時機能不全に陥った。

 幸い、死者の報告は出ていない。しかし、先ほどから俺たちが経験したような建物の倒壊が相次いでいた。老朽化対策の対象から漏れた建物の中で、度重なる地震によって耐久性が削れた建物が、徐々に限界を迎えて倒れ始めているのだ。今回の余震でも、一部の建物は倒壊した。

 その際、俺たちと交代するはずの部隊が巻き込まれ、半数以上が負傷してしまったというのだ。

 他にも、退避が間に合わず建物倒壊に巻き込まれた部隊がおり、それらが一時的に戦線を離脱する関係上、部隊の任務配置に少なくない調整の手を加えることとなった。その間、現行任務に就いている部隊はそのまま続行の命令が下されたのだ。


 ……平たく言えば、“残業”である。


「(……夜もずっとこのままかよ……)」


 東京とはいえ、11月初旬にもなれば夜は寒くなる。どれだけこの配備が長引くのか俺にはわからないが、早く本部に戻って軽く暖を取りたいところである。下手すればまた白い吐息を吐きながら、真っ暗闇な中央区を延々と監視する羽目になる。

 幸い、今日は夜は晴れてきたので、ある程度明るさはあった。しかし、普段は365日24時間光が途絶えないこの中央区も、テロが起きて以降はただの闇黒の空間と化していた。中央区の外の周辺地域も、一部の建物を覗いてほとんどに電気は通らず、まるで都市が丸ごと寝ているかのような錯覚さえ覚える。


 ……それゆえか、


「……星、キレイだな」


 都市部では中々拝めない、夜の星空を崇めることができた。東京の都心でこのような星空を拝む日が来るとは思わず、短い休憩の時、暇なのでそのまま見ていた。

 アルタイルやらアンドロメダやらといった、どれがどの星なのかは大雑把にわかるが、生憎星に関する知識は中学校レベルで止まっていた。そのため、星座なんてものはこれっぽっちも見分けられない。


 だが、それでも個人的には満足である。若干雲がかかってはいるが、久しぶりに見た、綺麗な夜空である。




 大分暗くなった深夜帯の2330時頃。「いつになったら交代は来るんだ」と不満が出始めたチームシノビだが、11月の寒さに耐えながらその任務自体は続けていた。

 和弥と新澤さんから監視担当を交代した後、MGS-90を構えたユイから、「監視は自分でやるので少しの間休んでいていい」と言われ、任務の性質上一人にするのはあまりよろしくないのだが、正直、今日は監視任務以外はずっと動きっぱなしで疲れていた。朝早くから動いていたのも今になって響いてきていた。ユイに、それが図らずも悟られたということであろう。

 さすがに寝たりはしないが、時々周辺を見張りながら、軽く体を休めることにした。ユイなら、一応近隣のUAV等と連携して広域を監視することは可能であろう。

 ……空飛ぶUAVが、ロボットのように乗っ取られずに済んで幸いである。こっちは個別に人が遠隔操縦するタイプのものであったため、例の暴走を免れたのだ。


「はぁ……」


 ただでさえ少ない休息時間を厚意で受けてもらったのである。休める時にとにかく休めなければならない。これまた幸いなことに、向こうは夜はあまり活動的ではないらしく、そこまで表立った動きは起こしていない。もちろん、油断は禁物だが、向こうとて想定外の地震に戸惑っていることであろうし、仮に休むなら今のうちであろう。


 ユイと少し離れたところで、簡単に監視を続けながら体を休める。すると、その横で……


「……ん?」


 本来変わって休憩中のはずの和弥と新澤さんが、一枚のメモとにらめっこしていた。メモを屋上の地面に置いて、持ってきていた水筒で飛ばないよう抑え、持ってきていた小型のハンドライトの明かりを地面に置いたメモに当てながら、ずっと話し合っているようである。


「……なんのメモだ?」


 気になった俺は、二人を呼んで聞いてみた。


「何を見てるんです? メモっぽいですが」


「ああ、これね。例の暗号」


「暗号」


「ほら、災害対策の管轄になったビル爆破予告のやつだよ」


「あぁ……あれか」


 4つの高層建造物爆破予告がなされたあの件のことだ。東京スカイツリー、東京タワー、晴海シーサイド・オフィスタワー、新宿住河ビル。この4つの爆弾は、未だに解除されないでいるらしい。

