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BUDDY ―鋼鉄の相棒と結目―  作者: Sky Aviation
第6章 ~疑念~
111/181

中央区脱出

 

「はぁ……はあ……ッ!」


 ユイと別れた後、俺はとぎれとぎれの識別ビーコンの位置を頼りに、和弥と新澤さんとの合流を急いだ。

 細い通りをどうにかこうにか曲がりまくり、ロボットらに場所を察知されないようビーコンが届きにくい場所を通りながら全力で走った。

 この時点で、もはや射撃がどうのなどとしている暇はなかった。持っていたフタゴーはスリングをしめて背中に回しており、護身としてサイドアームのハンドガンをいつでも構えれる準備をしているだけで、後は足を動かすだけであった。


「(5分だけだ……あの敵の数で、アイツが単独で持っていられるのは5分だけ……)」


 ユイと別れる直前、路地の陰から見た敵ロボットの数は10はくだらない。しかも、全員がなんでか知らないがアサルトライフルを持っていた。89式か、AK-47か。一瞬ではあったが、どっちかを持っていたのは確認できていた。

 ……一人でどうにかこうにか対処できるものじゃない。命は助かっても、ただでは済まないだろう。


「(急げ……もう時間がねんだ……ッ)」


 すでに3分を経過しようとしている。往復の時間も考えて、そろそろ合流せねば時間がない。

 この路地を抜ければ、ビーコン通りならすぐ近くにいるはず……


「よし、ここだ。あの二人は―――」


 ……が、


「―――げッ、居やがったッ」


 待っていたのは、あの二人だけではなかったらしい。先回りしていたのかはわからないが、そこには3体のAK-47持ちのロボットが待ち構えていた。しかも、都合よく曲がり角で俺が視界に入り、距離も20mと離れていない。


「(クソッ! こんな時に運がない!)」


 今からフタゴーを構えている暇もない。右腰に控えていたハンドガンを取り出し、セーフティを即行で解除してまず先頭のロボットに対して数発弾丸を放り込んだ。

 あくまで牽制目的であったが、うまいこと初弾は首元に当たって動きが鈍くなった。メインカメラのある頭部が動かしにくくなったため、重心のバランスもとれず複雑な機動が取りにくくなったのだ。それゆえか、そのうちまともに動こうとしなくなった。

 しかし、残り二体は相変わらず前進をしようとし、こっちが撃ってくると同時にすぐに応射。近くにいた味方であるはずのロボットを蹴ってどかし、そのままゆっくりとこちらに向かってきた。よほど強く蹴られたのか、その蹴られたロボットは近くのビルの壁にぶち当たったまま動かない。


「(ひえぇ、アイツら自分の仲間を何だと思ってんだ……)」


 尤も、ある意味ロボットらしいやり方っちゃあらしい。基本的にこういうときは効率やらを重視するのが奴らの行動基準だ。邪魔ならどかすのはさしておかしなことでもないのだろう。でも、日本製のロボットってあんなに非情な奴等だったっけ……。


「(クソッ、ここを突破しないとあの二人と合流できない!)」


 無線は届いたはずだ。すぐに無線のスイッチを入れ、場所を聞き出した。


「和弥、今ポイントDF-145にいるが、お前今どこだ? ここの近くにいるはずだろ?」


『ん? あぁ、それなら……』


 そう、和弥が静かに言った瞬間、



 パスンッ



「……ん?」


 サイレンサーによる空気が若干抜ける射撃音が1……いや、2発聞こえたと思うと、数瞬後には二回ほどの金属的な破壊音が聞こえてきた。時折電気がショートする音が聞こえたあたり、「まさか?」と思い陰から除くと、そこにはものの見事に後頭部を撃ち抜かれた二体のロボットの姿があった。


 ……そして、そのさらに数十メートル先には、


『……お前の視界の中にいるぞ』


『待たせたわね』


「二人とも、間に合ったか!」


 和弥と新澤さんだった。うまい具合に敵ロボットの後ろに回り込み、和弥がMGS-90にサイレンサーをつけて二発ロボットに撃ちこんだらしい。さすがの射撃能力だ。

 無事に二人との合流を果たす。二人とも無事だった。弾薬を幾らか消費はしたが、身体に何らかの傷を負ったということはないようだ。遠距離から静かに狙撃をしまくったらしい。


