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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第7章 ~混乱~
113/181

余震

 

 ―――午後になって、地震の状況をあらかた把握することができてきた。


 震源は東京湾北部。最大震度は7。マグニチュードは7.6なのだが、最初は7.3で徐々に上方修正されてるので、下手すれば今日が終わる頃には8.0の大台を突破してもいい頃。

 仮に8.0になると、それこそどこぞの首都直下地震を題材にした昔のアニメの再現になりかねず、部隊の中であのアニメを見た奴がいないか探す奴が出始めるという珍事が発生。実際、あのアニメは実際の考証を元にして作られてるため、そこから参考を得ようとしているらしい。……今回はそれに加えてテロも追加されてるので、たぶん参考にならんと思うが。


 地震の深さは約35kmと言われている。これは政府想定の中で一番地震が起こりやすく、被害が大きくなる震源域であるらしく、寄りにもよって最悪の場所で起きたことになる。和弥に言わせれば、数ヵ月前に何回か関東で地震が起きていたが、あれで“ガス抜き”していなければもっとひどかったかもしれないということだった。

 ……栃木で和弥が経験していた5弱の地震。あれも、一種のガス抜きだった可能性がある。あれがなかったらもっと広い範囲で強い地震になってた可能性を考えると、あの時地震があってよかったのかもしれない。


 当然、この地震に対する対策をする必要が出てきたわけだが、一番迷ったのはその本部の場所である。現在、テロ対策本部として臨界広域防災公園を使っている。これに追加で、災害対策本部を置くことになった。元より、この公園は災害対策本部の設置場所としての運用を想定されていたもので、ある意味やっと本来の使い方ができるわけである。

 とはいえ、問題がないわけではない。ただでさえテロ対策で多くの部屋や人員を割いて、中は人でごった返している。その中に、追加で災害対策本部を置くとなると、それに必要な部屋と人員を持ってこなければならず、まず物理的に処理容量がなくなりかける。端的に言えば“狭苦しい”のだ。


「すいません、危険区域外対策室ってどちらでしたでしょうか?」


「えっと、その通路を左に言ってすぐの部屋です」


「あのー、統合全体本部の電子看板持ってきたんですけど、これはどこに……」


「あー、その通路を左に行ってください。そこに縦長の看板ありますんでそれと付け替えて―――」


 ……新しく来た人などに対する道案内に苦労する。

 元々あったテロ対策の全体本部は“統合本部”に名を変え、テロ対策と災害対策の両方を指揮するという無理やりな手法がとられた。というより、こうでもしないと対策本部が二つあるという非効率な状況になるのだ。

 そこから、テロ対策と災害対応の両方の実働部隊を指揮するのだが、さすがに今までに訓練ですらほとんど想定したことのない、若しくは、仮にしたことはあっても、ここまで大きな地震ではなかったがために、初期はグダグダもいい所だった。


 ……それは、午後の警戒線監視中にも起きた。近くの大き目のビルから、指定された中央区内のエリアを監視していた時である。




「―――東京都内の住民は元から避難区域にいたからほとんど問題ないようね。ただ、それ以外の区域はまだ住民避難をしてなかった地域とかはけが人多発っぽいけど」


 新澤さんがどこから持ち込んだのかわからない小型のラジオを片手にそういった。そこから流れてくるのはNHUラジオである。いつの間に周波数を合わせたのか、結構はっきりと聞こえてきていた。

 その横で和弥が少し気の抜けた声を出す。


「呑気にラジオ聞いてるのはいいっすけど、そろそろこっちも動くかもしれんですよ~」


「わかってるわよ。目は話してないわよ、目は」


 事実、新澤さんはラジオは片手に、眼だけは双眼鏡から離さない。人間二つ以上の動作は簡単にはできない筈なのだが、聞くだけならあのひと的には問題ないのだろう。

 和弥が軽くため息をつきながらスコープ越しに中央区の都市部を覗いていると、今度は無線が響いた。


『―――あー、本部より新宿区5番へ。ビル現場の状況報告せよ。どうぞ』


「……ん?」


 何やら聞き覚えのない声が聞こえてきた。女性の声のようだが、新宿区5番てなんだ。うちの部隊でそんなコールサイン持ってる奴いただろうか。というか、なんで新宿にいる部隊の無線をこの周波数で聞かなければならないのか。