 4つの爆弾は通信リンクが張られている。和弥によれば、後々聞いたところでは、通信内容の解析を行った結果、やはりこちらの読み通り、爆破に関わるリンクであった。どこかが途切れたら、すぐに連動して自爆する設定にしてあるようで、電子的に解決を模索するという手段はこれでほぼ潰えたらしい。

 水をぶっかけて発火能力を消すということも想定されたらしいが、内部にある重量検知装置が、減量ではなく増量の面も感知してしまい、それによってやはり自爆コードを読み取らせてしまっては意味がないということで没になったらしい。


 ……ということで、もう暗号といてそれをぬいぐるみに備え付けられたテンキーに入力するしかないらしく、結局向こうの用意した真正面からの解決を図ることとなっているようだ。


「……んで、それがその暗号か?」


「そゆこと」


「でもよ、それ災害対策の管轄になって、俺たちの手元離れたろ? そっちに任せてればいいじゃねえか」


 元々テロの延長で起きたようなものではあったが、対応するのが主として警察であったため、テロと災害に対応組織を役割分担する際、完全に軍の手から離して警察の方で処理するということにしたようだ。それゆえ、テロ対策ではなく災害対策の管轄になったのである。この件に関しては、俺たち軍はお役御免であることは、午後のうちに、誰でもないこの二人が話していたことだった。


 しかし、和弥はその疑問に微笑を含みながら答えた。


「でもさ、こうも解決する様子がないんじゃとりあえず何かできないかってね? 暗号解くぐらいだったらもしかしたらできるかもしんねえじゃん?」


「いや、暗号はもう解いてて、実はその先に行ってるだけなんじゃ……」


「それだったら情報がこっちにきてもいいはずよ。高層建造物の爆破は、今回のテロ組織にとっても重要な宣伝効果を上げる一大イベントだし、それに合わせて何かしらの行動を起こす可能性だってある。例えば、爆破のプログラムを途中から変えたなら、その時の通信傍受によっては爆弾を操る人間の位置がわかるかもしれないじゃない?」


「まあ……確かに」


「でしょう? そんな感じで、今回のこれは災害対策の管轄と言えどテロと直結した関係をもってはいるのよ。だから、情報共有は密に行っているんだって。こっちがうまいこと爆弾に関わった敵を捉えることができれば、そいつから情報を聞き出せるかもしれないし、この点では管轄跨いで連携中なのよ。主として対応するのは災害対策のほうだけど」


「はぁ……」


 いつの間にそんな情報貰ったやら。俺すら貰ってないというのに。


 だが、理には適っている。元々テロの性質が強い爆破対処のため、災害対策の管轄では行うにせよ、各種情報は共有する必要性はある。互いに、何かのヒントを得ることはできるかもしれないからだ。

 その過程で、「暗号は解きました」ぐらいの情報も共有してもらわなければ、暗号に関して何かしらの裏があることだって想定せねばならなくなる。情報を密に共有するということは、互いにいらぬ負担をかけないという意味でも重要だ。

 本当は司令部の方で共有するつもりだったらしいが、和弥は、これを信頼のおける司令部要員の人から聞き出したらしいが……もちろん、俺たち以外には口外しないという条件付きで。


「―――んで、聞いたところだと4つ必要な番号のうち、2つは解読したんだと。中身は教えてもらえなかったがな。でも、あと2つがどうもわからんっていうか、ちょうど解いてる時にあの首都直下型地震が起きちまって、そっちの対応にも膨大な人員を割く必要が出来ちまって、限られた人員でこれを解読しなけりゃならなくなっちまったわけだな」


「人手不足で、解読のためのブレーンが足りないっていいたいんか?」


「そゆこと。警察にもちゃんと暗号解読の専門がいるんだが、その人らですらわからんのだと。だから、午後にあの爆破の件はこっちから離れたって言ったけど、その後この情報くれた人から「解けるならそっちでも解いてくれ」ってお願いされたの思い出してよ」