「そんで、ユイちゃんがどうしたって?」


「話は後です! 今もうユイが孤立無援してますから急いで!」


「お、おう……一体何が何やら……」


 事態の急変に色々と困惑している和弥だったが、新澤さんはある意味俺より乗り気で救援に走った。可愛い妹のための如くであった。

 道はわかっている。しかし、逆戻りするのではなく、まず、先ほど敵がいた大き目の道路にすぐに出た。ユイが相手している敵をすぐに確認できるようにするためだった。この道を少し行けば、敵たるロボットはすぐ近くにいるはずだが……


「……おい、いなくねえか?」


「あれ?」


 いなかった。現場に来たのに、これっぽっちもいなかったのだ。


 おかしい。あれだけの数だ。一人で全部お相手するには10分前後くらいはかかってもいいはずだ。ユイと別れてここまで、約束通り俺は5分ジャストできた。見事にジャストできたのだ。5分なら、まだ数体ぐらい残っていてもいいはずだ。


 ……いいはずなのだが……


「……おいおい、もぬけの殻だぜ。どこにいるって?」


「そんなバカな……」


 現場には何もなかった。ロボットの姿も、ユイの姿もない。おかしい。確かにここでユイはアイツらと対峙していたはずだ。それどころか、まともに銃撃戦をした様子すらない。散らかっている空の薬莢がこれっぽっちもないのだ。

 どっちかがやられたなら、相応の亡骸が転がっていてもいいはずだ。当然、最悪の場合はユイの死体……という名の鉄製のガラクタがそこに転がっていてもいいだろう。


 ……が、ない。ロボットのものもない。戦闘自体が、まるでそもそも行われていないかのようだった。


「……んで、そんな緊急性のある事態だってんで急いできたはいいものの、ロボットどころかユイさんすら消えてるわけだが。彼女、神隠しにでもあったのか?」


「そんなわけあるか! 確かに、俺はここで別れたはずだ……」


「でも、どこにもそれらしいものはないわよ。……まさか、連れ去られたとか?」


「ちょ、やめてくださいよそんなの……」


 周辺を捜している新澤さんが悪質な冗談をさりげなくぶちまけた。

 まさか、アイツに限ってそんなわけ……いや、だが……


「(よくわからんハッキングすらしてきた奴だ……セキュリティが万全の、ユイのAIに対してだ。何をしてくるかわからん……)」


 正直、今でも半信半疑だ。ユイの繋いでいるMODネットワークは秘匿性重視のクローズ系オンリーで、それも数は少ない。外部とのネットワーク接合は場合によっては可能なようにはしているものの、ユイの方からやらない限りはそんなことは無理だ。外部の人間が、ユイのAIに直接関与するなんてのは、海岸の砂の中にあるマイクロチップを探してそれをいじるようなものなのだ。しかも、それは砂に偽装すらしているレベルだ。


 ……一体どうやってハッキングしたんだ?


「(それに、ユイはハッキングされても、すぐにウイルスバスターやらファイヤーウォールやらが働いてくれるはずだ。そう簡単にああはならないはずだが……)」


 あんな息をぜぇぜぇ吐くようなひどい排熱を繰り返すほどの処理を引き起こすような、そんな高度なハッキングなんて聞いたことない。俺は一体あの時、何を見たんだ……?