『こちら災害本部。新宿住友ビルの状況を報告せよ。新宿区5番、聞こえるか? ……あれー?』


 急に呑気な声が聞こえてきた。しかも、なぜか災害本部を自称している。そしてやはり、聞き覚えのない声に対する応答はない。

 ……もしやこれは、


「……新澤さん、これ、向こう周波数間違えてません?」


「かもしれないわね……」


 災害本部に与えられた無線周波数は、軍と警察のテロ対策部隊が使用しているものとは違う。俺たちに、災害本部の無線がかかってくることはないはずだ。こっちが周波数を間違えているわけではない。念のため確認したが、周波数は元から使っているものだった。


 ……おそらく、俺たちと同じ反応を示している部隊が多数いる事であろう。


「……新澤さん、先頭切って言いましょう」


「え、私が言うの?」


「いいですから、ほら。早く」


「えー……えっと……」


 そこからの無線主に対する新澤さんの応対は誠に遠慮が過ぎるものであった。人見知りの人が初対面に対して面と向かって話しかける時と似ていた。新澤さん自身は人見知りどころかむしろその逆だと思うのだが、多くの人が無線を聞く中であまりその無線主の人に大恥をかかせたくなかったのかもしれない。

 すぐに向こうはミスに気付いて周波数を変えたらしい。「すいませんッ」の早口謝罪を最後に何も聞こえなくなった。その声だけでも、無線の向こうでの彼女の顔が目に浮かぶようである。


「……上の連中はちゃんと彼女に周波数教えたなかったのかしら」


「彼女自身がミスって設定した可能性もありまっせ」


「周波数ってそんな間違えるものかしらね……」


「それだけ混乱してるってことでしょう。簡単には間違えない周波数を間違えるくらいには」


「はぁ……」


 新澤さんがそうため息をついて双眼鏡を覗く。実はさっきから2回ぐらいこれが起きていて、災害本部との無線周波数の分配において色々と混乱している模様であった。あまり間違われても現場が困るのであるが。


「ていうか、新宿住友ビルって例の爆破予告されてるやつよね?」


「……あー、そういえば」


 テロ対応のゴタゴタですっかり忘れていたが、そういえばそうであった。あそこ、まだ解決したという報告は聞かない。まだあの暗号的なの解けないのだろうか。


「続報これっぽっちも来ないわよね……というか、あれの対応災害対策の管轄になったのかしら」


「じゃ、俺たちはどっちにしろこの件に関してはお役御免っぽいっすね……まだ向こうも混乱してそうだなぁ」


「まあ、混乱してるのはこっちも一緒だけどね」


 そんなことを言いながら、新澤さんは双眼鏡のレンズを少し吹いた。どこもかしこも混乱は収まらないが、たぶん一番混乱しているのはここであろう。そっちが混乱しているそのころ、むしろ混乱しまくっているのはこっちであるということは、たぶんその現在進行形で混乱している本部の連中が一番知らないかもしれない。

 それに若干うんざりしてか、和弥はスコープ越しに中央区の都市部を覗きながら言った。


「……はぁ。ったく、こっちは味方ロボットから撃たれて地震にも振られて大変だってのに、少しくらい休ませろって話ですよ。午前ちょっと休んだらすぐに監視ですもん」


「しょうがないでしょ、人が足りないんだもの。ロボットを動かすつもりが、そのロボットが軒並み使えなくなったし……」


「はぁ……世の中前線に出るのはロボットになってくると思ってたのに、そのロボットが使えないってなるとこうもめんどくさくなるんですなぁ」


「文句言わない。私が沖縄とか台湾いった時なんて、そのロボットが前線にまともに出てない時代だったのよ?」


「アメリカは試験的に出そうとしてたらしいっすけどね。あの4足歩行のアレ」


「ああ、あれね。結局必要ないって送らなかったらしいけど……」


 そんな会話を横から耳に入れる。


 ロボットを前線に送ること前提で形作られてきたシステム。それが崩れたとき、こうも簡単に人は足を掬われるのか。案外、人というのは“転びやすい”生き物なのかもしれない。

 結局、ロボットがいきなり暴走した理由は現段階では不明とされた。だが、幸か不幸か、すべてのロボットが暴走したわけではなく、一部のロボットは何らかの理由で暴走せずその場で機能を停止させたりもしたようである。そのロボットは、その場に今でも放置され、回収するか放置するか上が判断中である。