「それで、休憩がてらちょっと謎解き中なわけ。アンタも解いてみる?」


「いやぁ……謎解きは、ちょっと……」


 正直、昔からこういう謎解き的なのはあまり得意ではない。戦場ではあるモノ使ってとにかく生き残る術を模索したりするため、時には突飛なことだって考え付いたりはするが、こと純粋な謎解きになると話は別なのだ。

 その昔、どこぞの英国紳士な考古学者と、なぜか動物と会話できる助手の少年が、いろんな舞台で謎を解きながら物語を進める某謎解きアドベンチャーゲームに嵌ったことがあるが、あれも後半になるにつれて何もわからなくなり、ヒントや友人の知識を使いまくってやっとクリアした思い出がある。特定分野に関しては、俺は頭が固くなってしまうのだ。

 むしろ、こういうのは和弥の得意分野なはずで、俺を誘うまでもないと思うのだが……。


「まあ待て、とりあえず見てみなってこれを。何かヒントでもいいからよ」


「ええ……?」


 和弥に言われるがままにメモを見せられる。中には、俺たちが中央区で回収した「ベトナム センター 街 名前 返ってくる数」の文字と、それとは別のヒントが書かれていた。


「……鏡、弓、予言した者、命中した 放たれたすべてを総合した数字?」


 ……こりゃまた、えらい意味不明なものが飛んできたものである。もはや何が言いたいのかさっぱりである。というか、これは一体何なのか。暗号なのか?


「こっちは、どうやらテンキーに入力する数字の暗号とは別のものらしいな。4つ目の暗号を探している過程で見つけたらしい」


「何の暗号だ?」


「たぶん、4つある爆弾のどれにこの数字を入力するか、それを導くためのものだろう。少なくとも、司令部はそう読んでいるらしいな。向こうが提示した“ルール”にも、4つのうち3つはダミーで、そっちに入力すると即ドカンってことが書かれてたからな」


 なるほど。こっちはそのためのヒントということか。

 こっちも考えたいところだが……だが、そっちが解決できたとて、入力する数字がわからなければ意味がない。目下最優先は……


「問題はこの……残り二つになった暗号のほうだな」


 和弥はメモを再び地面に置き、水筒で抑えてライトを当てながら考えた。

 暗号は二つ。


【ベトナム センター 街 名前 返ってくる数】


【鏡 弓 予言した者 命中した 放たれたすべてを総合した数】


 ……それぞれから、数字を一つだけ導きだせということ。桁は間違いなく一つだろう。4桁入力するテンキーの装置で、すでに暗号二つから二つの数字が出ているのである。そういう意味では、答えは限られる。0を合わせて、それぞれ10分の1だ。


 だが、逆に10分の9は間違いなのである。確率だけで見ると、あまりにこちらが不利であった。ゆえに頭を使い、ちゃんとした答えを出そうとするのだが……、


「……でもまぁ、正直ユイちゃんに聞いたほうが早い気がするけどね、これ」


 答えがわからず悩んでいた新澤さんが、少しうんざりするようにため息をつきながらそういった。確かに、人間型データバンク的な役割すらやろうと思えば持てるユイに丸投げして、膨大な情報をインターネット検索してもらいながらやるほうがよさそうな気がしないわけではない。 

 ……だが、俺はその手段を退けた。


「いや、ユイは午前中例のハッキング攻撃を受けています。……今、むやみやたらと外の方に通信を繋げるのはマズイかと」


「そうなのよねぇ……はあ……」


 そういってまたため息をついた。ユイは、午前中正体不明の謎のハッキングを受けていた。結局、ユイ自身にはそこまで大きな問題は起きなかったからよかったものの、どこから仕掛けたのかわからない以上、信頼のおける軍の通信以外は全部切断することになった。当然の措置といえばそうである。

 だが、何かあった時、民間から何かしらの情報を持ってくることができなくなった。軍のデータバンクがあるのでそれにアクセスすればいいっちゃいいのだが、時たま民間だからこそ持ち得ている情報もある。情報収集手段が少しでも限られるのは、あまり好ましいものではなかった。