「なぁ、ここいら辺大体探したけどよ、どこにもいねえぞ。実は隠れてんじゃねえか?」


「隠れてるって、一体どこに……」


 ここいら辺にいないとなると、少し距離を置いて逃げたのか? 敵からの攻撃を逃れるためなら、逃げるという方法もあるにはあるが……。


「ちょいと範囲を広げよう。そんなに遠くには行っていないはずだ」


「了解。ビーコン見てみる?」


「見てみはしますけど、アイツのことです。たぶんそういう電波が届かないとこに隠れたりしてるんでしょう……」


 建物の中に隠れられていたら……少し厄介だ。見つけるのがめんどくさいことこの上ない。

 隠れるとしたら路地裏か何かだ。大通りには出ないだろう。ロボットに出くわさない様に、できる限り急ぎつつ、慎重さを最大限考慮して道を進んでいく。


「(ここいら辺はビーコンが届きにくい……見つかるだろうか……)」


 薄暗い路地裏をそろりそろりと入っていきながら、そのビーコンを探す。妙なことに、さっきからアイツのビーコンが見つからない。

 ……もしかしたら、敵に見つからない様に切ってるのだろうか? しかし、アイツ自分自身のビーコン切れたっけ……。

 しかし、考えても始まらなかった。事実としてビーコンがないのなら、肉眼で探すしかないのである。


「……あとは、ここいら辺くらいだが……」


 次の十字の路地を右に曲がってみたときであった。


「―――あぁッ!?」


 すぐ目の前に、それはいた。


「ユ、ユイ!?」


 ユイであった。床に座って、足を延ばして近くの建物の壁に背をもたれていたのだ。随分と、ぐったりした様子である。

 ユイもこちらに気づいた。少し息遣いが荒いが、最初よりは落ち着いていた。


「げぇ!? ユイさんこんなとこに!?」


「大丈夫ユイちゃん? 怪我ない?」


 二人が駆け寄った。俺も後をついていくと、どうやら怪我らしい怪我はなさそうだった。なんで怪我がないんだと思わなくはないが、一先ず無事なようで何よりだった。


「とりあえず、それらしい損傷はないようね……」


「そんで、これは一体どういうことだ? ユイさん妙にお疲れの様子だが、とりあえず1から15まで全部説明してもらおうか」


「5の余計な部分は何なんだよ……まあ、実は……」


 状況が状況であるため、できる限り簡潔に話した。お互いが二手に分かれている間、いきなりよく知らん声の男性の無線が割り込んだこと。突然、男がユイに対してハッキングを仕掛けたこと。ロボットの大群がご都合主義的なタイミングで押し寄せたため、ユイの“懇願”により一旦ユイを置いて二人を呼びに行ったこと……。余計なことは言わず、結構簡潔にまとめていたと思う。

 だが、二人にとってはそれで十分だったのだ。インパクトとしては、それだけでも十分伝わったのだ。


「ハァ!? なんでユイさんがハッキング被害にあうんだよ!? 確かクローズ系ネットワークに繋がってたろ!?」


「それこそアンタ置きっぱなしじゃマズいじゃないの! あんたバカァ!?」


 一瞬どこぞのロボットの女性パイロットのようなセリフを吐かれた。とはいえ、これに関しては俺は否定してもたぶん向こうは引いてくれなかっただろう。引いてくれるなら、あそこまでキレたりはしないからだ。


「え、えっと……なに、これじゃあハッキングされた後? これ大丈夫なの?」


「いやぁ、そこに関しては爺さんに聞いてみたりしない限りは……その……」


 そう言いつつ、まだ息が整いきれていないユイの顔を伺った。大分落ち着いてはいるものの、もう少しだけ時間を置いたほうがよさそうである。


「大丈夫か? 頭イカれたりしてねえか?」


 気分を落ち着かせるため、少し調子づくようにそう聞いた。尤も、今のコイツにはそれに対して元気にお答えできる余裕など鼻から期待していない。あくまで気分的に、少しでも味方の存在を認識させて平常を保たせるつもりでいた。


 ……そのつもりだったのだが、


「……おおぅ、目の前に王子様がいるわ。ハッハッハ」


「…………は?」


 ……こやつは一体何を言っているのか。俺は一瞬唖然とした。当然、俺のお隣の二人もそうだった。俺と同じく、俺の言ったちょっとした冗談にまともに応答できる元気などないと思っていたのだ。疲労困憊のユイを見て、それを期待するはずがなかったのだ。


 ……だからこそだ。俺は本気で「ついにおかしくなった」と思い込んだ。


「おい和弥、マズイ事態になった。コイツハッキングで本当に頭イカれやがった」


「え?」


「だから言ったんだ。せめて無線だけやってお前だけ残っていろと。即行で追いつくからそれまで待てってな」


「え、そんなこと言ってましたっけ?」


「待って、これアンタの爺さん直せるんだよね? 割と重傷よこれ? AI総とっかえとかしたほういいんじゃないの?」


「とっかえ!? 私そこまでイカれてます!?」


「待て、もう喋るな。絶対俺が助けるからちょっと静かに安静にしてるんだ」


「えぇ……」


 1分足らずだろうか。その間、俺ら3人は本気でどうすればいいのか悩んだ。無線を通じて司令部に伝えようとしたが、まさかそのまま「うちのロボットがハッキング受けました! 修理頼んでいいですか!?」なんて言えるわけがない。この無線を担当しているのは空挺団特察隊の人ではない。別の駐屯地にいる特察隊の人なのだ。正確には東京の部隊だ。