「(結局、R-CON何の役にも立たなかったのか……)」


 こういう時一番信頼できるはずのこのシステムが、このロボット暴走時、既に役に立っていないことが明らかになった。システム自体は機能しているのに、それがロボットに届いていないのだ。どうやら、暴走したロボットらは別の指揮系統に入ったらしいことが判明したのだが……


「(……たぶん、“あの時”だろうなぁ……)」


 前に、R-CONシステムが処理落ちして不具合を起こしたことがあった。その際、指揮下にあったロボットらは一時的に機能を止めたのだが……おそらく、その際に細工がされたに違いない。R-CONシステムに対して、政府系指揮系統とは別の指揮系統を用意し、そっちの指令を優先するようにプログラムでもすれば、政府がどれだけR-CONシステムに命令を出してもそれらはスルーされるだろう。あの時、処理落ちしたのは桜菱と富士見、有澤の3つの企業の分だ。中央区内にいるのもその3つの企業のロボットばかりだが、そのうち機能を停止しているのはどうやら旧式の部類ばかりで、命令内容の矛盾に対して処理が追いつかなかったのだろう。比較的新型の奴なら、それらに対しても柔軟に対応できる。

 情報幹部にいたスパイの件もあるし、味方の中に、しかも機密に関わる人の中に敵がいることが否定できない以上、十分可能性はあった。

 タイタンを指揮していたTCNも、たぶんその類でやられた可能性も……


「(ロボットが軒並み信頼ならなくなったな……ほんと、ユイがそれらの指揮下になかったのが幸いだな)」


 隣で和弥と同じMGS-90を構えて微動だにしない相棒をみて心底そう思った。コイツが敵になろうものならもう目も当てられない事態になる。既存のクラウドシステムから独立した自律思考型であったのが何よりの救いであった。

 朝方のあのハッキングが妙に気がかりではあるが、あれが問題なら今頃下にいるロボットらと同じ行動を示しているはずだし、こうした今までの命令と矛盾する命令に対しては疑念を通じて“自制”が効くようになっている。簡単にあのロボットのようにはならない。


「……ユイ様々……」


 双眼鏡をのぞいて監視しながらそう小さく呟いた、その横から、


「私がいつ女神様になったので?」


「うわぁッ、聞こえてたのか」


 びっくりさすな。そう小さく文句を言う顔の視線の先には、体はそのままに、目線だけこちらに向けているユイの若干笑みを含めた顔があった。


「いや、ロボットがああなると、唯一頼りになるロボットって考えてみればお前ぐらいだなーって思っただけ」


「まあ、そういわれてみればそうですね」


「お前だけは裏切んなよ~? たぶんこっち手に負えなくなるから」


「裏切ったらどうします?」


「どうしようかねぇ、たぶん撃つ前にお前に撃たれると思う」


「……撃たないんですか?」


「バカやろう、今まで相方やってきた奴を撃てってか?」


 だが、ユイの表情はきょとんとしている。「え? マジで撃たないの?」と言わんばかりである。すぐに視線を元に戻させた。


「……相手はロボットなんですからもうちょい殺伐でも耐えれますけど……」


「悪いが、そっちはよくてもこっちはよくねんだ。人間ってのは厄介だぞ、要らんところにまで情を挟むからな。撃つべき時に撃てなくなる時とか容易に考えられる。ましてや、それが信頼できる味方だったらな」


「……それが敵だったとしても?」


「たぶん、俺は撃てない」


「……隠す気ないんですねぇ、そこ」


「隠したってどうせバレる」


 隠すのが下手だったり、考えていることがすぐ表に出る俺にとっては、隠し事はもはや使えない手段だ。それならある程度は自分からさらけ出したほうが楽ではある。これくらいの事、相棒に言ったってそんなに自分にダメージは入らない。


「……」


 数秒くらい、ユイの目線が俺の方をじぃ~っと見ていたようだが、すぐに愛銃のスコープに向き直った。それが何を意味していたのかはよくわからないが、コイツのことである。「変なこと考えとんなぁ」ぐらいにしか考えていないだろう。