 それに、今ユイは監視中である。ふと見ると、今は双眼鏡を使って付近を警戒中であった。こっちの視線に気づいたのか、こっちに首を向けると、笑顔で軽く手を振ってきた。


「……疲れないっていいもんだな」


「ああ、全くだ」


 そう和弥の返答を聞きながら、こちらも軽く会釈して返す。ユイはそれに満足すると、そのまま双眼鏡に目線を移して監視に戻った。


「……せっかくご厚意で単独で監視させてもらってるんだ。これ以上仕事増やすのはあれだろ?」


「わかる。こっちからふっかけるのはあまりよろしくないな。ちょっとこっちで考えるか……」


 たまにはロボットを頼らず人間の力で何とかしてみよう。そう思った俺らは、暗号を睨めっこを始めた―――。






 ―――のだが、割とすぐに挫折することとなった。


「……まったくわからねぇ……」


 俺たち人間勢3人は、すっかり頭を抱えてしまった。


 とりあえず、ヒントに書かれている言葉から何か連想するものを挙げ、その中からそれぞれのヒントにある言葉すべてに該当する要素を持つ数字を導き出そうとしたのだが、これが中々うまくいかなかった。


 まず、ベトナムが先頭にあるヒントだが、5つの言葉すべての要素を持つ数字が中々出てこない。ベトナムのセンターの街なので、つまりは首都の“ハノイ”の事かと思ったが、ここからどうやっても数字に繋がらない。

 ハノイという文字に、“返ってくる数”の意味に繋がりそうな何かがなかった。帰省客か何かの事かとも思ったが、なんの帰省客かわからない上、仮にそれのことなら、もう少しまともに絞り込めるヒントをくれるはずである。

 ハノイを諦めると、今度は地形から見て「ベトナムのセンターにある街」ということで、南北に細長い国土のうち、真ん中にある街を考えてみた。そういえば、ベトナムは国土のうちちょうど細くなっている部分は、北中部と南中部に分かれていた。ちょうと、“中”の文字がある。センターに繋がらないわけではない。しかも、その両地域の境界線も、大体ベトナムの国土の真ん中にある。センターである。もしかしたらこれのことだろうか?

 ……だが、そこから先はあまり進まなかった。その境界線には、北の方から『トゥアティエン=フエ省』『ダナン市』『クアンナム省』がある。ダナンは中央直轄市という政府の直接の管轄を受ける街の一つで、これも中央センター要素だ。

 しかし、やっぱり名前から連想できる数字はない。この場合一番の有力候補はダナンであろうと和弥は考えたそうだが、そこから先は頭にピンと来なかったらしい。第一、何が“返ってくる”のかがわからない以上中央の街を考えても何も意味がなかったのである。この時点で、俺らはこのヒントに関しては詰んでいた。


 だが、もっと深刻なのは弓がどうたらと書かれていたほうだ。

 先のヒントがわからなかったため、頭をリラックスさせる意味も含めてこっちを解こうとしたのだが、これに至っては、そもそもの問題として言葉の意味がわからないものがある時点で詰んでいた。

「放たれたすべてを総合した数」なんて、何を放って何を総合したのかわからない。そんでもって、何を“予言した”のかもわからない。先のベトナムの奴より連想できるものがまるでなかった。


「……弓道で放つ弓の合計のことを言いたいのかしら?」


 そんなことを新澤さんが言ったのだが、仮にそうだとしても今度は鏡が何を意味するのかわからないし、「弓道界でなんかの予言者いましたっけ?」という、至極真っ当な疑問を頂戴するに至った。弓道で何か予言した有名人でもいただろうか……そんなことも考えるが、当然誰も思いつかなかった。


 ……この時点でもう頭が疲れていたので何も思い浮かばなかった。


「……ダメだ、わからん……」


 かれこれ数十分は粘ったつもりなのだが、もうわからんということで手を付けたくなくなった。なるほど。警察も解読に時間をかけてしまうわけである。


「日本語なのに日本語に見えなくなってきたわ……ほんとにこれヒントなんでしょうね?」


「そう願うしかないでしょう……いずれにせよ、数字を導き出す材料はこれしかないんです」


「そりゃあそうだけどさ……」


 新澤さんはすっかり参ったらしい。元々、頭をぐりぐり使うタイプの人ではなかったらしいが、こうも頭を使う事態になるとすぐにダウンする。自分も自覚はしているようで、早々にパス宣言をした。