 無線を使って事を広げるわけにもいかない。なら、せめて俺たちで応急措置をする必要があるが、ユイの電子的な事態に対する対応処置なんて手元にない。物理的ならまだしも、電子面ではどうあがいてもハンドサイズの機器では対応しようがない。しかも、今回のこれは重傷と来た。


「マズイぞ。これは違う意味で詰んだ。チッ、あのクソ男め、うちのユイに一体なにを―――」


「いや詰んだとかじゃなくて、私無事ですから! あれただのジョークですから! 私はこの通り何だかんだでぴんぴんしてますから!」


「あんなハッキング受けてぴんぴんなわけないだろいい加減にしろ!」


「なんでぇ!?」


 そんな押し問答が1分足らず続いた。俺だけでなく、和弥や新澤さんまで参加してのちょっとした論争にまで発展。結局すぐに収まりはしたものの、あまりににもダメージの少なさに驚嘆せざるを得なかった。


「……えっとですね。私は何度も言いますが無事ですから。ほんとにこんなみてくれですが無事ですから」


「むしろなんで無事だったのか聞きたいぐらいだわ」


「色々あったんです。全部話すとなると大体30分はかかりますが……」


「……やっぱええわ。あとで聞く」


「賢明な御判断で」


 あれだけ苦しそうにしていたのがうそのようである。実際、ユイは少ししてすぐにけろっと復活してごく普通の会話をするようになった。傷なんてどこにもなかった。あの時の俺の心配は一体何だったのだろうか……。


「……なんでお前傷一つないんだ。銃撃した形跡がないんだが」


「そりゃあ、よくよく考えたらあれ一人でお相手するのは御免ですんで。さっさと逃げました」


「あっさりなんやな……」


「ユイさんでも敵わないもんはあるんやで」


 まあ、考えてみれば当たり前といえば当たり前である。強大な敵を目の前にして、軍人として真っ先に教えられるのは、“逃げるという選択肢”である。後ろが断崖絶壁というよほど後がない状況ではない限り、あまりに相手に出来ない敵に対しては、戦うという選択肢ではなく、あえて“逃げる”という選択肢を選ぶ勇気も必要だと、基本の時によく教えられていた。

 結局、後から勝てばいいのである。目先の勝ちを優先するのではなく、最終的な勝ちを優先する考え方だ。この場合、無理に戦って結局自分が死ぬか、もしくは重傷を負ってしまっては、今そこで勝ちはしても、後々の勝利にあまり貢献はできない。


 ……なるほど。確かに真っ当な考え方だ。とすると、空薬莢がないのも当然のことといえるだろう。逃げたので、銃撃戦をする必要性がないし、体に傷がないのも、うまく逃げのびた証拠といえるだろう。