「お前だってなぁ、俺が敵に寝返ったら撃てないだろ?」


「……ん~」


「待って、その間はなに? ちょっと迷ったその間は何ですか?」


「……どうしましょうか」


「俺絶対裏切れねぇ……」


 裏切ろうものなら問答無用で殺される可能性が出てきた。考えてみればコイツはロボットだ。仲間が敵だったら余裕で銃を撃つ度胸ぐらいは持ち合わせている。そこまでの情の深入りはしないよう自制ぐらいはできるのだ。

 ……あれ、案外殺伐としているのはそっちなのではないだろうか。


「(……というか、撃たれる日はくるのだろうか)」


 来るとは思えんのだが、先のハッキングがあるため妙に笑ってスルー出来ないのが現実である。……ないことを祈りたい。割と本気で。


「……で、新澤さんはいつまでラジオ聞いてるんです?」


 新澤さんが一向にラジオを止める様子がない。周波数も若干変わって旭日川ラジオである。そこから流れてくるのは、災害情報とテロ情報ばかりなのだが、別にそれを聞いたところで俺たちに何らかの情報が渡るわけでもない。聞くだけ無駄なのである。

 しかし、新澤さんはやめようとはしなかった。任務に支障が出るため、そろそろやめさせた方がいいだろう。


「新澤さーん、今はラジオ聞く時間じゃないんで、そろそろやめた方が―――」


「ごめん、ちょっと待って。これよく聞いてみて」


「え?」


 いきなり右手を前に出して制止したと思うと、今度はさっきまで持っていた小型のラジオを差し出してその音声を聞かせた。何の変哲もない緊急特番ラジオである。そこから聞こえてくるのは、災害に関する情報はもちろん、テロの状況、政府や軍、警察の対応の現況、さらには中央区にまだいる住民の安否情報……




 …………ん?




「……え? 安否情報?」


 そこから流れてきた情報に思わず耳を疑った。

 このラジオでは、どうやら中央区にいるらしい情報をどこからか取り寄せ、その人らのうち安否が確認できない人を放送しているらしい。個人名までは出ていないが、どこの地区にこの人数、この地区にこの人数……といった具合だ。


 ……だが、俺らは真っ青になった。


「……なんで民間ラジオがそんなことべらべらしゃべってやがるんだ!?」


 これはとてもマズイことである。民間ラジオの長所といえば、レディオ機器さえあれば周波数を合わせて誰でも聞けることである。だが、誰でも聞けるということは、やろうと思えば今中央区を襲っているテロリストすら聞けるということなのである。

 その民間ラジオが、中央区内の人員安否の情報を流すことがどういうことなのか。これは、バスジャックにあったバスの後ろから強行突入しようとするSATをTVが中継して、その映像を犯人がバスの車内から見れるようなものである。


 テロリストに、あろうことかこっちから情報を渡している状況なのである。


「……これ、さりげなしにマズくないですか? 今中央区内であとどれくらいの住民がいるかバラしてるようなもんですよ?」


 和弥がスコープを覗きながらそういった。その通りだ。ほんとにさりげないことではあるが、これはかなりマズイことだ。向こうとて情報収集をしているはずで、その時都合よく旭日川のラジオを聞いていなかったなんてことは考えにくい。そんなのはご都合主義過ぎる。

 おそらく、向こうにも聞かれた可能性が高い。


「何やってくれてんのよこのクソラジオ……というか、この情報どこで手に入れたの? 確か軍でしか扱ってなかったわよね?」


「取材とかしたんですかね?」


「したにしても、これは漏らさないわy……あッ」


 新澤さんが思い出したように「ハッ」となったあと、すぐに指を鳴らしていった。


「……もしかして、スパイだった情報幹部とか?」


「……あー」


 和弥が察したようにそう声を発した。なるほど、そいつならこの情報くらいは持っていてもおかしくはない。

 ……が、気になることがないわけではない。


「(あの人が捕まったのって数日前だったはず……今流れたのって確か最近の情報だよな?)」


 このラジオで流れたのは、ついさっき本部で聞いた数字だ。監視中に行方不明だった住民を見つけたときのためにカウントを覚えておくように言われて知らされていたのだが、それとまるっきり同じ情報だ。数日前に捕まった情報幹部は、当然外部の情報と隔絶された環境に放り出されたはずである。彼が犯人だとして、今現在の情報を知ることはできるのだろうか。