「もうユイちゃんに聞かない? ちょうど交代時間だし」


 時計を見ると、確かに和弥と新澤さんの監視時間が迫っていた。こうなったら、交代ついでに聞いてみるのもいいだろう。どうせもう休憩なのである。


「ユイ、ちょっと」


「はい?」


 交代するついでに、俺はユイに事情を説明し、メモを見せた。中身を見るや否や、「ん~……」だの「えっと……」だのと唸りながらも頭を使って考える。……というか、AIってこういう謎解きは得意なのだろうか。


「ネット使えれば、色々調べられるんですけどね……」


「だよなぁ……今、生憎接続されてないんだよなぁ、民間ネット」


 和弥はタブレットを見ながらそういった。先のハッキングの件を受けて、通常の通信手段の民間通信利用はすべて禁止された。元から推奨はされていなかったのだが、さらに上を行った形だ。だから、今自分たちが持っている最大限の知識を基に謎解きをすることを強いられる形となった。


「うーん……」


 首をかしげながらメモを直視するユイ。「やっぱりユイでも無理だろうか?」そんな感じのことを考えていると……


「……あ、わかった」


「え!?」


 次の瞬間にはあっさりと解読宣言。2つあるヒントのうちの片方だけではあるようだが、それでも俺らはその答えにすがった。


「何のヒントだ? どれがわかったって?」


「ほら、この弓がどーたらのやつ」


「え、これ!?」


 俺らが一番頭を悩ませたものだ。そんなに時間をかけずに、短い時間で簡単に解いてしまった。嘘だろといいたい。


「これ、もしかしたら『弓争い』の事じゃないですか?」


「『弓争い』?」


「それって、昔の平安時代にあったアレよね?」


「そうです、あれです」


「『大鏡』のことか……」


 和弥がそう思い出したように言った。

 『弓争い』といえば、平安時代にあった歴史物語の『大鏡』の一つにある有名な出来事の一つで、高校時代に古典で習ったことがある。

 詳しくは覚えていないが、藤原道長と帥殿が弓当ての対決をし、延長戦含めて互いに4本ずつの弓を使った勝負で、道長があまりに優勢になっちゃうんで父の藤原道隆が急遽中止を宣言する、という形だったのを記憶している。

 和弥も、古典分野は想像外だったようだ。ユイは続けた。


「鏡っていうのはたぶん大鏡のことで、弓っていうのは、たぶん弓争いからきているんでしょう。この話の中では、藤原道長が弓を射る際、自身が后に立てられて摂政関白になることを予言していますからそこも関係します。実際、後に本当に摂政関白になりますから……」


「予言当たってるな……命中のワードにも引っかかる!」


「なるほど……全部のワードに引っかかるわね」


 すべてのヒントが繋がった。

 なるほど。確かに、弓争いの話の中に、このヒントに出てきた言葉すべての要素がある。鏡、弓、予言した者、命中した、このワード要素は確かに存在した。


 ……ということは、


「……じゃあ、放たれたすべてを総合した数字っていうのは……」


「この話の中で出てきた放つ弓の数でしょう。そうなると、藤原道長と、その対戦相手である帥殿の分の弓の数は8本です」


「8か」


「ですね。間違いないでしょう」


 ユイはそう断言した。なるほど。このヒントにおいて注目すべきは、とある古典の物語に出てきた弓の数だったのだ。これなら、確かに納得はいくだろう。さすがAIといったところか。予想外のところをついていった。