 俺が置いていた予備のマガジンも、使わずに自分で持っていた。それを受け取った俺は、そろそろ頃合いとみて指示を出す。


「んじゃ、ここもそろそろおさらばせにゃならん。あまり遊んでらんねえ」


「だな。一先ず、道順は大体計算しておいた。ロボットがあまりいない場所を縫うようにいくから、慎重にな」


「オッケー。そんじゃユイ、行くぞ」


「了解」


 そういって、俺は手を差し出し、ユイを引っ張った。


「(―――ん?)」


 ……妙な違和感を感じたのはその一瞬である。


 しかし、ユイはひょいっと軽々と起き上がると、何事もなかったかのように言った。


「さて、そんじゃさっさと逃げますか。お互い死ぬ前に」


「ああ。……ていうか、本当に大丈夫なんだろうな? ハッキング数分前に受けたばっかだぞ?」


 妙に気になってしまった俺は、再び本人に聞いてしまった。しかし、


「心配性ですねぇ~祥樹さんは。私の保護者かな?」


「ある意味保護者だよ。間違っちゃいねえだろ?」


「ほほう? 私を生んだわけではないのにぃ?」


 なんだその覗き込むようなニヤケ面は。


「人間の世界じゃ生んだわけじゃなくても保護者になることなんざ幾らでもあるわ。……ていうかだな」


「?」


「いや……」


 ……違和感がさっきからぬぐいきれなかった。そこで、あえて聞いてみた。


「……お前、ちょっと明るくなった?」


「はい?」


 おい俺、聞き方がおかしい。なんだ、明るくなったって。

 違うだろ、もう少し直球で……。


「ご安心ください、いつも明るさですよ。元気溌剌。オロなんとかC」


「お、おう……」


 ……ユイだ。俺の知ってるユイだ。間違いない。

 俺の知ってる、いつものユイであった。


「(……あれ……?)」


 でもおかしいな。前まではこんなんじゃなかったのに……。


「……まあ、別にいいか。じゃ、ほい」


「うん?」


 これから撤退するので、久しぶりに決意新たにという意味も込めて、俺は右の拳を軽く前に出した。


「ほい。グータッチ」


「え?」


「ほれ、とんっと」


「は、はぁ……」


 すると、ユイは遠慮気味に右の拳をこつんと当ててきた。これも、一応いつも通りである。


 ……顔以外は。


「(ん~……?)」


 しかし、ユイはそんな俺の疑問などお構いなし。少しこのグータッチのサインに首をかしげつつも、そのまま和弥の元にいって戦闘準備を始めた。よくある陽気なアイツである。


「……妙に気分よさそうね、ユイちゃん」


「わかります?」


「ええ。……おかしいわね、少し前に相談に来たときは全然……」


「ん? 少し前になんですって?」


「あぁ、いえ、なんでも。……まあ、この状況ですものね。ある意味吹っ切れたんでしょうね」


「吹っ切れた……ねぇ」


 随分とあっさり吹っ切れたものだ。ロボット故、ある意味割り切りの良さというのがあるのだろうか。ならば、あの時のこともどうにか水には……まあ、さすがにそこは流せないか。そこに関しては後でちゃんと話をつけねばならない。


「まあ、別に悪いことではないしいいでしょう。さっさと行きましょ。時間かけてらんないわ」


「え、ええ……」


 新澤さんは先に行って二人の元に向かった。俺は最後、周辺に何か落ちてたりしないかを確認しつつ、その場を後にする。

 ……しかし、


「……ほんとに吹っ切れただけか……?」


 妙な違和感を俺は静かに抱いていた。ほんとに小さなものだったため、どうせすぐに忘れる事にはなるだろう。だが、俺はユイを引っ張っるのに使った、グータッチのサインにも使った自身の右手を見ながら……。


「……」


 ……少しの間あることを自問自答しつつ、答えが出ないまま3人と合流し、その場を後にした……。





「―――よし、クリア。さき行ってろ。援護する」


「了解。ユイ、GO」


「イエッサー」


 中央区からの離脱のため、俺らは西の方角に向かって足を進めていた。和弥がうまく道を選んでくれたこともあり、撤退は順調だった。戦闘機会は最低限に抑え、隠密性を重視し、手早く撤退できる道順に乗ったのだ。


「こっちは来たぞ。そっちもこい」


『あいよ。……あー、ちょっと待て』


「ん? どうした」


 少し大きめの道路を渡った後、和弥と新澤さんが俺らの後を追って渡ってこなかった。その場で待ち、無線に声をかける。


『わり、ちょっと警戒のロボットがいるな……そいつが去ってからにするわ』


「了解。こっちでも見張っとくよ」


『了解。……ったく、さっさとどいてくんないかねぇ……』


 和弥の小さな愚痴を聞きつつ、無線は切れた。見ると、確かに少し先にロボットがいた。俺らが横断したときはいなかったが、俺らが横断した直後にきたらしい監視役っぽいアサルトライフル持ちが4体。バラバラに配置されており、それらがどかないと確かに道路の横断は無理そうであった。


「となれば、ここで少し待機かな」


「ですね。……狙撃でもしたほうがよかとですか?」


「まあ待て。今は隠密性重視だ。下手に銃撃して周りにバレるのもマズイ」


「……ちぇ」


「ちぇじゃねえちぇじゃ」


 いつものユイになったなーとか思ってたが、こりゃただの戦闘狂が戻ってきただけではないかという風にも思えてきた。気のせいだろうか。


「……」


 その横顔を少し除く。やはり、いつものユイだった。間違いない。疑いようもない。

 ……だが、なぜだ。なぜこんなに“違和感”を抱くのだ? 俺の第六感は何を感じ取っているのだ?