「(……その人が本当に犯人なのか微妙だな……)」


 しかし、その疑問を投げる間もなく、二人は会話を続けた。


「これ、司令部に知らせたほういいいいっすよね?」


「でもなんていうわけ? 『今現在行方不明者の情報ラジオで流れてま~す』って馬鹿正直に言う?」


「それしかないでしょう……この情報を基に向こうが行動起こされたらたまったもんじゃないですよ」


「まあ、それもそうね……」


 新澤さんは無線を入れて状況を伝えた。地味に任務中にラジオ聞いてることバレるのだが、まあ、そこはあの人のことだしうまく誤魔化すだろう。「こっちの緊急地震速報受信できなくて代わりに速報聞くために聞いてたんです」みたいにいえばどうにかなる。……情報を隊内で共有しろよと言われそうだが。


 無線の向こうが驚いている。やはり、意図的に情報を与えたわけではないらしい。まあ、そんな自分どころか一般の人らの首すら絞める行為を自らするわけもないのだが、すぐに止めるとのことだった。

 今更止めても遅いとは思うが……これ以上正確な数字を持ってこられるよりはマシであろう。


「(どっから漏れたんだ……こんな地味にバラされたら困る情報……)」


 情報幹部の件もあって保全には力を入れたはずなのだが、漏えいルートがどこにあったのか……もしや、別のスパイも混ざってるのだろうか。可能性はゼロではない。だが、仮にそうだとしたら事はとてもめんどくさいことになる……。日本の情報保全隊やら公安やら何やらは一体何をしているのか。


「(敵の動きに警戒しなければ……UAV飛ばしまくってるはずだから、先のラジオで言ってた情報を基に行動するなら、ある意味今後は予測しやすい……)」


 等と今後を考えていた。


 ……すると、




 ―――グラッ




「……あれ?」


 一瞬揺れた。そう思った瞬間、


「……ゲッ、来た。震度6強!」


「6強!?」


 また余震である。本震がきてまだ6時間ちょいしか経っていないため、余震が立て続けに連続してきている。さっきから高頻度で来るが、余震の順番が詰まって渋滞でもしてるのだろうか。

 すぐに今さっきまでいた屋上の淵から離れて中央に陣取る。それと同時に、建物が大きく揺れ出した。ここは10階建てのため、ただでさえ強い6強の地震をさらに強く感じる。縦に突き上げられたと思ったら、今度は横に大きく振り回され始めた。


「ユイ! 震源どこ!?」


「ここのほぼ真下ですよ真下!」


「真下ァ!?」


 道理で緊急地震速報がほとんど間に合わなかったわけである。少なくとも初期微動は速報が来る前に到達していた。直下型になると、この緊急地震速報もほとんど役に立たなくなるためほんとにどうしようもない。


「ひぃいい、こんなことならこの建物登らない方よかったんじゃねえのか!?」


「しゃあねえだろ! ここでないと監視できないんだからよォ!」


 ぐわんぐわん揺られる屋上に和弥と俺の絶叫が響き渡る。もうたくさんだ。俺たちはいつまでこんな地獄の地震祭りに付き合っていればいいんだ。とてもじゃないが付き合いきれない。


「(この余震も結構長いなぁおい……)」


 横揺れに揺らされながらそう考え、さっさと収まれと心の中で叫んでいた。


 ……その時に横を見たのが間違いだったのかもしれない。


「……は?」


 見たくない光景を見てしまった。

 この建物の隣にはもう10階ぐらい高い建物があった。そんなに古い建物とは思えないが……



「―――た、倒れてきてるゥ!?」



 俺たちのいる建物に向けて倒れてきた。あろうことか、こっちにむけて倒れてきたのである。


 ふざけんじゃねえ。こっちの建物は古いんだ。そんなんぶつかろうものなら……


「あぶねぇ伏せろォ!」


「うわあああああ!!!」


 コンクリートとコンクリートがぶつかり合う何重にも重なった瓦礫の音。それらが粉々に砕け塵ながら、倒れてきた建物は、俺らのいる建物に倒れてきた。幸い折れはしなかったため、屋上に折れた上の階の部分がさらに倒れることはなかったが……