「やっぱここは機械の頭ってやつよ、祥樹。ユイさんいてよかったぜ」


「一つ解決できただけでもありがたい限りね。やっと頭痛少し収まったわ」


 頭痛起こしてたんですか。そんなツッコミもスルーされ、ユイはヒントのメモを見ていった。


「まあ、他は色々調べたら出ると思いますよ。帰ったら早めに調べるのが吉かと」


「だな」


 後は色々調べて、帰った後この暗号解読の結果を和弥経由で報告しよう。さすがに今無線は使えないので帰るまで我慢だ。

 ……その後、和弥と新澤さんはユイと交代で監視に就いた。片方だけだったとはいえ、暗号の一つが解読できたことに満足できたらしい。すっきりした表情だった。

 その間、俺らは少しの間休憩である。とはいえ、俺はさっきから休憩してたのだが。


「……しかし、よくまあ解けたもんだな。俺ら一番わからなかったのあっちなんだが」


「偶然知ってただけです。本で見たことありまして」


「ほう……」


 偶然ってのは恐ろしいものだ。ユイが弓争いの知識を持っていてよかった。大鏡の弓争いか。古典で習って以来、これっぽっちも頭に浮かんでこなかったな。まさか、あの時の知識をここで思い出すことになるとは……。


「(……予言を的中させた人が出てくる物語の弓の数か……)」


 なるほど。これなら確かになっとk……





 …………あれ?





「(……待てよ? 俺、今“的中”って言ったよな? 予言って、普通“命中”じゃなくて“的中”って表現するはず……)」


 それなら、なぜあそこで“命中”なんだ? “的中”でもよかったはずだ。それに、命中“した”とも表現したのが、今になって気になってきた。

 ……というか、ヒントが合致した喜びですっかり抜けてたが、考えてみれば、その次にある“放たれたすべてを総合した数”って、あの数字でいいなら別に“放つすべてを合計した数”でもよかったはず。ユイも、答える時そう表現していた。わざわざ“放たれた”という意味って……。


「(……あれ、ほんとにあれ8でいいんだっけ?)」


 少し疑問を持ってしまった俺は、ついでなのでユイに聞いてみることにした。


 ……が、


「……星、キレイですね」


 その前に、向こうから話始めてしまった。気が付けば、最初はかかっていた雲も完全に消え、月明かりとともに満天の星空が頭上には広がっていた。首都圏は一部を覗いてほぼ真っ暗なので、これまた綺麗に星が見えている。


 首都で、ここまで綺麗な星空を見ることができるとは、誰が想像したであろうか。


「星のことよくわからないですけど……随分と輝くんですね」


「だな。首都圏でここまで光るのは初めて見る」


 そんな感想を述べつつ、月を見た時にふと、その明るさと輝きに惚れ、


「……月が綺麗だな」


 言ってから「ハッ」となった。


 ……これ、告白の言葉じゃないか。


「(しまった……単に純粋に月が綺麗だから発した言葉だが、この状況では間違いなく告白扱いされる奴じゃないか!)」


 いや、元ネタのやつは「月が綺麗“ですね”」だからギリギリセーフか? ……いや、意味的にはどっちも同じだからたぶん告白的な意味で捉えられなくはない。


「(おっと、これツッコまれるかな……)」


 ユイのニヤケ顔が浮かぶようである。たぶんツッコミが入るであろうことを覚悟していたが……


「あー、確かにキレイですね……上弦の月でしたっけ、今日?」


「え?」


 ……スルーされた。


「あ、ああ……確かに、今日は上弦の月だったような……」


「あー、やっぱりですか。満月じゃあないですけど、周りが暗いんで妙に明るく見えますね~……」


 普通に月を見て楽しんでいた。どうやら、これが告白になることに気が付かなかったようである。危ない危ない……。


 ……あれ?


「(……アイツ、これが告白になるって知らなかったっけ?)」


 なーんか前に同じ感じの話をしたような……そうでないような……。


「……あ、祥樹さん。定時報告定時報告」


「ん? おっと、そうだった」


 司令部に現況を報告する時間だったのをすっかり忘れていた。あまり遅延するとよろしくない。さっさと報告して……、


「……あと、交代いつになったらくるのか」


「……も、ついでに聞いとくべきだな」




 ……俺らの残業時間を聞くのも、忘れずに。




 だが、結局その日は深夜遅い時間まで監視させられ、余震にも揺らされながら体力を消耗した。




 0300時あたりに交代したころには、すっかり体力的にも精神的にも疲れ果ててしまい、





 少し前に色々と考えていたことは、すっかり頭のどこかに消え去っていたのである…………

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