「……ん?」


 ふと、そんな俺の顔をユイが振り向いて一直線に見た。視線に気づかれたらしい。


「……どうかしました?」


「いや、なんでも……」


「ちぇ、なんだ。凛々しい私の顔に惚れたのかと思ったのに」


「自惚れが過ぎるようだな、相棒よ」


 ああ、懐かしきこのエセ漫才。最近全然やってなかったな、これ。やる時間がこれっぽっちもなかったからなのだが。そして、この妙に触れ腐れ気味の顔もまた懐かしい。


「……」


 ……本当に純粋に懐かしい気持ちのみであればよかったのだが。


「(……いや、まさかな。そんな話はありえんしな……)」


 一瞬頭に浮かんだことを即行で消した。ありえるかってんだ。そんな話。


「(あまりに根拠が薄い話だ……だが、もしそうだとすれば……)」


 そういった思考は、和弥の無線の声ですぐに途切れた。


『よし、奴等行ったな。どれ、さっさと向こうに行く。援護よろしく』


「あ、ああ……了解した」


 しまった。今は任務だ。そんなよけなことは後で考えるべきであろう。どうせユイはユイなのだ。それはかわりゃしないのだし、考える必要もないことだ。

 道路上にいたロボットはいつの間にかいなくなっていた。監視場所を変えたらしい。今なら、すぐにこちらに合流に向かっても問題はないだろう。


「よし、今のうちだ。さっさとこい」


『了解。どれ、ちょいと急ぎまs―――』


 そういって和弥と新澤さんは、路地裏から出て即行で道路を横断していった。そんなに道幅はないため、すぐに横断しきる……



 ゴゴッ……



「……ん?」


 そう、思っていたのである。


「……あれ? 今揺れました?」


「え? マジで?」


 そうユイが呟いた時である。



 ――――ゴゴゴゴゴッ



「(なッ、地鳴り!?)」


 それとほぼ同時だった。



 ゴガンッ



「なぁッ!?」


 地面が思いっきり波打った。揺れたのではない。“波打った”のである。

 日本人として、その地面から鳴り響くその音と動きに、正体をすぐに直感することができた。


「(地震ッ!? こんなタイミングでか!?)」


 直感的に俺は路地を出た。ここでは落下物の危険性がある。すぐに路地裏を飛び出した俺は、近くにあった頑丈そうなコンクリートの建物の中に入った。ありがたいことに、鍵はかかっていない。こういう時は頑丈な建物に入るに限る。すぐに和弥と新澤さんも揺れる中走ってきて、中に滑り込んだ。


「(や、やべぇ……)」


 俺は路面を見て唖然とした。さっきは感覚的に地面が波打っていると感じていた。

 ……だが、実際に道路が波打っていたのだ。道路上は亀裂が走り、そこの隙間が空いたり塞がったりを繰り返していたのだ。


「おいおいおいおい、これくそデカいぞ。地震速報こっちに来たか?」


「いまさっき来たぞ。最大7だってさ」


「7ァ!?」


 あっさりとコイツ言いやがった。アホちゃうかと思った。実際に確かめてみると、確かに地震速報は出ていた。だが、地震を実際に感じる数秒後の話であった。地震速報が間に合ってない。初期微動を感知して、それを遠地に知らせる前に主要動が来たのだ。それも、とてつもなくデカいのが。