 ガキャンッ



「―――えええ!!??」


 案の定、衝撃に耐えられなかったこのボロッちい建物は悲鳴を上げて倒れ始めた。すぐ隣に別の建物はあるのでそれが支えになるかもしれないが……


「おいおいおいおいやべえってこれ死ぬってマジで死ぬって!!」


「全員何か掴めるところに掴んで! なんでもいいから! 隙間とかでいいから!」


 和弥と新澤さんの絶叫が瓦礫が崩れる音に被さって聞こえてくる。隙間ってどこだよとすぐに探すが、案外近くにコンクリートの隙間とかがあった。この建物が古くてよかった。

 すぐに指に隙間を入れるが、十分ではない。何とか自重に耐えれるレベルだ。装備を軽めに揃えてきて幸いであったが、これ以上傾かれるとさすがに耐えれるかはわからない。


「(ひいいいなんだってここを監視ポイントに指定しちゃったかなうちの司令部!)」


 思わずそんな愚痴を心の中で突くが、その横で、


「うぉ、ちょ、だ、誰かァ! こっち隙間ないんですけどォ!」


 ユイが周囲に掴むものが何もなく慌てふためいていた。寄りにもよって確かに隙間の一つすらない。マズイ。いくらユイといえど、ここから滑って億条の淵に当たって無事だったとしても、このビルと倒れた先のビルの衝突時に起きた破片で傷を負いかねない。


「おい、掴まれ!」


 一番近いのは俺だ。すぐに開いている右手を伸ばす。今この状態でもきついのだが、もうそんなことは言ってられなかった。

 俺の右手が見えたユイはこれ幸いとすぐに両手でそれを掴む。


 ……だが、


「(……ぎぃえ! おっも!!)」


 落下しかけているからだろうか。それとも自分自身が地味に落ちかけているからだろうか。ユイが妙に重く感じてしまった。片手で掴んでいることもそれを助長させているのかもしれない。

 ただでさえ片手で自重を支えているのに、さらに追加でユイの体重も支えねばならない。利き腕というわけではない俺の左腕がすでに悲鳴を上げ始めている。建物の傾きはすでに40度に近い。幸いそれ以上行く前に向かいの建物にぶつかって倒れることは免れたが、今度は諸悪の根源である最初に倒れてきた建物のほうからガラスやら細かい破片やらが降ってきた。


「(ひぃいいいこっちは両手塞がってんだよォ!!)」


 せめて首には破片が当たらない様、首を引っ込めて腕に力を入れる。それでどうにか保つしかなかった。頭とかに破片が何回か当たり、そのたびに頭かち割れないかとヒヤヒヤする。迂闊に上を見れないので尚更たちが悪い。


「ひいいい!! ひ、祥樹さん絶対手離さないでくださいよ! こっちこの下割と奈落に見えますから!」


「大げさだろうが! 頼むから余計に動くな!」


 左腕が大変だと思ったら右腕はもっと大変であった。落下が怖いのか結構慌てている。お前ロボットならもうちょい冷静にならんかいこらと本気で叫びたくなる所存である。


 そのうち、余震は徐々に収まりを見せる。それと同時に、上から降ってくる破片もほとんどなくなり、建物自体の揺れはそこまで大きくなくなった。それに伴い、俺らも落ち着きを取り戻す。気が付けば、建物は斜め40度に近い角度にまで傾いていた。よくこれで完全に倒壊しないものである。建物の中腹あたりからボキッと折れたら、おそらくその時点で俺らの命はないかもしれない。


「ぜ、全員無事か! 点呼ォ!」


 一先ず点呼を取る。視界には入っているが、生きているかは念のためだ。


「こちら0-4異常なし!」


「0-2、こっちも問題なし!」


「0-3! 異常はないけど状況が異常すぎるわさっさと助けてくれ!」


 あれだけ余計な口が叩けるなら大丈夫だろう。一先ずゆっくりと傾いた屋上を滑って降りていった。その際、ユイが俺の右手から左手に掴みかえて絶対に離さなかった。怯えすぎではないかね君。

 ゆっくり降りると、向かいの建物の窓にたどり着いた。この建物が倒れたときに屋上の淵がその建物にめり込んだこともあって、ガラスは軒並み割れまくっていた。近くの割れたところからその向かい側の建物に乗り移り、ようやく一安心である。