 ……ということは……



「直下型か……ッ!」



「マズイ、東京で首都直下型が来るにしたってタイミングが悪すぎる!」


 和弥がそういった瞬間、真下からさらに突き上げるような揺れを感じた。主要動が未だに続いている中、この建物の地盤が崩れ始めてきたのだ。


「ひええッ……と、東京ってこんなに揺れるところだったんですか!?」


「今更なこというな! クソッ、本来はマズい行為だが、一旦外に出るぞ! ここ地盤がヤバい!」


 本来は揺れが収まってから外に出るところだが、ここだといつ崩れるかわかったものではない。一旦外に出て、危険を承知で、他の頑丈そうな建物を探すしかなかった。

 しかし、外に出てもキツイこと変わりはなかった。

 震度7といえば、まともに歩ける状況ではない。地面に揺られ、ふらふらと危なげなく足を進めていく。周りの建物は軒並み揺れていた。「本当にコンクリートなどでしっかり補強された建物なのか?」そう疑問を感じざるを得ないほど、その建物は左右に大きく振り子のように揺れていた。


 ようやくまともそうな建物を見つけ、そこに入り込んだ後も、少しの間揺れは続いた。どれくらいたっただろうか。その間、司令部に連絡を取ろうにも、向こうも揺れに耐えているので精いっぱいらしい。まともに答えは帰ってこない。


 少しの間無言だった。とにかく、揺れが収まるのを待っていたのだ。


 ……そんなことを考えてから、数分がたってからであろうか。



「……お……?」



 ようやく、まともに動ける程度には揺れは収まった。まだ完全に収まったわけではないが、十分揺れは小さくなっている。


「……新澤さん、揺れてます?」


「まって……あ、今止まったわ。揺れてない」


 新澤さんは、自分で持っていた懐中電灯を転がして、揺れているかどうかを調べた。ちょうど丸みを帯びた細い円筒形であったのが功を奏した。懐中電灯は次第に揺れなくなっていき、数秒するとそのまま動きを止めた。


「よし……収まったわね」


「デカかったっすね……7か?」


「いや、震源が東京湾って出てる。たぶんこっちは6強ぐらいじゃねえか?」


「どっちにしろひどいと思うぞ……」


 そう言いながら、とりあえず籠っていたこの建物から外に出たときである。


「……は?」


 ……外の景色が一変していた。


 俺らがさっきまで見ていた、東京のビル群とはまるっきり違っていたのだ。先ほどまでは、両サイドにそこそこ高めのビル群がずら~っと並んでいたはずだ。


 ……並んでいた、はずなのに……


「……倒れまくってんぞ、おい……」


 幾つかの建物は倒れていた。俺たちがさっきまでいたビルも。やはり地盤がマズかったのか。完全に道路側に倒れ、向かいにある建物にぶち当たって引っかかっていた。下の方に、トンネルのように数十メートルの隙間ができている。

 路面はもっとひどかった。完全に波打っていたため大体想像はついたが、どこもかしこも亀裂が走り、まず車両は通れそうにない状況となった。人の足でさえ、ちゃんと歩く場所を決めないと下手すれば足を救われそうであった。


「……なんだこれ……」


 俺たちは呆然とした。さっきまでの東京の街並みが、完全に一変してしまったのだ。


「ッ……無線が……」


 無線が鳴り響いた。しかし、ノイズ混じりな上、錯綜している。他の部隊も、そして司令部も混乱しているのだ。

 作戦が開始されたと思ったら、いきなり味方のロボットから装甲車を狙い撃ちされ、撤退していったと思ったら今度は首都直下型地震にぶち当たり……。行き当たりばったりとはまさにこのことだったのだ。


 無線は使えたものではなかった。もはや、どこもかしこも混乱しきっており、どこから手を付ければのかわからなくなってきた。


「……」


「どうする祥樹?」


 和弥の催促に、俺は一つしか答えを出せなかった。


「……まずは撤退しよう。中央区を脱出するんだ。まずはそれからだ」


「……わかった」


 まずは中央区を出なければならない。こんな状況下、ヘリがしっかり飛んできてくれるかはわからない。飛ばしてる暇があるかわからない以上、自分の足で動くしかなかった。


「(……クソッ……)」


 どんどんと急変しまくる状況下……俺は、思わず悪態をついた。




「……俺らはいつまで振り回され続ければいいんだ……」





 突発的な状況を未だに飲み込めない中、



 俺らは必死に中央区を“脱出”するべく不安定な足場を踏んだ…………

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