「ひえぇ……なんだって俺らはこんな目にあわにゃならねんだ……」


「お前、俺に前に悪霊がどうたらって言ってたよな? もしかしたら全員に乗り移ったんじゃね?」


「チクショウ、そんな霊呼んでねんだよ……この中に巫女さんいねえか?」


「たぶんお祓いしてもムリだと思う」


「チクショウ……」


 割と半泣き……とまではいかないが、もうイライラと哀愁が溜まりまくりの表情だった。もう泣く5歩蔵前の表情である。銃撃戦に加えて地震に建物倒壊と追加出来たら、まあそうなりたくもなろうってものであろう。

 こういう時、年長さんは心強い。


「とりあえず、ここはさっさと離れて別の場所に移動しましょう。今度はもうちょっと頑丈な建物を選んで……」


 新澤さんは「自分だけは冷静でいなければ」と思ったのか、正直怖かったであろうその本音を抑えてそう冷静に自分の意見を提言した。一人でもこういう人がいると、やはり焦燥感は抑えられるものである。なんでこの人隊長やらなかったのかやはり不思議でならない。


「次の場所は私が聞いてみるわ。移動しながらいきましょう」


「ですね。とりあえず、ここはさっさと降りましょうか」


 次の監視場所は新澤さんに任せるとして、今はここを降りることに専念した。この建物は頑丈そうだが、あの衝撃である。一部の柱に亀裂が走った可能性は否定できない。次の地震とかでそれが広がってまた倒壊なんて話になったらシャレにならない。


「……なぁ」


「はい?」


 ……だが、その途中、やはり気になるのがすぐ左に。


「……離れよう? な?」


「やっぱり無理ですか?」


「無理に決まってんだろさっさと離れ給え」


 相当さっきの倒壊が堪えたのか。左腕をさっきまで掴んでいた。いつまで掴んでいるのか。

 さすがにずっとはマズイのでほどいてやるものの、どこか少し怯えている様子であった。


「まあまあ、さすがにユイさんも地震倒壊火事親父ってくれば怯えはするべ? な?」


「火事親父は起きてないのだが……」


 しかも倒壊の部分は雷である。造語にしても無理くりである。

 任務に戻ったユイはいつものユイとなった。いつまでもあの調子だとマズイのでありがたい限りである。


 ……でもおかしいな。


「……なぁ」


「ん?」


 さすがに耐え切れず和弥に聞いた。


「……アイツってあそこまではしゃぐ奴だったか?」


「はしゃぐ? 何の話だ?」


「だから、あそこまで感情表現激しい奴だったかって話」


「んー……?」


 和弥はユイを少しの間凝視した。「また倒壊しないだろうか?」と周囲を確認しては、「はぁ~」とため息をつくユイの姿を見ながら、


「……別にいつも通りだろ。普段もあんな感じじゃね?」


 そんなに違和感を感じていないらしい答えを返してきた。


「……そうか。ならいいや」


 あまり疑ってかかるのもいい気分ではない。和弥ですらこういうのだし、たぶん俺の気のせいだったのだろう。


「むしろあれだ。あそこまでいくと一種の庇護欲をそそらね?」


「父親か何かじゃねえんだからよ」


「お前が加護してやれば一気にユイさんのハートはわしづかみだぞ」


「その掴むハートが見当たりません」


 どうやって掴めばいいのか。生憎俺はその手法を知らない不器用な男なのである。


 新澤さんが次の警戒監視場所を知らせてきた。そんなに遠くない。今度はちゃんと頑丈な建物らしい。もうあんな目にあうのは御免であるため、その情報は真実であることを割かし本気で願った。


「……大丈夫か?」


 不安そうであったらマズイため念のため声をかける。


「え? あぁ、はい……さすがにもうなんとか」


「無理はすんなよ。なに、揺れくらいはすぐに慣れるはずだ」


「倒壊は慣れますか?」


「……さすがにそれは無理だ」


「げぇ……」


 むしろ慣れてたまるものか。そんなツッコミをしつつユイは先頭に出て、外の監視に向かった。

 その後ろ姿は、妙に身近に感じられるのだが……


「……」



 ……俺は考えていた。俺の知ってるユイって、ここまで身近だったっけか?

 前はもうちょい遠く感じていなかっただろうか? いつの間に感じ方が変わったのだろうか。




「(……ふ~む……)」





 人間、変な錯覚もあるものだ。


 そんなことを考えつつ、俺は階段を下りていく…………

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